カヴァス?いやいや俺は   作:悪事

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安定の独自解釈と勘違い。
それでも、お楽しみいただけるという剛の方がいれば幸いです。


第六話

 我輩はシフである。度重なる誤名にも負けず、白亜の城キャメロットの番狼を務めている()である。本日は晴天なり、本日は円卓の招集なり。サラッと言ったが、アルトリアちゃんが蛮族たちの被害に際して対策を講じるための会議が急に開かれることになった。この対策の内容は村を一つ干上がらせて蛮族の進行を抑えようとすることで、会議を招集したのだが会議は踊りに踊った。特に多くの騎士が村を干上がらせるということに反対意見を出したのだ。

 

 それは騎士たちが村を干上がらせることに反対する旨であり、アルトリアちゃんの苦渋の決断に反する姿勢を見せた。確かに村を干上がらせ、蛮族の略奪するモノを無くしてしまえば彼らの侵略を遅れさせることは出来るだろう。しかし、そのために多くの民が犠牲になることが彼らには許容できず反対する意見が多数を占めていた。

 

 

 此処で俺には一つの問題があった。それは円卓の部屋に俺をアルトリアちゃんが連れてきて、部屋の人口密度を大幅に占めていたことである。しかも部屋の大半は男所帯。キッツイもんである、なんというか騎士たちがゲッソリした表情なのも同意できる。ぶっちゃけ、女の子がいないことが問題じゃないのかと俺は思う。だって、円卓の女子勢はアルトリアちゃん(ほぼ上司、というか社長)、モーさん(フルアーマー)、ガレスちゃん(ガウェインの妹さん)とみんな手を出すのにはリスキーが過ぎる。

 

 そんな、どうでもいいような思考を巡らせていると、アルトリアちゃんの鶴の一声が飛ぶ。

 

「では、蛮族の進行を抑えるための代案はあるのですか?」

 

 アルトリアちゃんの核心を突く一言。反対意見を提出した騎士たちが総じて口をつぐむ。反対するには代案を用意して、と言いたいが彼らは騎士、専業軍人であり命令を受ける側、戦略的な作戦を立てることができるとは思えない。しかし、円卓の会議を見ていると頭をよぎることがある。

 

 

 

 ……それは……円卓ってピザみたいじゃないかということだ。

 

 無性に腹が減って仕方がない。キャメロットの食事は大体が雑であるため自分で狩りをしている俺だが、やはりピザとかハンバーガーやらお米を無性に食いたくなるのはどうにかならないものか。そんなことを考えていると、円卓の一席に座る騎士と目が合った。それは災厄の席とか言われる縁起でもない席に座らせられた貧乏くじを引きやすい青少年騎士、ギャラハッド君だった。彼は俺と目を合わせるとコクリと首を縦に振り、バンと卓上に手を叩きつけて騎士たちを叱咤する。

 

 

「いい加減にしてください。これ以上の議論は時間を無為に消費するだけだ。これほどの騎士が集まって、これ以上の時間を浪費するおつもりか」

 

 そうそう、良いことを言うものだと感心し俺は前足を少し挙げ気づかれないようにガッツポーズをこっそりと取る。年若い彼は女好きのランスロット氏の息子ということもあって、若干警戒の目で見ていたのだが彼は父と比べて真面目な良い子らしい。

 

「しかし、サー・ギャラハッド。我々、騎士は民を守らなくてはならない身にある。その騎士が民を守る為とはいえ民に犠牲を強いていいものか」

「代案が無いなら黙ってください。ランスロット卿」

 

 にべもねぇ、ランスロットさんの提言もすげなく断じたギャラハッド君はアルトリアちゃんの意見に賛成の態度を見せた。それをきっかけとし少しずつ騎士たちがアルトリアちゃんの意見への賛同へ会議が傾く。まぁ、これしか手段がないとすれば、仕方ない。そりゃ、今の会議の焦点となっている村は立地が悪く蛮族が多くの方向から進行してくる地点なのだ。一回、二回くらい騎士を派遣しても間髪入れず蛮族がやってくるだろう。それなら、村を干上がらせ無くしてしまえば、蛮族の進行だけでなく、民を安全なキャメロット付近へ移住させられる策だ。

