Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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3日目 異変調査&聖杯戦争、はじめました
昼① 神武(じんむ)プレリュード


 往くのならば東が佳い。往くのならば東が佳い。往くのならば東が佳い。往くのならば東が佳い。往くのならば東が佳い。往くのならば東が佳い。往くのならば東が佳い。往くのならば東が佳い。往くのならば東が佳い。往くのならば東が佳い。往くのならば東が佳い。往くのならば東が佳い。

 

 衝動にも似た何か。神霊の啓示。塩筒老翁(しおつちのおじ)が「往くのならば東が佳い」と告げる前から、男はそうなのだろうと気づいていた。

 

 東征とは、己が血潮と神霊の血潮、今も秋津島に留まる荒御霊の力・蔓延る悪神の体をも薪として、葦原国に龍脈(龍神)そのものを刻み込み・変革をする大儀式。

 後に造られる第二代神の剣(ヤマトタケル)が本当に神も獣も鬼も屠る「武具としての神の剣」となったのは対照的に、彼は儀式の触媒たる「祭具としての神の剣」だった。

 

 ――遠き大陸では、既に神代は終わりに近づいている。だが世界の潮流の端にある、極東の小島は違う。

 大陸で神代が後退しても、その伝播は遅い。おそらく人間時間にして千年以上の遅れをもって、漸くこの小島でも神代が終わる。ではその差の間、秋津島はどうなるか。神代が残る、と言えば聞こえはいいか。

 いや、神代・神秘の掃き溜めだ。世界の裏側へ行くことを拒んだ大陸の有象無象の幻想種、外宇宙の神秘も生存してしまう混沌の時代が来ると、天津神は睨んでいた。

 

 

 神霊は、おおよそ人間にとって良きものである。ただそれは総体としては良い結果に向かわせると言う話で、一人間の幸福にこだわりはしないのだが――「良い結果」に向かわせるため、天津神神は極東の離れ小島を護るために、龍脈――地球にある魔術回路のようなものを――を、秋津島に群する人間・精霊らに利する働きをするように改造する挙に出た。

 

 そのために、再び地に降りた建御雷の分霊(アルターエゴ)。今の名を「彦火火出見(ひこほほでみ)」。

 秋津島を結果的に護る、という意図で国津神の加護をも得た神の剣。

 彼はこの筑紫から旅立ち、遥かなる大和にまで及ぶ――たしか、逆側からは邇藝速日命(ニギハヤヒノミコト)が刻み、最終的に二人は出会う。

 

 この大儀式を成すための薪は、秋津島に襲来したモノ・押し寄せたモノ・まつろわぬ悪神全て。そして、天津神直系の子らも含んで。

 秋津島を脅かすほどの力を以てこの大地に陣を刻みつけて龍脈をも圧し変える。――そうだ、全てはもう決まっている。

 必然であり必定の事柄をただただ現実へと移していくことだけが自分の成すことであり、生なのだと知っていた。

 ゆえに生には喜びも悲哀も驚愕もない。

 これは日本最強の名を冠する英雄よりも、もっと人と神が同一であった時代の話。

「カムヤマトイワレヒコ」という体はあったが、その心はまだなかった時の話。

 

 全ての始まり。伝説の始まりにして、この国の始まり。

 

 

 

 

 ――ふうむ、しかし、知らぬと言うことは幸せなものだな。

 

 彼は幼少の時からまわりの人間を見て、常々そう思ってきた。最もそう感じたのは、最も身近である三人の兄についてだった。

 いずれ成長し、己が東へと旅立つ際に同行するこの三人の兄は、ことごとくその旅において死ぬ。仔細まではわからずとも、彼らは全員、悲願とした美しき地を踏むことなく嘆いて死ぬことになる。

 

 そして兄たちに限らずとも、共に旅立つであろう者たちも途中で斃れていく。

 彼は、あえてその運命を伝えることはしなかった。

 

 生物にとって死は恐るべきものであり、それを知っては絶望せずにはいられまい。

 彼らがいなくては、己が出る旅に多少の不自由が生じるから黙っていた。

 

