プルフォウ・ストーリー2 月に降り立つ少女たち 作:ガチャM
舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。
文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ
※Pixivにも投稿しています。
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アクシズの旗艦グワンバンのサイド3訪問を祝うセレモニーは滞りなく進んでいた。
首都上空ではアクロバットを披露するモビルスーツがスモークでジオンの紋章を描き、あの大きくて偉そうなグワンバン級の艦長が、サイド3の市長と一緒につまらないスピーチを続けている。
スピーチの内容はありきたりで、せいぜい六十点というところだろう。アクシズの代表としてやってくるには、あの艦長には少し荷が重いのではないか。サイド3と関係を改善し、国交を結ぶのは戦略的に重要な意義があるからだ。本来ならばネオ・ジオンの宰相であるハマーン閣下が来るべきなのだろうが、地球連邦軍との緊張状態が続いているいま、アクシズを離れられないのだ。
「ま、だからこそ私が派遣されているのでしょうけどね。将来の指導者は大変なこと!」
あのグワンバンにはトリンキュローでの航行中に何度か邪魔されたので、艦長に会ったら文句を言ってやろうと思っていた。まさか自分がパイロット訓練生として慣熟飛行を行うために乗艦していたときのことを、あの艦長は覚えてはいないだろう。それにファンネリア・ファンネルとして抗議してやるので、まずわからないはずだ。
モニターに視線を戻すと、貴賓席に座る財界の著名人や有名俳優、スポーツ選手が拍手をしていた。今夜にはセレブが出席する豪華なパーティーが開かれるのである。当然自分も招かれていて、そこでスピーチもするし、政財界とのコネをつくるために挨拶回りをするつもりだった。
「たとえ相手が俗物でも気にするものですか。政財界とコネを構築するためにも、ね」
モニターで報道番組を見ながら呟いた。地球連邦政府首相という最終目標のためには、上手く世渡りしなくてはならない。
アクシズとサイド3とがひとつになり、勢力が拡大して地球連邦政府の実権を握ることになれば、ジオン共和国で政治家となることが首相への近道となる。先手を打ち、野心家の政治家に接近して政界への橋頭堡を築くというのが、強化人間の頭脳が導き出した戦略だ。
「事態は見えてきたわ。あとは簡単よ」
あるいは、所属事務所のスポンサーである『グループ』に参加するのも良いかもしれない。正体は不明だが、政財界の実力者が集まっているのは間違いない。そして連中は、自分をアイドルに仕立て上げた人間たちでもある。
客観的にみれば、先読み出来る知覚を有し、脳波でいくつもの作業を同時にこなせる強化人間をアイドルにするなどは、才能の無駄遣いに等しい馬鹿げたアイデアに思える。しかし、もともと強化人間とは人の革新を体現したニュータイプ、優れた人類を人工的に産み出す研究の産物なのであり、けっして優れたパイロットとイコールではない。ようするに何をさせても優秀だということだ。
そう、ジオン共和国のアイドル『ファンネリア・ファンネル』は、極秘プロジェクトである『ジオニズムを強化するための、熱狂的新正統派アイドル(FANatic NEw Real Idle to Augment zeonism)』計画、通称『ファンネリア計画』から生まれたのだ。
きっかけは、あるジオン高官の『育成に莫大な金がかかる強化人間を遊ばせておくのはもったいない。戦争がなければジオニズムの宣伝活動に使え』という言葉だった。ニュータイプ能力によって他人の心や気分が読めるならば、大衆を感化、扇動することだって出来るはずだというわけだ。さらに、それなら歌でも歌わせろということになり、強化人間の中から美人で野心があり、声がよく、演技もできる人間が選ばれたのである。
そんなわけで、強化人間プルエイトはアイドルになるための訓練を受けさせられて、ファンネリア・ファンネルという芸名を与えられたのだ。
