「スカル!この本を読み聞かせてくれませんか?」
冬も過ぎ去り、過ごしやすい季節へと移り変わるこの頃、開けた窓から春風が潮の匂いを運び込む。
海開きまでまだ数か月を残している今日、俺の目の前には絵本を片手に溢れんばかりの笑顔で佇むユニの姿があった。
少し、時を遡ろう。
数か月前に俺は呪解の儀式という名の円陣に参加し、赤ちゃんの姿に逆戻りしてしまった。
当初は混乱が残ったが、数日後にちゃんと成長していることが判明して無事ことなきをえた俺はユニの提案を蹴り、イタリアでポルポと共に暮らしている。
ユニの提案を蹴ったのは、ひとえに俺が誰かと一緒に暮らすことが無理だったからだ。
その上ユニはまだ子供だったので、YESニートライフNOワークを掲げている俺は悪影響極まりない。
一にゲーム、二にゲーム、三、四飛ばして五に散歩、というダメダメっぷりである。
俺のことを心配してくるユニには申し訳ないが、俺の中では自分の命とニートライフを天秤にかけるとほぼ釣り合っていたのが悪い。
ただ、人がいなくなったあの町はダメと言われた上に最低限周りに人がいる場所にしてくれと、ユニと綱吉君に言われた。
引き下がらない二人に折れた俺は、また不動産屋行かなきゃなと思っていたら、ボンゴレの所有地がいくつかあるからそこに家建てればいいんじゃねーかというリボーンの野郎の提案が採用されてしまい、ローマの私有地に家が建てられてしまった。
家の完成まで治療を受けてたんだけど、殆ど一週間そこらで完治してしまった俺は一か月間日本で過ごしてイタリアに帰ることになった。
ポルポの巨体を考えられていたのか天井の高い一軒家で直ぐ側に海が見えるという優良物件具合に度肝を抜かれたが、そういえばボンゴレは大企業だったな…と、これくらいの出費は鼻くそなのだろうと自己完結する。
私有地というのもあり直ぐ横に住宅街というわけではないが、私有地を出ればすぐに都心が顔を出すこの利便さは脱帽した。
まぁ人混みが無理ぽな俺はずっと家に籠っているがな。
それを見越したかのように度々現れるアルコバレーノ達やユニに一種の絶望を味わったのは誰にも言わない。
コイツらはどうやっても俺を引き籠らせたくないらしい……これは辛い。
公園に連れて行こうとするユニや、家の外に引き摺り出していきなり日本に拉致するリボーンや、俺の前でいちゃつくラルとコロネロ、その他にも顔を出してくるけど正直ユニを除く皆は爆発すればいいのにと思う。
静かな場所を求めて一度家出らしいことをしたんだが、帰ってきてからが地獄だったので二度とやらないと心に決めた。
なんだかんだと一番訪問率の高いユニは、来るたび絵本やら学校の宿題やらを持ってきて長居することが多い。
世界中のロリコンに対して胸を張って自慢したならば二度と夜道を歩けないであろうこの幼女のお泊りだが、付き添いの兄ちゃんがいつも怖いから俺としてはあまり来てほしくないのが本心だ。
まぁ、色々あったけれど無事春を迎えて今に至る。
さて冒頭のユニの言葉だが、最近ユニのブームなのか知らんがよく俺に読み聞かせを強請ってきて割と困っていたりする。
それは何故か?俺が音読出来ないからだよチクショー。
子音単独の発音が壊滅的な俺は、滑舌悪い通り越して呂律が回っていないレベルで酷かった。
中々の羞恥プレイをご所望するこの幼女、狙ってやってたらかなり性格悪い。
