魔法主従まどか☆ギャラクトロン   作:ルシエド

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もう何も怖くない

 川に掛かる橋の上でマミを見つけて、ほむらは躊躇った。

 ここからどう接触すべきか? それを悩むのは、ほむらが潜在的な苦手意識をマミに対して持っていることが原因である。

 ほむらはマミの性格に好意を持ち、その心の弱さと戦闘力の強さに苦手意識を持っていた。

 

 ほむらは時間停止という最強の魔法を使ってなお、マミに勝てるとは思っていない。

 いや、八割がた敗北するとさえ思っていた。

 マミが"ほむらを傷付けないように取り押さえる"ことを第一に考えている状態でさえ、ほむらの勝率は恐らく三割を切る。

 "ほむらを殺す"ことを第一に考えている状態なら、勝率は最悪0%だ。

 

 ほむらには今のマミの精神状態がさっぱり読めない。

 昔から「あんた空気読めないね」「いや相手の顔見て気持ちを慮れよ」等々散々に言われてきた暁美ほむらだ。遠くから顔を見ただけで気持ちなんて読めるはずもない。

 その上、戦闘者として最上級の才能とセンスを持つマミに対し、ほむらは本質的に戦闘者に向いた者ではない。

 彼女が戦闘に役立てられる資質など、痩せ我慢と諦めない心くらいしか無かった。

 

「巴マミ」

 

 マミに歩み寄り、声を掛けようとするほむら。

 ほむらはマミの心情ばかり気にしていて、何故マミが橋の上という『二方向からしか来ることができない場所』に居たかを気にしなかった。

 戦闘者としての才覚の差が、命運を分ける。

 

「! これは……!?」

 

 ほむらが罠だと気付いた瞬間から、ほむらがリボンの罠に捕らえられるまでの一瞬は、魔法の発動すら叶わないほどの一瞬だった。

 リボンに捕らわれたならもう遅い。

 ほむらの時間停止の魔法では、マミのリボンを振り解くことは不可能である。

 

 マミは音もなく、マスケットをほむらへ向けた。

 

「私ね、暁美さんの魔法が何なのかずっと考えていたの。

 あなたは私達と共闘はしても、魔法の種だけは明かしてくれなかったから。

 考えて、考えて、考えて……

 あなたの魔法がどんなものでも対応できるよう、全ての可能性を考慮したわ」

 

「それが、これってわけ。……ねえ、仲間の魔法少女を殺して平気なの?」

 

 ほむらが口にしたのは、呪いのような言葉だった。

 言葉が呪いのようにマミの心を蝕んで、マミの表情を泣きそうなものへと変える。

 覚悟を決めたはずのほむらの心が、少し痛んだ。

 

「それがするべきことならば、私は仲間だって殺せるわ。殺してみせる」

 

 普段のマミと、今のマミはまるで違った。

 普段の戦いで戦意が浮かぶ瞳には、涙が浮かんでいる。

 仲間を守るためではなく、仲間を殺すために銃を構えている。

 胸には希望でなく、絶望。

 

 人が壁を押せば、同じ量の力が反作用として返って来る。

 この仕組みを、ある意味で最も分かりやすく体現しているのが魔法少女だ。

 祈りは呪いに。希望は絶望に。光は闇へと堕ちる。

 かつて"助かりたい"と願ったマミの末路には、"自分の生を否定する"という呪いが悪辣に飾られるようになっていた。

 

「何が正しいのかなんて、分からない。

 少なくとも……私がこれまで信じてきた正しさは……全部嘘で……

 希望を振り撒く私達は……いつかそれ以上の絶望を撒き散らす運命でっ……!」

 

 マミは冷静に物事を見ていて、錯乱した頭でそれらを解釈していた。

 さやかを、ほむらを、杏子を、そして自分を殺さなければ、とマミは思考する。

 殺さなければ、いつか皆魔女になって罪のない人を殺し始める。

 殺さなければ、いつか皆望まずして人殺しの魔女になってしまう。

 罪のない人を守り、仲間達の尊厳を守るためには、皆が魔法少女で居る内に殺すしかない。

 

 ゆえに、マミは泣きながらでも仲間を殺す。

 インキュベーターが『どういう伝え方』をしたのか、ほむらはマミの錯乱具合から察し、噛みちぎらんばかりに唇を噛んでいた。

 

