なんやかんやあったが、とりあえず今回の事件の報告書は出来上がった。とは言っても結局、本物の武偵殺しやハイジャックについては書かなかったが。
ここからはいかに相手に対策されずに準備をするかにかかっている。あの部屋でした打ち合わせも外に出すことは無い。盗聴器の類も無かったし、あとは当日まで準備するだけだ。
相手を武偵殺しと想定する以上、やりすぎるということは無いだろう。キンジ曰く、金一さんはヒステリアモードのキンジより桁違いに強かったらしい。それを殺したのが武偵殺しというのなら……やっぱりプロとかに頼んだほうがいいんじゃないかな、この件。
だが――依頼を受けた以上、怪我人は出したくない。細心の注意を払って行動しろ。よく考えて動くんだ。
「理子さんこれ、報告書。参考になるかわからないけど、どうぞ」
「ソウくんおつかれー!どう?何かわかった?」
「いや、なーんも。犯人が武偵殺しの模倣犯っぽいのと、派手好きって事くらいかな」
同じ生徒だとしても本当のことは話すわけにはいかない。第一、見当外れな可能性だってあるわけだしな。
「ハデ好き?」
「だって爆弾の大きさはバスどころか、電車すら吹き飛ばす威力で、そのバスを追うのが真っ赤なオープンカーだからな。絶対派手好きだね」
「くふっ。確かにそうかも。そーいうとこから意外と犯人がわかったりするんだよ?」
プロファイリングってやつだろうか?さすがにそのあたりは探偵科でAランクの評価を受けている理子さんだ、この件を任されているだけある。普段はおバカキャラを演じているが、演じられているからこそきっと頭がいい子なんだろう。
「ふーんそういうものかな。まあ、そのあたりは専門家に任せるよ。……そういえば話は変わるけど、キンジは見事にいたずらに引っかかってた。バスジャックに巻き込まれたから、遅刻したほうが良かったかもしれないけど」
「……イタズラ?」
あれ?伝わらなかったか、リアクション待ちなのかと思っていたのに。
「キンジの腕時計だよ。わざと時間ずらしたんじゃないのか?……まさか素で間違えたの?」
「!あーそうだった、くふふっ。そう、引っかかったんだね。キーくんなら気付かないと思ったんだ」
「やっぱりなー。そういうわけだから、キンジに会ったらからかってやるといい。じゃあね」
やはりイタズラだったらしい。少し間があったけど本気で忘れてたのか?相当なめられてるな、あいつ。ま、いいや、オレもあとでまたからかってやろう。さて、仕事も一段落ついたことだし帰ろうかな。
そしてついにロンドン行きの飛行機が発つ日がきた。空港には集合せず、キンジとアリアさんのチームとオレに別れて機内に入る。飛行機に爆弾が付いていないことは事前に確認済みだ。
作戦としては有事の際にまず動くのが、交代で機内を巡回している2人、犯人を追う役だ。オレは操縦室の扉の前で待機して、何かあったら乗客のフォローや伏兵と爆弾に警戒する。ハイジャックの可能性があるとして先方に同行は許可されているので、こうして堂々と立っていられる。
ハイジャックの定石としてはまず操縦室の掌握だろう、と怪しい人物がいないか目を光らせる。この飛行機は座席が個室になっているようで、中は伺うことはできないが乗客はほとんど乗ったころだろう。
……何事も無ければ無いでもちろん良いのだが、ここまでやって意味なかったらちょっと空しいな。
飛行機が飛び立ち、しばらくして雷が鳴る。機内放送もされていたが、乱気流にあたり、少し迂回して飛ぶそうだ。まったく、ハイジャックされるまでも無く墜落するとかは勘弁してくれよ。
そんなことを考えるといつの間にか……女性のCAがこちらに歩いてきていた。本当にいつの間にか、だ。なんだ……この人は本当にCAか?何故ここに来るまで気付かなかった。
「……失礼、聞いているかと思いますが、ここの警備を担当している武偵です。操縦室に何か御用ですか?」
「え?あ、あの、お飲み物の差入れを……」
「……そうですか。では私が代わりに渡しておきましょう」
まずい気がする、とても嫌な予感だ。そうだ、良く知っているような気がする気配だから……警戒できなかった。
「え?えーと……」
「どうされました?何か不都合でもありますか」
「いえ、、そういうことでしたら」
飲み物をこちらに渡そうとした。その瞬間――彼女は笑った。
「っ!!」
いきなりナイフを構え、斬りかかって来る。寸でのところで隠し持っていたトンファーで受ける。
こいつ……!完全に黒だ。まさか本当に来るとはな!
すぐに緊急コールをアリアさんとキンジに送る。
「狙いはアリアさんか?……『武偵殺し』!!」
迷いはもう無かった。目の前のこのプレッシャー。今のナイフ捌き。ただ者じゃない。
こいつが……!こいつが本物の――
「くふっ。そこまでわかってたんだ、ソウくん」
「――え?」
予想外の言葉に……今度はナイフへの反応が遅れた。
「ぐっ!!」
完全に虚をつかれた。ちくしょう……腕を斬られた!でも……なんで?
目の前のCA、顔は違うが間違いない。
「……理子、さん?」
「ソウくんはあまいなぁ。理子だとわかった瞬間に気を抜いたでしょ?くふふっ。でも今のもかすり傷で済んじゃうんだね」
体勢を崩し、扉にもたれかかったオレに、再びナイフで斬りかかって来る。
「ちっ!!」
何を呆けているんだオレは……目の前にいるのは『敵』だ!早く立て直せ。
「二度もやられるかよ!」
「――動くな!」
再びの攻撃が届くところで、良く知っている男の声がした。声のする方を向くと、そこには銃を構えたキンジがいた。ナイスタイミングだ。
だが目の前の『武偵殺し』はそれでも余裕を崩さない。
「Attention Please.でやがります」
そう言って武偵殺しはピン、と音を立ててカンをキンジの方に放り投げる。
ここでガス缶?!毒ガスか?自爆する気かよ!
