インフィニット・ストラトス 少女たちの傷跡   作:きゃすたー(7mg)

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一夏TS作品を読んでいたらいつの間にか書いていたものです。
オリ主(♂)×一夏ちゃん(♀)が素晴らしかったので、どうせなら百合百合してもらおうと思っていたらここまでできあがっていた。

(愛が重いことは)ないです

進むかどうかはノリと勢い任せ



第一話 「入学」

 あの日、夏の青空に雨が降った。

 オイルや血を伴った瓦礫の雨が日本海沿岸のある町に降り注いだ。人肉の礫、折れた鋼鉄の翼、機銃弾の空薬莢とミサイル。

 青い世界は瞬く間に赤く染まりゆく。黒煙を上げて落ちる戦闘機。沖合いで爆炎を伴って叫ぶ艦艇。焼ける人肉。壊れていくいつもの街並み。いつもどおり始まった夏休みの一日は突如として終わりを迎えた。

 

 私の世界は消え去った。私の暮らしていた平穏な日々は、まるで砂の城のように白騎士事件の荒波に呑まれて姿を消した。

 

 父がその大きな背中でみんなを庇ってくれたのを覚えている。

 母が今にも息絶えそうな声で励ましてくれたのを覚えている。

 妹が私の手を引いて“逃げよう”と言ったことを覚えている。

 

 空の覇者が落ちてくる。空中で瓦礫の散弾に変わり果てて街に向かって落ちてくる。人が落ちて赤い花を咲かせ、ミサイルの破片が街を榴弾で焼いたように崩していく。

 プリンにスプーンを入れたようにクレーターが刻まれ、ビルやマンションは脆いチーズのように崩れ、人は為すすべなく命を散らしていく。

 

 私の中で曖昧なままだったもの……戦争という言葉が確かな現実味と恐怖を伴って刻み込まれた瞬間だった。

 

 私達を守ろうとした優しい父はひき肉のように鉄塊に潰され、どうにか私達を逃がそうとした母は瓦礫に埋まり、手を取り合った妹はミサイルの墜落の衝撃で吹き飛ばされて、首をおかしな方向に向けたまま体を痙攣させていた。

 右隣の霞さんの家はただのクレーターに変わり果て、一緒に遊んでいたスミカちゃんは百舌の早贄の如くその胸からむき出しになった鉄骨を生やして事切れていた。

 スミカちゃんのおじさんとおばさんは仲良しな夫婦だった。ケンカも滅多に無いし、いつも手を繋いでいた。そう、今わの際でさえも。

 向かいに住む早苗おばあちゃん。“私のおじいちゃんは大切な家族のために遠い異国で戦った”と8月15日を迎える度にそう言っていたおばあちゃん。最近足腰が痛いと言っていた御歳八十八のおばあちゃんは、燃え上がる戦闘機の影に消えていった。

 今時珍しい木造二階建ての安アパートに住む大学生のケンイチさん。あの日も元気に挨拶を交わし、“ちょっと京都いってくるわ”と言ってバイクに跨った。

 ヘルメットを被り、走り出そうとしたところで鳴り響いた警報。と同時に道路に突っ込んで落ちてきた戦闘機のタービンに吸い込まれ、赤いナニカが飛び散った。

 

 何故、私だけが生きている。何故? どうして? いったいなんのために?

 

 一人あの地獄(まち)をさ迷い歩き、ほうぼうの(てい)で辿り着いた山奥の一軒屋――――祖母の住む家は相変わらず無人のままだった。

 祖父は数年前に亡くなり、技術者であり研究者である祖母が家に居ないのはいつものことだ。知っているはずなのに、見知らぬ誰かに縋るよりも先に祖母を頼った。

 “もしかしたら居るのではないか”、“祖母がいるならひとりじゃない”という如何にも子どもらしい身勝手で独りよがりの……だけど子どもなら当然考えるだろう選択をし、それが叶わぬことだった事実に自分勝手に落胆し、唯一の家族と呼べる人の手を振り払った。

 

「彩夏ちゃん」

「……はい」

「出撃許可が下りたわ」

「目標は?」

 

 閉じていた瞼を開くと目の前にウィンドウが表示される。その先には監視カメラからの映像だろうか、銃を手に建物をうろつく人たちが映し出され、その中の一人がズームされる。

 ゴウン、ゴウンと重苦しい音が響く部屋の窓を一瞥した先にはどこまでも広がる雲海が漂っている。こうしている今もこの真下ではヒトの命が散っているのだろうか。

 

目標(ターゲット)はいつもの主義者の構成員だけど、今回は幹部クラスの人材が出張ってきているわ。それがこの白人の女よ」

「対象の現在地は?」

「現在ショッピングモールを占拠して抗戦の構えというところかしら。地下一階に向かったのを監視カメラで確認できているから、おそらくは地下から脱出か抗戦というところでしょうね。

 それにしても中東のど真ん中でよくもまあこんなことしでかしたものだわ。おかげさまで全国の反米国、反欧州、反キリスト勢力が殺気マンマンになってる。明日にでも第三次大戦勃発か、という勢いでね」

