カヴァス?いやいや俺は   作:悪事

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お待たせ致しました。お待ち頂いた時間に値する面白さになっているのか、不安なところですがひとまず投稿です。

これから多少、投稿が早くなると思うのですが遅筆な身の上。お待ち頂いて下さった方々に感謝を筆した上で、今後とも応援のほどをお願いする所存です。

具体的には今月にもう1話を目指し、努力致します。


第四話

 そこはアーネンエルベ、異なる場所と場所とが繋がる不可思議な喫茶店。そこに集う客は一人一人が何らかの超常に関わっていることが大半。それに混ざる形で普通の客も現れるのだが、今日のアーネンエルベはいつにも増して常識を逸脱した面々が来店しているようだ。

 

 それを側から見ていた一般人の青年は、裏の世界から見ても過剰戦力と言わざるを得ない面々が散らかした厨房を箒片手に清掃している最中だ。今、厨房を殺人現場もびっくりな惨状にした女性陣は、フロアの方に戻り談笑をしている。

 

 草十郎はあれだけ派手な破壊音があって、よく厨房が消し飛ばなかったものだと思いをはせる。青子がビームを出してアルクェイドさんが爪を振るった時はどうなるものかと心配したが……

 

「やはりというか、やっぱりというか。家庭用の厨房と違って業務用は頑丈に出来ているんだな」

 

「いや、草十郎ボーイ?あの面子のガチ戦闘で砕け散らなかったこの厨房が異常なんであって、普通の厨房はこんな鉄壁宇宙要塞よろしく頑堅じゃニャーから」

 

 

 ちりとりを持って掃除を手伝ってくれている直立ネコが合いの手を入れてくれるおかげで、色々と考え込まなくなって少し助かる。一人きりだと今回のバイトのこととか、壊れたものの修理や補填はどうなるのかと考えてしまうが、ここはひとつ後回しにしておこう。

 

 今、考えて答えの出ない思考は後回しにするのが利口なものだと悪友も言っていたくらいだし。

 

 

「さて、とりあえず早く厨房を片付けてしまおう。この惨状では茶の一つも淹れられない」

 

「てゆーか、この惨状をつくった面々が真っ先にフロアに戻るとかふざけてんのかニャー!!」

 

 ネコもどきの直立生物が思いの丈を怒りと共に叫ぶが草十郎はそれを一顧だにせず黙々と掃除を続行する。何故なら、経験則としてこの状況での自暴自棄はまさしく自分の命を棄てることに繋がると知っているからだ。特に蒼崎と有珠が絡む場合は。

 

 

「確かにそう思わないこともないが、今ここでそれを口に出しても得なんてないぞ。それについでだが、命もないと思う」

 

「ついでの方に命の危機を報せるとか……草十郎っち、相当な苦労してるみたいですなぁ」

 

 

 ネコ型怪生物に憐憫を込められて話しかけられるが、青年にとってこんなものは日常的なこと。多少は肩を落としたくもなるが、掃除を手早く済ませてしまおう。

 

 

 

 やたら、足元をちょこまかと動くネコもどき、いやネコアルクのお陰で一人でするより掃除が早く片付いた。このまま、厨房で一息いれたいが蒼崎たちを放っておくのもおっかない。もし、迂闊に彼女へ絡むような不埒な客がいたら、とても危ない。

 

 ちなみに有珠はもっと危ない。それにアルクェイドさんに式さんも、そういった軽口に対しての沸点がわからない以上は自分が気をつけなくては。

 

 

 

 軽く手を洗い、制服を正すなど飲食店の従業員としてすべきことを終えてから厨房を後に。カウンターから見た蒼崎たちが何やら楽しそうに話し込んでいるようで一安心だ。これでフロアの方も壊れていたら、本格的に店仕舞いにしなければならなくなる。

 

 

「あ、草十郎。向こうの掃除は終わった?」

 

「うん、あらかた片付いたところだ。あのネコは凄い活躍してくれたよ。今はゴミ出しに外に出ているところで、しばらくしたら戻るって」

 

「このバカ!あんな怪生物を表に出すんじゃない!……というか、あんな身長で活躍なんて何が出来たっていうのよ」

 

「そう馬鹿にしたものでもない。まさかネコミミを折り畳むことであそこまでの吸引力を発揮するなんて、初見では気づくことも出来なかった。都会は本当に驚くことばかりだ」

 

