プルフォウ・ストーリー2 月に降り立つ少女たち 作:ガチャM
舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。
キャラクター、設定協力は、かにばさみさんです。
※Pixivにも投稿しています。
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モビルスーツの組み立て作業を始める前に昼食をとってしまおう。プルフォウはそう考えて、格納庫とは別棟にある食堂に一人で向かった。いつもなら姉妹と一緒に食事をするのだが、今日は予定が合わなかったのだ。仕事が忙しいから軽食ですませても良かったが、それでは栄養を十分にとれなくて、けっきょくは良い仕事をすることは出来ない。姉妹の健康管理をしているスリー姉さんの指示で、健康には気を使っているのだ。
食堂へと続く廊下を見渡すと、大勢の職員や兵士が歩いていた。数人のグループだったり一人で歩いている人もいる。こんな風にたくさんの人が集まる状況は自分にとっては危険だ。思考を読み取るニュータイプ能力を有しているので、油断すると雑多な思考が頭に入ってきてしまうのである。仕事の不満や人間関係についての悩み。あるいは恋人のこと。そんな、あまりに生の感情が溢れているので困ってしまう。
いつぞやは思わず赤面するようなイメージが脳裏に入り込んできて、慌ててシャットアウトしたものの、その過激な映像がしばらく頭から離れず仕事にならなかった。自分だって年頃の女の子なのだから勘弁してほしい。
「本当にもう。みんないやらしいことばかり考えて……」
「プルフォウ!」
「えっ!?」
意識して自分だけの思考に集中していたのに、いきなり自分の名を呼ぶ声がして驚いてしまった。声がした方に振り向くと、友人のイロン・バルトニックが走ってくるのが見えた。彼は器用に人ごみを避けながら、ぐんぐんと近づいてくる。
イロンとは、士官学校を卒業後、一時的にパイロット訓練生をしていたときに同じグループだったのだが、いま彼は実戦部隊である第十二装甲歩兵大隊に配属されている。イロンは二週間前の戦闘で自分を救助してくれて、自分も遭難した彼をニュータイプ能力で見つけてあげた。
つまり私とイロンは戦友なのだ。
「やあ」
「こ、こんにちは」
普通に挨拶を返したつもりだった。でも不意に動悸がして、心のバランスが乱れたことを自覚した。落ち着かず不安になり、心臓の鼓動に驚いて思わず胸を抑える。体調不良なはずはない。確かに自分は遺伝子的、肉体的に強化された強化人間で、定期的に身体をメンテナンスする必要はあるが、先週の検査ではまったく異常がなかったからだ。
「どうかしたの?」
「あ、なんでもないの。お昼の時間に会うなんて珍しいわね」
「昼、一緒にどうかな?」
「えっ」
それは半ば予想していた言葉だ。でも、いざ耳にすると返事に窮してしまう。ただイエスかノーで応えればよいだけなのに。
「都合悪い?」
「あ、そんなことは。別にいいわよ」
「やったね!」
返事を返すとイロンは満面の笑みで喜んだ。彼の表情を微笑ましいと思う。思い返すとイロンの笑顔を見るのはいつも好きだった。もちろんおかしな意味ではなく、気持ちが明るくなるという意味で。
「食堂でいいわよね?」
「代わり映えしないメニューだけどな」
基地の食堂は、確かにメニューが多いとは言えないが、量は充分だし味に不満はない。この
「贅沢言わないの。文句を言わないで食べなさい」
「お袋みたいなこと言うなよ」
「おふくろって?」
「あっ、悪い……」
イロンの顔から笑顔が消えた。彼が気にしたのは、たぶん自分が母を知らないということだろう。物心ついたころから姉妹と軍の施設で暮らしているが、それは、この時代では珍しいことではない。八年前の大戦争で親を亡くした子供は大勢いる。たとえ強化人間として産まれて、幼いころからパイロットとして養成されてきた人生でも、姉妹と一緒に暮らせるのは幸せなのだ。だから「失礼ね。小言を言うお母さんって、まるでおばさんみたいじゃない」と、わざと冗談で返した。両親がいないことを気にされても困るし、男の子はくだらないことをいつまでも気にするからだ。同情で好意を持たれるのは、なんだか重くて嫌なのだ。
「早くいかないと時間がなくなるわよ」
食堂はもう目の前なのに、妙に時間がかかっていることに苦笑する。
「この時間は混むからな。モビルスーツの組み立て作業は忙しいの?」
