Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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――助けて、と言われたのだから助けたい。
たとえ、呪いに身を染めるとしても。



prologue-2 人と、星の触覚

 ――土御門神社。半年以上前の、春日聖杯戦争決着の地。

 今は安倍晴明の写本を神体として奉り続ける森閑とした神社に立ち戻っている。

 聖杯戦争時に退去させられていた神主たちも今は戻り、少人数で営みを続けていた。

 

 聖杯戦争が終わってから、自身が時計塔へ出向いたせいもあり――彼女がここを訪れた回数は多くない。

 それでも何度か足を運んで調査をしていた。

 

 そして、今。

 春日市次期管理者である碓氷明は、あの寒い夜の戦いを思い出す空気に包まれながら、神社の鳥居へと続く石階段の前に立っていた。

 

 

 ――これは……。

 

 階段下から見上げる境内は、暗紫色にぼんやりと光を放っていた。

 あの最終決戦の時と同じように。

 

 明は肌で感じた。間違いなく、ここには聖杯戦争時と同等の魔力が溜まっている。しかし大聖杯はセイバーによって破壊され、この地において二度と戦争は起こらないはずである。

 まさかとは思うが、聖杯は完全破壊に至らず、何かの術式が残留しているのか。

 それとも……。

 

 近頃の春日の異変に気付いたのは、明より父影景が先だった。聖杯戦争時、ライダーの断絶剣(フツノミタマ)によって一度碓氷の結界が切断されている。

 その再構築も途上の今、隙に乗じて春日を奪いにくる外様の魔術師を追い払っていたところ異変に気付いたのだ。

 

 父にさんざっぱら探知や異変への鈍さを笑顔で詰られ、その後異状が最も強く感じられる場所を見てこいと指示を下された。父は現在そう急ぐ事態でもないと見ているようで、今日直ぐ行けと言われたわけでもない。

 しかし、どうせ見るのならば今でいいだろうと明は神社に足を伸ばしたのである。

 

 ただ不思議なのは最も異変が強く感知された場所が、大聖杯が設置されていた地下空洞ではなく神社の境内だったということだ。その理由も定かではないが、明は意を決して一歩一歩石階段を上り始めた。

 深夜の今は真昼よりも遥かに涼しいとはいえ、それでも日本の夏である。

 湿度が高くじめじめとした暑さはたとえ日本生まれであろうと心地よいとは思えない。

 その上、明はつい先日までイギリスに滞在していた身だ。

 

 急に胸から吐き気を催して、数度せき込む。呼吸を落ち着かせてから、じわりと額に浮かぶ汗を腕で拭いながら黙々と上り続けた彼女を迎えたのは、朱塗りの鳥居だった。

 

 明は鳥居をくぐり、広い境内を見渡した。鳥居から真っ直ぐ伸びた道の先に拝殿と本殿がある。聖杯戦争で無残に破壊された本殿はすっかり立て直され、以前よりも立派になった感すらある。

 しかしそれよりも明の感覚を引き付けたのは、拝殿の前、さらに言えば賽銭箱の前あたりに蟠るモノの気配だった。

 

 

 この気配は、サーヴァント……?

 

 今一つ自信が持てなかったのは、己の知るサーヴァントたちに比べて気配が微弱だったからだ。その上、視覚強化をしている明の眼にも対象の姿かたちがはっきりとわからない。

 人の形のようには見えるが、周囲がぼやけて――まるで影のように見える。

 

 明が気づくのとほぼ同時に、影が動いた。滑るように石畳の上を突き進み、明に迫る。靄ではっきりしないが、獲物は何か円盤状のものを振り回している。

 距離は五十メートル以上あったのだが、正体不明でもサーヴァント、あっという間に詰められる――!