 

「……深くはツッコまないでおくわ、根掘り葉掘り聞くと頭痛くなりそうだし」

 

 そう言って蒼崎は背もたれに深く寄りかかった。正直、他人に弱みや弱っているところを見せたがらない彼女がこうも臆面もなく疲労を露わにしているのにはびっくりした。有珠の方は普段通り、紅茶を飲んでいるようだが普段の精彩を欠いているようにも見える。

 

 

 また、蒼崎たちの反応から見て橙子さん級だと思われるアルクェイドさん、式さんも疲れを隠せていない。草十郎は翻って、店奥で横になっている巨大な狼を見つめた。彼女らはあの狼を危険と言っていたが、動かないのならば危険は言うほどではないのかと思案する。

 

 もちろん、草十郎とてあの狼の危険度はある程度、理解している。ただ、あくまでそれは下手に怒らせたりした時の場合であって。今のところ、店奥に佇んでいるだけの安全な狼でしかない。

 

 青子が聞けば『安全な狼などいない!』と言われるであろうことを考えながら、草十郎はカウンターのあたりで来店客を待つことに。

 

 

「店の掃除、草十郎に任せちゃったけど、彼っていつもあんな調子なの?」

 

「……ええ、彼は私の家に下宿していて当番制だけど家のことをしてくれているの。掃除、料理、特に草むしりは本当に凄かったわ」

 

「草むしり?意外ね、あの若さであの技量なら日常生活より修行に明け暮れていそうなものなのに。近接なら、式にも遅れは取らないと思うけど」

 

 アルクェイドを筆頭にした三人が草十郎に視線を重ねる。

 

 

 長身痩躯の彼は側から見れば、どこにでもいそうな好青年だろう。しかし、その戦闘技巧は常人に計り知れるものではない。アーネンエルベにいる世界でも稀な規格外の女性陣から見て、あれだけ普通の域から外れていないのにも関わらず異常なものと渡り合えるなど驚嘆ものだと。

 

 

 アルクェイドは自らの最愛の人が持つ異常性を理解していたがために、何の異常性も際立って見せない草十郎に興味を馳せ、有珠は草十郎の牧歌的な面に言及するだけで留める。

 

 

 両儀式は自らの家が退魔の業を家業とする家柄なため、人間でありながらも人外と対峙するという事例を知っている。しかし、彼はあまりに普通過ぎる。それは非常識の天敵である自分だからこそ判断できるというもので、境界の果ての視点を持つ両儀式だからこそ分かり得たことだった。

 

 

 世界でもトップランクに数えられる強者の女性陣から思わぬ評価を受けている一般人こと、静希草十郎はそんなことを知りもしないまま次の来店者をカウンターで待つ。こんな異常だらけの空間でそんな普段通りの生活を送ることがどれだけ人並外れているのかを理解しないまま。

 

 まぁ、草十郎の異常を異常と認識しない状態で自分の日常を過ごせることこそ、丘の上に住む二人のおっかない魔女と同居できる最大の要因なのかもしれないが。

 

 

 そんな自分のことを話して盛り上がっているとは露知らずに、草十郎は『女性は仲良くなるのが早いなぁ』などと平和ボケしたことを考えながら店奥の狼の方に何か持って行こうかと考える。何か食べていれば、きっと他のことに集中はしないだろうという考えで。

 

 よし、とカウンターを離れ厨房で何かつまめそうなものを用意しようとすると、軽やかに鳴ったドアのベルが新たな来店客を知らせた。あの巨狼に何か食べ物を用意するのは後回しになるなと思いつつ、お客様に快く来店してもらえるように笑って歓迎の挨拶をしなくては。

 

 

「いらっしゃいませ、喫茶アーネンエルベにようこそ」

 

 

 

 

 

 

 

 精肉店、魚屋、八百屋と昔ながらの店が立ち並ぶマウント深山商店街。食品関係の店が軒を連ねている冬木に住む人たちの憩いの場。その商店街に金髪碧眼という日本では稀な外見の少女が闊歩する。ただ金髪碧眼ならば外国から来た旅行者かと意識されないのだろうが優れた容姿の美少女というところが殊更(ことさら)に人の目を惹く。

 

