魔法主従まどか☆ギャラクトロン   作:ルシエド

9 / 10
私の、最高の―――

 機械は夢を見られない。

 だから、これはただの記録だ。

 壊れかけのギャラクトロンが、最期の終わりを迎える前の、走馬灯のような記録の閲覧。

 ギャラクトロンの始原の記憶だ。

 

「奴らは何を観測したというのだ」

 

「不明です。争いを無くすため、過剰に多くの対象を攻撃しようとしているようです」

 

「これでは量産した意味がまるでないではないか。

 兵器は正しく運用できて初めて兵器なのだ。

 このままでは、敵と味方を諸共にリセットする欠陥兵器にしかならんぞ」

 

 ギャラクトロンを作った者達が、何かを愚痴っている。

 

「仕方がない。初期型は全て他次元に廃棄しろ。

 こちらの次元には戻って来ないほど遠くの次元が望ましい」

 

「では、マルチバースレベル2以降の世界からいくつかを選定しそこに廃棄します」

 

 宇宙学者のテグマークは、多元宇宙をいくつかのレベルに分類した。

 『全て』を内包するマルチバースレベル1。

 宇宙の隣には別の宇宙があり、無数の宇宙の集合が有るというマルチバースレベル2。

 "あの時別の選択肢を選んでいたら"というもしもの並行世界を表すマルチバースレベル3。

 そして「人間の想像の数だけ宇宙があるんじゃないか?」という、「漫画や二次創作の宇宙も現実に存在する可能性はある」と言えるマルチバースレベル4。

 

 次元を超えた不法投棄を可能とするほどに、ギャラクトロンの製作者達は――その文明は――非常に高いレベルの技術を持っていた。

 

「原因究明も急げ。

 こやつらが何を観測したか、それを特定するのだ。

 でなければ同じことを何度も繰り返しかねん」

 

「了解しました。しかし、一体何を観測したのやら……」

 

 まだギャラクトロンと呼ばれていなかった頃のギャラクトロンは、宇宙に女神の姿を見た。

 希望に始まったものが、絶望に終わるという運命を覆した宇宙の女神だ。

 宇宙に溶けて概念と果てた女神の姿を、ギャラクトロンの瞳は捉える。

 それが、製作者の意図しない方向にギャラクトロンを導いてしまった。

 

 女神を見て、美しい、と機械の心は思ってしまった。

 それがそのまま、バグになる。

 機械には、美しさを感じる心など無かったからだ。美しさを受け止める心が無かったからだ。

 

 ギャラクトロンは元々、争いを止めるためだけのロボットだった。

 それが、インキュベーターに食い物にされていた魔法少女達を救うべく、女神となった少女を観測してしまったことで狂い始める。

 過剰な食物連鎖の否定。

 強者が弱者を食い物にする関係の否定。

 『他者の食い物にされ終わる』という、悲劇の結末の否定。

 ギャラクトロンはその瞬間から、暴走する正義と化した。

 

 希望が絶望に終わるという仕組みを否定し、そこから搾取するやり方を否定した優しい女神の信奉者からすれば、他生物から奪い続ける生態系はさぞかし醜悪に見えたことだろう。

 皮肉にも、美しいものを見たことが、機械に醜い歪みを生み出す原因となっていた。

 

「廃棄、廃棄、廃棄っと」

 

 ギャラクトロン達が、次々と異次元に投棄されていく。

 とある世界の鹿目まどかは、過去と未来の全ての宇宙の魔女を消し去るという干渉を行い、この宇宙にも既に干渉済みだ。

 全ての宇宙に鹿目まどかは存在しておらず、全ての宇宙に女神の法則が存在する。

 ならば何故、ギャラクトロンは魔女もまどかも存在する宇宙に辿り着いたのか?

