堺修一は、女の子に提督などと呼ばれる、妙な夢を見た後、新人ながら艦娘を率いる「提督」に任命された。泊地周辺の海を平定した彼は今、初めての攻勢作戦に参加する…
弾撃つ響きは
声かとばかり どよむなり
万里の
御国の光 輝かせ
ご存じの方もいると思うが、これは、軍艦行進曲の歌詞の一部の抜粋である。
海を進み、戦う艦隊の様子を歌ったものであるが、使命感や勇壮さを感じさせる歌詞である。
今、堺の艦隊も、その歌詞の如く、万里の波濤を乗り越えて出撃し、人類に仇なす深海棲艦を討たんとしていた。
「現時刻をもって、柳1号作戦を発動する!」
タウイタウイ泊地・出撃ドックに響く堺の声。ドックに並ぶのは、6人の艦娘。いずれもこの作戦のため編成された子たちである。
「全艦、出撃せよ!」
『はい!』
重なる6つの返事。
そして、堺は旗艦となった航空戦艦・伊勢に妖精化して乗り込んだ。
ドックを出航する艦隊。
ドックから出たとたん、艦隊は声援に迎えられた。
最上の「帽ふれー!」を合図に、留守番組の艦娘たちが声援を送ってくる。
「頑張ってー!」
「勝ってきてねー!」
駆逐艦たちの声の中、個人にあてた声もする。
「テートクー、Good luckデース!」
この声は、新たに仲間になったばかりの戦艦・金剛のセリフ。
「摩耶ちゃーん、頑張ってくるのよー」
「おう、任せてな、姉貴!」
愛宕のセリフに、摩耶が答える。
堺の艦隊(旗艦伊勢、以下摩耶、名取、吹雪、赤城、瑞鳳)は、柳1号作戦…フィリピン北方・バシー島沖の敵艦隊の撃滅を目標とする作戦である…へ出撃していった。
今回の「ハ号作戦」であるが、その概要は以下のようになっている。
作戦に参加するのは、ブルネイ基地、リンガ泊地、パラオ泊地、そしてタウイタウイ泊地。この4つ。
まず、ブルネイ艦隊はカムラン半島沖合いの敵艦隊を叩き、それと並行してタウイタウイ艦隊はバシー島方面の敵を撃滅する。これが第1段階である。
次に、パラオ泊地の艦隊が、オリョール海を平定する。これが、第2段階。それらの行われる間、リンガ艦隊は西方と南方を警戒する。
ハ号作戦自体はこれで終了。だが、これはこのあとに予定されているカレー洋作戦に繋がってくるものである。だから決して手を抜いてはいけない。
カリカリカリ…と音を立てて回っていた羅針盤が、南東を指して止まる。
「進路変更!面舵50!」
「よーそろー!」
堺の命令を受け、回頭していく堺艦隊。伊勢の装甲には、せっかくの新品だというのに傷が付き、赤城も若干の損害を受けていた。実はついさっき、敵の雷巡チ級を主力とする水雷戦隊と一戦交えたばかりなのである。
「…司令、羅針盤を」
「え?さっき回したばっかなのに?」
伊勢の艦長に言われ、驚く堺。
見ると、確かに羅針盤が光っている。
カリカリカリカリ…(羅針盤を回す音)
「東、と出たぞ」
「はっ、進路変更!取り舵70!両舷前進原速!」
「よーそろー!」
堺が進路を伝え、航海長が艦を回頭させた。
艦隊は複縦陣を保ちつつ、一斉に回頭。新たなる進路をとり始める。
「んー…」
空を見上げ、唸る堺。空は青く澄みわたり、あちこちに綿雲が浮かんでいる。
(綿雲は隠れ場所、そして雲の切れ目…こりゃ、空襲するには格好の空じゃないかな…)
と堺が考えていた、その時。
「21号電探に感あり!11時の方向、距離10㎞」
伊勢の艦橋トップに据えられた、21号対空電探を操作する妖精が叫んだ。
伊勢は、航空戦艦への改造に際して、艦橋トップに電探を装備したのである。余談ながら、それを見た堺の第一印象は「何この金網?」だった。
堺は、妖精の見ている画面をちらりと見た…のだが。
(なんだこりゃ!?どう見ても、波線が動いてるだけにしか見えん…こんなんで、どうやって距離なんてわかるんだ?)
