暁美ほむらは、夜を駆ける。
彼女は一定期間を幾度となくループする時間遡行者であるが、そのせいで『確実に特定の魔法少女を殺す魔女』の存在を意識せざるを得ない。
魔法少女の死は、まどかの契約、ひいてはまどかの死に直結する。
危険な魔女の出現時期と出現場所を覚えておいて、深夜でも構わず狩るのがほむらのするべきことの一つだ。
「最近、魔女もキュゥべえも見ないわね」
夜を駆けるほむらが、遥か高所から街を見下ろし、水平方向にある機械竜の横顔を見る。
ギャラクトロンはまどか達が学校に行っている間も、彼女らが眠っている深夜にも、止まらず活動を続けている。
機械に眠りは必要ない。疲労さえも存在しない。
深夜の夜景に、焼き潰されるキュゥべえや魔女達が溶けていく。
ギャラクトロンは、まどかに人を傷付けることを禁止されている。
魔法少女は人間判定を受けている。
魔女は人間判定を受けていない。
インキュベーターは最優先抹殺対象の一つに登録されている。
それゆえの、限定的殺戮だった。
「助かるわ。私より感度の良い探知能力で、休憩も睡眠も取らず行動してくれるのは」
ギャラクトロンは魔力の消費も無いので、グリーフシードを無駄遣いするということもない。
そして厄介な魔女に苦戦することもない。
倒した魔女のグリーフシードは、巡り巡って見滝原の魔法少女へと返される。
結果、魔女の犠牲者は最低限に、魔法少女の手元のグリーフシード数は最大限になっていく。
ほむらも最近は魔女対策に夜更かしするということもなく、久しぶりにぐっすりと眠れる夜が多くなってきていた。
「ワルプルギスは前の時と同じく、ギャラクトロンが倒してくれるとして……
……私がするべきことは、ギャラクトロンが倒せない敵の対策。つまり」
"人間"、と呟いたほむらの声が、闇夜の静寂に響き広がっていった。
放課後、鹿目まどかは一人でギャラクトロンの前に居た。
ギャラクトロンがなんやかんや魔法少女達の仲間として認められてから、何日かが経っている。
無力なまどかが一人でギャラクトロンの前に居ても誰も止めようとはしない程度には、ギャラクトロンも信用されるようになった様子。
まどかは膝の上に本を広げ、本の上で花と草を編んだ冠を作っていた。
「あれ、おかしいな……これこんな感じだったっけ……」
クラスの友人に貰った女性向け雑誌を読んでいたまどかだが、雑誌の巻末コーナーに花の冠の作り方が載っていたのを見て、久しぶりに作ってみる気になったようだ。
まどかにも、幼い頃にこの手の冠を作った覚えはある。
久しぶりにやってみよう、くらいの気持ちであった。
……なのだが、妙に試行錯誤になってしまっていた。
冠を作った記憶はあるのに、作った手順はうろ覚え。
"こうだったはず"という形でしか覚えていなくて、それがなんだか悔しく感じてしまう。
鹿目まどかは、過去のことを正しく覚えていられる人を尊敬する。
時間が経てば、何かの繰り返しで時間が流れれば、人の記憶はどんどん"こうだったはず"というものになっていってしまう。
"約束を忘れない"というだけのことですら、貫けるのならいつか偉業の域に至る。
まどかは自分なりに過去のことを思い出しながら、花冠を編んでいった。
「よし、出来た!」
まどかは編んだ花冠を、ギャラクトロンの爪の先に添える。
滑稽なくらいに小さくて、次の瞬間には散ってしまいそうなほどに儚くて、微笑ましくなるほどに可愛らしい。
全身全てが他の命を殺すためにあるギャラクトロンに、製造以来初めて、殺傷を目的としない部分が装着された。
「ど、どうかな?」
