skullの過去
イタリアに帰ってきましたよ、っと。
ずっと家の中にいるのも勿体なかったので、久々に長期のドライブに行くことにした。
ガソリンの量を確認した俺は、ポルポを後ろに乗せたバイクを走らせた。
速度が既に三桁を超えていても、この町は無人なので気にしない。
町が廃れて既に十年くらい経っているが、未だあの頃の面影がちらほらとある。
走り回る子供が、買い物へと足を向ける若者が、散歩をしている老夫婦が、赤ん坊を抱いている母親が、今じゃどこにもいない。
謎の巨大生物とやらが現れ始めて、この町から人が逃げていった。
まぁ俺はその巨大生物見たことねーからあんま信じてねーけど。
ラジオやテレビ、町内放送では避難勧告がずっと流れていた時期があったけれど、一か月も続かなかった。
多分あれは、俺が徹夜でゲームで嵌まっていた時だったか。
ずっと家の中に引き籠って、久々に家の外に出てみると避難勧告する町内放送もなければ、人っ子一人いなくなってたな。
現状にビックリして町の隅々までポルポを連れて回ったけど、最後まで人影を見るはなかった。
ポルポが市民会館を指差して、美味しい!美味しかった!と連呼していて、あれはレストランではないことを説明するのに手間がかかったのは懐かしい思い出だ。
その頃のポルポはテレビの影響もあって色々な場所に行きたがっていたし、特にレストランに行きたがっていた気がする。
僅かばかりの期待と共に市民会館の隣にあるレストランに行ってみたけど、どのみち人はいなかった。
その前にまずレストランにタコは連れていけねーなと思った。
あれからもう少しした頃だったっけ、ポルポが中二病を患ってしまったのは。
まだ幼かったポルポはあんなに可愛かったのに……一体何があったらここまで変貌してしまうのやら。
バイクの速度を落とし
公道は交通規制があって、俺は直ぐに捕まってしまうから、公道ではなく誰にも見つからない裏道を通っていた。
少し危ない道で、崖から落ちたらペシャンコになったりする道もある。
まぁこの道、俺しか使わないから誰も知らないし通らないだろうけど。
一時間も掛からずに次の町に入り、少し標高の高い道から町の全体を走りながら見渡す。
この町も数十年前よりも確実に人減ってるよな。
過疎化ってすごい。
色んな町を超えて早数日、人里離れた山道を走っていると、途中熊が出てきてポルポが食べてしまった。
お前熊食べれんのかー、と口元を引き攣らせながら見なかったことにした。
ポルポの口からバリボリ聞こえるのはきっと気のせいだよな。
山道を抜け、人里に出ると俺は首を傾げた。
「
「……この町見たことあるような……あ、俺の生まれ育った場所か」
「主の…?」
すごく覚えのある酒場の文字が目に入り、俺はここが故郷であることに漸く気付いた。
既に故郷での記憶は殆どない。
故郷といっていいのか分からないと思うほど愛着がないのは、多分記憶に残る思い出がなかったからだろう。
まだ俺が前世と今世に区別出来ず、ひたすら自分の状態が分からなかった頃だ。
図書館に籠っては訳の分からないオカルトチックな本を読んだり、どこまで前世を覚えているか分からずとにかく片っ端からノートに知っていることを写していたり、まぁ暇ではなかったな。
赤ちゃんの頃に羞恥心で泣くのを我慢していたせいで、声帯が発達しなかったのは思わぬ誤算ではあったが。
中身があれなのにおぎゃるわけねーだろ。
「ここが主の…」
「もう、あまり……覚えてないけど…多分もう少し北の方に俺の家の跡地があるかもな」
「跡地?」
「俺の家半焼してたし、もう壊されてるだろ」
そうだ、家半焼して両親死んじゃったから父親のバイクと両親の遺産を片手に、自分探しの旅に出るぜみたいな心境で出ていったんだ。
俺の自業自得すぎる思考のせいで最後まで両親の目を見て話すことはなかったけど、少しの後悔だけですぐに立ち直る俺のアホさ加減も呆れるよな。
あー、俺の親不孝さをここにきて思い出すとは。
傷心旅行のハズが、傷増やしてどうすんだ。
でも俺の家の跡地が気になって少しだけ覗いてみることにした。
北に数十㎞走れば、当時よりも人が減った区域がある。
何十年経っても外観が変わらない図書館があり、図書館にバイクを駐車した俺はそこから記憶を頼りに家までの道のりを歩く。
