プルフォウ・ストーリー2 月に降り立つ少女たち 作:ガチャM
舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。
文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ
※Pixivにも投稿しています。
22
アイドル『ファンネリア・ファンネル』ことプルエイトが操縦するシャトル『トリンキュロー』は、目的地であるサイド3に入港するためのアプローチを開始していた。
今はサイド3標準時で午前7時。アクシズから休みなく操縦してきて、ようやく目的地にたどり着いたのだ。直前になってフライトプランを変更したから、アクシズから丸三日をかけて飛行することになってしまったのである。航行速度を落とした理由はシャトルに慣れていない同乗者がいたからで、シャトル酔いを防ぐために激しい加速をかけることができず、言うまでもなく伝説的なシャア・アズナブル大佐が駆ったザクのように通常の三倍のスピードとはいかなかった。
加えてミノフスキー粒子濃度が濃く、長距離通信が不可能だったことも問題だった。燃料切れで漂流するのを避けるために、途中で小さな中継基地に寄港し、熱核ロケットエンジン用の酸化剤と燃焼材を補給したので、さらに時間がかかってしまったのだ。
「燃料代も最近は高いのよ。ヘリウム3だって、ジュピトリスが沈んだせいで……」
プライベートシャトルを運用するコストの高さを愚痴りつつ、前方を光学センサーでスキャンすると、宇宙港付近にムサイ改級巡洋艦が停止していることがわかった。あれはジオン共和国軍の船だ。だとすれば着艦しつつあるモビルスーツはハイザックか。
RMS-106《ハイザック》は、地球連邦軍が旧ジオン公国軍のMS-06《ザク》を接収して改良した機体だが、性能が陳腐化したために連邦正規軍からは退役が始まっていて、大量の中古品が共和国に押し付けられてしまった。はっきり言って性能は良くないが、デザインがジオンには合っているし、もとより地球連邦軍が
「あのムサイ、何かを待ってるのかしら? ほんっとに邪魔だわ」
しばらく待機しなくてはならないかもしれない。ふうっとため息をついてシートに身を預けた。
これほど手間をかけてナインをサイド3まで連れてきたのは、CMに妹役で共演させるためだ。でも、幼稚園児のように遊んでいる彼女の姿を見ているうちに、はたしてそれが正しい判断だったのか自信を失いつつあった。
「ほら、ナイン起きなさい! もう着くから!」
妹は、最初のうちは初めてのシャトル旅行にはしゃいでいたが、すぐに飽きてきて、ついにはだらだらと文句を言うだけになり、いまはすっかり寝てしまっている。
途中コンピューターパッドに向かって話しかけていたのは、ミノフスキー粒子のせいで通信はできないので、おそらく脳内に作り上げた架空の友達と会話していたのだろう。いわゆるイマジナリーフレンドというものだ。幼児が空想の世界に入り込むための分身のようなものだろうか。
「ナイン! 聞こえないの!」
何度呼んでも返事がないので。マニュアル飛行に移る前の最終チェックを中断して、機体後部の居住スペースに向かった。
「わっ!? ひどい!」
まるっきり散らかった子供部屋だった。シャワーは水浸しで、服は散乱し、妹はだらしなくベッドで裸で寝ていた。これでは内装業者に頼んで仕立ててもらった豪華なコンパートメントが台無しだ。カビを防ぐために分解して大掃除が必要かもしれない。
「だから子供を乗せるのは嫌なのよ! ほら、起きて服を着なさい! 協力しなさいよ!」
「う~ん……ナインはもういらないよ……」
「寝ぼけてないで! もう最悪!」
強引に布団を引き剥がして素っ裸で立たせると、無理矢理に下着を着せてクシャクシャになった髪をすいてやった。
CMに出演させるモデル候補として連れてきたのだ。少しでもよくみせないと、ディレクターはダメだしするだろう。内心、かなり不安だ。
「わあ、筒がたくさん並んでる!」
もぞもぞと女児用の下着を頭からかぶり終えたナインがびっくりしたように叫んだ。
気密窓を通して見えるサイド3のスペースコロニー群は、黒のキャンバスに整然とした白い幾何学模様を浮かび上がらせていた。
