プルフォウ・ストーリー2 月に降り立つ少女たち   作:ガチャM

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「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ

※Pixivにも投稿しています。


第30回「首都上空2000m」

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「あの馬鹿たち、まんまと乗せられたようね。ほんとに笑える。少し名前が変わっても、メンタリティは簡単に変化しないということか」

 

 首都ズムシティの旧公王庁前は混乱の様相を呈していた。ビル街での爆発をきっかけにパニックが広がり、転じて連邦政府に対する抗議デモが発生したのだ。

 もちろん会場にいる全員が参加しているわけではないが、驚くほど大勢の人間が列をなして行進していた。叫んでいるのは地球連邦からの独立。その光景は、まるでコロニーが逆回転して、八年前の暗黒時代に巻き戻ったかのようだった。

 

 この忌むべき光景を上空から望遠カメラで記録すると、映像データを携帯デバイスにコピーした。あとで上官に報告しなくてはいけないからだ。

 

「それにしても、なぜジオンは独立したがるのかしらね。最初に移民した勇敢な先駆者(ファーストペンギン)だから、宇宙開拓は自分たちの功績だと思っているのか? 連邦政府の支援を都合よく忘れる傲慢さには反吐が出るわね。コロニーで産まれた人間、地球を知らずといったところか」

 

 ジオン共和国の成り立ちを知っていれば、あからさまに独立がアピールされている光景には違和感を覚える。なぜなら共和国の前身は、地球連邦と血みどろの戦争を繰り広げたジオン公国だからだ。

 

 宇宙は自惚れた人間には冷たかった。八年前、独立の野心を抱いたジオン公国は、地球連邦軍との大戦争の結果敗北した。そして独裁者だったザビ家は、赤子以外全員死んでしまったので、議会の人間はすぐさま共和国体制に移行して連邦政府に頭を下げた。それに応えて講和条約を結んでやったから、戦後もジオンは生き延びることができたのだ。

 そんな温情を忘れて独立を主張するなどは、厚かましくも愚かな行為。あの薄気味悪い悪の根城のようなズム・シティ旧公王庁は、無言でそれを教えているはずではないか!

 

「『悪友』のアクシズにそそのかされてしまったのでしょうけど……。ふふん、地球より石ころがお似合いか」

 

 愚か者は、自分に都合が悪いことはすぐに忘れる。そんな単純な思考回路ゆえに、笑ってしまうほど、こちらの狙い通りに事が運んでしまった。ジオン共和国で意図的に暴動を起こすという作戦は見事に成功をおさめたのだ。

 

「しかし、こうも人は簡単に操られるものなの? システムの効果を説明されてはいたけれど……。頭痛がするが、私に悪影響はないんだろうな?」

 

 会場周辺には、ニュータイプ研究所で開発された広域型サイコウェーブ発生装置の試作品が密かに設置されていた。これは強化人間の再調整や洗脳に使用される理論を応用したもので、人の思考を強制的に誘導することができるものだ。そのサイコウェーブの影響は、モビルスーツのコクピットにいるからといって免れない。対核シールドを施された重装甲なら防げるのかもしれないが、電磁波を阻害する性質があるからこそ、ミノフスキー粒子は大きな浸透力があるのだ。

 

 ニュータイプや強化人間なら、ある程度耐性はある。しかし、一般人にとってミノフスキー粒子や感応波の影響は未知数である。会場には子供もいたが、非難させた方が良いことは間違いない。

 

「いきなり人に使うのだからな……。研究所の連中はフィールドテストやモルモットへの実験程度に考えているんだろうが、影響範囲はわからないんだ。連中は問題ないと言うが、あたしに好き勝手した奴らなんて信用できるかっ。ちっ、そもそもグワンバンの歓迎式典を大々的に開催したことが恥知らずなんだよ! 自業自得だ」

 

 グワンバンの歓迎式典は地球連邦政府の心証を大いに害したが、ジオン共和国は自治権を有した民主国家なので表立って干渉できなかった。だから、この秘密作戦が立案されたのだ。思いあがった罪深い連中に身の程を知らせる使者として、このあたしはやってきた。

 

 ついでながら、式典コンサートが暴動で潰された形になったのは最高に気持ちがよかった。ステージで歌っていたアイドル、ファンネリア・ファンネルも散々な目にあい、中継でずぶ濡れになった間抜けな姿を晒していたのは笑いが止まらない。

 

