インフィニット・ストラトス 少女たちの傷跡 作:きゃすたー(7mg)
彩夏「私が傍に居る。一夏は私が守ってみせる!(キリッ)」
一夏「彩夏ちゃん……(トゥンク)」
一同「ハアーックサ!!机をふいたら逆にクサくなるクサふきんよりクサッー!!(唐突なクサいセリフに耐え切れなかった)」
※11/4 改訂しました。そこそこ満足した内容になった。
「さて、四限の開始前だがクラス代表を決めるぞ」
……織斑先生、何故一限目にそれをしなかったのだろうか。
「そこぉっ!」
「あっぶな!」
突然目の前に迫った白色の
ガツン、と紙媒体が発したとは思えない衝撃音が過ぎ去って表面を確かめると粉々に砕けたチョークの破片と数ミリほど表面が凹んだ教科書の姿があった。
というか液晶パネルや立体投影画面の時代にチョークって。
「防いだか。いい勘をしている……だが余所見は感心せんな。実弾であったならお前は既に物言わぬ死体だ。この先IS学園に通うからにはいつ何時命を狙われるかわからないのだぞ。あまり呆けるなよ」
「……はい」
「他の者たちも同様だ。ISは最先端の科学技術であると同時に、テロリズムに結びついた過激な女尊男卑主義者にとっての
代表候補生を狙ったテロ事件なども世の中には起こっているのだ。授業中だろうと気を抜くな。ISに乗るということは相応のリスクを伴う……ナタリー教諭の授業で教えられただろう」
銃弾並みの威力を持ったチョークを投擲できる生身の人間のほうが危険だと思います。言い換えればそこらへんの小石でさえ頭蓋を砕くレベルの威力を発揮するということですし。
「では自薦他薦は問わん。クラス代表を志す者、あるいは相応しいと思う者は挙手するよう」
「織斑一夏さんがいいと思います!」
「右に同じです!」
手が挙がり推薦の声が上がる度に、段々と一夏の表情は険しいものになっていく。強気に見せていた凛とした表情は苦悶と失望で塗り固められていく。
それとは真逆に織斑千冬先生の表情はあまり揺れ動かない。しかし僅かに顔を顰め、どこか雰囲気は憂いを帯びたような困惑したような目線を時折ちらちらと廊下のほうへ向けている。
「織斑先生」
す、と白磁の陶器のような指先の手が真っ直ぐに挙がる。セシリア・オルコットは先ほど見せたようなお綺麗な微笑みではなく、口をきりっと結び、鋭いナイフのような視線を向けて訴えるように言う。
「自薦致します。クラス代表は1年を通して顔役を務めるものであると存じています。私は英国の代表候補生であり、何よりもクラスの代表に相応しいIS操縦者としての実績があると確信しております。
織斑一夏さんは確かに象徴としては十分だと思われますが、今まで操縦者としての訓練の経験はありません。……操縦者としての実力は不十分かと思われます」
「……なるほど……わかった。さて、どちらが代表に相応しいのか……」
腕組みをし、右手で口元を押さえるようにして織斑先生は考え込む。しかし目線は相変わらず一夏を見て廊下を見ての繰り返しだ。
「……では、一週間後に模擬戦を行ってもらう。その結果を見て判断する」
「あのヘタレめ!」と舌打ちする声が廊下から微かに聞こえる。同じように聞こえている者も居たらしく、皆一様に廊下のほうへと顔を向けている。ナタリー先生という架空の人物の演技ではなくナタリヤ大佐の地が出ているあたり苦労しているらしい。
「まったく! どうしてあそこで悩む必要がある!? たかが学級委員の一つを決める程度で模擬戦だと? 馬鹿馬鹿しい! ジャンケンをするなりくじを引くなりで決めれば済む話だろう!