 普通なら話しかけるのが躊躇われるような美貌だが、商店街の人々からは親しみを込めてにこやかな声をかけられ、彼女もそれに応じている。それは彼女が精肉店のコロッケを嬉しそうに食べ満面の笑みで帰途につくのを見かけたからか、はたまた鯛焼(たいや)きを頬張っているところを見られたからか。他に近所の子供達と本気で砂埃で汚れるまで遊んでいる場面に出くわしたからなのか。

 

 何にしろ、セイバーと呼ばれる年端もいかない少女はすっかり冬木の空気に馴染み、マウント深山商店街の看板とも言えるような娘になっていた。

 

 

 

 

 

 

 買い物バッグに食品を詰め、商店街を歩くセイバー。金髪碧眼という日本人離れした姿を裏腹に彼女の口から、所帯染みた内容が飛び出した。

 

「……シロウから頼まれたもの、春菊、豚肉、豆腐、椎茸と他は何でしたでしょうか?」

 

 

 シロウに頼まれて、鍋の材料を買いに出かけてみれば、買い物に必要なメモを置いてくるというポカをしてしまった身の上。心配そうにしているシロウへ自信満々に“子供ではないのですから、一人で食料を買ってこれますよ“などと言ってしまったのが仇になった。

 

 意地になって、メモを取りに帰ればいいものをあやふやな記憶で買い物を進めてしまったために、何が足りなくて何を買えばいいのかが分からない状態。商店街の人に話を聞けば話は解決するのだろうが、同じく商店街で働くランサー辺りに聞かれれば、後日に大笑いされかねない。魚屋にいるランサーに言わないように口止めしても商店街の情報網は自分の予想を遥かに超える。

 

「はぁ、誰か鍋の材料などで相談に乗ってくれる方がいれば助かるのですが……」

 

 それもなるべく、シロウなどと関わりが薄く、自分の話しやすい人物。

 

 そんな都合の良い人材がそうホイホイといるはずもない。この身はシロウを寄る辺に召喚されたサーヴァントであり、交友関係はマスターであるシロウを中心にしている。友人と呼べるのもシロウの屋敷に通うリン、サクラに最近よく顔を出すイリヤスフィール。

 

 他はライダーと商店街の面々。キャスターやランサー、アーチャーは……知り合いくらいか。

 

 自分の生きた時代ではないのにここまでの交友関係を結べた事に感謝するべきでしょうね。いや、かつてのブリテンにいた頃の私の友人と言えば、えっといつも側にいてくれたカヴァス。

 

 他に……マーリン、は師匠であり友人というほどでは。円卓の騎士たち、に関しては部下で友人と呼ぶのは難しい上に様々なシコリがある。城下の人々は、そもそもブリテンが戦時下で城下に顔を出すときは大抵が出陣か帰還かのどちらかでしかない。

 

 召喚されて後の方が交友関係が広くなってるというのは、何がどういうことか?

 

 忘れましょう。うん、思い出しても頭が痛くなるだけですので。

 

 

 

 額にしわを寄せてセイバーは一息をつく。商店街の外れまで歩いてみたが結局、何を買うべきかを見失ったためにどうしようもない。鍋の具材に関する知識を聖杯が与えてくれれば良いのだが、あいにく聖杯がサーヴァントに与える知識の中に鍋の具材や作り方はなかった。

 

 意地を張って夕食の鍋が流れるのは堪え難い。ここは一旦、衛宮邸に戻り、メモを取ってもう一度買い物をすべきと判断を下す。

 

 帰宅を決意し踵を返そうとした目線の先には、ある喫茶店がひっそりとそこにあった。

 

 喫茶アーネンエルベ、以前に訪れた時にどこか違う場所より様々な立場の面々が集った喫茶店。その時のことは今でもありありと思い出せる。もしや、今日もあのような規格外な面々がいるのではないかと危機感を募らせる。一人で街一個をお釈迦に出来るような者が集う店。

 

 その危険性をみすみす、放置できるほどセイバーの善良な意思は捻くれてはいなかった。ちなみにセイバー自身も街に甚大な被害を齎すことのできる人物であることは、この際、見過ごす事にしよう。指摘してもセイバーが意思を曲げるとは考え難いし、実際のところ常識からいささか外れているとはいえ常識人枠がいないのも問題があるため。

