「疲れた…」
アナグラ、出撃ゲート前のロビー。
そのソファーに仰向けになっている、上半身に刺青を入れ、真っ赤なツンツン髪にサングラスというド派手な格好な男がいた。俺です。上田です。
今回のミッションは久しぶりに地獄を見た。
今日、僕は思い出した。この世界は…無印なんだ…。
ふと、ほほをつんつんされていることに気が付いた。だいたいこういうことをしてくるのはリッカなんだが、はて。
そこにいたのは、僕が大好きなジーナさんその人であった。おお、今日もふつくしい…。クールビューティーである。そして絶壁。だがそれがいい!
「…大丈夫?」
いつも通りの平坦な声の裏に見え隠れする心配が、僕の疲れきった心を癒してくれる。あぁ~。心がぴょんぴょんし…。いや、そういうのではないな。うん。
愛するジーナたんの顔をじっくり見ながら堪能しつつ、ゆっくりと上体を起こす。
「ああ、ありがとう。ただ、今回はあまりにも疲れてしまってね…。良ければ、話を聞いてくれないか」
「…そ。何にしても、もうロビーは消灯する時間よ。
場所を移しましょう」
そう言って、返事も待たずにさっさとエレベーターへ向かって背を向ける。ちょ、どこ行くし。
「それは構わないが…。どこへ行くんだい?」
そう問いかけると、ジーナは顔だけこちらに振り向いた。その透き通った瞳に人知れず鼓動が跳ねる。
「…私の部屋だけど、嫌だったかしら」
「めっそうもございません」
むしろご褒美です。はい。
エレベーターを降りてジーナたんの部屋に向かう。
ジーナたんの後ろ姿はあまりに細くて、まるで抱き締めたら砕けてしまいそうな儚さを孕んでいた。
ああくそ、心臓がうるさい。エリックもジーナのことを意外と気にしてたのかもしれない。なんとなくそう思った。
部屋に入ると、ジーナはさっさと自分のベッドに腰掛けてしまった。
こちらも手頃な椅子に座り、ばれないように深呼吸してジーナの部屋の匂いを満喫する。ふはー…。いい匂いやぁ…。そこ、変態チックとか言わない。
「それで?何があったわけ?」
そう聞いてくるジーナは、あごを両手で支えて、両肘を膝につけていた。うーん、あざとい。いや、ジーナが狙ってそういう姿勢を取ってるわけじゃないと思うけども。
「そうだね…。どこから話そうか…」
そう言って、僕は今日の戦いを思い出していった。
そう、事の発端は第一部隊の人員が足りないことだった。
コウタ君曰く、
『ツバキさんは怒ってるし、こんな時にソーマはいないし、サクヤさんは部屋から出てこないし、アリサは寝込んでるし…』
ということで、急遽僕とカノンちゃんがヘルプに呼ばれたわけだね。うん。正直に言えばこの時から嫌な予感はしてたんだ。
で、ユウくん、コウタ君、バカノンちゃん、僕の四人でミッションに行ったわけだけど…。
コンゴウ2体にシユウの計3体の乱戦とかね。聞いてない訳だよ。
しかもバカノンちゃんの誤射でまず僕が一度戦闘不能になり、僕をリンクエイドしてくれたコウタ君がバカノンちゃんの誤射で戦闘不能になり、そしてバカノンちゃんが戦闘不能になるというね。
その後は僕がコウタ君をリンクエイドして、三人で戦う訳だけど…。
ユウくんが戦闘不能になり、コウタ君が戦闘不能になり、僕以外が地面ペロペロになった光景を見た僕は思い出したんだ。そういえば、難易度無印だったっけ、と…。油断すれば死ぬ。油断しなくても死ぬ。
餌に行った時に轢かれれば死ぬし、ガードしたって覚悟とかふんばりとかのスキルがないと死ぬ。
そしてやたら向こうはタフだし死なないし…。
そう、僕らが生きているのはそういう世紀末なんだ…。
その後はスタン→ユウくんリンクエイド→回復錠→スタン→コウタ君リンクエイド→回復錠の順で復帰したけど、ユウくん、コウタ君が二人とも地面ペロペロになるのがこの後もう一度あった。
しかも二人とも、戦闘不能になればなるほど動きに精細を欠いていくし…。SAN値チェックじゃないんだぞ。正気度ロールなんかしてる場合か。
ユウくん、リンクエイドした後に捕食するように言ったのにその場でくるくる回ってるしさあ…。
そしてコンゴウ2体とシユウをなんとか制限時間内に倒し、ミッションから帰還した後のカノンちゃんの第一声はこちら。
『どうして私を助けてくれなかったんですかぁ…』
涙目で言われても、あの時の最善は間違いなくカノンちゃん放置である。普通は
『今回は皆さんにご迷惑をお掛けしました…』
とか
『あまりお役に立てなくてごめんなさい…』
じゃないの?ねえ?