「暁美さんは、全部知っていたのね」

 

「ええ。その上で思うわ。いずれ魔女になるからといって、今仲間を殺す必要はないって」

 

「いいえ、私達は絶望を振りまく前に、誰かに迷惑をかける前に、終わらなければならないの」

 

 マミの行為は、守る行為だ。

 罪なき人を、仲間の尊厳を、自分の心を守る行為だ。

 その結果、罪なき人を守る魔法少女は居なくなり、仲間も自分も殺すことになり、自分の心をズタズタに引き裂くはめになろうとも、マミは止まれない。

 マミは暴走しつつも冷静な判断力を備えており、仲間が魔女になった後のことも、大体想像することができていた。

 

「特に、あなたはね」

 

「……」

 

「時間を止める魔女なんて、もしかしたら、誰にも止められないかもしれないもの」

 

 マミの魔力が高まり、ほむらがもがく。

 だが無駄な抵抗だ。

 ほむらの力で、そのリボンは千切れない。

 

「恨んでくれて構わない。

 いえ、恨んで。

 私を絶対に許さないで。

 この最悪を誰からも責められなかったら……それこそ私、どうにかなってしまいそう」

 

 銃ではなく、大砲がほむらに向けられた瞬間、ほむらは死を覚悟した。

 

「ティロ・フィナーレッ!」

 

 ほむらの脳裏に、堅牢な防御を固めた魔女がこの一撃で粉砕された記憶が蘇る。

 ほむらの肌を、大威力砲撃が生み出した気流が撫でる。

 ほむらの心境が、ゾウに踏み潰されるアリのそれと似たようなものになる。

 

 されどその砲撃は、横から差し込まれた巨大剣にて防がれた。

 

「―――!?」

 

 巨大剣はそのまま、ほむらを捕らえていたリボンを切り裂く。

 針の穴を通すような精密な剣筋は、ほむらに傷一つ付けずリボンだけを切り裂いた。

 ほむらは誰にも見えない角度でふっと笑い、自分を助けてくれた『それ』の胸部に飛び込んで、自分の安全を確保しつつ彼に自分の声を貸す。

 

「……前にもこんな形で、助けられたことあったわね」

 

『そんな事実は存在しない』

 

「あら、じゃあ前世辺りで助けてもらっていたのかも」

 

『人生に次はない』

 

「人生に次がある人間だって居るわよ。あなたが知らないだけで」

 

 同じ人生を幾度となく繰り返している彼女らしい、"前の世界"を略して『前世』と言い換える分かり辛いジョーク。

 誰にも理解されないジョークなどに価値はないが、彼女はそれなりに満足した顔をしていた。

 

「『あなたのやり方』だと最悪マミに武器の一つくらいは壊されるわ。少し、手を貸してあげる」

 

 川に足を沈め、水しぶきと共に動くギャラクトロン。

 マミは橋の上から飛び降り、マスケットを大量生成して一斉に発射。ギャラクトロンの目に、全火力を一点集中する攻撃を選択した。

 瞬間、ギャラクトロンの姿が消える。

 マミが驚き、直感的に川岸を見れば、そこには"時間を止めて移動したかのように"一瞬で移動したギャラクトロンが佇んでいた。

 

「止められた時の中を動く機械竜……不謹慎にも、胸が疼くわね」

 

 今現在、おそらく、いや確実に『地球最強』である存在を前にしてもなお、マミはその暴挙を止める気配を見せなかった。

 

 

 

 

 

 インキュベーターは、魔法少女を追い詰めるという確固たる意志をもって、マミとさやかに真実を告げた。

 当然、さやかの方も問題が発生している。

 暴走するさやかを、杏子とまどかが取り押さえようとする構図が生まれてしまっていた。

 

「離してよ! 鬱陶しいのよ、あんたら!」

 

「離すわけねえだろさやか! 今の自分のツラ見てみろ! 何するか分かったもんじゃねえ!」

「落ち着いてさやかちゃん! 何するつもりなの!?」

 

「あんたらにはどうでもいいでしょ……

 あたしのことなんて、あたし自身でさえどうでもいいと思ってんだからさあ!」

 

 インキュベーターは、その気になればいくらでも魔法少女を追い込める。

 潔癖な者ならば尚更に。

 綺麗な理想を持つ者ならば尚更に。

 純粋な少女ならば尚更に。

 

「もう死んでるんだよ、あたし達! ゾンビみたいなものなんだよ!」

 

 まどかは精神的な抑えになる。杏子は物理的な抑えになる。

 抱きつくまどかを気にして魔法少女の全力を出せないさやかを、杏子が力尽くで羽交い締めにする以外に、今のさやかを止める手段は存在しなかった。

 

「まどかはいいよね!