「サイコミュを搭載してる機体は、ものすごく複雑なの。だから、思うように進まなくて」
「量産型キュベレイか。すごいよな。君もあのモビルスーツの開発に参加したんだろ?」
イロンは、相手の気分を害したのでないと分かって、ぐっと身体を寄せてくる。そのわかりやすい、モビルスーツの
「私はたいしたことはしてないわ。本当に凄いのは、実際に設計をする人よ」
「いや、俺にはできないし……。あ、そうだ。今度、俺のガ・ゾウムをみてくれないかな。チューニングとかさ」
「機体の反応が悪いの?」
「まあ、そんなとこ」
「別にいいけど、そちらのメカニックさんが気を悪くするんじゃない?」
「かまわないよ。なんなら俺の専属メカニックに……」
「せ、専属?」
「と、特別に親衛隊で整備してもらうってことさ。だ、だめかな?」
見つめてくるイロンの、妙に真剣な顔をまともには見られなかった。
「わ、私だけじゃ判断できないから……姉さんに聞いてみる」
「了解」
本当に、なんで彼との会話はぎこちなくなるんだろう。またしても気まずくなった雰囲気を払拭するように、食堂に入ると賑やかな真ん中の席に座った。隅っこの席にはたいていカップルが並んで座っているが、この会話の流れであの距離感に飛びこむ勇気はなかった。とにかく席に座ると、メニューにシェフのおすすめと書いてあるパスタのランチセット、付け合わせのサラダ、そしてグレープジュースとデザートのリンゴパイを注文した。
「けっこう食べるんだね?」
「食べないと働けないでしょ?」
「女の子って、よくダイエットしてるからさ」
「私が太り気味って言いたいの?」
「あ、いやっ。スタイルがいいなってことだよ」
イロンの視線が自分の胸元にそそがれたのに気付いて、恥ずかしくて視線を反らした。
「……変なところ見ないでよ」
「ごめん」
「……」
下着がきつくなってきているから、変に身体の線が目立つのかもしれない。近いうちにイレブンを連れて新しいものを買いにいこう。妹の下着を選んであげるのは好きなのだ。
「そ、そういえば、君のお姉さん、プルツーさんなんだけどさ」
「姉がどうかした?」
「凄く人気があるんだよね」
「えっ? 人気?」
「実力があって、凄くクールでさ。部下になりたいって奴も多いんだぜ」
「驚いた。姉はエースパイロットだから憧れるのかしらね」
「凄いお姉さんだよな」
「顔は似てるけど、私とは随分違うって言いたいみたいね」
「ち、違うよ。そんなこと言ってないだろ」
イロンの困った顔が可愛いと思いながらも、少し意地悪かったと反省する。
「でも、姉は喜ばないでしょうね。そういう軟弱なの嫌がるから」
「ストイックそうだもんな、プルツーさんは。でも、そうだとすると心配になるなあ」
「心配って、なにが?」
「いや、今度のパーティーにお姉さんに来てもらいたいなってさ」
「あ、無理無理!」
なんて無茶なことを考えるのだろう。姉をまるで分かってないことに呆れてしまう。
「駄目かな?」
「姉さんはそういうの絶対にこないから! くるわけないわ」
「わからないだろ? プルツーさんと話したいって奴は多いから、なんとか話をつけてくれって頼まれてるんだよ」
「本当に、やめた方がいいと思うけど」
あまりに能天気すぎる男子たちの野心に、思わずため息をつきながらグレープジュースを一口飲んだ。
「ほら、お姉さんの写真も人気なんだよ」
「写真って、まさか隠し撮りしてるの? 見つかったらまずいわよ」
「変な写真じゃないよ。ほら、これ」
写真には、姉プルツーがジムで鍛えていたり、ランニングしたり、ドリンクを飲んだりしている姿が写っていた。
「すごいわね……すごい情熱」
これではまるでアイドルみたいだ。姉は気付いているのだろうかと心配になりつつイロンに写真を返そうとしたが、彼が素早く他の写真を隠したことを見逃さなかった。
「ちょっと、今の写真は何?」
「な、なんでもないよ」
「見せて!」
「だめだよ!」
素早くイロンから写真を奪い取ると、着替えている途中の自分の下着姿が目の前に現れた。
「ちょっと、これって……」
「返してくれよ!」
「だめ!」
慌てて奪いとろうとするイロンの腕を払いのけると、彼がバランスを崩して倒れ込んできて、そのまま頭を胸に埋める格好になってしまった。周囲からは「おぉ~っ」と、はやし立てる歓声があがる。あまりのことにもう声も出ない。
「い、息が……」
