カヴァス?いやいや俺は   作:悪事

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番外編第二弾。
ごちゃごちゃとした話ですが、要するにいつものです。
ワンパターン?いいや違うね、天丼だね!



番外編二話

 この世界の終焉の果てに、火の時代は訪れ死は世界から忘却される。

 

 その果ての世界はこれまでの世界とは異なる異界なり。希望と呼べる願いは消え、暗き魂が人々を照らす篝火となる。幾億もの命と願望の集積されし人理は灰燼と帰す。その前に絶望を焚べよ。光すら届かなくなり闇さえ失われてしまう、その前に。

 

 人類史、いや地球という巨大過ぎる命は、いずれ訪れる宇宙の熱的死に巻き込まれる形で開闢以前の無へと消えていく。本来であるならば、その先の未来を知ることは例え創世の神代を統べた英雄の王でさえ不可能である。開闢以前の無、それは意味や概念さえ存在せず無という認識さえ観測できない暗黒の世界。

 

 しかし、その暗黒の世界が如何なる理由かを鑑みることはできないが、人理世界に出現している。カヴァスと呼ばれる形、いや本人には別の呼んでもらいたい名があるわけなのだが。タイムパラドックスという次元ではない、前提条件として人理世界が滅んでからでなければ観測さえ出来ないような異界が狼という生物の形状を持って人理世界に現出しているのだ。

 

 

 それが果たして、どのような意味を持つのか。それは誰にも理解されることはない。無論、狼自体も理解しようとはしない。何故なら、そんな難しいことを考えられるような器があれば、こんな始末になっていないだろう。願いは一つ、その願いが人理世界で叶えられることは、きっと無い。

 

 

 何故なら、それが叶うときこそーーーー

 

 

 

 

 

 

 火が燃え盛っている、意識は不明瞭だが目の前には焚き火が燃えているのだけが朧げに認識できる。いや、この焚き火は俺を導く篝火なのか。その火は命を焚べて、死を灰とする異界の法則から成り立つ火焔。この篝火こそが人類から不死を焼却するだろう。

 

 

 ……だが、それは違う。それは俺が求める願望ではない。

 

 

 俺が求めるのは、もう誰も喪われずただ暖かくありふれた平穏の世界。この篝火は人から死を奪いこそするだろう。そして死を忘却した命は暗き魂として焚べられ灰と化す。

 

 

 そう、だから私にはこの篝火の導きは不要です。既に進むべき道を己の手で切り拓く覚悟を決めた。覚悟とは貫き通すこと、それが例え間違っていようと果てが無意味と断じられたとしても、その全てをひっくるめて受け止め貫き通す。それが“覚悟”を決めたということだ。

 

 

 ……この“天草四郎時貞”には夢がある!

 

 

 

 暗黒に彩られた世界に亀裂が走り黄金の風が吹き込む。それは少年の覚悟と誇り高き夢に対する賞賛とも賛美とも取れる現象。少年は暗闇の中の篝火から背を向け黄金の光と風が吹き荒ぶ方向へと足を進める。少年が背を向けた方には篝火に照らされた灰色の巨大な四足の怪物が眼を細めて今、この場を後にした少年の背中を見つめていた。

 

 

 意識が目覚める。それに伴い夢に対する記憶は泡のごとく消えていった。

 

 重い瞼が開かれ、少年はベッドから身を起こす。元は黒かった髪は白く灰と化したかのような白い髪、それに反するような褐色の肌。かつて、島原と呼ばれる地の地獄を越えた少年はようやく願いを叶える舞台へと辿り着いた。彼は寝室を出て、洗面所にて軽く顔を洗い教会の食堂で朝食を神への感謝と共に口にする。これより彼が赴くは七対七、総勢十四騎もの歴史に名を残した英霊が覇を競い、万能の願望機たる聖杯へ願いを託す聖杯大戦。前回の聖杯戦争では、辛くも願いを聖杯に託すまでには届かなかった。

 

 

 しかし、これからルーマニアで対峙するユグドミレニアと自分の願い、どちらが願いを叶えるのかを決する時が来る。シギショアラの教会で既に五人のマスターを欺き、アサシンの洗脳によってサーヴァントは確保した。次に訪れるマスターは、最後にして最優たるセイバークラス。これまでのようにマスターやサーヴァントを手中に出来るかは分からず、無理に捉えようとしてセイバーのサーヴァントと敵対し痛い目を見る恐れがあるなら、大人しくセイバーとそのマスターは黒の陣営と好きにさせるのがいいだろう。

 

 

 ラフなシャツのまま、寝室を出たシロウを待っていたのは闇夜のごとき黒のドレスを纏う退廃的な美女だった。彼女はアサシン、シロウが呼んだサーヴァントであり此度の聖杯大戦の鬼札となる存在。赤の陣営が一騎、赤のアサシンたるアッシリアの女帝、セミラミス。ここではアサシンと呼称するが、彼女は鷹揚にマスターを眺めながら揶揄うように言葉を投げる。

 

 

「ほう、早いなシロウ。最後のマスターが教会に来るまで時間はまだあるぞ?」

 

 マスターに対し、女主人のような上からの発言を行うアサシン。主従が逆転しているような現状だが、これはマスターが認めサーヴァントが許容する間柄。両者は互いを尊重しこれはこれで良好な関係であるのだ。