スペースコロニーは、地球と月からの重力が均衡しているラグランジュ・ポイントと呼ばれる宙域に位置していて、数十基のコロニーが集まってひとつのサイドを形成しているのだ。
「ナイン、あなたスペースコロニーくらい見たことあるでしょう? 珍しくもない」
「テレビじゃなくて見たのは初めてなの! あんなに地面が丸いと、歩くの大変じゃないかなあ」
「ものすごく大きいから、ほとんど平らみたいなものよ。気にしなくて大丈夫よ」
「ふーん。あ、でも一周したら同じとこに戻るよね! ナインねえ、思い切り走っていって、いつのまにかお姉ちゃんの背中に立っちゃうからね」
妹は本当に可笑しそうに笑った。……何が面白いのかさっぱりわからない。
「好きにしなさい」
子供の相手は疲れてしまう。幼児番組のゲストに招かれたことがあるが、もううるさいわ、くっついてくるわで、気の休まる暇がなかったことを思い出した。
「イレブンが来てくれたら良かったのに」
そのとき、突然機内に警戒警報が鳴り響いた。障害物が機体に急速に接近していることを、レーザーセンサーが検知したのだ。
「えっ、こんな宙域にデブリが!?」
危険をニュータイプ能力で感じとることができなかった。自分のニュータイプ能力に自信はなく、まだ能力が未熟だということを痛感する。
だが反省するのは危機を脱してからだ。
「ブッホジャンクは仕事してないじゃないの!」
デブリはどうやらプロペラントタンクのようで、モビルスーツが航続距離を伸ばすために機体に取り付けられるそれは、燃料を使い果たしたら切り離すのが普通だ。しかし戦闘中でもない限り、こんな航路の近くで切り離す愚か者はいない。
デブリを回避するために慌ててコクピットに駆け込むが、機体が揺れたせいでバランスを崩して転んでしまった。小さな破片が衝突したのだ。
まずい、このままではデブリと正面衝突する!
「ナイン! ベッドで布団にくるまって! 耐衝撃姿勢!」
「きゃーっ!」
妹は悲鳴をあげてベッドに潜り込んだ。
床にしたたか膝を打ちつけたが、なんとか立ち上がり、操縦桿を必死に掴んだ。
間に合わない!
時間がスローモーションのように遅くなり、これまでの人生が脳裏に再生された。話に聞いていたが本当に起こるとは。
コールドスリープ室で裸で目覚め、同じ顔をした姉妹と不思議そうに顔を見合わせたこと。ヘッドセットをつけた強化学習を何時間もさせられたこと。モビルスーツの操縦訓練を必死にこなしたこと。そして、突然アイドルとして活動するように命令されてびっくりしたこと。人生というには、あまりに枚数が少なく、そしてやはり親の記憶がなかったのは残念だった。
振り向いてナインを見ると、布団をかぶって震えている。最後に怒ってしまったことを後悔した。
コンマ五秒が過ぎ、デブリがコクピットを直撃して二人が宇宙に投げ出されるイメージが脳裏に浮かんだ。だが最後まで諦めることはしない。操縦桿を思い切り左に回し、スロットルを逆噴射の位置に叩き込んだー。
外から見れば、大胆かつ繊細な、驚くべき機動をこなしたように見えただろう。トリンキュローは瞬時に減速し、機体を半回転させてデブリを紙一重の距離感で避けたのである。まさしく神技で、衝突を回避出来たのは奇跡にも等しかった。
パイロットなら、興奮と共に、危機を乗り越えた達成感と誇りを感じるはずだ。そう、自分自身の技量で操縦していたのなら。
「オ、オートパイロット機能が働いたの!?」
必死に操縦桿にしがみ付いていた。この機動は、自分はしていない。一切の入力がキャンセルされて、機体がまるで意思を持ったように動いたのだ。
しばらく呆然としていたが、ともかく危機は脱したと理解して、サイド3への最終アプローチ手順を開始した。
「ナイン、あなた大丈夫!?」
アクロバットのような機動だったので、機体には相当なGがかかった。内装品もバラバラに散乱している。ナインは被っていた毛布を少し持ち上げると、外をちらりと覗き見た。
「もうデブリない?」
「ええ、ないわよ。オールクリアー。危機は回避できたわ」
「よかった。ナインも怪我してないよ」
「了解。じゃ、椅子に座ってベルトを締めなさい」
ナインにそう指示しながら、チェックシートを使って機体のチェックを行った。警報メッセージは表示されていないので、どうやら機体に問題はないようだ。その幸運にほっと安堵する。