 

 それが、マルチバースレベル4。

 まどかが女神となっても、ほむらが悪魔となっても、それらとは一切無関係に魔女と魔法少女の物語が展開される多次元世界。

 ギャラクトロンが辿り着いたのは、物語の"もしも"を描いた外伝や、"こうなっていたら"を描く二次創作のような宇宙であった。

 

 女神となった者が、悪魔となった者が、"何の憂いもなく幸せになれる世界"を夢に見れば、その時点でその宇宙は現実に存在することとなる。

 それが、マルチバースレベル4。

 夢のような世界にも、悪夢のような世界にもなる、無限の可能性を持った宇宙だ。

 

 すなわち、『鹿目まどかが全ての宇宙の魔法少女を救った』という事実と、『鹿目まどかが干渉していない宇宙が存在する』という事実は並立する。

 『鹿目まどかは既に全ての宇宙に存在していない』という事実と、『鹿目まどかがこの宇宙に存在する』ということは一切矛盾しない。

 それが記述可能であれば、ありとあらゆる矛盾を超越し、どんな記述条件でさえも内包可能であるのが多次元宇宙である。

 

 女神が居たから、ギャラクトロンはここに来た。

 女神も居ない、悪魔も居ない、()が人のまま在るこの世界にやってきた。

 そして、人で在る彼女らを守ろうとした。

 

 けれど、力は足りなくて。

 守ろうとしても、守りきれなくて。

 聖の対になる魔を前にして、ギャラクトロンは粉砕された。

 

 ギャラクトロンは過去を思い返すのをやめ、現在(いま)を見る。

 

 砕かれたギャラクトロンを守るように、光の巨人・ウルトラマンオーブが立っていた。

 

 

 

 

 

 

 光の巨人だ、と誰もが思った。

 ウルトラマンオーブは、魔女のように姿を隠さない。

 マガワルプルギスのように闇をもたらさない。

 ギャラクトロンのように魔力を持つ者だけが見えるよう小細工をしているわけでもない。

 ただ、自分には恥じるものなど何一つ無いとでも言うかのように、堂々とそこに立っている。

 

 その姿を見た一般人も居た。

 だが、明日には災害の中で見た夢幻だとでも思うようになるだろう。

 一夜の夢としか思えないような、美しく絢爛な光が闇夜の黒を切り裂いている。

 

「シャァッ!」

 

 オーブは前に出る。

 マガワルプルギスが口の中に光を溜めて、それを吐き出したからだ。

 オーブは他の誰にも攻撃を当てないように、鏡の如き盾を生成して逸らすように防御する。

 幸い光線はビームではなくレーザーだったようで、鏡の盾は難なく光線を空へ逸した。

 天空を覆う厚い雲が、宇宙まで届く大威力レーザーによって切り裂かれて行く。

 

 オーブは盾を構えたまま、レーザーが途切れる直前に形態を変えた。

 

「紅に燃えるぜ!」

 

 形態変化の完了と、レーザーの照射終了と、鏡の盾の消失はほぼ同時。

 真紅の格闘形態に変化したオーブは、マガワルプルギスの頭上を取るように跳躍した。

 跳躍中、オーブの視界に壊れたギャラクトロンと、壊れたギャラクトロンを揺さぶり声をかけ続ける少女達の姿が見える。

 少女を守り粉砕されたギャラクトロンを見て、オーブは何を思ったか。

 

 マガワルプルギスに叩き込まれた燃えるキックの強烈さから見て、怒りと同情に近い感情を感じていることだけは、間違いなかった。

 

「熱っ!」

 

 さやかが戦闘の余波で飛んで来た火の粉が肌に触れたことで、熱がって肌を叩いた。

 オーブが燃えるキックを叩き込んだから、というだけではない。

 マガワルプルギスの全身がそれで燃えたから、というだけではない。

 魔法少女の残骸を使って作られた魔王獣が、マガワルプルギスの全身から炎を引き剥がしてそこかしこに放り投げ始めたからだ。

 

 マガワルプルギスから炎を引き剥がした後、少女の形をした魔王獣達は、一斉にウルトラマンオーブへと群がった。

 

「光を越えて、闇を斬る!」

 