「ネオ・ジオンがコロニーを欲しがる? 薄汚い石ころに住む物乞いが! 岩とゴミに囲まれてつましく暮らしていれば良いものを。美しすぎる地球をみて、みすぼらしい自分たちの住処が恥ずかしくなったようね」

 

 悪態が増えてきたのは、搭乗しているモビルスーツがお粗末なしろものだからだった。

 いま自分が操縦している地球連邦駐留軍のモビルスーツは、残念なことにかなり旧式の機体で、久しぶりに操縦できる喜びを大いに削いでいた。リニアシートのコンソールから伸びた操縦桿の感触は、まるでポリッジをかき混ぜているみたいにグニャグニャだった。これは、まるで三流のする仕事ではないか。

 

【挿絵表示】

 

「中尉。この機体、ろくに整備されてないわよ。スティックにガタがきているし、レスポンスも悪い。こんなんじゃジオンに舐められるはずだね」

『駐留部隊には、こんな中古品しか配備されないんだ。あんた、いつもはよほど良い機体に乗っているようだな? さっきモビルワーカーを制圧した腕も凄かった』

 

 くたびれた機体にいつも乗っている駐留部隊のパイロットが、少し卑屈な感じで話しかけてきた。一流の仕事、研ぎ澄まされたエッジに乗っている感覚は一生理解できまい。

 

「戦いに身を置けばスキルは磨かれる。駐留軍には緊張感が足りないようね。こんな機体で最前線に出てみなさいよ。三分と持たずに撃墜されるから。アクシズの子供兵士が操る脳波誘導兵器(ファンネル)の的がいいとこでしょう」

『うへぇ……。外は恐ろしいことになってるんだな』

 

 僚機に乗っている、ダレダ中尉だったか?  

 彼は、文字通りぬるま湯に浸かった、典型的なやる気のない連邦軍パイロットというところか。

 軍人として怠惰な奴は許せないが、まあ、今回の作戦には都合が良い。こいつらはコロニー開発局公安部から派遣されたという触れ込みでやってきた自分に何の疑いも持たず、命令にもそのまま従ってくれたからだ。とはいえ、それは上官が参加しているブリーフィングだけの話で、個人レベルでは疑問だらけのはず。おそらくすぐに質問してくるに違いないが、理由をいちいち説明するのは面倒だし、自分も全てを知らされているわけではない。そこが現場工作員の辛いところで、所詮下っ端は任務の遂行だけをしていればよいというわけである。

 

 ふん、誰が使い捨ての道具になどなるものか。自分は任務に殉ずる気などさらさらないし、新しい連邦軍の枠組みを作り上げる野望があるのだ。

 まあ未来の話は置いておくとしても、指示どおりに秘密工作をこなしてきたところで、いまだ目標とするゴールが不明瞭なのは気に食わなかった。

 連邦駐留軍を動かして状況が変わるのか? あるいは民間人を犠牲にしてサイド3の野心を国際世論に訴えるつもりなのか? 曖昧な作戦行動は混乱を招いて犠牲者を増やすだけ。このままでは、その『犠牲者』に自分も含まれてしまう。

 

『中尉、訊きたいんだが、暴動を鎮圧するとはどういうことだ? オレには君のブリーフィングが理解できなかった』

 

 そらきた。まともな頭があるパイロットが少し考えれば、受領した命令がおかしいということはすぐにわかる。皆殺しにでもしない限り、モビルスーツで暴動を鎮圧することなど不可能なのは自明の理。最小限の被害で暴動を抑え込むには、専用武装した兵士一個中隊が必要ではないだろうか。

 

「疑問点があるならブリーフィングで確認しておきなさい。出撃してから文句を言われても困る」

『そいつは悪かったな』

 

 言うなり、ダレダ中尉は機体を接近させると、マニュピレーターでこちらの肩を掴んできた。これは『お肌の触れ合い通話』とも呼ばれる、機体の振動を介して接触回線を確立して通話する方法だ。つまり、これから本部や上司に聞かれたくない会話をしたいという意思表示である。

 

「なにか?」

『大佐がブリーフィングを打ち切ったということは、あんたの命令に疑問だらけでも従えということだ……。本当にコロニー開発局から推薦されてきたのか? いつものんびりしてる大佐が慌てていたのは笑えたよ。宇宙軍司令部に急いで確認しに行ったんだろうな』

 

 たしかに自分も思わず吹き出しそうになった。あの大佐め、事前に説明してあげたのに無意味なことを。ルナツーの宇宙軍司令部に訊いても、地球のダブリンまで素通りするだけだし、ミノフスキー粒子による通信不良のせいで通信も届かず、総司令部にたどりついたとしても硬直化した官僚機構にはまって、たらい回しにされている内にこの作戦は終了している。