元々人と会話する機会がない俺の声帯が一冊の絵本を音読出来るほど持たないのでゆっくり読んでるけど、よく飽きないなこの子。
俺なら数秒で寝落ちする程ゆったりペースだ。
金髪の兄ちゃんが偶に様子見で来るけれど、この時間が一番地獄だったりする。
いっそ殺せ。
「スカル!また来ますね!」
今日もまた地獄の音読時間を堪えて、ユニが笑顔で帰っていくのを見送る。
ユニの乗る車が見えなくなって家の中へ戻れば、テーブルにユニが持ってきた絵本が数冊置かれていた。
忘れていったのかと絵本へと手を伸ばしたところで、ポルポが窓から帰ってくるのが視界に入る。
未だに自給自足のポルポは最近海の中でお魚をもぐもぐしているらしい。
ニュースで偶に漁業大打撃というニュースがあるが俺は見ていないし聞いていない。
次の日は、とっても天気が良かったから庭に出てポルポと一緒にひなたぼっこをしていた。
庭に出る際にユニの置き忘れていった絵本に興味が沸いたのかポルポが俺と絵本を見比べるので、仕方ないなと絵本を手に取り、音読する為にポルポに
ポルポが興味津々に絵本を見てくるもんだから、下手くそな発音で読んでみた。
内容が内容だけに何の面白みもないので、段々と瞼が重くなっていく。
「――――――――――『雨を降らせると……子供たちが嫌な顔をするんだ』と……雲は言いました」
「そんな雲に………太陽は、『でも君がいないと困っちゃうよ、ほら皆を見てごらん、干乾びそうで苦しんでる』と、言い…ました……ふわぁ……」
大きな欠伸をしながらページを
「『雲はとっても大切さ』……と、……たいよぉ…は………」
ひなたぼっこの効果もあり瞼は段々と閉じていき、俺は遂に睡魔に身を任せた。
温かく気持ちいい風が頬を撫でる。
ほのかに香る潮が海の存在を教え、遠くでさざ波が聞こえてきそうだった。
『…愛し、い…いとしい……スカル』
涙で反射している紫色の瞳は宝石みたいに綺麗で
『しあわせに……生きて……』
俺はまたどこかであの人の瞳を思い出すんだ
「スカル、起きて」
ポルポの声に目を覚ますと、既に陽は暮れ始めていて結構昼寝をしてたんだなと気付く。
「あれ?毛布……」
寝ぼけた頭で上体を起こせば、肩からずり落ちた薄い毛布に首を傾げる俺に、ポルポの声が頭上から降ってくる。
「綱吉とリボーンが来てたよ、その毛布も綱吉が掛けてくれた」
「え、来てたんだ…気付かず爆睡してたのか」
「もう帰ったけどね、よく眠れた?」
「これ夜眠れなくなるやつだ」
ポルポと会話をしながら背伸びをした俺は、膝の上に置かれている絵本を閉じて立ち上がった。
家の中に入り冷蔵庫を
「スカル、僕にんじん食べたい」
「生?」
「うん」
「すっかりベジタリアンになっちゃって…まぁ俺ニンジン嫌いだから助かるけど」
「嫌いなのに何で買うの?」
「ユニとかが勝手に買っては置いてくんだよ」
最近ベジタリアンなポルポに冷蔵庫の野菜事情を話しながらテレビを付けると、丁度ニュースが流れ始める。
『えー、今日午前5時頃、農家の畑が荒らされているという通報があり、これで既に15件目と被害が相次いでいますが—————…』
俺は無言でチャンネルを変えた。
綱吉side
リボーンに拉致られてイタリアに連行された俺は、今現在九代目が用意した車に乗せられている。
