Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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夜④ Curiosity killed the cat.

 

 一成たちがハルカらと遭遇する前、美玖川の河口付近。

 

 見た目はただのそぞろ歩き。本質もただのそぞろ歩き。

 生前も、現代も、ライダーの目からすれば大差ない。たとえ信じがたいほどに無駄が多くても、信じがたいほどに愚かでも、信じがたいほどに醜悪だとしても。

 良いものも悪いものも、すべては滅んでしまう。良し悪しを判断する価値観さえも。

 

 無駄というのならば生きていること自体が無駄の傑作である。

 だから効率を求めるならば――さっさと滅びてしまえばいい。

 

 しかし、無駄で余計なものに価値がないとは断じない。

 放置するのはただそれだけの理由だ。先程話した、既に真実を察した神父と同様で、ライダーの行いはいつなんどきでも変わらない。

 

「……最初からあれこれ考えず、適当に散歩でもしているべきだったかのう……」

 

 ライダーの目の前に現れたのは、衣冠束帯に身を包んだ貴族――アーチャーだった。しかし弓を携えず、戦う気がないことを示している。

 気配にはとっくに気づいていたが、ライダーは驚いた風に大仰にあいさつした。

 

「おや親愛なるパトロンではないか。ファーストシングルはパトロン特典として真っ先に渡したはずだがお代わりか? ……しばし待て。今フツヌシが飛んで取ってくる」

「いやいらぬ。本当に。マジで」

 

 大真面目な顔で断るアーチャーは、その話はしたくないとばかりに恐ろしい速さで話を変えた。元々、伊達や酔狂でライダーを探していたのではない――携帯から何度も電話をかけたが返信はなかった。よくいると噂の教会を訪ねても空振り。

 駅前でコンサートをぶち上げていたと聞いていたため、捕まえようと思えばすぐに捕まると思ったのだが違った。

 あちらは勝手に呼びつけるわりに、こちらの会いたいときには会えない。

 

「率直に伺おう。この春日で何が起きている?」

 

 ――天皇家に仕えたアーチャーではあるが、ライダー相手にへりくだる気は毛頭ない――つもりなのだが、生前のならいはなかなか抜けない。

 ライダー自身も「天皇業は生前で今は廃業」とのたまい天皇らしい振る舞いを全くしない上、アサシンにタメ口されても全く気分を害した様子もない。その上アーチャーはライダーにライブの小道具用費用やCD制作代をたかられており、気持ちとしては敬意レベルは氷点下ではあるのだが。

 そのアーチャーの内心を知ってか知らずか、甚平姿のライダーはにやりと笑った。

 

「これは本当に珍しいな、我が臣下。お前にしては愚直な問いだ」

「そなたについてあれこれ策を弄しても無意味じゃ。それに、……未熟な我がマスターが、この異変を解決するとか解明するとか意気込んでおってな」

 

 アーチャー自身は再三言っているが、異変に興味はない。困っていることもなく、碓氷もキリエも将来的に問題はなさそうだと言っている。

 だが自分のマスターが戦いに臨むのであれば放っておけない。アーチャーとしては、一成とともに巡回するのが嫌なのではない。ただ面倒くさいから、さっさと片付けたいだけである。

 

 一成は事態解決に意気込み、やる気であることに嘘はない。だが、真に事態を把握して最速の解決を図るのであれば、素直に知ってそうな人物に聞くのが最短だろう。

 碓氷には聞いて彼らも調査中とのことだが、碓氷以外にも事態を分かっている者を一成は忘れている――いや、勘定に入れていない。

 

 そう、ライダーである。

 

 ……アーチャーの見たところ、一成に自覚があるかどうかはともかく、この状況を楽しんでいる節がある。決して死にたがりではないが、やるべき意味がある事柄については危険をも承知で充実感に変えているようでもある。

 

(……苦しかった、つらかった、聖杯戦争は起こすべきではないと強く思うが、それでもあれはかけがえのない体験でもあったと思っていそうじゃからのう)

 

 恐ろしく人世を生きることに向いている性質ではあるが、まだまだ危うい。もう少し慎重さを身に着けられれば安心もできるのだが……アーチャーは考えにふけっていたが、ライダーの声で中断した。

 

「……聖杯戦争が終わった今となっては、自分たちだけで探すよりもわかっていそうな者に聞いた方が早い、至当である。だが、公がどうにかできると思っているのであればそれは買いかぶりだ。公にはどうもできん――フツヌシ!」

「アァン! そういうとうきだけカッコイイ声出してェ!! くっ……声がイケボなんて卑怯よ!」

 

 低いがピンク色の声を出しながら、ライダーの手に収まるフツヌシこと布津御霊剣。

 かの剣を中心に渦を巻く風、収斂する魔力とともに近づく雷鳴の嘶き――!

