プルフォウ・ストーリー2 月に降り立つ少女たち   作:ガチャM

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「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ

※Pixivにも投稿しています。


第26回「ステージの裏で」

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 ミーティングルームを出たとたん、いきなりマイクを突き付けられた。

 無礼な! アーティストの繊細さを理解しないのか。

 と、睨んだ相手が、ライバル事務所のクリスティだと気が付いて一気に気持ちが萎えてしまった。ついこのあいだアクシズで会ったばかりだが、この女の行動原理は自分に対する嫌がらせなのだから不思議ではない。

 

「また、あなた!」

「ひさしぶりーっ」

 

 クリスティは抑えた配色のブラウスとジャケット、スカートという服装で、マイクを手にしている。後ろには報道用カメラを肩に担いだカメラマンがいるので、彼女がリポーターとして仕事をしているのだと分かった。見たところ典型的な能天気リポーターという感じで、大声で笑ってやりたくなった。いよいよアイドルとしての仕事がなくなったというところか。いい気味だこと!

 

 壁に設置された大型モニターには、数分前に彼女が公王庁前でリポートする姿が映っていた。光速のレーザー通信を利用することで、リアルタイムでサイド6に映像を送ることができても、いったん内容がチェックされてから放送されているのだ。つまり、いきなり地球連邦政府に対する批判が地球圏中に放送されたら困るからである。

 

『こんにちはーっ! 今日はサイド3、ジオン共和国のズムシティに来ています。ご覧くださいこの光景を! 平和記念セレモニーで開催されるコンサートを見ようと、ここ旧公王庁前には大勢の国民が集まっていますっ』

 

【挿絵表示】

 

 大勢の観客が集まる映像に誇らしくなった。ジオン共和国の人気アイドル『ファンネリア・ファンネル』のコンサートは、他のサイドや月のテレビ局も大いに注目していて、わざわざレポーターを派遣して中継しているのだ。

 ……というのは、自分が思い描く理想の姿。そうではないことは分かっている。別に自分が注目されてるわけではなく、ジオン公国時代を知る大人たちが、熱狂した群衆がザビ家を讃えた光景を思い出して奇異の目で見ているのだ。しかも、いまはネオ・ジオンと地球連邦政府との関係が悪化しているから、『ジオン』という名前に世界が過剰に反応していることもあるだろう。

 

『私もこんな華やかなステージで歌ってみたいですっ。では、ここでコンサートの主役であり、わたしの友達でもあるファンネリア・ファンネルさんにインタビューしてみましょー!』

 

 会場でのレポートを終えて、クリスは控え室がある旧公王庁の建物に入っていった。そして、いま目の前にいるというわけだ。

 でも、この性悪女にリポーターの才能はないとしても、地球連邦政府の犬としてアイドルを演じている人間がジオンのイベントをリポートすることには、何かしら意味があるはずだ。つまり連邦政府は事情を把握していて、アクシズに接近するサイド3を決して見捨てたわけではないと、内外に宣言する目的があるのではないだろうか。

 

「ハーイ、調子はどお?」

 

 耳障りなカン高い声が、コンサートに向けて集中させている意識を乱してくる。でも、ここでイライラすれば彼女の思う壺なので、仕方なく笑みを返して、カメラに手を振り明るく応えた。

 

「クリス! 会えて嬉しいわ。調子は最高よ。だって、こんなにたくさんの人たちが来てくれているんですもの」

「そうよね。ほんとにすごい人で驚いちゃったな。公式発表では約五万人が集まっているんですって。あなた、少し緊張してるんじゃないのー?」

 

 クリスティはニヤリと笑うと、いきなり胸を思い切りつついてきた。

 

「あぁんっ!」

 

 クリスに胸に触れられたとたん、ビクンッと身体が痙攣し、生放送なのにカメラの前で悲鳴をあげてしまった。

 この女に触れられると、まるで電気が走ったような感覚が生じる。それは以前からの謎で、彼女には強い帯電体質があるとしか思えなかった。

 

「ほら、ほらっ」

「やんっ」

 

