早指し鴉の行く末   作:あーけろん

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アニメ化記念の投稿です。あいちゃん可愛いヤッター!


鴉が啼いた

 

 

 

 

 

 

「すいません先輩!この話はまた後で‼︎」

 

 

「あいよ、清滝のじじぃによろしくな」

 

 

九頭竜の言葉を最後に、部屋から慌ただしく出ていった3人を見送る。

 

 

銀子との約束は、九頭竜の問題にオトシマエを付けてからすることになった。まぁ、まずはそっちを解決するのが先だろう。

 

 

それにしても、変なところからライバルが登場したものだ。まさか小学生が名乗りをあげるとはな…。

 

 

ただでさえ九頭竜は競争率が高いのだ。小学生とは言え女の子の内弟子とは、銀子は内心穏やかではないだろう。

 

 

「飽きないねぇ、あいつを見るのは」

 

 

台所に立ち、お茶を淹れて一口啜る。老害に勧められて買った高いお茶っぱのだが、さっぱり味がわからない。

 

 

すると一人寝室に戻り、壁に立て掛けられたカレンダーに目をやる。

 

 

「……さて、どうしようか」

 

 

 

『盤王戦』の挑戦者決定戦三番勝負。執り行う日付は今から3日後で、ゆっくり出来るのは前日には現地入りする必要があるため実質2日だけとなる。

 

 

対局相手は『福丸 忠邦』。一度『玉将戦』の時に挑戦者として上がってきた24歳の若手棋士だ。

 

 

彼の戦法を一言で述べるのであれば、恐らく『戦車』と言うのが正しいだろう。自陣を矢倉でしっかり固め、こちらの攻めを一つ一つ潰していく重厚な将棋だ。

 

 

勿論強敵であり、油断できない相手なのだが…。

 

 

「まぁ、2日間あれば余裕だろ」

 

 

 

今日の予定は消えてしまったし、今から研究でもするか。

 

 

そう決めると、部屋に置かれている将棋盤と向かい合うのだった。

 

 

 

 

 

 

_______________________

 

 

 

 

烏がいた。

 

 

真っ暗な世界が広がる中、誰とも群れずに1匹で佇んでいた。

 

烏は将棋盤の前に立ち、紫の座布団の上に乗っかっている。

 

そしてその烏は、嘴で器用に将棋盤の駒を動かしている。

 

 

その烏の対面に座るのは、俺だ。

 

 

烏が指す、俺が指す。また烏が指す。そしてまた俺が指す。

 

 

烏は、俺の顔から視線を外さない。どこまでも赤い目が、俺を貫く。

 

 

見透かされている、烏に、見透かされている。

 

 

その視線に耐えられなくなって、俺は逃げた。その烏から、遠ざかるために。

 

 

もう逃げ切ったかと思ったその時、不意に烏が鳴いた。どこまでも響き渡る、嫌な鳴き声がーーーーーーーー

 

 

 

 

『ピピピッピピピッ』

 

 

「…っ。朝、か」

 

 

 

目元を一度こすると、枕元に置いてある目覚ましを見る。時刻は7時、いつも通りの時間だ。

 

 

だが、寝起きは最悪の一言である。なにせ、ここ最近ずっと見ている悪夢で目が醒めるのだから。

 

 

「…まだ、振り払えないのか」

 

 

思い出すのは、初めて挑んだタイトル戦『玉将戦』の一番目。俺はそこで、初めて烏と出会ったのだ。黒い黒い、不幸の象徴に。

 

 

あの戦い以降、俺は調子を崩してしまい、ここまで這い上がるのに随分かかってしまった。

 

 

 

寝ている布団から這い出ると、水も飲むために寝室から出る。寝室から出ると、壁一面に紙が貼られている部屋に出た。

 

 

 

 

壁に貼られた紙は、全てとある人物の棋譜だ。明日という日を迎えるために、俺が研究し尽くした情報の山々。俺の、武器だ。

 

 

 

屈辱的な大敗を期してから、1日たりとも研究を怠る事はなかった。時には寝食すら忘れて研究に没頭した事もあった。

 

 

このまま終わらない、その一心で研究に打ち込んだ。

 

 

「…必ず勝つ」

 

 

そして、挑戦権を手に入れる。

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

「師匠師匠!もうすぐ始まりますよ!」

 

 

「わかったわかった、ちょっと待ってて」

 

 

 

台所から飲み物と軽い食べ物を持って居間に行く。そこには目をキラキラさせてパソコンの前に座っている我が弟子(仮)がちょこんと座っていた。

 

 

俺は机を挟んであいの反対側に座り、お盆からお茶とお菓子を置いていく。

 

 

机の上には、様々な物が置かれている。さっき置いたお茶とお菓子もそうだが、そこにパソコンと将棋盤も並べられている。

 

 

パソコンには、『キタコレ!』や『はよはよ』と言ったコメントが流れ、時が来るのを今か今かと待ってる人たちの声が聞こえる。

 

 

 

『盤王戦』挑戦者決定戦、その初日が、もうすぐ始まろうとしていた。

 

 

 

「烏丸さんと戦うのって誰なんですか?」

 

 

「あぁ。たしか、福丸 忠邦7段じゃなかったかな。一度烏丸先輩と戦っているはずだよ」

 

 

「そうなんですか?ちなみに、その時の結果は…」

 

 

 

あいはどうやら、烏丸先輩と戦う福丸七段の戦績が気になるらしい。けど、それを言うわけにはいかない。

 

 

あいには、新鮮な驚きを感じて欲しいから。

 

 

「残念、それは教えられない」

 

 

「えぇー!なんでですか⁉︎」

 

 

案の定あいは不満そうに頰を膨らませている。ちょっと可愛いと思ったのは秘密だ。

 