セシリア嬢は自分の経歴に箔を付けたいのだから思い切っていっそのこと預けてしまえばいいというのに!」
廊下にカツカツと響くヒールの音がやけに大きく感じる。きっと織斑千冬の煮え切らない対応に腹が立っているせいに違いない。
不意に視界の片隅に映った“着信”の二文字。
「ナタリー、緊急の案件よ」
「……ああ、今度は何があった? テロか? 反乱か? それともミサイルでも飛んできたか?」
「いいえ。アヤカが国連のIS操縦者だという情報が漏れてるわ」
「――事実なのか? 状況は?」
「ええ。かなり不味いわ。タートル・ベイの電話回線はパンク状態だし、
一応私がカバーストーリーを策定してみたけど、気になる点があれば言って頂戴。すぐ修正するわ」
「わかった、すぐに向かう」
どうなっている? アヤカが国連の養成したIS操縦者であるというのはごく最近に採用された表向きの経歴の案の一つであるはずだ。しかも公表時期は半年以上も先の予定だった。
アヤカはIS学園入学に際して元々所属していたミーシャの非正規戦部隊から異動して、ストームチームの提案した養成プログラムの被検体という扱いになっている。北條彩香は国連の軍施設へ立ち入る関係上で便箋上国連軍のIDを与えられただけの一般人であるとされている――もちろん非正規戦部隊所属だった事実は無かったことになる。本人にそう認識しておくように説明も行ってある。もちろん漏洩しないように全力を尽くした。
だというのにこうも早く情報が漏れるというのはどういうことだ? 何故、どこからこの情報が広まったのだ?
「すまない、待たせた」
トン、トントン、トン、と一定のリズムで寮監室のドアをノックする。返事を待たずしてすぐにドアを開いてリビングに入ると美しいブロンドの髪と映画俳優さえも羨むスタイルを備えた美女が椅子に腰掛けて書類とラップトップPCを前に格闘していた。彼女の澄み渡る水底の如く深い光を湛えた青い瞳が私を捉えると、彼女は一枚の用紙をすらりとした指先でつまみあげて見せてくる。
「ミーシャ、これがそうか?」
「ええ、これがアヤカのカバーストーリー。もちろんタートル・ベイのボスとも話をしてある。タートル・ベイは今“試験部隊以外のIS操縦者を隠蔽していたのか”だの“国連は独自のIS戦力を隠し持っていたのか”だの拡大解釈されたような質問責めの嵐の真っ只中よ」
「十中八九IS委員会の息がかかった連中だな。リークしたヤツがどこのどいつかは知らんがタイミングの悪い……。
しかしアヤカを“国連代表候補生”として公開し、“次期モンド・グロッソ”に出場させる、か……思い切った方法だな」
「それは今後の話ね。問題なのは今日までの部分のカバーストーリーのほうなの。
アヤカはペルーでの人身売買事件の後にナタリーに引き取られて以降、国連軍の施設でストームチームが作成した養成プログラムに参加。施設への出入りの簡略化のための軍の仮IDがあるだけの一般人。そして3年間の訓練を経てプログラムの成果を出すためにIS学園への入学が計らわれた」
「……そして行く行くは国連代表候補生へ、というわけか。アヤカは軍人ではなくあくまでIS操縦者であることを強調して、彼女が国連の軍とは無関係であることを示すわけか」
「そういうこと。便箋上とはいえ上官はIS技術査察官の私にしているけど、プログラム監督官にナタリーを据えてあるわ」
「フム……まあこれくらいしか望める案は無いか。しかしアヤカの経歴は9歳から12歳までカルテルに育てられている空白期があるぞ。ここをどう埋める?」
北條彩香の15年の歳月のうち、3年もの空白期が存在しているのだ。例えミーシャが先ほど提示した案をIS委員会が受け入れたとして、この空白についての追求は免れないだろう。
