日本国海上護衛軍・艦娘部隊の提督、堺修一は、総司令部より発令された「あ号艦隊決戦」の成功で中佐に任命される。そして新たに、十一号作戦への参加を命じられた。作戦の補給拠点となったタウイタウイ泊地で、彼はかつての友・藤原海斗と再会する。
タウイタウイ泊地。
いつもなら工事の音と、波の音以外には特に物音も聞こえない静かな場所なのだが、今やそこはかなりの喧騒に包まれていた。そして、あちこち代わり映えしている。
まず、初期の頃に存在していた、プレハブだの竪穴式住居だのは全て姿を消し、代わりにそこにあるのは、鉄筋コンクリートの建物が複数。各艦娘たちのための寮である。
また、食堂を併設した泊地司令部の建物の建設が予定されていたが、資材や資金のメドが立たないため、建設はいったん中断。建設予定地は、臨時運動場兼防空陣地と化した。土嚢が積み上げられ、空を照らす探照灯が設置され、九六式25㎜連装対空機銃が空を睨んでいる。
また、泊地のあちこちから、飛行船のような形の、それでいて動力がついているわけでもない、妙なものが空に浮かんでいた。よく見ると、それらはワイヤーで地面に繋がっている。
そう、阻塞気球である。まだ防空体制は脆弱であるため、その補助として上げられているのだ。
そして各艦の寮は、これまでにない大にぎわいである。まあ、いきなり仲間が増えたのだから無理もないが。
そんな騒々しいタウイ泊地、空母寮に移設した臨時提督室では、堺が仕事に追われていた。
「対潜哨戒、終わりました…。じゃあ、私はこれで…」
「待て待て待て、異常はなかったのか!?」
「だ、大丈夫でした!」
名取が対潜哨戒から帰ったと思えば…
「演習終わったよ、提督」
「おう最上、お疲れ様。どうだ、新入りの子たちは?」
「島風はやたら血気に逸って突撃するね。速度には自信があるみたいだし、実際速いんだけど、無理に突っ込んでいくんだよ…」
「同じ突撃でも、摩耶や綾波は押さえるとこきっちり押さえてるからな。そこが、まだ足りないんだな」
「そう。千代田さんは割と堅実な攻め方するね。姉バカだけど」
「はは、姉バカがもう1人できたか」
「あとさ、雪風なんだけど…あれは何なの?」
「何、とは?」
「島風ほど速力があるわけじゃないのに、相手の砲や魚雷はかわす、自分が撃った魚雷は全弾命中させる…なんか別の意味で凄いんだよ」
「何…だと…!?」
最上が演習の報告を行う。またある時は、
「テートクー!Burning Love!」
「うおっ!?ちょ、おま、金剛!急に抱きつくなよ!」
いきなり金剛に襲われる。
「おうおう、お仲がよろしいことで」
そして提督室のソファに陣取る藤原に冷やかされる。
「お前いつからいたんだよ!」
当初こそひたすら騒々しかったタウイだが、作戦発動が迫るにつれ、うるさい中にも緊張感が混じっていった。
そして…その日は来た。
0559時。
タウイタウイ艦隊、佐世保鎮守府艦隊。その全ての艦娘たちが講堂に集結していた。提督は、2人とも壇の上に立っている。艦娘たち全員の視線は、講堂の時計に注がれていた。
極度の緊張感を伴った重苦しい沈黙が、講堂を支配している。
誰一人、身動き1つせず、言葉も発さない。
注目の中、時計の針が少し動き、長針が「12」に重なった。
それと同時に、堺が壇上で宣言する。
「ただいまより、第十一号作戦を発動する!全艦出撃!己が本分に全力を尽くし、暁の水平線に勝利を刻め!」
全員が、一斉に敬礼する。
かくして、ついに「第十一号作戦」は開始された。
「そんじゃ、行ってきてくれ!」
「任せて任せて!」
藤原の号令一下、阿武隈率いる佐世保艦隊がカレー洋へ向けて出撃していく。
「あれ、貴様は行かないのか?」
「ああ、俺はこっちにいるほうが好きだな」