最初は嫌だった。ネオ・ジオンのエリート兵士として育成されてきた自分が、なぜそのようなくだらない道化を演じなければならないのか。自分は将来政治家となり、地球連邦政府首相となり、地球圏を治めるべき人間なのだ。地球連邦に対する政治的な勝利をおさめるための。だから、それはもう凄い勢いでネオジオン上層部に文句を言いまくったのだが、あるときふと考えが変わった。突然に価値観のパラダイムシフトが起こったのだ。
あれはロック好きの姉ファイブに付き合って、ズムシティの野外コンサートに出かけたときのこと。
会場に入ったとたん、大勢の若者が熱狂していることに圧倒され、次にメッセージ性のある唄と音楽に感銘を受けた。姉のプルファイブは『ドラムマガジンズ』というロックバンドのファンなのだが、会場ではほとんど半裸になってのりまくっていた。
人は、これほどまでに他者に感化されるのか。そして、その集団心理とニュータイプ能力を関連付けてみれば、人類をより良く統治する仕組みを構築できるかもしれないと思いついたのだ。そう、例えば巨大なサイコミュ・システムを衛星軌道上に建造すれば……。
脳に電流が走った。画期的なアイデアが浮かび、コンサートから帰ってくるとすぐに上層部に連絡をとった。そして『ジオンのアイドル、アーティストになってみせますわ』と言ってのけたのだ。
やるからにはトップを目指さなければならない。一念発起して、一カ月間、歌や踊り、演技の猛特訓をみっちりと受けると、アイドルとしての活動を開始した。強化人間の学習能力ならば短期間で専門家なみの知識と能力を獲得できてしまうのである。
操縦桿をマイクに持ち替えて、プルエイト=ファンネリア・ファンネルは、一気に気鋭のアイドルとしての地位を確立していった。
有名になるといいこともあった。それは芸能人や財界のセレブたちと知り合いになれること。自らの野望にも大いに役に立つが、とりあえず姉に自慢するために『ドラムマガジンズ』のメンバーと知り合いになると、彼女に引き合わせてあげた。姉は飛び上がって喜び、一日中大騒ぎしていた。
これこそが人心コントロール術だ。この能力を駆使すれば成り上がることなどたやすい。
地球連邦首相ファンネリア・ファンネルの誕生も近い。
……そんな空想は、衣装の違和感でかき消された。
下着の上にステージ衣装を着ると胸のあたりが少しきつかった。成長期だから服がすぐに小さくなって着れなくなってしまうのには困ってしまう。でも、衣装を変えている時間はないので、ブラジャーを身につけずに衣装を着ることにした。
まさか太ってきているのでは……。それが一番恐れていること。アクシズで暮らしていれば、無重力ブロックが多く、また軍務で身体を動かす機会がたくさんあるからスタイルを気にすることはなかったのだが、常に重力があり、料理もおいしくてつい食べ過ぎてしまうジオン共和国では太る危険性や罠がありすぎるのだ。
だからカロリーを調整して痩せる努力をしつつ、バストの形と張りを保ちながら大きくしようと、毎日揉んだり、アクシズ兵士研究所が開発した詳細不明な薬を塗ったり大変な努力を強いられているのだ。アイドルとして育てる気なら美乳になる遺伝子を組み込んでおけば良いのに。そのくらい考えなかったのだろうか。
「それか、フォウお姉様をアイドルにすれば良かったのよ」
下着を脱いで衣装を着ようとしたそのとき、ドアが急に開いて焦った声が部屋に響いた。
「ファンネリア、急いでくれ! もう始まるよ!」
マネージャーのティモが、大慌てで部屋に転がり込んでくる。
その剣幕にびっくりして反射的に裸のまま振り向いてしまった。
「……」
やってしまった、という感じで固まっているティモと目が合い、その視線が自分の上半身に集中しているのがわかった。
「きゃああっ!」
慌てて胸を隠すが、バランスを崩して床に倒れてしまう。今朝、シャトルでデブリに衝突しかけたときに、床にぶつけて膝を痛めていたせいだ。強化人間とはいっても、すぐに怪我が治るわけではない。
「ファンネリア、大丈夫か!」
「こ、こなくていいわよ!」
「怪我してるじゃないか」
「こないでって!」
ティモは強引に近づいてくると、側に座って膝の具合を確認し始めた。
彼の頬を叩こうと思ったが、妙に真剣な目つきに躊躇ってしまう。
たいしたことがない怪我なのに大げさなこと。自分は強化人間で筋肉や筋が遺伝子的に強化されているから、このくらいの怪我はすぐに回復してしまうのだ。もちろん、彼は知らないのでは責めるわけにはいかない。
「これはテーピングした方がいいよ」
「もう、あなたのせいじゃないの!」
