8.星伽白雪とエンカウント
シャーロックホームズ――100年ほど前に活躍した、イギリスの名探偵で拳銃も格闘術も達人。そして、そんな初代シャーロック・ホームズと、初代怪盗リュパンはフランスで戦い引き分けている。ホームズはフランスでは『オルメス』と発音するらしい。
そしてアリアさんと理子さんはその子孫というわけだ。
そういうことだったのか、と1人で納得していた。それと同時に釈然としない思いもある。祖先同士の因縁……それだけで相手を殺そうとするだろうか。いや、オレにはわからないそういう世界があるのかもしれないが、祖先は祖先、子孫は子孫だろう。そこまでこだわる理由にはどうしても感じられなかった。
「……で、アリアさんはまだ帰らないの?もう夜だけど、送っていこうか?」
すっかり日も落ち、外は暗くなっているのだが、まだオレ達はキンジの部屋にいる。いくらアリアさんが強いといっても夜道を1人で帰すのは気が引ける。一応ドレイとして提案してみたのだが、返ってきた言葉は意外、ではなくやっぱりかという答えだった。
「ここに泊まってくからいいわ」
「……左様でございますか」
「何を言ってるんだアリア?!帰れ!泊まる理由なんか無いだろ!」
そうだよな、泊まる理由はもうないはずなんだよ。元々キンジを強襲科に戻すための強硬策として泊まったんだ。晴れてパートナーになった以上もうそんな必要は無いはずだ。
「あんたを調教するって言ったでしょ!まずは、キンジが全力の力を出すにはどうすればいいのか、監視するのよ」
「だ、だから調教はダメだ!」
『調教』の上に『監視』か。いよいよ危ない言葉が並び始めたな。しかしこれしきのことで驚くことはもうない。こんなのは日常茶飯事として処理しなければ体がもたないと悟ったのだ。
今の状況は、キンジ本人は嫌がっているのに、恋人でもない美少女が同居すると言って譲らない、という感じだ。……うん、きっとオレの感覚がおかしいんだよ。世の中にはそういうこともあるんだよ。オレのところにだけそんなフラグが全く来ないだけなんだよ。もうあきらめよう。もう突っ込むのは止めよう、心が持たない。
「というわけでオレは帰る。たっぷり調教してもらえよ」
「おい、帰るのか?ちょっと待て、助けろ」
「もうお前はオレの手に負えないんだ。後ろから女に刺されて死んでくれ」
そう言って先に帰るとする。後ろから薄情者とか何とか聞こえる気がするが知ったことではない。……何かもういろいろあって疲れたよ。すぐに寝付けそうだ。眠い……今夜はよく眠れそうだな。
『天誅――――っ!!』
「!?」
どれくらい眠れただろう。そんなに眠れていない気がするのだが、下の階から聞こえてきた大声に飛び起きてしまった。まるで耳元で叫ばれたような大声だった。眠っていたはずなのに感覚が鋭くなっていたのか?
しかも聞き間違いでなければ、今のはキンジの幼馴染みである星伽白雪さんの声に聞こえた。あんなに大声を張り上げているのは聞いたことがないが、たぶんそうだろう。
一緒に銃声とか聞こえる気がするのだが、何が起こっているのだろうか。……なんかもう関わらない方がいい気がしてきたな、寝よう。無視して寝るんだ、オレは何も聞いていない。耳栓しとこ。
翌日の朝、学校に来たオレは白雪さんに会いに温室に来ていた。朝に『昨日の件で話がある』と呼び出されたのだ。声からして来ていることはわかっていたが、その時に何かあったらしい。温室を覗いてみるとすでに白雪さんはベンチで待っていて、入っていったオレにすぐ気付いてくれた。
「あ、黒野くん、おはよう。ごめんね、こんな早くに呼び出して」
「おはよう、白雪さん。気にしなくていいよ」
律儀にベンチから立って挨拶してくれるあたりは、さすが大和撫子といったところか。でも……元気が無いようだ。
「昨日の件だけど何かあったの?すごい声とか音とか聞こえた気がするけど」
「あ……うるさかったかな。その、キンちゃんがアリアと同居してるって聞いて、気が動転しちゃって」
気が動転すると銃声が聞こえるような事態になるのだろうか。……深く突っ込むのは止めておこうか。しかしあの2人が同居していることをどこから聞いたのか。アリアファンクラブかな?