 オーブの形態がまた変化し、よりスマートな形態になって手に槍を持った、と思われたまさにその瞬間。

 人が瞬きを一度する程度の一瞬で、オーブは少女ノ魔王獣の合間をすり抜け、終焉ノ魔王獣の横を抜け、マガワルプルギスの遙か後方にまで移動していた。

 移動と並行して、全ての少女ノ魔王獣を真っ二つにしマガワルプルギスにも一太刀入れている。

 

 瞬間移動と同義の、超高速移動攻撃。

 神速の走破と神業の槍技が敵を討つ。

 

 少女ノ魔王獣は声を上げる間も無く、一匹残らず両断される。

 終焉ノ魔王獣は本体らしく、攻撃に耐えつつも絶叫する。

 そしてオーブは、マガワルプルギスに叩き込んだ槍がポッキリと折れたことに驚愕した。

 

「!」

 

 皮膚に一瞬接触しただけで、武器の構築エネルギーが捕食されたのだ。

 あらゆるものはエネルギーで出来ている。物質ですらそうだ。

 構成に使われているエネルギーが食われれば、後は崩壊するしかない。

 

 だが、その一撃が光明を見出してくれた。

 

 オーブが疾風の如き一閃を叩き込んだ箇所の切り傷の奥に――マガワルプルギスの額に――肉に隠された、赤いクリスタルが見えたのだ。

 それがただのクリスタルなら、肉の奥に隠す必要はない。

 それがただ固いだけのものなら、肉の上に乗せて肉を守ればいい。

 硬い肉と毛皮でそれを守っていたということは、つまり、そのクリスタルが『弱点』である可能性が高いということに他ならない。

 

 マガオロチとワルプルギスの融合過程で何かがあったのか、それともまだ二者が完全無欠に融合していないのか、あるいは二者の相性がそこまで良くなかったか。

 想像ならば幾らでもできる。

 だが、今ここにある事実として、そのクリスタルは非常に脆い状態にあった。

 

「銀河の光が、我を呼ぶ!」

 

 オーブがまたしても形態を変える。

 複数の力を重ねる力の運用を止め、自分の内にある最も大きな力を……聖剣の力を聖剣ごと引き抜いた。

 マガワルプルギスが大量の魔法を浴びせかけるが、オーブは自分の体を衝撃で押し戻してしまうものだけを切り払い、急所に当たるものだけを叩き落とし、突き進む。

 "離れた場所から光線を撃っても食われかねない"と判断したがゆえに、オーブはクリスタルに剣先を叩きつけ、同時に聖剣から光を放った。

 

「オーブスプリーム……カリバァッー!!」

 

 恐るべきことに、マガワルプルギスはそれに全力の攻撃を合わせる。

 オーブが聖剣の剣先をクリスタルに叩き込み、剣先から光を放つ。

 マガワルプルギスが全身から魔法を放ち、禍々しい攻撃の洪水を叩き込む。

 攻撃命中はほぼ同時。

 オーブもマガワルプルギスも、攻撃を完遂する前に吹き飛ばされた。

 ウルトラマンと魔王獣の痛ましい声が重なり、両者共に立ち上がるのに時間がかかってしまうくらいのダメージを受ける。

 

 マガワルプルギスは受けたダメージを回復すべく、手当たり次第に周囲の者を食らい始め―――オーブが頼りにしていた聖剣までもを、バクンと飲み込んでしまった。

 

「何!?」

 

 オーブは驚愕し、息を呑み、されど引きずらずに形態を変えようとする。

 

 何も、変わらなかった。

 

「―――」

 

 何が何やら、状況を理解できぬままに、ウルトラマンオーブはマガワルプルギスの破壊衝撃波をモロに食らってしまう。

 

「ぐっ……!」

 

 地に伏したオーブは、再度自分を格闘に特化した形態に変えようとして、自分の体の表面で蠢くマガワルプルギスの闇の存在に気が付いた。

 『形態変化の際に発生するエフェクトが食われている』。

 『形態変化に使うエネルギーが食われている』。

 それが、この異常事態の真実だった。

 

