「全員揃ってますねー。それじゃあSHRはじめますよー」
目の前で上から読んでも下から読んでも山田麻耶先生が記念すべき高校生活初めてのSHRの始まりをつげる。ちなみに山田麻耶先生は背は低いが胸は大きいといえる。でも基本どうでもいい。
「それでは皆さん、一年間よろしくお願いしますね」
返事は一人だけの拍手。ちなみに出してるのは俺。このいたたまれない空気をどうにかしたくて、勇気と音を出した。でも変わらない。
「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で」
ところで、君たちの高校、中学は男女混合の名簿順だろうか? それとも別々? 最近を生きている自分は小学校、中学校共に男女別々だった。男1から15、女16から30といった感じに。むしろ混合の方が今やまれと聞く。ちなみに、この高校はその稀にあてはまる。
なぜなら男が俺ともう一人しかいないからさ!
ちなみにつらくは無い。珍しさから視線が集中するんじゃないか? それはもう一人のことを軽く見ている。俺の親友にしてフラグ建築士一級、フラグハンター、歩くフラグメイカーなどなど、級友から恐れられ、畏怖され、妬まれ、憧れられた織斑一夏の事を舐めている。彼にかかればクラスの女子の視線を全て集めることなど朝飯前だ。……俺? 中学時代からの親友として最初は年頃の男として軽く妬んだけど、過ぎたるは猶及ばざるが如し。一ヶ月無く、妬みは哀れみになった。あの猛獣の群れの中に放り込まれている感はなんというか。いつからか軽めの女性恐怖症になってしまっているのかと思ってしまうほど。ビクッて反応したりする。一夏の周りは肉食獣よりタチ悪いのが多すぎ。
「織斑一夏くんっ」
「は、はいっ!?」
隣で一夏が間の抜けた声を出す。何の因果か、一番前、最前列に二人で並んだ。このクラスはなんでか知らないけど席が名前順で並んでいない。一夏は”お”で始まって俺は”し”で始まるのにその左だし。まっ、制服も改造が許されてるし、ある部分以外は緩いのだろうか。
「あっ、あの、お、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってる?あの__」
山田先生がわあわあ言い出す。このご時世に珍しく引っ込み思案な人。ましてこの学園の教師なら、威張り腐っててもおかしくないと思うけど。そこらの幼女ですら威張り腐ってる事もあるのに。珍しい。あっ、嘘。威張り散らすのは実際にはそこまで多くないな。
「いや、あの、そんなに謝らなくても__」
いつもならさわやかスマイルできるのにさすがにこのクラスの状況に戸惑い気味である。仕方ないよね。この状況。周りで俺以外全員女子。一時的なものならまだしも、後続の男たちが続かなければ三年間これだ。俺たちが慣れるために一緒のクラスと配慮してくれたんだろうが、一年後二年後、この学園に慣れだしたらクラスバラバラの可能性もある。
一夏は必死に目を窓際に向ける。何があるかというと、立派なポニーテルの大和撫子を凝視していた。だが彼女はぷいっと顔を向ける。小学校時代の知り合いか何かか? 中学までの交友関係は大体把握している。次に一夏は俺に目配せする。すかさず俺は用意しておいたプリントを渡す。
「サンキュ」
小さく、俺だけに聞こえるように言った。
「えー。自分の名前は織斑一夏です。好きな食べ物は家庭的な料理、特技は家事全般。趣味は友達の影響でアニメとか小説とかを少し。それと女子高生の下着観察、一年間よろ……おかしいだろ!! これ!!」
「よっ! ナイスのり突っ込み!」
ヨッと両手をパラパラお殿様に向かってのごとく動かす。クラスの皆も今ので冗談と分かってくれたようで雰囲気が和らいだようだ。良かった良かった。コイツなら変態発言しても許されるとは思うが。俺? 警察にお世話。
「ああもう!お前って奴は!」
「アフターケアはあるから全部読め」
しっかり 女子高生のについて以外は大体あってます!一年間よろしくお願いします。好みの女性ははしっかりした人です と付け加えてある。
「……女子高生のについて以外は大体あってます!一年間よろしくお願いします。好みの女性は……だから違う!」
笑い声が漏れながらパチパチと拍手が鳴った。場の空気がかなり和んだため、次からは皆ほどほど、前よりノリ良く自己紹介を進めた。なんというか個性的な名前が多い気がしないでもない。そしてとうとう俺の番になった。