 しかし、悲しき終わりを迎える運命にも拘わらず、人間は誰も彼もが楽しそうに笑っている。

 自分より遥かに不自由な事が多いくせに、誰も彼もが苦にせず、幸せそうに笑っている。

 その理由を彼は「己が運命を、己が卑小さを知らないから」と理解し、半ばその無知を見下しながら、半ばその運命を憐れみながら、淡々と儀式の時を待っていた。

 

 

 彼は己が他の人間とは違うことを知っていた。さらに血を分けた兄たちとも、また違うことを知っていた。

 幼少から賢いと言われてきたが、それすらある程度加減していた。人間どもを従え使役する立場にある彼は、優れた人物でなければならなかったが「怪物」であると見做されれば面倒なことになると知っていた。

 彼にとって正真正銘の天孫の血である自分以外のものは須らくどうでもいいもので、東征(儀式)を完遂することがすべてだった。

 

彦火火出見(ひこほほでみ)

 

 そう彼のことを呼ぶ、彼の長兄もその十把一絡げの中の一人。取り立てて何が得意というわけでもないが長兄らしく心優しく、名を五瀬命(いつせのみこと)といった。

 

 塩筒老翁によるお告げを聞いた後のことだった。まだ日の高い時分、野原にてその長兄――五瀬命は、男彦火火出見を引き連れてそぞろに歩いていた。

 遠く並ぶ山脈は美しく、澄んだ青い空と好対照をなしていた。

 

「本当に、東に行くのかい?」

「当たり前でしょう」

 

 それについてはこれまでさんざんに話を重ねてきた。お告げまで得たのだから、これ以上東征をしない理由はない。これは成さねばならぬ神命。

 

「……うん、きっと神はそう仰せになっているんだろう」

 

 何を呑気な事を、と彼は思う。彦火火出見は本当に神の声を聴く。別に祝詞を捧げることなく、禊もせずとも声を聴く。

 最早呪いとでもいえる回数、彦火火出見は「東へ」との言葉を聞いている。

 しかし彼以外のすべては神託を得るにも呪的行為を必要とし、さらにそうしたとて正確に聞けることさえごくまれだ。そもそも、神託を受けるには素養に寄る部分が大きすぎた。

 

「彦火火出見、君は僕たちよりもより多くのものが視得ているのだろう。その君が行くべきだと言うのだから、もちろん僕たちは従うよ」

 

 その言葉に、彼は初めて兄を見上げた。少なくとも五瀬命は、彦火火出見とその他大勢が全く違うモノであるとわかっている。少しだけ兄を見直した彦火火出見だったが、その兄が発した次の言葉を、理解できなかった。

 

「しなくちゃいけないことはある。だけど君自身がやりたいことを持つのも、決して悪い事じゃないと僕は思う」

「私はやりたいことをしています」

 

 即座に彦火火出見はそう言い返した。己の成すべきことなど生まれた時から知っており、考える間でもない。彼は兄を無視し、踵を返した。

 その後ろ姿を兄がどんな顔で見ていたかなど、興味もなかった。

 

 彦火火出見が成長し、お告げの通り東征(大儀式)は始まった。神筑紫、豊国、安芸、吉備国を敵を破り、土地を祀り治めて進んでいったが、浪速の国において待ち構えた軍勢――彼の東征において最大の敵である長髄彦(ながすねひこ)の軍勢と出会う。

 

 そもそも長髄彦(ながすねひこ)なるものは、一体何者なのか。この時、まだ彦火火出見一行はその正体を知らず、東の神代の地に割拠する神秘の端くれだと認識していた。だがその「端くれ」に一行はてこずり、水上にて激闘を繰り広げ一進一退を繰り返し、矢の雨が降りそそぎ幾人も敵の剣にかかって死んでいった。

 そしてその負傷者の中に、五瀬命の姿があった。何分当たり所が悪く、心の臓付近を射抜かれていた。即死は免れたものの、重体には変わりない。

 

 船の中で傷ついた兄の姿を見た時、彼は理解した。

 ああ、この兄はここで死ぬ予定だったのか。

 

 兄が死ぬことは初めからわかっていたから、驚くことではない。いよいよ容態が危うくなったとき、部下から兄が呼んでいるとの話を聞き足を運んだ。

 