「ゴメン、あやまるよ。動かないで、いまとってくるから!」
ドアは開けっ放しで、こんな格好で待たせるのにまるで気が利かない。その無神経さに怒っていると、ティモが救急箱を持って戻ってきた。
「脚はアイドルにとって大事だからさ。ステージでたくさん動くだろ」
「このくらい平気よ」
「僕も昔酷い目にあったんだ。先輩の言うことは聞くべきだよ」
「そういえば前に言ってたわね。……ステージから落ちたんでしたっけ」
「後ろ向きにね。君に怪我をさせるわけにはいかない」
「マネージャーとしては、責任問題になるでしょうからね」
そう言うと、ティモは少し怒った顔になった。
「そうさ、君と僕は一心同体だから」
「……」
嫌味にも真面目に返事をしてくる彼の顔を眺めていると、意地の悪い会話を少し後悔した。
「わ、私もステージで転ぶのは嫌だから、あなたの好きにしなさい」
しばらく肌色のテーピングが巻かれるのを黙ってみていた。その手つきは慣れたもので、不器用なくせにこういうことは意外に上手いのを思い出した。ティモは数年前までアイドルをやっていて、飛んだり跳ねたりする前にテーピングを自分でしていたのだ。
「はい、これで終わり。動きやすくなっただろ?」
「そうね。言われてみれば楽になったわ。けっこう上手いじゃない」
脚を曲げてみると、わざわざ処置を施しただけのことはあった。
「見直した?」
「ま、まあ褒めてあげてもいいわ」
にっこり笑ったティモと目があってしまって、気まずくて目を逸らした。こんなときに変に意識しても仕方がない。
「このコンサートを成功させればスポンサーからの評価も高まるわね。あなたのお給料も上がるでしょうから、何か買いなさいよ」
「プレゼントしてくれるの?」
「人の話聞いてるの? 自分で買えってことよ」
「あ、君にプレゼントしてもいいかな」
「え?」
「理由はないんだけど」
「ば、馬鹿なひと。さあ、着替えるから部屋から出て行きなさい!」
「ごめん、時間ないんだった」
「早くしなさいよ」
相変わらず間抜けなマネージャーが部屋から出て行くのを呆れながら見送ると、急いで衣装を身につけた。下着をつけないと少し違和感があるが、今日のコンサートは長くないので大丈夫だろう。ソファーから立ち上がって、髪にコサージュをつけて身だしなみを確認する。衣装は問題ないし、髪はスタイリストに時間をかけてセットしてもらったから大丈夫だ。
「よし、やるわよ」
***
「お待たせ」
控室を出て、ステージにつながる廊下に面したミーティングルームに来た。
部屋にはティモやコンサートの関係者がみな集まっている。
「ファンネリア綺麗だよ」
「あ、ありがと。こんなときに、やめて」
ティモのお世辞を無視して、テーブルに用意されていたドリンクを手に取った。ジオン共和国では人気がある栄養ドリンク『レッドコメット』だ。
部屋のモニターには、相変わらずグワンバンが映し出されている。その艦首にはジオンの紋章が大きく描かれていて、アクシズがジオン公国の正統な後継者だと主張していた。
グワンバン級は、旧ジオン公国の支配者ザビ家が座乗したグワジン級の後継艦でもある。つまり、普通の軍艦が入港したのとは比較にならないインパクトがあるということだ。その政治的影響は計りしれず、すわ戦争かと騒がれ、これは軍国主義の再来だとか、地球連邦軍とアクシズとの戦争に巻き込まれるからグワンバンは直ちに退去しろなどと抗議するデモがあちらこちらで発生して、ついには治安部隊も出動したのである。
旧公王庁周辺は、一見華やかだが、目には見えない緊迫した空気が漂っていた。
「ほんっと、
ジオン共和国の上層部は、このシチュエーションで、将来アクシズを招き入れた際の国民の反応をシミュレーションしているのではないか。そんな、混乱することが必至の状況で担ぎ出されたことが不満だった。
ネオ・ジオンと地球連邦軍との戦闘は膠着状態に陥っているが、その戦いの行く末が地球圏の運命を決定するのは明らかなのだ。つまり、ジオン共和国にとっては、どちらの陣営につくかは国の命運を決める賭けなのである。
建国者の名前を共有していても、ジオン共和国は地球連邦の一員だ。過去を決別していまの平和があるのだから、連邦市民の一員として行動すべきだという意見が、やはり大勢を占めていた。一方で、同胞のアクシズがネオ・ジオンを名乗っているならば、リスクをおかしても味方をするべきだとする意見もソーシャル・ネットワーク・サービスで勢力を伸ばしつつあった。