「女性至上主義者のやることは理解できませんね」

「確かにイスラム教圏の女性の地位は今でこそそれなりに向上している。だけど欧米での男性叩きがひと段落ついたからといって中東に手を出したのはいただけないわ。

 文化の違いを押し付けるやり口はもちろんとして、ただでさえ欧米と中東の緊張した関係に油を注ぐこの行為を最早野放しにしてはいられない。

 ウチの大将(事務総長)殿は特に過激な女性至上主義者に対して、各国の声に応えてテロリスト指定を容認しました。殺人や今回のようなテロはもちろん、政財界への浸透を許すわけにはいきません。早急にこのテロリスト(恥さらし)を無力化、もしくは殲滅するようにと指令が下っています。もちろん、ISを使用した上でです」

「……なるほど。同じ女でも、彼女達のような短絡的で暴力的で過激な主義者を容認することはないという意思表示ですね」

「それも一理あるでしょうね。だから人前で戦うことになっても大丈夫よ。これまでのようにコソコソと殺して回る必要が無いのは楽でいいわ」

 

 フルフェイスのメットが量子化を解かれ展開される。緑のバイザーの視界に目まぐるしく起動シークエンスの羅列が流れ、火器管制と機体の状態を診断するプログラムが流れる。

 武装――オーケー。

 機体状態――オーケー。

 パワーアシスト――オーケー。

 推進器――オーケー。

 量子展開機能――オーケー。

 バイタル――オーケー。

 搭乗者保護――オーケー。

 

 コンディショングリーンの表示が過ぎ去ると視界が開ける。輸送機、C-120の後部ハッチが下がり、中東の空の風が吹き込んでくる。

 ISスーツの上に黒い防護膜が展開され、さらに全身を覆う装甲が展開。頭の先から足の指の先まで地肌の露出が一切無くなる。

 

 私の纏った薄鈍色のインフィニット・ストラトス、ラファール・リヴァイヴ・カスタム――ただし全身装甲型の軍用機――が少しずつ搬入出用のベルトコンベアでハッチの末端へと送られていく。

 

「降下まであとカウント20」

 

 酸素マスクをとりつけた整備員の男がサムズアップする。右手でそれに返すと、彼はニッと笑みを浮かべてグリーンランプのボタンに指をかける。

 

「あと5、4、3、2、1――行け!」

「アヤカ、鳥になってきなさい!」

 

 グリーンランプ。機体ごと白い海に飛び込めば重力に引かれて落ちていく。機影を捉えられないように雲間を避け、雲海を突っ切って降下する。加速度を増して減り続ける高度計の数字を横目に、手足をそろえて真っ逆さまに雲の壁を貫く。

 低い雲を抜けた先には一面に広がる広大な砂漠と、沿岸に築かれた高層ビル群。そして青い海。バイザーに表示されたマーカーは都市部の一画、乱立するビル郡の端を指し示している。

 地上の様子が徐々に見え始める。逃げ惑う人々。銃を乱射する女たち。抵抗する警官隊と、熱砂と同じカーキ色の戦闘服を纏った兵士。機銃を掃射する戦闘車両とその影に隠れて抗戦する姿が望遠越しに見え始める。

 

 高度30メートル。PICの慣性制御開始。

 高度20メートル。姿勢を反転させて着地態勢へ。武装をアンロック。対人戦闘用の小型ガトリングガンに高速徹甲弾を装填。対戦車・車両用の対物ライフルを展開。

 高度10メートル。急減速。そのまま着地姿勢でアスファルトの上に降り立つ。

 

「いっ、インフィニット・ストラトス……!?」

「そんな、ウソでしょ! 私たちはアラブの女性達を解放するために……!」

「怯むな! あいつは我々の味方ではない。撃ちまくれ! あいつは自らの保身と欲望のため狡猾な男どもに尻を振っている女だ! 男にいいように操られるような女はただの愚者だ! 世界を動かすのは男じゃない、我々女性が世界の未来を導くのだ!」

 

 くだらない理念だ。世界を導くだの解放だの言ってはいるが、結局のところ利潤を貪っているのはお前達だろうに。

 政財界の狂信者(パトロン)からどれだけの金が振り込まれているのかくらいこちらは既に承知済みだ。そしてその使い道すらも。

 

交戦開始(エンゲージ)

 

 己の欲望のために他者を貶め、無辜の市民を扇動する。そして遂には殺戮すら辞さなくなったというのなら――

 

「あなた達の全てを焼き尽くす」

 

 

第一話 「入学」

 

 

 IS学園の教室、1-Aの扉を開くとそこは女の園だ。わいわいきゃあきゃあとおしゃべりする女の子たちの会話をよそに指定された自らの席へと着くと、ふぅと溜息が出る。

 

 なんとも長かった。本拠地であるアリューシャン列島の島を出てアトカ空港からアンカレッジまで飛んでそこから国際線で日本へ辿り着いたかと思えば東京の右も左も分からない地下鉄駅(ダンジョン)で迷った挙句、予約していたビジネスホテルを探していたら売春宿やら愛を育むホテル街に出てしまうわ組の抗争に巻き込まれるわでストレスがマッハの状態だったのだ。

 こうしたまともな学校など8年ぶりだろうか。

 

 学校というものの行事といえば何が思い浮かぶだろう。私の通う……いや、捕えられたスクール(監獄)では行事と言えば軍事演習だった。

 見知らぬ同級生や先輩後輩と共にチームを作り、文字通り生きるか死ぬかの演習をこなしてきた。演習地は専ら紛争地帯。どちらかの軍の少年兵に混ざって戦闘を経験し、人の生き死にをまざまざと見せ付けられてきたのだ。

