プルフォウ・ストーリー2 月に降り立つ少女たち 作:ガチャM
舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。
文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ
※Pixivにも投稿しています。
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今日の朝いきなりコンサートがあることを聞いたから、準備に使えた時間はたったの二時間だった。この突然のぶっつけ本番という状況にも、大急ぎで辻褄を合わせてコンサートに望んだのだ。
少しばかり不安だったが、蓋を開けてみればコンサート会場は満員で、大勢の観客で盛り上がっていた。
これで上層部は認めるしかないでしょうね、この若い才能というものを。ふふふ……。
危機的な状況のときこそ、常日頃の練習が役に立つのだ。継続的な鍛錬を怠らない才能がプロなのであり、それによってイレギュラーな状況にも柔軟に対応できる。と言っても、この一週間はパイロットとしての仕事が忙しくて、碌に歌と踊りの練習はできなかったのだけれど。
「こんにちはー。ファンネリア・ファンネルです。みんな元気ですかーっ!? 」
いまは定番のカバー曲『サイレント・ヴォイス』を歌い終えて、改めて会場に向かって挨拶したところだ。にっこりと笑いながら手を振ると大きな声援が上がった。
会場が広々としているのは気持ちが良い。旧公王庁の建物前には大勢の人が集まっていて、ファンもたくさん来てくれている。
もし今ニュータイプ能力を使ったら、自分に対する想いが波となって一気に伝わってきたに違いなかった。普段のコンサートと変わらない空気に安心を感じる。アクシズの軍艦を歓迎するイベントだから、堅い雰囲気が会場を押し包んでいるかと予想していたのだ。コンサートを乗り切るにはリズムと勢いが重要だから、地面が弾まないと困ってしまうところだった。
「今日、この会場にくるとき、空にモビルスーツが飛んでたんです。そしたら私に向かって手を振ってくれたんですよ。さっきのパイロットさん、実はこの会場にいるんじゃないですかーっ?」
冗談を言うと観客から笑い声が上がった。トークはファンとの距離が近くなるし、雰囲気を柔らかくするためにも好きなのだ。
「それじゃ、次は『行こうよアステロイド・ベルトへ』を歌います。みんな、感応波で繋がりましょうね!」
『あなたとアステロイドベルトへ』は、いまジオン共和国のヒットチャート三位にランキングしている、初めて自分で作詞した唄だ。カバー曲ばかりでなく、アイドルとしてはオリジナルの代表曲が必要なので、事務所としても力をいれている。だから、こんな大きなイベントで歌うことには大きな意味があった。
テンポの良い伴奏が流れ始めて、前方の席にいる熱心な観客が、モビルスーツのビームサーベルを模したサイリュームを振り始めた。
熱心なファンは、各々手作りの立体グラフィックディスプレイや、プラズマスティック、そして自分のイメージキャラクターである
これには感動してしまった。胸のあたりがじわっと熱くなる。やっぱりファンは大切にしないとね。
さらに、空中にレーザーで立体映像が投影されて、自分の姿が大きく映し出された。
この立体投影技術はスピンオフされた軍事技術を応用したもので、指導者や司令官が、宇宙空間で自らの映像を投影するための装置なのだ。
派手な演出に観客の歓声がいっそう大きくなる。
そうだ、ジオン共和国上層部の思惑など関係ない、ただライブを成功させる、それだけが自分の使命なのだから。
よし、やるわよ!