 魔法少女じゃないんだから!

 体はちゃんと生きてて、ゾンビでも何でもなくて、無責任に何でも言えて!」

 

「……っ!」

 

「何もしてくれないなら、あたしに何も強制しないでよ!」

 

 まどかの傷付いた顔が、さやかの胸を抉る。

 

「あんただってそうよ、杏子!

 普段ドライ気取ってるくせに、こういう時だけ口出しして来て!」

 

「近くでバカやってるお前が悪いんだろ!

 ちったあ自分がバカやった結果周りにかける心配と迷惑も考えろ!」

 

「……周りのことなんて……! あたしはもう、どうだって……!」

 

 杏子の言葉が、さやかの心を抉る。

 

「魔法少女は、もう死んでんのよ!

 この石ころがあたし達の本体で、体は死体を動かしてるだけ!

 こんな体で……ソウルジェムが離れたら死体に戻るだけの体で……あたしは……!」

 

 さやかを正面から抱き止めるまどかの首に、暖かな雫が落ちて、まどかが泣きそうな顔になっていく。

 

「あたしが操ってる死体を抱きしめて、なんて言える!?

 こんな体を抱きしめてなんて、言える!?

 心臓が無くなっても死にそうにない、こんなゾンビな体で!

 まともじゃない体で! 好きになってなんて……言えるわけ……!」

 

 さやかを羽交い締めにする杏子の腕に、暖かな雫が落ちて、杏子は怒りを顔に浮かべてキュゥべえへの殺意を高めた。

 

「……本の中でさ、妊娠できない女の人が出るじゃん。

 そういう人が、身を引くじゃん。

 妊娠できないことを理由にして。

 今までずっと分からなかったその気持ちが、今は分かって……

 『こんな自分はあの人に相応しくない』っていう、劣等感が、よく分かって……!」

 

 さやかの瞳から、止めどなく涙が流れる。

 さやかの口から、止めどなく嗚咽が漏れる。

 

「もう放っておいてよ!

 あたし自身が、こんなあたしはどうでもいいって言ってんの!

 もうあたしは魔女を殺す以外に価値のない人間なんだ!

 この体は死体で!

 本体は血の通ってない石ころで!

 こんな体なんて、こんな命なんて、どうでもいい! いくら壊れたっていいんだ!」

 

(私、何にもできない)

 

 さやかの胸中を絶望が、杏子の胸中を焦燥が、まどかの胸中を無力感が満たす。

 

「魂もない体で! 石ころの本体で! 好きになって、貰えるわけがないよ……!」

 

(さやかちゃんを助けたいって、こんなにも思ってるのに……何もできない)

 

 言葉は告げ方で鋭さを増す。魔法少女の真実は、柔らかい言い方で告げてもさやかを絶望で染め上げるものだ。

 キュゥべえが残酷な言い方をしたならば、そのダメージは計り知れない。

 さやかは人としての体を死体、ソウルジェムを石ころと卑下している。

 徐々に濁っていくソウルジェムの姿が痛ましい。

 このままでは、確実に魔女に成り果てるだろう。

 

(契約、するしかないのかな。

 皆は止めるけど、キュゥべえは契約すればなんでもできるって言ってた。

 何もできない私が、なんでも叶えられるんだって。

 きっとさやかちゃんの体だって、元に戻せるはず。

 誰かの役に立てるなら……その悲しみと悲劇を倒せるなら、私は……)

 

 まどかの耳だけに、キュゥべえが遠方から声を届ける。

 "無駄なあがきは諦めて、契約すればいいんだよ"、と。

 まどかの中で『自分にしかできないこと』と、『自分にできること』と、『諦めて自分も同じく人であることを捨てる』ことが同一になる。

 まどかがキュゥべえを呼ぼうとして―――その発声を、杏子の大声が遮った。

 

「諦めんなよ、さやか! まだ何も終わってねえだろ!」

 

 諦めるな、という言葉が、さやかにもまどかにも突き刺さる。

 

「無責任なこと言わないでよ!」

 

「もしかしたら何かが起きて、いい感じに終わるかもしんねえだろ! 諦めんな!」

 

「……はっ、何よそれ。

 最後に愛と勇気が勝つストーリーでも信じてんの?