 あのキャンプに買われてきたのが7歳のころ。白騎士事件で祖母以外の家族を失って、当時アメリカに居た祖母の下へ向かう途上のことだった。

 8歳で銃を握って撃った。9歳で脱走兵の処刑の手伝いをやった。10歳で初めて無抵抗の人を殺し、演習を12歳まで生き残った。13歳を目前にして“買い手”がついたというのはスクールからすると前代未聞らしかったが、私にはどうでもよかった。

 

 新しい部隊に“買われて”からの二年間はそれまでのスクールの教導を遥かに超える濃密な実戦の連続だった。あそこを小学校とするなら、さながらあの部隊は大学や専門学校か。

 ISの操縦訓練に始まり、最新の兵器知識と操縦技術の習得、過去の戦術・戦略を頭に叩き込まれた上でこれから採られていくだろう新戦術の考察まで。もちろん歩兵としての基本的な銃の扱い、格闘戦、局地戦闘の技術、サバイバル能力の習熟に到るまでを身に染みこませるようにこなしてきた。

 初めての実戦は中東でのテロリスト殲滅。そこから英国ドーバー港へ搬送されているBC兵器を海上で回収したり、反体制組織が潜む都市での情報収集、チェルノブイリで行われる核燃料の取引阻止と暗殺など様々だった。

 少なくともそこが自身にとって特別な組織だったということは間違いない。娘や妹のように可愛がってもらい、私自身も親や姉を重ねて見てしまうくらいには。

 死にたくないという願いもここまでくれば一つの奇跡なのかもしれない。

 

 思考が逸れているが、要するに私にある入学式という記憶は小学生の磨耗した部分でしか覚えていない。うろ覚えだったが、校長からの挨拶が終わって教室に入ると自己紹介を始めていったのを記憶している。

 そんなあやふやな記憶の中にあるのは手を繋いで一緒に家路につく子どもの姿。短く揃えた短髪の、男の子だがどこか女の子みたいな雰囲気をもった子だった。

 確か、オリヌシイツカ? いや、何か違うような……。

 

「織斑一夏です」

 

 ああ、そうだ。オリムライチカだ。ってウソでしょ――あの一夏は男の子のはず。

 

「趣味は料理研究とガーデニング」

 

 それは背中まで伸びた鳥羽色の長髪――あの子はもっと短かったはず。

 

「特技は剣道を少々と、あと活け花です」

 

 どこか少女のようなあどけなさを残した声と顔――同じ顔、同じ声。

 

「皆さんと三年間学び舎を共にすることを嬉しく思います。よろしくお願いいたします」

 

 大和撫子と言うべきたおやかな一礼をする――完全無欠にオンナノコしている幼馴染、織斑一夏が目の前に居る。

 

「あ、あの……次、なんですけど……」

「……え、あっ、ぁ……すみません」

「体調が良くないんじゃ……?」

「大丈夫、です。ちょっと、急だったもので」

「あの、困ったら言ってね。無理しちゃダメだよ」

 

 そう言って織斑一夏(♀)は私の後ろの席に座る。今になってすごく恥ずかしくなってきた。どうしよう……一夏らしい彼女はどのような反応をするだろうかすごく不安になってきた。

 

「…………北條彩夏、です」

 

 一夏の表情が驚愕に染まる。有り得ない、そんなはずがないという表情。そりゃそうだろう。北條彩夏がここに居るということは、彼女にとって死人が蘇ったのと同じことなのだから。

 

「特技は格闘技、です。趣味はバイクと旅行……あと、ぬいぐるみ集めです。日本生まれです、けど国籍と育ちがアメリカなので、少し違和感があるかも、です。よろしく、お願いします」

 

 一夏の黒い瞳が私を捉える。真っ直ぐに私だけを見る。だけど私はその目線に耐え切れない。応えられない。彼女を置いて去っていくしかできなかった私には、応える資格などありはしないのだから。

 顔を背け、そそくさと自らの席に着く。後ろから感じるのはやはり視線だ。

 今更姿を現した私のことを一夏はどう思っているのだろうか。

 

 恨んでいるだろうか。それとも憐れんでいるのだろうか。いっそ突き放してくれたほうが……正直言って気楽になれるかもしれない。

 

 その後に続く自己紹介はもちろん、織斑一夏の姉、織斑千冬の登場に色めき立つ他の子たちのことも何も頭に入ってこない。

 何故ナタリヤ大佐は私を高校になんて送り込んだのだろう。今更戻れるわけがない。私の手は既に人の血で塗れ、人死にを見たところで大した嫌悪感も感じなくなっているというのに。

 

 不意に響くベルの音。ああ、ようやく朝のホームルームが終わったのか、と気づく。

 

「いち……!」

「北條さん、ちょっと来て」

 

 すぐさま立ち上がった一夏に腕を取られ、引き摺りあげるように連れられる。抵抗する気力さえ出ない。

 連れ込まれたのは冷たく、しかし温かさを孕んだ潮風の吹きぬける屋上だ。人が入れないように“開放中”の立て札を裏返して“締切”にした一夏はそのままドアを閉ざす。

 

「……彩夏ちゃん…………だよね?」

 

 背中越しに恐る恐るという様子で声が届く。向き合おうとして、しかし逃げそうになる体を留め、声を絞り出す。

 