 この女はカメラの前で恥をかかせるためにわざとやっている。

 映像は会場にも流れているから、ファンが歓声をあげるのが遠くから聞こえてきた。

 

「はあっ、はあっ……。いいかげんにして!」

 

【挿絵表示】

 

「ゴメンね、ペロッ。じゃあ頑張って! 応援してるからねファンネリア」

「あ、ありがとうクリス」

 

 心の底から信頼し合う親友の振りをして大袈裟にハグをする。内心は敵意しかないので、抱き合うなどぞっとするが、さすがはプロ同士、仕事だと割り切っている。

 くっ、さすがにアピールするだけあって胸は大きい。

 内心悔しさを感じながらクリスの体に手を廻した。

 

「あっ!?」

 

 身体を重ねた瞬間、脳に電流が走り、ぞくっと悪寒が走ったので飛び上がりそうになった。感応波が干渉するような衝撃を感じて、反射的にクリスの体を押しのけてしまう。幸い他の人間からは、この動きはテンションがあがって飛び跳ねたように見えたはずだ。

 姉や妹たちに感じるのとは違う感覚。

 びっくりしてクリスを見るが、彼女は能天気にニコニコしながら笑みを浮かべているだけだ。

 この女から感じたものではないのか? だとすれば、もしかすると自ら発した感応波が反射して増幅されてしまったのかもしれない。つまり、波のエコーを捉えてしまったということ。そうした事例があることはフォウお姉さまから聞いていて、感応波のフィールドバックループはノイズとなって頭痛の原因ともなることも知っていた。髪飾りに組み込まれた小型サイコミュのせいだと予想して、アクシズに戻ったらフォウお姉様に調べてもらわなければならないと思った。

 

「では、私は一足先にコンサート会場に向かいます~」

 

 クリスティはレポートを終えると、カメラマンがビデオカメラのレンズを覗くのをやめるのを確認してから、にこやかな表情を崩した。

 明るい笑い顔が、意地の悪い顔に変化する。

 

「クックック、良い声で鳴くじゃない」

「なにすんのよ!」

「演出よ、演出。アイドル同士にはスキンシップが必要でしょう?」

「あなた、まったく御苦労なことね。アクシズやサイド3を行ったり来たり。いっそのことジオン共和国の国民になればいいじゃない?」

「あら、それは事務所を移籍しろっていう勧誘なのかしら? あなたと同僚になるのも面白いかもね……。でも、こんな三流国家の国民になるくらいなら、まだ木星圏に旅立つほうがましよね」

「なんですって!?」

「古いコロニーだから、これだけ人が集まったら、ぽっかり穴でも空くんじゃないの?」

「そんなわけ、あるか!」

 

 クリスティは宇宙開拓時代の最も初期に建造された密閉型コロニーを馬鹿にすると、外のコンサート会場へと歩き始めた。

 すれ違うときに何か投げつけられないかと、反射的に身を引いて警戒する。

 

「フン、気をつけなさい。暴動が起きるから、巻き込まれないようにね」

「えっ?」

 

 お互いにしか聞こえないくらいの小さな声で、すれ違いざまにクリスティがささやいた。

 

「どういうこと?」

 

 穏やかではない言葉にその真意を訊ねるが、彼女は応えなかった。

 

「いったい何だというのよ。嫌味?」

「フッ、そうよ。ここは希望のないゴミ溜めみたいなコロニーだから、ね」

「この、いわせておけば!」

「ファンネリア、抑えて!」

 

 たび重なる挑発に掴みかかろうとしたところを、慌てて駆け寄ってきたティモに羽交い締めにされた。

 クリスはお尻を振りながら、気取った歩き方で階段を上がっていく。

 嫌な女! イラつかせてコンサートを失敗に追い込もうというのか。露骨な挑発に乗らず、冷静にならなければ。

 すーっ、はーっ。

 落ち着くために特殊な深呼吸をする。マインドセットを瞬時に切り替えるためのセルフコントロール法だ。

 すぐに効果が発揮されて、気持ちが落ち着いてくる……のは良かったが、気がつくと胸に違和感を感じた。

 

「……ティモ、あなたどこ触ってるのよ」

「え、えっ?」

 

 振り向くと、ティモの焦った顔が視界いっぱいに広がっていた。そして真後ろから廻された彼の手が。

 下着を着ていないから、彼の手のひらが動くのを直に感じる。この男……揉んでいる?