そこへ、艦長が声をかける。
「機種はわかるか?」
「もう少しお待ちを… ! わかりました、機種は深海不屈艦爆!敵機です!数は1機!」
「総員戦闘配置!」
そこへ、航空隊指揮官の妖精が話しかけた。
「艦長、直掩機出しますか?」
「頼む。それと、瑞雲の一部を索敵機として出してくれ」
「は!瑞雲隊、発艦!」
(だから、なんであの波線だけで機体の種類まで分かるんだよ…)
そう、伊勢の21号対空電探の表示方式は、「Aスコープ」と呼ばれる方法なのだ。傍目に見ると、波線が動いているだけにしか見えないので、素人にはとても読めたものではない。が、プロが読むと、波線を見ただけで機体の数や種類までわかってしまうのである。
各艦にも戦闘配置が発令され、艦隊は一気に騒がしくなった。
赤城と瑞鳳の艦上では、妖精が走り回り、高角砲や機銃が空を向き始める。摩耶はレーダーのAスコープを読みつつ、主砲を指向しようとしていた。
そんな中、伊勢の甲板に、フロートを付けた航空機がエレベータで上がってくる。台車でレールの上を運ばれたあと、機体はカタパルトへと乗せられた。
「直掩機準備よろし!」
「発艦させよ!」
「はっ!」
艦長と航空隊指揮官のやりとりを聞きながら、堺は甲板を見下ろした。カタパルトに乗った機体のプロペラが回りだす。
プロペラの回転数が上がる。と、ガシュガシュンッ!と音を立て、機体がカタパルトから射出された。機体は少し沈みこみ、そのあと上昇し始める。
「1番機、発艦完了!2番から4番まで、続けて出せ!残りは爆装して待機!5番から7番を、爆装したまま索敵に出せ!」
航空指揮官が伝声管に怒鳴る。
発艦した直掩の瑞雲は、編隊を組まずに各個に上昇。敵偵察機へ向かっていく。
「司令!赤城から、偵察機の発艦要請が来てます」
「わかった、許可する。伊勢の偵察機と共同で、敵機動部隊を捜索せよ。艦爆がいるんだ、どこかに空母がいる」
「了解しました!」
通信を使い、堺は航空隊の発艦準備を命じる。
数分後、赤城から6機の九七式艦攻が、索敵機として発艦した。
その間に、敵偵察機が撃墜されている。どうやら、瑞雲の翼内20㎜機銃が直撃したらしい。黒い煙の尾を引いて、燃える敵機が落ちていくのがちらりと見えた。
「敵機撃墜を確認!」
「了解。瑞雲隊は引き続き待機」
航空隊指揮官に指示を出す艦長。その時、ちょうど戦闘配置が整った。
「対空戦闘配置完了しました」
「うむ。航海長、私は本艦にきてまだ日が浅い、頼りにしているぞ」
「は!不肖ながら、精一杯務めさせていただきます」
今の艦長の発言は、堺からしたら驚きのものだった。
(え!?妖精でも、艦長って交代するもんなの!?)
まさかの新発見である。
30分後、電探妖精が叫んだ。
「対空電探に感!2時方向より、敵機大編隊、接近!数およそ100!雲霞の如くってやつです、艦長!距離およそ10㎞!」
同じくして、航空指揮官も叫ぶ。
「索敵2号機より入電!『我敵機動部隊見ユ。ヲ級空母2隻、ソノ他軽巡・駆逐艦計4隻、種別不明。輪形陣デ北方ニ向ケテ航行中。尚ヲ級ハ2隻トモエリート級。2時ノ方向、距離約13㎞』」
「やっぱりか…!艦載機の発艦は間に合うか?」
堺の問いに、
「本艦の瑞雲はいけます!」
意気高く航空隊指揮官が答える。
「赤城、瑞鳳より入電!直掩の零戦はともかく、攻撃隊の発進は間に合わないとのこと!」
ところが、赤城と瑞鳳は無理だった。
「いかがいたしますか、司令?」
艦長に訊かれ、堺は少し考える。
「ふむ…わかった。赤城と瑞鳳に連絡、直掩隊の発進を優先せよと。伊勢は、瑞雲隊の発進を急げ。護衛の駆逐艦だけでも沈めて、輪形陣に穴開けてやれ!」
「は!攻撃隊、発進!」
「「承知しました!」」
航空隊発進の命令を出した艦長は、続いて対空戦闘を命じた。
「主砲、発射用意!弾種、三式弾!」
「了解です!対空砲戦用意!」
伊勢の艤装が動き、4つの35.6㎝連装砲が空をにらむ。高角砲、機銃、そして、飛行甲板脇の奇妙な箱状の兵装がそれに続く。
空を見ると、黒いゴマ粒のようなものが多数、こちらに向かってきていた。
「敵機接近、距離5㎞。こちらに向かってきます!」
観測長から報告が入る。
「撃ち方始め!」
艦長が叫んだ。
「主砲三式弾、砲撃始め!てぇー!」
戦術長が命令を出した途端、主砲が一斉に火を吹いた。
ぐわぁぁぁぁん!と凄まじい音が響く。耳がおかしくなりそうだ。
砲声の残響が消えたころ、ゴマ粒の周囲に、ぱっと光が閃き、花火のように三式弾の弾子がばらまかれた。ゴマ粒がいくつか、火を吹いて落ちていく。
