プルフォウ・ストーリー2 月に降り立つ少女たち   作:ガチャM

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「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

キャラクター、設定協力は、かにばさみさんです。

※Pixivにも投稿しています。


第12回「来訪者」

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「最初の曲は『あなたとアステロイドベルトへ』です」

 

 幻想的なステージに立つファンネリア・ファンネルがそう告げると、ざわついていた会場が水をうったように静まりかえった。期待と興奮と、それらを律する息遣いが緊張感を生み、清涼な歌声を響かせる土壌を作りあげている。乾いた大地に雨が必要なように、大勢がファンネリアの歌を求めているのだ。

 始まりは、あくまで静かだった。ステージに前奏が流れ始めて、少女は両腕を頭の上で組んで目を閉じる。それが歌い始める前に行う、彼女の決まった動作だ。集まったファンたちは、虹色のサイリウムや手作りのディスプレイ・パネルを振りはじめた。そうやって自らの想いをステージ上のアイドルに届けることで、一心同体となった。

 

【挿絵表示】

 

『あなたは独りで遠くに行ってしまった。赤い火星の先には何があるの? あきらめないで、たとえ暗闇しかなくても私はそこにいくわ。暖かい光は、人の気持ちから生まれるから。飽くなき勇気を持つ人がフロンティアを見つけられるの。天翔ける流れ星のように宇宙(そら)を駆けるわ。アステロイドベルトの向こうへ』

 

 ファンネリアの歌は人々の心を震わせて、会場の盛り上がりは止まるところを知らなかった。

 

「少し声が響きすぎてるかしら……。音響を調整してもらわないといけないわね。でも、我ながらビジュアルはいい感じだわ!」

 

 ライブの録画ファイルを事務所のモニターで観ながら、そのようにコンピュータパッドにメモを残した。こうして録画のチェックに余念がないのは、声や振り付け、会場の音響などを、よりレベルの高いものに改善するためだ。

 新曲の『あなたとアステロイドベルトへ』はなかなかのヒットを記録していて、自分にとって代表曲になりつつある。初めて自分で作詞もしてみたのだが、悩みながら何度も書き直したので本当に苦労した。でもサイド3の街で耳にすることも多く、たくさんの人が聞いてくれていることが何よりも嬉しかった。

 しかしながら、マーケティングの産物であるアイドルが言うのもおかしいのだが、この歌の人気は人為的に作られた幻想なのだ。実のところは、スペースノイドにたいして小惑星アクシズへの好意を醸成するという目的で、大掛かりな戦略を持って進められたプロジェクトなのである。

 だが経緯はどうあれ、歌がヒットしてアクシズの好感度が高まれば良いのだ。それが自分の仕事だ。グラナダシティでの月面コンサートも近づいているが、あの大きな会場で最高のライブをすることができれば、地球圏での知名度がさらに上がることは間違いない。成功させれば、自分の野望を実現するステップにもなるだろう。

 

 決意を新たにしたところで、そろそろ事務所を出なくてはいけないことに気がついた。そう、これからネオ・ジオンの姫君ミネバ・ザビ殿下にお会いするのだ。VIPに会うことに慣れてはいても、さすがに国家の姫君に拝謁するのは緊張する。しかも目的が映画のスポンサーに関する話し合いで、言ってしまえば俗なことだから、繊細な性格だと言われている姫の機嫌を損なわないか、その点が心配だった。

 

「相手の機嫌を損なう真似を私がするとでも? 演技とは人の心を掴むことよ。一流の役者には造作もないことだわ」

 

 服を着替えて荷物をまとめると、室内の灯りを消して、セキュリティ・センサーがオンになっていることを確認して事務所を出た。待ち合わせはアクシズ中央部に位置する宮殿で、ここから歩いて三十分ほどの距離だ。

 

「えっ?! なんなのっ、これは?!」

 