 

「ドサクサに紛れて最低っね」

「ち、違うよ!」

「この状況で否定するわけ? 言い訳を聞かせてもらおうじゃない」

「たまたま、位置してしまっただけで……」

 

 ティモはしょうもない言い訳をしながら、手を離そうとしなかった。前には誰もいないし、後ろからだと殺気立った人間を抑えてるようにしか見えない。間違いなくセクハラでコンプライアンス事案だ。

 

「フン、私を抱きたいなら、もっと落ち着いたときにね?」

「そ、それって」

「真に受ける馬鹿がどこにいるの! 早く離しなさい、変態!」

 

 ティモを引き剥がして、廊下に向かって駆け出した。

 彼のエッチな思考がダイレクトに脳に入ってきて、慌ててそれを締め出した。ニュータイプ能力が働いてしまったのだ。そして能力をシャットダウンする直前、曖昧で読み取れなかった、彼の別の感情があったことに気が付いた。

 気にはなったが、コンサートに集中しなければならない。自分にプレッシャーをかけて、いわゆる身体がゾーンに入った状態に追い込もうとした。そうでなければ心のバランスが崩れて危なかった。

 

 ***

 

 ズムシティの目立たないビルの一角、完全なセキュリティが確保された部屋にジオン共和国の七人の重要人物が集まっていた。一見すると企業の経営者の集まりのようにも見えるが、会合の内容は陰謀めいたものだった。

 ジオン共和国を真に独立した国家へと導くという目的が地球連邦政府の耳に入れば、たちどころに共謀罪で逮捕されてしまうだろう。だから慎重に情報がコントロールされていて、会合には限られた人間、ある秘密結社のメンバーだけが参加を許されていた。

 秘密結社は『真なるジオニズムの夜明け』と自称した。もともとはジオン・ズム・ダイクンの教義を正確に解釈することを目的とした私的な集まりだったのだが、八年前の第一次ジオン独立戦争終戦後、その活動内容を大きく変えたのだ。

 すなわち、地球連邦政府と講和条約を結んだ結果として、巨大な官僚機構に飲み込まれて骨抜きにされてしまったジオン共和国の精神を再び鍛えなおし、ジオニズムを純粋な思想として地球圏に広めることを目標としたのである。いいかえればジオン公国の復興だ。そのうえで、均質な人間を量産する枠組みを否定し、人間という種を新たなる段階に引き上げる理想社会を作り上げることまでを考えていた。

 いうなれば、ここは人類の行く末を計る者たちが集う賢者の間。そして、その賢者たちに、計画の進行具合を説明するのが自分の役目だった。

 ホログラフィック・プロジェクターで白い壁にプレゼン資料を投影しながら、細かに計画の進捗具合を説明するのは骨が折れたが、ミスは許されなかった。

 

「今期はロビイスト、政治献金に割く予算を大幅に増額しております。内容としては、連邦議会の議員や政府の官僚に対してジオン共和国の自治権維持を働きかける草の根運動を展開しています。いわゆるアストロターフィングではありますが」

 

 アストロターフィングとは、ある団体が市民運動に見せかけて主義主張を行うこと。ありていに言えば自作自演である。

 

「ジオニストは地球圏中にいる、ということだな」

「はい。地球連邦政府は、ジオンを支持する人々が多いことに改めて驚くことでしょう」

「だが、必ずしも数は重要ではない。その証明が地球連邦だ。地球連邦政府とは、結局のところは大量のスペースコロニーを管理・運用し、絶対民主主義を運営するためのデータ処理システムにすぎん。コンピューター・システムが発達し、物事が全てデータに変換される時代にあっても、ジオニズムを正確に解釈することはできんのだからな。無知蒙昧な地球連邦政府は、ジオニズムこそが人類を進化させるコアセルベートだということをわかっておらんのだ!」

 

 一人の老議員が、よくわからない例えで偉そうに言った。

 