「では次に」
椅子の音をなるべく立てずに立ち、音を立てずにしまい、振り向いた。コホンと咳をならし、眼を真っ直ぐ向けて
「
最後に少しだけ眼を笑わせて言う。皆からぱちぱちとそれなりの拍手が巻き起こった。
さて、楽しい学園生活が始まる。
ああ、そうだ。どうしてこうなったか説明してなかった。
ちょうど数ヶ月前、二月の真っ只中で中学三年生のとき。
「何で一番近い高校の、その試験のために四駅乗らなきゃいけないんだ。しかも今日、超寒いじゃねえーか……」
「俺のコート貸そうか?」
自慢のコート(ベンチコート)を見せびらかす。使い続けて五年。ただし耐寒性能は十分。フードをかぶって、上からネックウォーマーをかぶせれば露出は眼と手だけ。ただし学生以外がこの格好をしてたら通報される確率が高まるのでお勧めしない。子の装備だと学生と証明するのは学生鞄だけだけど。
「本当に貸してくれるのか?」
「冗談……といいたいけど、別にかまわんよ?」
「……やめとく」
だよね。お前はいい奴だし。第一、男同士で上着の貸し借りなんて、薄い本を厚くすることにしかならない。
「まっ、そろそろ試験会場に……あれか」
「だな」
受ける学園は私立藍越学園。俺は公立の滑り止め。でも一夏は家庭の事情でこれが本命一本だった。勉強自体は俺のほうが出来る……と言っても仕方ない。一夏は家事をほぼ全般こなさないといけなかったからだ。記憶力とかテストの出来だけでいえば互角だろうか。悪知恵とかなら負ける気はしないが。
「いつまでも千冬姉の世話になってるわけにもいかないしなぁ……」
俺は何だかんだで家事を手伝う方だと思うが(皿洗いや風呂掃除、ごみ捨てぐらいはね)、コイツにはかなわない。料理洗濯掃除etc、家事全てを行っていると言っていい。だがそれでも生活を姉に養ってもらっているというのは、かなりの負い目があるようだ。今のセリフ通り。そりゃ親にですら養ってもらうのは頭が上がらないのに、姉ならなおさら。
「やっぱ中は温かいな。さて、どっち」
地図はあるけど迷路みたいだ。二人でさまよいながら……
「しょうがない。こうなったら人に頼むしかない」
「中三になって!?」
マジかいというような顔を向ける。
「お前は人生賭けてるのにそんな事言ってられるのか? 少しでも早めに会場に着けばそれだけ勉強できて、合格率をさらに上げれるんだぞ?」
この世界に100%なんてものはない。100%の保障をしてくれるものがあるなら崇拝してやる。あ、1+1は2とかは100%だ、とかの突っ込みやめてね。哲学者に言わせれば違ってくるかもしれないけど。
「……だな。でも、誰も居ないな」
「なら適当にドア開けて聞くまでだ」
ばたんとドアを開けてちょうど適当そうな人……じゃないな。
「あー、君、受験生だよね。はい、向こうで着替えて。時間押しているから急いでね」
かなり忙しそうだったので返事もせずこっちもさっさと動く。……? 着替え? 着替えって何だ? 専門? 特殊資格? 受験には関係ないと思うが。
「っておい、場所聞き忘れてるじゃないか!」
一夏が思い出したように叫んだ。
「まあね。でも今の人は無理だろ? 聞いてくれそうに無い。もうちょっと忙しくなさそうな人は居ないか」
進んでみるとカーテンがあった。開けると鎧のようなものが鎮座してあった。人によっては鎧とは思わないだろうけど。でも、どちらにしろ鎧なんてちゃちなもんじゃない。俺はこれを知ってる。誰だって知ってる。
--IS--
正式名称インフィニット・ストラトス。宇宙空間での使用が可能なマルチフォーム・スーツ。製作者の意図とは違い、宇宙進出は一向に進んでいなく、もっぱら軍事利用されてるけどね。表面上はスポーツと取り繕ってるけど。一回の試合で数億って金を使うこともある世界で最も贅沢なスポーツだ。それでいて各国の代理戦争の様相を呈している。
ただし、競技者は全員女。なぜかって? それは簡単。このスーツの一番致命的な点。それは
男は使えない
「男は使えないんだよな、確か」
この欠点どうにかしてくれってレベルだ。とは言え、世界に数限られた個数しかないので男が乗れるとしても俺が乗れるとは中々に思えないが。確率として、日本の国会議員は720人ほどいるが、日本で乗れるのは100人いるだろうか。ニミッツ級空母の艦長のが人数少ないって突っ込みは無し。将来的には艦長は増えてくし。でもIS学園の生徒とかも含めればもっと確率上がるか……?