 意気揚々と出発したのは良かったが、玄関からたった一歩踏み出したところでつまづいてしまった。エントランスの前に、ぐるぐると巻かれた紐が置かれていたのだ。出入り口を塞いでいるのが陰湿さを感じさせるが、ここアクシズで恨まれる覚えはない。あるいは狂信的なファンの仕業なのかもしれないが、このこじんまりとしたアクシズ支社の場所は公にしていないのだ。

 いずれにせよ、ミネバ殿下にお会いするためにフォーマルな服装を着て厳粛な気持ちでいたのに、これでは台無しだ。

 

「アクシズの治安、悪くなっているようね……」

 

 ネオ・ジオンと地球連邦軍とは緊張状態にあるが、不安定な情勢が継続すると国民の不満が高まるのが歴史の常だ。愚かな嫌がらせで憂さ晴らしをする人間も出てきてしまうだろう。

 そんな厭戦気分を解消してみせるのが、まさに自分のようなアイドルなのだ。でも、巨人が飛びかう軍事基地の近くでコンサートを開催したとして、はたして人が集まるのか。幸い、このアクシズでコンサートを開く予定はまだなかった。

 

「ま、例えそうなったとしても、私は自分の仕事をこなすだけよ」

 

 ファンネリア・ファンネルはジオン共和国の広告塔の身なのだから。そう自虐しながら捨てられた紐を掴もうとすると、それが全体的にぬめっていることに気がついた。なにか違和感が……。

 

「ひっ?!」

 

 突然ひもが動きだして、思わず悲鳴をあげた。その正体を理解すると、嫌悪感に全身が粟立った。

 

【挿絵表示】

 

「うぎゃあっ! へ、蛇?!」

 

 金切り声をあげて反射的に飛び退くと、ドアにぶつかって尻餅をついた。

 

「ぎゃああっ!」

 

 こんな博物館にいるような生き物が、この小惑星にいることが信じられなかった。害虫や危険な生物は、地球から持ち込まれないように管理されているはずだ。

 

「アクシズの役人は仕事してないじゃないのっ!」

 

 ぬるっとした細長い体と三角形の頭にさけた口、冷たい目と細い舌。人に原初的に恐怖を与えるその姿に、足がすくんで身体が震えた。

 少し前に動物系のバラエティ番組に出演したことがあった。内容は宇宙世紀に絶滅が危惧されている稀少な動物を紹介するというものだったのだが、実際にスタジオに大きな蛇が持ち込まれて、出演者が目隠しで触ってみるという趣味の悪い企画があったのである。順番がまわってきたときには悲鳴をあげてしまって、共演者に笑われたのは恥ずかしく、屈辱的だった。

 よりにもよって、そんな生物がなぜ。助けを呼びたいが、いま事務所には自分しかいないので、何とか対処するしかない。

 転びそうになりながら事務所内に引き返し、金庫から自衛用の小型ピストルとサプレッサーをとりだしてきた。アクシズは軍事国家なので、家庭に銃を置いていることは珍しくはない。ピストルの銃身にサプレッサーをねじ込むと、両手でホールドし、姿勢を安定させて速射した。

 

「消えなさいよ!」

 

 引き金を何度も引いて、マガジンが空になるまで弾丸を撃ち込み続けると、蛇は千切れてバラバラになり、後にはぞっとする肉片がのこされた。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 銃から排出された薬莢が足元にバラバラと散らばり、熱せられた銃口からは煙が立ち上った。火薬のにおいが、えも言われぬ興奮と満足感を感じさせた。これでも銃を撃つ練習は何度もしている。アイドルを襲おうとする異常者も世の中にはいるからだ。

 

「私の前に現れたのが間違いよ」

「おみごと! 下着まで見せて名演技だったわ。アクション俳優に転向するといいわね」

「?!」

 

 わざとらしく大げさな拍手とともに、聞き覚えのある挑発的な声が聞こえてきて、反射的に顔をあげた。

 

「あんたは!」

「お元気かしら?」

 

 事務所の真ん前に、腕組みをした金髪女が立っていた。いつも自分にちょっかいを出してくる三流アイドル、クリスティ・マッキンタイアだ。

 

