プルフォウ・ストーリー2 月に降り立つ少女たち 作:ガチャM
舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。
キャラクター、設定協力は、かにばさみさんです。
※Pixivにも投稿しています。
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「わたしがハンバーガーショップで一日店長を?!」
品の良い仕草で紅茶を口に含んでいた少女は、向かいに座る男の話を聞くや否や、まるで頭上から宇宙に浮かぶ『スペースコロニー』が落ちてきたかのように叫んだ。
彼女はテレビ番組やステージで唄を歌って踊ることを生業としていて、最近はバラエティ番組やドラマ、映画などにも仕事の幅を広げている。ようするに、いわゆるアイドルをやっているのだ。
「また変な仕事を取ってきて!」
「だめかなあ?」
「私は接客するのはいやよ!」
本当に、この男はパッとしない仕事ばかり契約してくる。抗議の意を示すために、大袈裟に腕組みをして頬を膨らませて、プイと横を向いた。すると、ちょうど壁に貼られたポスターの自分と目があってしまった。彼女は、いかにもアイドルといった感じでにっこりと笑い、可愛らしい衣装を着て、女性らしいしなやかなポーズをとっている。まったく、よくも能天気に笑っていられるものだ。
ポスターの下には大きく『ファンネリア・ファンネル』とサインが書かれていた。そう、それが自分の芸名だ。
この機会に、改めて自身の姿を観察してみる。
左側だけ三つ編みにまとめた、鮮やかなオレンジ色の髪は快活な少女らしさを残していて、いっぽうで深い紺色の瞳は大人びた印象を醸し出している。可愛くて親しみやすいが、ちょっとミステリアス。
自分で言うのは憚れるが、ファンネリア・ファンネルは、ここスペースコロニー『サイド3』で人気上昇中の気鋭のアイドルで、子供離れした美貌と演技力でブレイクし、いま最も注目される女の子なのだ。歌だけでなくドラマや映画などにも活躍の場を広げている注目の新人なのである。
だからこそ、マネージャーが持ってきた仕事には不満があった。
「これはテレビCM契約をとれるチャンスなんだよ!」
マネージャーのティモが、芸能事務所クローバー・プロダクションの看板娘をなだめようとしているのは明らかだった。
「CMって何よ?」
興奮した気を鎮めるために、ぱっと上着を脱いでしまう。下には胸元が大胆にカットされたキャミソールを着ていたが、ティモがちらっと胸に視線を向けたのがわかった。
「君を新商品のCMモデルに起用したいっていうんだ。一日店長も、その一環さ。あの美少女は誰だってことになれば、知名度も一気に上がるって理屈くらいわかるよね?」
「そのくらいわかるわよ」
「じゃあ、いいよね?」
「……あまり有名になってもやりにくいのよね」
「え?」
「あ、気にしないで。ともかく間抜けな顔して、ハンバーガーを食べながら馬鹿げた寸劇をするのでしょ? 逆にイメージが壊れるんじゃないかしらね。ファンネリア・ファンネルの神秘性が」
これまでアイドルとしてのイメージを慎重に築いてきたから、空回りしたマーケティングが失敗することを危惧したのだ。ファンネリア・ファンネルは、戦争ばかりで殺伐とした世の中を純化する清涼な清水のような、現実離れした空想上の美少女として売り出してきたのである。その意味で、俗な食べ物を食べることに確かにリスクはあった。
「そんなことないって! 美味しそうに食事する姿は好感度を上げるんだよ。これまでとは違った面をだせていいじゃないか」
「逆に底の浅い女に見えるわよ! それにファンネリアの好物はフランス料理って設定だったじゃないの!」
「頼むよ。僕の感が、君の転機になると告げてるんだ」
「なによそれ? まるでニュータイプみたいな物言いね」
ニュータイプとは宇宙世紀における新しい人類の概念で、拡大した知覚や認識力を有する、俗に言う超能力者のこと。だが、自称ニュータイプはそこかしこにいて、『ニュータイプ』という単語は、今や詐欺とか胡散臭さと同義語になっている。
「事務所としても凄く助かるんだよ。売り上げが伸び悩んでいるのは知ってるだろ?」
「フン、仕方ないわね……。わかったわ」