「みんな部屋に戻れ!ドアを閉めろ!!」
キンジの声が機内に響く。それと同時に寄りかかっていた後ろの扉が開いた。
「うお?!」
預けていた体重をそのままに、操縦室の方に倒れこんでしまった。
「君!無事かね?早くケガの手当てを」
「!は、はい。助けていただいたようで。ありがとうございます」
どうやらこちらの様子を中でうかがっていた機長が、機転を利かせて助けてくれたようだ。
「いや、助けられたのはこちらの方だ、礼を言おう。聞いてはいたが本当にハイジャック犯が来るとはな」
「確証があればもっと警備を厳重にできたのですが。……私たちだけでは心許ないとは思いますが、必ず、皆さんをお守りします」
ケガの手当てをしてもらい、外の様子をうかがう。煙はもう無いが通路が暗い。非常灯に切り替わっているところを見るに停電のようだ。
そこに、『ポーン』というベルト着用を促す注意音が一定のリズムで流れ出す。どうやらモールス信号のようだ。……『おいで、わたしは、1階のバーにいる』……か。誘ってやがる。
「……行くのかね?」
「はい。まず、仲間が犯人を追うことになっています。私は、乗客の安否を確認しつつ他に怪しい人間と危険物がないか探し、その後仲間と合流します。機長さんは内側からロックをかけ、絶対に外に出ないで下さい。可能であれば管制塔に連絡を」
「わかった。気をつけるんだぞ」
そうして再び操縦室の外にでて、周囲を見渡す。と、キンジと……アリアさんも部屋から出て来た。
「ソウジ!無事か?!」
「かすり傷だ、どうってことない。……で、なんで一緒にいるんだよ。交代で巡回の予定だろ?ちょうどタイミングが良かったのか?」
「う……!その……」
ちょうど交代の時間だったとしたらあまりにもタイミングが良い。が、アリアさんは罰が悪そうに俯き、キンジも呆れたようにアリアさんを見る。
「……アリアが雷が怖くて一人で居られないって」
「子供かよ……」
「ち、違う!!怖いわけないじゃない!!」
「いや!今はいいや。そんなこと言ってる場合じゃない、ヤツを追ってくれ。オレは客室を回る」
「そ、そうよ!ヤツを追わないと!」
そうだ、そんな場合じゃない、今は事件の解決が先だ。アリアさんのことはあとで笑ってやればいい。今は事件の解決に必要なやり取りだけを――そうだ。
「ああ、これを言っておかないと。……武偵殺しの正体は理子さんだ」
「な?!ほ、本当か?!」
「オレも信じられなくて不意をつかれちまった、気をつけろよ。じゃあな、またあとで」
「あ、ああ、わかった」
信じられないといった表情をするキンジとアリアさんを置いて、客室をひとつづつ確認していく。
全ての部屋を確認し、危険がないと判断して落ち着く。とりあえずの危機はないようで良かった。あとはキンジたちと合流してヤツを捕まえよう。いや、アリアさんもいるんだ、相手が一人ならもう取り押さえてるかもしれないな。
しかし――武偵殺しの正体は理子さんか、そんな素振りは一度も見せなかったな。……いや、キンジの腕時計の時に怪しいと思うべきだったか。こちらの行動を操作していたんだ。
想定がまだ甘かった、心も甘かった。だからこんなケガをするんだ、守りが取り柄のくせに。
慎重に階段を降り、1階のバーに向かう。その途中でヤツの笑い声が聞こえた。
『きゃははは!ねえねえ、狭い飛行機の中、どこへ行こうっていうのー?』
高笑いとともに誰かに話しかけている。この場合のだれかはあの2人しかいないだろう。
そして――その2人はオレの前から走ってきた。正確には……キンジが血まみれのアリアさんを抱えて。
「?!ケガをしたのか?」
「ソウジ!ヤツを抑えてくれ!俺はアリアを!!」
「了解!死なせるなよ!!」
そのままキンジは走り去っていった。
アリアさんがケガをした。箇所と出血量からしておそらく側頭動脈だろう。
……誰のせいでケガをした? 何故させてしまった?オレが最初の接触で制していれば誰もケガをせずに済んだじゃないか。
そう思い――自分の顔面を殴る。無能な亀に制裁だ。……そしてもう1人の、殴らなければならないヤツの元に向かう。
「よう……『武偵殺し』」
「あれ?ソウくん?くふふっ……お前の出番は終わりだよ。脇役は引っ込んでな」
急にヤツの口調が変わる。そっちが素か?そのほうがやりやすいが。
覚悟を決めて愛用のトンファーを構える。
「……峰理子。お取り込み中の所悪いが……今からお前を全力でぶん殴る。歯ぁ食いしばれ」
「どうしたの?そんなに怖い顔して」
「仲間を……友達を傷つけ、命の危険にさらす糞犯罪者には制裁を加えてやる」
「……何も知らないヤツが!出しゃばるなよソウジ!!」
ああ、知らないさ。友達だったヤツが別の友達を殺そうする理由なんて……知りたくもない。
「――知ったことかよ!!お前にどんな理由があろうと!誰かを殺そうとしていい理由になるわけがない!そんなバカは、オレが捕まえて……償わせてやる!」
少し前まで友達だと思っていた相手に、武器を向ける。……ちくしょう、なんか涙でてきた。
「……く、くふふ。そう、そうだね。じゃあ――やってみなよ!!」
互いに走りより、攻撃が交差する。
……絶対に捕まえる。ここで君の罪を終わらせるよ――理子さん。