自己暗示をかけて、どんどん集中力を高めていった。
表情や仕草、声を変えて、完全にアイドルになりきる。普段の沈着冷静なパイロットのままステージで歌って踊ったら、なんともギクシャクした素人っぽい感じになってしまうので、性格を変化させるのである。
それには強化人間という自分の素性が役立った。強化人間は暗示によって、脳の記憶領域の一部を任意に書き換えることが可能なのだ。つまり短期記憶を司る領域に別の記憶を挿入すれば、あたかも別人のようになれるというわけである。例えるなら、同じハードで異なるソフトウェアを実行するようなもの。
まあ実際は、そこまで大げさなものではなく、例えばフリルが付いた薄紫色のドレスを着る、という行為だけでもアイドルになりきるきっかけになる。
この暗示を過激に発展させたものが、ジオン公国のフラナガン機関から発展したニュータイプ研究所が作り上げた、悪名高き『再調整』と呼ばれる洗脳メソッドだ。それは個人の人格を破壊してしまう危険な行為である。なにしろ完全に別人となってしまうから、元の人格に戻ることができないのだ。
想像すると恐ろしいが、いま自分がやっている自己暗示は再調整とは違うから安心だ。
『あなたは独りで遠くに行ってしまった。赤い火星の先には何があるの? あきらめないで、たとえ暗闇しかなくても私はそこにいくわ。暖かい光は、人の気持ちから生まれるから。飽くなき勇気を持つ人がフロンティアを見つけられるの。天翔ける流れ星のように
心を込めて、情感たっぷりに宇宙開拓者を讃えると、いっそう大きな歓声が会場から上がった。
会場が唄と感応波でひとつになれば、それは戦争によらない、人類の革新たるニュータイプが発現した証明ではないか。ニュータイプ研究所の研究成果も、こうした形でスピンオフされれば、平和につながるのだ。
そう思うと強化人間の自分としても嬉しかった。この活動を続けていけば……。
『え? あれは、なに!?』
会場が大きな盛り上がりを見せたそのとき、視界に入った何かが潜在意識の注意を引いた。自己暗示で脳の隅っこに追いやられていたネオ・ジオン軍人としての思考アルゴリズムが、微かな違和感を感じとったのだ。あるいは強化人間が有する超感覚的な洞察力、ニュータイプ能力がそうさせたのか。
すぐさま脳のリソースの半分が軍用アルゴリズムに割り当てられ、遠くに見えるビル街に素早く視点が移動し、情報収集と分類、分析が無意識に開始された。
アクシズ士官学校ではスパイ
スパイ技術には視力も求められる。強化人間である自分は視力も強化されていて、その数値は10.0を超えていた。この人間離れした能力を他人に話せばびっくり仰天されてしまうので、ファンネリアとして活動しているときは隠しているが、いったん能力を解放すれば、優れた動体視力と相まって、遠く離れた場所のどんな小さな動きでも気がつくことができた。
『なにか重機が?』
ビルの影になっているところに違和感を感じていた。微かに
あ、いけない。一番を歌い終えたからトークしないと!
分析に集中しすぎるとまずいので、脳をマルチタスクさせて異なる二つのことを同時にこなした。もちろん、この能力もニュータイプや強化人間の専売特許で、何十ものファンネルを同時にコントロールできる自分にとっては、話したり歌ったりしながら監視、偵察することなど容易い。
「あのアクシズから来た船、グワンバンってすっごく大きいですね。驚いちゃった。あんな船で宇宙を旅行してみたいなー。誰か連れて行ってくれません?」
『恋人募集中です』に等しい告白にファンが湧いた。ファンのみんなと旅行して交流を深めるという企画を事務所が考えているので、その前振りといった感じだ。まあ、実際はファンと付き合う気はないし、軍艦なんて汚いもので、自分のシャトルの方が何倍も素敵だけれど。
「あんな豪華な船でロンデニオンやテキサスコロニーを回ったら、一生の思い出にな、る、か、も。うふふ」
ウインクしながらポーズを決めると、前列の男性ファンから割れんばかりの歓声が飛んできた。ちょっとやりすぎだったかも。
そのとき、ビル街で新たな動きがあって、違和感の正体が判明した。ビルの影からモビルワーカーが現れたのだ。しかも街の真ん中で暴れ始めている!
いったい何を考えてるの!?
モビルワーカーは周囲を構わず歩いて強引に道路を横断した。停車していたエレカが数台蹴飛ばされ、ひっくり返ってグシャグシャになり、整列していたエレバイクも全部ぺしゃんこになった。
酷い!