 ウルトラマンオーブは複数のウルトラマンの力を融合させて扱える強力なウルトラマンではあるが、その運用はウルトラマンオーブというポリゴンに、他のウルトラマンというテクスチャを貼り付ける形での融合となる。

 ベースはあくまで、ウルトラマンオーブだ。

 二分が立てば点滅する胸のタイマーも、体や顔のベース造形も、全てはウルトラマンオーブ本来の姿に沿って形成される。

 

 今のオーブは、素の状態のウルトラマンオーブが聖剣を使うための形態だ。

 ここに新たなウルトラマンの力を加えようとすると、オーブに纏わりついた闇が加えようとした力を喰らい、オーブの形態変化を阻害してしまう。

 この闇の中で、オーブは形態を変えることができないのだ。

 

 明らかに、一時間前のマガワルプルギスより遥かに強い。

 マガワルプルギスは、周囲にあるものを食らい続けることでその力を高め、今も止まらず捕食成長を継続していた。

 

「ぐあっ!」

 

 ウルトラマンが、マガワルプルギスの体当たりで跳ね飛ばされる。

 

 状況は、時が経つごとに悪化していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鹿目まどかが、魔法少女になった。

 魔法少女になったまどかが、粉砕されたギャラクトロンの頬に触れる。

 ギャラクトロンの砕けた頭部に、暖かな雫が落ちる。

 鹿目まどかが悲しんでいる。

 十分だった。

 ただ、それだけで十分だった。

 ギャラクトロンが立ち上がろうとし、戦いを再開しようとするには十分だった。

 

 それは、弱者を食い物にする食物連鎖という構造を見た時、この地球にありふれている残虐な争いを知った時、ギャラクトロンの内に淡々と湧き上がった熱と似て非なるものだった。

 

『再起動を確認。コマンドを実行する』

 

「ギャラクトロン!?」

 

 左腕は根本から無くなった。

 両足は既に粉砕されている。

 体には大穴が空いており、もはや駆動系を動かすことも、攻撃用のエネルギーを抽出することも難しいだろう。

 それでも、ギャラクトロンは這うように動いていた。

 

 右腕を切り離した後で破壊されたためか、右腕は半ばまでは残っている。

 左腕も肩口を破壊され武装と共に地に落ちたものの、逆に言えば左腕の回転剣は壊れずにそこに残っている。

 ギャラクトロンは唯一半ばまで残った右腕で、千切れた左腕の武装を求め、這うようにして地面の上を動き始めた。

 

 まだ死んでいないセンサーもある。

 まだ動けるだけのエネルギーがある。

 ギャラクトロンは、まだ終わっていない。

 奇跡的に残っていたコードでほむらの声を借りて、ギャラクトロンは語り始める。

 

『私は、私の活動が停止するまでに、一つでも多くのコマンドを実行する』

 

「そんな体で……」

 

『この世界のために、争い全てを停止させる。それが我が使命。我が正義』

 

「っ」

 

『最優先目標、マガワルプルギスの存在をリセットする』

 

 魔法少女達の心に浮かんだのは、憐憫であり、驚愕であり、賞賛だった。

 ギャラクトロンは何一つとして変わらない。

 彼は、今も彼の正義を実行しようとしている。

 ほむらがギャラクトロンの口元まで駆け寄り、ギャラクトロンに穏やかな声で問いかけた。

 

「ギャラクトロン、あとどのくらい動ける?」

 

『最長で2分』

 

「十分ね」

 

 ほむらは髪をかき上げる。それが、彼女の心の状態が切り替わる合図だった。

 

「やるわよ」

 

「やるって、ほむらちゃん、何を……?」

 

「決まってるじゃない。勝つのよ、まどか。

 マミはあの左腕を拾って来て、リボンでぐるぐる巻きにしてでも右腕に固定して。

 杏子とさやかはあそこの無事な二台のトラックを回収してきて。

 魔法少女なら魔法で動かせるはずよ。

 あの二台のトラックをギャラクトロンの両足にマミのリボンで固定して、即席の足にする」

 

「ちょっと待ちなさいよほむら! あんた、まだギャラクトロンに戦わせるつもり!?」

 

「ええ、彼がそう望むなら」

 

「こんな……こんなにぶっ壊れてるのに、戦えるわけないじゃん! もう休ませて――」

 

 時間がないこの状況で、ほむらはさやかを黙らせるのに、その辺の石ころを銃で撃ち壊すという選択を選んだ。

 銃に怯んださやかを、ほむらが怒鳴りつける。

 

「ネバー・セイ・ネバー!」

 

「―――!」

 

「あなたがギャラクトロンに言ったことでしょう、美樹さやか!