 アーチャーは思わず身構えたが、その切っ先はまったく明後日の、夜闇を指していた。

 

「一割以下の出力だ。薄皮一枚を剥ぐだけでいい――天地神命!」

 

 そういえば自分は戦争中にこの宝具を見ることはなかったな、とアーチャーは自分に向けられていないからこそ、ぼんやりと思った。

 ゆえにただ恐ろしくも美しく感じる、神代の剣。

 

 立ち上る光の柱が、そのまま川へと向けて振り下ろされる(突き立てられる)――!

 

開闢せし断絶の剣神(ふつのみたまのつるぎ)!」

 

 圧だけで川を割り、押し出された水が大きくうねりを上げて河川敷へと溢れ出していく。

 だがしかしアーチャーの目を奪ったものは一割の破壊力ではなく、対岸に開いた、黒々とした割れ目だった。

 

 割れ目は広がり、周囲は崩れ落ちるように、まるで障子紙がぼろぼろと落ちるように、対岸の景色が現実味のない黒一色に埋まっていく。

 

 

「……これは……」

 

 人間が色を認識できるのは、対象の物体が反射する光を目で受け、脳で判断しているからである。人間は反射する光がなければ、色を判別することはできない。

 光が全て吸収されてしまう、光のないところでは色の判別は不可能で全てが黒に見える。

 

 対岸は、黒かった。

 自然界には存在しない、百パーセント光を吸収してしまう黒体をぶちまければこうなるのかと思われる、あまりに非現実的でのっぺりとした黒が広がっていた。

 

 

「あまり直視するなよ。境界など、ふつうは見ないものだ」

「……あれは」

 

 断絶剣・布津御霊剣。「断絶」の概念を内包した概念礼装にして神造兵装の一。

 本質は破壊にあるのではなく形のあるなしに関わらず「断絶」すること。

 すなわち「世界を斬る剣」が極力出力を抑えて、表面に薄く切れ込みを入れて外の世界を垣間見させた先に、黒。

 

 ただただ、黒。

 

「今は一部を斬っただけだ。数分もすれば修復されよう」

 

 ライダーはなにごともなかったかのように布津御霊から手を放すと、あっさりとアーチャーに背を向け、急ぐことなく歩き始めた。傍らでフツヌシが「何よ! ヤルことやったら用済みってワケ!?」とシナを作っていた(フツヌシは直刀である)。

 

 美玖川上空に横切る烏の群れが、夜闇にも拘わらず悠々と眼下を睥睨しながら飛んでいた。

 

「この事態は黙っていても収束するが、収束を速める手がいくつかある。その一つがこのフツヌシ、それにお前のマスターの眼……」

「……千里天眼通のことは言うてくれるな」

 

 陰陽師としては凡庸な体質に宿った、千年前より伝わる飛び切りの異能。

 聖杯戦争から消滅する最後に、アーチャーはかつての部下と同じ異能を一成に見た。だが生前からその異能を知るが故に、一成が容易くそれに頼ってしまうことを畏れている。

 あれは晴明だからこそまともに扱えたのである。

 

「お前はそういうと思うたさ」

「……たとえどうにもできない事態であっても、そなたはもう知っているのであろう」

「ハハハ、否定はしない。しかし明かしたければ公はさっさと皆に言いふらしに行っている。そんなことをしても楽しくはないから、しない」

 

 目の覚めるような一つ結びの白い髪が揺れて、初代天皇は貴族へと振り返った。鮮血とも宝玉とも取れる、紅い瞳はやはり人のモノではない。

 

「だが謎があれば、人間は探ってしまうもの。たとえその果てに見つかるものが、何であれ」

 