 

 まぁ、必死で土地を開拓した領民にしてみれば、やすやすと土地を捨て干上がらせるなんてできないだろうが、命あっての物種。とっとと移住してくれれば丸く収まるはず。こういう最善手を素直に納得できないというのは、人情というヤツなのか。

 

 それにしても腹へった。今日は何を狩ってこようかな?

 

「皆さん、決断するならば迅速にしていただきたい。大体、この現状に恥じ入らないのですか。王の後ろにいるカヴァスを見てください。彼は会議を見て円卓の騎士たちは決断をすることに躊躇う者だと、円卓の結束とはかくも脆いのかと思うことでしょう」

 

 

 ……ごめん、円卓ってピザみたいで美味しそうとか、女の子が少ないなぁ、一狩り行こうゼ、とか考えてました。本当にごめんヨ、真面目な思考が続かんのさ。と思っている時に一人の騎士が立ち上がって、部屋から出て行こうとする。それは糸目胡散臭いことマーリンの如しと俺が見ている円卓の騎士、トリスタンであった。彼は忠義より情を重んじるかもしれないっぽい騎士。若干、女運が薄そうな面相のロン毛の人。そんな彼の残した言葉はとんでもない爆弾だった。

 

「…………王は人の心がわからない」

 

 

 そう言い残し、彼は円卓を去っていった。いや待て、文句を言うなら代案出せとギャラハッド君言ってたぜ。せめて、なんでも良いから意見を言え、爆弾発言残していくんじゃない。見ろ、円卓勢が会議というか通夜の雰囲気に早変わり。色々と考え……こらこら、待ちなさい。

 

 部屋を出ていくトリスタンを追うと、廊下の途中でいきなりこっちを振り向いてくる。その顔は罪人のように痛ましそうで、病人のごとき苦しげな表情をしていた。そっちにも色々と事情があるのだろうが、さっきのセリフ、会議の席を退出する間際に言うこと?

 

 

 

「……カヴァス……」

 シフだよ。そして、『さん』をつけろよ、デコ助野郎。

 

 上の感情を込め、やたらカヴァスと呼ばれる俺は吠えた。すると、トリスタン卿は薄っすらと笑って、再び前を向いて歩いていく。こうして哀しみの騎士という男はキャメロットを去っていった。野郎、アナザーなら殺ってたからな。

 

 こうして哀しみの男は去り、俺はアルトリアちゃんをモフモフして話は終了した。正直、ブリテンはもうやべー感じです。これ、下手を打てば、あっという間に国が滅ぶ瀬戸際。普段から緊張間の無い俺でも気づくと言うのだから相当なシリアスですよ。

 

 と言っても、俺のやることは変わらない。変えるような器用さも無いし、変えるつもりも毛頭無い。この国の終わりまで俺は何も諦めたりはしない。俺はアルトリアちゃんと出会った時からすべきことを決めていた。そこはいつだって、曲がってない。

 

 ……俺は俺をシフと呼ばせるのを諦めるつもりはないんだ!……いつになるのか分からんけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 円卓における災厄の席に座る青年は彼方を見据えて国を眺める。騎士王に仕える騎士の一人として彼はブリテンの現状とこれからの状況に想いを馳せる。この国は行き詰まりだ、もはや神秘の時代は終わりブリテンは外部より来たる蛮族や環境に適応できず滅びゆくのみ。例え蛮族たちがいなくとも大地は枯れ国は終わる。永遠に続く国などない、ならばこそ、せめて終わりの瞬間は安らかなものとしたいと願うことは間違いではないのではないか。例え、終わるとしても悲劇の下で嘆きと憎悪に沈むより眠るかのごとき終わりを願うのは正しいことだと、私は信じている。