「な、なにしに来たのよ! わざわざアクシズまで私を追いかけてきたとでもいうの!」

「くくく……驚いたようね。取り乱してみっともないこと。黒の下着で大人をアピールしたいんでしょうけど、間抜けな姿をファンに見られたら幻滅されるわよ? ま、普段から変わりはしないけど」 

 

 クリスティの指摘に、まくれあがったスカートを慌てて押さえた。

 

「これ、あんたがやったのね?! ふざけないで!」

「さあ、知らないわねぇ。田舎だし、そこらじゅうに爬虫類がいるんじゃないの」

「宇宙に蛇がいるか!」

 

 いまいましい女の出現に、もはや清廉な気分は失せ、替わりにどす黒い感情が沸き起こってくる。クリスティとはデビューした年が同じで、所属している事務所が対立していたから、最初からライバル関係だった。そして人気ランキングや歌の売り上げ、ドラマの主演の座などを争うなかで、クリスは負けるたびに周囲に悪口を言いふらしたり衣装を隠したり、卑劣な妨害行為を繰り返してきた。はっきり言って最低な女で、バラエティ番組で自分を笑ったのも、他でもないこの女なのだ。

 だが、まさかアクシズまで嫌がらせにくるとは予想しなかった。

 

「あんた無謀すぎるわよ! 連邦政府の犬が、サイド3では飽き足らずにアクシズにまでやって来るだなんて。袋叩きにあうか、捕まって尋問されるんじゃない? フン、それも面白いか」

「ずいぶん物騒な話だこと。でも勘違いしないでくださる? 私は一般市民としてアクシズを訪れてるの。たまには田舎を観光するのもよいと思ったわけ」

「観光? あっ、そう。ならタイガーバウムでもいってなさいよ!」

 

 タイガーバウムとは、独特のアジア様式を取り入れた観光コロニーのこと。観光を収入源にしているスペースコロニーは多く、観光客を呼び込むためにそれぞれ独自性をアピールしているのだ。

 

「それもよいでしょうね。ここは、もううんざり。まあ酷いなんてものじゃないわ。低い天井に汚い建物、岩、岩、岩! よく、こんな未開地に住んでるわね」

「未開地ですって?!」

「違うのかしら? 人や建物、文化レベルを総合して判断させて頂いたのだけれど」

「この小惑星こそ、スペースノイドの開拓者精神の現れじゃないの!」

「ずいぶん思い入れてるけど、ただの汚い岩ころじゃない。見るべきものはないうえに食事もまずいんじゃ、どうしようもないわ」

「言わせておけば!」

 

 アクシズを侮辱し続ける彼女に、ついに感情を抑えきれずにつかみかかる。

 だがクリスティは、こちらの攻撃を器用に避けると、素早く大通りに駆けていった。

 

「じゃあね、三流アイドルさん」

「仕事がなくて暇だからって、二度とくんな!」

 

 怒りが収まらず、クリスティの足元にピストルの狙いをつけた。だが、ここは街中だ。誰に見られているかわからないのだ。我に帰ると、手にした武器をホルスターに収めた。

 

「あいつを撃つのはよくても、市民に見られたらまずいわ……」

 

 認めたくはないが、この頭に血がのぼりやすい性格はなおさなくてはならない。地球連邦政府首相を目指そうという人間が、あんな小物に構っている暇はない。しかし、道を塞ぐ障害は全て打ち倒さなければ、政界で成り上がるなど不可能なのである。

 

「いつかあのヘビみたいに潰してやるわ! みてなさいよ」

 

 ファンネリアは、蛇の死骸をまともに見ないようにして言った。

 

 すぐに清掃サービスを呼ばなくてはならない。処理が終わるまでは、どこかホテルにでも泊まるしかないだろう。

 

「……うぅっ、これじゃ事務所に入れないじゃないの!」

 

 

 ***

 

 

 アクシズの街はずれに、人はほとんどいなかった。さびれているという表現が適切だろう。シャッターを閉めた店が目立ち、繁盛しているとは言えない食堂が客が訪れるのをひたすら待ち続けている。

