プルフォウ・ストーリー2 月に降り立つ少女たち 作:ガチャM
舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。
キャラクター、設定協力は、かにばさみさんです。
※Pixivにも投稿しています。
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プルフォウは、アクシズ中央通りを早足で歩いていた。ミネバ殿下がいらっしゃる宮殿はもう目の前だが、彼女から宮殿まで来るように個人的に連絡があったのだ。
その用件とはモビルスーツの操縦訓練のこと。姫さまはモビルスーツの操縦をことのほか気に入っていて、定期的にモビルスーツの操縦訓練を行っているのである。
二週間前、親衛隊はミネバ・ザビ殿下にモビルスーツ操縦のレクチャーを行ったのだが、訓練は途中まで順調だったものの、偶然地球連邦軍の艦隊と遭遇し、予期せぬ戦闘に発展した。混乱のさなか妹イレブンを人質にとられてしまったが、姫と協力して妹を救出し、辛くも勝利したのだ。
それ以来ミネバ殿下とは懇意にしていて、世間話をしたり一緒に映画を鑑賞するほどに親しくなった。光栄にも王室御用達のシャンプーや化粧品を分けて頂いたりもするのだが、王室に憧れている妹のエイトは、そのことをものすごく羨ましがっていた。だから、少し図々しいとは思うが、妹の分もわけてもらおうと考えている。エイトは多忙で忙しいので、少しでも気晴らしになれば嬉しいなと思う。だって彼女の仕事はパイロットだけでなく……。
「え、姫様とエイトが?!」
通りの角を折れて、そろそろ宮殿に着くころだと思ったとたん、殿下と妹のプルエイトが宮殿の前で並んで歩いているのを見つけて驚いてしまった。それは思いもよらなかった光景だ。
居ても立っても居られずに小走りで二人に駆け寄っていくと、素早く正門の柱の陰に隠れた。姫とエイトは談笑しながら正門の前を歩いている。二人の間に面識はなかったはずなのに、あの親しげな様子はいったい? 自分の知らないところで、何か秘密の話が進行しているのだろうか。
それにしても、姫と並んで歩くエイトは姉から見ても可憐だった。ふわっとカールさせた髪に鮮やかな髪飾りをつけ、可愛らしいアイドルのステージ衣装を着る姿は、姫様と並んでもひけをとらない美しさを周囲に振りまいている。
耳をそばだてると二人の会話が聞こえてきた。
「ミネバ殿下、本日はご足労頂きましてありがとうございました」
「ファンネリア・ファンネル、そなたに会えたことは大きな喜びだ」
「光栄です殿下。プロデューサー、監督、全てのスタッフにかわって御礼を申し上げます。ジオンの正統な後継者たる殿下のお力添えで、私たちの映画は単なる一作品を超えた意義あるものになりましょう」
エイトは深々と頭を下げる。
「礼には及ばぬ。そなたから作品の根底に流れるテーマを聞いたとき、ジオンの血を継ぐこの私にとって意義ある映画だと感じたのだ」
姫はアクシズの人工の空を見上げて言った。
「地球連邦政府の圧政を乗り越え、スペースノイドが真の自立を目指した時代……。歴史をひとりのスペースノイドの視点から描き出せば、必ずや素晴らしい作品になるだろう」
「はい。主人公は激動の時代に翻弄されながらも、人間の理想を追い求めた少女です。今の時代こそ求められる資質でしょう。私も全身全霊をかけて演ずる所存です」
「大いに期待しているよ」
聞き耳を立てていたプルフォウは、姫とエイトが自分の方に近づいてくるのがわかって焦った。柱に隠れて覗き見るような格好になっているから、これではまるで不審者そのものだ。あるいは姫様によからぬことをしでかす不届き者だと間違えられるかもしれない……。
「ん? そこにいるのはプルフォウか?」
「あっ」
遅かった。あっさりと姫に見つかってしまったことに驚きを隠せない。
