プルフォウ・ストーリー2 月に降り立つ少女たち 作:ガチャM
舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。
文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ
※Pixivにも投稿しています。
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妹のエイトが寝ている間に姫様との用事を全てすませたので、彼女を起こして二人一緒に基地へ帰ることにした。
宮殿から基地までは徒歩で三十分ほど。歩いて帰れるほどの距離だ。もちろん姉妹の間柄であることは秘密なので、名目上は芸能人のファンネリアを事務所まで警護するという体裁をとった。顔が似ていても姫様に姉妹だと気付かれなかったのは、妹の演技力のおかげだろう。
「姫様のご用件は、なんでした? またモビルスーツの操縦訓練をされるのですか?」
アイドルらしい可愛い服から、一転フォーマルな黒のドレスに着替えて、落ち着いた大人をアピールしているエイトが尋ねてきた。
『クンレン、クンレン』
彼女の後ろからついてくるスーツケース・ロボット『ヴァリジア』が、目のようなランプを点灯させながら喋った。このヴァリジアは、大量の衣服やアクセサリーを持ち歩く必要があるエイトのために、自分がイレブンと協力して作ってあげたもので、AIによって自律的に動作し、簡単な会話も可能なのだ。
「そうなの。姫さまとは定期的に訓練を行うことになったのよ。でも、やっぱりセキュリティの確保が問題になるわね」
「よろしければ、姫様の訓練計画を私にも情報共有してくださいませんか? 気付いた点はすぐに指摘して事前にミスを減らすことが、チームワークを発揮して成功する秘訣です」
「ありがとう、あなたにもチェックしてもらえれば本当に助かるわ」
「フォウお姉様のお役に立てれば嬉しいですわ。でも姫様にも困ったもの。モビルスーツの操縦は遊びじゃないのですから……。ハマーン閣下の真似をしたいのでしょうね」
ハマーン閣下は、軍人ではなく宰相であるにもかかわらず、自らモビルスーツに搭乗する女傑なのだ。そのハマーン閣下を真近にみて育ったから、姫様は彼女を理想としているのかもしれない。
「お飾りのお姫様と思われるのが嫌なのよ。自分の力で何かを成し遂げたいんじゃないかしら。その気持ちを強く感じたわ」
「わかりますけど、言わせてもらえば指導者はカリスマ性と人徳を示せば良いのです。人々を導くリーダーとして振る舞うのは、俳優が役柄を演じるようなものですから。まあ、そのためにモビルスーツを利用するつもりなのかもしれませんけどね」
地球圏でネオ・ジオン、エゥーゴ、ティターンズが覇権を争ったグリプス戦争では、それぞれの指導者たちは自らモビルスーツに乗って雌雄を決したのである。その行為には自軍の指揮を高める効果もあったはずだ。
「姫様からはカリスマ性を感じる。戦闘で危機的な状況に陥っても洞察力と指導力を発揮したのよ。恥ずかしいけど私はパニックを起こしてしまった。器の違いなんでしょうね。さすがジオンを継ぐ方だと思ったわね」
「そうですね。カリスマ性は私も感じました。あの澄んだエメラルドの瞳を見ると、つい本音を話してしまうような……。それは人徳のなせることでしょう。映画のスポンサーにもなって頂きましたし」
妹は満足げに笑った。姫さまを映画のスポンサーに勧誘することが、ファンネリア・ファンネルがアクシズを訪れた大きな目的だったのだ。
「あなた、よくスポンサーの話を持ちかけたわね! たしかに姫様は映画に興味があって、鑑賞会に誘われたりするけれど」
「初の映画主演ですからね。成功のためには、出来ることは何でもやる覚悟です。玉座の前で、シャア大佐の仮面を被って踊ってもみせますわ」
「逆効果じゃないの? 姫様、激怒するわよ」
「まあそれはともかく、姫様は旧世紀の名作がお好きみたいですね。『ローマの休日』とか」
「まだ観てないわ。どんな映画なの?」
「お姫様が、お忍びで街に出かけて、淡い恋をする話です」
「なるほど……。そういう冒険に憧れてるのかしらね?」
「私やシャア大佐みたいに芸名を使えばいいんですよ。身分を偽るのは違った自分になるということ。異なる視点で世界を見るのも悪くありません」
「姫様が偽名を使っても、すぐにばれるわよ!」
「世間慣れしてませんからね。姫様、サングラスでもかけるんじゃありませんこと?」