それは『グループ』が巧妙に計画した世論操作の成果だった。
若者を中心とした熱を帯びた集団は、さらなる熱を吸収してネットワークメディア上に拡散していき、ついには仮想空間から現実世界に溢れ出て、人々を行動に駆り立てていった。密閉されたシリンダー内の熱気は、簡単に冷やすことはできないのである。
それでもマスコミには冷静な論評もあって、ジオン公国に逆戻りするような、無責任で過激な意見は、おそらくはジオン共和国の民衆を煽動するために周到に計画されたものだと断定するメディアもあった。
それは、かなりの部分で正しいと思う。何しろ、自分もその『計画』の一部なのだから。
「上層部は、このイベントで一気に情勢を変えようというのだわ。地球連邦政府の動きも気になるけど……。プルツーお姉さまは、今アクシズにいるのかしら」
自分の『本業』である親衛隊の任務も気になった。忙しくてアクシズとレーザー通信をする暇もなかったのだ。
朝にこのライブが行われることをいきなり知って、それから四時間ほどで急いで準備をした。演目の確認とリハーサル、衣装合わせ、メイクと目の回るような忙しさだったが、なんとかここまでくることが出来たのである。
自分の努力を思い返して満足感に浸っていると、ズズンッと腹に響くような轟音が建物を揺らした。
これは核融合複合サイクルエンジンの音。
再びモニターをみると、会場の真上をモビルスーツが高速飛行していた。ジオン共和国の正式採用機であるRMS-106《ハイザック》だ。共和国軍の装備は、ほとんどが地球連邦軍の払い下げなのだが、あの機体だけは乗りたくない。
《ハイザック》は地球連邦軍が旧ジオン公国の《ザク》を原型に開発した機体だが、ジオン純正ではないから、一言でいえば偽物だ。出来も悪く、ジェネレーター出力が低いのでビーム・ライフルとビーム・サーベルを併用できない上にリニアシートも最初期型で、シートが床に密着しているから真下が見えにくい。操縦性が良いくらいしか褒めるところがない、いまや完全に時代遅れのモビルスーツなのである。
「あのモビルスーツ、ザクかな。カッコいいなあ」
ティモが《ハイザック》を見て言った。あんな物は偽物だと間違いを正したかったが、ファンネリアがモビルスーツに詳しいのは不自然なので、心に留めてぐっと我慢する。
「あんな軍用ロボットなんか迷惑だわ。こんなにギスギスした雰囲気だとは聞いてなかった。興奮した人たちがステージに上がってくるんじゃない?」
「まさか、そこまで民度は低くないよ」
「群衆心理は怖いものよ。ちょっとしたきっかけで爆発する。大衆の不満のはけ口になるのは勘弁願いたいわね」
「警察もいるし大丈夫じゃないかな。君の歌で、みんな心が静まるよ」
「フン、呑気なこと言ってくれて……。ライブじゃ、ファンはみな興奮するのが当たり前でしょ。それがアーティストの力にもなるのは確かだけど、自分が目立とうとして騒ぐ人もいるのよ。それは困るわね」
「君は、見かけの割に感受性が高いからね。雰囲気に呑まれないでよ」
「言ってくれるわね! アーティストは繊細なのよ」
ティモは知る由もないが、自分に繊細さがあるとすれば、ニュータイプ能力を有しているからだろう。強化人間は、ニュータイプ能力で人の心をある程度は探れるのだ。
もちろん普段はその能力を閉じている。
熱狂的ファンの自分に対する妄想を見るのはおぞましいし、俗な人々の思考を共有すれば、孤高の天才アーティストの才能が溺れてしまうからだ。
いちどライブ会場で試しに能力を少し解放してみたのだが、途端に生の感情の波が襲いかかってきたので、すぐに精神のトビラを閉めたことがあった。
これでは人に品性を求めるなど絶望的だ。やはり大衆は優れたカリスマに導かれなければならない。それがファンネリア・ファンネルの仕事。
そう、自分には時代が求める人物になるという使命があるのだ。アーティスト、アイドルとして活動しているのもそのためで、いずれは世界を動かす政治家になるというのが目標なのである。
「さあ、そろそろ時間だよ。頑張って! 脚、無理しないでね」
「わかったわ。あなたのテーピング、悪くないわよ」
だが、ティモに親指を立てて意気揚々とミーティングルームを出ると、崇高な気分を台無しにする人間が現れたのだ。