 いつもそうよ、あなたは……一度くらい、自分が口にした言葉に責任を持ちなさい!」

 

 マミも、杏子も、既に動き出している。

 さやかは舌打ちして、それからほむらの指示に従い、走り出した。

 

「……えっらそうに! あんたに言われなくたって、やってやるわよ!」

 

 かくして、その場しのぎのギャラクトロンが完成する。

 魔法少女が魔法で操れるトラックは、ギャラクトロンの足に。

 リボンで固定された二台のトラックは杏子とさやかの担当。

 右腕に固定された左腕の剣は、ギャラクトロン唯一の武器に。

 ギャラクトロンを支える多量のリボンの維持は、マミの担当。

 胸部にはほむら。

 時間を止めることで妨害を行う担当。

 肩にはまどか。

 目を失ったギャラクトロンの目となる担当だ。

 

 継ぎ接ぎだらけで、人間がサポートに入っていなければ戦闘行動さえ行えないような、情けなくも痛々しい姿。されど、今の彼らの精一杯だ。

 

「おっとと、杏子! これ本当に大丈夫!?」

 

「慣れだ慣れ! 慣れる時間もねーけど、ぶっつけ本番で成功させろ、さやか!」

 

「だーもうっ!」

 

 赤と青の魔法少女が、慣れない魔力の運用で足代わりのトラックを強化し、動かし、その上に乗るギャラクトロンを敵へ向けて疾走させる。

 

「ぐっ……私の負担が大きいけれど、失敗はできないわね……!」

 

 マミは右腕部分と両足部分で、数万トンにも及ぶ重量をリボンだけで支えるも、その見事な技量と気力で見事に固定し続ける。

 

「マガワルプルギスまで、残り500m……」

 

 ほむらは接近中、何度も何度も時間を止めた。

 時間を止めるたび、オーブと殴り合っているマガワルプルギスはその時間を捕食しようとする。捕食に一手使い、捕食一回分の時間を使ってしまう。

 ほむらは小刻みに何度も時間を止めることで、マガワルプルギスに餌を撒き、食欲を第一とするその行動原理を読みきった上での妨害を行っていた。

 

「もうちょっと、もうちょっとだよ、ギャラクトロンくん」

 

 まどかが距離を測る。

 ギャラクトロンが右腕に固定された剣を構える。

 まどかの魔力がほんのりと覆うギャラクトロンの巨大剣は、オーブとの激突で今にも崩壊しそうになっているクリスタルを狙っていた。

 

 マガワルプルギスは、それを目ざとく見抜いたようだ。

 オーブとしのぎを削り合いながら、額の肉を再生し始めた。

 オーブの槍の一撃を食らう前の、クリスタルを肉で守っていた状態に戻そうとしているのだ。

 

 それを、オーブが止める。

 オーブはマガワルプルギスに組み付くようにして、再生する肉の合間に両手を突っ込む。

 そして袋を開くようにして、額の肉の割れ目を更に大きく押し広げた。

 

「やれっ!」

 

 マガワルプルギスを超える闇が一瞬、ほんの一瞬のみオーブを包み込み、その姿を暴虐の化身へと変貌させる。

 魔王獣の闇の中でさえも際立つ漆黒……本物の闇が光と混じり合い、凶悪で強大な力をオーブのその身へと宿した。

 黒き王の祝福を受け、オーブは隆起した筋肉を用いて、肉を開き更にクリスタルを露出させる。

 オーブは叫んだ。

 