「そこは素直にいくことにするわ。祖母の元を訪ねて渡った先で人身売買組織によって拉致されたアヤカはペルーにある麻薬カルテルの経営する非合法の軍事キャンプで11歳まで育てられた。その後ベネズエラのコカイン輸送路を移動していた車両を強襲した際に彼女を保護。
しかしコカインへの依存症があったためコロンビアにある国連の更生施設に収監され、更生後の訓練成績を鑑みて操縦者候補に選ばれたってね」
「おおむね正しい内容というわけだな。オマケにお涙頂戴まで加えた上に国連の麻薬撲滅運動までアピールか。随分とてんこ盛りな経歴書だ」
「盛り上げれば盛り上げるほど真実は見えにくくなる。丼モノが大盛り、特盛り、メガ盛りギガ盛りとサイズアップするごとにご飯が見えなくなっていくのと同じことよ」
「その例えはどうなんだ……まあアヤカが表側の世界に戻れるのならなんでもいいがな」
とにもかくにも表向きの社会へ向けて公表できる“北條彩香の経歴書”としては不備は無いだろう。彼女が非正規部隊で戦争に参加していた証拠になりうる書類やデータは最初から空白欄だから問題ない。消したわけでも黒塗りしたわけでもない。最初から何も書かれていない……まさに“
「で、アヤカに説明はするの?」
ミーシャはいやに真剣な面持ちで私に問いかけてくる。温かいカップに注がれて差し出された黒い水はやけに私の顔をはっきりと写し取っている。
「正直言えば……迷っている。全てを教えればアヤカは己に掛けられた嫌疑を払拭し、国連の面子を守ろうとするだろう。私やミーシャに恩義を感じているあの子は負けん気の強い子だからな。
正義も悪も理解して飲み干せる度量はあれど、不条理を許すような子じゃない。自らの正義感と信念を信じて行動するはずだ」
カップの中で揺らぐコーヒーの水面。そこに映し出された私の顔も揺らいでブレる。心がやけにざわめく。これはきっと何かの前触れなのだ。
「そしてきっとアヤカは私たちの提案を受け入れる。世界が望むままに戦い、己を救い出してくれた私たちや他の者達の潔白を証明するべく戦おうとするだろう。私たちはアヤカのIS操縦者としての腕を見込んで人殺しをさせてきたというのにだ。
このまま真実を伝えれば彼女は自ら戦争のしがらみに囚われることを望んでしまう。カバーストーリーを織斑姉妹に伝えて国連を“支持させれば”世論の風潮も後押しするだろうから……アヤカの立場は守られる。だがアヤカの未来はまたしてもISに縛られる! 代表候補生として、その後は育成指導に、その次はアドバイザーとして……何年も何十年もISに縛られてしまうことになるだろう。
私は大義を持つ側とはいえアヤカに殺人を行わせてきた……許されざる者だ。親などとおこがましい。だがそれでもあの子はまだ子どもだから……表側の世界に戻ってしあわせになってほしい……そう願うのは……ただの傲慢なのだろうか」
「貴女はアヤカを子どもだと言うけれど私はそうは思わないわ。
あの子は貴女を見て、背中を追って、傍に居たいと願ってきた。戦場で共にISを駆って背中を合わせて生きてきた。けどそれは私たちも同じなの……同じ赤い血を流し、等しく死の雨に晒され、肩を寄せあって死線を乗り越えてきた。
貴女がアヤカに事実を伝えても伝えなくても、私たちはナタリー……貴女の答えを支持するわ。その上で言っておくけど――アヤカは、貴女が思っているほど弱くない」
「――――ハッ、クッ、クク、ハハハッ! ああ、私はやっぱりバカ親だ。子どもを信じられもしないくせに何が“親などとおこがましい”だ! 親を気取るならせめてあの子を信じることくらい当然のハズなのに!」
ああ、真に愚かだったのは私だったか。あの子がいつまでも子どもだと思って、守らなければ育てなければと考えて、あの子の強さを信じてやれていないだなんて!