 

「あいには先入観を持たずに見て欲しいんだよ。この試合は、きっとそうするべきだと思うから」

 

 

「むぅ…。わかりました」

 

 

 

渋々了承、と言った様子のあいは、再び視線を画面に映し、二人が入室して来るのを待っている。

 

 

けど、ひとつ懸念材料がある。

 

 

それは、先輩があの指し方をするのかどうかだ。

 

 

 

もしあの指し方をするのであれば…。

 

 

 

(…いや、大丈夫だ)

 

 

あいは流されない。もし流されたとしても、その時は俺が直してやれば良い。

 

 

だって、あい程の才能の持ち主でも、彼の将棋を真似る事は出来ないのだから。

 

 

 

『ここで、福丸 忠邦七段が入室しました』

 

 

 

解説の声が出ると、視線を一旦パソコンに戻す。そこには、白い袴をたなびかせた厳つい青年が部屋に入った事が映されていた。

 

黒縁の眼鏡をかけ、半ば睨みつけるような目線である。

 

 

 

「うぅ、なんだか怖そうです」

 

 

「そうだね、俺も最初は名前とのギャップで随分驚かされたよ」

 

 

 

あの厳つさで名字が福丸なのだから、世の中わからないものだ。一見老けて見えるが、これでもまだ20代前半らしい。ちなみに独身であり、女性のファンも多い。

 

 

 

『それにしても、烏丸二冠は遅いですね』

 

 

『まぁ、いつもの事です。彼はいつも時間ギリギリに入室しますからね』

 

 

 

解説者の言葉にコメントも『せやな』とか『確かに』と言った同意を得る物が多数上がっている。

 

 

 

「烏丸さん、寝坊したんでしょうか?」

 

 

「そんな訳ないよ。その証拠に…ほら、来た」

 

 

 

パソコンの音響から、一歩一歩歩く音が響いている。それはまるで、羽を羽ばたかせる音を幻視させる。

 

 

 

そう。烏が、やって来たのだ。

 

 

画面には背筋を伸ばし、真っ黒な袴に身を包んだ烏丸先輩が歩いている。口元には笑みを携え、余裕そうな表情を浮かべている。

 

 

その雰囲気と出で立ちは、まさに圧巻の一言に尽きる。『来たぞ、烏が』、『この雰囲気で10代とかうそやろ?』、『やっぱり何処ぞのくずとは違って貫禄があるな』といったコメントで溢れかえっている。

 

 

 

さっきのコメント、後で覚えとけよ。

 

 

 

烏丸先輩の雰囲気に当てられてか、あいも少し硬直した後、興奮気味に声を上げる。

 

 

「なんか凄いです!まるで別人みたいです!」

 

 

「…ほんと、俺もそう思うよ」

 

 

 

さっきのコメントを真似る訳ではないが、確かにオーラは全くの別人だ。

 

普段、俺と気さくに話す姿はどこにも見受けられない。

 

 

そこにいるのは、ひとりの棋士の姿だった。

 

 

 

『いやぁ、やっぱり烏丸二冠は黒が似合いますね』

 

 

『烏丸さんは、いつも黒を着ているんですか?』

 

 

『そうですね。なにせ『早指し鴉』と呼ばれる位ですから、それだけ黒が好きなんでしょう』

 

 

 

「…そうなんですか?師匠」

 

 

「うーん、どうだろう?」

 

 

 

確かに公式戦では黒い袴やスーツを着ているが、私服はそこまで黒くなかった気がする。

 

 

大体いつも文字がプリントされたTシャツを着ているからか、あんまり黒というイメージがわかない。

 

 

『俺は無職』や『あいラブホルモン』と言ったTシャツを着ている時もあった。…そう考えると、先輩の私服センスって壊滅的だな。

 

 

 

『時間の為、これより対局を始めます』

 

 

 

その言葉と共に、画面から一切のコメントが消える。いよいよ始まるのだ、『盤王戦』の挑戦権を獲得するための戦いが。

 

 

 

『よろしくお願います』

 

 

『よろしくお願います』

 

 

 

戦いの火蓋は、切って落とされた。

 

 

 

 

_________________________

 

 

 

 

 

対局が始まって30分。

 

 

互いに盤に向かい合い、あり得る可能性を一つ一つ掘り下げている。

 

 

形成は均衡、いや、僅かに俺の優勢だ。

 

 

研究は嘘をつかない。努力は決して裏切らない。

 

 

いける。このまま押し切れる。幸い、奴はまだ得意の早指しを使ってこない。こちらの手を読み切れてないのか、それとも…。

 

 

「…違う」

 

 

「っ」

 

 

烏丸玉将が明確に『違う』とのたまった。間違いない、こいつは『違う』とたしかに言った。

 

 

一体何が違うと言うんだ?盤面が思い通りに動いてない焦りか?いや、そんな口調ではなかった。

 

では…。

 

ふと目線をあげると、こちらを見つめる烏丸玉将と目が合う。どこまでも黒い瞳に、俺の姿が歪んで写る。

 

 

「…俺の事、見過ぎですね」

 

 

「何…?」

 

 

 

烏はその言葉を最後に口を閉じ、手を駒に滑らせる。

 

 

パチンと音を立てて駒が盤に積まれる。動いた駒は『飛車』。

 

 

(ここで飛車を動かすのか⁉︎)

 

 

 

全く予想のできなかった一手。立会人も目を丸くしている、それもそうだ。

 

先ほどまでは互いが互いに守りを固めた重量戦を行なっていたにもかかわらず、ここに来て速攻をかけて来たのだ。

 

 

予想外の一手に思わず冷や汗が流れる。やはり、一筋縄でいく相手では無い。

 

 

 

将棋界の烏が、啼いた。

 

 

 

 

 

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