インフィニット・ストラトス 少女たちの傷跡 作:きゃすたー(7mg)
女の子だもんね。仕方無いね。いきなりISの操縦だとか戦闘だとかぶっつけ本番でできるような才能があるわけでもないから、まずは武器に触れてみることや戦闘というものを体感してみるところから始まります。
一夏ちゃん、ハジメテの恐怖(意味深)
「……やっと終わった。ああ……すっごく大変だった」
寮の自室に届けられていた荷物の封を切ることさえも後回しにして、備え付けらしい豪奢な赤いアンティークソファへと身を投げ出す。ごくごく一般的な――それでも並の2LDKより良質だ――マンションのような寮に不似合いだが、このままベッド代わりに使ってしまってもいいのではないかと思うほど心地よい。
「失礼致しますわ。本日より同室になりま――あら……」
「……うわぁ」
ソファから身を起こして視線を向けた先にはあの英国の代表候補生、セシリア・オルコットの姿がある。
「貴女、国連の代表候補生でしたのね?」
「……それが何か?」
「いえ、まさか国連からこのようなサプライズがあるとは思っていなかったものですから。本国に問い合わせてみれば、なんでも今日の午後二時ごろに発表されたのだそうで」
セシリアの表情は余裕の笑みで満ちている。物静かな落ち着いた雰囲気の中で微笑を浮かべている……ただそれだけなのにその視線はギラついて、まるで捕食者のソレだ。
「貴女もご存知の通り、私はあの織斑一夏さんとクラス代表を決めるべく一戦交えることになっています。そこで明日肩慣らしに模擬戦にお付き合いいただけませんこと?」
「生憎ですが早々手の内を晒すつもりはありません。それに専用機もありませんから、ごく一般的な仕様の練習機が相手というのはセシリアさんにとって満足できる成果は得られないですよ。
その上私は一夏の幼馴染です……貴女の手の内が相手に知られると危惧しないのですか?」
「フフフッ、ええ……普通でしたらそうですわね。ですがこの身は英国の代表候補生セシリア・オルコットなのです。世に名高き連合王国の代表となるべくここに在るのです。で、あれば……隠し立てする必要などありませんわ。既に世に名をしられ、戦術を知られ、顔を知られているのです。
その上で完膚なきまでに勝利する……それがセシリア・オルコットですわ」
……まるで女王だ。一世紀を超える生涯のほとんどを王室に在って、死の際にさえ毅然とした立ち振る舞いを崩さなかったかの女王のような気高さを見せ付けてくる。
「改めて謝罪と自己紹介を。先ほどは侮辱的とも言える発言を致しましたことをお詫び致します。まことに申し訳ありません」
キッ、と表情を引き締めると彼女の猛禽のような視線が私を射抜く。そして深々としたお辞儀が十秒間、されどただの一度も身じろぎ一つ無く行われる。
「……顔をあげてください」
このまま何も言わなければ延々と頭を垂れ続ける。そう思って声をかけるとようやく彼女は頭を上げた。こうまでするということは本当に謝罪の意志があるということなのだろう。一夏のことを謝らないあたりは気に入らないが。
「謝罪は確かに受け取りました。私は北條彩香……国連代表候補生です。ルームメイトとしてよろしくお願いします」
「ありがとうございます。私、セシリア・オルコットと申します。英国の代表候補生です。こちらこそよろしくお願いします」
最悪の関係性にはならなかったけれど、ギクシャクした関係はしばらく続くだろう。……もうこれ以上のトラブルは勘弁して欲しいところだ。
一夜明け、まだ慣れない制服の袖を通して授業を受ける。クラスメイトとの他愛の無い会話にも少しリズムが追いついてきたというのもあるが、何よりも昨日に比べてゴタゴタとした問題が続出することが無いというのが非常に気楽だ。
お陰で授業の終わりまでの体感時間が非常に早い。とは言ってもこの後は一夏の自主練に付き合う予定だからまだ一日は終わりではない。
一夏は道着に着替えて長い黒髪を一束ねにしてポニーテールにしている。私は軍人時代と変わらず青色の都市戦闘用の
「ねえ彩夏ちゃん?」
「何? いいから構えて一夏」
「なんで道場に居るの?」
「言ったでしょ? 今日はまず一夏の剣の腕を見て、勝負勘を取り戻すの」
「彩夏ちゃん、そのナイフって本物だよね?」
「うん。国連軍正式採用型のコンバットナイフ。ライフルに取り付けて銃剣みたいに使えるタイプだね。全長は柄を込みで28センチ。刺突が重視されてるから腹部に突き刺さればほぼ確実に臓器を切り開いて相手を殺せるよ」
「なるほど……じゃなくて私木刀なのにそれ本物だよ!? なんで命の危険に晒されるの!?」
「うん、まずは“あ、コレ死んだな”っていう感覚を覚えないと。でないとどの攻撃が危険なのか察知できないよ」
「覚える前に死んじゃうよ! ISの勉強なんじゃなかったの!?」
「動作確認からするから大丈夫だって。私が仕掛ける攻撃に一夏がどう対処するのか、確実に死ぬ攻撃がどれなのかを見極めるのが大事なの。ISに乗っているならすぐに死ぬことは無いけど、生身で命の危険を知るのはいいことだよ?