 

 

 それが災厄の席を預かる私、ギャラハッドの嘘偽りない真実だ。

 

 

 今日、我々円卓の騎士一同は王の招集に馳せ参じた。招集の理由は円卓の騎士たちを交えての忌憚なき意見を求めるため。この会議の主題は蛮族の進行を遅らせるために、一つの村を干上がらせるということについてだ。民衆を守るために存在する騎士が民衆を守るための犠牲を彼らに支払わせる、それがどれほどの矛盾かを理解した上で我らは選択しなければならない。

 

 今回、会議で上がった街は以前から蛮族の被害を受けていた地で、あの場を取られればキャメロットまでの足がかりになってしまう。そうすれば、今度はキャメロットが戦場に変わる。決断の機はジリジリと迫ってきていた。だと言うのに、円卓の騎士の大半はこの決断に代わる案もないまま長々と反対する旨だけを言い続け会議を長引かせている。

 

 それはきっと、決断をしたくないという気持ちが裏にはあるのかもしれない。しかし、我ら騎士にその怠慢は許されない。王がどれほどの重責と覚悟を持ってこの案を選ぶに至ったか、王の心境が察せられた。王の意思を己の理解し得る範囲で理解し、その決断を支持するか、はたまた諫言し代わりの提案を口にするか。騎士の役目は戦うのみにないと言うのに。

 

 王に賛同する騎士は思うより少ない。アグラヴェイン卿、ケイ卿、ベディヴィエール卿、モードレッド卿、そして私ことギャラハッド。ベディヴィエール卿はともかく、アグラヴェイン卿とケイ卿が真っ先に賛同する方向で意思表明したことで色々とややこしいことになっている。弁論や文術に長ける両名だ、他の騎士からの感情面では悪い方向への偏りが見られる。今も反対する騎士へ向け正論を皮肉交じりに唱えている。あれでは賛同を得ようにも、感情面が邪魔をする。私やベディヴィエール卿が穏当に取りなそうにも、白熱し過ぎて止めようがない。

 

 

 特に私の親類であるランスロット卿は、今も諫言らしきことを口にしても代案を出すことがない。他にトリスタン卿なども同様であった。事態を静観するガウェイン卿、そも会議の内容に興味を示さず王の背後の猟犬カヴァスに視線を向けているモードレッド卿などと、円卓の意思統一はままならぬ状況にあった。理解している戦力や公務などの豊富な人材が整っている上で更に性格などの要求をするのは贅沢に過ぎると。

 

 しかし、実務能力よりもこの場においては穏便で柔軟な性格の騎士はいないものか。

 

 

「では、蛮族の進行を抑えるための代案はあるのですか?」

 

 とうとう、王の忍耐も持たなかったようだ。他の騎士たちもこれが王の苦渋の選択であることを察し、これ以上の最適な方策が思い浮かばないのだろう。反対を声高にしていた騎士たちの数が減る。しかし、若干二名ほどがまだ反論を言い募っている。それが空気を読むことが苦手で無神経気味なトリスタン卿ならまだしも、女が絡まなければ、多少まともな仕事をするランスロット卿まで。なぜ、幼少の折の自分にはあれが立派な父親に見えたのだろうか。

 

 そのように物思いをしているうちに王の背後より剣呑な雰囲気を放ち始めた存在がいる。それは王の猟犬、キャメロットに存在し王に忠を尽くす灰色の巨獣。王を時に背へ乗せ戦場を駆ける灰色の大狼、カヴァス。王へのあまりの無礼ゆえに憤りを感じ始めようというのは無理もない。

 

 

「いい加減にしてください。これ以上の議論は時間を無為に消費するだけだ。これほどの騎士が集まって、これ以上の時間を浪費するおつもりか」

 