 

 セイバーのマスターが訪れるのは朝の九時頃。現在は朝の五時前後。およそ三、四時間ほど空いてしまっている。しかし、シロウは穏当な口調で最後のマスターへの対応について説明する。

 

「これでも神に尽くすことを誓った身ですから、惰眠を貪るような怠慢は神父として禁ずべき行為でしょう。それに最後のサーヴァントであるセイバーを呼び出したマスターは無理にこちらに引き込む気はありませんから。他の五騎を掌中に納めたのであれば無理にセイバーのマスターに手を出すリスクは避けたほうがいい」

 

 

「全く、慎重すぎるのではないか?これまでのマスターは容易に謀り切ったのだ。どうせなら、六騎目も手に入れてしまうのも一興だ。いくら、最優のサーヴァントを有するマスターと言えど、五騎のサーヴァントを以ってすれば恐るるに足りぬだろう?」

 

 

「だからこそですよ、現段階で敵に回っていない相手に手を出し痛い目を見るのは少々困ります。一応、黒の陣営と対峙する同胞なのですから。セイバーのマスターを手に入れられるに越したことはありませんが、無理をすべき時でも無いでしょう。今の時点で我が陣営は十二分の戦力を確保できているのです。赤のセイバー、一騎だけなら無理に手は出さないでおきます」

 

「五騎のサーヴァント……か。だが、実際の話では制御できるのは四騎であろうが。まぁ、あのクラスのサーヴァントに制御というのは酷な話ではある。赤のバーサーカーは、どう運用するのだ?いや、そもそも“あれ”は本当にサーヴァントなのか……」

 

「サーヴァント、英霊とは人類史に刻まれた境界記録帯(ゴーストライナー)。そのため、ああいった存在が英霊として召喚に応じるというのは予想外でした。よほど、杜撰な召喚式を構築したか、イレギュラーによる召喚でしょう」

 

 

 そう、赤の陣営では獣の姿をとるサーヴァントが召喚されている。元々のマスターが意図してバーサーカーを召喚することを選択したかは別として、あれは真名看破が無効化された異例中の規格外。獣であるために人間の名付けた名前を獣自身が認識していないために起こった異常なのか、それとも真名を隠蔽する逸話を持っているのか。現状、アサシンの魔術拘束をかけているが、戦場で役立つのかと言われれば敵に損害を与えるだけ与えて、リタイヤすることが望ましい死兵としてしか運用は出来まい。

 

 

「……まぁ、ままならぬことを嘆いても事が進展するわけでもなし。しかしな、バーサーカーの真名くらいは分からんのか?」

 

「物の見事に真名からステータスまで不明ですね。人間ではなく、獣という存在であることが真名看破が効かない理由かもしれません。今のところ分かるのは、その身に宿した凄まじい憤怒の感情だけでした」

 

 

「真名も分からず、ステータスも不明瞭なまま。加えて凄まじい怒りを身に秘めているか。如何に扱うにしても死兵としてしか運用はできんな。……どのみち、我の宝具が起動さえすれば、我含めた四騎で黒の陣営を打倒できよう」

 

 

 アサシンから退廃的な雰囲気が薄れ女帝としての威厳に満ちた自信ありげな言葉を口にする。自信満々にセリフを言い切った彼女は霊体となってこの場を去っていく。

 

 

 それを黙して見送ったシロウは黒の修道服(カソック)を纏い、セイバーのマスターが訪れるまでを礼拝堂で待機することにする。元よりこれからのことを考えると緊張や興奮、期待と恐怖が入り混じってろくに行動が出来ないのだから、礼拝堂で大人しくしている方が賢明な選択だろう。最前列の長椅子に腰掛け、シロウはステンドグラスへ焦点を当てる。光が差し込み、様々な色彩で構築されたステンドグラスはそれ自体が豪華な照明にさえ見紛うほど。

 

 少年は祭壇の方に向かい、来たる最後のサーヴァントを有するマスターを待ちながら、真摯に祈りを捧げる。それは念願の成就、この聖杯を巡る戦いを世界最後の争いとするためシロウは祈る。そして時刻は朝の九時、約束の刻限。それに際し、教会の扉が重圧的な音を立て開かれていった。

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 

 赤のアサシンがマスター、シロウ・コトミネと赤のセイバーがマスター、獅子劫界離の会合は情報の開示と疑念の発生を生んだものの表面上は平穏無事に終了した。教会から出た赤のセイバーとマスターの獅子劫は階段を降りつつ背後の教会のアサシンとマスターへの警戒について語っていた。

 

 

「セイバー、追ってきている気配はないか」

 

「今のところは無しだ、マスター。といってもアサシンが霊体化や気配を遮断していたら直感でも対処しにくい。まぁ、アサシンが不意に襲撃したとしてもその瞬間に返り討ちにしてやるがな。……イヤな予感だ、アサシンだけではない。それ以外にも何か“ある”気がしやがる」

 

「同感だ。もっともアサシンの襲撃は昼間だから考えにくいが。アサシンだけでなく、あの神父も物騒な気配が見え隠れして落ち着かん。とっとと此処から離れるとしよう」

 

 マスターの言葉に付け加えるようにセイバーは話を切り出す。

 