 天気は悪く、朝から雨が降り続いていた。そういえば長髄彦との戦いを始めてから、天気の良い日がないような気がするなどと考えながら、彼は兄の寝そべる部屋へと入った。

 

 空気は重い。兄の顔色を見ただけで、彼は兄の死の確実さを察した。枕元に腰を下ろすと、時間が惜しいとばかりに兄が口を開いた。

 

「……僕たちは天照様の加護を受けて戦わなければならない。だから、太陽に向かって進軍するのは間違いだった。これからは太陽を背中にして戦ってくれ。そうすれば、君は長髄彦なんかに負けない」

 

 太陽の子孫たちが太陽に抗するのではない。その方角の加護を受けて戦う。それだけで神代にほどちかいこの時代では、得られる力が格段に変わる。

 とすれば、進軍方向を南に向けていちど長髄彦からは離れるほうがよいことになる。

 

「……ま、もっと早く気づくべきだったんだけど……。君がいるから大丈夫、ってみんな思ってしまっていたのが間違いだった」

「……さすが我が兄、慧眼だ。だからこそ惜しいが、そなたはもう死ぬぞ」

 

 最早黄泉路へと片足を入れている者に対しては構わぬだろうと、彼はあっさりとそう言った。

 だが兄は恐ろしく悪い顔色のまま、気にした風もなく笑んだ。

 

「だろうね。流石に自分の身体だからわかるよ……にしても、ここだったかぁ。東征の途中で絶対死ぬのはわかってたけど、もうすこし先かなと思っていたんだけど」

 

 さらりと吐かれた言葉に彼は耳を疑い、兄を凝視した。

 今この男は「東征の途中で死ぬことはわかっていた」と言った。

 死ぬかもしれない、ではなく絶対に死ぬと。彼は視線に気づいて、兄は苦しげに笑った。

 

「流石に君ほどじゃないけど、僕も天孫の末裔だ。ある程度のお告げを聞くことはできるから、解っちゃったんだよ。僕はこの旅で絶対に死ぬって」

「……ならば、何故お前はこの旅に同行した」

 

 そう問う声は震えていたのかもしれない。

 人間とは、多くが悲惨な報われぬ終わりを迎えるもの。

 それなのに絶望せずに笑っていられるのは、己の運命から目をそらし、自分だけは死なないものと錯覚しているからだと。

 自分は幸福な終わりを迎えられるはずと、無根拠に想い無知であるが故に幸せな生き物――それが、彼の思い描き続けてきた人間だった。

 

 生きていたいなら東征に出るべきではないのに、兄は全く東征を渋ることなどなかった。絶対に嫌だというのなら、足手まといになられるのも面倒なため日向の支配を頼んでいてもよかった。

 それなのに何故、この人間は東征を否まなかったのか。

 

 兄はいまさら何をと言いたげに、当たり前のように答えた。

 

「君の創る国を見てみたかったんだ」

「だからお前は途中で死ぬと」

「あ、言葉が足らないか。うん……国を建てる、いや、本当は国を作るのが目的じゃないのかもしれないけど……君という人が作る国の手伝いをしていたかったんだ」

「……お前は、俺が国を建てられると本当に信じているのか?」

 

 男は自分の建国すること(儀式を完遂すること)を知っている。だがそれは彼だけで、他の人間は知らないはずだ。

 

「いや、どうだろう」

 

 話の流れとしては完全に「信じている」というところだと思ったが、兄はせき込みながら首を傾げていた。

 

「も、もちろんできると思っている。だけど、たとえ僕は、最後がどんなに悲惨であっても、君や他の弟たちと進んだその道のりが無意味だとは思わない。僕が懸命に足掻いたことは絶対に無意味じゃない」

 

 途中で死ぬことが決められていた運命だとしても、そこまで共に戦った記憶が意味を持つ。己に恥じることはなく、終わりにおいて希望がある――彼は、呟いた。

 

「……最後が死であっても、その道中にこそ意味があるというのか」

「だって、皆、最後には死んでしまうだろう?」

 