仕事だからと観念し、三つ編みをいじりながら不承不承了承する。
「やった! 助かるよ!」
ティモは嬉しくてたまらないといったように手を握ってくる。
「ちょっと馴れ馴れしいわね! 恋人じゃないんだから」
「あ、悪い……」
慌てて座り直した彼の、再び胸元を覗く視線を感じた。
「あなた、さっきからどこ見てるのよ」
「い、いや。君は着やせするタイプなのかなあって……」
「そんなこと女の子に言う? モテないわけだわね!」
ティモは、それが仕事なのだろうが、思ったことをすぐ口にするところが無神経なのだ。恋人にするなら、もっと繊細で気遣いをしてくれる男性がいい。
「でもCMはいいとして、一日店長ってなんなの? 笑顔でいらっしゃいませ、なんて私にやらせるつもり?」
「いつも笑顔で歌ってるだろ? たいして変わりはないと思うよ」
「どこが……。そもそもマクダニエルって、サイド3にあったかしら?」
「こんど一号店が開店するんだ。だから、CMで知名度をあげようっていうことらしいよ」
「フン、そういうこと……。まあジオン共和国のためなら一肌脱ぐしかないわね」
「ありがとう」
「で? 話はそれだけじゃないんでしょ? まだ、何か頼みごとがありそうなのは感じてるわよ」
「君こそ勘がいいからね。実はもうひとつ頼みがあるんだよ」
「あなた、女の子にお願いしてばかりの人生ね」
マネージャーをからかうと、窓の外に広がる空を眺めた。
光が溢れる青空に浮かぶ白い雲。そして雲を透けて見える、空に湾曲して張り付く街並み。住んでいる者にとってはなんということのない普通の景色だが、地球から来た人間にとっては不安定で違和感を生ずるパノラマ。そう、ここはサイド3。ジオン共和国と呼ばれるスペースコロニー、旧称をムンゾという人工都市だ。地球から最も遠くに位置するコロニーで、過去には地球連邦政府に独立戦争を仕掛けた『ジオン公国』の拠点ともなったいわくつきの場所。
だが、それも昔の話だ。今は民主政権が樹立されて平和な生活を営んでいる。争いごとといえば、たまに労働条件を改善しろと、どこかの過激な労働組合が中古の
「じゃあCMについては契約を進めといて。私は月のグラナダに行ってくるわ」
「会場の下見に?」
「そう、コンサートも近いからリハーサルをしないとね。それにアナハイム・エレクトロニクスにもいかないといけないから」
「エレバイクの案件だね」
「あなたも来るでしょ? 現地で合流しましょう」
そろそろ出発する時間なので、バッグを手に持って立ち上がった。
「港まで送るよ」
「あ、今日は一人でいきたいの。一人でドライブしたいから」
「気をつけてくれよ」
「私はね、いつも危険と隣り合わせなのよ」
ウインクしながらそう言うと、ティモは肩をすくめた。でも、それほどに芸能界は苛烈な競争社会なのである。
「じゃあね」
ティモに手を振りながら事務所を出て、建物裏の専用駐車場に向かった。
駐車場のガレージまで歩いていって、バッグからリモコンを取り出しボタンを操作した。すると、地下から一台のエレカがせり上がってきて、
この愛車『ケーニグザク』は、滑らかな形をしたスポーツタイプのエレカだ。たまたま街でみて、形が気に入ったので即金で購入したのだ。色は好みのブラックとマットパープルのツートーンで、立体オーディオやアロマシステムなど、装備もフルオプションを選択している。
だが、その素晴らしい性能を楽しむためにエレカに乗り込もうとしたとき、いきなり大きなクラクションが鳴り響いて、道をふさぐようにして黒塗りのリムジンが停車した。
「危ないじゃないの! こんな場所にリムジンを乗り入れるなんて正気なの?!」
乱暴極まりない運転に、運転席に向かって大声で抗議した。だが、運転手は表情を変えずに無視している。リムジンは車体が前後にストレッチされた高級エレカで、後部座席の窓にはスモークがかかっていて中は見えなかった。
「出てきなさい!」
後部座席に近づき、中に座っているだろう主人に文句を言おうとすると、ようやく運転手が降りてきた。彼は後部ドアにさっと歩いて行くと、うやうやしくそれを開いた。座席に座っていた女は、もったいぶるような動作で、細長い脚を見せつけるように降りてくる。
「あんたは!」
「お元気? 相変わらず前時代的なセンスのない事務所ねぇ。あなたたちには時間という概念がないのかしら?」