天を仰げばそこにあるのはただの天井。伸ばせば届きそうな、しかし手を届かせることは容易ではない場所。それなら私が踏み台になろう。足場となろう。この血肉をアヤカが幸せを掴むための礎として使い果たそう。
「決めたぞ。アヤカと織斑姉妹にこの件は伝える」
「……いいのね?」
「とはいえ限定的な部分だけだ。要点は“北條彩夏の空白期間”と“国連代表候補生”の部分だけだ。IS委員会の絡む裏側の話は一切伝えない。そこは“我々”の領分だ。あの子には“表側”にだけ注力してもらう」
「わかったわ。じゃ、ボスに繋ぐわよ?」
「頼む。なに、事務総長殿とてかわいい孫のようなアヤカのピンチに何もしない男ではないよ」
北條彩夏に国連代表候補生としてIS学園で過ごしてもらうにしてもまずはIS委員会や各国の追及を逃れ、今現在の彼女が誠実な精神の持ち主であることを証明しなければ。
流石の私でも知人である織斑姉妹を騙すのに多少罪悪感は感じることになるだろうが、相手は所詮リベルタリアを気取った政治屋どもだ。自らの懐を磐石にせんがために利潤を求めて食指を伸ばすだけの存在などいくら騙しても良心は痛まない。
まずは北條彩夏が潔白であると委員会の豚どもに思い込ませる。そして国連代表候補生として登録しておけば後はアヤカがIS学園でそこそこの成績を取ってくれるだけでいい。その上でまだ迫ってくるようならブリュンヒルデのネームバリューを……織斑千冬を利用してでもアヤカを守って見せよう。真実などいくらでも捻じ曲げて書き換えてやるだけだ。
その間に起こりうる裏側の問題を私たちだけで全てを被り、全てを解決していく……それがアヤカの未来を、自由を保証することに繋がるのだ。人殺しを教唆し、自由を奪ってきた私は間違いなくクズだ。だけどそんなクズにだって、一つの譲れない矜持があるのだから。
せめて我が子の未来を守ること。それこそがどうしようもないほど人殺しに染まっているクズである私にできる……たった一つの解答だ。
「それで、自信はあるの?」
「……それってどっちの? 操縦できるかどうか? クラス代表ができるかどうか? それとも学校でやっていけそうかってこと?」
食堂でパスタをフォークで延々とぐるぐる回し続ける一夏を見て問いかける。彼女は気落ちした様子で今日一番のため息を吐いて再びパスタをぐるぐると巻きつけ続ける。
教室を出るなりナタリー先生に“食堂で!”と書かれたメモを渡されたときは何事かと思った。何か面倒なことなのだろうという予感から四方を壁で囲まれた個室を選んで逃げ込んだが、掃除を終えたばかりらしい個室を選んで正解だった。ここなら面倒事に巻き込まれることもないだろう。
それにストレスのはけ口さえ無いままでは一夏の精神は完全に参ってしまう。
「両方かな」
「コレ見ればわかるけど操縦は全然ダメ……けどブリュンヒルデの妹だからって物珍しさでこんなものまでやらされる。ホント
朝日が昇るにつれて沈んでいくお月様のように、彼女のテンションは急降下し続けている。一夏からさりげなく手渡された適性検査結果の表を見たものの、私が大佐から見せてもらったものとそう変わらない。
「妹だからって天才なわけじゃない……そんなのわかりきったことのハズなのにこんな扱いばっかり。さっさと転校届け出したいくらい居心地は最悪」
「……けど転校したところで世界はそうは思わない。日本の片田舎の普通の高校に可能性の塊が転がっているってなればきっと何かしら手を出してくるよ」
「それって私のこと? そんなものあるわけないのに?」
「言ったでしょ一夏。“世界はそうは思わない”って。例え自分が大した人間じゃないってわかっていても、世界はそれに“すら”価値を見出そうとする。
ブリュンヒルデの血縁っていうことはそれだけで値打ちがあるの。人質でもいい、DNAでもいい、ぶっちゃけた話すると一夏の新鮮な卵子が一つ二つでもあればいい。本人が居なくたってべつにいい。
そこからクローン培養でもなんでも使ってブリュンヒルデを再現する……優秀なIS操縦者を量産することができるための近道になるならなんでもいいのよ」