 普段のあんたのキャラに合ってないってんのよ、杏子!」

 

「うっせーな! お前だって、そういうものを信じて魔法少女になったんだろうが!」

 

「っ」

 

「一度信じたものくらい、もう一度信じてみろよ!」

 

 この中で、世の中の悲惨さに対し最も割り切ったスタンスを持っている杏子が、まどかに少しだけ前を向かせてくれる。

 ふと、まどかはギャラクトロンに花冠をあげた時のことを思い出した。

 あの時ギャラクトロンがくれた音楽が、耳の奥に蘇る。

 まどかはあの時、ギャラクトロンに『ありがとう』を渡した。

 その記憶を思い出したからだろうか?

 さやかにも『ありがとう』を渡さなければ、とまどかは思った。

 その想いが、彼女に宇宙の条理すら踏破するほどの勇気をくれる。

 

「さやかちゃん。いつもありがとう」

 

「……? まどか、あんた何を……」

 

「自分の価値をそんなに卑下しないで。

 さやかちゃんの価値は、なんにもなくなってないよ。

 私はさやかちゃんの友達だから、さやかちゃんのいいところを沢山知ってるの」

 

「っ……! 魔法少女でもないくせに!

 上から目線で、なんの救いにもなってないこと言わないで!」

 

 諦めて契約しよう、と囁くキュゥべえの声を振り切る。振り切り続ける。

 諦めない。

 まどかはさやかを救うことを諦めない。

 耳の奥に、まだギャラクトロンがくれた感謝の音楽が残っているから。

 

「さやかちゃん!」

 

「まどか! あんたも、もう、いい加減に……!」

 

「さっきさやかちゃん、魂とか、命とかが無い体が壊れてもいいって言ってたけど!

 じゃあさやかちゃんは、ギャラクトロンくんの体なら壊れてもいいって言うの!?」

 

「―――」

 

 さやかが一瞬、返答に詰まった。

 

「血の通ってない本体を否定するなら、ギャラクトロンくんの体も否定するの!?」

 

 まどかは言葉で畳み掛け、さやかの心に言葉を直接叩きつけていく。

 

「思い出してさやかちゃん!

 上条くんは! あのギャラクトロンくんに恋をしたんだよ!」

 

「―――ぁ」

 

 まどかの放った途方もなく強烈なワードが、トドメとばかりにさやかの胸を打った。

 

「……まどか、お前……」

 

「……い、勢いで喋ったけど、間違ったことは言ってないと思う」

 

「ああ、そうだな。お前は綺麗に証明したよ。上条恭介はソウルジェムにも恋しうるってな」

 

「そうじゃなくてぇ!」

 

 命が通わない体なら、壊れてもいいのか。

 石の体で生きるものに、価値はないのか。

 恋は、そんなに不自由なものだったか。

 否。

 否だ。

 人類を丸ごと否定する存在であるギャラクトロンは、さやかの苦悩も一つ残らず否定する。

 誰かがギャラクトロンの存在を引用してすらそうなのだから、本当に筋金入りに、根底からして人類の否定者なのだろう。

 

 それが、逆にさやかの救いになっていた。

 

「ははっ」

 

「! さやかちゃん、今、笑って……」

 

「あたし、人間じゃなくなってさ。

 今、まどかに言われて気付いた。

 あたし、ギャラクトロンの奴と同じになってたんだね。

 恭介が色々あって恋しちゃったギャラクトロンと同じものに。

 あいつは鉄で、あたしは石。

 なんかそう思ったら、絶望が前よりハッキリ見えて……でも、胸は苦しくなくなった」

 

「さやか、お前……」

 

「まどかの言う通りだわ。

 魂がない体なら、壊れたっていいじゃん、って思ってたけど……

 ギャラクトロンの体を好き勝手ぶっ壊す奴がいたら、あたしはきっと嫌な気持ちになる」

 

「……」

 

「あいつと似たような体になった、って意識して分かった。

 あいつの機体が壊される想像をして、分かった。

 恋敵でも、あたしギャラクトロンの奴のこと、嫌いじゃなかったんだね……」

 

 さやかや杏子は、自分の体をゾンビにされたようなもの、と表現した。

 言い換えれば、自分の肉体をゾンビのようなものにされたと認識しているということ。

 "自分が潜在的に嫌っているものと同じにされた"ということでもある。

 だが、自分が好意的に思っているものと同じになった、という認識がそこに加われば果たしてどうなるだろうか?

