魔女の結界に、ギャラクトロンがビームをぶち込む。
結界に引きこもる魔女を臆病なチキン野郎、結界をオーブンと例えるならば、見事なチキンの丸焼きが完成した。
魔女の肉が程よく保護膜の代わりになったのか、結界の中からホクホクに暖められたグリーフシードが排出される。
「おい、あたしの声普段貸してやってんだろ。それも使用料によこせ」
『君には前回の討伐分を渡した。
これはまどか様の分である。
度が過ぎた強欲はただの悪徳であり、許されることではない』
「あーへいへい」
杏子の主張を押し込んで、ギャラクトロンはさやかの横で佇んでいるまどかの前に跪き、まどかへとグリーフシードを捧げる。
『どうぞ』
「あ、ありがとう……私まだ魔法少女じゃないから、使わないんだけどな」
「いいじゃん、貰っときなよ。まどかがあたしらに手渡して使えばいいだけの話でしょ」
さやかの勧めで、まどかは大人しくグリーフシードを受け取った。
ギャラクトロンの出現以来、見滝原の魔法少女の労働環境は劇的に改善した。
ギャラクトロンが強すぎるから? いや、それだけではない。
マミさやかまどかの三人組に、ほむら杏子という外様二人が協力する関係が、ややぎこちないながらも成立したからだ。
杏子とマミ、ほむらとさやかの間には、まだ反発する感情があるものの、先日まであったはずの敵意はない。
このぎこちない和解をもたらしたのが、"自分と違う考えの者は皆殺しにすべし"という思考が基本のギャラクトロンなのだというのだから、世も末だ。
「大体な、居心地悪ぃんだよここ。もっと居心地良くなんねえの?」
『する必要が無い』
「てんめー……」
「あの、ギャラクトロンさん?」
『敬称は不要です』
「ギャラクトロンくんも……その、できれば、杏子ちゃんのお願いを聞いてあげて欲しいな」
『了解しました』
杏子が腰掛けていた座席もどきが、急にふんわり柔らかくなった。
「この対応の差、釈然としねー……まどか、だったっけ? サンキュ」
「ずっとそこに座りっぱなしって、ちょっと辛いかなって、前から思ってたから」
杏子が感謝してニッと笑えば、まどかが照れ臭そうに頬を掻く。
優しい子だ、掛け値なしに。
杏子とまどかの会話は、どことなく強気な姉と優しい妹のような関係性を思わせる。
「ギャラクトロンの声担当は大変だねえ」
さやかは杏子に同情しつつ、手に持っていたサンドイッチを頬張った。
それを見たギャラクトロンが、杏子の声でそれを咎める。
『食物連鎖は残虐である』
「いいじゃんこんくらい。
あたしら、機械のあんたと違って何か食べてないと死んじゃうんだよ?」
さやかの発言は的を射ている。
ギャラクトロンの食物連鎖批判は、"何も食べずに生きていける"機械のギャラクトロンだからこそ言えることでもあるからだ。
「あのね、さやかちゃん」
「ん? どしたのさまどか」
「私ね、ギャラクトロンくんが言うことも、ちょっとだけ分かる気がするの」
「……んん? そう?」
「昔、パパがお魚さんの絵本を読んでくれた時に言ってたんだ。
食べられる側も、食べられてしまうことは痛いことなんだって。
食べることは罪深いことだけど、誰もがそうしていけないと生きていけないんだって。
でも、『仕方がないことじゃないか』と正当化しちゃいけないことなんだって。
『仕方がないこと』と『していいこと』は一緒じゃない。
いつだってそれを忘れないようにしないと、人はどんどん残酷になっていってしまうんだって」
「まどかん
あたしはそれ聞いても、まどかは気にしすぎだって思うけど」
『違う』
"食べられることの残酷"がピンとこないさやかに、ギャラクトロンの刺すような言葉が向けられる。
『誰も死にたくはない。
誰も殺されたくはないのだ。
誰も犠牲になどなりたくはない。他の誰かの延命のための犠牲になどなりたくはない』
「そりゃそうだ、あたしだってそういうのは嫌だと思うし」
『だからこそ、自己犠牲は尊い。
他者のための自己犠牲は美徳である。
されど、望んで自己犠牲を行う命は本来存在しない。家畜も自己犠牲など選びはしない』
ギャラクトロンの視線が、一瞬だけまどかの方を向いた。
『君達が普段食べている野生の動物も、家畜も、犠牲を拒絶している。
人に訴える、人の心に届く言葉を持たないだけだ。
"助かりたい"と思おうとも、その祈りが聞き届けられることはない』
「……ヤなこと言うなあ」
『今この星で、祈りを奇跡に変える権利は人間だけが持っている。
家畜に神が居たならば……
その家畜ですら、食物として他の命を食らっている。この世界の醜悪さは、見るに堪えない』
QBであれば、こう言うだろう。
家畜は人間に保護されたからこそここまで繁栄できたんだよ?