バンッ、と一夏の手がテーブルを叩きつける。塩の入った小瓶が転がって蓋が外れ、小さな丘を築く。
「そ……そんなの犯罪でしょ! こんな酷いこと、人道も倫理も無いじゃない! そんなことしなくたって操縦者なんていっぱい居るじゃない! だいたいそんな無茶苦茶なひどいことする国なんて――」
「無いって言い切れる?」
「――そ、れは……それは……」
「私も国連軍の資料で見ただけだけど、第二回モンド・グロッソの決勝戦当日に誘拐事件が起こったらしいわ。世間には何も公表されてないみたいだけど、国連軍IS部隊とドイツ陸軍のIS部隊に加えて
こんな国際大会に乗じて誘拐を起こすほうも起こすほうだけど、ISが数機投入された上に対テロ部隊まで動いていたとなると、相手はISを所持している国家あるいは組織……もしくはVIPが攫われたか、というとこじゃないかな」
「まさしくその通りだ」
不意に聞こえたのは聞きなれた声の主。懐のガバメントへ手を伸ばすより早く、銀色の影が私の腕を掴んで動きを留める。
「ナ……タリー先生」
「……姉さ……織斑先生」
銀色の髪に翡翠のような瞳の色。小学生に匹敵する
その後ろにはばつが悪そうにしながらもトレーを両手で持った織斑先生の姿がある。
「ナタリー先生……なんでここに? それに織斑先生まで?」
「そう都合よく個室一つが空いているなど有り得んよ」
「……ハメられたわけですね」
「ククッ、ご明察。まあ積もる話もあるので人払いをさせてもらったわけだ。IS学園の貴賓室や会議室では盗聴の危険性が高い。だが食堂であれば他の生徒の話し声や歩く音、調理の音などでノイズが混ざって聞き取りにくくなる。それにミーシャに妨害を頼んでいる。何ら心配いらん。今のこの個室はそこらへんの密室よりも強固なセキュリティだ。
織斑先生はアヤカの奥に。私は一夏嬢の隣だ。お互い逃げるのはやめて向き合って話をしようじゃないか。いいかなご両人?」
少女らしいあどけない笑顔であるがこのヒトはこれで既に成人だ。その笑顔の下にどんな腹黒い権謀術数が隠されていることか。
「すみません、ナタリー先生。私たちは終わりましたので失礼致します」
「まあまあ……少し腰を落ち着けよう一夏クン」
「すみません、授業の準備がありますので失礼致します。先生たちでごゆっくりどうぞ」
「次の授業はただの数学の授業だ。そう急く必要も無いはずだぞ」
「…………ナタリー先生のお誘いのお気持ちはとても嬉しく思います。彩夏ちゃんも交えて歓談致したい気持ちはありますが、すみませんがどうも気分が優れないのでこれにて失礼致します」
一夏はどうやら諦めるという言葉を知らないらしい。ナタリヤ大佐にハメられたらもう抜け出せない。既に食堂の一画は閉鎖中だろう。私たちにできることは腹を括ってこの保護者混みの面談が一刻も早く終わるのを祈ることだけだ。
「一夏嬢よ、キミが何を思っているか私も想像がつく。だが今この場の一時だけでもその思いを飲み込んで、私のワガママに付き合ってはくれないだろうか。アヤカのことも詳しく話しておかないといけないしな」
「彩夏ちゃんの……?」
いや待て、待ってくださいナタリー先生。いきなりどうして私の素性なんかについて語り始める必要性が? そんなものは後でいいハズなのに。
ナタリー先生から放たれる視線は普段の飄々としたものとは違うものを感じる。そう、いつも感じていたはずのあの感覚。戦場に立つときのあの人が持つ狩人の目だ。
「ああ、重要な話だ。彼女が8年間どうしていたのか……キミはそれを知るべき人間だからだ」
「……わかりました」
渋々といった様子で一夏は席に戻る。ああ、どうしてそう興味津々なんだろう。何故私の過去なんかに興味を持ってしまったのか。
正直言って聞いていたって面白い話ではない。むしろ話し手も聞き手も気落ちしそうなほどだ。世界の悪性と人間の醜さを混ぜ込んで煮詰めたようなお話など一夏に聞かせるべきじゃない。あの子にはそう、もっと平和な世界こそが似合うのだから。
「感謝する。ほらさっさと座るんだ織斑千冬
「あ、ああ……失礼する……」
「手前に座るな。奥に座れと言っただろう」
「ぐっ……わかった」