 

 店の前には以前は見かけなかったミニボードがあり、大きくペット可と書かれている。

 

 他にも何処か懐かしいような感じがするのだが、とりあえずセイバーはベルを鳴らし魔境と化したアーネンエルベに入店した。

 

「いらっしゃいませ、喫茶アーネンエルベにようこそ」

 

 ある種、飲食業では定型とも言えるような挨拶が耳に入る。アーネンエルベという恐ろしい面子が集う地で、まさか歓迎の挨拶を受けるとは。

 

 意外そうに思いつつも、セイバーは尽くされた礼には礼で尽くす騎士だ。にっこりと柔らかな対応を心がけ、歓迎を示してくれた青年へ客として返事をする。

 

「ええ、あいにくと一名なのですがどちらか空いてる席があれば案内をお願い出来ますか?」

 

 ウェイターの青年は笑みを浮かべたまま、空いている席へ誘導をしてくれた。しかし、その途中でアルクェイド、式というかつて出会った人とすれ違う。同席している二人の女性は、直感だがアルクェイドや式に負けず劣らずの実力者。先の二人と同等の強者の類いであることを推察する。

 

 しかし、その二人の衣装がウェイトレスであるということが違和感を誘う。

 

 もしや、あの青年と同じ店員なのか?

 

 

 アルクェイドや式が無理を言って引き止めているとしたら、大変申し訳ない。アルクェイドや式に説得が通用するかは未明だが、一言だけでも注意するのが私の務め。

 

 そうして、彼女たちの座るテーブルに近づこうとした時、そのテーブルの奥から、灰色の体躯を起こし巨大な瞳が視線を投げてくる。それは遠い昔に(わか)たれた我が半身とも言える存在であり、この時代に再会できるなど予想だにしない事態だった。

 

 騎士王(アーサー)としての私、一人の少女(アルトリア)としての私、そのどちらにも寄り添う形で連れ添った比翼が私の前へ再び現れた。なぜ、喫茶店にいるのか、という細かいことなど今は考えもつかない。ただ、この望外の出会いを喜び祝福したいと私は流れた一筋の涙を、そのままに唯一とも言える相棒の下へ行こうと動き出す。

 

 それに合わせ、”彼“も身じろぎ一つしなかった状態から身を起こし、こちらへ姿を見せた。巨大な狼が持つ両の前脚に力と緊張が発せられる。それはこちらに抱きつこうとする準備動作、セイバーはそれを抱き留めようと諸手(もろて)を広げつつも巨狼へ歩み寄った。

 

 ”彼“が私の方へ飛び込んでくる。これは数多(あまた)の奇跡が折り重なって生まれた奇跡。出会うことのないはずの二人がアーネンエルベという喫茶店の不可思議な何かによって出会うことが出来たのだ。この出会いがどのような偶然であれ、ただひたすらに感謝を。

 

 泣きながらも笑みをこぼし、セイバーは相棒の名前を呼ぼうとする。

 

「カヴァ……」

 

 

 

 飛び込んでくる灰色の巨狼、それの鼻先へ英霊という規格外の戦闘者の動体視力を以ってして霞んで見えるほどの速度で放たれる打拳。それに合一する形でアルクェイドの爪から五つの斬撃波が飛び、着物姿の式が刀で斬りかかる。

 

 ウェイトレスの女性も咄嗟の動きなのか、伸ばした片手より蒼の光弾を撃つ。その光弾を撃った娘の隣に立つ魔女は光弾を強く睨み付けることで何らかの術を光弾へ加える。魔女の瞳に宿る魔眼が相方の魔術へ干渉、蒼の燐光を放つ弾丸は、紅に染まり巨狼の顔に命中した。

 

 その流れるような連携を前に、セイバーは思考と足を止めて硬直する。混乱した心境が肉体の動きを止め、停止した肉体が考えるという機能を不動のものにした。本当に今日のアーネンエルベは、悪鬼羅刹ですら裸足で逃げ出す魔境である。

 

 後、余談だが、セイバーが後生大事に携えていた買い物バッグが床に落っこちてしまったのは不慮の事故と思いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ”それ“に最初に反応できたのは意外な事に、この場で最も普通な青年、静希草十郎だった。今まで出されたものを食べ、ベルを鳴らす程度のことしかしなかった巨大な灰色の狼。それを見て、アーネンエルベにいる女性たちは口々に恐ろしいという感想を口にしてきた。しかし草十郎からすれば、あの巨狼は山で見た野犬よりも脅威度は少ないと感じていたのである。