「―――お前が決めろ、ギャラクトロンッ!」

 

 咆哮し、暴れ、攻撃を四方八方へと撒き散らすマガワルプルギス。

 攻撃は一番近くに居たオーブを止めどなく襲い、接近していくギャラクトロンにも命中し、ギャラクトロンに寄り添う魔法少女達の肌をもかすめていく。

 なのに、誰一人として臆することはなく。

 皆の勇気が、マガワルプルギスの最後のあがきを突破した。

 

 ギャラクトロンの剣が、マガワルプルギスの額のクリスタルに刺さる。

 

「……! 足りない! 浅いわ!」

 

 刺さりが浅い、と真っ先に判断したのは巴マミ。

 真っ先に動き出したのは、佐倉杏子と美樹さやかだった。

 

「じゃあ、浅くなければ!」「いいんでしょっ!」

 

 魔力をありったけ込めて、剣と槍をギャラクトロンの剣に叩き込む。

 ギャラクトロンの剣が、クリスタルに少しだけ深く食い込んだ。

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

 マミの砲撃がギャラクトロンの剣に叩き込まれる。

 ギャラクトロンの剣が、クリスタルに大きく深く食い込んだ。

 

「これで、本当に、打ち止めよ!」

 

 ほむらが溜め込んでいた爆薬を、全てギャラクトロンの剣に投げつけ爆破する。

 ギャラクトロンの剣が、クリスタルに少しだけ深く食い込んだ。

 

 あと少し、あと少しだけ、食い込めば。

 そうして最後の一瞬に、ギャラクトロンとまどかが残る全力を振り絞る。

 

「―――光をっ!」

 

 まどかが弓より放った光が、ギャラクトロンが全力で押し込む剣を、更に押し込んだ。

 

 剣はクリスタルを貫通し、マガワルプルギスの頭を貫き、そのまま全身を貫通する。

 

 剣はマガワルプルギスに光を注ぎ、その肉体を内から崩壊させ、爆焔に似た光を産み―――それが、マガワルプルギスとギャラクトロンの最期となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の命を永らえさせるために他の命を奪うような低レベルの文明に価値はない、とギャラクトロンは常に主張している。

 彼はその主張の通りに、自分の延命のために他の命を奪うことはしなかった。

 延命しないまま、壊れていって、終わっていった。

 

「ギャラクトロン……」

 

 勝利を迎えたというのに、魔法少女達の表情は暗い。

 仲間を一人失った。

 ただそれだけのことで、彼女らの胸はこんなにも痛んでいる。

 機械が壊れただけじゃないか、なんて言う者は誰も居ない。

 彼女らは、あの物騒なシビルジャッジメンターを、いつからか本物の仲間だと思うようになっていた。

 

 仲間だと思い始めた時期に差異はあるだろう。

 各々がギャラクトロンに抱いていた想いにも違いはあるだろう。

 だが、彼女らの胸の痛みと喪失感だけは、寸分違わず同じであった。

 

「……」

 

 ウルトラマンオーブは、その沈痛な空気に何も言わない。何も言えない。

 されどその瞳が輝くと、ウルトラマンの目が持つ透視能力が発動し、ギャラクトロン内部で奇妙な動きをしている機械を発見した。

 ギャラクトロンの残骸の奥深くにあるそれを、オーブは指先から放つ光で指し示す。

 

 まどかが、その光に応えた。

 涙でぐちゃぐちゃになった顔を手袋で拭き、ギャラクトロンの残骸をかき分けて、その奥にある機械を見つける。

 それはコードの付いた機械の箱。

 まどかはギャラクトロンの胸部にて、ほむらや杏子が耳の穴にそのコードを突っ込まれているのを何度も見ていた。

 止めるほむらの声を振り切って、まどかはコードを耳に差し込む。

 

「……あ」

 