 まずい、このままでは血を見る羽目にと懸念した私は起立し、この会談の軌道修正を図る。

 

「しかし、サー・ギャラハッド。我々、騎士は民を守らなくてはならない身にある。その騎士が民を守る為とはいえ民に犠牲を強いていいものか」

 

 悪いだろうとも、正しいとは言えない。だが、犠牲にする以外の代案を出さないから決断するしか無くなっているのだろうに。ランスロット卿の頭の巡りが鈍重過ぎて話が出来ていない。そのため、あくまで会議の席の雰囲気を悪化させないような口調でこいつを窘めなくては……

 

「代案が無いなら黙ってください。ランスロット卿」

 

 無理だった。何というか、心の奥底からこの男にだけは態度を軟化してたまるものかともう一人の私が叫んでいる気がする。なんとなく、眼鏡をかけているような私が……

 

 いや、それどころではない。今のうちに話し合いの整えを済ませ、果断な決断を取らなくては。そのために必要なこととしてカヴァス、彼をだしにして話を進めてみよう。かの巨狼も円卓より一目置かれる存在、彼を話の引き合いに出せば、納得も容易に得られよう。

 

 

「皆さん、決断するならば迅速にしていただきたい。大体、この現状に恥じ入らないのですか。王の後ろにいるカヴァスを見てください。彼は会議を見て円卓の騎士たちは決断をすることに躊躇う者だと、円卓の結束とはかくも脆いのかと思うことでしょう」

 

 あとは、これで話し合いが穏便に済むようにすれば……と言う側からトリスタン卿が席を立つ。一度、退席して冷静に考え直そうというのかと思っていると彼は最後にある言葉を言い残して去っていく。それが決定的なまでに取り返しのつかない言葉だったことは言うまでも無い。

 

「……王は人の心がわからない」

 

 “……騎士は王のことを理解しようとさえしない”。頭の中でその言葉が思い浮かんだ。だが、これを口に出せば円卓が割れる。物理でも精神面でも。無言のまま静観しようとした矢先、トリスタン卿はそれだけを言い残し去っていく。割りと空気が読めない所や気がつくと所構わず寝るような性格とは知っていたが、これは流石に言葉が……

 

 

 出て行ったトリスタン卿を追い、カヴァスが部屋を出る。その時のカヴァスの双眸には並々ならぬ感情が暴走しているように私には見えた。人の分かりやすく表層に出るような目に見える怒りではなく、静かに全てが沈むような怒りが猛っている。かの狼は王が自ら連れてきた神秘を宿す猛獣。それに加えて湖の乙女より聖剣を預かっているのだ。その実力は円卓の半数を以ってしてようやく拘束が可能かどうかというところ。騎士一人では太刀打ちできない巨狼。このままではトリスタン卿が落命し、キャメロットが戦場になるのではと最悪の事態を想像してしまう。此処で騎士王はカヴァスを信じているのか動こうとはしない。

 

 会議は止まり、沈黙しているうちに扉を開けカヴァスが部屋に再び入ってくる。巨狼は騎士王の元に寄り添い、労うように側で丸くなる。先ほどから外で戦闘音らしきもの音はなかった、つまりカヴァスはトリスタン卿に対し“何もしなかった”ということだ。許した、ということはあり得ない。主人を貶されたカヴァスは怒りに燃えていたことだろう。

 

 

 それはきっと、何よりも重く辛い罰になる。誰も彼を罰すことなく、彼は何の手傷も痛みも持たぬままキャメロットを去るのだ。これから先、トリスタン卿はたった一言のために、その名の通りに哀しみを背負う。それきっと、死してからも続くはずだ。これは彼の永劫に続く後悔と苦難の始まりでしか無い。いっそ、一思いに罰されてしまえば、拷問に等しい哀しみを終えることが出来たものを。

 

 