どこに向かっているかは何となく察しはついていて、俺はリボーンにぐちぐちと文句を垂れていた。
「いきなり連れてくるのやめろよリボーン!」
「どうせ春休み入って何もせずにぐーたらするつもりだったんだろ、これを機にイタリアで短期修行だ」
「えー!?やだよ!俺春休みは山本や獄寺君、炎真君と遊ぶって決めてたんだぞ!?」
「おめーがそう言うと思って、シモンファミリーと守護者全員をイタリアに連れてきたから安心して一緒に修行してこいダメツナ」
「はぁ!?また勝手なことをー!」
その後も文句をぶつくさいってると、リボーンに蹴られたので諦めて静かに窓からの景色を眺め始める。
多分今向かってるのはスカルの家だ。
ボンゴレの私有地に一軒家を建てて暮らし始めたのはつい数か月前で、一度リボーンに連れて来られた俺は、一人と一匹では大きすぎる家に驚いた記憶がまだ新しい。
アルコバレーノの呪解の際、ユニが一緒に住むことを提案したけれどスカルは首を縦に振ることはなかった。
一人で暮らしたいという本人の強い主張と、リボーンのボンゴレ私有地に一軒家を建てるという提案に渋々承諾した俺は、スカルが普段どのように暮らしているのか把握していない。
リボーンに聞けばある程度教えてくれて、家から出ることなく殆ど引き籠っているらしい。
一人でのんびり暮らしてこれからを考える時間は必要だと言っていたリボーンも、まさかここまで引き籠るとは思わなかったと素直に認めてたくらい、スカルは自分から行動しないのだ。
出来るだけユニがスカルの元へ行っては会話をするようにしているけれど、やっぱりスカルが自分のことに関心を持つまでは時間がかかると言っていた。
スカルが精神的な傷やトラウマを回復することがどれだけ時間が掛かるか分からない上に、リボーン曰くスカルは自閉症っていう発達障害も患っているらしい。
これは精神的なものじゃなくて脳の病気だと言っていたリボーンの表情は暗く、今の医療技術じゃ明確な治療方法はないと言っていた。
それもあってか、少し心配していた頃を見計らったかのように、冬休みに入った瞬間学校から家に帰る暇もなくリボーンに飛行機に詰め込まれてイタリアに連れていかれた俺は、そのままスカルの家に押しかけるようにお邪魔してしまった。
大きく派手な家に反して中はひどく殺風景だったのを覚えている。
前よりも大人しくなったポルポからは威圧感らしいものはもうなくなっていたけど、やっぱり触手が動く度に体がびくついてしまうのはどうにかしたい。
「スカル、あれから何か変わったかな…」
「………見えてきたぞ」
景色を眺めながらリボーンに問いかけたが、リボーンは何も答えてくれはしない。
多分、まだ家の中で静かに息をするだけの生活してるのかなって想像すると悲しくなった。
玄関前で車から降り、ベルを鳴らせども出てくる気配は一向になく、俺は首を傾げる。
誰もいないのかなって言う前にリボーンがピッキングし始めて、止めに掛かる前に鍵が開き扉が開いた。
リボーンの凶行に呆れながら家の中に入るが、人の気配がせず家の中を見渡す。
「外出…してるのかな?」
「いや、そうでもねぇみたいだな」
リボーンの言葉に、俺はリボーンの視線の先を見ればベランダに大きな巨体と小さな影があった。
俺がガラス張りのドアを開ければ、ふと大きな目と視線が合う。
古代生物……じゃなくて、ポルポだっけ…?