ギャラクトロンの中に、今格納されている人間は居ない。ゆえに喋れない。
竜は頷く。
そして、それだけで感謝の意を伝えられていないと感じたのか、音楽を使ってまどかへと感謝の意を伝え始めた。
嬉しそうにまどかが笑う。
捧げた花の冠以上に、可愛らしい笑顔だった。
「よかった、喜んでもらえたみたいで。
いつも皆を守ってくれてありがとう。
さやかちゃんが言ってたよ。ギャラクトロンくんのお陰で助かってるって」
人は、自分の主観でしか真実を見ることができない。
ほむら以外の魔法少女達は、キュゥべえをまだ味方だと思っている。
最近キュゥべえを見ていない理由が、ギャラクトロンが皆殺しにしているからだということにも気付いてはいない。
ギャラクトロンの本質を分かったつもりでいる。
ただ、間違いなく甘く見ている。
ギャラクトロンが魔法少女システムを残酷と否定している理由も正しく理解していない。
魔法少女達に課せられた残酷に、魔法少女達が気付いていない中、ギャラクトロンはその残酷に怒りをもって応えていた。
まどかの感謝は無知で、無垢だ。
けれども確かな価値があり、その感謝には暖かさがあった。
キュゥべえに「助けてくれてありがとう」と言うに等しい愚かさで、ギャラクトロンに純粋な好意を向けるまどかの姿を、ギャラクトロンは静かに見下ろしている。
「ん? まどかじゃん」
「あ、杏子ちゃん」
「あんたが一人で居るなんて、珍しいこともあるもんだ」
「あはは……本当は、さやかちゃんも一緒に行く予定だったんだけどね」
「ん? 予定?」
「杏子ちゃんは『未来ブログ』って知ってる?」
「いや、知らね」
ふらっと現れた杏子に、まどかは自分がここに一人で居る理由を説明し始めた。
「ちょっと前からね、中学校で有名なんだ。
そこのブログで予言されたことは必ず当たるんだって。
でね、そのブログをやってるの、私達と同じ中学生の女の子なんだって!」
「へぇー、占い師みたいなもんか」
「そんなものじゃないよ! 本当に当たるって、皆噂してるの!
それでね、そのブログに私がコメントしたら、そのブログの女の子と話が広がって……」
「ははーん、その先はあたしにも読めるぞ。
女の子だと思ったらオッサンだったんだろ? 知ってる知ってる」
「違うよ!? い、一応電話でお話もしたからね!?」
「お前なんつーか、無防備と危なっかしさの塊みたいな奴だな……」
杏子から見れば、マミは正義感と責任感が強すぎるし、ほむらは秘密主義過ぎるし、さやかは理想が高すぎるし、まどかは純粋過ぎる。
それぞれにそれぞれの危なっかしさがあったが、まどかは無力な分、その危なっかしさが倍増しになって見えた。
「で、聞いたらね。
同じ中学生の女の子の悩みを聞いてあげてたりするんだって。
私は知らなかったけど、面倒見がいいからそっちの方でも評判だったらしいんだ」
「世の中には暇人が居るもんだねえ」
「それで、私もお話してみたいなって思ったの。
私の未来も見てくれるって言ってくれてて、さやかちゃんと一緒に行こうとしたんだけど……」
「アイツは今日も報われない恋愛に人生を無駄遣いしてんだろ?」
「杏子ちゃん! 言い方!」
彼女からすれば他人のためにお悩み相談室やってる奴も、他人のせいで恋愛お悩み中の奴も、等しくあんまり共感できない者達だった。
「それで、私はその人に会いに行こうとして、その途中でギャラクトロンくんと会ったの。
まだ会う約束の時間まで一時間くらいあったから、ここで時間を潰そうかなって」
「成程ねえ。それさ、あたしも付いてっていいかい?」
「え?」
「予言者なんて大体インチキ野郎だってのが相場だろ?