「その格好で、いきなり人に命令するんじゃないかしら」
シャア大佐が、連邦士官としてクワトロ・バジーナを騙った際にかけていた幅広のサングラスで変装する姫様の振る舞いを想像し、二人で思わず吹き出してしまった。
「でも姫様ってシャア大佐のことがお好きだったのでしょう? 大佐が姫様を抱いたとか噂がありましたよね」
『ダイタ、ダイタ』
エイトがストレートな物言いで言った。
「やだ、なに言うの! 姫様に失礼じゃない! ヴァリジアも、そんな言葉覚えないで」
「シャア大佐が年下の女性を好むのはよくしられた事実ですわ。私も、機会があればお近づきになりたかった。愛人になるとか……」
「やめなさい。ハマーン閣下との噂を聞いた限りでは、あまり信用できない人物みたいよ」
「裏切りは世の常。芸能界でも良くある話です。高度な駆け引きがある方が逆に面白いですわ」
エイトの目が冷たく光った。妹は世間慣れしているのだ。
そのときアクシズの市街地に、周囲の大気を震わせる核融合エンジンの咆哮が響き渡った。驚いて見上げると、上空を三機のモビルスーツが飛行していた。二機はガザ・タイプだが、先導する角張ったデザインの機体は遥かに大型だ。
「市街地なのに、あんなに低空飛行して! お姉様、あのモビルスーツは?」
「あれはAMX-014Xドーベン・ウルフね」
「ドーベン・ウルフ? 聞いたことありませんわね」
「新型機よ。次期主力量産機検討型って聞いてるわ。ザクⅢとコンペして、どちらを生産するか決めるみたい」
「あれを量産するのですか? 量産型にしては大きすぎるように見えましたけどね……。まあ、最近の機体は軒並み大型化してますけど」
「エゥーゴのガンダムタイプ、ダブルゼータに対抗するためよ」
エイトが言う通り、最新のモビルスーツは強力な武装と装甲、機動性を追求した結果、急激に大型化、肥大化している。そして、その呼び水となったのはエゥーゴの新型機、ダブルゼータと呼ばれるガンダムタイプだ。
MSZ-010《ダブルゼータ・ガンダム》は、戦闘機や重爆撃機への変形機構によって、あらゆる領域での作戦行動が可能で、さらにはハイメガキャノンに代表される高威力ビーム兵器を装備して比類のない攻撃力を誇る。観測されたエネルギー量から概算すると、ジェネレーター出力は7000kwを超えると噂されている。とてつもない性能だが、そんな怪物マシーンに、ネオ・ジオンは対抗しようとしているのだ。
「ガンダムタイプといっても、手強いのはアーガマ級に搭載されてる機体だけなのでしょう? 私たちならすぐにでも叩けますわ」
「過信は足元をすくうわよ。プルツーお姉様が倒せなかった相手だってことを忘れては駄目よ」
「……わかっています。でもプルツーお姉様は、地球でのこと、あまり詳細は語らないですわね?」
「黙ってしまうわよね。いつも気にはなってるんだけど」
「誰でも触れられたくない心の領域はあるもの。プルツーお姉様も、ああ見えて繊細ですからね」
プルツーお姉様が地球でのことを話したがらないのは、戦闘に負けて撤退した以上の理由があるということを、妹たちはなんとなく感じている。いつの日か、姉が全てを話してくれることをみな願っていた。
「それにしても、あのドーベンウルフ、ですか? あまりジオンらしいデザインではないような……。ちらっと見ただけですけど、あのユニット化された構造は、むしろ連邦軍のモビルスーツに似てません?」
妹が指摘した通り、曲線主体の一体構造を有するジオン系のモビルスーツとは対照的に、地球連邦軍のモビルスーツは各部がユニット化された構造をとっている。それは設計者、企業の癖のようなもので、見る人間によっては、一目で機体の出自がわかってしまうのである。
「鋭いわね。あの機体は、もともとは地球連邦軍が試作したガンダムタイプのひとつらしいの。亡命してきた連邦軍科学者が持ち込んだとか」
「ガンダムにはガンダムで対抗しようと? プライドを失えば妥協が生まれる。あまり良いことではないでしょうに」
「なりふり構わない感じね。次期量産機にはザクⅢが内定していたはずなんだけど、急に覆されたのよ。政治的な力が働いたんでしょう。今、軍は予算の奪い合いだから」
「ザクの開発チームも、さぞかしがっかりでしょうね」
「だから巻き返すために、ザクⅢをベースにした新型機を開発してるの」
「してるって、まるで自分のことみたいですわね?」
「あ、つい。実は、さっき連絡があって、私も設計に参加することになったのよ」