 ネオ・ジオン親衛隊隊長であるプルツーは、その光景に物哀しさを覚えた。

 アクシズの経済、民衆の生活が立ち行かなくなってきているのだろう。このままでは、いずれ市民は逃げだしてしまうのではないか。騒がしいのは好まないが、といって無人の街が好きなわけではない。活気というものは気持ちを前向きにしてくれるからだ。

 その意味では、妹の仕事に付き合ったのは良かった。

 

「新しいレーションは、なかなか美味かったな。おまえのプロジェクト、うまくいってるみたいじゃないか」

 

 言いながら、アクシズ兵士研究所で試食したアイスシェイクの味を思い出して、ツバをゴクリと飲み込んだ。

 

「ありがとうございます、プルツーお姉さま」

 

 賞賛の言葉に、隣でエレカを運転している妹イレブンが礼を述べた。

 妹は栄養と味を高いレベルで両立させるレーションを開発するプロジェクトを進めていて、今日は彼女に呼ばれて試作品の試食をしてきたのだ。レーションはたいてい保存性とカロリーを重視した結果、味がぞんざいなことが多いのである。

 

「お姉さまに試食していただいて、良いデータがとれました。エースパイロットの意見は貴重ですから。研究員の方々も喜んでいました」

「それは良かったが、あたしはただ食べて感想を話しただけだぞ? エースだろうと下手くそだろうと、美味い料理は好きだろ」

 

【挿絵表示】

 

「好みと評価とは違います。一流の人間には、一流の知見と判断基準が備わっているのです」

「そんなものかな。ま、役に立てば嬉しいさ」

「次回もよろしくお願いします」

 

 イレブンは深く頭を下げた。運転しているのによそ見が出来るのは、このエレカがサイコミュを搭載しているからだ。彼女の髪飾りは小型サイコミュ・コントローラーになっていて、感応波で自在に運転が可能なのである。妹は手足を使わずに思考だけでエレカをスムーズに運転しているが、いずれはモビルスーツの操縦も思考だけで行うようになるのかもしれない。実際、愛機《キュベレイMk2》にはサイコミュによる簡易リモートコントロール機能が備わっている。あまり好きな機能ではないが、外部から無人機のようにモビルスーツを操縦できればパイロットが負傷することもなくなるだろう。

 そこまで考えて、妹の怪我の回復具合が気になった。

 

「お前、もう身体は大丈夫なのか?」

 

 他人がいる前では話題を出さなかったが、やはり姉として、部隊の隊長としては声をかけなければならなかった。イレブンは先の戦闘で敵の罠にはまって負傷し、身体とメンタルのケアが必要だと診断されて、二週間ほど療養していたのだ。

 彼女は身体的にも幼いほうなので、肉体的なダメージは心配だった。同じ遺伝子を持つ姉妹とはいっても、人間には個性というものがあるので、成長にも差が出るのだ。

 

「はい、ご心配をおかけしました。でも、わたしたち強化人間はフィジカルの回復が早いということを、わざわざお姉さまに説明することはないと思いますが」

「それはそうだが、無理はするなよ」

「大丈夫ですよ。許可さえ頂ければ、もう通常の任務に戻れます」

「うん、そうか。安心した」

 

 イレブンが初陣で敗北したミスを挽回しようと、すぐに軍務に復帰したいと考えているのは理解できる。だが、たとえ身体的に回復しても、精神的なダメージは必ず残っているものだ。トラウマとか心理的な後遺症とか、そうした問題が戦争にはつきまとう。

 ……他人に話したことはないが、それは自分自身も抱えている問題だ。ふとしたきっかけで、過去の辛い経験を思い出して白昼夢をみる。そうだ。知らなかったとはいえ、あたしは自分の姉をこの手で……。

 悪夢が脳裏に広がりかけたとき、微かに銃声が聞こえて我に返った。

 

「ん? 銃声か?」

 

 強化人間の優れた聴覚は、微かに聞こえた火薬の音を聞き逃さないのだ。

 

