早指し鴉の行く末   作:あーけろん

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鴉の調べ

中継室の一室。「浪速の白雪姫」と「早指し鴉」の二人は将棋盤を挟みつつ、現在行われている対局を見ていた

 

 

「八一はやっぱり穴熊か。昨日やけに推してたからな…」

 

「………」

 

 

 

中継室に置かれているモニターには現『竜王』の九頭龍 八一と彼の師匠の清滝九段との将棋が映し出されている

 

 

烏丸はモニターを眺めつつ、盤の駒をモニター通りに動かして行く。その間も、銀子は無言のままだ

 

 

「お、2四銀打ちか。清滝九段まだ諦めないね〜。やっぱり、弟子にはまだ負けたくないよなぁ」

 

「………」

 

 

一人で楽しそうに喋る烏丸と、只管無言の銀子。同じく中継室にいる人にとってはさぞ奇妙な空間な事だろう

 

 

「八一は同角か。ちょっと焦り気味か?まぁ優勢は付いてるし、別にいいと思うけど」

 

 

「………」

 

 

「…お前はどう思う?」

 

 

 

流石に居た堪れ無く成ったのか、視線をモニターと将棋盤から銀子に移して話題を振る

 

 

 

「同角でも焦り過ぎじゃ無い。この状況なら普通」

 

「さいですか」

 

「………」

 

「………」

 

 

 

 

一言喋っただけで会話が終了し、二人の間に気まずい沈黙が漂う。その雰囲気に当てられてか、中継室全体の雰囲気が悪い

 

二人以外の人が余りの居心地の悪さに退出し、更に沈黙が深まった時銀子が口を開いた

 

 

 

「八一に勘違いされたらぶち殺すから」

 

「何の話だよ⁉︎」

 

 

銀子の口から飛んできた言葉は、烏丸の予想の斜め上どころか遥か天高くまで飛んで行った

 

思わず大きな声を上げてしまうが、慌てて声の音量を下げて銀子に聞き返す

 

 

 

「なんの話だ、身に覚えが無いぞ」

 

「…ふぅん。頓死すれば良いのに」

 

「まるで意味がわかっ痛ェ⁉︎何するんだよ⁉︎」

 

 

銀子は正座の状態から器用に右足で烏丸の膝を蹴る。やけに勢いの乗った一撃に烏丸は思わず蹲る

 

 

「こ、こいつ……」

 

「3四桂、師匠に苦しい状況ね」

 

 

 

蹲っている烏丸を横目に、銀子は将棋盤を動かす。その様子からは罪悪感というものが一切感じない

 

この場で何を言っても「浪速の白雪姫」に聴き届く筈も無いので、烏丸は自身の怒りをそっと沈め盤に注目する

 

 

 

「……3四桂なら5三飛の方が良いだろ。これ、悪手と迄は行かないけど良くは無いな」

 

「そう?今飛車動かすと帰って危険じゃ無い?」

 

「先ずは守りを剥がさないと勝ち目ない。それなら飛を動かす方が賢明だ」

 

「………」

 

「………」

 

 

 

互いにまた沈黙が流れる。銀子は余り饒舌な方では無い、寧ろ無口だ。烏丸はよく喋る方だが、相手が喋らないと口数は減る

 

 

徐に烏丸は立ち上がり、モニター室の棚に置いてある将棋盤と駒を引っ張り出し、銀子との間に置いた

 

 

「じゃあ実際にやってみっか。勝機は八一にあるし、時間もあるだろ」

 

「わかった。先手はどうする?」

 

 

まるで待っていたと言わんばかりに食いつく銀子に思わず烏丸は苦笑し、こいつも九頭龍と同類ということを再認識する

 

 

「お前でいいよ。俺、『玉将』と『玉座』だし」

 

「振り駒で決める。舐められるのは気に入らない」

 

「…そうかい。なら、そうしようか」

 

 

 

「手心は要らない」と言わんばかりの銀子の口調に、烏丸は凄惨な笑みを浮かべる。その笑みからは「相手を殺す」と言う意思しか感じられない

 

 