「その通り。解明されてないけどね。でもモノホン? ……そういやここで受験やってるって言ってたな。ラッキー」
俺は無学じゃないので、美術品とかならさわる馬鹿じゃない。だが、スポーツという名の兵器なのだ。ふれるぐらいしても問題ない。あったら欠陥過ぎる。人が見ているのならやろうと思わないけど。せっかくだしばれないうちに。そう思って触ってしまった。
「!?」
キンッと金属音が頭に響く。そしてISの情報が一瞬で流れ込んできた。ありとあらゆるパラメータが数値と化し、伝わった。そして分かった。こいつは動かせる。でも
「っく!」
すぐに離れる。どうするか悩む。もしもこれで本当に乗れたら? モルモット? IS学園に転入? IS学園でハーレムひゃっほいとはならないな俺の性格じゃ。というか優秀なIS搭乗者の近縁の人間が誘拐されたとかぼちぼち聞いたことがある。確かに乗れば珍しい生活になるが、一家離散の危機もある。と言うかそれになる。
ここで進めば波乱の人生がまず間違いなく俺を待ってる。世界で女しか動かせないはずのISを男が動かす。世界で肩身の狭い思いをしている男たちのために、多くの科学者がどうやれば動かせるようになるのか研究しようと俺を研究するだろうし。
だがここで引けばそれなりに穏やかな日々が俺を迎える。変化こそ無いものの、休日は散歩したり木陰の木漏れ日でゆったり。家族と他愛の無い会話をしながら過ごすという日常が。ここで突き進めば
両親にはもちろん、ばあちゃんやじいちゃんにも迷惑がかかる。
……でも、それでも俺は。それでも俺は!!