 やはりロクなことにはなっていないと、アーチャーは内心嘆息した。

 好奇心は猫をも殺す。真実という言葉が持つ魔力。真実こそが絶対不変と信じることは勝手だが、それを暴いたところで誰が得をするのか。

 誰も幸せにならない真実など屑に等しい。なぜなら人は真実のために生きているのではなく、幸福になるために生きているからだ。

 既にアーチャーはこの件に関してやる気を失っていたが、「なんかヤバイから調べるのやめようぞ」と言って聞くマスターではないことは百も承知だ。

 

 そして、この初代天皇は判断を下さない。

 彼自身は物事に対して、良い・悪いを断じない。面白い・面白くないを判断するが、倫理的な良し悪しには興味がない――生まれながらにして、どうでもいいと感じている。

 つまりは、アテにならない。

 

「よって公は思わせぶりなことを言うことにしたのだ。一歩間違えると、何も起こらないまま幕引きとなってしまうかもしれんからな。それは少々つまらない」

 

 アーチャーの複雑な内心を知ってか知らずか、ライダーは妙に機嫌がいい。

 アーチャーがライダー相手に駆け引きする気にならないのは、そもそも得られる情報量に雲泥の差があるからである。

 

 ――断絶剣経津主神と、それを扱うための因果視。

 千里眼とは仕組みがまるで異なるが、過去・未来・並行世界に伸びる因果線を辿り続けるその視界。普段は「鬱陶しい」という理由であえて視界を抑えているそうだが、そのスキル――権能の残滓――で収集できる情報はアーチャーに太刀打ちできるものではない。

 

 本当に春日が、世界が危機に陥っても彼は助けない。救おうとしない。

 それがわかるから、ご機嫌を取ろうと無意味であることもまたよくわかる。

 

「よって貴族、お前に思わせぶり第一弾だ。去年、この街で起きた聖杯戦争のことを思い出せ。ざっくりではなく、最初から詳細にだ。きちんと詳細まで思い出せるか?」

「……」

「しかしさらにアドバイスをするなら、我が臣下、そして民草。やはり今を楽しむべきだ。この奇跡に奇跡を上書きしたような今、楽しまないには惜しいぞ」

 

 風が吹きぬける。夜にあっても目の覚めるようなライダーの白髪は、良く目立つ。

 

 

「そのようなこと、そなたに言われなくてもわかっておる―――」

 

 その時、はとアーチャーは川の遥か東に振り向いた。美玖川は東から西に流れており、海に注いでいる――春日駅の方向から、一成の呼び出しを受けた。

 どうやらサーヴァントに遭遇し戦闘をしているそうだ。ランサーを連れているとはいえ、真面目な呼び出しに自分のマスターを放っておくわけにはいかない。

 

 これで用も済んだことだ。

 アーチャーはライダーに背を向け、マスターの元へ走った。

 

 

 

 一成の元へ向かったアーチャーの後をみやったライダーの足もとに、いつの間にか複数の黒い犬が現れていた。

 犬にしては大きい――狼ともとれる巨大さに鋭い視線でライダーとフツヌシを囲んでいたが、彼らは気にした素振りもない。

 

「キャッ、けっこう増えたわねえ、黒い狼」

「わかりやすい。漏れ出すにもしても、運営者に馴染んだ形をとる。これは禍津日(まがつひ)の似姿をとったか」

 

 襲い掛かりこそしないが、禍々しい泥のような気配を漂わせる黒い狼たち。ライダーは大きく足を踏み出し、振り上げた右手を勢いよく降ろす――と同時に、黒い狼が胴体から真っ二つになって倒れた。御世辞にも耳に心地よいとはいえない断末魔を意に介さず、空間にピアノ線が閃くように狼たちは倒れ伏していく。

 超速で獣を切り伏せたのは、宙を舞う断絶剣(フツヌシ)。フツヌシ自身が抗するのでなければ、ライダーの思うままに機動する剣の神。

 

「もしくは、三峰の狼か」

 

 ライダーらは狼たちを害する意思はなく、単に歩くのに邪魔だったから斬っただけ。

 この黒狼たち、絶やそうと思っても無意味である。

 現にいま斬った狼たちの倒れた後には、既に何も残っていない。

 

 血も臓物も死体も、何もない。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「はぁ~~き、気疲れした……」