機体は土木作業機械特有の蛍光オレンジに塗装されている。頭部にはモノアイ、両腕には大きなマニュピレーターが装備され、下半身は上半身とバランスをとるために、安定性重視の短い脚部が取り付けられている。
細部は異なるが、機種はおそらくMW-01。相当に古いモデルで、まず博物館が似合ってるシロモノだ。
『あっ!』
思わず叫びそうになる。モビルワーカーが、今度はビルを壊し始めたからだ。
通行人が悲鳴をあげて逃げ始め、後方のビル街に近いところにいた観客も異変に気付いて騒ぎ始めた。
こんな人が多いところでモビルワーカーで暴れるなんて、操縦者はとても正気とは思えないが、あるいは古いから壊れて暴走しているのだろうか?
いや、違う。あれは暴走ではなく意図的な動きだ。
物凄い音を立ててビルの壁が崩れて、周囲に粉塵が撒き散らされる。ガリガリと駆動音を周囲に撒き散らしながら、モビルワーカーは、オレンジ色のモンスターさながらに建物を破壊している。最近カイジュウ映画への出演オファーもあったが、このままだと出演前に逃げ惑う役をやることになってしまう!
一般市民にとって、ビルの間から顔を出して唸り声をあげる巨人はカイジュウみたいに恐ろしいに違いない。大型の人型マシーンが当たり前になってはいても、それを間近で見ることはめったにないからだ。戦場ではない日常生活で見慣れているのは、小型のプチモビルスーツやミドルモビルスーツ程度なのである。
モビルワーカーは軍用モビルスーツのなり損ないみたいな形をしてるが、土木工事やビル解体作業を軽々とこなすパワーはあなどれない。基本的にはモビルスーツと同型の核融合炉を搭載していて、ジャンク回収業者が独自に製造したモデルの中には、パワーだけならモビルスーツに匹敵する機体もあるくらいなのだ。
これは、いったんコンサートを中止する必要があるかもしれない。会場の人々が恐怖でパニックに陥ったら、非常に危険な状況になってしまうだろう。
アイドルだって悲鳴をあげてもおかしくないが、この状況で自分が冷静でいられるのは軍人としての訓練の賜物だ。あまり冷静すぎると、年頃の女の子として違和感があるかもしれないけれど。
会場のみんなに避難するように呼びかけるか? その前に運営に連絡しないと……。
思考を巡らせながら改めて会場を見回すと、意外なことにコンサート会場にいる大半の観客も落ち着いていた。まさか、みんなが軍人というわけではない。
そう、これは正常性バイアスというものだ。自分が冷静に歌い続けていることも理由のひとつだと思うが、みんな深刻な事態とは捉えていないのだ。大したことはないはずだという、楽観的な思考が人々の行動を抑制しているのである。
どうしようか迷ってしまう。下手に逃げろと叫べば、それこそパニックのきっかけを作ることになる。
だが、モビルワーカーは、今度はコンテナから何かのパイプと看板を取り出しながら、外部スピーカーから大音響で演説を流し始めた。
とんでもない大音量に思わず耳を塞いだ。聴こえすぎる聴力だから、鼓膜が破壊されてしまう! 自分の歌声も完全にかき消されてしまった。
『ジーク・ジオン! ギレン・ザビ閣下の言葉をいまこそ思い出さなければならない! 優良種たるジオン国民は、自らの意思で宇宙の大海を進むのだ。地球連邦政府の傀儡政権たるダルシア政権は、スペースノイドの誇りを捨てた裏切り政権だ!』
うわっ、まずい!