「プルツーお姉さまも聞こえましたか?」

「ああ、聞こえた。街中で、こんな昼間から銃を撃つ奴がいるのか?」

「犯罪行為か、あるいは市民同士のトラブルでしょうか? 警察はまだ来ていないようです」

「犯罪はないだろう。このアクシズじゃ、簡単な裁判ですぐに銃殺刑さ」

 

 状況をニュータイプ能力で探るべく、目を閉じて空間に流れてくる思念を読み取ろうと試みた。すると、たしかに戦場で感じるような、かすかなプレッシャーを感知した。

 

「少し見てきます」

「あ、おい。そこまでする必要はないだろ」

「アクシズを守る軍人として責任がありますから。お姉さま、エレカの運転お願いします」

 

 イレブンはエレカを停止させると、ドアを開け、銃声らしき音がした裏通りに向かって駆けていった。

 

「イレブン!」

 

 引き止める間も無く、妹はあっという間に走り去ってしまった。

 

「困ったな。あいつは真面目すぎるんだ。ちっ! 連れ戻さないと」

 

 舌打ちをして運転席に移ろうとすると、後ろのエレカがうるさくクラクションを鳴らしてきた。

 

「おい、こんなところで停まるな!」

「なんだと!? 少し待ちな!」

 

 偉そうな物言いに腹が立ち、思わず怒鳴りかえした。

 

「子供か? 親はどうした!」

「待ちなって言ってるだろ! あたしは軍人だ! この服が見えないのか!」

「お嬢ちゃん、いいからお父さん、お母さんを呼べ!」

「まだ言うのか! 舐めるなよ」

 

 無礼な運転手に道理をわからせてやろうとエレカを道路脇に止めようとしたが、このエレカはサイコミュ制御なので、ステアリングホイールやアクセル、ブレーキといった物理的な入力装置が一切ないことに気が付いた。

 

「バックアップ装置もないっていうのか!」

 

 急いでグローブボックスを開けて、予備のサイコミュ・ヘッドセットを探し出した。よく見るとそれは猫の耳のような形をしていて、なんとも子供じみたデバイスだった。これをかぶるのか……。名状しがたい恥ずかしさを覚えたが、後続車や対向車から激しくクラクションを鳴らされている状況では仕方がない。

 ええい、ままよ!

 羞恥心を振り切ってヘッドセットを身に着け、精神を集中してサイコミュを起動した。が、いくら念じてみてもエレカはまるで反応しない。

 

「動かないだと」

 

 馬鹿げた恰好をしてみたところで無駄だった。そう、エレカの操作コマンドがさっぱり分からなかったのだ。

 

「なんだいこれは! 恥をかいただけじゃないか!」

 

 プルツーはヘッドセットを頭から引き剥がし、シートに思い切り叩きつけた。

 

 

 ***

 

 

「このあたりで銃声が……」

 

 イレブンは感覚を頼りに銃声の元を探した。本来は警察の管轄ではあるが、軍人としてアクシズの街中での犯罪を見過ごすわけにはいかなかった。

 腰のホルスターに納めていたハンドガンを抜き、マガジンを外して弾が入っていることを確認すると、再びそれをはめ込み、スライドを引いて初弾を薬室に装填した。相手が銃を持っているなら撃ち合いになる可能性もある。

 両手でハンドガンをしっかりと構えて、慎重に通りの角を曲がる。まだ、そう遠くには行っていないはずだ。感覚を研ぎ澄まし、殺意や悪意の残滓を探す。どんなに冷酷な犯罪者でも、罪を犯すときは完全にこころ穏やかではいられない。

 

「感じる……!」

 

 曲がり角で立ち止まり、銃を胸の前に構える。深呼吸してから息を止めると、一気に通りに飛び出し、膝立ちの態勢でターゲットに銃を向けた。

 

「……?! いない?」

 

 はたして、その先には不審者はいなかった。誰も人がいないのは裏通りだからか。清掃業者のエレトラックが停車して作業を始めているところで、トラブルが発生している様子は一切なかった。銃が発砲された事実も怪しくなり、姉の制止をふりきっていきなり飛び出してきた判断が間違っていたことを認識する。