振り駒を振る前に、互いに駒を並べ始める。自分達の武器となり盾となる兵器を、戦場である将棋盤の上に配置して行く

 

 

二人以外誰も居ない部屋に、木と木がぶつかり合う音が絶え間なく鳴り響き、少し経った所で止む

 

 

 

「持ち時間は一時間、切れたら30秒。先手は振り駒で。良いな?」

 

「問題ない。始めましょう」

 

 

 

時間と振り駒事を再確認し、互いに向き直る。そのまま深々と頭を下げ、開戦の合図を送る

 

 

 

「「よろしくお願いします」」

 

 

 

 

 

 

___________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お昼から時間がある程度過ぎ、鋭い日差しがモニター室にいる2人を照らす

 

 

 

 

「最近やけに尖ってるよな、お前」

 

「………」

 

「八一に構って貰えないからか?そりゃ、彼奴は鈍感が過ぎると思うが…」

 

 

 

対局が始まって1時間が過ぎようとする時、状況は白雪姫に圧倒的不利だった

 

 

先手は振り駒の結果、銀子になった。だが、先手と言う優位性も烏丸にとっては何の意味も無いらしい

 

 

盤には堅牢な矢倉を作った烏丸の王に、守りを殆ど崩された銀子の王がいる。正直、銀子の勝ちはほぼ無いだろう

 

 

だが、銀子は唇を噛み締め悔しさをあらわにする。例え相手が絶対の強者であったとしても、負けたら悔しい。それが将棋なのだ

 

 

「……」

 

「ほいっと」

 

「っ‼︎」

 

 

銀子が苦し紛れに駒を動かすと、烏丸はそれに対して「一切の時間」を取らずに指し返してくる。まるで、「お前に思考する時間など必要ない」と言うように

 

 

 

 

 

『早指し』とは本来、決して良い手段ではない

 

 

早く指す事で相手に圧迫感を与え自身は時間を温存出来る。と言ったメリットがあるが、それに有り余るデメリットがあるからだ

 

 

将棋とは、相手の奥の奥まで読み切る事で勝利する競技である。長い時間をかけて相手の事を見切り、その先を読むことが絶対に必要になる

 

その思考を深く、より鮮明にするのであれば時間は必須。『相手を見切る』思考を怠る早指しは、致命的なミスに繋がりやすくなるのが一般的だ

 

幾ら時間があったしても、致命的なミスがあればその時点で勝ちは無くなる。その致命的なミスを起こしかねない『早指し』は良くない、寧ろ悪いと言われる戦法だ

 

 

 

だが、目の前の『物の怪』にはその常識が一切通用しない

 

 

ノータイムで繰り出されるのは美しい「正答」。早指しをするのであれば常につきまとう致命的なミスが、この「烏丸 博之」には一切存在しない

 

 

 

『早指し鴉』とは、良く言った物だと思う

 

 

思考を感じさせない程の素早い『早指し』、けれど絶対に『ミスをしない』その腕。彼が三段リーグを無傷で上がれたのは、これが大きな原因を占める

 

 

 

 

「烏丸さんは、なんで早指しに拘るの?」

 

 

対局中、ふと疑問に思ったことを口に出す。彼ほどの実力者なのであれば、早指しなどしなくても勝つ事は容易いだろう。それなのに何故早指しを好むのか。それが銀子には気になっていた

 

 

「ん?そうだなぁ…」

 

 

烏丸は一度手を顎に当てて首を擡げる。目をつむり唸り声をあげている様子からかなり真剣に考えているようである

 

 

(そんなに考える事なの?)