 兄はうっすらとほほ笑んだ。すでにその眼は彼は姿も映っていない。意識も消え失せ始めている。殆ど唇の動きだけで、末期の言葉を未来の開闢の帝に――否、己の弟に伝えた。

 

「でも、君自身がしたいことを、知りたかったな」

 

 その時、ずるりと兄の手が床に落ちた。

 

「……! 五瀬兄!」

 

 ――その時まで、彼ははすべてが有象無象に見えていた。

 味方であろうと敵であろうと、全て矮小な生き物だった。

 

 しかし、それは早計なのではないかとの疑問が、彼の脳裏を掠めた。

 兄は自分の運命から目をそらして生きてきたわけではなかったのだから。

 

「……人間、とは」

 

 死した兄の手を握ったまま、彼は呟いた。この疑問を解消するためには、己が神命を成す傍らで生きる人間を見続けるしかない。

 間違いがあるなら正すべきとする彦火火出見は、静かにそう誓った。

 

 だが、その時彼はまだ知らなかった。神霊の写し身であるがゆえに尊大にして不遜だったが、自身が人の感情に近付いていることを。

 そして我知らずのうちに、己の顔つきが鋭く険しくなっていることを。

 

 この東征は何があろうと続く。ならば、また長髄彦と見える時も必ず来る。

 

 

 その時こそ――兄の命を奪ったあ奴の命はない。

 あれもこの儀式の贄、変革の為、必ず地に刻んでやると。

 

 

 

 

 サーヴァントは夢を見ない。だからこれはただの記憶であり、記録。

 あまりにも古い、根の国にも常世郷にも徒歩で向えたほどの人代の始まり。

 

 

 

『イワレヒコ』

「……む?」

 

 は、とライダーは眼を開いた。フツヌシが浮遊しているのかと思ったが、剣の姿はない。彼が座っていたのは駅前に特設ステージとして造られた舞台の裏手だった。幕で外とは隔てられており、人に見られるような場所ではない。

 機材がごちゃごちゃと積んで置かれている中、ライダーは白に輝く船の上に胡坐をかいて眠りこけていたらしい。

 

 そして彼に声をかけたのは、その船そのもの。天鳥船、またの名を鳥之石楠船神(とりのいわくすふねのかみ)。彼はフツヌシとは違って寡黙であるため、話しかけてくることは少ない。ライダーが覚醒したことを確認すると、またいつものだんまりに戻ってしまった。

 

「何用か……」

 

 ライダーが腰を上げるとほぼ同時に、幕をのけて入ってきた男が一人。プロデューサーの神内御雄だった。この夏に長袖詰襟のカソックであるが、汗ひとつかかずいつもの胡散臭い微笑を湛えた表情のまま、彼は言った。

 

「準備はいいか。ライダー……これが、「KAMI NO TSURUGI」初のイベントだ」

「ああ……」

 

 珍しく生前の記憶を夢見たのも、今このタイミングだからか。

 ずっと昔、まだ日向にいた頃、神命以外の何にも価値を見出していなかった原初(ゼロ)の己。まだ、ただの建御雷であり「カムヤマトイワレヒコ」がいなかった時の自分。

 ああ、なるほどつまり――。

 

「また(わたし)はゼロからはじめるのだ。「KAMI NO TSURUGI」として」

「? 何の話だ」

「いや、こちらの話よ。御雄、お前は客席方から見ているがいい。機材の操作はお前の養女と一般信者に任せるのであろう?」

「お前に言われなくとも客席から客の目線で観察するつもりであった」

 

 ライダーはフ、を唇を緩めると紅い瞳を閃かせた。光沢(ラメ)の煌めく白い羽織と袴を翻し、早くもマイクとマイクスタンドをひっつかみ、鳥船から飛び降りた。

 

 

「――GO EAST! 新たなる(東征)の始まりである!」

 




シスター美琴「私は何をしているのかしら……?」
巻き込まれ労働力搾取される春日教会の一般信者の皆さん(……いったいこれは何なんだ……?)

落書きライダー
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※beyond本編だとシリアスキャラだった
あしはらさん(https://www.pixiv.net/member.php?id=2119463)に書いていただいた文庫版表紙
【挿絵表示】



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