『こちらムンゾ・コントロールタワー』
通信スイッチを入れると、サイド3の管制官の声が聞こえてきた。
「トリンキュローよ。ひさしぶりね」
『おっ、あんたか』
このサイド3管制官とは、お互いハンドルネームしか知らない、メールで情報交換するだけの知り合いなのだ。
『グラナダは楽しめたか?』
「ええ、よかったわよ。ホテル・ニューアルハンブラの食事も美味しかったし、良い買い物ができたわ。流行はグラナダから、と言われるのも納得ね」
本当はグラナダに行ってなどなかったが、これまで何回も訪れたことがあるのでエピソードを創作するのは簡単だった。
『それは結構だな。こんど良い店教えてくれよ。彼女と一緒に行ってみたいんだ』
「彼女なんかいないのは知ってるわよ。ま、店は後でおしえてあげる」
『頼むよ。しかし、君はあのデカイ船と縁があるな』
「どういうこと?」
『また、あのアクシズのデカい奴が入港してるんだ』
「グワンバンが? だから他の船が待機してたのね」
『相変わらず偉そうな奴さ。あんたがすれ違ったときはすぐに帰っちまったが、今度は大々的に宣伝されてる。まるでアイドルがやってくるみたいな騒ぎだね。今日はセレモニーがあるんだ』
グワンバンがアクシズを出港するとは聞いていなかったが、ジオン共和国の国民に大々的に宣伝されているならば、そこには政治的な意図があるはずだ。まず両国の併合に関することであり、だとすればジオン共和国の広告塔たるファンネリア・ファンネルにも出番があるだろう。コロニーに着いたらすぐに事務所に連絡しなくてはならないが、ここで少し情報収集をしておこうと思った。
「開会式では、どんなイベントがあるのかしら?」
『ああ、ズムシティの旧公王庁前で市長のスピーチがある。そのあとはパレードやモビルスーツのアクロバット飛行とかだな』
「なるほど」
『そして、これがイベントのハイライトなんだが、ファンネリア・ファンネルの特別コンサートが開催されるんだ』
「えっ!? うそっ」
『本当さ。嬉しいよな。チケットは、すぐに売り切れたよ』
「い、いつ開催なの?」
『今日の14時からだ』
その言葉を聞いて、全身の血液が失われた感覚をおぼえた。
やってしまった……。
危機に次ぐ危機で気を失いそうだった。航行中はミノフスキー粒子のせいで通信が出来なかったから、全く情報を受信できなかった。慌ててコミュニケーターを確認すると、通信の回復に従って、今まさに大量の通知メールを受信しつつあった。間違いなくマネージャーのティモからだ。
『行きたかったのか?』
「……」
『電子チケットが二枚あるから送信しようか? よかったら一緒に……』
「いえ、大丈夫。残念だけど、またの機会にね。楽しんできなさい。じゃあね」
動揺を悟られぬように通信を切った。なんてことだ。自分抜きで話が進んでいる。もちろんサイド3への帰還が二日遅れたのが悪いのだが、事務所はあまりに楽観すぎはしないか。
だが、この程度の危機など何度も乗り越えてきた。必要なのは成功するぞという決然たる意志と自信、集中力だ。さらに自分のニュータイプ能力、すぐれた直感力と洞察力を発揮すれば恐れることはない。
いずれにせよ、これからの数時間はとんでもなく忙しくなるし、ほとんどぶっつけ本番になるだろう。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
すっかり安心してベッドからはい出してきたナインが能天気に言った。
「仕事よ、仕事。今日いきなりコンサートで歌うことになったのよ」
「よかったね! お姉ちゃんの歌は好きだよ」
「ありがと」
***
「いて!」
パーンと頬を打つ音が、ひときわ高くスペースポートに響いた。空港まで迎えに来たマネージャーのティモを引っ叩いたのだ。幸いVIP専用ポートなので人は少なく、それらの人々も、ただちらりと呆れたように眺めるだけだった。金持ちや身分の高い人間はプライベートの時間を大切にするから、面倒ごとに構うことはないのだ。とは言っても、男を叩いた女が人気アイドルだと気付いて、興味深そうに眺める者もいた。
「ひどいよ! 何をしたっていうんだよ! コンサートのことは謝ったじゃないか! スポンサーからの急な依頼で断れなかったんだ」