手を口に添えて相手を小馬鹿にするポーズをとるのは、クリスティ・マッキンタイア。警戒すべきライバルだ。
「何言ってるの! あんたの服こそ前時代的じゃないの! 」
クリスティが着ている服は、地球連邦軍の軍服をアレンジしたデザインだった。彼女は『クローバープロ』とライバル関係にある、地球連邦軍と関係が深い『アレックス・プロ』に所属しているアイドルで、いつも何かしら理由をつけて挑発してくるのだ。その芸能活動も挑戦的で、歌や踊り、ドラマや映画出演など、全て自分の後追いなのである。この女には、どんな些細なことでも負けるわけにはいかなかった。
「ジオン共和国に地球連邦のアイドルがやってくるなんて、ずいぶんと無謀なこと!」
「そう? ジオン共和国は地球連邦の一員。あなた何か勘違いをしてるんじゃない? 時代錯誤もいいところよ」
「ジオンの魂は不滅なのよ! スペースノイドの独立心は抑えられないわ!」
「あなた、まだ『ジークジオン!』なんてやってるんじゃないの? あれダサいわよねぇ~。あなたにはお似合いでしょうけど」
「調子にのるんじゃないよ! 連邦の回し者のくせに!」
挑発にキレて掴みかからんばかりの勢いで詰め寄ったが、クリスティは避けるようにして素早くリムジンに乗り込んだ。
「ま、せいぜい頑張りなさいな。ジオンなんて名前は、十年以内には消えるでしょうけど」
「二度とくんな!」
走り去るリムジンの後ろ姿に向かって、両手をクロスさせて挑発する。が、誰がみているか分からないので慌ててやめた。この瞬間にも写真を撮られているかもしれないのだ。はしたない振る舞いが世間に流布すれば、アイドルとしての評判に傷がついてしまう。
「あの女、不愉快な! 消えていいわ!」
クリスティに対峙すると、自分でも驚くほどに感情が乱される。ただ同世代のライバルというだけではない。意識の潜在的な部分で本能的に反応してしまうのだ。心がざわつくような、落ち着きなさを覚えるのだ。
「私としたことが取り乱してしまったわね……。フン、若さゆえの過ちということかしら」
深呼吸をして自制を取り戻すと、改めて自分のエレカに乗り込んだ。
こういうときにこそドライブが必要なのだ。心をリフレッシュさせるために。
すっと身体を滑り込ませるようにしてシートに座ると、キーを差し込んで電源をいれる。自分はまだエレカを運転できる年齢に達していないが、それでも免許証を持っているのは特権があるからだ。
不愉快な気分を吹き飛ばすように、甲高いホイールスピン音を響かせながら道路にでる。窓ガラスにはスモークを入れているので、誰が運転しているのかはわからない。そうでなければ五月蝿いパパラッチに追いかけ回されることになるだろう。
「なかなかの加速ね。でも、まだ足らないわ! 今度はホバー走行できるエレカでも買おうかしら」
こんな一人の時間を楽しめるドライブが好きだった。おもむくままに移動できる固有の空間。アイドルなどというあやふやな価値観の中で生活し、プライベートとパブリックスペースの境界線が曖昧な人間にとっては、自分を見つめ直す時間が必要なのである。
街並みを抜け、スペースポートへ向かうために高速道路へとあがる。ナビゲーション・システムによって適切な交通量がコントロールされているから、道が混雑するということはほとんどないのだが、それでも高速道路の方が速く到着するし眺めもよい。首都ズムシティから港までは三十分というところか。
ビルが立ち並ぶ街並みの向こうに巨大な議事堂がみえた。議事堂は、鋭角的な構造物がいくつも繋がった紋章のような形をしていて、それはまるで前衛的なオブジェのような、あるいは大きな顔のような、宇宙世紀にそぐわない怪しげな宗教のイコンにも思えた。
「いつみても、おかしな建物ね……。ファンタジーの悪のお城じゃないんだから。どんな趣味してるのかしら?」
薄気味悪さすら感じさせるその建物は、一年戦争時代に一党独裁政治を行なったザビ家の象徴でもあった。だから忌み嫌う人間も多いのだが、そんなことを思ったのは平和な世に再び戦争の足音が聞こえているからだ。