 そう思ったとたんに、先の戦闘での苦い経験が脳裏にフラッシュバックしてきた。電流を身体に流されたおぞましい感覚が蘇ってくる。

 急に気分が悪くなって、全身から冷や汗がどっと吹き出し、立っていられずに歩道に座り込んでしまった。

 目の前が暗くなり、視界にちらちらと光が舞った。姉に連絡をとらなければと思ううちに地面が目の前に迫り、意識が遠のいていった。

 

「……あなた大丈夫?」

「……」

 

 気がつくと、誰か知らない人に膝枕をされていることがわかった。気まずかったが、身体が動かないので身を預けるしかない。でも、いい匂いだなと感じて、再び目を閉じた。

 

「すごく汗をかいてる。貧血みたいね」

「す、すみません……」

「いいのよ。偶然通りかかってよかったわ。しばらく寝てなさいな」

 

 そのまま言う通りにしていると、いくらか気分が良くなってきたので、ちょっと無理をして起き上がった。

 

「もう大丈夫です。ありがとうございました」

「本当に大丈夫? 遠慮しなくていいのよ」

「はい。姉を待たせていますし、あまりご迷惑をおかけするわけには」

「もっと甘えてくれていいのに。うふふ、可愛いらしい娘を抱けて嬉しかったわ」

「……」

 

 ストレートな言葉に顔が赤くなるのがわかった。綺麗な長い黒髪が特徴的な女性は、妖しいほどに美しく微笑んでいる。

 

「あなたは軍人さんなのね。それジオンの軍服でしょう?」

「は、はい。基地でプログラムのコーディングやデータ分析の仕事をしています」

「優秀なのね」

「そんなことは……」

「わかるわ。話し方とか、相手を観察する態度をみれば、ね」

「……」

「私はナタリー・ベルマよ。よろしくね」

「私は……プルイレブンです」

「プル、イレブン。十一? お姉さんが大勢いるのかしら?」

「あ、いえ。親がすきな数字だったはずです」

 

 あまり個人情報を話しすぎるのは軍人としてまずいと考えて、咄嗟に嘘をついた。

 

「そうなの。でも、クールな名前ね」

「ありがとうございます。……本当にご迷惑をおかけしました。それでは、これで失礼します」

「あ、ちょっと待って。実はわたし、道に迷ってしまったところだったの。観光にきたのだけれど、ここは妙に入り組んでてわかりにくいわ」

「そうだったのですか。アクシズは元々資源衛星でしたので、坑道に街がつくられたのです。あまり見るものはなかったと想像しますが」

「そうね……。でも小惑星都市っていうだけで珍しかったわ。なんというか、歴史を感じるわね。宇宙開拓者たちの」

「まだアステロイドベルトに位置していたアクシズに最初に降り立った人たちは、かなり苦労したそうです。事故や飢えでなくなった犠牲者も大勢いました」

「尊敬するわ。その先駆者としての偉大な精神に。リボーに帰ったら、みんなにも話さなきゃ」

「リボー、サイド6ですね。そこにお住まいなのですか?」

「そうなの。あなたも来てみたらいいわ。案内してあげるわよ?」

「は、はい。ありがとうございます。お帰りはどちらから?」

「第三スペースポートに行きたいの。エレバスの停留所、教えてくれないかしら?」

「はい。お安い御用です」

 

 一番近い停留所まで案内してあげれば、あとはエレバスに乗るだけでスペースポートに着く。入り組んだ坑道を利用した居住区なので、交通は意外と整備されている。

 

「でも、イレブンちゃんは子供なのに偉いわね。まだ遊びたい年頃でしょ?」

「小惑星は人手不足なんです。ですから子供でも遊んでいる余裕はありません」

「ふふふ、真面目なこと。いかにも軍人さんらしいわ。でもあなたのような優れた子が、こんな田舎にいるのは惜しいわね。どう? 都会に出て、その能力を活かす気はない?」

「えっ?」

「活かすのよ! 人類の発展のために! こんな岩に引きこもっていたらダメよ。リボー・コロニーにくるといいわ」

 