 

「何が言いたいの?」

『わかるだろ? 作戦の本当の目的を訊きたい。あんたは知ってるはずだからな』

 

 中尉の声は、不安と高揚とが入り混じった、アドレナリンの前菜をつまみ食いしたような感じだ。あるいは女と秘密の話をすることに興奮しているのか。スパイなら男を騙して利用することくらいするだろうが、そんなことは願い下げだ。

 

「本当の目的? 作戦の目的は、発生した暴動を最小限の被害で速やかに鎮圧すること。もう忘れたの?」

『たったのモビルスーツ二機でできるかよ。その命令があり得ないんだ』

「あり得なかろうと、無理だろうと遂行しないとね。命令拒否は軍法会議だから」

『諜報機関がねじ込んだ作戦かもしれないな? あんたは、暴動が発生することを知っていたかのようにタイミングよく派遣されてきた……。鶏が先か卵が先か、それが問題なんだ』

「なによそれは? 意味がわからない。暴動が発生するという情報を事前に掴んだと説明したでしょう。密告者による通報があったの。それを裏付けるヒューミント、シギント情報も存在している」

 

 ヒューミントは人的資産による情報、シギントは通信傍受による情報のこと。

 

『その物言いは、自分が諜報機関の人間だと証明しているんじゃないか?』

「ずいぶん想像力が豊かのようね……。さっきも話したとおり、わたしはコロニー開発局公安部から推薦を受けて、地球連邦軍統合参謀本部からアドバイザーとして派遣されてきた情報士官。パイロットの経験もあるから、モビルスーツで出撃したのはイレギュラーだったけれど」

『あんたの素性は置いておくとしても、モビルスーツを投入する意図がわからない。そこまでする必要があるのか? ジオン共和国じゃ、これまで大規模なデモなんか発生しなかったんだぞ。一度たりとも。せいぜい賃上げ交渉目的でストライキをするくらいなんだよ!』

 

 ふふん、この中尉は馬鹿ではないようだ。だが少しばかり頭が足りない。いま置かれた状況を理解し、背景を理解して忠実に任務を実行すれば、『秘密クラブ』の会員になり、出世の道も開かれるものを。

 

「なら、わかりやすく状況を説明してあげる。好戦的なネオ・ジオンの影響で、ジオン共和国で燻っていたジオニズムが刺激されて独立気運が高まった。それがコロニー間の経済格差や貧困問題と結びついた結果、抗議デモが発生したというわけ。この流れは危険で、すぐに潰さなければならない」

『ご説明どうも。デモが発生すれば、それはジオンを締め付ける口実になる。それを狙ったのか?』

「頭を使ったのね。つまり、デモは意図的に起こされたと? あなたはマッチポンプに利用されたくはない。そう言いたいわけ?」

『いや、そこまでは言ってないが。俺たちが出撃する意味がわからない。デモの鎮圧はジオン共和国軍の仕事だからだ』

 

 この秘密作戦の本当の目的は、暴動を意図的に発生させて、しかるのち適切なタイミングで収束させること。その意図に気づいた中尉は褒めてやってもよい。

 多分に政治的な作戦であり、政治力学的なインパクトを地球圏に与えるべく考え出された秘密作戦なのである。

 

 すなわち、ミノフスキー物理学を社会学に応用した最新理論によるシミュレーションをもとに、あらかじめサイコミュ・ネットワークと複数の現地工作員を式典会場に配置しておき、人工知能で生成した、ヒトを容易に暴徒化させる状況適用型言語命令群を使用して群集を扇動したのだ。これは、おそらく政治工作でサイコミュが使用された初の事例だろう。

 さらにコンサートを開いていた二流アイドルのヘタクソな歌すらも、大衆の感情をコントロールするために効果的に利用してやったのだ。

 

「頭を使うのは結構。でも文句ばかり言ってる面倒くさい人間は、組織に疎まれて出世しないわよ。いまは命令を受け入れて、ただ遂行なさい」

『なら命令をはっきりさせてくれ』

「いいわよ。あなたに作戦を指示します。背後関係を調査した結果、ジオン共和国は裏で密かにアクシズと接触、交渉していることが分かった。これは重大な条約違反であるが決定的な証拠がない。そこで地球連邦軍は、再び軍事国家として君臨しようとする共和国の野心を挫くために、軍事行動で警告するという作戦を決定した。あたしたちの任務は、デモ鎮圧を妨害してくるだろう共和国軍のモビルスーツに対しても限定的な攻撃を行い、独立の機運を潰すこと」