イロンは胸の中でもぞもぞと頭を動かした。完全に顔を塞がれて呼吸ができないので助けを求めているのだ。このままでは彼は窒息死してしまう。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて彼の顔を掴んで引き上げると、苦しげに息をするイロンの顔が、すぐ目の前にあった。半ば抱き合いながら、お互いに見つめ合う行為が三十秒ほども続いた。周りの視線も、ほとんど気にならなくなってくる。まるでファンネルを操作しているときの、周囲の時間が止まったような感覚だ。
人はいつか時間さえ支配することができるというのは誰の言葉だっただろうか。こんなことになるなら、隅っこの席にすれば良かった―。
「ヨン子、ひさしぶり」
「えっ……!?」
周囲から切り離された、二人だけの時空間に集中していたから、外側にいきなり現れた旧友を認識するのに時間がかかってしまった。ニュータイプ能力とは、常に発揮されるものではないのだ。
「わるいね、いいところを邪魔してさ」
「スミ・スミカ!?」
「やっと分かったの? ずいぶんお楽しみだったみたいじゃん」
意地の悪い揶揄に、さっきとは比較にならないほど心臓の鼓動が高鳴って、顔が真っ赤になるのを自覚した。
士官学校で同級だったスミ・スミカが、すぐ隣に立ってニヤニヤと笑っていた。それにしても最悪のタイミングで再会してしまった。
「勘違いしないでよ!」
接近し過ぎていたイロンを、なかば突き飛ばすようにして体からひき離した。
「いててっ!」
イロンは椅子から転げ落ちて床に倒れこんだ。悪いとは思ったものの、とりあえず彼は無視して、身だしなみを整えて椅子に座る。押され気味で不利な戦局を早急に立て直す必要があるのだ。
「スミカ、元気だった?」
「まあね。丈夫だけが取り柄だよ。でもさ、ヨン子も大胆になったね。見せ付けてくれるじゃん」
「なに勘違いしてるの? 彼がいきなり転んできたのよ。ドジなんだから!」
恥ずかしさから、わざと大げさに怒ってみせる。
「あなたも寝てないで、早く起きなさい!」
「勘弁してくれよ……」
床に思い切り身体を打ちつけたイロンは、椅子の背を支えにしながら、やっとのことで這い上がってきた。
「ふふふ、仲良いじゃん。でも学校を卒業してから全然会わなかったよね。わたしも忙しかったけどさ」
スミカは東洋系の出自で、黒い目とお団子にまとめた黒髪がちょっとエキゾチックな雰囲気を醸し出す女の子だ。といっても、その性格はかなりいいかげんだから、異国情緒とか年齢に似合わぬ大人な雰囲気とかそんなことを求めても無駄で、興味を持って近づいてくる男の子は、たいてい呆れて去ってしまうのが常だった。
「こちらの彼氏、紹介してよ」
このシチュエーションでは、そう勘違いされても仕方がない。しかし、なんとしても誤解を解かなければならないだろう。
「だから違うったら! ただの友達よ」
きっぱりと、全力を持って親友の疑いを否定した。
「顔赤いよ。あんた嘘はつけないよね。恋に仕事に忙しいみたいな感じ?」
「恋愛とか、そんな安っぽい感情を持ち出さないでくれない? ほんっと、くだらないわ!」
必死に抗弁しても、スミカはまるで聞いてない。
「焦っちゃってるのが怪しいよ。……実はもう、やっちゃった?」
「バッカ!」
あからさまな挑発にのってしまっていることに、自らの若さゆえの過ちを認めざるを得なかった。
「初めまして、スミ・スミカです。ヨン子とは士官学校で一緒でした」
スミカはにこやかに笑いながらイロンに手を差し出した。
「よろしく、俺はイロン・バルトニック」
「実は、わたし彼氏いないんですよ?」
「君みたいな可愛い子が信じられないなあ。よかったら誰か紹介するよ」
「もう目の前にいるじゃないですか?」
スミカは、わざとこっちの反応を確かめるように言った。
「どうぞ! 遠慮せず、ご勝手に」
「ヨン子、怒ってる」
「……」
「聞いていいかな。『ヨンコ』って、どういう意味なの?」
イロンがその場をとりなすように尋ねた。
「聞いてくれましたか」
「あんただけよ、そんな風に呼ぶのは。スミカは島国ジャパンの家系なのよ。ジャパンの言葉で、数字の4はヨンって言うんですって。『コ』は女の子の意味ね」
「そうなのか」
イロンは納得しつつも、おかしな語感に違和感を感じているようだった。確かに自分は強化人間、コードネーム『プルシリーズ』のひとりで、古代中国の『排行』のように生まれた順番で番号を名前につけられてはいるが、だからといって、こんな渾名で呼ばれるのは勘弁してほしかった。
「みんなに報告しといてあげるからね。メカオタクの春をさ」