 惚れた男が恋した対象と、同じになったという認識が生まれればどうなるだろうか?

 

 さやかは絶望の闇を振り払い、少しはマシな顔になって、立ち上がった。

 

「行こうさやかちゃん。皆で一緒に、話をしよう?」

 

「……うん」

 

 まどかが差し出した手を、さやかが握る。

 細く小さな手だと、さやかは思った。

 その手が、自分の心を包んでいた暗いものをどけてくれた手なのだと、さやかは正しく認識していた。

 

「さやかちゃんは答えを急ぎ過ぎなんだよ」

 

「……まどか、それ、前にあたしに言ったことある?」

 

「へ? どうだったかなぁ……」

 

「ま、いっか。どっちでも」

 

 歩き出したさやかは、横でニヤニヤしながら脇を小突いてくる杏子の頭に、軽いゲンコツを落として応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギャラクトロンの破壊光線は、大体の場合体の各所にある赤いクリスタル状の部位より発射される。

 ……だがまさか、そこを真っ先にリボンで覆われるとは、ほむらも予想していなかった。

 

「これだから巴マミは!」

 

 ギャラクトロンの目もすっかりリボンに覆われている。

 戦いの最中にマミはギャラクトロンのセンサー類の位置を見抜き、その全てをリボンで覆い、ギャラクトロンの感知能力のほとんどを奪う。

 無論リボンだけでセンサー類の全てを無効化できるわけではないが、軽快に跳び回るマミの動きを、ギャラクトロンは捉えきれずに居た。

 

 マミはギャラクトロンの足の端と自分の体をリボンで結び、ほむらの時間停止の例外対象に自分を追加しつつ、死角からギャラクトロンの脇腹に砲撃を叩き込む。

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

 ミシッ、という音がした。

 だが壊れない。

 ギャラクトロンは本当に頑丈だ。

 おそらく、マミがその魔力の全てを注ぎ込んだ一撃を放っても、その武装の一つを壊せれば大快挙、というくらいには。

 

 ほむらの指示でギャラクトロンがマミと繋がるリボンを切り裂くが、マミは仕込んでいたリボンを励起しまた自分とギャラクトロンを繋いでしまう。

 

「私達はいつか魔女になるのよ」

 

 ギャラクトロンはマミの動きを封じるように右腕を突き出すが、マミは既に知覚しにくいリボンでギャラクトロンの頭と右腕を繋いでいた。

 右腕と頭が繋がれてしまっていたことで、ギャラクトロンの腕力が、そのままギャラクトロンの頭を引っこ抜こうとする力に使われてしまう。

 

「私達はもう人間じゃない。キュゥべえは、もう人間に戻ることもないと言った」

 

 ギャラクトロンが踏み出した足が、"マミが地面に偽装したリボン"を踏み、落とし穴に片足を取られる。

 動きの止まったギャラクトロンに、マミはティロ・フィナーレとマスケット一斉掃射の複合攻撃を仕掛けるものの、マスケットはカンカンカンと弾かれるだけで、ティロ・フィナーレは左手の剣で一刀両断されてしまった。

 

「人でないものから、本当の人でなしになるくらいなら、ここで、いっそここでっ……!」

 

 強い。

 ギャラクトロンはこの地球上で並ぶものが見つからないほどに強く、マミは魔法少女の強さ基準を遥かに逸脱した強さの持ち主だった。

 ギャラクトロンはマミを無力化することができず、マミはどんな手を使ってもギャラクトロンの装甲を突破することができていない。

 両者の強さが、両者の敗北を絶対的に遠ざけている。

 ほむらがギャラクトロンに手を貸してすらそうだった。

 