 

 

 確かに山で見かける野犬とは肉体の性能が根本より異なる。自分には判断できないが、その身に宿すナニカも蒼崎たちが警戒を隠さないほど強力なのだろう。危険というのはわかってはいた。しかし、この巨狼にはこの場で何か行動しようとする意思が抜け落ちていた。

 

 動く理由も、意思も持たない異形の狼。例え、どれだけ恐ろしくとも動かないのであれば、そこに危険や脅威はない。そう、思い込んでしまっていた。

 

 来店したお客様を案内している時、店奥で鎮座していた魔狼が何の前触れもなく起き上がる。今まで特別、感情の宿っていなかった瞳に爛々と何らかの意思が燃え(さか)った。そして、その意思が巨狼の総身を駆動させる燃料となり、狼の巨軀から原初の恐怖を蘇らせる威圧が巻き起こる。

 

 圧倒的な捕食者の気配を漂わせた巨狼は前脚へ力を込めて、跳躍しようとする。そこまでを予測した草十郎は、案内をしている最中のお客様と巨狼の間に割って入った。脚の力の込め具合を見るに、飛び込んでくる先はこの場所。あの巨大な肉体は、およそ人間一人の手では妨害し切れまい。

 

 以前、蒼崎橙子が連れていた金色の人狼の時には心臓の破壊により戦闘を停止させたが、今回も同様の手が取れる訳ではない。おそらく、自分の打擲、蹴撃でどうこうとはいかない難敵。一矢報いられれば、十二分に大番狂わせと呼べる苦難の状況。

 

 ならば、今までの自分の常と何ら変わりない。今までどれだけの大番狂わせと幸運に恵まれ此処に立っているのかを俺は既に知っている。蒼崎や有珠と過ごす中で得たもの、山の暮らしで培ってきた経験。その全てを動員してこの苦境をひっくり返す。

 

 もはや数瞬の猶予もなく飛び込んでくる灰色の巨狼、この状況では動きを止めるのは不可能。それに動きすら止められない以上、痛手を与えることも不可能だ。

 

 故に軌道を変えることのみに集中する。飛び込んでくる角度の斜角より拳を打ち込み、軌道を少しだけでも変えられることが叶うはず。以前、人狼へ対し打った拳とは異なるアプローチ。あれは生命や抗戦意思を砕くことのみに専心した結果。

 

 今回のは、ただ飛来する巨狼の軌道変更。そのため、軌道を変えた後のことなどは思考の外。人間の打拳を受け、痛苦を感じるかはさておき無謀な攻撃の代償は高くつくだろう。けど、それが人を助けないという選択をする理由になるはずがなく。

 

 草十郎の打拳は巨狼の鼻先を鋭く捉えた。

 

 みしり、と鈍い痛みと共に体内の奥深くから嫌な音が上がる。そんな痛みを抱えながらも草十郎は後のことを一切、心配してなかった。そう、何故なら後詰めとして、自分の同居人である二人の魔女とそれに比肩する二人の女性がいたのだから。

 

 久遠寺邸に住む魔女のコンビである蒼崎、有珠の二人はかつて自分の命を狙っていた。それに今日、居合わせたアルクェイド、両儀式の二人とて危険度はさして変わらないと見受けられる。これは大前提だが、自分の命を奪いかけた相手たちに自分の命運を賭けるなど常人では考えもしない。

 

 だが、草十郎の考えは違った。

 

 “自分の命運を握られていると言うことは、自分の命運を任せられることでもあるんじゃないか?”