『アクシズ』と呼ばれる、旧ジオン公国時代に火星のアステロイドベルトに建造された小惑星軍事基地。そのアクシズが、ちょうど一年前に地球圏に接近し、『ネオ・ジオン』を名乗り地球連邦政府に対して軍事行動を起こしたのである。首魁は、将軍ドズル・ザビに仕えていた宰相マハラジャ・カーンの娘ハマーン・カーン。ジオン共和国の人間にとっては、縁を切ったはずの昔の悪い仲間が再び街に帰ってきたように思ったことだろう。彼らは平穏な生活を享受していたのだ。
アクシズは去年勃発した地球連邦軍の内紛の隙をつき、素早く各コロニーに軍を派遣して駐留した。コロニーを実質的に支配したと地球連邦政府にアピールし、譲歩と早期講和を図ったのだ。
なかでもジオン発祥の地、サイド3は最重要戦略目標だった。サイド3を拠り所とし、アクシズで匿っていた旧ジオンの支配者『ザビ家』の遺児を擁立すれば、それは八年前に地球連邦政府を圧倒したジオン公国の再現となるからだ。とはいえ、いまは地球連邦の一員であるジオン共和国をあからさまに併合するわけにはいかなかった。国民の中にも、公国時代に戻ることを強制されるのではないかと反発する人間が多いだろうことは、容易に予想されたからだ。
だから、ネオ・ジオンはいきなりジオン共和国に進駐せず、まず政治家や官僚を派遣して少しずつ政権の要職につかせるというやり方をとったのである。そうした大人たちの政治的裏工作を、議事堂は示しているように感じられたのだ。
芸能界で人間の嫌な部分を見ているから、人を巧みにコントロールしようとする術には敏感だった。
「大衆の不安を和らげるための手段が、私のようなアイドルというわけね……。滑稽だわ」
思わず自虐的に呟いてしまう。お仕着せの唄を歌うことに、いくらかの葛藤はある。だが、これは芸術活動ではなく政治活動なのだ。個人の感情など関係はない。目的は、アイドル活動によってジオン共和国、ひいては地球連邦国民にたいしてネオ・ジオンへの親近感を醸成することにあるのだ。
そう、アイドル『ファンネリア・ファンネル』は、プロパガンダを目的とした、マーケティングと人心掌握術の産物なのである。
「でもわたしにとって、この仕事は一ステップに過ぎないわ。事態は見えてきた。あとは簡単よ」
勘違いされては困る。ファンネリア・ファンネルは、ただのアイドルで終わることはないのだから。
そんなことを考えているうちに、視界にスペースコロニーの壁面がいっぱいに広がった。そろそろスペースポートに到着するころだ。ブレーキを踏んでエレカを減速させると、VIP専用ポートへと向かう道にそれた。
VIP専用ポートはプライベート・シャトルが停泊する港で、富裕層やセレブリティ、あるいは大手を振って歩けない人間が利用する特別な港だ。簡単な入出国チェックしか行われないので、ほぼ自由にコロニーを出入りすることができるのである。スペースコロニーに住む人々は管理されているが、世の常として、大金を積むことでその枠組みから外れることはたやすい。
地下通路に入り、広々とした専用駐車場にエレカを停めると、ドアを開けて愛車から降りた。ブランド店やバーがならぶ空港ラウンジを通り抜けて、目を見張るような高級シャトルばかりが並ぶ格納庫の前を歩いていく。しばらくすると、自分のシャトルが係留されているポートにたどり着いた。
自分の船は、流線形の滑らかな形をした、エレカと同じブラックとパープルのツートーンで塗装された優雅なスペースシャトルだ。愛称は『トリンキュロー』で、シャトル製造に定評のあるヴィック・ウェリントン社にオーダーメイドで注文し、外装から内装までこだわって建造させた機体なのである。形が良いだけでなく性能も確かなもので、民間船でも有数の高速シャトルに仕上がっている。
シャトルの周囲をぐるりと回って、いくつか重要な箇所を目視でチェックすると、整備をしてくれていたメカニックに挨拶した。
「ごくろうさま。調子はどう?」
「整備は終わっていて燃料も入れてあります。最高の性能を発揮できますよ」
「いつも助かるわ」
生体認証でハッチを開くと、荷物をコンパートメントにいれてコクピットに入る。ヘッドセットをつけてシートに座ると、コンソール・パネルを操作してメイン電源を入れ、核融合エンジンをスタートさせる。チェックリストを順番にこなしていくと、数分後にはシャトルの発進準備が整った。
「コントロールタワーどうぞ。『トリンキュロー』発艦許可を求めます」