それじゃ半分殺す気でやるから死ぬ気で捌いてね。ミスったら薄皮一枚切れるかもしれないけど」
「ひぃぃっ!」
どの攻撃が致命足りうるのかを判別し、相手が繰り出す攻撃にどう対処するか思考する。詰まるところ自分が死ぬと思った瞬間に恐れて硬直せず逃げることができる精神力を備えることが大事なのだ。人によっては危機察知能力とも言えるものだが、危険を察知できたところで行動に移すことができなければ意味など無い。
「ちょおっ!? ちょっ、まっ、はやっ――――ひっ!」
「はい1回目。それじゃダメダメだよ、膝が笑ってる。もう一度、今度はゆっくりで」
フェイントを混ぜてバランスを崩させてから首筋にナイフの刃を押し当てたり。
「足元がお留守!」
「きゃあっ!? いった、あっ――」
「8回目、ナイフを怖がりすぎ。警戒しすぎて私の手足の動きを見れていない」
ブルブルと怯える一夏の足を払い、後ろに尻餅をついた一夏の額に切っ先を突きつけたり。
「くっ……こ、のぉーっ!」
「見えてる。剣が真っ直ぐすぎ」
「――へっ? うっ!?」
「19回目、剣を払うのはナイフ一本あれば十分できる。安直に攻撃しない」
一夏が不意を付くように放った突きを、左後ろ腰のシースから抜いたもう一本のナイフで木刀の側面を弾くようにして軌道を逸らし、右手のナイフをスナップで逆手に。一夏の下腹部を突き上げるように柄頭を叩き込む。
虹色のキラキラで隠されること間違いなしの光景だけど、これが刃の部分だったら一夏は既に血を吐いているころだ。
今のところバケツに向かって“見せられないよ!”な状態だが。
……訓練とはいえ手抜きはできない。ISに乗ることは世界中から賛辞を受けることもある反面、憎悪と欲望の捌け口にされることさえあるのだ。そのためにありったけの憎悪を籠めて今の一撃を叩き込んだ。少し強すぎたかもしれないけど、痛みを伴う初体験さえ終えていれば二回目以降は存外すんなりと及べるものなのだ。
大事なのは最初のステップだ。一度引き金を引けば、二度目は最初ほどの抵抗を感じなくなるのと同じことだ。
「……彩夏ちゃん、ゼェ……ハァ……さ、さすが、に……さっきのはヒドいよ……ウゲェェ……」
「ゲロった程度でうずくまらない。それじゃ戦場で真っ先に死ぬよ?」
「わ、私って……ISの練習……してるんだよね?」
「当たり前でしょ。銃を怖がっていてISに乗れる? 相手のブレードを見て怖気づいて帰っちゃう? 一夏は本物のナイフで怖がってるけど、少しずつ反撃だってできるようになってるじゃない」
「……これって、本当に意味があるの? ISに触ってもいないのに効果があるのかなぁ……?」
「うーん……どっちかって言うと技術じゃなくて精神面の問題克服のためだから実感は無いと思う。
ISもナイフも同じ、人を殺せる武器でしょう? 一夏は普通の女の子なんだから、相手がナイフを持って威嚇してきたりしたときに及び腰になるのが普通だよ。けど何度もナイフを持った相手に対処するシミュレーションを繰り返していけば対処法を直感的に理解して相手の攻撃から逃れる方法が見えてきたでしょう?