途中で教会がちらりと視界に入るが、正直あの場所で思い出せる記憶は全部嫌な思い出ばかりだ。
偽神父に悪魔が憑りついてるとか言われたり、魚臭い聖水ぶっかけられたり、色々思い出しては気分が急降下していく。
ただ、あの神父…俺が村を出て行こうとした時に、偽物であることがバレて失踪してたな。
あのまま社会的に抹殺されてればよかったのに……
もう少し歩けば視界の端に脇道があり、俺はそちらへ足を向ける。
あ、懐かしい……ここ、よく俺が来てた場所。
そこは
前世ノートとか痛い本を家に持って帰れるわけもなく、俺はよくここでノートを開いて書いていた。
ここは村人たちが呪われた場所だとか言って誰も立ち寄らなかったから、侵入し易かったな。
その場所を素通りした俺はここら辺にあるはずなんだが…と辺りを見渡せば焼け焦げて屋根が半分以上崩れている、寂れた家が視界に入った。
「あ……ここだ」
まさか取り壊されていなかったとは……
家を囲むレンガも半壊していて、蜘蛛の巣が張られまくっている。
取り壊す費用とか無視して俺が村を飛び出ちゃったから、片付けられなかったのだろうか。
全焼してなかったのが不思議なくらい凄い燃えてたな。
俺は既に原型を留めていないかつての家を眺めて、思い返す。
一言で言えば、光のようなものが見えた……それだけだった。
「お願い、泣いて……お願いスカル、泣いてちょうだいっ」
温かい水の中から引きずり出された感覚と、暗かった視界が瞬く間に光を帯びる。
目を細める程眩しいかといわれればそうではなくて、ただ明るいなと思っていたら誰かが泣きながら呟いている声を耳にした。
一体ここは、どこなのだろうか。
どうして目の前がずっとボヤけているようにハッキリと見えないんだろうか。
耳にする女性と男性の複数の声と、役に立たない視界では状況を判断するには難しかった。
そして俺は誰だ。
核を失った人格は自問自答するが、求める答えが見つかるのはそれから4か月後のことだった。
視力が段々と明瞭になっていき、目の前の状況を詳しく理解することが出来たからだ。
それまで聴力のみでここが病院であり、自分が赤ちゃんなのかもしれないということはなんとなく予想していたが、視覚が発達してから漸く確信に至る。
どうやら俺は赤ちゃんになってしまったらしい、と混乱の真っただ中に突き落とされた。
これが夢であればよかったのだが、体感的に4カ月たっている上、痛覚があるとくればもう信じる気持ちの方が大きかった。
スカル、と何度も俺を抱き上げる腕は俺の親のもので、俺の名前はスカルだと気付く。
絶対にそれ俺じゃねー、って思うのは多分今の俺が持っているこの知識からくるものだろうか。
段々と記憶を整理していった俺は、失った自己をかき集め、その結果日本人という情報を補完する。
だが目の前で繰り広げられる会話は日本語ではなく、どこかの国の言語であり…俺にとっては異世界にいるような気分だった。
輪廻転生、そんなものが本当にあったのだろうか。
そうでなければ俺の状況に説明がいかず、俺は自分が転生してしまったのだと結論付けた。
生後8か月ほどなる頃には、周囲の言語を僅かながら理解していた。
まだここがどの国なのか分かっていないが、年代は何故か俺がいた前世よりも前だ。
時間の直線上、一方通行で転生が起こりうると思っていた俺はまさかの時代に驚く。
前世はどうやって死んだのかは覚えてないが、並みならぬ努力の末に漸く安寧を得た直後に地獄へ突き落されたような絶望感が心を埋め尽くす。
きっと、
前述のとおり碌な人生じゃなかったでござる。
2歳になった俺は前世の記憶の欠損部分が少しずつ補完されていく中、幼少期がどのようなものだったのかを次第に思い出していた。
そして思い出したくなかったと激しく後悔する。
正直、親がクソだった。
バツイチの実の母親と再婚相手の父親が、物凄く前世の俺に冷たかった。
前の夫と別れた原因である俺を
特に母親は頭おかしかったのか、俺の父親譲りの顔を罵るかと思えば褒めたり、感情起伏が激しすぎるヒステリック女だ。
なるほど、だから俺は今の両親が苦手だったのか。
俺と両親の間にある心の壁はエッフェル塔並みに高く
ひとえに俺が彼らと関わりたくないが為の措置であり、現実から目を逸らし続けた。
俺が7歳になる頃、既に同年代の子供達の間で孤立しまくってた。
