Fate/Imaginary Boundary【日本史fateホロウ】   作:たたこ

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夜④ LAST DANCE No.2

 空から見下ろす春日の街は、徐々に黒く蠢くモノに侵食されつつあった。しかし飛行スキルの恩恵により、ヤマトタケルと明は黒狼に襲われることはなかった。

 

 ただ、そこかしこでビルの壁を群れなして登る獣たちがおり、時がたてば仲間を踏み台にし、それらは天上の月へと手を伸ばすだろう。

 

「アルトリアはうまくやってるかな」

 

 アヴェンジャーを消滅させてはいけない。力を削った状態で櫛の宝具を発動させ、結界の中に閉じ込める。

 そうすればアヴェンジャーから湧き出している黒狼は、一時的に著しく数を減らす。

 

 その「一時」の時を有効活用するのは、ライダーや理子たちの仕事だ。結界で隔離すると言っても、あくまでこの「結界」イン「結界」の中に限る話で、櫛の魔力が尽きれば黒狼は再びボウフラのように湧いて出るだろう。

 

「まあ、どうにかするだろう」

 

 ヤマトタケルは眼下を見渡しつつ、そっけなく言った。それは信頼の表れなのか、それともあまり興味がないのか、明には計りかねた。

 

「……セイバーって、アルトリアと似てるし気も合うけど仲は良くないよね」

「む。仲良くないといけないのか」

「そんなことはない。ちょっともったいないなとは思ってるけどね」

 

 二人が目指していたのは、春日市で最も高いホテルの屋上。

 ライダーたちが陣取っているホテル春日イノセントの屋上をも見下ろせる。ヤマトタケルはそっと明を屋上の床に降ろすと、自分も足をつき天叢雲剣を取り出した。

 

 覆う蒸気はすでになく、蛇行する刀身に、水のように透明な、ガラスにも似た縁取りをなされた神剣である。

 

「さて、春日に向かって振り下ろすならここが一番か。しかし、お前が街に向かって宝具を使うことを許す時が来るとは」

 

 今は懐かしい、春日聖杯戦争。市が一つ消し飛んでもかまわない、と言ったヤマトタケルに対し令呪がつかわれたこともあった。明は文句ありげに口を尖らせた。

 

「そういうのは、ケースバイケースってやつだから」

「ふうむ。そういうものか? ではとりあえず、押し流すとするか」

 

 ヤマトタケルが両手で天叢雲剣を握りしめ、その切っ先を天に向けた。彼が視線を向けるのは、まさに春日の街。

 剣を中心に風が渦巻き、剣自体も淡く白く光を放つ――対城宝具。城塞をも薙ぎ払う、一撃必殺、雌雄を決するための最終武装。

 

「――八雲立つ出雲八重垣、其は暴風の神よ――」

 

 ヤマトタケルはこの宝具を聖杯戦争で使用したが、明はその輝きを一度も目にしたことがない。大西山ではほとんど気絶しており、最終決戦では戦場が違い、大聖杯破壊の際には地下の崩壊を危ぶんだヤマトタケルにより、先に地上へ戻らされていた。

 

 そもそも、対城宝具は魔力消費も激しく破壊の規模も大きい。サーヴァントを使役する魔術師として、滅多に使うものでも、使いたいものでもない。

 だから特段、天叢雲剣を見ていなかったことは、明にとってはそこまで気にかかることではなかった。

 

 しかし、それでも――。魔術師として、高貴な幻想を見ておきたかったのか。

 明は初めてみる神剣の真の姿に、好奇心を抑えられなかった。

 

「荒れ狂えよ天空。吹きすさべよ神風。迸れよ激流――以て此処に朝敵討ち果たさん」

 

 立ち上る光の渦に、噴き上がる魔力風。その中心にしっかと立つ日本武尊。そして彼は全く、いつもと変わらない様子で――逆にそれは空恐ろしくもあり――最期に宝具の名を告げる。

 

全て呑み込みし氾濫の神剣(あまのむらくも)――――!!」

 

 春日市街に向かって、上から放たれた猛烈な稲妻の斬撃と高熱の爆流。

 月をもかき消す圧倒的な神の光に焼かれ、青白い光が春日を呑み込んだ。重力もあいまって激流と光りの斬撃は瞬きの間に地面にまで到達して跳ね返り、一瞬にして市を地獄へと変えた。

 黒浪はまるでゴミのように斬撃に打ち砕かれ、そして多くは激流に呑み込まれ、音もなく蒸発していく。当然宝具は打ち放たれた方角の建物は紙くずのように蒸発して消え去り、文明の終わりをも思わせた。