「オレからも一つ言いたいことがあるがいいか?」

 

「どうぞ」

 

「確かにあの赤のアサシンとそのマスターには注意を払うべきだろう。特に赤のアサシンは“母上と同じ匂いがする”。裏切られるだけならばまだしも裏切られたとすら気付かぬまま屍を晒す羽目になりそうだ。あの神父にしてもアサシンを従えるだけの人物だ。裏がある奴と見ておいて間違いはねぇ」

 

 

「ふむ、わかった。しっかし、のっけから味方陣営が不安要素とは幸先が良くねぇな」

 

 

「……違う、それだけじゃね〜よ。確かにアサシンどもには裏があるし謀られる恐れもある。だが、あの教会に入ってから、オレはあの二人以外にも警戒すべきと直感が動いた。あいつら以上の怪物が奴らの背後にいるぞ、マスター」

 

 

 そう、赤のセイバーである騎士モードレッドはあの教会に入った瞬間から恐ろしい、懐かしいという二つの感情が直感として働いた。円卓において叛逆を起こした己を、そこまで警戒させる存在は自分の中では一人と一頭しか存在しない。もし、どちらかが目の前に現れたなら……

 

 

 そんな悩みを浮かべていると、マスターの言葉が耳に入る。

 

「おいおい、セイバーがそこまでいうとはな……わかった、警戒は怠らんが積極的に敵に回すわけでもない。その怪物には精々、黒の陣営とぶつかって消耗してもらうとするさ」

 

 

 マスターの自信過剰な言葉に、不安や懸念が吹き飛び愉快な気分にさせられる。モードレッドは自分というサーヴァントを引き当てたマスターが戦場を共にする存在であると認識した。これは良い戦いが出来そうだと、無性に戦意が昂揚してくる。

 

 

「なぁマスター」

 

「なんだ?」

 

「いやなに、オレのマスターが奸物に(おもね)るような(やから)ではないことがわかって安心した。これは幸先の良いスタートだぜ、マスター!」

 

 獅子劫界離は、セイバーの信頼が得られたことに先の会合を蹴ったのは間違いではなかったと再認識する。それにセイバーの性格も薄々把握できてきた。なるほど、円卓というガラにもない触媒で自分が呼ぶに相応しい英霊だ。

 

 なんとなしに気恥ずかしくなりつつもマスターは次の指針を口走る。

 

「そいつぁ、どうも。それじゃあセイバー、次はトゥリファスだ。黒の陣営を撃退しつつ、味方の陣営にも警戒する孤立無縁の状態から戦場に飛び込むわけだが……構わんだろ?」

 

 

「任せろ、マスター。我が名はモードレッド。父上を超え、我が友に勝るとも劣らぬ唯一の騎士であるこのオレが、徒党を組むような三下どもに遅れなんぞ取らねぇさ!」

 

 

 

 ーーーーー

 

 

「参りました。恐らく勘付かれたようです」

 

「……だが、シロウ。お前ならばあのセイバーの真名を容易に見抜けることができよう?」

 

 アサシンの疑問符が浮かんだ問いに困ったように諸手を広げる。

 

「いえ、それがあのセイバーもバーサーカーと似たように真名が読めませんでした。ステータスは読み取れましたが、それ以外はどうにも……」

 

「そうか、易々と真名を明かさぬサーヴァントが二騎もいようとは。全く、つくづく聖杯戦争、いや今回は大戦か?……どちらにせよ英霊がしのぎを削る舞台は容易にことが進まぬなぁ」

 

 

「ですね。真名が明らかにならなかったのは痛いですが、此処で敵に回られても困りますし貴女の宝具が発動するまでの間、彼らに黒の陣営の相手をしてもらいましょう」

 

 

「ならば、我の鳩たちを情報収集に向かわせるか。戦場の推移によってはセイバーの真名や宝具、それに黒のサーヴァントが脱落するやもしれん」

 

 と、そこでアサシン、シロウの会話は不意に止まり再び教会の扉を開き何者かが登場する。

 

 

「キャスターではないですか。どうしました」

 

 

 キャスターと呼ばれた洒脱な衣装を着た男性は、大仰な手振りで高らかに叫んだ。

 

「“馬だ!(A horse)馬を引け(A horse)!馬を引いてきたら王国をくれてやるぞ!(My kingdom for a horse)”」

 

 

 しばしの沈黙の後、普段から温和な笑みを浮かべるシロウが珍しく困ったような微笑みで、キャスターに質問のため口を開いた。

 

「自作の台詞でしょうか?」

 

「おお、何ということだ!この現世に生きていながら我が傑作劇をご存知ないと仰るとは!マスター、どうかこちらの本をお読みください!」

 

 シロウは困った表情のまま分厚い本、“シェイクスピア大全集”を受け取る。赤のキャスター、シェイクスピア。赤の陣営において重要な役目を担うサーヴァントであると同時にシロウが注意を払っている言葉通りのトラブルメーカーだ。

 

 

「いかな聖杯といえど、お主の作品の知識までは与えられておらんよ。我が知っているのは、歴史的に有名な作家であるといった程度さ。いや、それよりキャスター。貴様がこうして現れたのは何用だ?まさか、マスターに本を渡しに来ただけではあるまいに」