「『トリンキュロー』三番スペースゲートに移動してくれ」
「了解。すぐに発進するわよ」
「あんたか。いいフライトをな」
この若い管制官とはいつも会話していて、お互いに顔を見たことはないが、たまにメールで情報交換するくらいの知り合いだった。
「ありがとう。デブリが多くなければいいのだけれど」
「最近は、宇宙で戦闘が発生することも少ないからデブリは減ってきてるな」
デブリとは宇宙に漂うゴミのことだが、航路に漂うデブリはシャトルを危険にさらすので危険なのである。だから委託された専門業者が回収して掃除をしているのだ。
「デブリがあるとスピードを出せないから嫌いだわね。回収作業をしてる……そう、ブッホ・ジャンクって会社、ちゃんと仕事をしてるのかしら?」
「安月給でさぼってるんだろうな」
「あなた人のこと言えるの?」
「俺がさぼってたらシャトル事故が多発してるさ。ま、ともかくフライトを楽しんでくれ。……そういえば前から思ってたんだが、あんた芸能人のファンネリア・ファンネルに声が似てるって言われないか?」
「あら、そう聞こえる? ファンネリアって、まだ子供なのでしょう? ひとりでシャトルの操縦はしないんじゃない」
「それも、そうだな」
「あなた彼女のファンなの?」
「ああ、可愛いよな。子供とは思えない色気があるよ」
「ファンネリアが聞いたら凄く喜ぶでしょうね。よし、発進します」
スペースゲートが開くと、操縦桿とスロットルを巧みに操作して、ガイドビーコンが示す航路に沿って『トリンキュロー』を一気に加速させた。増速するにつれて、背後のスペースコロニーの壁面がぐんぐんと離れていく。一路、月のグラナダまで向かうコースだ。
「飛ばすわよ!」
そのとき管制官から再び通信が入った。
「『トリンキュロー』、ムンゾ・コントロールタワーだ。航路に割り込んできた大型艦がいるから気をつけてくれ!」
「大型艦が? ミノフスキー粒子が濃くてわからなかったの?」
「そうだ。軍艦だ!」
「了解、見えたわ」
スペースコロニーの影から、突如視界を覆うほどの巨大な船が進路を塞ぐように姿を現した。
巨艦は曲線を多用した優雅な赤い船体で、大小のスペード型を繋げたような形をしている。上部には長距離通信用の長大なアンテナが前方に向けて取り付けられていて、戦闘指揮艦だということを主張していた。
自分の船を所有しているくらいなので軍艦には詳しいのだ。
「あれはネオ・ジオンのグワンバン級じゃないの! アクシズからやって来たんだわ」
「よくわかるな。まあ大きな声では言えないが、迷惑な奴さ。ぶつからないようにな」
「大きな船は傲慢だわね。もし艦長に会うことがあったら、文句を言ってやるわ」
トリンキュローをグワンバンの下に潜り込ませるようにしてすれ違う。下面には大型の砲塔や、モビルスーツと呼ばれる人型兵器を射出するカタパルトが据え付けられている。紛れもない軍艦だ。
この巨大な船は進路を塞いでいて邪魔だったが、自分にとっては実は都合が良かった。
「ミノフスキー粒子は十分な濃さね。利用させてもらうわよ!」
姿勢制御スラスターを上手く使ってトリンキュローをグワンバンの影に隠れさせると、進行方向をすばやくグラナダ方面から変更する。この動きはサイド3の管制レーダーや光学カメラでは捉えられなかったはずだ。
スロットルをぐっと前方に押し込むと、トリンキュローを最高速近くまで増速させた。核融合炉が唸りを上げ、プロペラントタンクから燃料が勢いよく送り込まれる。機体には5Gほどの加速度がかかっていた。普通の人間にとっては腕や足が重くなり、耐えがたい不愉快さを感じるほどの加速度だ。でも、たいしたことはない。自分にとっては気軽に散歩しているといった感じだ。このスピードなら、一日もあれば目的地には到着するだろう。
……そう、小惑星アクシズに。
「プルフォウ・ストーリー(上) 姫のモビルスーツ」を、COMIC ZINさんととらのあなさんに委託させて頂きました。
■COMIC ZIN http://shop.comiczin.jp/products/list.php?category_id=6289
■とらのあな http://www.toranoana.jp/mailorder/cot/author/21/a5aca5c1a5e34d_01.html