まず一夏に必要なのは“武器を持った相手に立ち向かえる度胸”……っていうところかな? 実際にある程度反撃もしてくるようになったし、最初より死亡判定までの時間も長くなってきてるよ」
「……だといいんだけど」
「大丈夫だって、訓練は実際の武器を使うほうがよっぽど身に付くんだから。世界中の特殊部隊なんかは通常の訓練で実弾を使うトコだってあるんだよ?
ナイフ程度で怖気づいちゃダメだよ。ましてや私たちが使うのは最先端の兵器だし、銃弾もナイフも全部誰かを殺すことのできる武器なの。それがどういう恐怖を伴うもので、どのような結末を齎すかをちゃんと使い手は理解しなきゃいけない。それも知らないでお遊びのようにISを使うなんて……私は絶対に許さない」
一夏の顔色は優れない。もちろん昼食を丸ごとバケツに放り出してしまったせいもあるが、一夏の一番問題になっている面は自信がないこと。プライドと言えるものが稀薄なのだ。
姉はブリュンヒルデとして世界的に名の知れた存在である。そして妹である一夏は常に比較され続ける。それがずっと続いている上に、ISの操縦適正は劣悪で並みのIS学園入学者と比べても低い傾向にある。
……一夏が覚悟を決めて一歩を踏み出したことは嬉しいことだ。けれど同時に一夏は今まで以上に傷ついて、それでも足掻いて前に進もうとするのかもしれない。ともすると道半ばで心折れることさえもありえる。
けど一夏が私を頼ってくれることがすごく嬉しいと感じている自分が居る。彼女が必死で私なんかを守ろうとしてくれたことに喜びを感じているのだ。自分の中にある庇護欲が満たされ、同時に彼女への保護欲が刺激されてくる。
そっと背中を抱き締めて耳元で、戦わないでいい、やめていい、私に任せてと呟いて、彼女の肌の温もりと共に堕落してしまいたい。
それは確かに背徳的で快楽的で素晴らしいが、一夏の願いを無為にする行為だと判っている。彼女は今自分の足で踏み出そうとしているというのに、それを引き止めてしまうなどあってはならない。
一夏は強くなりたいと願った。その意を汲んだナタリー先生と織斑先生が提案した即席の訓練プラン。その第一歩として乗り越えるべき壁となることを、私は自ら買って出たのだ。全ては彼女が望んだ強さを得るために。
そのためなら何も厭わない。殺意をぶつけてみせよう。狂気を振り撒いてみせよう。彼女にとって“あってほしくない”こと……友人である私に憎悪を向けられ殺される幻想さえも作り出してみせよう。
「精が出るな二人とも」
道場の入り口に目を向けると、そこには普段のスーツ姿とは打って変わった姿で木刀を手にしてこちらを見る織斑先生の姿があった。一夏と同じ道着で長い黒髪を背中のあたりで一まとめにした姿は……一夏が大人になってより凛々しくなったらこうなのだろうというイメージが具現化したようでさえある。
イヤイヤそうに一夏はバケツから顔を離し、濡らしたタオルで口元を拭って言う。
「……織斑先生どうしたんですか?」
「特に何も無い。……たまには剣を振るわないと腕が錆び付くのでな。一夏……どうする?」
「――お願いします」
躊躇い無く一夏が応える。防具など一切身につけないままにすぐさま木刀を構えると、織斑先生は道場の中央に立って木刀を切っ先を水平よりもやや低く構える。どこか顔がニヤリと笑ったような気がしたのは錯覚だろう。きっと。……そう思っておこう。
二人は太刀筋をなぞるように、打ち込みとは違うゆったりとした速度ながら……しかし素人では見切ることも難しい速度で切り結ぶ。一秒の間に二度三度の交錯をする木刀。防具もなく、しかしお互いに傷つくこともなく進んだ打ち合いは一夏が先生に右袈裟切りの位置で木刀を止めることで終わった。