 その凄まじい破壊にも拘わらず、明は感嘆の息を漏らしていた。

 

「……うん。いいものを見た。初めてだし」

「何だ? 見たかったのなら何度でも撃ったのだか」

「ばか、こんな大規模宝具ほいほい撃ってもらっちゃ困るよ」

 

 しかし、この対城宝具にも拘わらず、めちゃくちゃに破壊された春日市外からは凝りもせずに飽きもせず、黒狼が溢れ出していた。

 それも仕方がない、あの黒狼はこの世界の一部であり世界の呪いである。ここが終わるまで、破滅の為に湧き出てくるもの。

 

「よし、場所を変えよう……黒狼が多そうなとこ、土御門神社へ。あと一発くらい撃ってもらうかもしれないけど」

「わかった」

 

 

 明はセイバーの小脇に抱えられて春日の空を飛ぶ。その月はまだ満ちていなかったが――満ちるまで、あとわずかであろう。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

(ううっ、なんでハルカ様はこんなに戦うのが好きなんでしょう……)

 

 ハルカとキャスターはホテル春日イノセントの屋上から場所を移し、駅前のオフィスビルの屋上にて黒狼との戦いを続けていた。

 ハルカはキャスターを護るように前に立ち、宝具の補助を受けて目にも止まらぬ速さで黒狼を刈り取っていく。惜しげなく振るわれる宝石の魔弾によって吹き飛ばされる。ガンカタのように機敏に動く彼の身体は、まるで機械のように正確に、だが躍動感に満ちていた。

 それは戦いに疎いキャスターでさえ、彼が生き生きとしていると感じられるほどだった。

 

 キャスター自身も鏡を振り回し、時には遠当てを打ち、黒狼から身を守っていた。だが何よりもわからないのは、自分の主のこと。

 他のサーヴァントたちに、世界の崩壊を遅らせるための黒狼掃討は任せている。今更彼がここで戦う必要はなく、ライダーの行いをただ見ていればいいはずだった。

 

 理解できなくてもいいはずだった。ハルカが元気になってくれれば、それで。しかし、やはり自分はいらなかったのだと、何一つ果たせなかった後悔がくすぶっていた。

 

「――! 魔術のノリが悪いようですね、キャスター。どうかしましたか!」

 

 鋭いかかと落しを叩き込みながら、ハルカは一瞬視線をキャスターに向けた。

 

「いっ、いえっ! ……ハ、ハルカ様!聞きたいことがあるのですが!」

「何ですか!」

「……ハルカ様は、何故そんなに、戦うのが好き……いや、……一人でも、そんなにお強いのですか!」

「? 私のどこが強いと言うのですか!」

「……強いです! 自分の身体がもうダメだと知っても、落ち込んでも、どうにかなるだろって、今こうして戦ってるから、強いと思います! ……私がいなくても、きっと同じように元気になってたと思います」

 

 腕っ節の話ではない。ショックなことがあり落ち込んでも、彼は立ち上がった。

 それは今だけでなく、昔、生まれた家から魔眼のかたに追われた時も同じだった。勿論彼を認めたエーデルフェルト当主の存在もあっただろうが、彼は自分の力で立ち上がった。

 

「そうかもしれませんね!」

 

 ハルカはノータイムで、勢いよく返答した。見えぬスピードの拳で獣を殴りつけ、踊るように回し蹴りを叩き込みながら彼は問い返した。

 

「もしかしてあなたは、私が弱い方がいいと思っていますか?」

「それは、……違います! 誰かに助けてもらわないと生きられないより、一人でも生きられる方が、いいはずです!」

 

 キャスターはハルカに負けじと遠当てを連射し、獣らを吹き飛ばす。

 人は、いつでも誰かを助けられる余裕があるものでもない。自分で自分を助けなければならない。助けられっぱなしではいけない。生前のキャスターも、戦場では日本武尊に助けられていたが、走水の海で助け返すはずだったのだ。

 

 助けられなかった。たくさん、助けてもらったのに、自分は何もできなかった。キャスターの答えに対し、ハルカは力強く頷いた。

 

「一人で生きられない者もいるでしょう。自分すら助けられない者もいるでしょう。にもかかわらず、自分のみならず、他人まで助けられるなんて、そんな人は、どれだけ強い人なのでしょうね! ――Fixierung,EileSalve(狙え、一斉射撃)!」

 