『あいつらのモビルスーツをやるのか? 一部隊がしていい作戦なのかよ。まるで、なにか裏工作が好きな組織がやりそうなことじゃないか』

「プレイヤーは我々だけではないの。いま私は敵味方応答装置(IFFトランスポンダー)を敵性に設定した。センサーを確認してみなさい」

 

『モ、モビルスーツか! 12時方向に三機。機種はRMS-106ハイザックだ』

 

 旧式のくたびれたセンサーが、前方から接近する機影を捉えた。

 くくくっ、愚かな奴ら。狙い通りにでてきた。蒙昧な共和国軍が。

 

「共和国軍もしたたかなものよ。すでに情報戦で先んじている。気に乗じて邪魔な連邦駐留軍を排除するつもりよ」

『あいつらは、暴れてるモビルワーカーを制圧しにきたんだ!』

「違う」

『じゃあ、どうするつもりなんだ?』

「知りたい?」

 

 作戦開始。

 スティックのトリガーをひいて、先頭の《ハイザック》に向けて頭部バルカン砲を発砲した。これは警告射撃だ。

 ガガガッと凄まじい音がして、60mm弾が曳光弾(トレーサー)の軌跡を描いた。それが機体をかすめると、編隊はその形を乱した。

 パイロットの驚く様がモビルスーツを通して伝わり、明らかに動揺していることがわかった。

 

『馬鹿、やめろ! ふざけるな!』

「ふざけてない。出張ってきたジオン野郎たちを追いかえして、あいつらに軍隊は不要だと教えてやりなさい」

『マフィアの縄張り争いかよ! 交戦規定を教えてくれ!』

「交戦規定はシンプルよ。敵対する機体をあらゆる戦力を持って排除すること。ただし被害は最小限に抑えるように。わかったか? ウェポンズフリー。任意に攻撃を許可する」

『正気か』

「私の思考は関係ないの。命令書が全て。いま見せてあげるからしっかりと読みなさい。もちろん連邦軍総司令部の署名付きだから、あなたみたいな臆病さんにも安心よ」

 

 サイドコンソールを操作して、命令書をこれみよがしに表示させてやった。まあ、これが正式に承認されたかなど、どうでもいいこと。たぶん偽造されたものだろう。

 

『コロニー内で発砲許可がでたのか? 間違いなく犠牲者がでるぞ!』

「馬鹿だね。犠牲者が出ないようにやってみせるんだよ。できなければあんたはクビ。それこそシンプルじゃないの」

『無茶言いやがる。簡単なことじゃない』

「クックック、楽しいでしょ?」

 

 前線に出ず、後方の楽な任務でだらけている臆病者の言いそうなこと。

 意識を前方のハイザックに戻すと、連中からオープン回線でうるさい通信が入ってきた。

 

『こちらはジオン共和国守備隊だ。地球連邦軍のモビルスーツ、発砲するとはどういうつもりだ!? 国際問題になるぞ! 直ちに撤退しろ。これは明らかな内政干渉だ!』

 

 威圧的な、偉そうな声が解放周波数から聞こえてきた。どいつもこいつも舐められまいと粋がっている。地球連邦政府の温情で生きてる奴らが何を勘違いしているのか……。そこをはっきりと理解させてやるのが今回の任務なのだ。

 

「国際法違反はこちらではない。現在議会前で発生しているデモは、ジオン共和国が民衆を扇動した結果だ。共和国政府は、明らかにアクシズと同盟を結ぼうという国民感情を醸成しようとしている。これは地球連邦政府に対する反乱に等しい行為である。我々は鎮圧命令を受けている。作戦の邪魔をするならば排除する」

『そんなわけあるか! 上官に指示を再確認した方がいいぞ。あれは単なる民衆のデモだ。対応するのは警察の仕事だ』

 

 相手の言い分には思わず苦笑してしまった。この男の言うことはまったく正しい。ジオン共和国は、まだ地球連邦には正式に加盟していないから、他国の軍隊が領地で軍事行動をすれば内政不干渉の原則に抵触する。国際条約違反は重罪である。

 だから自分が受けた秘密作戦はセンシティブなのだ。今回は上官と共に作戦を遂行しているが、いま彼女は別の場所にいる。判断は自らが行わなければならない。

 無論、作戦は続行だ。

 自分が戦端を開くのだと思えば僅かに手が震えもするが、あとから考えれば歴史に名を残すのかもしれない。だったら派手にやるまでだ。

 