 そう言いながら、ナタリーがいたずらっぽく胸を指で小突いてきたので、慌てて両手で抑えた。

 

「む、無理です」

「どうして?」

「仕事もありますし、家族もいますから。ここでの生活を捨てるわけにはいきませんので」

「そういったしがらみに縛られちゃだめよ。自分の本当の力を解放したかったら、ね」

「解放……」

「自分と向き合って、よく考えてみて。案内してくれて、どうもありがとう。気が向いたらいつでもここに連絡してね」

 

 彼女が差し出したホログラムカードには、名前とフォンナンバー、アドレスが書いてあった。

 

「芸能事務所にお勤めなのですか?」

「そうよ。あなたみたいな子の才能を開かせるのが私の仕事よ。じゃ、また会いましょう」

「ありがとうございました。さようなら」

 

 ナタリーがスペースポート方面に歩いていくのを見送ると基地へと歩き始めた。エレカはないから、かなり歩かなくてはならない。だが、しばらく歩いていると、通りの向こうから走ってくる姉プルツーを認めた。

 

「イレブン! 大丈夫なのか?!」

「プルツーお姉様」

「ずいぶん探したぞ! お前の気配を感知できなかったが、何があった?!」

「たいしたことはないのです。……少し気を失っていました。気分が悪くなってしまって」

「まだ身体が治ったばかりなんだから、無理はするんじゃない」

「すみません、気をつけます」

「他に誰かいたようだな? お前の近くに知らない奴の気配を感じた」

 

 姉は周囲を見回しながら言った。

 

「はい。私をを介抱してくれた女性がいました。彼女は旅行者だそうです」

「旅行? 女ひとりでこのアクシズにか?」

「はい」

「不自然だな……。まさか連邦のスパイじゃないだろうな」

「そんな風には見えませんでした。だって、私を助けてくれたのですよ」

「スパイは外見からはわからないさ。それに軍人から情報を聞き出そうとしたのかもしれない」

「何も聞かれはしませんでした」

「フン、あからさまにはしないだろうさ。ちっ、もう見当たらないか! 女の特徴を教えるんだ。すぐに入出国データを調べさせる」

「……わかりました」

 

 親切な人を疑う姉の態度をみて心が沈んでしまう。確かに女性がアクシズに旅行で訪れるという話には違和感がある。でも芸能関係者なら、取材やスカウトでリスクをおかすこともあるのではないか。

 軍人としては、ナタリー・ベルマから渡されたカードを姉に証拠として渡さないといけないのだろうが、迷惑がかかると考えてためらってしまった。ナタリーがスパイ容疑で拘束されて厳しい尋問をうけることになれば、恩を仇で返すことになるからだ。それに彼女には再び会う予感がしていた。ニュータイプ能力によるものなのか分からなかったが、意識下に眠る感覚をはっきりと認識することは難しかった。

 

「そういえば、お姉さま。エレカはどうされたのですか?」

「ああ、お前が飛び出していって、操作がわからなくて大変だったぞ。周りの連中にエレカを押させて……いや、駐車場まで押してもらったんだ。親切で助かったさ」

「そうでしたか。申し訳ありませんでした」

「イレブン、サイコミュ・コントロールもいいが、エレカにはハンドルやフットペダルを残して置いた方がいいな。もちろんモビルスーツにもだ!」

 

 姉プルツーは、ちょうど横に停車したエレカのコンソールパネルを指差しながら力説した。その熱を帯びた話し方に、もしかして姉は《キュベレイMk2》のリモートコントロール機能も嫌いなのではないかと想像してしまった。あの機能は自分がコーディングして実装したものなので、気に入ってもらえなかったのなら、それはとても残念なことなのだ。




冬コミ新刊の委託をはじめました。よろしくお願い致します。

■COMIC ZIN
http://shop.comiczin.jp/products/list.php?category_id=6289

■とらのあな
http://www.toranoana.jp/mailorder/cot/author/21/a5aca5c1a5e34d_01.html

■メロンブックス
https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=338290
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