「設計から? お姉さま凄いじゃないですか! 前から勉強されてたこと知ってます。夢がかないましたね!」
エイトは手を握ってくると、にっこりと微笑んだ。
「ありがとう……エイト」
妹が褒めてくれて誇らしかった。任務でモビルスーツの開発に関わるようになってから、上流設計にはぜひとも関わってみたかったのだ。パイロットとしての経験も必ず役に立つはずだと思うし、理想的なモビルスーツを作り上げてみたい。
「わたし頑張るわよ。自信はあるの。前からCADで引いた設計図をデザイナーに見てもらったりしてたんだから」
「どんな機体を設計してるのですか?」
「まだ基礎設計の段階だけど、バインダーと固定装備を備えた可変モビルスーツね。もしかしたらサイコミュをオプションで搭載するかもしれない」
「サイコミュを備えた可変モビルスーツ? それこそ、かなり大型になるのでは?」
「運用に問題が出てしまうから、二十メートル以内には納める予定だけど。でも核融合炉とメガ粒子砲を冷却するシステムのレイアウトが難しくて。だからサイコミュを収めるスペースが、かなり厳しいのよ」
「サイコミュ・システムは、最近かなり小型化されてますよね? サイコミュを各部に分散配置したらどうでしょう? 機体のレスポンスも格段に良くなるかもしれませんよ」
「いいアイデアね。プルツーお姉様も同じことを言ってたわ。サイコミュを並列動作させるのが難しそうだけど、イレブンに専用アルゴリズムを組んでもらえば、もしかしたら出来るかも」
「フォウお姉様なら出来ますよ。目標は高く持った方が成功しますから。でも盛りだくさんの機体になりそうですね。とても普通のパイロットには扱えないんじゃありませんこと?」
「だったら親衛隊専用機として採用を目指すわ」
「ああ、その意気です!」
エイトは、そういうといきなり抱きついてきて、胸に顔を埋めてきた。昔から妹は、こうして甘えてくるのが好きなのだ。
「エイト、こんなところで!」
「私もお姉様くらい胸があったらと思いますけど、その分お姉様に甘える口実がありますから」
妹は、くすぐったいくらいに顔を擦り付けてくる。
『アマエテル、アマエテル』
「スーツケースのくせにうるさいわね!」
エイトはヴァリジアを蹴った。
「こんなところをカメラマンに撮られたりしたらまずいわよ」
「ふふふ、スキャンダルがあるくらいが、一流芸能人の条件ですから……」
エイトは気にもしていない様子で目を閉じると、そのまま眠りこんでしまった。
「ちょっと、こんなところで寝ないでよエイト! さっき寝てたじゃない!」
「……」
妹は寝息をたてて気持ちよさそうに寝ている。その無邪気な表情を見ると、無理に起こすことはできなかった。仕方なく、妹を背中におんぶして基地まで歩いていくことにした。
「意外と重いわね、エイトは……」
『フトリスギ、フトリスギ』
***
「……ほら、基地についたわよ。起きなさい」
妹をおぶったまま基地まで歩いてくるのは苦労した。人目につかないように、誰もいない建物裏で彼女を降ろすと、ようやく体が軽くなった。
「撮影はまだじゃない。ティモ、あなた相変わらず馬鹿ね……」
「寝ぼけてないの。基地よ」
「あっ? すみません、お姉様!」
目覚めた妹は、慌てて立ち上がると乱れた衣服を調えた。
「お姉様の甘い匂いを嗅ぐと、つい眠くなってしまって」
「赤ん坊じゃないのよ。それじゃ私はプルツーお姉様に用事があるから」
「プルツーお姉様に?」
「うん。実は贈り物をして欲しいって、友達の知り合いから頼まれてしまって」
「お、贈り物? まさかラブレターを?」
「まさかよ。断ったんだけど、しつこくって」
友人のイロンから姉のファンはたくさんいるとは聞いていたが、ついに一線を越えようとする者が現れたのだ。彼の上官から強引に姉宛のプレゼントと手紙を託されてしまったのである。部隊のパーティーに姉を誘うという機会を待たずに、ひとり抜け駆けをしようというつもりなのだろう。
「その彼、正気なのですか? まあ、すでに正気ではないのでしょうけど……」
「お姉様に告白するなんて危険極まりないわ! ガンダムタイプに挑むより危険よ」
「見ものですわね。破り捨てられるのがオチですわ。お姉様も、こんなもの持ってくるなと叱られるかもしれませんよ」
「……」
「どうかご無事を祈ってます。私はイレブンに用があります。そのあとはサイド3に戻りますわ」
「気をつけてね」
「お姉様こそ」
お互いにハグすると、手を振ってエイトと別れた。