「これまで経験したことのない大舞台というわけか。彼女に自慢しないとね」

『クリスティ中尉! このままじゃマジに民間人に犠牲者が出ちまう』

「あら、そう。で?」

『これ以上混乱を招くわけにはいかない。何度も言うが、あいつらは、俺たちと同じように暴れてるモビルワーカーを制圧しにきただけなんだよ!』

「あはは、もう聞き飽きたわね」

 

 あれほど説明してやったのに。理解できないなら、ただ見てればいい。

 スクリーン表示をショートレンジのレーザー・センサーに切り替えると、先ほどやりとりした《ハイザック》の三機編隊が急上昇してくるのが分かった。

 ふん、セオリー通りの機動か。

 スペースコロニーは自転による遠心力で擬似重力を発生させているので、地面から離れ、さらに風に逆らって飛んでしまえば重力の影響は受けない。空中の一点に静止していることになり遠心力が働かないからだ。だが空気には粘性があるので、機体に高速の気流がまとわりつき、その影響で姿勢が乱れるのがやっかいだった。

 高度一千メートルあたりはまだ気流の影響が大きく、空力的に不安定なモビルスーツの場合、相当に機体が揺れる。だから空気が動かない中心部まで一気に上昇するのがコロニー戦闘の基本なのである。

 だが、加速の鈍い《ハイザック》では!

 

「遅いんだよ!」

 

 フットペダルを踏み込みバックパックをフル稼動させて、機体を敵機以上に上昇させた。

 いま搭乗しているRGM-79Q《ジム・クゥエル》はジオン共和国軍は運用しているRMS-106《ハイザック》より旧式だ。しかし、高性能なガンダムタイプの大出力バックパックを受け継いでいるから機動性は悪くない。バーニア全開でたちまち敵の上方に位置することができた。

 すぐさま操縦桿に組み込まれたスイッチで武器の安全装置を解除する。すると連動してジムのマニュピレーターがライフルの安全装置(セーフティー)レバーを切り替え、続けてコッキングレバーが引かれて初弾が薬室に送り込まれた。

 その様は、熟練の兵士が戦闘準備をする動作そのものだった。

 

 マルチファンクションモニターには、周囲の地形と共に各モビルスーツの位置が立体表示されている。自機と敵機との位置関係を考慮すると、仮に攻撃が外れてもスペースポートの外壁に当たるだけだから、安全率は許容範囲内のはずだった。

 

「ジオン共和国のモビルスーツは、明白な敵対行為をとっている。これより攻撃する」

『待てよ!』

 

 コンピューターが敵編隊の戦力を観察、評価して、先頭の機体をターゲットに定めたが、それをキャンセルして、編隊端に位置している動きが鈍い機体を狙った。

 操縦桿上部のボタンを押しこむと、呼応して機体のマニピュレーターが作動し、90mmジム・ライフルのトリガーが引かれた。 

 すると即座に弾丸発射プロセスが開始された。

 

 まず、隙間なくぴったりと薬室におさまっていた弾丸の背後から、撃針が凄まじい勢いで飛び出した。そして、巨大なハンマーそのものである撃針が弾丸の尻を叩くと、弾頭部分を覆っていた、薬莢(ケース)を兼ねた高性能火薬が一気に爆発した。

 火薬は安定化されているから滅多なことでは爆発はしないのだが、尋常でない衝撃を受けると、たちまち化学変化を起こすのだ。

 撃針による衝撃で分子が揺れ動くと、火薬の主成分であるニトロセルロースが連鎖的な化学反応を起こし、一気に窒素と二酸化炭素に変化した。結果、急激に何百倍にも体積が増えたことで凄まじい衝撃波が発生し、薬室内部は圧倒的な運動エネルギーで満たされた。

 だが薬室は上下左右、後方が囲まれているので、弾頭は空いた空間、前方へと進まざるを得なかった。つまり、音速を超えるスピードで外部へと押し出されたのだ。

 弾頭はバレル内を通り、反動を抑える役割をするマズルブレーキを通過して僅かに減速すると、ターゲットに向けて勢いよく飛翔していった。

 

 そのようなプロセスのひとつひとつを、自分は詳細に知覚することができる。

 