マネージャーのティモが頬をさすりながら喚いた。妹のナインはびっくりして固まっている。
「コンサートのことは私が悪いからいいの。私の裸をみたのを忘れたっていうのが許せないのよ! また叩くわよ!」
「あ、モ、モニター越しだったじゃないか! そんなに見えてないって!」
「そんなにって?」
「いや……。全部は」
「いやらしい! わざとみたんでしょ」
「違うって」
「何回目なのよ、いつもいつも!」
「僕の方こそ怒りたいよ。連絡とれなくて、どれだけ心配したか」
「コンサートが中止になって怒られるからでしょ? 知らないわよ、あの忌々しい粒子に言いなさい」
「君が事故にあったんじゃないかって心配したんだよ」
「あ、そ、そうなの……」
ティモのストレートな言葉が少し恥ずかしく、そのせいで怒りが収まった。
フン、許してやるか。今回はお互い様というところか。
気が付くと、妹のナインがティモのそばに立っていた。その目は垂れ下がり、ニヤニヤとしている。
「お兄ちゃんって、えっちなんだね……。お姉ちゃんのハダカ、好きなの?」
ナインは意地悪そうな目付きでティモを見あげている。
「こ、この娘は?」
「妹のマリーよ。CMに出てもらうために、グラナダの叔母さんの家から連れてきたの」
「えっ、君の妹さんを!?」
「えへへ……」
ティモが上から下までじろじろと眺めたので、ナインははにかんだ。
マリーという芸名は、自分がいくつか考えた候補から妹自身が選んだ名前だ。その方が間違えなくて良いと思ったのである。
「いけない? 妹役には妹がぴったりだと、あなたも思うでしょ」
「いや、君に似てすごく可愛いけど、演技はできるの?」
「わざとらしい演技はいらないでしょう? 自然でいいんじゃない。セリフもないんだから」
「そうだけど……」
「ねえねえ。マリーのハダカもお兄ちゃんに見せないといけないの?」
「そ、そんなわけないだろ!」
「あなた、妹の着替えを覗いたりしたら軽蔑するわよ」
「二人の着替えなんか覗かないよ! 俺は年上が好みなんだ!」
「は……?」
「前から言ってるだろ」
「誰がお子様だっていうの! 妹とはスタイルが全然違うでしょ!」
この男の、人を子供扱いする態度にはいつも腹が立つ。だから思い切りスネを蹴ってやった。
痛覚が集まる急所を蹴られて、ティモは叫び声をあげてもんどり打った。
「いきましょ、ナイン。私のエレカで会場に行くわよ。時間がないの」
「う、うん。お兄ちゃん大丈夫?」
痛みに悶絶しているティモは、苦しみの中で声を絞り出した。
「か、会場でスタッフと打ち合わせしてくれ……。番組のプロデューサーも待ってるから……うぐぐ」
「わかったわ。心配しないで寝てなさい」
ロビーの床で倒れているティモは置いてしまって、ナインを連れてエレカを停めている駐車場に向かった。駐車場の個人スペースに近づいて手元のコントローラーを操作すると、立体式の駐車場が作動して、愛車のエレスポーツカー『ケーニグザク』が降りてきた。さらにコントローラーのボタンを押して、紫色をした滑らかな車体の跳ね上げ式ドアを開いた。
「格好いい! お姉ちゃん、凄いエレカ乗ってるね」
「ふふ、素敵でしょ? 街でいいなと思って買ったのよ。あなたもモデルでお金を稼いだら好きなもの買えるわよ」
「ほんとに? じゃあね、ナインはお洋服と人形と、あと髪飾りが買いたい」
「好きにしなさい」
馬の鼻先に人参をぶら下げて、妹のモチベーションを高めてやった。ナインは目を輝かせている。彼女は素人だが、やる気と状況が女優を作ることだってあるのだ。
まあ、それは後で考えればいい。とにかく今は自分のコンサートに集中しなければ。
愛車に乗り込むと、自分と妹のシートベルトを確認してから、ホイールスピン音を響かせて勢いよくエレカを発進させた。目的地はコンサート会場である旧ズムシティ公王庁舎、共和国議事堂だ。
少し胸騒ぎがするのは、突然にコンサートで歌うことになったからだけではないと、プルエイトはなんとなく感じていた。
夏コミ新刊の委託をはじめさせて頂いてます。よろしくお願い致します……!
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