しゃーない、だって精神年齢バグってる上にこちとら記憶の整理で忙しいのだから。
前世の記憶補完の為に覚えていることを片っ端からノートに
近所の子供が俺のノートを奪い取って中身を見て、泣き出した挙句逃げていった。
なんでだ。
確かに日本語で書いているから分からないだろうけど、国民的アニメの青いたぬきの絵も一緒に描いてるだろ、どこに泣く要素があったんだ。
分からない俺は、立ち入り禁止の通称呪われた木の場所でノートを書き始める。
途中でどこぞのシスターに怒られたけど、そんなもん知ったこっちゃない。
ここは人がこないから前世ノートを隠すにはもってこいの場所だ。
最近、図書館に行っては前世や転生について文献がないか調べてたけど、これといって目ぼしいものはなかった。
今世どれだけこのような行いをすれば、来世でこんな素敵な人になれますよ、的な内容しかない。
宗教的な内容の本しかないのか、図書館のそれらしい本を読破しても欲しい知識はどこにもなかった。
俺が10歳になる頃には、両親との心の壁がスカイツリーに届く程高くなっていた。
哀しくもなかったし、辛くもなかったので放置していたのは、きっと前世での10年間以上にも渡る家族間での嫌な思い出のせいだ。
何度も病院や教会に連れて行った両親は、この頃からもうお手上げ状態です的な感じで話しかけなくなったから楽だ。
子供達が授業でよく訪れる教会の神父が、俺に悪魔が乗り移ってるって言ってたけどコイツペテン師じゃねーか。
何が悲して悪魔祓い体験せねばならないんだ。
聖水吹っ掛けられ…くさっ!ああ、もう魚くさい!
十字架とか投げつけられそうな勢いだったから拘束を振りほどいてその場から逃げ出した。
くそ、あのペテン師め……どうやって失脚させてやろうか。
あの神父のせいで町の人達がコソコソと陰口言ってる。
町の風習やらなんやら知らんが、悪魔は信じないし呪いも信じない。
俺が信じるのは幽霊だけだ……だって幽霊めっちゃ怖いもん。
14歳のクリスマス、とても雪が積もっていて車は通れず、町の所々にクリスマスを祝う装飾があちらこちらに飾られていた。
かくいう俺の家も、母親がクリスチャンだったからクリスマスは一応祝うらしい。
日本とは文化的な違いもあって、なんか思ってたんと違う…って印象だったけど心の中に押しとどめた。
七面鳥の丸焼き出てきて、思わず固まった。
だってそれ裏庭で飼ってたチャコじゃん。
え、待って…チャコお前そんな姿にされたんか………
食欲を失った今年のクリスマス、俺は独り寂しくチャコの死を嘆いた。
15歳の誕生日が過ぎて直ぐの頃、俺の家が燃えた。
ぐっすり眠っていたら焦げくさい匂いが鼻につき、目を覚ませば一面真っ赤。
焦った俺は一旦部屋の外に出れば、まだそこまで火の手が迫っていなくてほっとする。
家の外に出ても両親の姿はなく、あれ?もしかしてまだ中?と思った俺は、仕方なく家の中に再び入る。
俺の感情よりも人命を優先し、両親の寝室に行けば父親がぐっすり眠っていた。
火の出所が寝室だったのか、既にベッドが燃え上がっている中でスヤスヤ眠っている。
寝てる場合じゃねぇぞコラ。
怒りを感じながらも父親を揺すって起こそうとするが、一向に起きない。
何度もビンタしたけど起きなくて、もしや死んでるのでは?と思った俺は取り合えず一人じゃ支えきれないと思い母親を探し始める。
母親が台所で倒れていて、ビックリしながら駆け寄って揺さぶる。
すると少しだけ重い瞼を開けた母親と目が合う。
多分今世で初めて母親の瞳を見たけど、紫色してるのかって…場にそぐわないこと思ってた。
「起きろよ……眠んな、逃げるぞ」
やっと出た言葉に、久しぶりに声帯が震えたのを感じる。
小さすぎて声が聞こえなかったのか、母親の反応はなく、何度も強めに揺する。
煙たすぎて涙が出てきた。
煙吸い込み過ぎて動けないのかな、そう思った俺は母親の腕を肩に回してなんとか立たせようとしたけど、母親がそれを拒んだ。
一向に動こうとしない……いや、助かろうとしない母親にイラつきながら、一回殴って正気に戻してやろうかとすら思った。
「……スカル…」
母親の白い腕がゆっくりと、俺の頬へと伸ばされる。
何度も俺が拒んだ、白い腕が。
「…愛し、い…いとしい……スカル」