ギャラクトロンであれば、それにこう返すだろう。
食い物にされる個体の苦しみを度外視する時点で、論外である。
そして互いにこう言い切るはずだ。
―――話にならない、何故そんな考え方ができるんだ?
ギャラクトロンの言い草は、人類もインキュベーターもまとめて非難している。
『そこには無意識の傲慢がある。
"魚や牛よりも人間の方が生きるべきだ"という傲慢が』
「!」
『人間は自分より生きる価値のあるものを食べた、という罪悪感を持っているか。
いや、持ってはいない。
食物連鎖の罪悪感は、人間以外の命を人間より下に見ることで自然と軽減される』
人間心理は、喋ったり人格がある動物を食べることに抵抗を感じ、喋らず単純な思考を持つ動物を食べることにはあまり抵抗を感じないように出来ている。
それは、食べられてしまう動物にも多少は感情移入する仕組みが、人間の心には備わっているからなのだそうだ。
教育の一環で、先程まで生きていた豚を解体する過程を子供に見せるというものがあるが、子供にはこれで吐いてしまう者も居るという。
家畜も人もまんべんなく殺す連続殺人犯が、「人も家畜も同じ命じゃないか」と言えば、まともな人間は「家畜と人は違うだろう!」と言うだろう。
それが、まともな人間であるということなのだ。
『それが例え、宇宙を生かすためであっても、他の命を喰らう連鎖は許されない』
「宇宙って……まーた話のスケールが急にでっかくなったわね」
『食物連鎖に正義はない。
人間は全て、この星の残虐な自然界を模倣していた。
生誕したその瞬間から、自分より弱い者を食らい続けることを宿命付けられている。
なればこそ、それは悪である。
だからこそ、食物連鎖という歪んだ進化を内包する生態系は、滅ぼさなければならない』
「でも、滅ぼさないんでしょ?」
『それがまどか様のご命令である。だが、許されるものではない』
"死にたくない"という食われる者の気持ちを語りながら、食う者も食われる者も一緒くたに皆殺しにしようとするギャラクトロンの主張は、激しく矛盾している。
ある意味では、殺人の罪深さを語りつつも、殺人の罪を犯した罪人を処刑する死刑執行人に近いものがあった。
殺人を否定しながら、殺人によって罪を裁く処刑人。
食物連鎖による殺害を否定しながら、文明単位の殺害を実行する虐殺者。
ギャラクトロンは悪なのかと言えば、それは違うと言えるだろう。
この機械竜は暴走する正義。
下手な悪よりよっぽど悪質な、生命の在り方そのものを否定する正義の暴力だ。
この機械竜の問題の本質は、
「あー、ダメだ。あたしは一足先に退散するよ、まどか」
「さやかちゃんは今日もお見舞い?」
「お見舞いっていうか、付き添い?
恭介の手は治ったけど、経過観察とかで病院に行くことになったらしいから」
まどかは帰宅し、杏子はまどかからグリーフシードを貰って上機嫌で帰り、さやかが病院へと向かうと、ギャラクトロンはその場にぽつんと残された。
美樹さやかは癒しの祈りで魔法少女へと成った。
彼女が捧げた願いは、幼馴染の手を治すこと。
医者からすれば、完治した後も時々病院に来て精密検査して欲しいというのは分かるが、その手が何の問題も無くなったことはさやかが一番よく知っている。
「ありがとう、さやか。今日も検査に付き合ってくれて」
「いいってことよ、さやかちゃんも暇だったからねー」
暇というのは、嘘でもあるし本当でもある。
時間を作って、恭介のために暇な時間を用意した、というのが正しい。
「本当に奇跡だよ。治らないって言われた手が治るなんて」
「日頃の行いが良かったんじゃない?」
「あはは、まさか。それなら僕より奇跡が起こるべき人がいっぱいいるはずだよ」
「おお、日頃の行いがいいさやかちゃんにも素晴らしい奇跡が起こるとか!?」
「もう、さやかはいつもそんなんだよね」
奇跡とは本来偶然を指すものだが、魔法少女の奇跡は必然だ。
起こるわけがない奇跡を、魔法少女は祈りをもって形にする。
さやかは戦いの運命を背負わされたが、元気に動いている恭介の目を見るたびに、自分が形にした奇跡の価値を噛み締め、思わず笑顔になってしまう。
―――今この星で、祈りを奇跡に変える権利は人間だけが持っている。
―――家畜に神が居たならば……
奇跡の価値を噛み締めるたび、ギャラクトロンの言葉が蘇る。
ギャラクトロンの言っていることが分からないさやかではない。
その言い分の全てが完全に間違っているとも思っていない。
(でもな、なんか違う、って思うんだよな……)
ただ、元を辿ればさやかの好意も、憧れも、その祈りの源泉も、恭介の音楽に辿り着く。
幼き頃に聞いた恭介少年の音楽は、さやかの心を惹きつけてやまなかったあの音楽は、間違いなく『誰からも奪わず、他人に与えるだけのもの』だった。
あの音楽は人が生み出したもの。
あの音楽は、ギャラクトロンも否定しないはずだと、さやかは確信している。
だからさやかは思うのだ。
ギャラクトロンが言うほど、人間や地球の命は間違ったものじゃないはずだ、と。
「さやか、あれ」
「ん?」
恭介が指差し、さやかがそちらを見ると、口喧嘩している子供が二人。
この病院に親が連れて来たのだろうが、親の姿は見えなかった。
「止めた方がいいかな」
「待って、もしかしたら自分達で仲直りできる程度の喧嘩かもしれないし、様子見よ」
「ああ……確かに、それならその方がいいかもね」
子供同士の喧嘩なら、子供だけでカタがつくのが一番だろう。
「さやか、改めてこの前はごめん」
「え? どうしたのさ、急に」
「手が治らないって言われて、自暴自棄になって、酷いこと言って……本当にごめん」
「ああ、それ?
