「エリック。喜べ、本日の貴様の出撃任務は全て中止となった」
「え?」
ツバキ女史に呼び出された第一声がこれである。き、今日はジーナたんとの巡回任務という名のデートだったのに…。なっ、何をするだぁーっ!
「返事ははい、だ」
「アッハイ」
「…まあいい。さて、支部長からのお達しでな。貴様をしばらく観察することになった。
では、まずは貴様の部屋に向かうぞ」
そう言ってツバキ女史はさっさと歩きだしてしまった。
え、僕まだ理解が追い付いていないんですけど。
とりあえず、ツバキ女史が僕の匂いにまみれた部屋で、僕のかぐわしきかほりに包まれてくれることは理解した。やったねたえちゃん!
…冗談です、冗談ですからそんなに睨まないで下さいツバキさん。その目は人を殺せる目です。
真の英雄は眼で殺す…!ランチャーでござったか。
さて、僕の部屋についた訳だが…。あの、そんなにじろじろみられるとちょっと恥ずかしいんですが。
「意外だな。しっかり片付いているじゃないか」
「ええ、まあ。
小さい頃から父に散々整頓や調度品について、薫陶を受けてきましたので」
「…そうか」
ツバキさんはそう言って、ベッドに腰掛けた。
…地味に今気付いたんだが、これって美人な上司と個室に二人きりでは…?いや、僕にはジーナたんという心に決めた女性ががががが。
「…さて、ここならもういいだろう。
以前、貴様が言ったものを見せて貰おうか」
以前僕が言ったもの?はて。
「…さては、とぼける気か?貴様が証拠はここにあると言ったはずだと私は記憶しているがな」
「…ああ、そのことですか」
別に、ツバキ女史にあの書類の写真を見せることに否はない。ただ…。
「…お見せしますが、条件があります。
これを守って貰えないのであれば、お見せすることは出来ません」
僕がそう言うと、ツバキ女史は軽く肩をすくめて涼やかに笑った。
「ふっ、別に構わんさ…。
…まさか、私の身体を好きにさせろ、などではなかろう?」
そう言っていたずらっぽく笑うツバキ女史だが、こっちはそんなことに構う余裕はなかった。
…そうか、そんな手があったのか!
思わず、ポン!と手を打った。ツバキ女史が絶対零度の眼差しでこちらを睨んでくる。や、やりませんて…。
「…たしかにその提案は非常に魅力的なツバキ女史ですから、ぐっとくるものではありますが…。
しかし、なめてもらっては困る!僕はこれでも紳士の中の紳士と言われた男!
決してジーナ以外の女性に振り向くなどと!」
「…」
ツバキ女史が、蔑んだ眼でこちらを見ている。
フヒヒ、サーセン。
「はあ…。さっさとその条件とやらを言え。
ただし!さっきのような条件であれば…」
「あれば?」
「貴様がこの世に生まれてきたことを後悔させてやる」
「未来永劫誓ってしません」
「よろしい」
完全に力関係が決定した瞬間である。
え?だいぶ前から決まってただろうって?それは言わない約束でしょ。バイキンマンがキレイキレイで手を洗ったら死ぬはずだよね、っていうのと同じくらいのタブーってやつなのです。
さて、だいぶん脱線してしまったが。ここからはちょっと真面目な話。
「…条件というのは、オオグルマと支部長に言わないこと。それと、悟られないことです」
「…今まで通りに接しろ、ということか」
「理解が早くて助かります」
そう言うと、ツバキ女史は白くてすらっときれいな手を形の整ったあごに添えた。…考える仕草まで様になるとは。美人は絵になるね。目の保養なりぃ…。
「…ふむ。まあいいだろう」
「…では、しばらくお待ち下さい。
ロックを解除しますから…っと。
はい、ではこちらへどうぞ」
そう言って、僕は操作していたターミナルの手すり部分に横から肘をつく。
ツバキ女史がターミナルに向かって立つその隣から画面を見ると、ヴァジュラ、プリティヴィ・マータ、ディアウス・ピターと続く。
そして最後のページにはーーーー
「…リン、ドウ…」
ぽろり、と。ついこぼれてしまったように発されたその言葉に気付くこともなく、ツバキ女史はターミナルの画面を、いや。画面の向こうのリンドウの顔をじっと見ていた。
ぽろり、と。今にもこぼれてしまいそうなツバキ女史の豊満なバストをガン見する僕に気付くこともなく、ツバキ女史はターミナルの画面に沿えていた手を離して僕の顔が軋むように痛いぃぃぃぃぃっ!