母親の手の平が俺の頬を優しく撫でる。
「しあわせに……生きて……」
初めて 彼女の笑顔を見たと思った
火の手がそこら中に広がり、子供一人くらいなら出られる隙間から這い出て外に出る。
外では火事に気付いた住人たちが騒いだり、水を家に掛けていて、家から出てきた俺を見るなり固まった。
その中で野次馬を掻き分けて現れた救命士が俺を抱き上げ救急車で怪我の状態を確認するが、無傷な俺を確認したのかタオルを掛けて救急車の段差に乗せる。
怖かったね、もう大丈夫だよと言ってくる他の救命士から水をもらい、ただ燃え盛る自分の家を眺めていた。
多分、両親は助からない。
俺の予想を裏切られることはなく、両親の焼死体が発見された。
俺は孤児院に入れられることになった後、両親の葬儀に出る。
孤児院のシスターが一度だけ俺に、辛ければ泣いてもいいのですよと言ってきた。
泣く程辛いわけではない。
ただ、あの言葉が脳裏を
『…愛し、い…いとしい……スカル』
あの人たちは、あのクソ野郎どもとは違っていた。
俺はずっとあの人たちを敬遠していたにも関わらず、死ぬ最後まで俺の幸せを願ってくれていた。
笑顔の裏に張り付けてある黒い感情なんてなかった。
もっと、歩み寄るべきだった…の、かもしれない……
「もっと……笑えばよかった………」
そうすれば、きっと……きっと、俺は幸せだったのに
俺はずっと、この後悔を背負って生きていくんだ…
土の中に還っていった両親を見送りながらそう思った。
???side
真夏の涼し気な夜に、
産声もあげず、ただ瞳を大きく、大きく開く赤子はまるで生まれ落ちたことに絶望しているかのようだった。
「お願い、泣いて……お願いスカル、泣いてちょうだいっ」
田舎の小さな村とあって、医師は村に一人…よくて二人だけで、私の出産に立ち会った医師は交代でこの町に駐在する者だ。
声も上げない赤子に不安になり、泣いてちょうだいと涙を流していたが、医師が赤子がちゃんと呼吸をしていることを確認すると、安心して下さいと私を落ち着かせる。
赤子は未だ目を丸くし固まっていて、看護師たちは次々と赤子に管を付けていき検査室へと連れていかれた。
「あなた、スカルは大丈夫かしら…」
「元気な男の子だよ…産んでくれてありがとう」
元気なお子さんですよ、と看護師が連れてきた赤子を腕に抱いた時、私はその小さな生命と共に幸せを噛み締める。
それが私の人生が狂った瞬間であることに気付くのは、ずっとずっと先だった。
スカルは泣かなかった。
全く、とまではいかないがその泣き声は一日に一度聞こえるか聞こえないかというほど少ない。
私は何かの病気ではと思い何度も医師に見せたが、検査結果は異状無し。
スカルが漸く1歳になり、周りの環境を理解し始めるころになっても、あの子の態度が変わることはない。
2歳3歳と…歳を重ねるごとに我が子との壁に悩まされる。
5歳になったあの子は、周りに興味を持てなかったり、ずっとノートに何かを書き込んでいたり、とにかく一人でいることを好んでいた。
スカルが7歳になる頃、あの子はよく呪われた木の場所に行くようになっていて、あの場所にはいってはいけないと何度も叱ったが、あの子は行くことをやめはしなかった。
周りの子は何度もあの子を
ずっとあの子が書き綴っているノートの中身が気にならないわけではなかったけれど、中身を知ってしまうのが怖かった私はずっと目を逸らし続けた。
あの子は図書館に行き始め、夜遅く閉館の時間まで居続けていた。
我が子とまともに会話出来ない自分が、まともな親に見えるわけもなく、相変わらずあの子との距離は離れていくばかりだ。
あの子が10歳になった頃、それは起こった。
「その子には悪魔が乗り移っています、今すぐ悪魔祓いをしましょう」
教会の神父がスカルを見て、私にそう言った。
我が子を悪魔呼ばわりされて、まず初めに湧き上がったのは怒りではなく安堵だった。
スカルが可笑しかった理由が分かったような気がして、まだ手の尽くしようがあると分かって、私は安堵したのだ。
もうこれが最後のチャンスかもしれないと、私は神父に
あの子を、あの子を悪魔から救ってください、と。
スカルは状況が分かっていなかったのか大人しく椅子に座らされ、聖書を見せられるなり顔を歪ませる。
ああ、やはりあの子には悪魔が乗り移っていたのだ。