 

 

あまりの真剣さに聞いてはいけない質問だったか?と思ってしまう。質問を取り消そうと声をかけようとすると、烏丸は頷いてから目を開ける。どうやら、答えが出たらしい

 

 

「俺が早指しをする理由はな…」

 

 

「理由は…?」

 

 

もったいぶっているのか、少し為を作る烏丸に少し苛立ちを覚えながらも先を促す。すると、帰ってきたのは言葉ではなくパチンとした小気味良い音だった

 

 

 

「この将棋に勝ったら教えよう」

 

 

烏丸はニヤリと笑って此方を見た。どうやら、ただで教える気は無いらしい

 

 

「…そう。なら、勝って聞き出してみせる」

 

 

「その息だ。さぁ、続けようか」

 

 

 

私は、やはりこの人が嫌いだ。

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

ある程度足掻いた後、銀子は再び盤面を見る。そこには、銀子の王が生き残る道が一切見当たらない

 

 

銀子は視線を下に下げ、苦しそうに自身の首を差し出した

 

 

 

「…負けました」

 

 

悔しそうに呟き頭を下げる銀子に、烏丸も合わせて頭を下げる

 

そして互いに頭を上げ、烏丸から口を開いた

 

 

「残念。答えはまた後日だな」

 

「…絶対に聞き出してやる」

 

 

 

 

すると烏丸は目の色を変え正面から銀子を見据える

 

 

「久しぶりに指して見て、どうだった?」

 

 

「…強い」

 

 

負け惜しみでも何でも無く、銀子は烏丸と指した感想を述べた。それに対し、烏丸も銀子と指した感想を述べる

 

 

「そうかい、そりゃ良かった。…そういうお前は余裕が無くなったな」

 

「…っ」

 

 

烏丸の言葉に思わず表情が強張る。その様子を見た烏丸は自身の予想に確信を持った

 

 

「…九頭龍と最近、話してないのか?」

 

「…うん」

 

 

哀しげに頷く銀子を見て、烏丸は頭を抱えてしまった。あまりに銀子が不憫だったからだ

 

 

 

「そっかぁ…。なら、今日あたり研究に誘ってみろよ。俺からも言っておくからよ」

 

「八一、最近忙しそうだし。それに…」

 

「それに?」

 

「…烏丸さんとやった方が八一の身になる、と思うし」

 

「アホか、お前」

 

 

とんでもない事を宣った銀子を正面から罵倒する。その罵倒を受けた銀子は一瞬ポカンとなるが、意味を理解すると顔に怒りをあらわにする

 

 

「誰がアホだ…」

 

「いやアホでしょ。そんなに八一の事大事なのに会いに行かずにウジウジしてる奴、アホ以外になんて言えば良いんだよ」

 

 

「っ、それは…」

 

 

 

何時ものように、此方を罵倒する事で自身の気持ちから逃げようとする銀子に更に言葉を重ねる

 

 

実を言うと、烏丸は銀子と八一がくっ付けば良いと思っているのだ

 

 

人には相性、という物がある。その点この2人は文句無しだろう。些か八一が鈍感すぎるが、そこらへんは銀子の頑張りだろう

 

 

だから烏丸は普段から色々とやっているのだが…

 

(こいつら面倒臭すぎるんだよな…)

 

 

今見た通り、2人とも不器用すぎて互いの気持ちを勘違いしている。そのため、烏丸の気苦労が絶えないのだ

 

 

 

「…じゃあ、今日誘ってみる」

 

「おう、そうしろ」

 

「けど、烏丸さんも来て」

 

「なんでそうなるんだよ⁉︎」

 

 

突然のボケに、周りの迷惑を考えずに大声で突っ込んでしまう

 

烏丸ことなど放っておいて2人で研究に没頭すれば良い物を、彼女は優しすぎる上に何処か鈍いのだ

 

 

 

「…二人でやれば良いだろう?」

 

「誘ったんだから、烏丸さんも来て」

 

 

 

また頭を抱えてしまう。ここまで意図が伝わらないと、こっちの言葉が通じていないのでは?と変に勘ぐってしまう

 

 

 

「…あのなぁ。お前、俺の言った意味わかってる?」

 

「…2人きりだと、恥ずかしい」

 

「駄目だ、俺には若い奴の考えがわからねぇ」

 

 

その日のモニター室は、普段とは大きく違う所があったらしい

 

顔を赤らめてとんでもない事を宣う銀子と、烏丸二冠が頭を抱えて呻き声をあげながらこの世の真理を悟った目をしていたらしい

 

 

 

 




少し短いですがここまで。次回も少し短くなりそうです
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