「まさしく、仰る通りです」

 

 ここまではスムーズにいっていた。ジオン復興計画の進行状況は順調だと、幹部たちを説得しなければならない。

 自分がこの秘密結社に参画したのは一か月前だが、メンバー間の調整や連絡係となり、さらにはスキルを活かした経理業務や動向調査、レポート作成を精力的にこなしたことで、すでに重要メンバーのひとりとなっていた。もちろんアクシズの内情に詳しいことも役にたっていて、アクシズをどのように扱えばよいかについて助言も行っている。

 こうして幹部へ作戦の進行具合を説明することも仕事のひとつだが、金、情報、人脈を把握することは、組織の実権を握るためには必要なので、いずれ組織のトップに立つための準備だと考えていた。

 

「それでは、次の項目に移らせて頂きます」

 

 いよいよ面倒な『ファンネリア計画』の説明をする段だった。

『ファンネリア計画』とはアイドルを利用して若者を啓蒙し、ジオニズムを広めるという戦略である。ブームというものは若い世代から生まれるし、将来の国家の基盤を作るのは次の世代だという考えから考えだされたものらしいが、それなりの予算が費やされているので、幹部への説明義務があるのだ。

 

 折しもズムシティでは、そのアイドルが唄を歌うところだった。

 

「この馬鹿げたコンサートに、どんな戦略的な意味があるのかね? 資金と時間の無駄でないことを証明してもらわんとな」

 

 椅子にふんぞり返って報告を聞いていた企業経営者が呆れたように言った。

 

「ジオンの聖地たるズムシティで、ジオニズムを侮辱することは許されません。そんなイベントならば、ただちに中止なさい!」

 

 続けて中年の女性作家が不愉快そうに喚きたてた。

 彼女は過激な言動で有名な作家で、宇宙世紀にも存在する差別問題をテーマにしたノンフィクションで有名になった。しかし一向に変わらぬ世の中に絶望し、やがてジオニズムに傾倒するようになったのだ。

 

「あのような乳臭い子供に熱狂するなど嘆かわしい……。ジオン国民も落ちたものだ。あの公王庁にはデギン公王やギレン閣下がいらっしゃったのだぞ! 目を閉じれば閣下の御演説を昨日のように思い出す」

 

 女性作家の言を継ぎ、老議員が大げさな演技めいた身振りでザビ家への忠誠を表現した。

 

「こんなプロジェクトに資金を出しているのか?」

 

 企業家がジロリと睨みつけてくる。しかし、動じずに余裕の表情を崩さなかった。

 

「はい。ジオン共和国にアクシズへの好意を醸成するための施策です。『ジオニズム強化のための熱狂的新正統派アイドル』計画、通称『ファンネリア計画』と呼ばれております。いわゆるメディア戦略ですな」

「くだらん。そもそも、このアイドルとやらは、ジオンの崇高な精神を理解してるのかね? まあ、おおかた言われたことをこなすだけの人形なのだろうがね。外見は人形みたいに綺麗でも、その中身は空っぽだろう」

「これは手厳しい。子供とはいえ、適切な人選を行なっております。この計画は、長年温められてきたものなのです」

 

 実際、自分も詳細は知らなかったが、文書に書いてあったとおりに説明した。個人的には、確かにくだらないとは思うが。

 秘密結社のメンバーたちは、机に資料として用意された人為的に作られたアイドルの写真集をパラパラと眺めた。

 

「子供の水着や下着姿とはな……。これでは成熟した理想社会には程遠い」

「このような児童ポルノ紛いのグラビアなど恥を知りなさい! ジオニズムが勘違いされます。おふざけでない!」

 

 女性作家が激昂してパッドを放り投げると、少女の下着姿が床に広がった。

 

【挿絵表示】

 

「どうか落ち着いてください。若者の熱狂を引き出すには、愚かな戦略も必要なのです。メディア戦略の第一人者に任せております。彼の弁によれば、なによりストーリーと共感が必要だと。この少女アイドルの稚拙なポエムと未成熟なグラビアは、若者にはそれゆえに魅力的に写るのです。たしかに裸に近い格好は扇情的に見えますが、一時的な熱狂を産むための操り人形と捉えれば目くじらをたてる必要もありますまい」