「髪、伸ばしたんだ。一夏だって、わからなかったよ」

「……昔の私って男の子みたいだったでしょ」

「うん」

「そ、それに……自分のこと“俺”なんて言ってたし……ってそうじゃなくって!」

 

 急にもじもじとし始めた一夏。俯きながらびくびくとおっかなびっくり声をかけてくる様子は、快活でボーイッシュなあの頃の一夏の印象からは考えられない。

 

「ずっと……心配してたんだよ、彩夏ちゃん」

 

 しかしそれもすぐに消えうせる。一夏の真っ直ぐな眼差しが私を射抜く。言葉はおどおどしたような声色ではなく、重さを感じる一言。

 

「突然居なくなっちゃうし、それきり一度も連絡が無いし、おまけにこんな場所で居るなんて思ってもみなかった」

「それは私も。一夏がこんなに美人になってるなんて思わなかった……というか……男の子だと思ってた」

「た、確かに昔は男の子みたいだったけど!」

「ごめん。でも綺麗になったなぁって言うのはホント。お姉さんそっくりな――」

「――私は織斑千冬じゃないっ!!」

 

 ぞく、と私の背筋を這う死神の気配。息が詰まるような刹那の慟哭。およそ普通に育っただろう女子高生が持ち得るはずのない、濃密な殺意を伴った怒り。

 

「どうせみんな私なんてただの“予備”くらいにしか思ってない! 私の感情も人格も心も何もかも無視して織斑千冬と同じものを期待して!

 そりゃあ姉妹だから似ているんだろうけど、だからって何やってもいいって言うの!? 私の欲しいものもやりたいことも進みたい道も否定してIS、IS、ISばかり!」

 

 先ほどの普通の女の子の姿とは違う、生のむき出しの感情を吐き出した彼女の手が私の首筋に伸びる。無意識に投げ飛ばそうとする体を押し留め、ただ無抵抗で受け入れる。世界がぐるりと入れ替わり、青空を遮るように鬼気迫った一夏の顔が映る。

 それしかない。あの日一夏の傍を離れることを選んだ私には彼女の苦しみは理解できない。だからこそ、彼女の怒りの捌け口くらいにはなれるのなら、私はそれを甘んじて受け入れよう。

 

「やりたくもない剣道なんてやらされて! やりたくもない華道なんてやらされて!

 織斑千冬なんていう偶像の模造品扱いされて! みんな私のことなんて利用することしか考えてないくせにっ!」

 

 歪んでいる。一夏が傍目には平然と構えていたように見えたのはただの仮面だったんだ。本性はこれほどまでに歪みを抱えて、それをそのままに成長してしまっている。

 私が唯一無二の家族を望んだのは肯定して欲しかったからだ。絶対に否定されない、存在も生きることも何もかもを無償で肯定してくれる家族を望んでいたからだ。

 一夏にとって、その対象は私だったのか。

 

 結局のところ、私も一夏もお互いの存在を肯定してくれる誰かを望んでいたんだ。私は祖母にそれを求めたが手に入れられず、一夏は家族である姉そのものが自身の存在を揺るがす要因だった。

 

「彩夏もそうやって私をあの外道(あね)と同じように見るんでしょう!? 私と千冬を見比べて! “予備”と織斑千冬だって思ってるでしょ! 私が女の子だってわかった瞬間にそう思ったんでしょ! ねえ、答えてよ。答えなさいよ……! 答えろって言ってんのに……どうしてだんまり決め込んでるのよぉっ!?」

 

 ぎち、みし、と嫌な音が聞こえる。肉が食い込む音。骨が軋む音。けどこんな痛みや苦しみは一夏の抱えてきた闇からすればどうということもないのだろう。

 自身の在り方や生き方を殺されるのは私も同じことだった。けれど私は在り方を選択する余地もなくその道に進むことでしか生きられなかった。それは結果的に言えば進むことで自身を保持できるということでもあった。

 一夏に求められたのは織斑一夏という個人を捨て、“織斑千冬を模倣する”か“織斑千冬の後継”となることだった。どちらに進んでも自分自身の意思など介在しない、ただ自身以外の誰かにとって都合のいい駒でしかない。そしてそれが為せなければ自分は捨てられると理解している。

 だから否が応にも進まざるを得なかった。自身を否定して誰かの駒となるか、他の全てから否定されて自分一人になって進むかを。

 一夏は社会からはじき出されることを恐れたのだ。少なくとも、前者を選べばまだ“織斑一夏”としては存続できると幼いながらに感づいていたのかもしれない。幼い一夏は肯定してくれる味方――私が居なくなったことで孤独に耐え切れず前者を選んだのだろう。

 

「……ぃじ……ぶ……」

「…………あ」

 

 声が出ない。ほとんど口が動いただけでしかなく、言葉にすらできなかった。けれど一夏は我に帰って自らの手を開いてそれを凝視するように目線を向ける。

 

「っぁ……あや、か、ちゃん……」

「けほっ、けほっ……」

「あ、ぁ……ご、めんなさい……ごめんなさい……私、こんな、ことっ、したかったんじゃ……!」

「だい、じょうぶ……!」

 

 首を絞められたくらいで意識を失うほどヤワな訓練なんてしちゃいない。両手足を縛られた状態で水深2メートルのプールに沈められてからジャンプで水面に出て息継ぎするような訓練だってやっていたんだから。