「久しぶりに振ったにしてはだいぶマシだ。北條にしごかれたようだな」
「はぁ……ふぅ…………ええ、まぁ」
「なら次は全力で来い。……気を抜くなよ、木刀とはいえ死なないわけではないのだからな」
「――往きます」
一夏の可愛らしい顔が真剣さに引き締まる。まさに敵を見る眼で先生の姿を捉えた彼女は木刀を左腰に鞘があるかのように一度収めると、右足を半歩踏み出して抜き打ちの構えをとる。
同じように織斑先生も居合いの構え。互いにタイミングを読みあい、最適な呼吸を維持し、最大最速の一刀を以ってして打ち破ろうとしている。
「やあぁぁぁっッ!」
「ふっ……!」
荒ぶる烈風の如く気迫を込めた一刀を繰り出す一夏。対照的に涼しげで静謐、しかし澱みなく引き抜かれた織斑先生の剣戟がそれを受け止める。
切り結んだ刀身が離れると即座に織斑先生は右手首一本で刀身を翻し、左手はすぐに柄を掴みなおして唐竹を繰り出す。一夏はギリギリのところで反応して峰に手を添えて打ち込みを防いで受け流し、すかさず腕と手首を捻って逆小手を狙う。しかし織斑先生は狙われた左手を読んでいたとばかりに柄から手を離し、半歩退くだけで回避して見せる。
「なっ」
見事なまでに虚を突かれた一夏の剣は空振り、お返しとばかりに織斑先生の剣が一閃、二閃と繰り出される。どうにか持ち直した一夏が一撃、二撃と防ぐものの勢いは先生の側に傾いている。じわりと軽い打ち合いが立て続けに飛び出して押し込まれたものの、どうにかしていなしたところで一夏が反撃に出る。
逆風を回避されて突きを二回、それもいなされて間合いを詰めて袈裟切りに見せかけて腕と手首を回して右斬り上げを繰り出す。
お互いに押して退いて、木刀がバシンッ、ガツンと鈍い衝撃音を打ち鳴らしたかと思えばカンカンカンと小刻みに激しいビートを刻む。
「こんなものだな」
「…………ッ、ハァッ……ありがとう、ございました……」
「お前が感じた恐怖心を忘れるな。お前が将来ISに乗ったとき、お前が今日感じた恐怖は相手にも向けられるものでもある。自覚も無く恐怖を振り撒く存在など害悪でしかない。忘れるな」
構えを解いて無防備を晒した織斑先生は息切れ一つ無い。対する一夏は肩で息をするように疲れ果てて、左わき腹に木刀が添えられている先生とはまったくの対照的な姿だ。
僅かに十数秒。それだけの剣の応酬で一夏は100メートルを全力疾走したような大粒の汗を流している。
「間合いの取り方はそこそこだった。だが歩法が雑だ。そのせいで態勢を整えられず、何度か死んでいる場面もちらほらあったぞ。まあ今は勝負勘を取り戻すことだ。ISにしても剣にしても積み重ねることもせずに高みに上ることは有り得んからな。
それと、あの逆小手……よかったぞ」
「……ありがとうございました」
織斑先生、もしかすると近接戦闘の講師が居ないからって“自分の剣の鍛錬”を名目に来たんじゃないだろうか。……そう考えるとこの選択は姉妹仲を改善するための良い一歩になったのかもしれない。最期の必死に振り絞ったような褒め言葉も可愛らしく思えてしまう。
先生が去るや否や、一夏は道場の上で大の字で倒れこんで天を見上げた。
「あぁー……疲れたぁ……」
「お疲れ様。剣術ってスゴイね、普段もあんな速さで打ち合ってるの?」
「……そんなわけないよ。限りなく実戦に近い状態の打ち合いだったよぉ……もうやだあの姉……普通に殺気振り撒いてるし、オマケに何度も見逃されたし……何度かどころか十回は普通にカウンターで斬られてたよ……」