すまない、と何度も謝りながら織斑先生は奥の席へ座り、まるで死期を待つ死刑囚のような、真っ白に燃え尽きたような不穏なオーラを垂れ流す。食事中でさえその空気が消えることはなかった。
それに対するフォローも何も無いままに、食後のコーヒーを飲み干したナタリー先生は語り始める。
「さて、北條彩香はキミと離別した後アメリカへ渡ったのだが、その直後にどこかへ拉致されて非公式の軍事キャンプに送り込まれたらしいのだ」
「……え? ぐ、軍事……キャンプって?」
「簡単に言えば少年兵を育成する施設だ。元締めは麻薬カルテルで、そこの潜入捜査で潜り込んだ際に私はコイツを見つけた。で、コイツを買い取って国連軍の保護下に送った後で麻薬カルテルを潰した。亡霊の如く静かに、全てをな」
正しく。ペルーの麻薬密売組織に買われ、少年兵を育てるスクールに入れられて、
そうしないと私は生き残れなかったからだ。殺せないなら、死ぬしかないのだ。
「…………あ、彩夏……ちゃん、が……?」
「別に教えるようなモノじゃないのに……」
「そうも言っていられない状況なのだよ。一刻も早くお前の立場を織斑姉妹に認知してもらわなければならなくなったのだ」
「……何やら深い事情があるようだが……?」
「ナタリー先生……それって私たちにどう関係するんですか?」
「織斑姉妹もよく聞いて欲しい。北條彩香は実は次期モンド・グロッソに出場する予定の代表候補生なのだ」
「……あの、大佐……公表していいんですか? もっと先の予定だったんじゃ?」
あくまでこのカバーストーリーは何ヶ月も先にひっそりと公表されるものだったはず。……何か裏があるのだろうか? 少なくともなんの意味も無く前倒しされたワケではないはずだ。
ハァ、と深々とため息をついたナタリー先生はカップを手に取り一口だけ口をつけて言う。
「だから言っただろう? そうも言ってられないとな。公表の前倒しが決定されたので織斑先生と娘の幼馴染である友人にも一報入れておくべきだと思ってこうして場を整えさせてもらったワケさ。で、代表候補生といえば何かと疲れる仕事だ。……どうかこの子を支えてやってほしい。
知ってのとおり時々素直じゃないし、頑固なところもある。だが心根の優しい女の子なんだ……」
や、優しいとか有り得ない……むしろ無慈悲に殺す側の人間なのに。そりゃあ部隊の仲間は家族のようなものだから、彼らや一夏を傷つけるような輩は許せないけど……少なくともそれだけで優しい人間というのは早計な気がする。
一夏はというと息を呑んで少し俯いたものの、すぐに顔を上げてナタリー先生に向き合って言う。
「ナタリー先生、私は彩夏ちゃんを信じます。ずっと会えないままだったしお互いどこがどう成長したのかもまだよくわかってないですけど、彩夏ちゃんはあの時と同じで優しくてとっても誠実な人なんだって信じられます」
「スパシーバ……ああ、ありがとう……これなら何も心配いらなさそうだ」
フーッ、と先ほどとはまったく違うため息。安堵した、という感じのにじみ出たその様子に感化されたのか、一夏も何か吹っ切れたような顔でこちらに向き直る。
「彩夏ちゃん、私……クラス代表……やってみようと思うの」
「……本気で?」
「うん、本気で。……彩夏ちゃんが国連の代表候補生だって知ったときね、私……ちょっとだけなんだけど……彩夏ちゃんが羨ましかったの。きっと彩夏ちゃんだってすっごくたくさん練習したから代表候補生になれたんだっていうのはわかってるのに。……私は彩夏ちゃんみたいに適性が高いわけじゃないから難しいんだってわかってる。
彩夏ちゃんがセシリアさんに言い返してくれたとき……私は言い返すこともできなかったでしょ。……それが……すごく悔しくて、でも……どうせ無理なんだって思ってたの。
けど、けどね……いつまでもそんなんじゃダメなんだって……さっきナタリー先生から彩夏ちゃんのことを聞いてそう思ったの。私が強くならなきゃ……きっとああいうことをずっと言われるんだと思う。表立って言われなくても、裏でずっとこそこそと囁かれる。そのとき彩夏ちゃんまでバカにされるのがもっと悔しい!