 

 

 慣れている二人の魔女はさておき、アルクェイド、両儀式を絶句させた彼の持論。その考えに基づき無私の献身からくる自壊覚悟の彼の拳は、圧倒的な質量を持つ巨狼の飛び込みの軌道をずらすという偉業を成す。その代償に反作用によるものか、草十郎の体は反対に弾かれた。

 

 

 青子たちは草十郎のことを視線で追いたくなる衝動を抑え込む。彼が命を賭して得た数瞬の時間、それを無駄にしないためにも。四人の女傑による完璧な連携、それを受けた巨狼は飛び込んできた角度の逆方向に椅子、テーブルなどの調度品を薙ぎ払いながら吹っ飛んでいった。

 

 

 

 鼻先という生物の肉体では脆弱な部類に当てはまる箇所を攻撃したにも関わらず、手の甲を起点に肌と肉が裂け血を流している。なるほど、蒼崎たちの言う通りだったようだ。しかし、参った事に吹き飛ばした先で狼はすぐさま立ち上がっており今の連携を意にも解さない様子。

 

「セイバー、ちょうど良いところに!いきなりで悪いけど、私たちに合わせて。みんなであの巨大狼をやっつけるわよ!」

 

 アルクェイドの呼びかけを聞いて、ようやくセイバーは現状の把握を終える。それと同時にアルクェイドや彼女に合わせ、自分の相棒を息の合った連携で吹き飛ばした面々に声を荒げた。それは普段の冷静沈着な彼女らしからず、以前に邂逅を果たしていたアルクェイド、両儀式の二人は驚いたように眉を顰める。また、初対面の草十郎と二人の魔女たちはどう言うことかと混乱を隠せていない。

 

「ちょっと待ちなさい、アルクェイド!いきなり、なんて事をしているんですか!」

 

 唐突な援護の要請に対し、セイバーが取ったのは吹き飛んだ狼と草十郎を含めた五人の間に立ち塞がる事だった。それにアルクェイドたちは目を剥いてしまう。自分が気づく危険性を、セイバーが見逃すはずもないという程度には信用しているアルクェイド、式の両名。

 

 セイバーの身に纏った神秘から只者ではないことを見破った青子と有珠の魔女たちも、いきなり来てあの怪物に背中を許すとは如何なる事情かと疑問を浮かべた。

 

 今、分かることはセイバーが狼を庇うような形の立ち位置にいるという事実。

 

 これはひょっとして……

 

「すいません、お客様。もしや、そちらの大きな狼、知り合いか何かでしょうか」

 

 草十郎は血を流している手を抑えながら、セイバーと呼ばれた少女に尋ねてみた。

 

「はぁ?草十郎、真っ先にグーパンかましといて此処で日和る気じゃないでしょうね?あれは魂魄を喰らう魔狼よ。少なくともこっちが人であっちが獣である以上、穏当な妥協点なんて有り得ない。それより、あんたは怪我を有珠に直してもらって。猫だろうと一般人だろうと手が足りてないんだから」

 

「っていうか、セイバー!そこ危ないから、その狼に背中を見せるなんて正気!?早くしないと丸かじりにされるわよ!」

 

 ただ、草十郎の時と場を無視した意見に両儀式、久遠寺有珠の二人は何らかの意図を見出したらしく、吹き飛んだ先で立ち上がった巨狼から目は離さないものの刀や手を下ろし事態の把握に努める。一方、セイバーは青子、アルクェイドの双方の言葉を聞いた上で不機嫌極まり無いと言うように腕を組んだ。

 

「彼は私の友であり、優れた猟犬です。少なくとも公の場でその暴威を示すことは有り得ません」

 

 そう、言い切ったセイバーの横に巨狼が来て、真剣な顔をしたセイバーへ(じゃ)れつく。そんな魔術、魔法に根源、吸血鬼の関係者達から見て異常な強靭(つよ)さを宿している怪物がまるで飼い犬のごとく戯れ付いている様子を見て草十郎を除く四人の女性はフラフラとした様子でへたり込んだ。

 

 両儀式と有珠は立ち直るのが早かったのか、脱力し切った形で席に座る。しかし、紅茶を淹れたカップが不自然に揺れているところを見るに、動揺はしているようだが。

 

 

 混乱している女性陣とは別の、今のところ店でただ一人の男性である静希草十郎は、なるほどと言いたげに頷きポツリと呟いた。

 

 

「今、思い出したが、そう言えば店の前の黒板にペット可って書いてあったっけ……」

 

 

 その(のち)にアルクェイドと青子は“そんなのアリか!?”と同時に吠えたそうな。

 

 




沈黙の巨狼道場にて

情け容赦のないグーパン。

「なんで!俺、特に悪いことしてないのに!あんまりだぁぁ!」

ちなみに、もはやカヴァスとさえ呼ばれていない定期。

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