……ヘタレではあっても慈悲という言葉とは無縁らしい。つまりほとんどの打ち合いで織斑先生が本気で打ち返したら……一夏は十回以上斬り殺されていることになる。幼い時分にそれに立ち向かった一夏の勇気は一体どれほどのものか……。
「一夏、今度甘いもの食べよっか。私が奢るから」
「えっ? そ、それは悪いよ……自分の分くらい出せるから」
「いいの、私が奢る。……奢らせて」
一夏の苦労がこれで少しでも報われるのなら安いものだ。
織斑一夏とは何者なのか。何度だってその命題に向き合ってきた。けどその度に、私は……織斑一夏は……一体なんなのか、という結論に行き着くばかりだった。
小学生の時代、たった一人だけ私を理解してくれた友達……北條彩香が居なければ、きっと私は今この地球上には居なかっただろう。男のような精神を持ったまま、男にも女にもなれず、肉体と精神のギャップに磨り潰されて壊れていたのだと思う。
きっと彩夏ちゃんは覚えていないはずだ。あの夏休みの夕暮れに、田んぼのあぜ道を歩いて家に帰ろうとしていたときのこと。あのとき“俺が女だったらどうする?”と尋ねたときの自身の回答のことをもう記憶してはいないと思う。
“男の子だったらけっこんする! 女の子だったらずっといちばんのともだち!”と答えた彩夏ちゃんの姿は真昼の太陽のように輝いていた。
これが切欠だったんだと今でも確信してる。彩夏ちゃんが“どっちでもいいや”と言ってくれたお陰で、“俺”は“わたし”になれて、女の子の服を着るようになって、女の子として生きる方向性が定まったんだから。
どっちでもいい……それは何も考えていないように、まるで見放したかのような言葉にさえ聞こえるかもしれないけれど、あの時の私にとっては何よりも嬉しい言葉だった。男として生きたとしても、女としての道を選んでも、どちらに進んだっていい……自分が選んだ“織斑一夏”を肯定してくれる言葉だ。そう思えたから。
事実として、彩夏ちゃんはあのときからずっと私を男の子だったと思っていたけれど、今の私をちゃんと受け入れてくれた。……生きていてよかったと、初めて素直にそう感じられた。
「来たな」
「おまたせしました、ナタリー先生」
「よ、よろしくお願いします!」
「うむ、よろしく頼む。一夏嬢はもう少し気楽にするといい。肩肘張ったままでは銃などまともに撃てないぞ」
二日目の自主練になると、彩夏ちゃんにIS学園のアリーナに併設された射撃場に連れられてきた。
初日の彩夏ちゃんの目つきは本当に軍人のような目をしていて……ちょっぴり怖かった。けど訓練が始まるとそれはまだ序の口で、本当はもっと怖かった。
容赦なくお腹に一撃をもらったのはもちろん、本物の刃物を手にして向かってくる姿がまるでヒトの命をなんとも思っていないような無表情で……私はそんな彼女の奥底に仄暗いナニカを見出した。それを見て吐いた上に……危うく漏らしてしまいそうになった。これが鍛えられたIS操縦者……国家代表に近い人間の実力なんだと思い知った。
そして今日は彩夏ちゃんの師匠とも言えるナタリー先生に師事することになる。二度三度ほどしか顔を合わせたことがないけれど、なんと国連軍の大佐――どのくらい偉いのか知らないけど――なんだからきっとスゴイ人のはずだ。
私の肩ほどの背丈のナタリー先生はまるで小学生の見た目だけど実際は年上なんだそうだ。しかも彩夏ちゃんの母親代わりの人らしい。……少しはできるところを見せていかないと! 銃なんて触るのも見るのも初めてだけど……そっと触れば大丈夫! …………そのハズ!
