カヴァス?いやいや俺は   作:悪事

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第一話

  ある日、俺という存在は自分が転生しているという事実を認識した。それ以前の記憶は自己を認識した時に消えてしまったのか、これまで自分はどこで生まれどこで育ち、どうしてここにいるのか覚えていない。記憶喪失とでも言えば聞こえはよかろうが、今の自分の身の上でそんな格好のついたことを言ってもどうにもなるまい。

 

 "だって、現在の俺は人間ではない。狼だぜ?"

 

 

  いや、狼って何よ。なんで人じゃないのさ。そして前世の記憶なんざ思い出すのではなかった。かつて人間だったのに、気がついたら獣ですよ。これからどーすんの?それにこのフサフサとした灰色の体躯、小さな肉球に鋭くも幼そうな眼つき。仔狼って、群れの庇護のもとに成長するもんじゃないの?なんでボッチスタート?

 

 

  いかんいかん、愚痴っても仕方ない。狼って下手をすれば、害獣として処分されかねない危険生物。どうにかこーにか、人と上手く共存しなくては。これからの生活、どうなるか明日の我が身の保障さえない。はてさて、一体どーしたものか。

 

 ……しかし、呑気だと思うが、狼という存在から見る世界は人の頃とこんなに違って見えるのか。

 

  全てのものの生命力とでも形容すべきナニカ?が明瞭に見える。狼とは生命の火が直視できるような目を持っているのか。こんなにも世界の見え方が違っていると少し不思議な気分になる。生命力はまるで燃える火のように揺らぎ、草木や水にさえ火が見える。

 

  そうした火があまりにも綺麗に見えたのか、浮かれた俺は狼の体躯を使い自分が佇む森の中を駆けていく。過ぎ行く風景は風のように流れ去り、すれ違う動物たちは恐れを成して逃げていく。森を抜けた先、駆け抜けた森を見下ろせそうな丘で、少し息を整える。

 

  ハァハァとまるで犬のよう………そういや狼ってイヌ科だったよな。そんな時、うっかり足元にいた虫を踏んでしまったようだ。足を退けて潰れた虫を見ると、触覚を少し揺らしたかと思うとそのまま動かなくなってしまった。その虫の生命の火がゆっくりと消えるのが見える。蝋燭のように静かに音なく消えた火は自分の中に入り込んで、体内の中で自分の生命の火と同化するような感じがした。

 

 

 …………おかしくね?いや、虫とか生物を殺してその生命力的なものが体内に入るとか。これってもしかして特典、チートと言われる奴なのか?それにしても灰色の狼というと前世の自分が好きだったゲームのとあるキャラのことが思い浮かぶ。

 

  主にして親友の墓を守るために戦い、そして不死人というプレイヤーに討たれる灰色の大狼。そういや、あの世界では生命力的なものはソウルとか呼称していたっけ。ソウル?灰色の仔狼?待て待て、ってことはもしかして今の自分って。

 

 

  灰色の大狼シフ……なのか?

 

 

  そんな前世を思い出した日から数年が経過した。狼という存在に慣れ、どうにか生活できるようになってきた。そんな余裕が生まれてきた頃になっても今の自分が本当にシフと呼ばれる狼のそれなのかは判断がつかない。何せ、生命力の火を視認できて、奪った命の火を吸収できるという設定、シフに無かったし。自分が何者かは分かっていないまま。でも、この世界がダークソウル的な所だというのはおおよそ確信している。

 

  なんでって?だって、昔一度だけだが空を見上げた時にドラゴン、飛んでんだもん。あの火を吐いて空を飛ぶドラゴン。あんなものを見てしまったら、この世界がダークソウル世界だと思うしか無いだろ。いや、もしかしたら異世界?的な場所で自分は魔物的な存在なのかもしれないが、ダークソウル世界と思っておこう。

 

  しかし、数年が経過し自分は仔狼から中型犬くらいには成長したっぽい。大型とまではまだいかないが、もう少しすればもっと大きくなるだろう。だって数年だぜ、普通の狼、犬ならとっくに老衰してもおかしく無い年月を生きてきた俺にはシフのような大狼になる可能性があるはずだ。そうと決まれば、今日も元気に一狩り行こう。

 

 

 

  狩りをして、ソウル(らしいもの)を吸収すれば自分が強くなったと思えるのだ。これが錯覚でないことを切に願ってやまない。さて、今日はどの辺を行こうかと、ぶらついていると崖の下に付近の村から訪れた(と見える)少女を発見した。まったく、いくら野生の動物が減ったからって女の子一人で森をうろちょろするとか、危険すぎやしないか。

 

  ここはいっちょ、背後から忍び寄って一鳴きして脅かしてみようか。よし、思いついたら即行動。

 

 

  崖を手慣れた、いや脚慣れた動きで駆け下り少女の背後に接近する。しめしめ、どうやらこちらには気づいてないようだな。少女が木の実拾いに夢中になっているところで、飛び出ようとした時に少女の近くの茂みが揺れて、なんか……そうなんか変な人??っぽいものたちが現れた。