 

 

 アサシンの呆れた物言いの問いにキャスターは、気まずそうに然りとて楽しげに語り出す。

 

「ええ、まぁ。あの雄大なる巨躯を持つ獣の姿をしたバーサーカーなんですが、いやはや獣とは人間の常識や理性では推し量れないものでして……」

 

「バーサーカーが暴れ出したのですか?」

 

 キャスターは頭を振って否定の意を露わにする。

 

「持って回ったような言動はやめよ。明瞭かつ簡潔に話せ」

 

「なんと!?作家に芸術的な表現を抜きにした無味乾燥な事実だけを口にさせるなど!いや、失礼。バーサーカーの話ですな。……バーサーカーはトゥリファスに向けあらゆる障害、妨害を突破し出発いたしました。どうやら、敵である存在を見定めたようで!」

 

 

「なっ!」

 

「……おや、それは困りましたね」

 

 アサシンは驚きのあまり言葉を失い、シロウは平時のようにのんびりとした口調で呟いた。

 

「どうする、マスター。まだ我の宝具は準備に時間を要する。この状況で単身攻め入っては一騎無駄に失うことになる。見捨てる他ないぞ」

 

「……キャスター、貴方の仕業ですね」

 

「檻に束縛されし巨躯の狼。彼に相応しきは広大な大地をかけ、城壁を走破すること。縛られ閉じ込められし獣の憂いに、このシェイクスピアが(こた)えずして誰が応えようというのでしょう!」

 

 

 キャスターはこの戦いの勝利を絶対視していない。彼にとってはこの聖杯大戦という舞台が如何にして愉快かつ壮大な物語となるかにしか興味がないのだ。彼からすれば、この退屈な状況に波紋を投げてみようという思いつきの行動。それ故にマスターの手綱を容易に離れてしまうのだが。

 

 

「しかたありません。ならば、アーチャーにバーサーカーの後方支援を要請してください。ただし、状況が不利になるようでしたら撤退を視野に含めるようにと。あのバーサーカーの実力を確かめる良い機会でもあります。さて、どういった結果となるのでしょうか」

 

 

 シロウは教会を後にし、アサシンはアーチャーに向け鳩の使い魔を伝令として放つ。キャスターはこの事態を心底、楽しげに傍観しながらこの聖杯大戦の趨勢を夢想しつつ、霊体化を行い教会から姿を消す。こうして舞台は次の段階へと進み始めた。

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 

 時が少々流れ、ルーラーを狙う赤のランサーと黒のセイバーの戦闘が終わり、聖杯大戦の対陣営の第一幕が幕を下ろした。それと同じ頃、トゥリファスに向けて暴走するように疾駆する四足の狼の影とそれに並ぶ二足の人影。狼はただ闇雲に疾走し、人は横合いから言葉を投げてどうにか足を止めさせようと試みている。

 

 

「止まれ、止まらぬか!バーサーカー!」

 

 

 狼の疾走にかろうじて追従する少女、彼女こそはギリシャに名高い女狩人。その駿足はあらゆる障害を置き去りに駆け抜ける。翠色の装束を纏う野性味あふれた彼女こそ、女神アルテミスの加護を受ける麗しのアタランテ。その彼女が追い縋ることに精一杯という驚きの事実。

 

 

 灰色の毛並みは火の粉を僅かに発し、踏みしめた脚跡が発火している。狩人としてのアタランテは、この狼の姿を持つバーサーカーが神代の魔獣、幻獣などよりも恐ろしく危険な存在であることを自身の経験から察知していた。かの英雄たちを乗せたアルゴー号にいたアタランテでさえ見たこともないようなナニカ。

 

「ええい、どこの間抜けがこんな“バケモノ”を呼び出したのだ!」

 

 面倒ごとに巻き込まれた不運と運命を嘆きながら、翠緑の狩人は伝承に謳われる通りの速脚をもって自陣のバーサーカーを追跡する。ここで彼女はこの狂戦士の正体について見当を付けようと考え出す。例としてギリシャにおける魔獣などの怪物たちは、多くが神に関連した因果より生じる世界のイレギュラー。それを打ち倒すものこそが英雄であるのだが、この狼はそれらとは決定的に異なる。神性など微塵も感じない上に、奇怪なズレを感じている。まるで世界から干渉されることを拒否しているような気配。

 

 現時点で分かるのは、このバーサーカーが形容し難い未知にして未解の怪物であるということ。

 

 

 恐ろしい、狩人という獣を狩る者である少女は切実に恐怖を覚えていた。これは殺すモノだ、神だろうが英雄であろうと無辜の人々であれ、何であろうとこの狼は激情と本能に基づいて生きとし生けるものを区別なく鏖殺(おうさつ)する魔の存在だ。奇妙な納得があった、これは今の我らでは打ち倒せないという納得が。

 

 

 例え、かの大英雄であるヘラクレスが現れたとしても戦況は安易に予想できない。こんな怪物が生まれた時代に生まれなかったことに安堵しながらアタランテは説得を諦める。既に敵の本丸とも言えるミレニア城塞は目と鼻の先、森林に入り込んだ辺りでアタランテは木の上に登り、説得よりも敵とバーサーカーの戦闘を観察に専念することにした。