ポルポはイタリア語で“タコ”の意味らしいけど、スカルのネーミングセンスの安直さには少しだけ苦笑いが零れたのは懐かしい。
「や、やぁ久しぶり……えっと、スカルお昼寝中…かな?」
「さっき寝た」
「そっか……」
ポルポに背中を預けながらスヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てているスカルの姿はまんま子供で、俺は少しほっとした。
俺達が来たけど起きる気配がないってことは、ここが自分にとって安心する場所だと思ってくれている証拠だ。
カルカッサがスカルの死を疑い血眼になって探し回っている今、幾重にも幻術で覆われ隠されているこの場所はかなり安全だと九代目もリボーンも言っていた。
「ん?絵本…?」
「ユニが持ってきてるやつだな、声帯が未発達なコイツの為に音読させてるんだとよ」
「未発達?」
「コイツの声、いつも小さいし発音ひでーし掠れてんだろ?ありゃ声帯がちゃんと発達してない証拠だ」
「そう…だったんだ………」
俺達はスカルのことを何も知らない。
今、スカルが何を思って生きているのかも、何がしたいのかも、何を思っていたのかも……
村を出てから狂人と恐れられるようになった間の空白の一年弱は今も尚、スカルの口から語られることはないし、恐らくこの先もずっと語られることはないんだろう。
きっと、それは……地獄のような日々だっただろうから……
この間も、カルカッサファミリーの者が日本にいた俺と他の守護者へ恨みに任せて襲撃を仕掛けて捕まった。
彼らはスカルの死を信じるどころか、彼らの身勝手な理想を叫び続けていた。
彼は狂ったお人だ
彼は残酷で非道なお人だ
彼は孤高であり続けるお人だ
彼は死神に嫌われているお人だ
「ああ、ああ、なんて恐ろしく、美しいのだろうか!俺達の!俺達の崇拝すべき
聞くに堪えかねたリボーンがその男に向かって引き金を引いた光景を、今でも覚えている。
スカルが狂うしかなかった現実を目の当たりにしたような気分に、吐き気を催しその場に
狂ったその人生に、意味はあったのだろうか…
潮風がスカルの足の上に置かれている絵本のページをパラパラと
何気なく捲られたページを覗いた俺は、クレヨンで書いたであろう雲と太陽と青空の絵に文字の羅列をなぞっていた視線が止まった。
もうスカルを傷付ける人達はいない
『雲はとっても大切さ』
一人の人間として 新しく生まれ変わった人間として
『本当に僕は嫌われていないの?』
自分の意思で、泣いて、怒って、笑えれば
『当たり前だよ、君がいないと青いだけのお空は寂しくてしょうがないんだ』
それでいいんだ
「へぷちゅっ」
くしゃみをしたスカルに目を見開いた俺は、隣にいたリボーンと顔を見合わせてはクスリと笑いが零れた。
毛布を掛けたスカルの寝顔がひどく穏やかで、訳も分からないほど泣きたくなった俺に潮風が当たる。
「はは、変なくしゃみ」
笑い合えるいつかが 待ち遠しく思った
fin.
スカル:やっぱりニートっていいよね!ユニから羞恥プレイを強要されて辛いこの頃、ボンゴレの私有地でのんびりまったり暮らしたかったけど突撃訪問する輩に迷惑している、数年後には数多のファミリーをセコムとして付ける最強のニートと化す。
ポルポ:偶々ベジタリアン思考になってくれた生物上最強のセコム、イタリアの一次産業壊滅の一途を辿る要因。
まぐろ:ポルポによってモグモグされていない方、スカルの立派なセコムになる日も近い。
カルカッサ:SAN値直葬からの発狂END、しゃーないね。
空白の一年弱:ニートライフ
ご愛読ありがとうございました!
【挿絵表示】
あとがき↓↓
御愛読ありがとうございました。
メインストーリー45話と最長記録更新出来たのも、皆さまのコメント・評価のお陰です。
誤字指摘してくれた方も、大変助かりました。
何かもう色々ありがとうございます……
最後らへんはほぼ一万字越えしてましたが、本当に切りどころに困りました(笑)
最初はルーチェの顔バレのシーン(6話)が書きたくて頑張っていましたが、その場面書いたら書いたで今度はルーチェがスカルを抱きしめる場面(40話)を書きたくなってしまい、結構続いてしまいましたこの作品ですが、実を言えば10話までエタ率80%でした。コメントと評価でなんとかモチベ維持し発想を捻りまくって完結出来ましたが、どうなるのやらと一人でうんうん唸っていたのが今では懐かしいですね。
本当に今作、完結まで付き合ってくれてありがとうございます!
まだ番外編を出そうと思っていますので、どうぞ番外編までよろしくお願いします。