「なぜ隠れているのだ?」
ミネバ殿下と目が合い、思わず跳ねるように柱の影からとびだした。姫様はニュータイプの素養があるから感が良いのだろう。ニュータイプ能力を持つもの同士、隠れるなどといったことは出来ないのだ。そう納得しないと、柱の影からコソコソと覗き見ている姿を姫に見られたことは、あまりに恥ずかしかった。
「ひ、姫様、ご機嫌麗しゅうございます」
「そなたと会う予定は、半刻後だと思っていたが」
「申し訳ありません。早く来すぎてしまいました。いまはご公務を?」
「うむ。まずは彼女、女優のファンネリア・ファンネルを紹介させて欲しい。そなたは知っているだろうか?」
「は、はい。よく存じております」
「ほう、そうなのか?」
「あ、テレビや映画で、です!」
慌ててごまかしたが、危なく関係が露呈するところだった。姫様は勘が鋭いと警戒した直後なのに。
「初めまして。ファンネリア・ファンネルと申します」
エイトは、いかにも他人行儀にお辞儀をして微笑んだ。自分も笑顔を返しはしたが、わざと一瞬渋い顔をしてエイトに抗議の意を示した。
「初めまして、ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウです」
「親衛隊! ミネバ殿下を警護するために選ばれた戦士ですわね。なんて素敵なのでしょう。あこがれてしまいますわ」
「光栄です。ありがとうございます」
自分もその一員なのに、平然とそう言ってのけるエイトの演技力は、さすがだと感心する。
「そなたがファンネリアを知っているなら話は早い。私は、彼女が主演する映画の個人スポンサーになったのだ」
「姫様がスポンサーに?!」
「ミネバ・ザビ殿下のお力添えに、このファンネリア・ファンネル、感激で身を震わせています」
エイトは懐からハンカチを取り出して涙を拭った。
なるほど、それならば二人の会話も納得できる。ミネバ・ザビ殿下はザビ家の遺産を引き継ぎ、かなりの資産家だと聞いているから、映画をスポンサードすることなどは容易いだろう。
「ファンネリアさん、いったいどのような映画なのですか?」
「はい、ジオン独立戦争黎明期の話です」
「一年戦争の?」
「いえ、もう少し前……まだジオン共和国が建国される前、ムンゾ革命期ですわ」
ムンゾとは、地球から最も遠い宙域に建設されたスペースコロニーの集合体『サイド3』の旧名で、ジオン・ズム・ダイクンがジオンを建国する前の名称だ。
「地球を聖地と考えるエレズム、ジオニズム思想が産まれた頃だな」
「仰る通りですミネバ殿下」
エイトがうやうやしく言う。
「なるほど、ジオンの歴史を紐解くわけですね。それは意義ある映画です」
アクシズが七年の時を経て地球圏に帰還し、ジオン共和国が再びジオニズムに触れた今、サイド3ではジオン独立運動のリバイバルブームが起こっていた。小説やドラマ、映画。あらゆるメディアが、革命家ジオン・ダイクンと、ダイクンの側近であり、彼の遺志を継いだデギン・ソド・ザビの人となりと活動を解説し、スペースノイドの独立気分を否応なしに高めているのだ。
気がつくと、宮殿の入り口周辺に人が大勢集まり始めていた。人々の思考が周囲を満たし始めているのを感じたが、その想いを受け止めるように、エイトは静かに歌をうたい始めた。
『あなたは独りで遠くに行ってしまった。赤い火星の先には何があるの? あきらめないで、たとえ暗闇しかなくても私はそこにいくわ。暖かい光は、人の気持ちから生まれるから。飽くなき勇気を持つ人がフロンティアを見つけられるの。天翔ける流れ星のように
ファンネリア・ファンネルが歌う『あなたとアステロイドベルトへ』は、ジオン共和国で流行っているヒットソングで、その詩は開拓者たるスペースノイドの心を打ち、ジオニズムの素晴らしさを人々に再認識させていた。