私はハンカチを口に当て、涙を堪えながらあの子の悪魔祓いを見守る。
「名前を云え!スカルに憑りついているお前は誰だ!」
神父の怒声が聞こえるが、スカルの表情は至って変わらず、相手を見下しているような、嘲り笑っているような顔をしていた。
私は、早くあの子から悪魔を追い払ってと祈るばかりで、神父の怒声に目を
遂に痺れを切らした神父が聖水をスカルに掛けると、スカルの表情が歪みだす。
「云え!貴様の名前を‼」
スカルが一際神父を睨むと、両隣にいる人たちの拘束を振り切り教会から逃げ出した。
額に汗を伝わせる神父は、逃げ出したスカルの背中を眺めて、追いかける者達を止める。
「やめなさい、これ以上は逆効果だ」
「どういうことですか神父様!?」
「思っていたよりもスカル君に憑りついている悪魔が強いのです……これ以上すればスカル君の身体が持ちません」
「そんなっ…」
「スカル君の身体がもう少し丈夫になってからじゃないと、命に関わります」
神父の言葉に私は涙を流し崩れ落ちる。
夫も
スカルは変わらず、呪われた木の下でノートを開いている。
私は一度だけスカルが学校に行っている間、あの呪われた木の下に隠されているであろうノートを探したことがある。
見つけたのだ、どこにでもある変哲な赤いノートを。
使い古されたノートが何冊かあり、一番上のノートを開いて、私は絶句した。
青い……化け物のような……悪魔のような生き物が描かれていたのだ。
目から血を流し、全身青く塗りつぶされた…化け物が。
私はノートを元の場所に戻し、直ぐにその場から去った。
怖かったのだ…
もし、あの場に私が行っていたことがスカルに乗り移った悪魔にバレてしまうことが。
恐ろしかったのだ…
訳の分からない文字を書き綴るあの子が。
神父がもう少しすればあの子の本格的な悪魔祓いを行うと言っていて、私はそれまであの
スカルが15歳になった頃、私は我が子を殺す決心をした。
もう5年も経つのに神父はスカルの悪魔祓いをしてはくれなかった。
もう少し、もう少しと何度もその言葉で機会を伸ばされていて、既に私は限界だった。
村の者達はスカルのことを指差して、悪魔だと、イカれた奴だと、狂った奴だと笑い、遠ざけ、
違う、違う、スカルは悪魔に憑りつかれているだけだ!
でももう私も夫も、スカルに声を掛けることを諦め、遠ざけ、顔すら見ない。
これ以上惨めな思いをするくらいならば、独房の中で産んだことを後悔した方がいいと、本気でそう思ったのだ。
でも、夫に愛想を尽かされた私に未来はあるのだろうか。
皆、皆、皆、皆、一緒に死ねば……死ねばいい。
そうすれば、きっと…楽になれる。
ある日私は夕食に睡眠薬を盛り、夜皆が寝静まった頃、自ら睡眠薬を大量に飲み込み自宅に火をつけた。
寝室に火をつけ、クローゼットが燃え上がる。
隣で寝ている夫に口づけをして一言謝ると、寝室を出た。
私は寝室から一番遠いキッチンに向かい、睡眠薬による深い眠りをただ待ち続け、瞼を閉じる。
既に意識は半分以上夢の中で、火の手が直ぐ近くまで来ていることを耳で感じ取っていた。
暗いような、明るいような…そんな不思議な視界の中体がいきなり揺さぶられる。
何度も何度も……誰かが火事に気付き助けに来たのだろうかと思い、重い重い瞼をゆっくりと開く。
すると、目の前には私と同じアメジストの瞳が現れた。
もう数年も見ていなかった瞳と、声の出ない口が大きく開かれていた。
「起きろよ……眠んな、逃げるぞ」
幻聴だと思った。
もう、何年も聞かなかったあの子の声に私は夢かとすら思ったのだ。
起きろ、逃げろ、眠るな、と何度も掠れた声が耳に届く。
あの子の頬を伝う涙に、私は自らの過ちに気付いた。
「……スカル…」
死に逝く私を泣きながら揺すってくるこの子が 悪魔であるはずがない
きっと 悪魔のような恐ろしい我が子は 愚かな私が見た 幻影だったのだ
「…愛し、い…いとしい……スカル」
息子は狂ってなどいない
私の為に涙を流せる 立派な 愛しい子
ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい
こんな愚かな母を許さないで
最後の力を振り絞って腕をあの子の頬に伸ばした私は、
「しあわせに……生きて……」
早く逃げなさい、と呟く前に私は力尽きた。