 

 

「いよぉ、(あね)さん。今んとこ、バーサーカーの調子は……(かんば)しくねぇらしいな」

 

「見ての通りだ、バーサーカーは本能のまま敵陣へ突入していった。凄まじいものだ。よもや、この私ですら、追跡が困難なりかけるのだから」

 

 

 ここで一騎、ライダーのサーヴァントがアーチャーの隣に並ぶ形で出現した。ライダーは騎兵たる本質である戦車を出すことなくアーチャーと同様の自らの足で移動を行う。気怠そうな気配を漂わせた会話をしながらも、この二騎はその足の速さを伝説に残す英霊。気軽そうな会話の最中であれ、その足は先と変わらずの速度を維持している。このままではバーサーカーは敵陣に無策で突入することになってしまう。ここで二騎はバーサーカーの援護に固執することをやめ、敵情視察とバーサーカーを推し量ることにベクトルを向けた。

 

 

「……にしても、おっかねぇ獣だこと。こいつはかの十二の試練に語られる多頭の毒蛇(ヒュドラ)に劣らぬ怪物なのではないか。その辺どう思うね、姐さん?英雄帆船(アルゴー号)にいたんだろ、だったら怪異の目利きも効くんじゃないか?」

 

「あの船の乗員であったことは否定せぬが、だからといって怪物退治を得手(えて)とするわけではない。むしろ、怪異に成り果てた末路の身としては何も言えぬよ」

 

 アタランテの言葉に気まずそうに口を尖らせたライダー、いやトロイア攻めにて名を高めた不死の英雄アキレウスは申し訳ないというように(こうべ)を垂れる。それを気にしていないと言うようにアタランテは更に加速して大地を駆ける。そんな爽快さを感じさせる実直な仕草にアキレウスは良き盟友と戦場に臨めることに笑みを深めた。

 

 

 だが、(かたわ)らにいたバーサーカーはそんな二騎を置き去りにするほどに加速して、周囲に隠れ潜むように配備されたゴーレムとホムンクルスを蹴散らすような走行を行う。ゴーレムはバーサーカーの烈速に粉砕されホムンクルスは狼の毛に(かす)っただけで爆散し血飛沫と肉片を撒き散らし轢殺(れきさつ)される。そこで不可思議な現象が生じる、ホムンクルスを殺したバーサーカーの体が激しく発火し火の粉を挙げる。そう、ホムンクルスの魂が魔狼の体内に吸収されたのだ。

 

 

「魂……喰らい、なのか?」

 

「魂を喰らっていることには違いない、しかし通常のサーヴァントの行うそれとは決定的にナニカが違う。より恐ろしく悪辣な魂の捕食。ライダー、気をつけろ。おそらくだが、あのバーサーカーは神だろうと死者だろうと生者だろうと区別なく喰い殺す。奴に魂を喰われることは死よりも恐ろしい末路であると知れ」

 

 

 通常のサーヴァントが行う魂喰らいは人の生命力を喰らい魔力に変換することを指す。けれど、このバーサーカーは違う。このバーサーカーは対象の存在や概念を捕食するのだ。このバーサーカーは存在を喰らうことによって無限に自己を強化する異端の化け物。

 

 

「あのバーサーカーを止めるには最低でも四騎、いや六騎は要するだろうな」

 

「へぇ、姐さんがそこまで言うとは……ならバーサーカーを俺が単騎で倒せば、頰の一つでも赤らめてくれるかい?」

 

「よせ、バーサーカーが認識しているかは別として此奴は味方ということになっている。下手に手を出す意味はあるまい。それに(なんじ)も薄々、分かっているだろう?このバーサーカーは単純な力のみで討ち倒せる(たぐ)いの怪物ではないと」

 

 アーチャーの強い断言にライダーはただ無言で笑う。赤のライダー、トロイア攻めの英雄たるアキレウスでさえ、決死でも勝機を探れるか否かというバケモノ。ただ負けるつもりはないが易々(やすやす)と命を取らせてはくれないだろう。

 

「ところで姐さん、こいつの真名は聞いてんのか?」

 

「否だ、こやつの真名についての情報は開示されなんだ。バーサーカーのマスターが命じているのだろうが、愚かなことを。場合によっては此奴、聖杯大戦を崩壊させる一因になりかねんぞ」

 

「同じ陣営の一騎の真名さえ明らかにせず、俺たちの前に一度として顔を出さぬマスターか。姐さん、こいつはちと可笑しいと思わんか」

 

「魔術を扱うものが怪しいのは常のことだろう。いや、このバーサーカーを呼び出したマスターの考えていることに関しては異常だという他ない。ともかく、今はバーサーカーと敵の力量の観察に回る。余計な考えにかまけて遅れるなよ、ライダー」

 

「あいよ、あの狼の狂戦士の散歩にもうちっと付き合うとしますかねぇ」

 

 二騎が語り合う間にも、バーサーカーの暴虐は収まることを知らなかった。木々がまるで泡のごとく四散し、行く手を阻もうとするゴーレムたちはバーサーカーに接触するだけで砂塵に姿を変え粉微塵(こなみじん)と散る。魔術によって生み出された感情の希薄な命令を受動するだけのホムンクルスでさえ恐怖に震え逃亡を選択する。