 立ち上がって今すぐにでも逃げ出そうとする一夏を抱きとめる。

 

「一夏、もう……大丈夫だから」

 

 泣いている子どもにはしっかりと愛情を与えてあげなければいけない。これは私がされてきたことでもある。軍の先達、部隊を率いる彼女……“母さん(マム)”と呼ばれる人から教えられたことだ。

 

「んっ……」

「――――!?」

 

 両肩に手を置き、狙う先はただ一点の薄紅の的。迫る一夏の表情は不思議そうにこちらをみている。直後に柔らかな感触。目を見開く一夏は驚いた様子だが逃げることは許さない。そのまま屋上の扉を利用して体ごと挟み撃ちだ。

 むにゅ、と潰れるような感触。舌先を玩ばれる感触が初めての一夏は身をよじるものの悉く押さえ込まれる。

 

「……ふぅっ……」

「――はぁっ…………ぅぅ……」

 

 情動を押さえ込むのに必要なのは思いがけない衝撃だ。考える余裕を失くして一度思考のブレをリセットする、または思考できないほどに振り切らせるのだ。

 薄紅の唇からかかる橋がスカートに落ちて染みを作るものの、一夏の思考は未だ夢の中のようにおぼろげだ。青みを帯びた濡れ烏の長髪、桜色を帯びたような頬、とろんとした瞳、夢心地に溺れたままの一夏は扇情的な色香に染まっている。

 

「一夏、遅くなってごめんなさい。8年も音信不通の私が言うのもなんだけどね。

 私もいっぱい辛いことがあって、ようやく日本に戻ってこれたばかりだったから大人になった一夏のことを何も知らない。一夏がこんなに苦しかったんだってさっき、やっとわかったの」

「私も……勝手に彩夏ちゃんも同じなんだって思い込んで……あんなことまでして……」

 

 きっとこれは、依存だ。お互いがお互いに自分に無いものを望み与えられることで、今もなお渇き満たされない心を満たすだけの行いなのかもしれない。

 だけどこの思いは本物だ。私は一夏を欲し、一夏は私を渇望した。お互いの癒えない傷を舐めあうだけだと罵られようとも、この想いだけは譲れない。

 

「そう、私たちはまだ大人になったお互いをよく知らない。子どものころは知っているけど、そこから先は8年分も抜け落ちてるんだよ。だからまたお互いを知ればいい。そこからまた始められるんだから」

「……あ、彩夏ちゃん……ぅぅっ……ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 

 私の胸に飛び込んできた一夏を受け止め頭を撫でる。子どものときはそれほど背丈は変わらなかったけれど、今の彼女はこんなに小さいのか。

 この小さな両肩でどれほどの重圧を受け止めてきたのだろうか。この小さな体から吐き出された慟哭は人の持つ暗いモノを凝縮したような闇だった。

 自由を願い、家族愛を願い、ヒトらしくあることを願った私たち二人は同じような道を歩き、しかしながらまったく違う結末へと辿り着いた。私は戦場で共に血を流す家族を得て、彼女は仮面を被り何も得られぬままに今に至ってしまった。

 8年。その歳月がもたらした隔絶を乗り越えて、再び彼女を陽の当たる世界へ連れ出すことができるのだろうか。自らの闇に閉じこもってしまう前に、他の誰かが彼女を闇に引きずり込む前に、彼女は立ち上がることができるのだろうか。

 

 しかして世界は無慈悲に過ぎ行くもの。授業開始の鐘が無常にも鳴り響く。

 

「……すごく入りづらい」

「うん。あんなのとはいえ、姉は姉だし……うう……気が重いよ」

 

 8年ぶりの逢瀬を終えて屋上の扉を開く。既に授業は開始されているが、入学初日にして遅刻ともなれば彼女の姉であり担任――どうやってなったのか不思議だ――がおそらく彼女に怒りをぶちまけるだろうことが予想できる。

 

「お困りのようだな、若人よ」

 

 屋上からの階段を一歩踏み出そうとして背中越しに声がかかる。

 振り返った先には煌く灰白色の髪と翡翠のような瞳の、小学生かと見紛う容貌の女性の姿。濃紺レディーススーツに黒のストッキングでビシッと着こなし、いつものピースをくゆらせながらニヤニヤとこちらを凝望する。

 

「何やってるんですか、ナ――!」

「ああ自己紹介をしていなかったな。私はナタリー、アメリカ出身の29歳、本年度よりIS学園非常勤実技講師として勤務することとなった。よろしく頼むぞヒヨッ子ども」

「ナタリー、先生……どうしてここに?」

「クク、いい判断力だ。先生を呼び捨てにするのはいかんからなぁ」

「……彩夏ちゃんの知り合いなの?」

「その通り」

 

 さも知り合いのようにとってつけたようなセリフだが一夏には通じたようだ。知り合いどころかウチの部隊の司令官サマですよ。ええ。

 

「あの、私織斑一夏と申します。友人の彩夏ちゃんにはいつもお世話になっていました」

「うむ……私も一夏少女のことはアヤカより聞き及んでいるよ。8年前に別れて以来会えず仕舞いの友人に一目会いたいとよく言われてね。しかし君のことを探してもどうにも見つけられずにいたのだ。私の力不足でこれまでにアヤカと会う機会を作ってやれなかったことは本当にすまないことだと思っているよ」

「――ずっと、探してくれていたんですか?」

「あの、一夏もナタリーさんも、今はそれよりも!」

 

 なんてヒトだ! 戦争に次ぐ戦争で探す暇も余裕も無かったのに、さっきの会話を聞いた上で一夏の純情な心を突くように嘘八百並べ立ててすんなりと打ち解けようと企てているなんて!