「言い訳はよい。成果で示してもらおう」

「その成果が、この光景なのです。これだけの群衆が集まっているのは、まさに計画が順調に進んでいることを示しております」

 

 ファンネリア計画の成果を証明するために、テレビの中継を大袈裟に指し示した。

 

「この群衆を、すべて真のジオニズム信奉者に変えようというのか?」

「彼らはすでにジオニズム信奉者なのです。つまるところロジックなどはどうでもよく、エモーションが重要なのです」

「ジオン・ダイクンの思想を理解しなくても良いというのかね君は? 言葉に気をつけたまえ!」

「入り口を狭めてしまうのは得策ではありません。それにニュータイプは、言葉ではなく心で感じて相互理解をするのだと聞いておりますが」

「ニュータイプなど方便だということくらい君も知っているだろう。ニュータイプだ強化人間だと言ったところで、結局は脳波兵器を操るのが上手いパイロットにすぎんのだからな」

「ですが、ジオン・ダイクンの提唱した新人類のモデルケースとしては最適です。手品も演出によっては超能力に見えます」

「……いいでしょう。そこまで言うのなら続けなさい。成果を出せるなら、今回は目をつぶりましょう」

「ありがとうございます。必ずや若者の間にジオニズムが広まると確信しております」

 

 幹部を説得できたことに安堵する。これなら予算の提供が止められることはないだろう。

 

 一息ついて椅子に座りなおすと、パッドが床に落ちたままだということに気が付いた。パッドを拾い上げ、自分も参考としてアイドルの写真集をパラパラと眺めてみた。

 ファンネリアと呼ばれる少女が、子供っぽい衣装や水着を着てポーズをとっている。露骨な未成熟さはとても見れたものではないが、確かに綺麗な少女で、大人になれば美人にはなりそうではあった。

 フン、子供か……。忌まわしいことだ。馬鹿どものせいで、アクシズは子供の遊び場になってしまったのだ。

 つい先日まで住んでいた小惑星のことに思いをはせた。とある理由でサイド3に逃れてきたが、けっして好きで離れたわけではない。いまのアクシズは、ちゃちな能力を有した怪しげな子供が重用され、大人は陽の当たらない閑職にまわされている。長年ジオンに仕えてきた身として、これには我慢がならなかった。

 

 アクシズはジオンが再起を図る希望の地だったはずだ。そう考えた多くの将兵が、八年前の第一次ジオン独立戦争終戦時にアクシズへと逃れたのだ。アステロイドベルトに位置する小惑星は、食料も電気も足りない不便な住処だったが、全員が連邦政府に服従などするものかという不屈の闘志で耐えていた。それも軍人だけではなく、驚くことに、サイド3に住んでいた一部の民間人までがアクシズに移住してきたのだ。だから、そのような志が高く、能力も高い人間たちが集まればジオンの再興はけっして遠くなかったはずだった。

 それが、いつの間にかアクシズはひとりの女によって歪められ、歪な組織へと変貌してしまったのだ。統率者のマハラジャ・カーンが亡くなり、その娘が実権を継いでから全てがおかしくなったのだ。たとえるなら、中から腐り始めた野菜や果物だ。

 

 そのとき、テレビから子供の歌声が流れてきた。コンサートが始まったのだ。たいして上手いとも思えない稚拙な唄を、ファンネリア計画で生み出されたアイドルが踊りながら歌っている。

 部屋の幹部たちが、受け入れられないとでもいうように、呆れたような顔で眺めていた。今しがた『ファンネリア計画』を正当化したことが恥ずかしく思えた。ジオンのアイドルだかなんだか知らないが、こんなガキにうつつを抜かしやがって。こんな連中だからハマーンなどに騙されるのだ。予知能力があるとかいう、胡散臭いニュータイプだ強化人間だとかいう奴らが大きな顔を……。

 

「こいつは!?」

 

 テレビの映像がきっかけとなり、頭を殴られたように、突然ある事実に気が付いた。

 このガキには見覚えがある!