ということで、カノンちゃんに今回の問題点を懇切丁寧に一から伝え、偶然通りかかったツバキ女史に今回のミッション内容をざっくりと報告した。
カノンちゃんは一ヶ月みっちりツバキ女史から戦闘訓練をやらされることになった。残当。
コウタ君も
『まあ、今回のはさすがに…』
って感じでフォロー出来なかったようだ。
ちなみにユウくんは、コウタ君に
『な、あんたはどう思う?』
って振られた時に肩をすくめるだけだったので、彼としてもこの処分は妥当だと思ったようだ。
ミッションでは久しぶりに命の危機を覚え、ミッションから帰ってからはわがままっ子にお説教をするはめになり…。
あまりの精神的疲労感から、ロビーのソファーにそのままバタリと倒れてしまったんだった。
僕の話を静かに聞いていたジーナたんは、僕が話し終わると軽くうなずいて、
「…お疲れ」
と言ってくれた。ああ…。心が浄化されていくようだ…。
「いや…。こちらこそ、聞いてくれてありがとう。少し、気分が軽くなったよ。
そういえば、そっちは今日はどうだったんだい?」
そもそも、今日ジーナたんが何をしていたか知らないんじゃが。
「こっちは相変わらず、あまり成果はなしね。
…ただ、鎮魂の廃寺に向かったタツミからは少し気になることを聞いたわ」
「…それは?」
ここでいう成果は、リンドウの探索のことだろう。防衛班の通常巡回経路を今拡張する話が出ているし、タツミが防衛班班長として一足早く行動したんだろうか。
それにしても、鎮魂の廃寺か。…まさかシオ、か?
「なんでも、たき火の跡が見つかったらしいの。ただ、リンドウさんの居た痕跡と断定も出来ないし、山賊とか、野盗かもしれないから何とも言えない、って」
「そうか…」
リンドウはタバコを吸ってたはずだし、マッチが見つかればリンドウだという可能性が高そうなんだが。
リンドウか、それ以外か。…個人的な希望でいえば、シオとリンドウとかだと一番なんだが…。
「何にせよ、僕の方でもリンドウを探してみるよ。
…なるべく早く見つけないとね」
ハンニバル化したリンドウと、この無印基準の世界で戦いたくないです。勝てない。絶対一人二人は犠牲者出そうや…。もうやだぼくおうちかえるぅ…。
「そうね…」
沈黙が下りる。
とは言え、ジーナたんとは既に結構深い付き合いなので、気まずいとかはない。あー、ジーナたん相変わらずきれいだなー。まつげ長いなー。とか、そんなくらい。
…そろそろいい時間だ。彼女もシャワーを浴びるなりするだろうし、そろそろお暇しよう。
「…さて、そろそろ僕は行くよ。今日はありがとう」
「どういたしまして…と、言っておくわ」
なんでもないように言うジーナたんだが、こういう気の利いた優しい部分が僕は好きだ。
「今度はお礼に、僕の部屋に招待するよ」
「期待しないで待っておくわ」
「ちょ、ひどくないかい?それは…」
そう言って彼女を見ると、いたずらっぽく笑っていた。
まったく、その顔はずるいぜジーナたん…。