「カラビーナー・アハトウントノインツィヒ・クルツ、通称Kar98kだ。第二次世界大戦当時はドイツ第三帝国が制式採用していた銃だ。一夏嬢、その手で持ってみるといい」
「なんというか……果物の詰まったバスケットより軽いですね」
ナタリー先生が射撃場の壁に飾られていた長い棒のような銃を手渡してくる。思っていたほどの重さは無く、日本刀よりもやや重いかという感触だ。
「そうだ。その重さがヒトの命なんだ」
先生の言葉が耳に届くと背筋を伝い全身を駆け巡る。頭の中で何度も何度も、勢いよく跳ね返るスーパーボールのように反芻されるごとに悪寒が増していく。
「そしてコレが銃弾だ。落とすなよ」
「……これが、本物……!」
「全部が飛び出すわけじゃない。先端の部分が少し色が違うだろう? この部分が撃ち出されて飛んでいくわけだ。先端の重さは……そうだな、11グラム前後というところか」
「たった11グラム……」
「そう、この11グラムの物体こそが死だ。脳、心臓、肺や胃や肝臓といった重要な臓器を傷つけられればそれだけでヒトは死を迎えることになる。
これはISの装備している銃に比べればオモチャのようなもの。されどヒトを殺めることのできるものだ。扱いには気をつけろ。間違って引き金を引こうものなら自らか、もしくは周囲の大切な誰かが死に晒されるのだからな」
たったこれだけ。掌に乗った棒状の突起物の先端の、たったこれだけで……私も彩夏ちゃんも先生も箒ちゃんも――
「ふふ、一夏嬢よ。そう怖がる必要は無い。銃には暴発を防ぐための安全装置などだってついている。正しい扱い方を学び、正しく使えるようになればコレらはキミ自身や周囲の人々を窮地から救うためのツールとなる。
ほら、泣いているばかりでは守りたいものさえ守れないよ?」
ナタリー先生は私を見上げて、そっとその左手を私の頬に添えてくる。
あたたかい――その指先の感触が目尻を這うたびに気味の悪い寒気が消えていく。
「私の手は小さいだろう?」
「あ、えっ、と……その……」
「こんな小学生みたいな
だけどそんな私の小さな掌でも守りたいもの、取りこぼしたくない大切なものがあった。だから私は多くの人をこの手で殺め、時に多くのものをこの手から取りこぼし……だけど大切なものだけは何が何でも守り通してきた」
「先生っ……」
そう……ナタリー先生はこの見た目でも軍人なんだ。きっと救えなかった命があって、失いたくない大切な人たちが居て、かけがえのない誰かが居たはずなんだ。
諭すように言う先生の笑った姿は子供のようなものじゃなくて、寂しさや切なさをたくさん含んでいる。けれどそこには確かに守ることができた喜びのようなものだってあって、それがぐちゃぐちゃに混ぜ合わさっていて……だから悲しいのに嬉しいような笑顔になっているんだ。
「一夏嬢よ、キミは私のような血濡れではなく真っ白で綺麗な手をしている。正直言って銃の扱いを覚えさせることを躊躇った。
だがキミは自らの足で立ち上がることを選択した。ならば私はキミの選択を尊重する。正しい使い方を教えて、銃の齎す死の恐怖を与える。それを知った上で……キミが人の命を守るために銃を正しく使ってくれることを願っているよ」
――そうだ、私は銃を使って人を殺すためにISに乗るんじゃない。私は大切な友達の名誉を守るために乗るんだ。守られてばかりなんじゃなくて、今度は彩夏ちゃんを……私が守れるようになるために!
「はい!」
怖いものは怖い。だけど私は昨日“怖い”ということを”知った”……理解したんだ。これを向けられたときの怖さも不安も覚えている。だけどそれに抵抗もしないまま、諦めるなんて絶対にできないししたくない!
「さて、それじゃあまずはお手本を見せてもらうとしよう。アヤカ、4発撃ってみせろ。以前レミントンのM700を触らせてやったからできるだろう?」
「えっ、私?」
「おさらいを兼ねてやってみろ。一夏嬢に簡単に教えながら進めるから細かい点は後にして、まずは銃の原理からやるぞ。ほら、イヤーマフをつけてシューティンググラスもかけておけ。排出ガスやチリが目に入らないようにな」
彩夏ちゃんはちょっと面食らった様子だったけど、私のものと同じ装備を身に付けて私から銃を受け取り、真っ白なレーンの一つに入って銃に弾を籠めていく。
「いいぞ、始めろ」
ナタリー先生が手持ちのタブレットを押すとホログラムで投影された赤い的が五つ現れる。最近の洋画やドラマなんかで見るような世界的に見てもハイテクな設備だ。