 

「どうしたのだ」

 

 老議員が煩そうに言った。

 

「い、いえ。何でもありません。お騒がせしました」

 

 落ち着くために水を飲み、改めて記憶にある顔と写真集を比較してみる。

 間違いない、このアイドルはアクシズ親衛隊の強化人間だ。機密資料を読んだことがあるし、何度か見かけたこともある。薄気味悪いことに、似たような顔のガキが何人もいて、クローニングにより産み出されたのだと噂されていた。

 てっきり演出だと思っていたが、まさか、あの戦闘人形が実際にアイドルをやっていたとは。これが新しいジオンのプロパガンダだというのか? あまりの愚かさ、馬鹿馬鹿しさに呆れはて、しまいには笑いがこみ上げてきた。これでは愚か者しか集まらないだろう。それが今のアクシズなのだ。まるで無謀な若者が暴走させている狂ったエレカ。いずれは大事故を起こして自爆するのは必至だ。

 だが、親衛隊をつぶすきっかけには使えるかもしれない。反乱の芽を摘み取り、その功績で再びアクシズに戻り実権を握る足がかりとするのだ。

 自分にはカリスマ性だとかリーダーシップがないことは自覚している。表舞台には出ず、裏方で組織を動かす方が能力を発揮できる。だから資金力で人と兵器を集めることで、栄光あるジオン公国を復活させるのだ。

 

 かのエギーユ・デラーズ大佐が数年間率いていたデラーズフリートには志があった。スペースコロニーを地球に落下させる作戦も、ただ感情的な報復のためではなく、北米の穀倉地帯にダメージを与えて地球の食料自給率を低下させ、宇宙への依存度を高くするという戦略のためだったのだ。

 しかし、そんな彼らも裏切り者のせいで哀れにも崩壊してしまった。しかし、自分に言わせればしょせんそこまでが限界だった。リーダーのカリスマ性をもって組織を率いたのはよいが、結局は金で人材は集まるのであり、資金を稼ぐ能力に欠けていたデラーズフリートは、刺し違えて地球連邦軍に一撃を与えれば良いという安易なヒロイズムに陥ってしまったのだ。自分はそんな過ちは犯さない。地球連邦政府に従うふりをして中枢に潜り込み、十年、二十年をかけて合法的に自治国家を築き上げるのだ。しかるのちにジオン公国を名乗ればいい。

 早急すぎる計画はいつだって綻びを生む。まずは組織での立場を確実なものにしなければ。

 

「さて、これで報告は終わりとさせて頂きますが、何か質問はありますでしょうか?」

「そうだな……。おい、君は聞いているのか?」

 

 バイオテクノロジーを扱う新興企業を経営する青年企業家が、話を聞きもせずにアイドルの水着グラビアに見入っていた。

 そういえばこの男は少女が好きだったと、密かに閲覧したプロフィールを思い出した。このロリコンめ、とは思ったが、努めて表情にはださないようにした。自分は、これからこの組織を掌握するつもりだ。構成員の経歴や嗜好、性格、健康状態、家族構成を知ることは、組織を掌握するための鍵となる。つまり弱みを握れば、人をコントロールするための材料となる。

 

「あなたはいつまでこんな物を見ているの!」

 

 不愉快そうに眺めていた女性作家が突然青年企業家に近づくと、パッドを思い切りはたき落とした。

 

「何をするんだよ。オレの勝手だろうが!」

 

 会議中はおとなしかった青年企業家は態度を豹変させると、女性作家に食ってかかった。

 自分の性癖を指摘されたことへの恥ずかしさと怒りが、その表情に現れているのがわかった。

 

「ああ、気持ちが悪い。あなたみたいな恥知らずが組織の幹部などと!」

「お互いのプライベートについて詮索は無用のはずだ!」

 

 青年企業家は女性作家の肩をぐいっと掴んだ。

 

「私に触れるな! こんな男、願い下げよ!」

 

 女性作家は首を絞めんばかりの勢いで襟首を掴み返すと、投げ技の要領で思い切り床に押し倒した。護身術を習っているのだろう。青年企業家は間抜けな格好で床に転がったが、彼に手を貸す人間は誰もいなかった。