 このままいけば、マミは魔力切れと絶望で魔女化してしまう。

 ほむらからすれば、それだけは絶対に避けたかった。

 

「攻め手を変えてみましょう、ギャラクトロン。……ギャラクトロン?」

 

 ギャラクトロンが、ほむらの指示を無視してマミに背中を向ける。

 

「ギャラクトロン!?」

 

 よく分からないまま、マミは勝機を察した。

 

「ティロ・――」

 

 狙うは首。

 首の構造を利用し、ティロ・フィナーレの破壊力をてこの原理に集中し、首をへし折るという作戦だ。

 彼女の狙いは、無情なほどに的確だった。

 

「――フィナーレ!」

 

 だが、攻撃を放った直後、マミは気付く。

 ギャラクトロンがマミに背を向けたのは、そこに魔女の結界を発見し、そこに攻撃を仕掛けていたからなのだということに。

 

(魔女の結界!?)

 

 マミは今日まで、他の魔法少女から妨害を受けつつも、その妨害を受け流しながら魔女や使い魔を倒していくということも多かった。

 それが今、魔女を倒そうとするギャラクトロンを、マミが邪魔する形になっている。

 奇妙な『立場の逆転』がマミの肝を冷やして、自暴自棄の極みにあったマミの思考に、普段の彼女の思考を差し込んだ。

 

 ティロ・フィナーレがギャラクトロンの首へと向かう。

 

 瞬間、ほむらは外に飛び出した。

 マミとギャラクトロンは繋がっているが、マミとほむらは繋がっていない。

 ほむらがギャラクトロンから離れれば、ほむらは止まった時間の中を自由に動ける。

 今の自分が持つ最大火力を叩き込み、ほむらはギャラクトロンとマミを繋ぐリボンを破壊。

 

 ギャラクトロンに触れ、自分だけの時間にギャラクトロンを招き入れ、二人一緒に――一人と一機で――マミの砲撃を回避した。

 

「……どうして」

 

 燃え尽きた魔女と魔女の結界と、自由になったギャラクトロンとほむらを、マミはゆっくり交互に見つめて、疑問を口にする。

 

「どうして……魔女には躊躇いなく攻撃しているのに、私には攻撃しないの?」

 

 ギャラクトロンは、露骨にマミに対して手加減している。

 ほむらのサポートを受けつつも、殺害という結果を必ずもたらす攻勢を組み立てることなく、あくまで取り押さえることのみを志向していた。

 マミが全力で攻撃し続けていたのに、ギャラクトロンが全力で攻撃したのは結局、偶然そこに居た魔女だけだった。

 

 マミの問いに、ギャラクトロンはほむらの声で応える。

 

『"人を傷付けないこと"。

 "人を守ること"。

 "人の味方で在ること"。

 まどか様に命じられたことだ。私は人間である君を守らなければならない』

 

「―――っ」

 

 マミは息を呑む。少女の喉から、泣きそうな音が小さく漏れた。

 ギャラクトロンにとって、それは当然のこと。

 

「私達は、契約をした時から、人間ではなくなったのよ」

 

『君達魔法少女は人間だ。魔女とは違う。

 相も変わらず他の命を食べなければ生きていけないままだ。

 君達は人間を辞めたつもりで居るが、変わったのは魂の容れ物だけだ。

 何も変わってなどいない。君達は君達のまま、今も他の命を喰らい続けている』

 

「それはっ……!」

 

『繰り返す。

 君達は契約の前と後で何も変わってなどいない。

 変わったのは魂の容れ物だけだ。

 魔法少女になってもなお、君達人間の間には争いが絶えていないのだから』

 

「私達は、もう人間じゃないの! いずれ魔女になる存在なのよ!」

 

『違う。巴マミは間違っている。

 私の判定は、人類のそれと比べれば絶対的に正しい。

 君達は人間だ。君は低レベルな感情に流されて仲間を殺そうとしている』

 

「低レベっ……!?」

 

『私は何度でも繰り返そう。君達の考え方は間違っている。私の考えが正しい』

 

 ギャラクトロンは、それはもうストレートにマミを否定した。

 マミ自身が否定されたいと思っている考え方を、一つ残らず否定した。

 マミだって、自分が人間だと思いたい。仲間を殺したくなんてない。

 けれど、自分達は人間じゃないと、自分達はいずれ魔女になるから殺さなければならないと、思わずにはいられなかった。

 その想いの全てを、ギャラクトロンは真っ向否定する。

 