ジオン・ダイクンとギレン・ザビ閣下の偉業を讃える演説から考えると、旧ジオン公国の復興を目指す過激派に違いない。自分もアクシズの兵士だから言ってはいけない言葉だが、一気に雰囲気がきな臭くなってしまう。
こんな状況ではもう歌っても仕方がないから、サビに入りかけていた『行こうよアステロイドベルトへ』を歌うのを止めた。
『え~っ』
観客から不満をたっぷりと含んだ声があがった。会場がざわついて、皆がビル街の方を向き、好き放題しているマシーンに罵声が浴びせられた。
同じく自分にも抗議の声が上がり始める。
『歌うの止めないでー!』『ファンネリアー! 歌えーっ!』『ジオンのために歌えーっ! ジーク・ジオン!』『ジーク・ジオン!』
会場のいろいろな場所から、演説に匹敵するほど大きなジーク・ジオンコールが発生した。
えっ、何か変。会場が政治集会みたいな雰囲気に変わってきている!?
アイドルとして、観客の感情の変化を感じることが出来なければステージを成り立たせることはできないが、途中から一部の観客の雰囲気が違うなと感じていたのだ。
カジュアルな服装だし応援だってしてくれている。だが上手く言えないけれど、一部の人たちがアイドルコンサートの観客を模倣し、演じているような感覚を覚えたのだ。表現するなら熱量が足りないような、サーモグラフィーでみたら青く冷たい映像が表示されるような。
アイドルの歌などはどうでもよく、ジオンを讃えるために、過激なことをするためだけに騒ぐような人々。おそらくは命令されて組織的に参加しているのだ。自分も軍人だし、ジオンを大切に思う愛国心は嬉しいのだが、それだけが目的になると周囲が見えずに先鋭化してしまうので苦手だった。そんな人たちが急にジーク・ジオンと一斉に叫び出したのは、モビルワーカーの出現と呼応しているみたいで気味が悪かった。
もしかして、この状況はあらかじめ想定されていたのではないか?
モビルワーカーの大音量の演説と観客の叫び声で、旧公王庁前はもう大変な騒ぎになってしまった。なんとか収集をつけないと大変なことになる!
「みなさん、申し訳ありません! コンサートは終わりではないので、どうかそのまま……」
そのとき脳に電流が走った。
「あ、あぶない! みんな伏せて!」
爆発のイメージがはっきりと脳裏に映り、同時に脳が声帯と身体に指令を送った。
自分の叫び声とほぼ同時に、ビル街でとてつもない大爆発が起こった。まるで戦艦のメガ粒子砲が直撃したみたいに、暴れているモビルワーカーの向かい側のビルが閃光に包まれた。
まさかモビルワーカーが武器を使ったの!? あのパイプはバズーカかロケットランチャーの類だった?
爆発で地面や建物が激しく吹き飛んだが、コロニーの内壁や外壁まではダメージが無い。規模の割には被害が少ないのだ。爆発は戦場でみなれているから、被害状況の評価は正確なはずだ。幸運にも、コロニーから空気が流出するほどの破壊ではなかった。
いや、これは幸運なんかじゃない。あれほどの爆発だ。外壁に被害が出ないのはおかしい。軍事に疎い人間なら騙されるだろうが、自分の目を欺くことはできない。あれは高度に制御された爆発なのだ。
でも、あの素人っぽいモビルワーカーにそんな真似ができるとは思えなかった。……パイロットの声はバカそうだったし。
あるいは、あのモビルワーカーが攻撃したのだと思わせるために、あらかじめ設置されていた爆薬が使用されたのではないか。自分は写真のような映像記憶能力があるが、思い返してみると、爆発とモビルワーカーの向きにはたしかにズレがあったのだ。
士官学校で受講した爆破工作の専門講義を記憶から呼び出した。爆発の特徴から考えれば、あの凄まじい爆発は軍用のコンポジション爆薬が使われたに違いない。
コンポジション爆薬とは、凄まじい爆速を有し、自由に変形できる可塑性によってあらゆる場所に設置可能な高性能爆薬のこと。優れた指向性を有するので、熟練技術者が用いれば、意図した通りの精密な爆発を引き起こすことができる。
つまり、大規模な破壊を引き起こしはするが、コロニーを吹き飛ばしはしない、という目的にはぴったりなのである。
ここで考慮すべきは、C5に代表される軍用コンポジット爆薬は、民間人が簡単に入手できるものではないということだ。そしてジオン共和国は、元が敗戦国であるジオン公国だから、地球連邦政府による厳しい入国検査がある。つまり大量の爆薬を持ち込むのは難しいということで、怪しまれずに持ち込める量の爆薬であれだけの破壊を起こせるならば、それは軍や政府エージェントの仕事だと推測できる。
そう、これは連邦軍の仕業だ。
おそらくは破壊工作を得意とする特殊部隊が引き起こしたのではないか。つまり、モビルワーカーがデモ隊と呼応して爆破テロを引き起こしたのだと思わせるために、制御された爆発を引き起こしたのだ。さらにストーリーを組み立てるなら、地球連邦政府は、アクシズが過激なテロリストだと印象づけ、サイド3がアクシズと仲良くするのを阻止したいがために、自作自演の偽旗作戦を展開したのである。
そうだ、そうに違いない。
許せない、よくもやってくれたわね。私のコンサートを利用して!