 

  こう、なんて言えばいいのかわからんが、例えるならエイリアン?的な見た目に入れ墨らしいものを皮膚に刻んでいる。うん、これはあれかな。亡者的な?不死人の成れの果てみたいな、どう見ても会話が成り立つように見えないし、そもそも今の俺は喋れないし。どうするか、静観するべきか、あの少女を見殺しにして?そんな、気の抜けた考えで状況を観察していると、あのいかにもエイリアンらしき存在はホラー映画さながら少女に気づかれぬように近づき、そっと手斧を振り下ろそうと掲げた。うん、どうにかするか。

 

 

  距離にして2、30メートルほどの距離、強靭な四足を全力で動かし少女の襟首を(くわ)えてヤツラから距離を取る。エイリアンいや亡者的なサムシングのエネミーとの距離が急激に開いたことに認識が追いついていない少女、彼女を離して鼻先で押して逃げるよう促す。ようやっと状況が飲み込めたらしい少女は、泡を食って逃げ出して行く。

 

 ……お礼を期待していた訳ではないけど、迷いなく逃げるってのもどうかと思うのは俺だけか?

 

  まぁ、いいや。これまで狩りという己が優位な状況での戦闘は日々の生活により積み重ねてきた。しかし、これは対人という今までに経験したことのない戦い、殺されることも当然な争い。主観によるが見たところ自身と敵らの戦闘力はおそらく拮抗していると思う。野生に身を置いてきたからこそ理解している弱肉強食の論理。さて、生きるためには弱者も強者も、負かしていくしかない。

 

 

  斧が振りかぶられたかと思えば、斧が投擲される。飛びかかると思ったがあの亡者ら(暫定)慎重に立ち回ってくる。けれど、それだけではその程度ではこの命をくれてやる訳にはいくまい。落ち着いて投げられた斧の握り手を口でキャッチ、そのまま斧を投げ返しピッチャーライナー。投げ返された斧が相手の頭蓋に突き刺さる。

 

 

  それを見ていた亡者(仮)たちは、威嚇するように吠えて斧を掴んだまま俺の鼻っ面に飛び込んでくる。上等、飛びかかる彼らの頚椎に爪を突き立て、牙で噛み砕く。斬り裂かれ、噛み砕かれて絶命した者らの骸を生き残った者たちへ叩きつけるように投げ飛ばす。投げられた骸を機械的に武器で両断してこちらの攻撃へ備えるように構えた。というか、仲間の骸をそんなスッパリ斬りますかね。ふつー。

 

 

  そんな甘っちょろい考えをしていた俺を取り囲む形で亡者たち(多分?)は陣を組んだ。だが、先ほど数人分のソウルを吸収した以上、この総身に疲労や倦怠は存在しない。この檻のような囲い、正面から突破してやろうーーーーそんな時だった。奴らの陣形を騎馬に乗った甲冑姿の騎士たちが突き崩していく。やや小柄な体型の少女が指揮をしているようだが……

 

 

  ちょっと待った。あの少女らしい騎士、どっかで見たような気がする。金髪を後ろへ結い上げるように纏め、ドレスのような服の上から青と銀の鎧。そして、あのどこかの社長が好きそうな顔。それを見て察しの悪い俺はようやく気がついた。この世界はダークソウル世界ではなく、型月世界であり俺の目の前にいるのは深淵歩きアルトリウスではなく騎士王アルトリアだということに。

 

 

  ダークソウル世界だと思ったら型月世界とか聞いてねぇんだけど。思わずあの亡者っぽい奴らが騎士たちに倒されていくのを口を開けて黙って見ていることしか出来ない。えーっと、どうしよう。敵が全滅して残ったのは俺だけ、もしかして逃した少女が俺に襲われたとか言ってたら、俺は一貫の終わりだよ?いくらソウルを吸収して強くなってきたとはいえ、人間やめてーらな円卓勢と渡り合えるほど生物やめちゃいない。ここは逃げの一択か、と前足に力を入れた時、騎士王が歩み寄ってくる。えっ?殺処分だけは勘弁してくれません?せめて保健所とかって、この時代にそんなとこねぇか。

 

 

『ーーーーありがとうございます。貴公の勇猛さのおかげで一人の幼き民が救われた。その恩に報いたい、どうでしょう?そちらが良ければ、私と共に来てはくれませんか』

 

 ……んっと、これってスカウト的なヤツ?まさか、野生暮らしから王城での豪華な三食昼寝付き生活の始まりですか!テンションが上がって、ガウガウ吠えてしまったが彼女は気にしていないようで嬉しそうに笑ってこちらを撫でてくる。

 

『それでは参りましょう。えっと…………名前が無いというのも不便ですね、それにあれほどの武勇を見せた貴方に名前が無いというのも可笑しな話です。よろしければ、貴方の名前、私が付けても良いでしょうか?』

 