こんな非日常を待っていた。普段と違わない日常を過ごすのもいい、でもそれを実感するなら非日常を経験するともっといい。日常はいつまでも過ごしてたら飽きるけど、非日常を挟めば実感がわくだろう。だから、行こう。
後から後悔するのかもしれない。でも、こんなチャンス逃す奴は男じゃない。だから、もう一度手を伸ばそうとして
「!?」
ISに触れた一夏が突然震えた。そしてそれで分かった。こいつも動かせるんだって。
ああ、これから楽しい事になりそうだ。
「あ、一夏の好みは知ってるよ。情報高くつくけど」
「おい!言ったこと無いぞ!?」
今までに無い黄色い歓声が上がった瞬間
バアンッ!バアンッ!と、一瞬で二度音がなった。
『いっ!?』
この威力、なんとまあ。くるっと後ろを振り返ると、鬼が居た。
「げえっ、関羽!?」
もう一発となりにあたっく。無駄口叩くからだよ。
「誰が三国志の英雄か、馬鹿者」
「そうだぞ! 例えあのお方でもこの人には釣り合わない! もっと化け物みたいな『バアンッ』へーい、モンゴルジョークでーす」
しゃべってる最中に叩くのは舌を挟んで危ないかと普通は思うかもしれないが、この人に限ってはそんなことない。俺が舌を噛まない0.何秒の瞬間を正確に貫くのはわけないからだ。
一夏の実の姉(多分)。世界最強と名高い織斑千冬さんにとって。
「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」
「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押し付けてすまなかったな」
「い、いえっ。副担任ですから」
「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を__」
俺は驚いた。ここで働いていることではない。なんとなく予想は付いてた。世界最強のIS乗りが一夏が心配するような職業に就くわけがない。インターネットいじくっていれば、それなりに情報はあった。IS学園にいるとか色々スレあったから。ともあれ、担任ってのは予想外だけど。
何がおどいたかと言うと家では結構だらしない(さらにその上にブラコン)この人が教師やってるってこと。
バアンッ! いたいなぁもう、はい、すいませんでした。尊敬してますよ。
「きゃーーーーーー!千冬様、本物よ!」
「ずっとファンでした!」
「私、お姉さまに憧れてこの学園に来たんです!北九州から!」
おお、相変わらずの人気。
「あの千冬様にご指導頂けるなんて嬉しいです!」
「私、お姉様のためなら死ねます!」
本当にここまで言うやつがいるってのが人気をあらわしている。
「……毎年、よくもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それともなにか?私のクラスだけ馬鹿者を集中させているのか?」
アメリカの大統領の名前を知らないのはいるかもしれないけど、千冬さんを知らないのは多分いないよね。
「きゃああああぁぁ!! お姉様! もっと叱って! 罵って!!」
「でも時には優しくして!」
「そしてつけあがらないように躾けて~」
出来る変態が多いようだ。このクラス。それとも平均的なのだろうか。平均だとしたら千冬さんの苦労は絶えないことだ。いつも一夏のせいで絶えることはないけど。
「で、貴様らは満足に挨拶できんのか?」
「千冬さ……織斑先生。自分はしっかり出来ました?」
言い終わりそうになったとき目がピクッとしたから言い直した。公私混同はしっかり避けるようだ。意外と教師やれている。仮にも世界最強、侮っちゃいけないな。
「聞かれても知らん。織斑は?」
「千冬姉、俺は__」
バアンッ! お前俺が言い直したのに気づこうよ。
「っく! 一夏、お前の犠牲は……ジョークでーす」
「で、どうだ? ……お前でもいいぞ?」
「破廉恥なことに女子高生の下着観察が趣味と__」
「お前がだましたんだろ!」
「へいへい、しっかりやれましたよ。記念すべき一回目の自己紹介だったんでカメラで撮ってありますよ。いります?」
にやっと、目を合わせる。ちなみにISを使ってる。
「いらんが、絶対に消すな」
この人って、ほんとブラコン。
「え…… ?織斑君って、あの千冬様の弟……?」
「じゃあ、世界でたった二人。男で『IS』を使えるって言うのも、それが関係して? ……それだと清水くんはどうして?」
「その隣の人も。千冬様の異母兄な……ないよね」
さりげなくディスられてます。
「ああっ、いいなぁ、代わって欲しいなぁ」
美人なお姉さんは憧れるよね。でも家事全般は引き受けないといけないよ? ……養ってもらってるから当然といえば当然か。
で、そのときちょうどチャイムがなる。IS学園-日本の日本による世界のための教育機関、決して日本の日本による日本の為の教育機関ではない-でもチャイムの音は基本同じようだった。
「さあ、SHRは終わりだ。諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えてもらう。その後実習だが、基本動作は半月で体に染みこませろ。いいか、いいなら返事をしろ。よくなくても返事をしろ、私の言葉には返事をしろ」
「イエス、ユア、ハイネス」
バシンッ! 終わりの音が流れた。ちなみに意味は知らない。
さあ、ここからが俺の非日常にして、学園の日常が始まる。
いつかこれが日常になるだろうが。