 

 

 灰色の巨狼は夜闇を駆ける獣となり敵を討つ。そして、これから待つ黒の陣営との対決は近い。

 

 

 

 

 ーーーー

 

 

 黒の陣営でも赤の陣営でもない独立した一騎。この聖杯大戦におけるイレギュラーの一人、ルーラーのジャンヌ・ダルクだけが察知していた。背筋に氷柱が刺されたような寒気と頭に響く恐れと警戒の震え。ミレニア城塞の方角で何か、恐ろしい存在が動いている。彼女の導きである啓示があるビジョンを脳内に写した。森を疾駆する巨大な狼、場所が変わり夜空に近い場所に佇む狼が齎す咆哮によってこのルーマニア、いや世界に暗黒の火が放たれるイメージ。そう、聖杯大戦においてルーラーが呼ばれるのは聖杯戦争において大きなルール違反がある場合か、世界を危機に陥れる恐れのある場合。

 

 

 ルーラーであるジャンヌ・ダルクはこれが後者の事例であると予想する。

 

「っく!一体、今のイメージは……それにあの狼、まさかサーヴァント?」

 

 狼という獣の姿を持つサーヴァントという異例に彼女は瞬時に己の持つ戦装束に換装し、黒の陣営の拠点たるミレニア城塞へ赴く。赤のランサーと黒のセイバーの戦闘の際、ミレニア城塞に逗留することを拒んだ選択が裏目に出た。あの時は公平性を保つべく、相手の意見を断ったがまさかこんな事態になるなんて。

 

 

 奥歯がカタカタと震え、恐怖に足がすくみ足取りが思ったよりも遅い。しかし、いざという時はあのバーサーカーを存在する全サーヴァントの総力をもって討伐しなければならない。

 

 ルーラーの本懐たる公平性が保たれなくなるが、それを差し引いてもあの狼のサーヴァントを放置してはおけないと彼女の中の使命に燃える覚悟が道を指し示す。

 

「……なんとしてもあのサーヴァントを止めなくては!」

 

 聖女は走る、恐怖を覚えながらも旗を手に戦場へとひた走る。例え、自らの公平と秩序を乱したとしても人理を守護する英霊として、あの規格外の怪物を倒さなくてはならない。聖女は己の内に秘めた意思を(たぎ)らせ戦場に向かうのだった。

 

 

 

 ーーーー

 

 

 迫る赤の陣営の一騎を前に黒の陣営のマスターとサーヴァントたちはミレニア城塞の城壁部で一同に会していた。迫る巨大な獣のサーヴァント、ステータスはおろかクラスさえ判明しない正体不明の一騎に黒の陣営は全員が警戒を露わにし、困惑を隠せずにいた。

 

 

「よもや、クラスさえ隠蔽するサーヴァントが存在するとは……ステータスも同様に見抜けん。巨大な狼の英霊だと?狼を連れた者や、狼に関連する逸話を持つ英霊なら少なからず存在するが狼そのものがサーヴァントということか……?」

 

「ダーニック、他のマスターもステータスの確認は出来なかったようだな」

 

 

 黒の陣営の首魁ともいうべきサーヴァントとマスター、ルーマニアの英霊ブラド三世とユグドミレニアの頭首とも言うべきダーニック。彼らは冷静さを保とうとしながらも単騎で攻め込んできたサーヴァントの謎を解こうと僅かな情報から予測を行う。

 

 

 黒の陣営は工房に留まるキャスターを除く全サーヴァントが集い、敵を討ち退けんと動き出す。そして、その中で一騎、弓兵のクラスを持つ賢人ケイローンは敵の正体が掴めぬことと自身の直感で脅威を感じていた。如何にギリシャに名高い賢者と言えども、異なる伝承の英霊の真名を見抜くことはできない。しかし、現代の知識から高度な予測は立てることが可能、そんな彼の慧眼をもってしてもあの狼のサーヴァントの正体を欠片も掴めないでいた。

 

 

 しかし、正体ではなく脅威として図るならばケイローンはこの場の誰よりも、あの狼のサーヴァントの脅威を悟っていた。

 

「あの狼、ただのサーヴァントというには少々、規格から外れすぎている」

 

「規格から?ということはあのサーヴァントはもしやルーラーと同様のエクストラクラスで召喚されたということですか、アーチャー?」

 

 アーチャーのマスター、フィオレはアーチャーの呟きを耳で拾い疑問を投げてみた。思索に耽っていたアーチャーは我に返って、マスターの疑問に答える。

 

 

「いえ、特殊なクラスとして召喚されたから特殊ということではなく、あの存在が英霊として現代に召喚されているということ自体に問題があるのです。悪辣な反英雄とも神の分霊としてもあれは規格から外れている。怪物、いや怪異ということさえ言い表し難い。例えるとするなら、あれは狼の形を取った……」

 

 

「何でもいいけど、ボクたちはどうするのさ?あのすっごく怒ってそうな狼のサーヴァントと戦うの、戦わないの?まさか、ここでこのまま待機するなら、ボク城に戻りたいんだけどなぁ」

 

 

 アーチャーの声に被せる形で発言をしたライダー、アストルフォはチラチラと城の方を見ながらやってきた。内心、自分の部屋に匿った少年のことで頭が一杯だったのだが、ライダーのマスターの睨みつけに無駄口を閉じ、戦場に臨む。