 それから程なくして、私は王より奇跡の杯である聖杯の捜索を王より命じられる。それはブリテンの土地を回復させ延命させるためか、はたまたこれより起こる騒乱に私を巻き込ませないための配慮か。どちらにせよ、私は偉大な王より拝命した任務に努める。

 

 これこそ、私が行う聖杯探索(グランドオーダー)の始まり。しかし、この旅に待つ終末とこの国の崩壊を、あの時の私は予感しつつも、王の命に従ってキャメロットを発つ。願わくば、国の終焉が安らかにあらんことを。騎士王に安息とこれまでの苦難に見合うだけの幸福を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その一言は我が生涯における最大の汚点であり、重大な罪業であった。それに気づくこともないまま、ただ前に進むことしか出来なかったあの時の私を、私自身は永劫に呪い続けるだろう。これは去りゆく騎士と、残り留まり続けることを選んだ騎士()の話。

 

 

 まだ、ブリテンが白亜の城キャメロットが光輝に満ちていた頃のこと。円卓の騎士は総員が騎士王の招集に参じた。騎士王の招集に蛮族討伐のため、また何処かの村落に向かうのかと想像していた我らは、かの王が会議で発した言葉を吞み下すことに時間を要した。蛮族の進行を遅らせるべく、蛮族に度重なる襲撃を受けていた村を一つ焼き払うと宣言を行った。

 

 その宣言はあまりにも力強く、決して覆ることがないように見えた。まるでその場にいた全ての騎士たちを説得するかのように言葉は円卓に響き、王は沈黙する。その決断は騎士のこれまでの戦いを否定するものだ、これまで多くの蛮族を騎士たちは力の限り倒し退けてきた。ならば、此度もただ一言、蛮族討伐を命じてくれさえすれば騎士は命をかけ遵守しようというものを。

 

 王はそれ以外の選択肢を提示しなかった。早計に過ぎると、多くの騎士たちは諫言を行い王に思い留まってもらうように言葉を意思を尽くす。だが、王は以前と首を縦に振らない。会議は王を止めようとする騎士と、王の決断を迅速に遂行しようとする騎士の意見で二つに割れた。互いの意見がぶつかり、円卓に座した騎士たちの会議は白熱する。まだ、民を救う道はあるはずだという反対に、王の命が下ったなら迅速に遂行せよとする賛同。冷徹なアグラヴェイン卿とケイ卿が王に賛同を示し、他の騎士たちが反対を口にする。

 

 確かに蛮族の進行は遅れるだろう、しかし次は?そのまた次はどうなる?

 

 

 この決断は、破滅への一本道だ。この決断を下せば、あとは落ちるだけ。更なる犠牲を、もっと贄を、多くの血を、無数の嘆きを。それを繰り返していけば、キャメロットは蛮族という外敵ではなく、内部より民の反乱により瓦解する。そのような哀しみしか、もたらさない結末など許容出来るはずもない。

 

 

 必死に否定を続ける騎士たちに対して、会議は更なる段階に進む。

 

「では、蛮族の進行を抑えるための代案はあるのですか?」

 

 騎士王は感情を露わにしないまま、先の言葉を淡々と語った。それを感情を押し殺したものではなく、冷酷な意思の発露と勘違いをしたことこそ私の最大の過ち。それに対し、反対派の騎士たちは具体的な策が思いつくことはなかった。それでも、何の意見も出せないまま、けれど犠牲を出す案に賛同も出来ないまま会議は無為に続く。それを見て、円卓の一席に座す青年が立ち上がった。

 

 その青年こそは災厄の席を与えられたランスロット卿の子息、ギャラハッド卿。

 

「いい加減にしてください。これ以上の議論は時間を無為に消費するだけだ。これほどの騎士が集まって、これ以上の時間を浪費するおつもりか」

 

 