犯人を特定するために現場から逃げる車や人がいないか確認しようとも考えた。だが、いま頭をあげるわけにはいかなかった。なぜなら、爆発から数秒したら衝撃波がやってくるからである。爆発が音速を超えて衝撃波を発生させるのだ。お願いだから、みんなそのまま伏せていて!
すぐに凄まじい突風が会場に襲いかかり観客から悲鳴があがった。
いま注意しなければならないのはパニックだ。その場から一斉に人々が逃げようとすれば、ドミノ倒しのようになって危険な状況になってしまう。
『その場から動かないでください! 係員が誘導致します』
会場のスピーカーから案内が流れ始めた。状況が掴めていないだろうスタッフも、まずは観客を落ち着かせようとしているのは適切な判断として褒められて良かった。巻き込まれる危険があるから、本当は自分はすぐにステージの裏から逃げなければいけない。でも、それは観客を不安にさせるだけなので、あえてステージに残ることにした。
将来は連邦首相を目指そうというのだから、こういうときにこそ指導者としての資質が試されるのである。そう、民衆に奉仕する精神を持たなければリーダーとはいえない!
「み、みなさん、どうか落ち着いてください! 冷静になって。係員の指示に従ってくださいね」
そのとき大勢が一斉に上を向いて叫んだ。
今度はなんなの!?
状況を確認しようと慌てて振り向いたとたん、いきなり大量の水が会場に放たれた。ニュータイプ能力を抑えていたので気がつくのが遅れた!
あれはモビルスーツだ! 機種は暴動鎮圧用の放水装備を備えた《ライアット・ハイザック》。
その激しい放水に観客が叫び声を上げて逃げ出した。
なんでパニックを引き起こすような真似を! やめさせようと身振り手振りで訴えたが、放水はステージにも襲いかかった。
「きゃーっ!」
まともに放水を浴びてしまう。その衝撃は、まるで格闘技術のスパーリングでボディーブローをお腹に食らったようだった。姉のプルセブンはいつも容赦ないのだ。滝のように勢いよく放たれる水の勢いに身体が飛ばされて、ステージをゴロゴロと転がった。
「げ、げほっ!」
まるで服を着たままプールに飛び込んだみたいに全身ずぶ濡れになった。大量に水を飲んでしまったから、たまらず喉の奥から水を吐き出した。強化人間でも鼻腔を強化しているわけではないので、鼻がツーンとして痛い。
二機の《ライアット・ハイザック》はズシンと地面を揺らして着地すると、さらに放水を続けた。背面のタンクから水がどんどんと供給されて、水鉄砲みたいに水を振りまいている。
自分にずぶ濡れにした《ライアット・ハイザック》のモノアイが点灯し、横に動いて目が合った。まるでジロジロと人を見ているようで、その挑発するような仕草に怒りが湧いた。
放水するなら、ビル街の火災を消しなさいよ! 手を振り上げて抗議してみせると《ハイザック》は指を指してきた。
な、なんなのよ、あいつ。
それにしても衣装がびしゃびしゃになったせいで、肌にぴったりと貼り付いて気持ち悪い。せっかく新調した衣装なのに、これじゃ台無しに……。
「きゃっ!?」
衣装を確認したとたん、悲鳴をあげてしまった。前ボタンが全部外れてる! 下着をつけてないから、胸が見えちゃってる。だからあのハイザックは!