そいつの化けの皮を剥がしてみてえ。
あんたを一人で妙な相手に会わせるってのも、ちと怖いしな」
「私、そんなに子供扱いされるほど、ダメな子に見えてたかな……」
「あんたが悪いんじゃないよ。ただ、世の中に悪い奴が多いってだけの話さ」
杏子はギャラクトロンの足を肘で小突き、スレた笑みを浮かべる。
「で、これから会う奴の名前知ってんの?」
「うん。その人の名前は―――」
「美国織莉子です。貴女が鹿目まどかさんですね?」
出会った瞬間、まどかと杏子は対照的な思考をした。
綺麗な人だなあ、とまどかは思った。
こいつ強い、と杏子は思った。
まどかは初対面の人の良い所を探す少女で、杏子はまず第一に強さを測る少女だったから。
「鹿目まどかです。会えて嬉しいです」
「佐倉杏子だ。ただの付き添いだから、あたしのことは気にせず話進めてくれよ」
「では、まどかさんと杏子さんとお呼びしますね」
うふふ、と織莉子が微笑む。
微笑む姿すら上品で、いかにもお嬢様といった所作だ。
柔らかな織莉子の笑顔が、織莉子のお茶会に招かれたまどかと杏子の警戒心を和らげる。
そんな織莉子の額に、遠距離からほむらがスナイパーライフルの照準を合わせていた。
(妙な動きをしたら撃つ。妙な動きをしなくても……嫌な予感がしたら撃つ)
過去のループで、美国織莉子は鹿目まどかを殺したことがある。
ほむらからすれば、警戒せずにはいられない危険人物だった。
まどかにトラウマを刻むことになろうとも、怪しい動きをしたならば即座に美国織莉子をミンチ織莉子に変える覚悟で、ほむらは引き金に指をかけた。
「織莉子さんの予知ブログ、いつも楽しみにしています!」
「ふふ、ごめんなさいね。
あれ、ちょっとしたズルなの。
現在の流れを調整するために始めたことなのだけれど……ほら、これ」
「! ソウルジェム! ……そうか、納得だ。あんたもあたしらと同じ……」
「織莉子さんが魔法少女!? あ、予知って……魔法の!?」
美国織莉子は魔法少女だ。
捧げた祈りは、『未来を知る』という方向性を持った願い。
彼女は未来予知に特化した魔法少女であり、そのためか現在の何かを犠牲にしてでも、遠い未来の特大の悲劇を回避しようとする傾向がある。
ならば。
織莉子がまどかをここに呼び、話をしようとした行為そのものが、未来に起こる何らかの悲劇を回避するためにある、ということである。
「地平線の向こうから、全てを引っくり返す嵐が。
空の向こうから、とても禍々しいものが来ます」
織莉子が未来を語り始めて、ほむらが引き金にかけた指の動きを止めた。
「嵐に、禍々しいもの……? 杏子ちゃん、何のことか分かる?」
「いんやさっぱりだ。空の向こう……ってことは、宇宙とかか?」
「近い未来、この二つは必ず到来します。それも、見滝原に」
え、とまどかは声を漏らし、杏子は静かに目の色を戦闘者のそれへと変えた。
「どういうことだ? あたしに分かるように言え」
「禍々しきものは夜を切り裂く嵐に巻き込まれ、嵐と混ざり、より禍々しく変わります」
「もうちょっと具体的に説明できねえのか?」
「私は自分が見た未来しか話せません。
大きな闇と大きな光がぶつかり……そして、物語は終わる。そのくらいしか」
「あたしにも分かんねえが、あんたにも詳しい経緯は分かんねえってことか」
「はい」
織莉子の表情の深刻さからも、彼女が見たものの恐ろしさが分かる。
魔法少女がこんな顔をするなど、尋常な事態ではない。
「禍々しく悪しきもの、降り出で戯曲と共に過ぎ去りぬ……」
織莉子は歌うように、未来に訪れる脅威の存在を語り。
「私はその悪しきものに、名前をつけました」
筆で書道用紙に書き上げたその名前を、ドンとテーブルの上に広げた。
「『禍悪降戯過』と」
「は?」
「え?」
田舎の中二病ヤンキーが付けたようなネーミングに、思わず杏子とまどかから素っ頓狂な声が漏れる。
「あの……これ、なんて読むんですか?」
「
あの日見た、未来の世界を蹂躙する悪に相応しい名は、これしかないかと」
「お前ブログとかばっかやってないで外出ろよ。センス腐ってんぞ」
「!?」
織莉子は自分が何かするでもなく、未来に見た絶望の中身を語り、それでいて見滝原の援軍に行く気も見せず。
ほむらは「そんなもの、知らない」と呟いて。