バンッ、というドアを叩くような音が聞こえたかと思えば的は砕けるようなエフェクトを見せて消えていく。最近のドラマで見たシーンとほとんど同じだ。
「さて精度は…………おいアヤカ、このフザケた数字はどういうことだ?」
「……だ、だって……二十世紀半ばより前の銃なんて滅多に使ったことないし……」
「だってもクソもあるかこのマヌケが! 当時の技術で作られたモノならいざ知らず、コレは二十一世紀に作成された忠実なレプリカだぞ! もちろん精度は私が実地で保証済みだ! この体たらくで国連代表候補生を名乗るなぞ世界の恥だ! 腕立て百回はじめっ!」
「ぴぃっ!? イ、イエスマム!」
おどおどとしていた彩夏ちゃんは自分よりも小さな母親に怒鳴られて、可愛い悲鳴を上げて腕立てを始めた。
「さて、実際に操作をしているところを私が指差して解説したかったがあのバカ娘が悪い。仕方が無いので私がやろう。よく見ておくように」
先生は灰白色の髪を掻き揚げて一まとめに束ねると、彩夏ちゃんが置いていた銃を手にして構え、即座に撃って命中させた。何気ない素振りで持ち上げて構え、撃っただけでど真ん中に寸分違わずに。
「一夏嬢、銃の基本的な理屈はわかるかな?」
「あー、えっと、確か火薬で銃弾を飛ばすんですよね?」
「大雑把に言えばそうだな。実際の銃とISの用いる銃も、実弾を用いる銃であればそこは同じことだ。銃弾の入った銃の引き金を引くと火薬が爆発して弾を飛ばして敵にダメージを与える。ISの装備にはレーザーなんかもあるが、今は割愛させてもらう。
私の動きを加えてより詳しい説明をしよう。いいか、銃は今は空の状態だ。ここに銃弾を籠めてこのカバーを閉じることで銃は撃てる状態になる。そして銃のストックの部分を肩に当てて……ここだ……この鉄の突起をよく見るんだ。コレがサイトと言って前と後ろの二つで狙いを定めるものだ。そして引き金を引けば……この通りだ」
ナタリー先生は一連の流れを私の前で一つ一つを見せながら行っていく。そして先ほどと同じように的の中心を撃ち抜いていく。
「一見すると簡単そうに見えるだろうが、命中させようとするとかなり難しいものだ。ただ撃つのと当てるのとでは大きな差が出る。ちゃんと当てようとすれば自分と相手の距離を読み、重力がもたらす弾道の低下を計算し、屋外であれば吹き付ける風がどう影響するかを予測しなければいけない。射撃時の反動で銃身がブレてもいけない。そして距離が開けば開くほどに影響は大きくなっていくわけだ。とまあ、これが現実に人間が扱うサイズの銃についての基本的な知識だ」
「ISの銃とは違うんですか?」
「そうだ。ISの銃はISに乗った状態で扱うという性質上必然的により大型で破壊力が高いものになる。基本的なサイズでも機関砲弾以上の大きさのものが使われる。キミはあまりなじみが無いかもしれないが、そうだな……サイズにもよるが1リットルのペットボトルサイズの弾丸だと思ってくれれば良い」
ペットボトルサイズの銃弾……先っぽの部分だけが飛んでいくのだとしても相当な大きさだ。けど最初に渡されたあの銃弾がペットボトルサイズになったのだと考えると……こんなものが人に当たったらどうなるんだろう。
初日の授業でナタリー先生から見せられた映像資料はISが実際に戦場で銃を撃っているシーンばかりだった。けど、あの画面の片隅に時々映りこんでいた赤い血の池はあのISの銃によって作られたのかもしれない。
「さて、私がこれからキミに撃ち方を教えよう。なあに一発やるだけだ。私の指示通りに動かせば良い。手取り足取り優しくゆっくりとキミのハジメテを済ませてあげるさ」
「はっっ!? 初っ……!?」
「フフ……初心な子だなキミは。これはアヤカが惚れるわけだ……純粋で淑やかさと粘り強さも持ち合わせている。……妹が言っていた大和撫子とはこういうものなのかもな」
いけないいけないいけない! ああもう、こんな考えが浮かぶなんておかしいよ! 彩夏ちゃんやナタリー先生とだなんて…………今まで女の子同士でだなんて考えたこともなかったはずなのに!
いろいろ変わった点
織斑一夏
・レズっ気持ち
・若干ながら常識的感性を得る
・知性がアップ
・姉嫌い
・IS適正は劣悪
・割りと涙もろい
・ゲロインになる(NEW!)
織斑千冬
・シスコン
・妹に関してヘタレ
・ただし剣は容赦なし(NEW!)
セシリア
・原作よりもクール
・IS適正がアップ
・自信がアップ
・プライド高さがアップ
・嫌味っぷりがアップ
・認めた相手には礼を尽くすタイプ(NEW!)