特異点D・S 『赤色分断大地北海道~未完の平和~』 作:あわじまさき
二〇〇一年七月二七日午前七時二五分
札幌・北海道
札幌が陥落したのはこの日の午前七時一五分のことだった。夜明けとともに始まった大攻勢は、札幌での遅滞戦闘を命じられた第一一師団の残存部隊をいとも容易く粉砕した。北海道庁赤煉瓦には白地に赤い星を染め抜いた旗が掲げられた。
同日同時刻
豊原・樺太庁
「やったぞ、アーチャー」
豊原の地下司令部で報告を受けた男は、傍らに座る少女に興奮を隠し切れぬ口調で話しかけた。
「札幌は落ちた。東京政権軍は総崩れ。もはや北海道は我らのものだ」
「で、あるか」アーチャーと呼ばれた少女はさめた口調でそれに答えた。
総崩れなどというにはほど遠い状況だった。彼らが言うところの東京政権軍ーすなわち自衛隊は秩序ある撤退戦を行っていた。旭川から国道一二号を遮二無二侵攻してくる大軍を限りある戦力で支えて時間を稼いだことで、札幌市民170万はほぼ道南への疎開が完了していた。彼らが得た札幌はもぬけの殻。放火こそできなかったが、ライフラインはそのほとんどが破壊され、一八一二年のモスクワもかくやという有様だった。
少女はこれが戦術的勝利ではあるが、戦略的勝利ではないということを理解していた。たしかに道内最大の都市である札幌の陥落は心理的、政治的衝撃を与えるであろうが、この「戦争」は普通の戦争ではない。そして自衛隊を名乗る奇妙な軍隊は六〇年前に一度経験しているというではないか。
「のう、本郷。そなたこれからどうするつもりじゃ?北海道が手に入るのであれば、我らサーヴァントは用済みじゃろう?」
本郷は鼻で笑った。
「まさか、北海道は第一段階にすぎん。共和国の勝利とは祖国の完全な解放。東京に巣喰う資本主義者と封建制の遺物を吊し上げるまで終わりはしない。おまえも最後まで付き合ってもらうぞ」
「わしにその気がないと言うたら?」
「だからどうした。令呪はまだ二画残っている。サーヴァントであるお前はマスターである私には逆らえない」
「確かに。わしはサーヴァント。マスターであるそなたには逆らえん。じゃが・・・」
少女はその手にもった刀を抜いて、本郷の肘から先を切り落とした。本郷がそれに気づいたのは、自分の右手と前腕がそろって床に到着したときにたてた鈍い音を聞いてからだった。
「な、アーチャー、なんで・・・」
彼女は答えもせずマッチロック式のマスケット銃、戦国の世で用いられた典型的な火縄銃を構えた。銃口は本郷の眼前にある。
「令呪なくばただの人間。なあ、本郷。天下取りはわしに任せよ。そなたは休むのじゃ」
彼女は引き金を引いた。
「とうとう殺したのですか。アーチャー」
ことが終わり、すべてが片づいたあとライトブルーの制服に身を包んだ壮年の男が彼女のもとを訪れていた。わずかにとりつけられた記章類は彼が空軍元帥だと示していた。
「藤堂元帥。空軍はどうじゃ?」
「札幌以北の航空優勢は我が方にあります。陸軍の同志たちが千歳を手中に収めれば、道内全域の航空優勢は確実なものになるでしょう。もっとも千歳の滑走路が復旧した後の話ですが」
千歳は陸自施設科が撤退時に滑走路を徹底的に破壊していた。少女は満足げにうなずいた。
「是非もなし。空軍のいっさいは、これまで通りそなたにをまかせる。好きにするがよい」
藤堂はアーチャーにケチ一つ付けられそうにない敬礼を捧げる。
「私も今まで通り、あなたのもとで働きましょう。ですが一つだけ尋ねたいことがあります」
「申せ」それは主の態度であった。
「あなたの目的は何ですか?再び天下の統一を目指すならば、本郷を殺さず最後まで利用すればよかったでしょう。いくら無能で御輿には軽すぎるとはいえ全軍の動揺を生みかねない。謀反を企てるものすらいるでしょう」
「そなたのようにか?」少女は薄笑いを浮かべた。藤堂も苦笑する。
「アーチャー、あなたが本郷の意志を継いで、再びあの国を再興するつもりなら私も再び同じことをやりましょう。ですがそうではないようだ」
少女は諦めと感心が混ざったように息を吐いた。
「藤堂元帥、他言は無用じゃ。そしてこれよりはアーチャーなどではなく、真名で呼ぶがよい」
藤堂はうなずいた。少女ははじめて藤堂に顔を向け、疑問に答えた。
「わしは天下を捨てようと思う」
二〇一七年?月?日
人理継続保証機関フィニス・カルデア
「新たな特異点が発見された」
あらゆる意味で奇特なサーヴァント、そしてカルデア司令官代理、レオナルド・ダ・ヴィンチがこともなげに告げた。
「場所は二〇〇一年の日本。日本列島を構成する北端の大地、北海道だ」
「北海道ですか・・・。幕末はともかく、二〇〇〇年代に人理を脅かすような事件はなかったはずです」
立香の頼れる後輩、マシュが疑念を示す。
「そのとおり。だが現実問題として特異点はそこにある。そしてシバでの観測も不調だ。年代と場所だけ。そこで何が起こっているかはわからない」
「つまりはいつも通り」立香は笑った。
「慣れっこですよ。燃えさかる冬木の時からね」
「司令官代理としては頼もしい限りだ。それでは私も司令官らしく・・・」
彼女、いや彼はわざとらしい咳払いをした。おそらく本人は威厳があると思ってるのだろう。
「これより特異点のレイシフトを開始する!マスター・藤丸立香はコフィンに搭乗せよ!」