「へぇー。俺と逆か」
「貴様は旗艦先頭か?」
「ああ、俺はどっちかというと海の上のほうがいい。そっちのほうが心が落ち着くんだ」
堺と藤原がそんな会話を交わした時、提督室の戸を開けて、神通が顔を出した。
「提督、周辺哨戒部隊の出撃準備、完了しました」
「了解!んじゃ、ちょっと回ってくる」
「気ぃつけろよ」
藤原の言葉を背中に受け、堺は神通に乗り込んで出撃した。
…で。
堺艦隊は、深海棲艦の水上艦隊には遭遇しなかった。
しなかったのだが。
哨戒より帰投しようとする神通率いる警備艦隊。
タウイタウイから約5㎞の沖合いまで戻ってきたところで、それは起きた。
その時分、堺は神通艦橋において、周辺を飛行している零式水偵の報告を待っていた。
「そろそろ佐世保の第一陣が戻ってくる頃だな、出迎えの用意でも発令するか」
そうつぶやいた時だった。
突然、けたたましく「戦闘」のラッパが鳴った。
「左舷9時の方向、距離約2000、潜望鏡!あの形状は…深海棲艦です!恐らく潜水カ級!数は1、なれど何隻いるかは不明!」
ついで、伝声管から切迫した声が飛び出してくる。見張り所にいる妖精からの報告だ。
「総員戦闘配置につけ!」
「爆雷用意、急げ!」
たちまち艦上は騒がしくなる。
『全艦、落ち着いて、単横陣を取ってください。これより本艦隊は、敵潜水艦隊との戦闘に入ります。両舷前進原速、聴音機始動。爆雷投下用意!』
『承知しました!』
『了解っぽい!』
通信で、神通が指揮下の駆逐艦、吹雪と夕立に指示を飛ばす。
神通艦橋では、音響妖精がヘッドホンを装着し、目の前の装置のハンドルをぐるぐる回し始めた。どうやら、これが水中聴音機…ソナーらしい。
聴音機妖精を勤める彼女は、ハンドルを回しながら、ヘッドホンに注意を注いでいた。少しでも、怪しい音があれば、知らせなければ。
と、その時、ヘッドホンに音が入った。
しゃしゃしゃしゃしゃ…
何か、小さなものが水をかきわけて走るような音。音の感覚から考えて、かなり早い。30ノットくらいか。数は2つ。
潜水艦にはそんな足はない。ということは。
「9時方向より推進音!魚雷接近!数2!」
咄嗟に艦長に向けて叫ぶ。
「9時方向より推進音!魚雷接近!数2!」
「狙いは本艦だ、取り舵いっぱい!魚雷の間に艦を割り込ませろ!」
報告を受けて、艦長妖精が回答を命じる。海面に白い航跡が2本浮かび、こちらに迫ってきていた。
「よーそろー!」
「爆雷投下用意!敵潜水艦の位置は探知できたか!?」
「魚雷航走音から逆探知を試みました、概算ですが予想はついています!」
「そっちに向けて進撃しろ!爆雷をお見舞いしてやる」
神通の両脇を、航跡が駆け抜ける。回避成功だ。
「夕立から報告!『我雷撃受ク。1時方向ヨリ数2。被害ハナシ。敵潜撃沈ノ許可ヲ乞ウ』」
「許可すると伝えて!」
通信妖精に神通が指示する。
「ここです!」
「爆雷投下!」
「投下ぁ!」
神通のカタパルト付近にある投射機が回転し、ぽん、ぽん、と軽い音を立てて、九四式爆雷投射機から爆雷が放たれた。
ドラム缶のような形の物体が、波間に消えていく。
「起爆まであと10秒!」
「通信入りました。吹雪、爆雷投下完了!」
「前進第3戦速。ここから離脱します!」
「よーそろー!」
神通による、増速指示が出された。直ちに神通は速度を上げる。吹雪もぴったりついてきた。
「おい聴音機!何ぼさっとしてる、さっさとコード抜け!耳がつぶれるぞ!」
「は、はい!」
艦長妖精の怒鳴り声に、聴音機妖精があわててヘッドホンのコードを引っこ抜く。爆雷の起爆音を拾って聞いてしまうと、鼓膜が一瞬でお陀仏になるのだ。
「起爆、今!」
伝声管の向こうで観測妖精が叫んだ。