 

「そうだったな。遅刻しているんだったな。ふむ……ならば私が同道しようじゃないか。娘同然のアヤカの友人というならば私にとってもまたかわいい娘のようなものだ。

 降りかかる火の粉を払う程度、いくらでも私に任せておきたまえ」

 

 半ばまで吸った煙草を携帯灰皿に突っ込むと、ナタリーさんは少女らしからぬ堂々とした足取りで私たちを引き連れて教室へと歩を進める。

 流石に佐官だけあって人前での振舞いというものが板についている。胸を張り――板とは言ってない――肩で風を切って進む様は一般人を装っていても、本来の彼女を知る私は軍人としての姿を思い起こしてしまう。

 

「失礼する」

「……何かご用ですか?」

 

 ぎり、と奥歯をかみ締めるように顔を歪めた織斑千冬。こちらを睨むように見る様は並みの人間なら震え上がることだろう。事実として一夏は私の手を握る指先が震え上がっている。

 

「ロッカーの移動のために1-Aの生徒を二人ほどお借りしていたのだ。何分この身はあまり大きな荷物を持ち運べぬものでね。

 故、北條彩香と織斑一夏のお二方の力をお借りしたという次第だ。善意で私たちの仕事の手伝いを買って出てくれた彼女達が授業に遅れて怒られるのは忍びない」

「ですが、学生は学業が本分。それに遅れるということは自己管理能力が欠如していると見なされても――」

「授業への遅刻はこちらの不手際に付随する結果だ。この二人に落ち度は無い。むしろこの二人のような善良な心持ちの生徒が罰せられるようなことがあってはならない。彼女らの善性は評価するに値しないが遅刻は必ず罰するとでも?」

 

 しばらくのにらみ合い。無言の教室にぴりっとした緊張感が漂う。

 飄々と笑みを浮かべるナタリーさん。それに対して睨むような目つきの織斑千冬。

 

「……すぐに席に着け。授業に於いて、5分の遅れは15分の遅れに等しい。次からは気をつけろ」

「ではこれにて失礼する」

 

 ナタリーさんも背を向けた瞬間にイライラした様子を隠すこともなくその幼い容貌を歪め、二本目の煙草を口に咥える。。

 しかし明らかにウソだというのがバレかねない。一度でも織斑先生が他の教員に事実確認を行えば明らかに……というかよくよく考えれば一人でこんな場所に潜入してきているわけがないか。嘘八百を真実にするためにもう一人くらいは連れてきているはずだ。副官であるミーシャさんの胃が無事であることを切に願う。

 

「青春は一度きりだ。お前たちの15分の逢瀬は、座学で学ぶ5分ほどの価値も無かったのか? そうじゃないはずだ」

 

 有り得ない。そんなはずがない。これから一緒に8年分の隙間を埋めていく決意が持てた。あの15分は何にも勝る、大切な15分だ。決して価値の無いものではない。

 

「イチカ、そしてアヤカ……くじけるなよ」

「……はい」

「ありがとうございます」

 

 私の手を握る一夏の手は、もう震えてなどいなかった。

 

 

「――という理由から、インフィニットストラトスは次世代の国防を担う兵器としての運用と整備が進められています。ですが一方で、そのSFマンガやアニメに現れるロボットのような象徴性から、モンド・グロッソのような競技種目に用いられることもあります」

 

 簡潔に言って山田真耶女史の授業は非常にわかりやすい。というか理解できないという人が居たらIS学園にどうやって入学したのかを問いたいものである。

 それもそのはずで、この授業はISの基礎の基礎の始まりでしかない。

 

 ISがどのようにして世に現れたのか。ISの運用における制約。ISというものの存在意義。そしてその基本的な性能面についての講義が主体だ。

 つまるところ、ISがどんなモノなのかを説明する授業なわけだ。中身は運用協定――『アラスカ条約』やら国際法やらはもちろんとして、ISの世代推移と機体の変遷、それに伴う世界的な事件なども取り上げられる。

 

「この『白騎士事件』によってインフィニットストラトスは大きく名を上げたことは紛れも無い事実です。まさにISの黎明と呼べる一件ですね」

 

 何者かの謀略によって日本に向かって飛来した制御不能のミサイル2000発以上。そのうち約半数を突如現れたインフィニットストラトス『白騎士』が撃墜。驚異的な性能を誇る白騎士を脅威と見なした各国の空母、駆逐艦などの艦艇、戦闘機、果ては監視衛星。その悉くを跳ね除けて撃破した。それも人命を損なうことなく。――というのが都合のいい捉え方だ。

 

 搭乗する兵士を傷つけず戦闘機を空中で撃破した。――そのあとはどうなる?

 攻撃してくる艦艇も人命を最優先にして撃破した。――未だ健在の航空機はどこに帰還すればいい?

 軌道上から監視している衛星を撃破した。――その場に残ったデブリはどこにいくのか?