 スナップを効かせ、エメラルドの宝石が放たれた。ひとつの獣に当たるなり、強烈な爆風と閃光を放ち阿鼻叫喚の断末魔を上げさせた。

 ハルカの身体は完全に勢いにのり、正確に、怪我を負うことも危なげもなく黒い闇の中で翻る。

 

 

「自分を助ける事さえ難しい。それでも人を助けるなら、自分の身を砕くか、だれよりも強くあらねば叶わない。だから、」

 

 きっとハルカは、当たり前のことを言っているだけ。

 

「自分の力で他人を助けたい、なんて――大層な願いですよ」

 

 それは、ハルカとキャスターが初めて顔を合わせて願いを確認したときと、同じ言葉。

 

 彼はキャスターと違って、人を助けることに尽力しようとしてきたタイプではない。

 彼は彼自身を練磨することに夢中で精一杯だったから――それゆえに、懸命に人を助けようとする人間を物好きだとも思いながら、認めているのだ。

 

「助けようと思って助けられなかった。それは普通のことでは? 大騒ぎするほどでもないと思いますが!」

「――っ」

 

 殴られたような衝撃があった。

 

 自分は、ずっと助けなければいけないと思っていた。

 

 それを、今ひと時のマスターは、救うべき対象とした相手は、否定も肯定もしなかった。

 ただ人を救うことは大変なことで、叶わなくても、誰も責めや咎を負うものではないと。

 

 突然黙ってしまったキャスターに対し、彼女の内心に気づかないハルカは少々慌てた。

 

「……すみません、気分を害しましたか。大騒ぎするほどのことではないというのは、気に病むことはないということで「……大丈夫、わかっています」

 

 きっと、キャスターはハルカの運命ではない。

 ハルカも、キャスターの運命ではない。

 

 それでもここに二人、主従として引合されることになったのはきっと故ある事だと、キャスターは信じた。

 彼女は勢いよく顔を上げた――周囲は黒々とうねる渦に塗れているというのに、その顔に絶望の色はない。

 

「……ハルカ様ッ、人助けですよ! きちんとここに、私と言うバカ女、LOVERがいたことを覚えておいてくださいね!」

「LOVER? 知りませんねそんなサーヴァント」

「ファー!!」

 

 二人は視線を交わし、戦いを続ける。キャスターが遠当てを撃ち、遠くの獣を撃ち殺す。

 そして彼女を護るように、ハルカは目にも止まらぬ速さで立ち回り足で、拳で、頭で獣を追い立てる。

 

「ハルカ様、ちょっとわからないことがあるので、聞いてもいいですか?」

「どうぞ!」

「あのっ、アヴェンジャーが、この世界を……私にはここですべき目的があるから、維持してるって言ってましたけど、私、全然意味わかんなかったんですけど、どういう意味ですか?」

「は? そのままですよ、あれは。わからないのなら、私なりに言い換えてみますけど」

 

 飛び掛かってくる黒狼を、宝石炸裂・機動装甲(モビールバースト)の瞬発力で殴り飛ばしつつ、小気味よく答える。

 

 

「愛しているってことでは?」

「はい?」

 

 

 

 キャスターが呆気にとられ、動きを止めたその時――遥か彼方から飛来する一本の槍があった。

 避ける間はないが、キャスターの結界なら間に合う――ハルカはその槍を目で追いながら――が、途中でそれは彼等を狙っていたのではないと気づいた。

 

 槍は真っ直ぐに飛翔し、ハルカたちの背後の一際巨大な黒狼の頭蓋の中心を貫いた。そして槍に次いで現れたのは、筋骨隆々たる益荒男――天を衝くような角の兜、数珠を肩がけにした戦国武者。

 数日前美玖川にて戦った、ランサーのサーヴァント。

 

「お前たち、ここは危ないぞ!」

「? 何故――狼なら倒せていて苦戦していませんが」

「そうではなく、向かいのビルからヤマトタケルが宝具を放つ。ここにいては巻き込まれるぞ!」

「――!」

 

 ランサーが指さした、百メートル以上は離れた場所に立つビルの屋上。青白い幽鬼のような光は、みるみる間に強まり輝きを増していく。

 

 それは間違いなく、宝具(奇跡)の光。生前のキャスターが、走水に至る前に見ていた、堕ちる前の輝き。

 

「……ハルカ様、一端退避です!巻き込まれると厄介ですので!」

「了解です」

 

 二人は先導するランサーに続き、黒狼を切り払いつつ最大速でその場を離れた。


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