直後、どーん!どーん!という、鈍い水中爆発の音が連続して響く。爆雷を飲み込んだ海面が一瞬白くなり、次いでズズーンと水柱が立ち上った。
さあ、果たして当たったかどうか…
「観測、何か見えるか?」
水柱が消えるのを待ち、艦長が伝声管で観測妖精に尋ねる。
「お待ちを……あ、爆雷投下地点に油が浮きました!損傷を与えたもよう!」
「こちら聴音機、水中に不審な音なし!損傷は確実のもよう!」
「「「やった!」」」
報告に、艦橋要員一同が色めき立つ。初弾命中だ、幸先がいい。
「気を抜かないで。次、仕留めますよ!」
神通が指示した時、水偵から通信が入ってきた。
「艦長!水偵から通信!『我艦隊付近マデ帰投ス、海面ニ潜望鏡ラシキモノ見ユ。微力ナガラ助太刀イタス』」
「潜望鏡?どこだ?」
「それが、水偵からはそれだけしか言わなくて…ん?」
通信妖精がヘッドホンに手を当てる。どうやら続報が入ったらしい。
その時、堺はもちろん、通信妖精以外の全員が見た。
神通の進行方向1時の方向に突然、零式水偵が緩降下し、60㎏爆弾を落とすのを。
そして、その爆弾が爆発し、水柱を立てるのを。
「やりました、水偵から続報!『我対潜爆撃ヲ実行、海面ニ油ノ浮遊アリ』」
「見事だな」
艦長の独り言。そこへ、通信妖精が更に興奮した声で叫ぶ。
「水偵から報告、海面に艦影浮上しつつあり!」
「なに!?潜水艦が、さっきの爆撃で損傷して潜れなくなったのか、ちょうどいい!砲術!」
「は!右舷、砲戦用意!」
砲術長妖精に指示が飛んだ。わざわざ浮いてきてくれるのだ、爆雷なんぞより直接撃つほうが早い。
後ろを見ると、吹雪も砲を回転させていた。
「こちら見張り所、1時方向距離約1000に敵潜水艦カ級浮上!数1!」
「撃ち方用意!」
砲術長が舌なめずりをする。少々小さいが、潜水艦なんていう紙装甲の鈍足艦ごとき、的も同然だ。
神通が腕を海面と平行になるように上げる。7門の14㎝砲が動き、すべての砲口がカ級を睨み付ける。
「測敵よし!照準よし、射撃用意よし!」
「撃ち方始め!」
「第1斉射、てぇー!」
ドドォォォン!
14㎝砲7門の一斉射。しかし、潜水艦には当たらず、代わりに潜水艦を取り囲むように水柱が立った。
続いて、それより少し小さい水柱が2本立つ。吹雪の砲だ、こちらも当たっていない。
「初弾夾叉!照準はそのままでいい、各砲は装填が終わり次第個別に発砲!吹雪にやらせるな、こっちで仕留めろ!」
砲術妖精が口角泡を飛ばして指示を出す。
装填の終わった神通の砲が放たれる。
3発が外れ…4発目が直撃した。
水柱の代わりに火柱が立つ。
一瞬、カ級の断末魔らしき悲鳴が聞こえたような気がしたが、それも一瞬のこと、爆発音にかき消されてしまった。
「しゃー!いひひひ、倒してやったぜ!」
神通1番主砲の妖精たちは、笑いが止まらない。カ級を仕留めたのは、1番主砲だったのだ。
『こちら神通。吹雪、夕立、大丈夫ですか?』
『こちら吹雪、問題ありません!』
『こちら夕立、無事っぽい!潜水艦は倒したよ!』
「よし!哨戒終了、水中聴音しつつ、原速で前進!艦隊を出迎え、泊地へ帰投しよう!」
『『『はい!』』』
…こうして、哨戒任務は終了した。
そしてこの日のうちに、十一号作戦の初動、アンマン・コバルト両諸島周辺の平定が完了した。さすがに5艦隊が同時に作戦行動すると、あっという間である。
お久しぶりでございます。
うーん、どうも対潜戦闘の描写は難しい。砲戦や航空戦みたいに派手じゃないからかな…精進します。
初日でE1終了。しかし、まだまだこれからです。頑張って描いていきます!
それでは、また次回お会いしましょう!
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