「ジオンの姫君ミネバ・ザビ殿下に敬意を評して!」
歌い終えたエイトは姿勢を正して高らかに言った。
「真空に浮かんだ冷たい人工の星は、ジオン公国を興したザビ家によって暖められました。そう、確かに宇宙に希望はあったのです。枯れた草木は、慈悲深い救世主の光によって生い茂り、痩せた大地は芳醇な蜜溢れる土地に変わりました。いったいどれだけのスペースノイドが救われたことでしょう……。私は絶望から歓喜に至った、開拓者の思いを想像せずにはいられないのです。その喜びの力が人類の革新とならんことを。ジーク・ジオン!」
美しく華やかな二人のアイドルと、重厚な雰囲気をたたえた宮殿との組み合わせは、アクシズに住む者たちの熱狂を大いに喚起していた。自分たちはスペースノイドを未来へと導く王室を擁している。そんな誇りとプライドを呼び起こしたのである。
「みなさん、いまの気持ちを忘れないでください。ジオンの未来はあなた方にかかっているのです」
エイトは両手を広げて人々にさらに演説を続ける。その姿は観ている者の心を震わせ、ミネバ殿下も目を閉じて聞き入っていた。その、彼女の類まれなる演技力には感心してしまった。あたかも空間にエネルギーが伝搬して周囲の物質の熱量を高めていくような、あるいは小さな波がシンクロして大きな波になるような。ムーブメントとか新しい文化といったものは、このような熱意や空気から生まれるのだと、目の前の光景を目にして実感した。
ネオ・ジオンは地球連邦軍と比べて弱く小さい。それは厳然たる事実だ。だからこそ個人一人一人の能力や熱意が求められるのであり、そうして生まれた大きなベクトルが巨大な枠組みを破壊する力となるのだ。ただ、そうした熱狂にも危険性はあって、ネオ・ジオンという組織において自分が目を背けている事実があることも否定できなかった。変革が戦争という形態をとるとき悲惨な犠牲はつきものだが、指導者が暴走すると組織を誤った方向に導いてしまうのだ。
だから自分は姫様に期待しているのだと、改めて決意を新たにした。
姫とエイトは宮殿に向かって歩きながら、手を振って歓声に応えている。そんな二人を讃えるように、上空をモビルスーツの三機編隊がフライパスしていった。
歓声は、三人が宮殿に入ったあとも、いつまでも続いた。
***
「姫様、本日はありがとうございました」
宮殿の応接間で、エイトは姿勢を正してお辞儀をした。
「うん、そなたと出会えて嬉しく思う。映画は大いに期待しているよ」
「ジオンの名を辱めぬように努力いたします」
「ジオン十字勲章ものだよ」
「畏れ多いことです。また姫様から王室ご用達のシャンプーをご厚意で分けて頂きましたこと、感謝の念に堪えません」
妹の言葉に、驚いて思わず声をあげそうになった。それは私がエイトのために姫様に頼もうとしていたことなのに、ちゃっかりと自分で話をつけているなんて。
「礼には及ばぬよ。役立ててくれれば嬉しい。ではプルフォウ、あとでな」
「あ、ありがとうございました」
応接間から出ていく姫を、深く頭を下げて見送る。侍女も退室し、応接間に姉妹二人きりになったので、すまし顔で紅茶を飲む妹に少し文句を言わなければならなかった。
「エイト、あなたいったいどういうつもりなの?」
「どうって、サプライズで素晴らしいイベントになったのではありませんか? お姉さまもそう思いませんでした?」
エイトは、にこりと花のように笑って言った。だが可愛い妹の笑顔でだまされないぞと言葉を続けた。
「あれだけの人たちを熱狂させたあなたの演技力は本当にすごいわ。感心する」
「ありがとうございます、フォウお姉さま」
「でも」
一呼吸おいてから言った。
「姫様を無防備に群衆の前にさらしてしまったのは問題よ。セキュリティ上、大きなリスクがあるわ。そこを考えたの?」