 少し前に戦場に駆けつけたさやか、杏子、まどかもギャラクトロンの言い分を聞いていた。

 

『耳が痛いか。だから人間(きみたち)は耳を塞ぐ。都合の悪いことは無視する。

 だが、真実は君たちの都合で捻じ曲げられるものではない。君達は人間だ』

 

「……ギャラク、トロン……」

 

『君達は人間であることからは逃げられない。決して。

 魔法少女になる程度のことで、君達は自分が自分であることからは逃れられない』

 

 ギャラクトロンは罵倒するように「君は人間だ」と言い放つ。

 マミはその言葉を、祝福を受け取るように受け取った。

 少女の手の内から、マスケットが滑り落ちる。

 

「ギャラクトロンのセンサーは、あなたを人間だと言っているようね。巴マミ」

 

「……暁美さん」

 

「素直に受け取っておきなさい。私も、あなたも、人間なのだそうだから」

 

 いつの間にか、ギャラクトロンの胸部が開き中が見えていた。

 ほむらの手が、ギャラクトロンの機体を内から撫でている。

 マミは初めて、ほむらがギャラクトロンに向けるその感情を、その関係に相応なものであると思うことができていた。

 

「ねえ、約束して」

 

 マミはギャラクトロンに願う。

 

「私達が魔女になったら、私達が誰かを殺す前に、私達を殺してくれるって」

 

 自分がしようとしていたことを、ギャラクトロンに託すことを。

 いつか魔女になるその瞬間まで、希望を振り撒くことに、許しを出してくれることを。

 

「私達が希望を振り撒く存在から、絶望を振り撒く存在になる前に、私達を止めて欲しい」

 

 マミは都合のいいことを願っているつもりでそれを口にしたが、地球に生きる生命全てを隙あらば全滅させようとしているギャラクトロンからすれば、頼まれるまでもないことだった。

 

『了解した』

 

 今はまどかとの約束で殺していないだけで、ギャラクトロンは今この瞬間にも、食物連鎖という間違った進化を果たしてしまったマミを、殺したいと思っている。

 

 マミが希望を振り撒く時を終え、絶望を振り撒く魔女となってしまった時、絶望を振り撒く前に殺してやることを、ギャラクトロンはマミに約束した。

 

『残虐な人間が、醜悪な魔女になった瞬間、その命を破壊することを約束する』

 

 その約束が、マミの希望になってくれていた。

 

 

 

 

 

 ギャラリーとしてその会話を聞いていたさやかが、大笑いして寝っ転がる。

 夜空の下、草原に大の字になったさやかの目に映るのは、満天の星空だ。

 杏子はマミ達の下に向かい、まどかはさやかの横に腰を下ろす。

 

「まどか、あたし人間だってさ」

 

「うん」

 

「あたしの考え、間違ってるんだってさ」

 

「うん」

 

「自分を人間じゃないって思うあたしの考えは、間違ってるんだって」

 

「うん」

 

 さやかは泣きそうな顔で、くしゃっと笑う。

 

「信じていいのかな、ギャラクトロンの言い分」

 

「私に聞いてもしょうがないよ。

 これは、さやかちゃんがギャラクトロンくんの言葉を信じるかどうかっていう話だから」

 

 信じるも、信じないも、さやかの自由だ。

 ただ、ギャラクトロンを信じられたなら、希望はある。

 

「信じたいな、うん。あたしは信じたいみたいだ。だから信じられる、信じてる」

 

 ルサールカまで行ったあの夜は楽しかったな、なんて思って、さやかはギャラクトロンを信じてみることにした。

 

「こんなあたしだけど、今はちょっとだけ、自分が人間なんだって信じられてるから」

 

 皆知っている。

 ギャラクトロンは世辞を言わない。

 ギャラクトロンは同情なんてしない。

 ギャラクトロンは善意で誤魔化さない。

 その言葉はいつだって直球で、だからこそ信じられる。

 

 キュゥべえがいくら論理的に正論を吐こうとも、ギャラクトロンが吐く暴論は、キュゥべえの正論が生む絶望の尽くを粉砕していく。

 それはまさしく、暴走する正義であった。

 

 

 

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