いいっていいって、気にしないで。
あたしも今恭介に言われるまで忘れてたくらいだから!」
「……ありがとう」
嘘だ。
さやかはその時に恭介に言われた言葉に追い詰められ、覚悟を決め、自分と彼の間に横たわっていた『現実』という名の悲劇を打ち払うべく、魔法少女の奇跡を求めた。
忘れたことなどない。
忘れられるわけがない。
それこそが、魔法少女としてのさやかの
「? これは……」
子供達の口喧嘩を見守っていた恭介が、顔を上げた。
どこからか音楽が聞こえてくる。
恭介が辺りを見回すも、その音楽の弾き手は見つからない。
音楽は子供達に向けられていて、子供達はやがて口喧嘩をやめ、自分達に向けられる音楽に聞き入っていた。
「音楽……? それも、とても素敵な、心穏やかになるような……」
子供達が口喧嘩をやめると、同時に音楽も止まった。
今の音楽が喧嘩を止めるために奏でられたことは明白で、恭介は音楽の出来とその意図に感銘を受けつつ、目を閉じ静かに今の音楽を噛み締めていた。
さやかはぽかんと口を開け、明後日の方向を凝視している。
病院の傍で、棒立ちで音楽を流しているギャラクトロンが、さやかにはしっかり見えていた。
「ギャラクトロン!?」
ギャラクトロンの姿はキュゥべえ同様、さやかにしか見えない。
ゆえにさやかの驚きの声が、恭介を振り向かせてしまった。
「さやか、この音楽の奏者を知っているのかい?
今僕は音楽に聞き入っていて君の声がよく聞こえてなくて……
今言ったのは曲名? 奏者の人の名前? さやかの知り合いだったら、紹介して欲しいな」
「え、えーっと、県外の学校に通ってる、あたしの最近出来た友達の女の子だよ」
「女の子……さやかの友達になれる歳……同年代に、これだけの音楽家が居たなんて……」
「きょ、恭介?」
「同じ曲を一緒に……いやダメだ、鈍った僕の今の腕じゃ……
リハビリ……まずは腕を見せても恥じないレベルにまで勘を取り戻さないと……」
「恭介やーい」
上条恭介はホモではない。
さやかを女の子として見てはいるし、女の子として意識する可能性もゼロではない。
なのに彼とさやかがくっつかないのは、彼が音楽だけを見ているからだ。
他の誰よりも、きっと自分よりも、音楽が好きだからだ。
ゆえにこそ、彼の気を引きたければ最善策はただ一つ。
とてつもなく素晴らしい音楽を、聞かせればいい。
「さやか。僕、今の音楽を奏でていた子に恋をしてしまったかもしれない」
「―――え゛っ」
地球のものとは思えないほどに素晴らしく、優しい、争いを止めるためだけの音楽は、恭介の心にストレートに刺さったようだ。
音楽は、宇宙共通のコミュニケーションツールである。
センスの有る人間なら、言葉が通じなくともその音楽から『平和を望む』意志を読み取れる。
天才音楽少年上条恭介は、その音楽から見事にその意志を読み取っていた。
恭介の頭が色惚ける。
さやかの頭がショートする。
今この瞬間より、ギャラクトロンはさやかの最強最大の恋敵となった。
「応援してくれるよね。
僕の腕が以前の通り……いや、以前以上のものになったら、その子を紹介して欲しいんだ」
「え゛っ……あっ……うん」
「腕が治ってすぐに目標ができるなんて、僕は幸運なのかもしれない」
さやかは明後日の方向を見る。
そこには、さやかにしか見えないギャラクトロンが居た。
ギャラクトロンは、興味なさげにさやかと恭介をじっと見ている。
顔は竜。
全身はロボット。
手には武器。
胸には比較的巨乳なはずのさやかを超える、胸囲40mは超えていそうなバスト。
くびれたウエスト。
ウルトラマンも殺す後頭部のポニーテールに隠されたヒップ。
あたしはこれに負けたのか、と思った瞬間、さやかの手からカバンが落ちた。
ギャラクトロン×恭介のカップリングで世界は平和になります