 

 明は身体強化で突進を避け、一瞬にして姿を消した。そして刹那、明の身体は鳥居の前から本殿の前、賽銭箱の上に着地していた。虚数空間を通過することによる限定的空間転移である。

 虚数空間を行き来することは意識的には一度死んで生き返るようなものだから、精神衛生上非常によろしくはない。

 

 

「――話は通じる?」

 

 鳥居の前に佇む影は、小柄の女の姿に思えた。気配の微弱なサーヴァント――これは問題である。

 聖杯戦争が終わったというのに、サーヴァントが召喚される事態などあってはならない。それに、暴れられては管理者として非常に困る。

 

 

 明は素早く視線を左右に走らせたが、人の気配は感じられない。神社内に住み込んでいる人間はいないはずで当然なのだが、彼女が気にしたのはマスターの存在である。

 

 聖杯戦争において、マスターの資格を持つ者が召喚をすることでサーヴァントは現界する。サーヴァント召喚は聖杯が行うため、マスターは複雑な儀式を要求されない。

 つまり、ややもすれば適当に呪文を唱えるだけでも、明確にサーヴァントを呼ぼうという意識さえなくても呼ばれることもある。

 だがマスターという門を開く者がいなければ、召喚はない。

 

 目の前の影はマスターに当たる者がいるから召喚されたのか、それともマスターがいなくとも何らかの事故で召喚されたが、憑代がないために影なのか。

 

Minun varjo(私の影は)

 

 ――もしこの不完全なサーヴァントが、何らかのきっかけで本当のサーヴァントになってはそれこそ手が付けられない。だがしかし、今の状態なら明にも対処の仕様がある。サーヴァントこそ打倒したことはないものの、サーヴァントが呼び出した眷属くらいなら虚数の焔で焼いたこともある。

 

 鳥居の下に佇む影から、今敵意は感じ取れない。先程襲い掛かってきたのは、むしろ明が攻撃してくると思ったから、先手を取ろうとしただけのようにも思える。

 

 だがしかし、こうして現界している時点で明には看過できない。

 彼女は目を見開き、己を突き刺すイメージに身を委ねる。

 

 

Häkin kahleet(檻であり枷)Kuitenkin asia avaamaan oman(されど汝を解き放つもの)――」

 

 虚数とは本来幽世の存在に対する特攻魔術であり、幽世のものとは大雑把にいえば幽霊である。サーヴァントを幽霊扱いするのは如何かと思うが、彼らも大きな枠でとれば霊体であり同じ分類となるため、サーヴァントにも通る。影のサーヴァントの背後に闇色の帯が二枚、三枚と出現しそれをからめ捕る。

 

 ――虚数の海にて燃え尽きよ。

 

 巻き付いた闇色の帯に抗そうと、影のサーヴァントが蠢いているが虚数の呪縛帯は本来のサーヴァントならまだしも、なりきらない影に抜け出せるものではない。どろりととけだした帯はまるで濃硫酸のように影を溶かしていく。

 

PolttoaineenePudotachiro、Tämä on helpotus(燃え堕ちろ、それが汝の救済である)

 

 詠唱に応じて、さらに薄くなっていく影――だがしかし、明はむしろ奇妙なものを見た。影に留まっていたはずのサーヴァント、

 その色彩が鮮やかに蘇るように――、

 靄が消えていき明確に人の輪郭を取るように――

 

 

「――ふるべ」

 

 それは影の声か。明は全身が総毛立つ悪寒に晒され、本能的に今の魔術では駄目だと理解した。

 虚数の焔で燃やすなど生温いことを言っていられない。

 虚数空間に放逐してしまう方が確実だと。

 

「ゆらゆらと ふるべ」

Meri ikuisesti(永久の海)Kuvitteellinen arm(虚数の腕)――」

 

 もはや間に合うか。どちらが早いか。影が行おうとするよりも早くしなければ。

 魔術回路の暗渠を流れ狂う水流に身を任せ、明は渾身の魔術を放つ。

 

 影のサーヴァントが何をしようとしているのかはわからない。

 だがあれが――彼女が何と呟いたのか、言葉は断片的に聞き取れた。

 

 

『――――常世郷(かくりよ)』。

 

 

 その歌うような旋律は、少女のように無垢で、この世全ての呪いのようにおぞましく。

 

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