「…貴様は本当に節操がないな」
そんな暴力的なまでにふつくしい大きなモノを、胸元を大胆かつセクシーに見せる貴女に言われたくはないです…ガクッ。
その後五分くらいで目を覚ました僕は、ツバキ女史に話した。
リンドウが支部長のことを探っていたであろうこと。
支部長はリンドウをなんとか事故死に見せるように、危険なミッションに単独出撃させていたらしいこと。
それでもしぶとく生き延びるリンドウが、なにやら支部長の企みの一端を知ってしまったようであること。
アリサのトラウマであるヴァジュラ種の写真と共に、リンドウの写真を使って何らかの暗示や刷り込みをしたのではないかと推察していること。
実は博士にアラガミ化を抑える薬を作ってもらったこと。
リンドウにその薬を渡してあること。
きっとリンドウは生きているということ。
などなど…。
しばらくじっと聞いていたツバキ女史が、ため息をつきながらベッドに背中から倒れこんだ。
「…実はな。
先日、リンドウ及びその神機の捜索が打ち切られることが、正式に決定した…」
「もう、ですか」
明らかに早い。
普通、少なくとも神機が回収されるまでは捜索が続く。神機はアラガミに対抗出来る、現状唯一の武器だからだ。
どれだけ人が死のうとも、神機だけは血眼になってこれまで捜索されることが多かったのもそのためだ。
…支部長の本気度合いがうかがえる。リンドウが消息不明になってから、派手に動きすぎたか。それとも早すぎたか。
「もう、だ。
…正直な。私は、貴様が支部長と繋がっているのではないかと思っていた。貴様が何かを隠していることは分かっていたしな」
「…何のことです?」
「ふっ…。とぼけなくてもいい。貴様は嘘がつけないからな…。
貴様の話では、リンドウに渡した薬は一錠で一ヶ月。九錠だから九ヶ月もつということだったが…。
実際、アラガミ化は進行するほど加速する。
…本当は、そこまで持たないと分かっているのだろう」
…この人は、本当に。
一番つらいのは自分だろうに、なぜそんなに優しい顔で笑えるんだ…!
「…なに、心配するな。
さっきも言っただろう。貴様は嘘がつけんとな。
…そんな貴様がリンドウは生きていると言うんだ。なら、私の
「…そうですか」
「ああ。
…さて、では今回の話はこれで終わりだ。支部長には、私から適当に話しておく。
…それにしても、良かったのか?」
「何がです」
「先ほどのデータだ。
私にロック解除のパスワードを教えてしまって…」
ああ。そういえば、さっきの話の途中で僕の腕輪とパスワードでロックしたデータが見れることと、パスワードについて話したっけか。
とはいえ。
「ええ。そもそも、今回の件も支部長に目を付けられるつもりはありませんでした。
もし、僕に何かあったときは…頼みます」
そう、まさか今回の件で支部長に目を付けられるとは思っていなかった。
リンドウも、サクヤさんにビールの確保を頼んでいたし、僕も保険をかけておくべきだろう。
ソーマのように特務に従事させられるかもしれないし、リンドウのようにこっそり後ろから刺すようなことをされる可能性もある。
ただひとつ、確かなことは…。
僕は、童貞のまま死ぬ気はないということだ。
見てろよ支部長。あっと言わせてやるからな!