「おつかれさん。まあ呑め。俺のオゴリだ」

 

 それを買う金は一体どこから出ているのか、若干の不安はあれど、悟は汗をかいた缶ビールをありがたく受け取った。カスミハイツの六畳一間、ちゃぶ台を挟んでアサシンと向かい合っている。互いの目の前にはコンビニ弁当が開封されている。

 

 悟は今日の休みを利用して、妻の実家に顔を出してきた。そのために会社の面接に行くレベルにきちんとクリーニングにだしたスーツを身にまとい、自分に発破をかけながら出かけてきたのである。

 ゆえアサシンの待つカスミハイツに戻ってきた途端に気が抜けたのだ。

 

「ヨメの実家って春日から近いんだっけか?」

「電車で一時間くらいかな」

「ほーかい。で、首尾はどうだ」

 

 アサシンは自分も缶ビールをあけつつ、にやにや笑いながら尋ねた。

 

「どうにかなったけど、結局椿に……」

 

 気の緩みからか、妙に滑らかな滑舌で話していた悟の言葉が唐突に止まった。

 そして口元に手を当て、いきなり考え込んでしまったのだ。

 

「どうしたお前」

「……いや、いろいろあったことは覚えてるんだけど……実家で何を話したのかとか、どいうやりとりをしてマズったとか、思い出せなくて」

「たっだいまー。この挨拶、一般人っぽい?」

 

 悟は合鍵を与えた覚えはないのだが、シグマは何事もなかったかのように入ってくる。幸いここ数日、映画に連行することはあったもののシグマは悟に物理的にちょっかいをかけることもなく、カスミハイツを寝床にしているだけの人物となっていた。

 昼間、何をしているのかは謎だが、今日はネットに包まれたスイカを持って帰ってきた。

 

「はいこれあげる。おいしそうだから買ってきたの」

「あ、ありがとうございます……? ちゃんと冷たい」

 

 殆ど放り投げられたスイカを、あわててキャッチする悟。唐突な同居人の侵入で今悩んでいたことを忘れてしまったらしく、もらったスイカを素直に喜んでいた。

 悟の中では「妻の実家へのあいさつ」はいろいろあったが無事終わったことのため、無理に思い出す気持ちも最初からなかった。

 だが悟よりもアサシンの方が、そのおぼろな記憶を気にしていた。

 

「アサシンも食うか?」

「適当に切っとけ。おいアバズレ」

「ん~~何~~私の分も切って~」

 

 早くも寝袋にもぐりこむシグマは、アサシンの雑な蔑称も気に掛けずごろごろと転がった。ただ六畳一間の為、半回転でちゃぶだいにひっかかり止まった。

 一方悟はスイカをかかえ、そばの台所に立ち、包丁を取り出してスイカを切ろうとしていた。

 

「お前、確か魔術師の魔術や魂を取り込む魔術師だったな。それはもうやんねえのか」

「やめたつもりはないわ。ん~だけどそれどころじゃないっていうか、今は明ちゃんにあいたいんだけどねえ」

 

 しばらく会話して(大体が酒を飲みながらではあるが)、アサシンは自分なりにシグマという女を理解していた。

 この女は邪悪ではないが、良くもない。ライダーが善悪という基準があることを知っていながらとらわれないとするならば、シグマはまず善悪を知らないゆえにとらわれない。

 シグマの悪食は、幼子が手にしたものを食べていいものかどうかわからないまま口にしてしまうのと同じである。だから彼女は、自分の目的に影響がないならウソをつかない。

 ただ意固地になった子供が口を閉ざしてしまうように、無理に聞き出そうとしてもできない相談である。春日聖杯戦争サーヴァント最弱を自称するアサシンとしては、彼女の相手をしたくない。

 

「二人とも、半分に切ったのを三等分にしたよ」

 

 丁度大皿に盛ったスイカを、悟がちゃぶ台の上に置いた。それはそれとして、スイカはおいしくいただくアサシンである。

 悟もデザート代わりに食べるつもりらしく、せっせと弁当をかきこんでいた。

 

「さて、どうすっか……」

 

 再開された聖杯戦争の話は、昨日悟から聞くまでもなく自覚していた。アサシン自身も放っておくつもりであったが、本当にそれでよいのかどうか。

 


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