 

「こ、こんな屈辱を受けるならオレは抜けるぞ」

「勝手に辞めればいい。あなたよりふさわしい幹部は大勢いるでしょう。例えば、このステファン氏のような」

 

 まずい状況だ。ジオンを導くための会合が、このような低レベルな感情的なやりとりをする場であってはならない。

 幹部にふさわしいと評されるのは悪いことではないが、ここは場を治めるのが得策だろう。

 

「私は、まだ参加して日が浅い若輩者ですから……。お二人とも、どうか落ち着いて下さい。お互いのプライベートには干渉しないようにお願いします。それが組織の秘密を守る策となるのです」

「ほら、言っただろう! 早くこの手を離せよ」

「覚えてなさいよ、あなた!」

 

 二人の争いを、他のメンバーは関心がなさそうにみている。困った連中だ。それなりの社会的地位を得た奴らだが、社会を作りかえようとするくらいだから、お互いに相容れないのだろう。この秘密結社も、よく活動を継続しているものだ。

 

「ジーク・ジオン!」

 

 一人の政治家が突然叫んだ。周囲の人間がギョッとして彼に注目した。

 

「ギレン閣下は軟弱こそが連邦だと言われた! くだらぬ劣情は捨て、目標に邁進せねばならない!」

「そうよ、そのとおりよ!」

「……」

 

 青年企業家が気まずそうな顔をして起き上がった。

 

「このプロジェクトは軟弱だが、それを利用して扇動するというのは面白い。上手く進めればジオニズムを若い世代に広めることになり、そこから指導すればいいというわけだな?」

「はい、そのとおりです」

「彼が良いサンプルとなるわけだ」

「……くそっ。なぜオレだけが責められるんだ」

「ふん、反省なさい」

「今日の会合はこれまでですな。みなさん、ご苦労さまでした。また次回開催の時期に連絡差し上げます」

 

 会合は嫌な雰囲気のまま、お開きとなった。

 老政治家や女性作家、企業家や銀行家などのメンバーは、速やかに部屋から出て行った。各自は目立たないように、建物の裏口から帰路につくことになる。

 床に転がった青年企業家はようやく立ち上がると、シャツの埃を払いながら体の痛みにうめき声をあげた。

 

「とんだ災難でしたな」

「あのババアはヒステリックなだけの役立たずだ! 人の上に立つ資質はないぞ」

「とにかく、今日のところはお帰りください。彼女には後ほど注意しておきます」

「ああ、頼む」

 

 青年企業家はコップの水を飲み干し、服の乱れを直した。

 自分も資料をまとめて、ノートコンピューターと一緒に鞄につめた。ひとつの資料も残さないようにしなければならない。部屋を念入りにチェックして、すみずみまで『クリーニング』してから部屋を引き払うつもりだった。

 だが、青年企業家がなかなか帰らないことに気がついた。

 

「どうしました? まだ、なにか?」

「ああ、ひとつ頼まれて欲しいんだ」

 

 青年企業家、スナイダーは気まずそうに話し始めた。

 

「私にできることであれば」

「このアイドル、ファンネリアについてもっと知りたいんだよ」

「ああ、わかりました。それなら資料を差し上げます」

「いや、違う。そうじゃない……わかるだろ?」

「はあ……」

「彼女を連れてきてくれ。費用ならだす」

「……」

「頼む」

「……わかりました。ここではまずいので、また連絡します」

「おお、さすがに話が早いな。オレの会社に来て欲しいくらいだよ」

 

 スナイダーは好色そうに笑うと、部屋を出て行った。

 あの男、アイドルを連れてこいとは。もちろん、ただ会ってサインを貰いたいだけではないのだろう。……まさか手篭めにするつもりか?

『英雄色を好む』という故事をいいことに好き勝手をやる奴は多いが、まあ自分の知ったことではない。この状況を利用して組織で成り上がるだけだ。

 

 元アクシズの会計担当士官ステファン・コレスは、改めてモニターに映るアイドルを眺めて考えを巡らせた。

 


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