 

 簡単な結果だ。落ちてくるだけだ。母なる星、地球が持つ見えざる(かいな)。私たち人間を押し込める牢獄のようでもあり、また温かな抱擁でもあるそれを人は“重力”と呼んだ。

 その重力に引かれ落ちてきた鋼鉄の散弾がどれほどの破壊力を持っているか。落ちてきた人がどのようにして血の花を咲かせたのか。それらについては何も触れてはいいないし語られてもいない。

 白騎士は確かに無血でそれらを退けたのだろう。だがその後の末路を白騎士の搭乗者は知っているのだろうか。

 もし知らないのだとしたら私はこう言うだろう。――欺瞞の体現者め、と。

 

「っと、それじゃあ1時間目の講義はこのあたりで切り上げましょうか。次の2時間目の講義はもう少し詳しく踏み込んだ内容になりますから、しっかり聞いてくださいね」

 

 やっと1時間目の終了が見えてきた。それにしても入学初日から災難な目にあったものだとつくづく思わされる。織斑先生の睨む目がすごく気になって仕方が無い。

 

「い、一夏……!」

 

 振り向くと同時に一夏を呼ぶ声が聞こえる。そこに居たのは黒髪を黄色のリボンでポニーテールにまとめた、少しつり目ながら凛とした面立ちの少女。制服の上からでも見て取れるたわわに実った果実が目に付き、無性にイライラが募るのを抑えて一夏を一瞥する。

 

「……箒ちゃん?」

「あ、ああ……久しぶり、だな」

 

 どこか遠慮がちな、悪く言えばしどろもどろと言うべきか落ち着きが無いというべきか、箒と呼ばれた彼女はばつが悪そうにしている。しかし面を上げた彼女の眼差しは真剣な目つきで一夏を見ている。

 

「その、話が……あるのだ。屋上でどうだろう」

 

 頼むからもう屋上は勘弁してほしい。

 

 

「来たか」

「ええ。それにしても何故あのようなウソを? 事と次第によってはあなたまで詰問されることになるが」

 

 授業の終わりに待ち構えていた私を見ても織斑千冬は動じない。流石に世界大会の舞台で戦うだけあって、多少のことでは動じないらしい。

 

「ふむ。まあ屋上にでもどうだね」

「……人払いはしてもらいます」

 

 再び開け放った扉の向こうには晴れ渡る春先の青い空。どこまでも続くような大洋の青と果てなく広がる蒼穹の天空。合間に僅かな白い雲が流れるだけの世界。

 

「答えを聞かせてもらいましょう」

 

 彼女の目線はこちらを射殺さんとばかりに投げかけられるものの無駄なことだ。私とてその程度の殺意で怯むような有様で戦争を生き残ってきたわけではない。

 

「その前にこちらから聞きたいことがある。妹――織斑一夏について、お前はどう思っている? どのような存在と見ている?」

「――――ふぅ……あなただから言うんだぞ。他の者には……」

「他言しない。聞かせてもらおう」

 

 投げかけた問いに彼女はしばし答えることなく天を仰ぎ、ふぅと息を吐いてから言葉を紡ぎ始める。

 

「昔の私はただ剣が上手いだけの高校生だった。一夏は穏やかだが運動が好きな子だった。よく一緒に居た女の子と笑っていたのを覚えている。

 変わったのは白騎士事件の後からだ。私が高校を卒業して第1回モンドグロッソで優勝してから……周りの眼は変わっていった。世界最強などという肩書きを持ってしまった私に期待の目が寄せられ、また同時に一夏にも同じような期待が寄せられた。

 ISに乗れば世界最強であっても、ISが無ければそれはただのヒトだ。だというのに私は自分が強者だと驕り、知らぬ間に主義者たちにとっての格好の偶像(イコン)として祭り上げられ、その後継として一夏さえも巻き込まれようと……いや、既に巻き込まれていた」

「なるほど。思い出話とはよいものだ。しかし今は――」

「結論を、だろう。だがなんの理由も無しに語れるものでもない。

 話を戻そう。私は気づけば主義者の旗印にされ、国によってがんじがらめにされ、あまつさえ妹を理由にダシにされて動かされる走狗に成り果てていた。第二回大会のときのことだ。

 私は実力ならあるだろうが政治には強いわけではない。そして一夏はまだ幼い上にヒトの裏側を読めるというわけでもない。理不尽や甘言を跳ね除け見破る術を持っていない。

 あの子の将来も夢も意志も、全て一夏のものだっ……。私のせいで……あの子の未来を勝手に決定付けるなど言語道断だと思っているし、何よりも、何よりも私自身が許せないっ。

 優しく笑う子だった一夏が、今では物憂げな表情ばかりになって、自身の未来にさえも目を背けるようになってしまった!