 すると、頭の中に情報が流れ込んで来る。

 それは、ギャラクトロンが今日まで密かに続けていた、別宇宙のギャラクトロンと通信しようとする行為の詳細なログだった。

 昨日まで、ギャラクトロンは他宇宙に同族を見つけられていなかったらしい。

 だが今日になって、一体のギャラクトロンとデータのやり取りをしていたようだ。

 その他宇宙とのデータのやり取りが、今この瞬間に完了した。

 

「ええっと、これは、通信のデータ?」

 

「鹿目さん、どうしたの?」

 

「ちょっと待って下さい、マミさん……これは……ムルナウ? 宝石の魔女、ムルナウ……?」

 

「ちょっとちょっとちょっと、何言ってんのさまどか?」

 

 ムルナウ、宝石、とまどかは口々に繰り返す。

 そして、叫んだ。

 

「こ、これ! 人間や物や光を宝石にする魔法と!

 宝石になったものを元に戻す魔法のデータだよ!」

 

「―――!?」

 

 それは、魔法少女の祈りが起こした奇跡ではなく、命の絆が引き寄せた奇跡でもなく、ギャラクトロンが淡々と続けていた機械的アプローチが繋げた、必然の奇跡だった。

 

「じゃ、じゃあそれって!」

 

「魔法少女のソウルジェムを、元の魂に戻して元の体に戻せるってこと!」

 

「ははっ、マジかよ……そんなんアリかよ……!」

 

 かつて、遠い宇宙に、ムルナウおばさんという宝石の魔女が居た。

 ムルナウおばさんはギャラクトロンの生産工場に忍び込み、余計なAIが積まれる前の個体を盗み出して改造し、万物を宝石に変える機械竜として新生させた。

 彼女が宝石に変えたものは、戦いの後全てが宝石から元のものへと戻ったという。

 

「……本当に」

 

 ほむらは砕けたギャラクトロンの頭部を見上げ、呆れた顔で溜め息を吐いた。

 

「本当に最後の最後まで、あなたは否定ばかりだったわね。

 食物連鎖という円環は間違ってる。

 魔法少女と魔女の円環は間違っている。

 誰かが誰かを食い物にするのは、争いの元凶だから、あってはならないと……」

 

 その言葉には、一種敬意すら感じ取れる。

 まどかは逆に、嬉しさと悲しみが混ぜこぜになってしまったせいで、泣くことも笑うこともできなくなってしまっていた。

 

「これは、ギャラクトロンくんの最後の抵抗だよ。

 せめて、せめて魔法少女の連鎖だけでも、この宇宙から消し去りたいっていう願い……」

 

 ギャラクトロンは、まどかに行動を制限されてなお、気に入らないものをこの宇宙から消し去ろうと頑張っていた。

 本当に筋金入りだ。

 

「……へっ、余計なお世話だっての。最後まで押し付けがましい言い草の野郎でよ」

 

 杏子はぶっきらぼうに、けれど寂しそうに、ギャラクトロンの顔を見上げる。

 

「……」

 

 マミは目を瞑り、俯き、ただ何も言わず、ギャラクトロンに黙祷を捧げ続けた。

 

「あの、バカ……ばかぁ……」

 

 さやかはギャラクトロンを罵倒するも、その声はどんどん涙声になっていく。

 

「お疲れ様、ギャラクトロン」

 

 ほむらの小さく細い手が、ギャラクトロンの砕けた頬を撫でた。

 ギャラクトロンはもう動かない。

 

「あなたは最後まで善ではなく、優しくもなく、暴走するだけの正義だったけど。

 善でもなく、優しくもなく、正義にもなれないのは、私も同じだったから……」

 

 ギャラクトロンはもう何も応えない。

 

「……あなたのこと、そんなに嫌いじゃなかったわ」

 

 ほむらのその言葉を聞き、ウルトラマンオーブは空を見上げ、空へと飛び去っていく。

 空には夕日。

 吹き飛ばされた雲の向こうの夕日の向こうに、ウルトラマンは消えて行った。

 夕日を越えて、彼も自分の宇宙に帰るのだろう。

 

 今日もどこかで、夕陽の風来坊の助けを呼ぶ声がする。

 

 

 


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