「蒸し返して! 勝手にしなさいよ!」
怒りにまかせて、バンッとテーブルを叩いて叫んだ。力をいれすぎたせいで、大きな音が食堂に響いてしまう。周囲の非難の視線が痛く突き刺さった。
「そんなに怒らなくてもいいじゃん。あたしは嬉しいけどね。そっかー、お堅いヨン子が彼氏をゲットしたか」
スミカはテーブルの空いた席に座った。
「勝手に話を進めないでくれよ」
イロンが困ったように顔色を伺ってきたので、ツンと顔を背けて冷たく無視した。
「それよりスミカ。あなた配属は決まったの?」
なんとか話題を軌道修正するために、前から気になっていたことをスミカに尋ねた。
「配属か~。そこに触れちゃうか~」
「連絡なくて心配してたんだから」
「補給部隊だよ! 第四補給隊」
スミカは嫌なものを吐き出すように話した。第四補給隊と聞けば、彼女の態度にも納得がいった。イロンも返答に困っている様子だ。第四補給隊は練度が低く、評判が良くない部隊だと知っているからだ。だが、そんなことを彼女に言えるはずもない。
「ほんとは戦艦サンドラとか、サダラーン勤務を希望したんだけどね。全部ダメでさ。やっと決まったってわけ」
スミカは、はあっと大きくため息をつく。
「でも兵站は重要よ」
「そうさ」
「みんなそう言うけど、ポンコツ補給船の部隊なんだよ! 駄目な奴らを集めたって感じ? あの古臭いパプア級って船、臭いがすごくてたまんないよ」
「そんなに?」
「最悪。またモビルスーツも酷いんだ、これが! ザクだかドムだか、とにかく壊れたのばっか。最新型が作業用のガザCだよ? 欠陥品だよ、あれ。ま、モビルスーツに乗れるだけましだけどさ……」
スミカは一気に言葉を吐き出すと、ひとが飲んでいたグレープジュースを勝手に口に含んだ。
「で、ヨン子は何に乗ってんの?」
「えっ?」
「モビルスーツだよ」
「あ、えーと……」
答えにくい質問に思わずイロンと顔を見合わせてしまう。
「なに、なに? 二人だけの秘密?」
「違うわよ」
いったい、どう話せば良いものか。スミカが壊れた旧式モビルスーツに乗っているのに、自分は最新型を操縦しているなどと言ったら、彼女の自尊心を大いに傷つけることになる。
スミカはモビルスーツのパイロットを目指していたのだが、いつも落第スレスレだった。学科の成績は妹のファイブより悪かったくらいなのだ。だから、彼女のために放課後に居残ってシミュレーターでの訓練を手伝ったり、試験対策で勉強を教えてあげたりしたのだ。
「実は、まだ決まってなくて。たぶん親衛隊用のガズアルかガズエルになると思うんだけど……」
「ふ~ん。たしか銀色のモビルスーツだっけ? ヨン子は親衛隊だもんね。羨ましいよ」
「そうでもないわよ。仕事がきつくて……。でも、お互いに頑張りましょう」
「モビルスーツも彼氏もゲットして、余裕じゃん!」
スミカは肘で小突いてくる。
「こうなったらヨン子に偉くなってもらって、贔屓してもらうしかないか~。早く少佐とか大佐になってさ、私をエリート部隊に異動させてよ」
「無茶いわないでよ」
「ま、期待してるからさ! じゃあね、ヨン子。そろそろ行くから。イロンさんも、また連絡しますね」
「ああ、わかったよ」
スミ・スミカは、立ち上がっていい加減な敬礼をすると、食堂からすたすたと出ていった。
「東洋系はアクシズには珍しいよね。なかなか可愛い子だね」
「そう? だったら付き合ったらいいじゃないの」
「そんなことしないよ。俺は、君のことを……」
イロンが急に手に触れてきたので、跳ねのけるようにして慌てて立ち上がった。
「さっきは突き飛ばして悪かったわ。じゃあ、私もモビルスーツの整備があるから」
「あ、ああ……」
さっきから、彼の思考の断片が脳に入り込んできて、それを追い出すのに苦労していた。ファンネルを遠隔操作しているときよりも動悸が激しくなっている。強化人間だから、強化された身体機能をメンテナンスするために検査は人より多く受けているが、こんなに調子が悪くなったのは初めてだ。あまり悪いようなら医務室にいく必要がある。
それにしても、さっきは大勢の前で道化を演じてしまった。思い返すだけで、顔からバーニアスラスターの噴射炎が飛び出しそうだ。
「馬鹿! 恥をかいたじゃない!」
プルフォウは、仕事に戻る前に、とりあえずシャワーを浴びようと思った。
冬コミ新刊の委託をはじめました。よろしくお願い致します。
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