 

 

「……よもや、ライダー。この場において臆したか?」

 

 

「む〜心外だなぁ。ボクだってシャルルマーニュの騎士さ。別に臆したとかじゃなくて、こういうどっちつかずな待機が苦手なだけ。戦うなら戦うで早く勝負を着けて偵察のために待機するなら待機とはっきりして欲しいの!」

 

 

 どこか愛嬌のあるしかめっ面でランサーに反論するライダー。彼の言に一理あると頷くランサーと苦笑いしながらも明朗快活としたライダーに好感を持つアーチャー。既にあの狼のサーヴァントに随伴する形でやってきたサーヴァントたちがいる以上、たった一騎のみに兵力を割き続けるわけにもいかない。

 

 ランサーは己が決断を声高に口に出し、黒の陣営が騎乗兵を焚き付ける。

 

「では()け、ライダー。シャルルマーニュ十二勇士の力、存分に振るうがいい」

 

「はぁ、荒事は好みじゃないんだけど、そういうことを言ってる場合でもないし!良いとも、ボクの力を見せてあげるよ!」

 

 そういうとライダーは黄金の馬上槍(ランス)を手に取り、戦場に向かって跳躍していった。アーチャーは跳び去っていったライダーを見送り、弓兵としての能力を発揮できる城壁部に上がって変化し続けるであろう戦況を観測する。

 

 

 

 トゥリファス東部に広がり、現在の戦場となっているイデアル森林。今、此処では狼の姿を持つ異形が死の暴風となり立ち塞がる敵をその激情のままに無機物(ゴーレム)有機物(ホムンクルス)も、鎧袖一触に蹴散らされている。この獣は激怒している、召喚されたことかはたまた狂気に呑まれ憤怒に支配されているのか。目に付く全てが粉砕され、鏖殺される。そこに善も悪も中庸もなく、狼は怒りのままに震えて己が爪牙で破壊の限りを尽くす。

 

「うっわぁ〜、なんだかすっごく怒っていて話とか通じそうもないなぁ。だけど、ボクはこういう戦場での働きを買われて召喚されたんだし、ようしやってみるか!」

 

 

 周辺のゴーレムやホムンクルスたちを粗方、散滅させた狼は近づいてくるライダーに気づいて脚を止める。それを、“おや”と意外そうに見るライダーはにっこりと笑みを湛えた。

 

「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!我が名はシャルルマーニュ十二勇士が一人、アストルフォ!さぁ、尋常に勝負だよっ!多分、えっと……“バーサーカー”!」

 

 アストルフォが口上を終え、最後に狼のサーヴァントの予測クラスを口にした瞬間、血戦の火蓋が落ちた。うっすらと火花や火の粉を発する巨大な狼はその怒りのまま全てを斬り裂く刃の風となる。遠目から見て速いと覚悟していたためか、ライダーは敵の攻撃をどうにか(かわ)す。

 

 

 巨躯に見合わぬ小回りの効く俊敏性、ライダーは黄金の馬上槍(ランス)を構えて次の攻撃に備える。如何に早くとも宝具によって脚を霊体化させ機動力を奪えば後は真打ちともいうべきランサーが決着を付けてくれる。すなわち、ライダーのすべきは宝具を敵のバーサーカーに喰らわせること。

 

 

「よーしっ、来い!」

 

 

 その声に応じるように巨躯が駆動する。ただ敵を殺すべく、バーサーカーは首を挙げ大きく咆哮を響かせる。トゥリファス中に響き渡った遠吠えの終了と共に狂乱に惑う狼が暴走する。灰の毛並みを靡かせ、疾駆するバーサーカーを迎え撃とうとするライダーは宝具の真名解放のため口を開こうとしてーーーー意識がトんだ。

 

 

「あれっ?」

 

 口から掠れるような小さな声でやっと出たのは、そんな疑問の声だけ。視界に映るのは、戦場と化したイデアル森林で自分が先ほどいたまでの場所を見下ろす形でライダーは時間にして数秒ほど手放していた意識を取り戻した。

 

 

 少し前の状況を思い返す。ほんの少し、バーサーカーの突進に警戒しつつも僅かに宝具に意識を分けた瞬間、餓狼はあり得ないような加速で構えていた槍ごとライダーを()いて、跳ね飛ばしたのだ。

 

「ゴ……プッ!?」

 

 喉元から熱い鉄錆の匂いと味が込み上げる。相手からすればただの突進(タックル)、だが喰らったライダーからすればあれは意思を持った城壁が突っ込んできたようなものだった。質量が違う、重さが違う、規模が違う、硬さが違う。この攻撃でライダーは腹部を中心に大きなダメージを負った。肋骨、鎖骨、内臓器官などにも重大な損傷を負っただろうと他人事のように思考が空転する。

 

 

 ライダーは空中に跳ね飛ばされながら、ミレニア城塞にいる少年のことを場違いにも考えながら馬上槍を手放し重力に従って地表へと墜落していくのだった。

 

 

 

 

 

 ライダーを轢き飛ばした狼のバーサーカーは四足で大地を踏みしめ、次の敵影を察知する。次なる二騎の敵影は気配を隠す様子さえ見せず、真っ向から領王の統べる地に訪れた侵略者たる魔狼を見据えていた。