 一夏は、私の妹だ。世界が一夏に、私の家族に牙を向くのなら……! 私はっ――!」

「そこまでにしておけ、小娘。お前の意思は理解した。まったく……感情的になって泣き喚くクセは第二回大会から直っていないようだな」

 

 私に指摘されてようやく気づいたのか、織斑千冬は目じりを伝う雫を袖で拭って元の毅然とした表情を取り戻す。

 

「だがまあ、家族のために泣けるのなら……これは伝えておくほうがよかろう」

 

 屋上での一件、織斑一夏と北條彩香のやりとりは全てこの耳に届いていた。織斑一夏の抱えた痛みと苦しみ。押し付けられるばかりの幼少期を呪うようなあの言葉を私が口にするほどに、織斑千冬の毅然としていた表情は苦々しく崩れていく。

 

「……心のどこかでは、そうなのではないかと思ったこともあった」

「だろうな」

「せめて一夏に自身を守る力を持たせたいと、せめてISなんかに頼らなくても生きていける技術をと思っていたが……これ、は……堪える、な」

「そうだな。だが、お前はよくやったほうだと私は思っているよ」

「こんなざまで、よくやったほう、か……」

 

 俯いて自嘲気味に吐き捨てられた言葉に彼女の生来の力強さは無い。打ちひしがれ、折れた刀のように野ざらしの雨ざらしで朽ち往くのを待つだけの物悲しさを顕にした彼女は弱弱しい声で尋ねてくる。

 

「なあ、ナタリヤ・ロマノフスカヤ大佐。私は……一夏のためにと思って全てやってきた。それは、間違いだったのか? 私は、私の為したことは……一夏にとって邪魔なものでしか……なかったのか……?」

「それは――これから答えが出る」

 

 いつも携えているピースとは違うラベルのケースを開く。ピースの藍色とオリーブを嘴に咥えた鳩が刻印されたアルミ製の平たい缶の蓋を開く。150周年記念のプレミアム品の香りをしばらく堪能してから口に咥えてオイルライターの火を翳す。

 

「ふぅー……なあ、小娘。お前、8年前は何歳だ?」

「……18歳だ」

「そうだ。まだお前は18歳、まだまだ子どもだったんだよ。子どもが子どもを育てられるわけがないだろう? そして一夏少女もまた子どもだった。

 子どもが親の心や気持ちに気づくことができるのはな、子ども自身が人の子の親となってからでしかわからないし理解できないし納得できないんだ。織斑一夏少女は今年でようやく16歳だ。まだまだケツの青いガキなのだよ。理解できない、納得できないことは受け入れられない。まだ16歳なんだ、自分本位なのはよくあることさ。

 ……先達として言っておこう。これからを良くしたいのなら、腹を割って話すことだ。あとは……子どもが本当に必要としているのは傍に居てくれることなのだからな」

「……できるだろうか……今までずっと、ろくに面倒も見ていないのに」

「見れていない分これからしっかりと見てやればいい。一夏少女の生き方を認めて、その上で間違いがあれば正してやればいい」

「また一夏に拒絶される……おそらく……絶対にそうなる」

「16歳など反抗期の延長上だ。自立心が強くなり始め、己の言葉に棘を巻きつけて武装しようとする。そのくせ冷たくされると構ってくれと癇癪を起こす。子どもと大人の中間に入ったばかりの年頃なんぞそんなものだ。一度二度言われた程度でくじけるな。いい年した大人未満が情けないぞ」

「大人、未満……か」

「そうだ。さっさと乗り越えて大人になれ。そうとも、大人は楽しいぞ。ああ、今日も暇で煙草がうまい」

「ナタリヤ大佐、今おいくつで?」

「女性に年を尋ねるのはご法度だぞ」

「ふっ、小学生みたいな“なり”でよく言えるものですね」

「――いいじゃないか、その笑い方。そのくらい柔らかく笑えれば、あとはすぐだ」

 

 吹っ切れた、憑き物が落ちたと言うべきだろうか、織斑千冬は先ほどまでの苦虫を噛み潰したような表情を捨てて、どこか腑に落ちたような表情で屋上のフェンス越しに水平線を見やる。

 薄らとかかっていた雲も晴れ、ただ二色の青が支配する世界を眺めていた織斑千冬は不意にこちらに向き直って言う。

 

「一本だけ、もらえませんか」

「――――誰がやるか、と言いたいが……一本だけだぞ、悪ガキめ」

「ああ、箱じゃなくて缶のほうを」

「そうかよ、くそったれめ!」

 

 クソッ! 抽選で数量限定の特別仕様なんだぞ! それをさも当然のように寄越せとは! この図太さをもう少し家族関係に生かしやがれ!

 

「ほら、さっさとしろ」

「……あの、火は?」

「こうすればいい」

 

 半ばまで吸い終えた私の煙草の火を彼女が口にした煙草に押し付けて紫煙を吸い込む。ぢり、ぢりと燃え移る火種の熱が大きくなる。

 体格差も大きいこともあって、背中だけ見れば織斑千冬が私にキスしてるように見えないこともないが……まあよかろう。

 

「味わえよ。金では買えない価値ある品なのだからな」

「ゲホッ、ゴホッ、こほっ、ぐっ、これは……きつい……!」

「10ミリならこんなものだ。全部吸い切れよ、“織斑千冬”先生」

「――――善処は、します」

 

 不意の呼び捨てにあっけらかんとした顔をした彼女はその意図を読み取ったらしい。

 僅かに緩んだ口元から流れる紫煙。指先に携えた芳しい煙草。戦士としてではない、人としての優しい笑みを浮かべる彼女。……第二回大会以来、随分と大人びた顔をするようになったものだとつくづく思わされる。

 




オリ主(♀)×一夏ちゃん(♀)もいいけど、原作キャラとも百合百合させたいです。

お互いに依存しあっているのに気づいていながら離れられないような、甘くて毒々しい爛れた百合もいいものですねぇ…。くふふふふ
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