「次弾装填!」
戦術長が号令をかける。
しかし、それは艦長によって止められた。
「いや、この距離では間に合わん。航海長、頼むぞ」
「は、はい!」
航海長に回避運動を任せ、艦長は次の指示を出す。
「
「はっ!」
敵機はもう、艦隊上空まで迫っていた。そして、1機が急降下爆撃の進路に入った、その瞬間。
「今だ、取り舵いっぱい!」
「とーりかーじ、いっぱい!」
航海長が全力で舵輪を回した。もともと舵の利きの鋭い艦である伊勢は、たちまち左に回頭しはじめる。爆撃機の放った爆弾は、見当違いの海面に落下、水柱を高々と吹き上げた。
「次、来るぞ!取り舵いっぱい!」
「よーそろー!」
爆弾を再び回避し、さらに、3機目が来たところで、
「取り舵いっぱい!」
艦上で、急なカーブ運動にふらふらしつつ、堺は思った。
(あれ?さっきから、取り舵しかとってない…)
だが、取り舵しか取ってないにも関わらず、伊勢は確実に回避し続けている。
他の艦には、既に被害が出始めていた。
「みんな…どこ…どこ行ったの…?ふわぁぁぁぁん…!」
「シャキッとしな!アタシがここにいるぜ!」
爆弾の直撃をくらい、何故か泣き出した名取を、摩耶が叱咤する。
「きゃー!飛行甲板は無事!?」
「真上…直上!?くっ、面舵いっぱい!回避運動!」
小型爆弾の命中を受け、悲鳴をあげる瑞鳳。その隣で、赤城が表情を強ばらせながら、なんとか雷撃を回避している。
「お願い!当たってください!」
吹雪は自前の主砲で対空戦を挑もうとしている。非力感が否めないが。
100機に及ぶ敵機の襲撃は、30分ほどで終了した。
被害は、名取が中破、瑞鳳が小破。摩耶・吹雪・赤城も少し損傷している。
しかし、伊勢だけはノーダメージだった。あの後も、取り舵だけで爆撃を回避し、雷撃も重たげながらも的確な動きで避けきったのである。
「第一次攻撃隊、発艦してください!」
「アウトレンジ、決めます!」
赤城、瑞鳳、両空母の航空隊が飛び立つ中、伊勢の航空隊が、今まさに接敵しようとしていた。
「うわわわ…!」
瑞雲を操る妖精の1人が、悲鳴をあげる。
「めっちゃ敵いるじゃないですか!大丈夫ですか、隊長?」
「怯むな!せっかくの機会だ、ここで引いたら伊勢航空隊の名が泣くぞ!」
こちらに向かってくる、敵の直掩機。
編隊を組んだまま、立ち向かう瑞雲。
「いっけぇぇぇ!」
隊長の叫びとともに、瑞雲隊は一気呵成に急降下していった。
「やった、やりました!瑞雲隊、敵駆逐艦を1隻撃沈。輪形陣に穴を開けました!」
航空隊指揮官の報告で、伊勢艦橋内は色めきたつ。
堺は、号令を発した。
「全艦、前進!このまま突っ込み、敵艦隊に砲戦を挑む!」
各艦から「了解」の返事。
「行くぞ!」
堺艦隊が到着した時には、敵はさらに駆逐と軽巡を1隻ずつ失い、残るは空母2、駆逐1だった。
それを狙い、伊勢の砲が回転する。
「主砲、4基8門、一斉射!」
伊勢の号令で第一射が撃たれた。
ヲ級を夾叉し、水しぶきを立てる。
「次は当てます!」
「ぶっ殺されてえかぁっ!」
「砲雷撃戦…大丈夫、訓練はしてるし…」
伊勢、摩耶、名取の一斉砲撃。
照準過たずヲ級に命中し、ヲ級はボロボロになって、海面下に没した。
「いっけぇー!」
その横で、吹雪が敵駆逐艦を叩きのめしている。
味方がやられていくのを見て、敵の旗艦のヲ級は反転した。慌てて逃げ出そうとする、しかし。
赤城が見逃す訳がなかった。
「第二次攻撃隊、全機発艦!」
赤城の命で飛び立った艦爆が、ヲ級の頭に爆弾を叩きつける。
同時に、後ろからしのびよった艦攻が魚雷を投下。それはヲ級の艦尾にあたる部分に命中した。
足回りをやられ、まともに動けなくなるヲ級。こうなれば、運命は決したも同然だった。
旗艦のヲ級は、伊勢たちによってボコボコに叩かれ、バシーの海にその身を沈めたのである。
「柳1号作戦、作戦行動終了!艦隊、帰投せよ!」
そして、仕事を終えた堺艦隊は、泊地へ帰還した。
更新遅くなりました!
いやぁ、戦闘模様の描写は骨が折れる…まだまだ未熟ですね、頑張ります!
深海棲艦の機種ですが…モデルになっているのは、「SBDドーントレス」です。ドーントレスという単語は、「不屈の」とか、「恐れを知らない」とかいう意味だそうなので、この名前にしました。
あと、伊勢の艦長は、お気づきの方もいるでしょうが、レイテ沖海戦の時の艦長がモデルです。取り舵しかとってないですしねw
亀更新ですが、今後とも拙作をよろしくお願いいたします!