  おっ、マジすか。それじゃあ、是非とも付けてほしい名前がある。俺の名前は……

 

 

『貴公の名は、カヴァス。……どうでしょう、気に入ってもらえましたか?』

 

 ……いやいや、めっちゃ良い感じの笑顔のところ、すまんが俺の名前は"シフ"でお願いします。

 

 

 ーーーー

 

 

 

 

  それは、とある日の出来事だった。私は先代より王位を簒奪した卑王ヴォーティガーンを討ちブリテンを統治することとなった。しかし、平定したからというだけで、国に平和が訪れることもなく海を渡り侵略を行おうとする蛮族ピクト人、サクソン人に最近では魔猪の王とその七頭の息子たちが暴れている。そうした危機から民を守るため、王としての職務を終わらせた後、私はまだ王になる前の頃のようにブリテンを渡り歩いていた。渡り歩くといっても、昔ほど気楽に動けはせず数名の供を引き連れている。まったく、自分の身は自分で守れるというのにサー・ケイの弁舌にはどうにも勝てない。

 

  肩を落としながらも、久方ぶりに職務に追われることもなく、ブリテンを改めてゆっくり眺める。草原は新緑に、蒼穹は高く晴れ、空気は透き通る。自分が守るべきブリテンを見つめ直し、供の者たちとキャメロットに戻ろうとして通りがかった村で何やら村人の方達が騒然としていた。私たちは村人たち駆け寄り、事のあらましを聞くと森に木の実を取りに行った少女はピクト人に襲われそうになっていたらしい。しかし、その少女は無事で両親が安心させるように背中を撫でていた。

 

 

  ピクト人と出会って無事でいるということに騎士たちは驚嘆を隠せない。一人前となった騎士ですら、容易に倒す事のできない蛮族ピクト人たちから幼い少女が無事に逃げてくる?少女が落ち着き始めてから詳細に話を聞いてみると、森の中にいた大きな犬が彼女を助けてくれたらしい。その犬に押され逃げて来たという少女は疲れたのか、話しを終えると眠りついてしまった。村人たちに蛮族を討伐してくる旨、伝えて供の騎士たちと森に騎馬で駆け込むとそこには信じられない光景があった。

 

 

  おおよそ、子供三人分はありそうな巨躯に灰色の体毛を纏わせた"大狼"が蛮族たちを相手に爪を振るい、牙を剥いて蹴散らしている。その姿は人ならざる身にして、高潔な誇り高さと脅威的な矜持を伺わせた。それに一歩も退くことなく勇猛に戦う姿勢は我々騎士たちの風貌を思わせる。しかし、彼?はピクト人に取り囲まれてしまった。

 

  このままピクト人に奪わせるには惜しい命、私は騎士たちと共にピクト人を撃退して"灰色の狼"へ警戒させないように近づく。野生の動物であることを考慮し、慎重に穏やかに接近する。この"狼"はよほど賢いのか私が近づいても逃げる素振りも見せず、恐れのない澄み切った瞳でこちらを見返してくる。その純粋な眼が心の奥に響いた。近頃、王となってから諸侯たちとの腹の探り合いをしていた私には、彼の打算も裏もない瞳が眩しかったのかもしれない。

 

 

「ーーーーありがとうございます。貴公の勇猛さのおかげで一人の幼き民が救われた。その恩に報いたい、どうでしょう?そちらが良ければ、私と共に来てはくれませんか」

 

  野生に住まう者に対し、共に来て欲しいという言葉は些か軽率だったと思う。けれど、言わずにはいられなかった。

 

 

  彼は私の言葉を了承するかのように吠え、彼の方から距離を詰めてきた。少し手を伸ばせば手触りの良さそうな体毛に触れられそうで、驚かせないように割れ物を触るように毛並みに沿って撫でてみる。撫でられている彼は目を細め、私はその手触りの良さに顔が綻ばす。満足いくまで撫でさせてもらい、キャメロットに帰還しようとした時、彼の名前をどうするかと思い至る。

 

 

「それでは参りましょう。えっと…………名前が無いというのも不便ですね、それにあれほどの武勇見せた貴方に名前が無いというのも可笑しな話です。よろしければ、貴方の名前、私が付けても良いでしょうか?」

 

  しかし、名前か。彼に相応しい名前、不思議と思い悩むことはなかった。直感的に彼にとって相応しい名前が頭に浮かんだのだ。これならば、気に入ってもらえると確信した。戦場にて培われてきた直感が、よもや此処で活かされるとは。直感のままに決めた名前を、微笑みながら私は口に出す。

 

 

「貴公の名は、カヴァス。……どうでしょう、気に入ってもらえましたか?」

 

 

  彼、いえカヴァスは喜ぶかのように鋭く吠え、私たちはキャメロットへの帰途に着いた。この先、数々の厳しい戦いと暖かな日常を経て、彼は私の親友となる。そう、思えばカヴァスと今日ここに出会ったということが私には運命(Fate)であったのだ。

 

 

 


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