 それは鶴の一声というもの。自分たちより年若い青年に(たしな)められた騎士たちは恥じ入るように騎士王の案に同意をしていく。その時、私はなぜ実直に頷くことができなかったのか。私は騎士王を決して軽んじているわけでも悪意を持っているわけでもない。ただ、騎士王とキャメロットのためを思い行動を起こしているだけだというのに。

 

 それと同じ思いであるランスロット卿は、ギャラハッド卿を逆に説得しようとするが……

 

「しかし、サー・ギャラハッド。我々、騎士は民を守らなくてはならない身にある。その騎士が民を守る為とはいえ民に犠牲を強いていいものか」

「代案が無いなら黙ってください。ランスロット卿」

 

 哀しい、すげなく断られていたようです。ランスロット卿を無視する形で、ギャラハッド卿は続けて円卓の意思を統一しようと更に言葉を尽くした。

 

 

「皆さん、決断するならば迅速にしていただきたい。大体、この現状に恥じ入らないのですか。王の後ろにいるカヴァスを見てください。彼は会議を見て円卓の騎士たちは決断をすることに躊躇う者だと、円卓の結束とはかくも脆いのかと思うことでしょう」

 

 それを聞き、円卓の総員は騎士王の背後に(はべ)る巨大な狼に集中する。灰の巨狼。ブリテン、いやキャメロットに存在する偉大なる神秘の獣。騎士王を背に乗せれば一騎当千、単騎であろうと戦場や荒野を縦横無尽と疾走する大狼。そう、彼の名は“カヴァス”。

 

 

 カヴァスは円卓を同胞と見てくれているのか、分からない。それほどにあの時のカヴァスの感情は静かな湖面のように深淵なものだった。それは忠義だったのかもしれない、王である主人の命を遂行すべくひたすらに全霊を以って動く。野生の獣では不可能だろう、人である騎士でも感情が障害となる。それはカヴァスが王に忠を尽くす狼騎士だからこそあり得た奇跡。他の何者にも届かぬ王とカヴァスだけの関係。

 

 

 そんなカヴァスは語ることなく言外に問うていた。

 

『何に忠を尽くすか……』

 

 忠義とは不変にして普遍のものでなくてはならない。王に忠義を捧げると誓いし時は死して灰となるまで忠道を貫くのだ。だが、その時に私は王ではなく理想に忠義を支払った。その時の私が下した決断は、カヴァスのように王という一個人に忠義を以って仕えられないというもの。

 

 私は王の元を去る。愚かなことだと当時は思わなかった。その行動こそ、死して彼方の座に引き上げられようとも悔い続けると思わぬままに。

 

「……王は人の心がわからない」

 

 

 それを言って、私は円卓から立ち去る。騎士たちは何も言わぬまま見届ける。それが助かったと思うのか、何故止めてくれなかったのかと思うのか。今でもそれは分からずじまい。ただ、あの巨狼だけは部屋を出て私の後ろまで来てくれた。カヴァスはその瞳を燻らせて私の真意を見通すように目と目を合わせ、沈黙を守る。

 

「……カヴァス……」

 

 私の縋るような呼び掛けに対し、彼は力強く吠える。

 

 それはまるで自分に“己は留まることを選び、貴方は去ることを選んだ。道は違えど、それが騎士として尽くす忠義の形であるなら貫き通せ”と宣言しているようで。

 

 私はカヴァスから背を向け、キャメロットを出て行く。彼と道を違え、円卓より去りキャメロットは崩壊の憂き目に。私に訪れた結末とて余人に誇らしげに語れるものでも無し。ああ、だからこそだ。次なる機会があろうものなら、私は決して間違えなどしない。私は騎士王の名に従い、かの王のあらゆる命を遂行する者となる。

 

 

 私は王に忠を尽くす。叶うのならば、貴方にそれを見届けてもらえることを。騎士王に仕えた忠実なる灰の巨狼、カヴァス。貴方とまた、出会うことを待ち望んでいます。

 

 


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