特異点D・S 『赤色分断大地北海道~未完の平和~』   作:あわじまさき

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第一節「塹壕にて」

二〇〇一年八月二六日

長万部町・北海道

 

「北米以来の戦場真っ直中・・・かな?」

立香がレイシフトした先は塹壕の中だった。乾いた発砲音と低い砲声が鼓膜を支配する。

「いつもこんな感じなんですか?マスター」

彼女のとなりでブリテンの王が泥にまみれていた。アルトリア・ペンドラゴン。カルデアからマスターの支援のために派遣された彼女の姿は、ランサーとしてのものだった。

「倉田一曹!空から女の子たちが!」

塹壕の本来の持ち主である兵士が無線に怒鳴っていた。兵士はみな一様に緑を基調として黒や茶色が混じるパターンの迷彩服を来ていた。

「なんにせよまずは彼らが味方か。それとも敵かを見極めねばなりません」

 アルトリアはせわしなく周囲に目を配っている。

 レイシフトで突如として少女と美女が現れたときは驚きを隠せない様子だった兵士たちは、前方から迫ってくる敵にかかりっきりになっていた。

「少なくともこの人たちが自衛隊だということはわかるけどね。問題は・・・」

 立香は塹壕から一瞬だけ眼を出して「敵」を観察した。頭には自衛隊員から渡されたヘルメット、彼らが言うところのテッパチが被されている。彼女の目にうつった「敵」の姿は想定外のものだった。

 ローマ兵でも人形でもロボットでもなく時代と土地にあった人間のように思えた。しかし果敢に突撃してくる彼らの手に握られている小銃はこの時代の日本人が持っていてよいものではなかった。

「AK-47。ソヴィエト連邦で開発された自動小銃ですね」

「わかるの?アルトリアさん」

「ええ、現界したときにある程度の知識が与えられていますから。あとはカルデアで知り合った征服王から」

「ああ、好きだもんねあの人」

形式がわかったところで不可解な点には変わりない。

「アルトリアさん、二〇〇一年の日本でAK―47を持った日本人らしき兵士が突撃してくることってあるのかな?」

「確率としては低いでしょう。ロシア連邦、あるいは中華人民共和国が侵攻している可能性はあります」

「それも与えられるた知識がもとなの?」

「一部は。ですが王として騎士として、その世界の情勢には興味がある物です。あの征服王だって現界したときに最初に手に入れたものは世界地図だったと言っていました」

「見習いたい向上心だね」

 状況は刻一刻と変化していた。

 よく開けた大空に轟音が響く。民間機と違って騒音など気にかけない空を征く戦闘マシーンのエンジン音だ。空中戦が始まっていた。

 地上では兵士にまじって戦車が向かってきていた。お世辞にもスマートとは言い難いシルエットのそれは、赤い目のようなものが正面に取り付けられており禍々しさを増幅している。

 一部の兵士たちは小銃や機関銃の射撃をやめてミサイルをもちだしていた。肩にかつげるほどの小さなミサイルはチューブを飛び出して一直線に戦車へと向かっていった。何両かの戦車の前進が止まったが、まだまだ突撃は挫けていないようだった。

「これ、結構まずいんじゃないの?」

「そうですね。マスターの身が危うくなったら私が飛び出すつもりです。知ってますかマスター。かつて騎兵をもって戦車に立ち向かった勇敢な騎士たちがいたそうです」

「なんて心強い。でも無茶はしないでね」

 間髪入れず頭上を何かがかすめていった。一繋ぎになった発砲音が戦場音楽に加わる。自衛隊員と似たような迷彩をまとったヘリコプターだった。

「AHー64。アパッチと呼ばれる戦闘ヘリです」

アルトリアの解説が入る。

 ヘリからロケットの燃焼音と空気を切り裂く音が一帯を支配する。ヘリ部隊が離脱したときには大半の戦車が行動不能になっていた。兵士も散り散りとなり突撃は撤退へと変わったようだった。

「なんとかしのいだ・・・のかな?」

「そのようです」

そのとき空に一筋の黒煙が現れた。黒煙の先には火を噴いた戦闘機があった。一目でもう持たないとわかるような機体は戦闘機においてもっとも高価な「パーツ」を分離した。パイロットが脱出したのだ。無事パラシュートは開いたが落下してくる場所は、塹壕から一千メートルは離れた戦場のど真ん中だった。

「不味いですね。救助がくる前に殺されるかも知れません」

「助けに行かなくちゃ!」

塹壕を飛び出そうとする立香を、近くの自衛隊員があわてて押さえる。

「どうするつもりだ。アンタ!」

「あのパイロットさんを助けに行きます」

「馬鹿言うなよ!俺たちに任せとけ!」

「でも!」押し問答をしている時間が惜しかった立香は振り切って飛び出そうとしたが、声が制止した。

「おい、君たちサーヴァントだろう?」

その場を仕切っていた自衛隊員―倉田と呼ばれていた―が声をかけた。

「はい。私はサーヴァント。こちらは私のマスターです」アルトリアが代わって答えた。

「そうか!なら君たちに任せたほうがいいかもな!お嬢さんたち、テッパチと防弾ベストだけは着ていってくれ!こちらで援護する!」

「了解!」

 自衛隊員の合図で塹壕を飛び出した立香とアルトリアはまっすぐパイロットへと向かった。彼女たちは馬に、塹壕に入ってからは霊体化していたアルトリアの愛馬であるドゥン・スタリオンにまたがって戦場を駆けていた。

 殿近くで残っていた兵士も突如現れた馬と女に呆気にとられていたのか反撃も少なく、果敢にも攻撃しよう小銃を向けてきた兵は塹壕からの機銃掃射で倒れていった。それでも弾丸は飛んできたがアルトリアの振るうロンゴミニアドによって弾かれていた。

 数分で無事にパイロットまでたどり着いた。

 泥の中に伏せていたパイロットは自分に向かってくる馬を信じられないような目で見ていたが、そこには紛れもない感謝の色があった。

「乗ってください!」

 馬上から立香は叫んだが、この奇怪な状況の中で、それが相手に伝わるかどうかは自身がなかった。彼は行動によってそれを示した。3人ものったことでさすがに定員オーバーぎみだったが、王の名馬は自分の仕事を完璧にこなした。

 塹壕に帰り着くと自衛隊員たちはホッとしたように表情を崩した。パイロットも同じだった。

「本当にありがとう。天使のお迎えにしては荒々しいと思ったけど、君たちに心の底から感謝するよ。えーっと名前は?」

「私は藤丸立香。人理継続保証機関フィニス・カルデアのマスターです。そしてこちらはアルトリアさん」

アルトリアがそっと耳打ちをする。

「マスター、そう簡単に真名を明かすのは・・・」

「ああ、そうだね。でもランサーじゃ味気ないし、アルトリアだけならわからないよ」

「マスターがそういうのであれば構いませんが」

「人理なんちゃら機関というのは知らないけど、公務員なのかい?」

パイロットは屈託なく笑って自己紹介を始めた。

「俺は藤堂輝男。一尉だ。本来は海自なんだが、状況が状況だからな、空自でイーグルを飛ばしている。撃墜されちまったけどね」

藤堂と名乗ったパイロットは、悪人には見えなかった。戦闘が一段落し、ようやく一息ついた立香は聞かねばならない大事なことを思い出した。

「ひとつ聞いてもいいですか?」

「救いの女神にならなんだって答えるよ」

「あなたたちは一体誰と戦ってるんですか?」

藤堂や周りの自衛官たちは顔を見合わせた。藤堂が答える。

「日本民主主義人民共和国、分断された〈向こう側〉の日本だった連中さ」

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