「いやああんっ」
慌てて胸を隠してうずくまったが、スカートも脱げかけていた。大勢の前で丸裸になってしまったら歩くのもままならない。
『あいつが知らせなかったから、下着が間に合わなかったんじゃないの!』
もう最悪だ。気持ちよく歌っていたのに、なんでこんな目に。惨めさにステージの上で泣きたくなった。
「ファンネリア! ここから出るんだ」
「えっ!?」
知った声を聞いて顔を上げると、いま頭の中でさんざんに罵倒し、頭から熱い紅茶をぶちまけたマネージャーの顔があった。
「あ、あなたステージに上がったら駄目じゃないの! コンサート、まだ終わってない!」
「コンサートは終わりだよ。ここは危険だから離れるんだ」
「でもっ」
反論する間もなく抱き抱えられていた。いわゆるお姫様抱っこで!
「は、恥ずかしいからやめてっ」
抗議しても、彼は聞いてるのか聞いていないのか、抗議を無視してどんどん歩いている。はだけないように服をギュッと掴むと、自分の顔が真っ赤になっているのがわかった。身体を預けていると、彼の意外にがっしりした体格を感じて気持ちが良かったのだ。
くっ、こんなときに自分は何を考えてるの。激しく自己嫌悪を感じたが、意志に反してもう少しこのままでいたいと思ってしまった。動揺して心のバランスが崩れている? だから、こんな思考に陥っているのだ。
でも、彼が来てくれて嬉しいのは確かだった。ティモは背が高いし、スポーツをやっていて身体を鍛えているから、少なくとも見かけは頼りになる。顔だって元アイドルだから、まあ悪くはない。性格も真面目で、いつも自分の仕事のマネージメントをこなしてくれている。あまりに献身的だから、マネージャーとアイドルというよりは恋人同士に見える、といつも噂されているくらいに。
……そういえば歳が離れている私のことは妹みたいに思ってる、とかなんとか言ってたのを思い出した。子供扱いしないでよ! 自分がネオ・ジオンのパイロットだと知ったら驚いて見直すんじゃないの? 機密漏洩になるから、正体を明かすことは絶対に出来ないけれど。
マネージャーの顔をちらっと覗いてみた。そしたら彼が気付いて目が合ったので、慌てて視線を逸らした。
意識してると思われたら嫌だから、
「どこ見てんの? いやらしいわね!」
と怒ったふりをした。
だが、うっかり覗いてしまった彼の気持ちは、まるで姫を守る騎士を気取っているみたいだったのだ。
きゃー! そんなの有り得ない。だって姫と騎士は、ストーリーの最後には顔を近づけて……。
うわっ。
頭を振って妄想を振り払い、脳にどんどん入ってくる彼の一方的な想いも一緒に押し出した。いいかげん妄想に耽溺するのはやめなさいよ、プルエイト!
と、そのとき別の思考がするっと脳に入りこんできた。波長が同質なので自然に頭が受信してしまったようだった。
その理由はすぐにわかった。この感応波は妹のナインだ!
『やめてーっ、人が死んじゃう!』
「ナイン!?」
マネージャーに抱かれているから空を見ることはできない。でも、意識を集中させたら妹がどこにいるのかが分かった。
空だ! 妹はモビルスーツに乗っている!?
『あなた、なんでモビルスーツになんか乗ってるの! すぐに降りなさい!』