「それで話って言うのは?」
「……キンちゃんとアリアってどこまで進んでるのか聞きたくて……」
「どこまで?……ああ」
そういう話か。確かに同居するなんてただならぬ関係な気がするよな。
「一応、本人たちは武偵活動をする上でのパートナーって言ってるよ。付き合っているとかそういう関係じゃなくて、仕事のために同居してるって感じじゃないかな」
「そう、なの?でも……」
こちらの見解を好意的に伝えてみたが、釈然としない様子の白雪さん。何か気がかりがあるのか、しばらく考え込むようにしてから、泣きそうな顔で言った。
「アリアが……昨日、
「…………………え?」
白雪さんが泣き出してしまった。オレも泣きたい。どういう……ことだ?いや、確かに可能性はある。過去にも同居していたし、2人でデートして、おそろいのストラップをつけていたこともあったし。そういえば強襲科に一度戻ってきた日の前日に『何でもするからパートナーになって!』イベントが発生したとキンジの口から聞いたな。それにハイジャックの時は舞台裏で何かやっていたようだし。まさか――
「2人はオレが思っていたより進展しているのか……?付き合ってないって言ってたのに」
「……黒野くんも、知らなかったんだね」
裏切られた気分だ。そんな、付き合ってることを隠されるなんて。……男同士の友情なんて男女の恋愛の前には無に等しいんだな。ちゃんと言ってくれれば文句は多少言うかも知れないが、祝福してやったのに。
白雪さんにだってそうだ。彼女は周りからみればキンジが好きだって言うのが丸わかりなのに、そんな彼女にきちんと伝えることもせず、彼女の想いを宙ぶらりんにさせている。
「白雪さん、その、こんな時になんて言ったらいいか」
「ううん、いいの。早く気付けてよかった。今から排除……今ならまだ、間に合うかもしれないから」
なんて健気で一途な子なんだろう。それでもまだ、キンジが好きなんだな。途中で物騒な言葉が聞こえた気がするが気のせいだろう。オレも気が動転しているんだ。聞き間違いくらいあるさ。
「……実を言うとさ、ちょっとキンジとアリアさんの仲を応援していたところもあったんだ。でも、それはやめるよ。フェアじゃないもんな。……頑張って、白雪さん」
「ありがとう、黒野くん」
いいさ、と言葉に出さずに笑いかける。ようやく泣き止んで、白雪さんも笑ってくれた。……これが青春ってやつか。いいんじゃないかな、そういう経験も。そんなことを思いながら――キンジはあとで全力で殴っておこうと心に決めたのだった。
白雪さんと別れ、そろそろ教室に戻ろうか、というところで……とても、とても不思議なことが起こった。
……目の前から『白雪さん』が歩いてくるのだ。
――え?……うん、おかしいな、ありえない。先ほど白雪さんと別れ、彼女はもう少しここにいると、花占いを始めていた。相当傷心の様子だったんだ。そして、オレの進行方向からも今、『白雪さん』が来ている。
位置的にありえない。先回りするルートがないとも言えないが、わざわざそんなことをする必要が無い。誰だあいつ。白雪さんに電話してみよ。
「もしもし白雪さん?変なこと聞くけど今どこ?」
『え?さっきの温室だけど……』
「だよね、そりゃそうだよね。はっはっは」
『?』
……だよな。じゃあ誰だよあいつ。なんで堂々と廊下歩いてんだよ。
……まずい気がする。とても嫌な予感だ。ハイジャックの時、CAと対峙した時の嫌な感覚と、にじみ出る雰囲気。あの時と同じ印象だ。
違うのは……あの時は『知ってる気配の知らない顔』だったのが、今は『知らない気配の知ってる顔』だということだ。すごい、気持ちが悪いんだ、この感覚は。
『白雪さん』が近づいてる。近づいても、どう見ても白雪さんの顔だった。
「……おはよう、『白雪さん』」
「あ、おはよう、黒野くん」
距離が近くなる。そして――すれ違う。声も、彼女のものだった。……でも違う。こいつは一体――
「……『白雪さん』」
「なに?」
振り返らず、後ろの彼女に聞く。トンファーを握り締める。
「目的は……なんだ?」
「……何の話?」
武器を握り締めた手のひらに汗がにじむ。
「伝わらなかったか?……お前、『誰』だ?」
振り返り、相手を正面に見据える。
そして……『白雪さん』は答えた。
「……ほう、私に気付いていたのか」
その声は……聞いたことの無い声だった。