彩夏ちゃんは私なんかよりずっと頑張っていて、誰にも文句を付けられないくらい立派な人なのに! 私のせいで、彩夏ちゃんがバカにされるなんて……それだけはイヤなの!」
私よりも一夏のほうがずっと心優しい人じゃないか。わかりきっていたことだけど、一夏は自身にとって大切な誰かを守るために全力を尽くせる女の子だ。掛け値なしに、ありのままの相手を見て本気で向き合ってくれる子だ。
「……織斑先生、一夏嬢に指導を行えるか?」
「すまないが……私は直接的に指導できるのは授業くらいなものだ。特別に講義を行うとなると……他の生徒との間の公平性にズレが出てしまう」
「ハァーッ……だよなぁ」
「だが、講義以外での便宣を図る程度ならできないわけではない。演習場の使用許可や機体の利用、講義を行える人材の選抜……そういったサポート面でのことなら任せてほしい。射撃に関して言えば山田先生が適任だろう。ああ見えてヴァルキリークラスの銃の使い手だからな」
「姉さ……織斑先生……」
「うむ……ならそちらを頼もう。問題は近接戦闘か……」
わざわざ言い直すあたり根は深いらしい。姉さん、と呟きそうになってキャンセルからの先生呼びである。きっと織斑先生も平然としたような顔の裏で嘆いていることだろう。
「ナタリー先生、多少ですけど剣の心得ならあります。……本気でやってたわけじゃないので、そんなに強くもないですし……腕も鈍ってます。けど、四日……いえ三日で勘を取り戻してみせます!」
「フム……流派は?」
「篠ノ乃流という流派です。古武術の系統なので剣道というより剣術が近いですけど……」
「――篠ノ乃流? すると一夏嬢……いや織斑姉妹は篠ノ乃束と面識があるのか?」
「…………まあ、一応は、な。もう長いこと顔も見ていないが」
「篠ノ乃箒……あのポニーテールの女の子とも知り合いです」
ナタリー先生の目つきが変わる。ただの一介の先生から、軍人としてのナタリア大佐へと気配が立ち戻っていく。ほんの一拍あるかどうかという瞬間に教育者の殻は脱ぎ捨てられて冷酷無比なオオカミが顔を覗かせる。
しかしそれはあくまで微かに動揺がにじみ出たようなものでしかない。すぐに元の冷静さを取り戻して言う。
「そうか、武術の経験があるのなら多少はかどるだろう。機動技術と近接戦闘術は同じ時間をとって進めるとしよう。……ま、一先ずはこのくらいか。しかし授業以外でサポートするにしても時間はあるのか? お前のネームバリューからすると忙しいばかりではないか?」
「そうだな……確かに忙しい。だが……妹がやりたいと言うのだから、その……手助けするのが…………か、家族の……姉の、つ、務めだからな」
「チッ、ヘタレが」
一夏を見てみると眼を点にして唖然とした表情で自分の姉に視線を向けるだけだ。“なんだこいつ”と言わんばかりにポカンとした表情はいっそ間抜けささえあって、こういうのは失礼だけど笑ってしまいそうだ。
対照的に織斑先生はというと顔を赤唐辛子レベルで赤らめて、終いには火が吹き出るのではないかと思うほどの赤面ぶりだ。……普通に“妹のために”と言えばいいだけなのに、ツンデレというか、ナタリー先生の言うとおりヘタレというか……。
「ま、まぁ…………たまには、そ、そっ、その……今度夕食でも……どうかな……。学園に来る前はずっと一夏を……一人にしてしまっていたし……」
「結構です。家事に関しては人並みはできると自負していますので。ええ、もちろん、毎日、必死で、ご飯を作りましたから!」
……そんな織斑先生の振り絞った勇気は打ち砕かれた。無常だ。
いろいろ変わった点
織斑一夏
・レズっ気持ち
・若干ながら常識的感性を得る
・知性がアップ
・姉嫌い
・IS適正は劣悪
・割りと涙もろい
織斑千冬
・シスコン
・妹に関してヘタレ
セシリア
・原作よりもクール
・IS適正がアップ
・自信がアップ
・プライド高さがアップ
・嫌味っぷりがアップ
セシリア嬢の絡むお話になれば多分挽回できるはず。