 

 

「キャスター、僅かで良い。あの獣の足取りを縛れ」

 

「了解した、王よ」

 

 

 カバラに伝説を残した英雄、キャスターのアヴィケブロンは城より引っ張り出してきたゴーレムを以てしてバーサーカーの足元を固定する。その土石で拘束されたバーサーカーに向かってすかさずランサーの串刺しの槍が牙を剥く。

 

 

 カッカッカッカッカッカン!鉄を思わせる硬質な音が耳に届く。それと同時に魔狼の目が見開かれる。灰色の毛皮に火が灯る。それは火を纏っているようにも、狼自体が炎上して燃やされているようにも見えた。土石で編まれた拘束が破られる。

 

「バカなっ!?あれを数秒足らずで破るだと、一体何者なんだ。あの“バーサーカー”は?」

 

 それがこの場におけるキャスターの最後の言葉となった。死の暴風が吹き荒れる、側にいたランサーですら見切れない速度を持って狂狼は、キャスターの肩付近に牙を食い込ませる。キャスターが痛みに叫ぶ前に、牙を食い込ませたままバーサーカーは周辺を飛び跳ね回る。

 

 それは地面への激突、草木や大気への衝突であった。

 時間にして三秒、キャスターからすれば数時間にさえ錯覚するような(またた)きの時間を終え、周囲は刹那の間に更地(さらち)と成り果てる。そして魔狼の暴走に強制的に付き合わされて粉々に砕け散った仮面とそこから(こぼ)れた中身が血溜まりの中で丸くなるような形で(たお)れていた。

 

 

 

「きっ……さまぁぁぁ!!」

 

 

 ランサーが怒りの叫びを挙げ、握った槍を灰の巨狼へ叩き込もうと掲げる。その掲げた腕を通り過ぎる形で魔狼は顎門を広げ、そして閉じた。赤い雫が降り注ぐ、槍を握ったままの腕は宙を二回転して大地に突き刺さる。自らの血によって染められたランサーは膝をつき、怒りに震える。対してバーサーカーは勝ち鬨を挙げるかのごとく、はたまた激怒のままに叫ぶがごとく再びトゥリファス中へ響く遠吠えを大地に轟かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 戦場より遠く離れた魔術師の工房、いや此処は正確に地下墓地(カタコンベ)と呼称しよう。獅子劫という死霊魔術師(ネクロマンサー)が作り上げた聖杯大戦における仮宿。そこに彼に召喚された赤の剣士、セイバーが地下まで鳴動させる咆哮を聞いて、戦場に焦点を合わせる。

 

 

「…… まさか、お前なのか………………“カヴァス”」

 

「なんだと、どうかしたのかセイバー?」

 

 無意識のうちに溢れた音を耳で拾ったマスターは叛逆の騎士たるモードレッドの反応を見る。

 

 

「ーーーー悪りぃ、マスター。オレは今すぐ行かねばならない。行って確かめなくてはならないのだ、本当に今、ここで感じた気配の正体が我が友なのかを……」

 

 

「友、だと?まさか、円卓の騎士が別クラスで召喚されたとでも?」

 

 

「阿呆抜かせ、マスター!誰が円卓の野郎どもを友などと呼ぶものか!あんな鈍どもと我が友を同列に考えるなんぞ、侮辱に(あたい)する!」

 

 

 語気を荒げてマスターに怒鳴るモードレッドを見て、獅子劫は説得を諦めた。こうなれば、好きにやらせて見るのがいいだろう。なにせ、この目の前に立つ騎士さまは聖杯戦争における最優の一騎。無理に留めて信頼を失うよりもリスクを以ってしてリターンを得る方が、何というか“自分好みだ”。

 

 

「……ふぅ、好きにやって来い、セイバー。あいにくと今のお前を止めるだけの理由と力を俺は持ち合わせちゃいない。だけどな、この戦いに願いを賭けてんのはお前だけじゃないということを忘れるなよ。これは俺たちの戦いなんだ。だから、戻って来い。最優の一騎である(あかし)を示せ」

 

 

 唐突に過ぎるセイバーの独断行動にマスターは多くを尋ねず、ただ帰還のみを命じセイバーを送り出す。セイバーは少し口元を緩ませ、軽く手を振って墓地を出る。そこからセイバーは加速する、魔力を赤雷に変換して爆発的な加速として運用する。

 

 

 良きマスターに恵まれたことに感謝をしながら、セイバーというクラスを受けた円卓の騎士モードレッドは荒野を駆ける。そう、この先の戦場で感じた激怒に震える友の気配を感じながら。

 

 

 その怒りが誰に対するものであろうとオレは友に再び会いたいと心が叫んでいる。

 

 心に溢れ出ずる思いを抱えて剣士は戦場へひた走る。

 その先に待つ獣が何を思い、何を願うのかを知らぬまま。

 

 

 

「…………待ってろよ……カヴァァァァァス!!!」

 

 

 

 

 

 

 




いつものタイトル回収コーナー

内心『いい加減、名前呼べやぁぁぁぁ!』
状態のムカ着火ファイヤーしたハイの巨狼からの一言。

「シフダヨー」



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