厳しいようだが、親衛隊としての責任を妹に意識させる必要があった。エイトは軍人でありながら芸能活動もしているが、姫様も知らない秘密任務だとはいえ、上層部から非難される可能性だってある。だからこそ失敗は許されず、注意深く行動してもらわなければいけないのだ。
「もっと褒めてくださるかと思ったのに……」
もの凄く哀しそうな顔をする妹に、きゅんと胸が痛んだ。
「私たちは親衛隊なのよ。たしかに、あなたはファンネリアとして姫様と会ってはいた。けれど、たとえアイドルを演じていたからといって、それにかまけて本来の責務を忘れてはだめよ」
「……」
「わかった?」
エイトは押し黙ってしまった。その様子に、少し言い過ぎたかと可哀想になる。しかし姉として、軍の先輩として、たとえ嫌な気持ちになってもミスは指摘しなければならないのだ。
「……ふふっ、お姉さま。私を見くびりすぎですわよ」
「えっ?」
エイトの表情が、軍人のそれに変わったことに気付く。
「戦いとは非情です。常に二手三手先を考えるもの。姫様が良からぬ輩に狙われる危険性は、もちろん考えました」
「本当に?」
「はい。ですから、私はまず周囲の建物にシークレット・サービスを配置して、不審者を警戒させたのです。シックスお姉さまに頼んだのですけどね。次に、半径一キロメートルをカバーするサイコミュ・センサーを設置しました」
「そういえば、宮殿の周りは妙に人の思考で溢れていた気がしたけど……」
「私の素敵な髪飾りは簡易サイコミュになっているんですよ」
エイトは頭の飾りを得意げに指差しながら言った。
「それって、サイコミュ技術研究所の試作タイプじゃない!」
髪飾りには、丸いクリスタルを組み合わせたサイコミュデバイスが、デザインにあわせて上手く組み込まれていた。
「そうです。だから殺気を察知すれば、たちどころに驚異の正確な方向がわかったはずです」
「攻撃を感知する、サイコミュ・パッシブセンサー網を構築したのね」
「はい。演説をしている間も、姫様のお側に常にポジショニングして警戒していました。いざとなれば私が盾になるつもりで。けっして親衛隊としての責務は忘れていませんでした」
「よくわかったわ。よしんばスナイパーがいたとしても、弾道を予測して姫様を守ることができたというわけね。そして、すかさずシークレットサービスが犯人を捕まえる二段構えの作戦……。さすがネオ・ジオンのトップスナイパーのエイトね」
「いまの私はファンネリア・ファンネルですわよ、お姉さま?」
エイトは、いたずらっぽく唇に人差し指をあてた。
優秀な妹を疑って悪かった。エイトは、アクシズ市民にアイドルとしてアピールしつつ、さらに姫様の安全確保にもつとめていたのだ。優れたプレイヤーであり、卓越したマネージメント能力を発揮する彼女の優秀さにはいつも感心させられる。
「怒ってしまってゴメンね」
「いいのです。気にしていません。だってお姉さまは私のためを思って叱ってくださったのですから」
エイトは笑顔で言った。
それにしてもアイドルとして活動しているときのエイトは、パイロットをしているときとは別人だ。キラキラと内側から輝くような華やかさがあり、と同時に、見られることを意識したプロのメイクが隙を見せない美しさを醸し出している。将来は必ず大スターになると思わせてしまう魅力がある。
「優しいフォウお姉さまは大好きです」
エイトは甘えるように膝枕を要求してきた。
「わたし、少し疲れてしまいました。このまま寝かせてくださいません?」
そう言うや否や、エイトは寝息をたて始めた。普段の勝気な彼女がみせる無防備な寝顔は可愛いらしい。アイドルとして芸能界を生き抜くのが大変なことは想像がつくし、まして妹はパイロットもやっているのだから、その精神的、肉体的疲労は想像できない。
「お休み、エイト」
プルフォウは妹の頭を優しくなでると、その額に軽くキスをした。