 閉鎖空間から外界へと放たれた90mm弾頭は、コロニーの気流と自身の回転による遠心力の影響を受けたものの、それはあらかじめ射撃統制システムで補正済みであり、マニュピレーターがライフルの角度を適切に修正していたので、数秒せずに驚異的な正確さをもって目標に命中した。

 金属同士が衝突する凄まじい音と共にガンダリウム合金製の貫通弾が《ハイザック》の『柔らかな』装甲を貫通し、右脚が爆発して膨れ上がった。被弾して複合サイクルエンジンの推力を失なった機体は、高度を落として編隊から離れていった。

 

 戦後、初めて連邦軍とジオン共和国が敵対した瞬間だ。

 

【挿絵表示】

 

『当たった! 俺は知らねえぞ!』

 

 僚機の臆病パイロットが騒いだ。

 フン、それが狙いなの。愚昧なパイロットさん。

 

「相手はこちらの鎮圧行動を妨害した。我々には正当な攻撃理由がある」

『そんなわけあるか!』

「しつこい男だね。職務を果たす気がないなら下がってな!」

 

 いつもジオン共和国軍と馴れ合っている男にはわからないのだろうが、ジオン残党狩部隊とも言われたティターンズが、反乱部隊として地球連邦軍から排斥されたからといって、ジオンが認められたわけではない。調子に乗った独立心は徹底的に潰さなければ。

 

 半壊した《ハイザック》は森林地帯に落下していった。住宅街に落下させると後で厄介だから、落下地点を制御できるくらいに攻撃を抑えてやったのだ。

 残された二機の《ハイザック》は救助に向かうのかと思ったが、意外にも猛烈に加速してきた。僚機が爆発しないと判断したのだろう。そして怒りに燃えている。

 コロニー内では発砲出来ないと考えて白兵に持ち込むつもりか。面白い。

 

「くくくっ、僚機をやられて頭にきたみたいね。敵愾心こそが爆発的な力を生む。そうよね? ファンネリアさん」

 

 ライフルをすばやく腰のラッチにマウントして腕をフリーにする。モビルスーツにとってマニュピレーターは攻撃手段そのものだが、人間を模しているから二本しかない。しかもバランスを考慮して両手で武器の同時使用を行うことは少なく、片方の腕で持ち替えることが多いのだ。つまり、片方の腕をカウンターウェイトとして用いるのである。

 兵器としては全く効率の悪いデザインではあるが、熟練パイロットにとっては人馬一体の境地に達して、思うままに操縦できる。

 敵機に格闘を挑むかビーム・サーベルを使うか……。サーベルで敵を切り刻むのはゾクゾクする。この機体にヒートロッドがあればなお良かったのだが。

《ハイザック》に目を向けると、腰のラッチからビーム・サーベルを引き抜いて、猛烈に加速しながら横薙ぎに振り払ってきた。

 

「脚を破壊して機動力を削ぐするつもりか? 真似をしたのだろうが考えは悪くない」

 

 このあたしに白兵戦を挑んでくれるとは。お楽しみタイムだ。

 これまで生身でもモビルスーツでも、近接戦闘(クロースコンバット)で負けたことはない。相手は恐怖を覚えることになるだろう。アクシズの練度が高いパイロットならともかく、ジオン共和国のパイロットの剣技など子供の児戯に等しい。

 プリセットされた、決まり切った太刀筋などは簡単に予測できる。熟練したパイロットならば、スティックをサーベルに見立てて、手動入力することで微妙に太刀筋を変えるものだ。

 いいでしょう、その技を教えてやる。

 しかも敵は、いかにもコンピューター制御だとわかるような直線的な機動をとっていて、攻撃を避けるのは造作もないことだった。

 バックパックと脚部のバーニアを一コンマ二秒噴かしつつ、手脚と胴体の捻りを加えた反作用を利用して、人間で言うところの空中前回転ジャンプをさせた。結果、サーベルを振りながら突進してきた《ハイザック》の頭上を飛び越す形になったのだが、いきなりターゲットを見失った相手は、斬撃を空振りして腰が砕けたように機体の姿勢を乱してしまった。

 

「パイロットは機械のように、モビルスーツは人間らしく。覚えておきなさい」

 

 姿勢を乱した隙を狙い、すれ違いざまにサーベルで薙ぎ払って右手と頭部を瞬時に切り離した。ジュッという金属と複合材料が焼ける音と共に、《ハイザック》の戦闘能力は一瞬で失われた。

 

【挿絵表示】

 

 

 これで二つ。まるで歯応えのない敵に失望しつつも、実戦部隊でなければ仕方がないとも思った。やるかやられるか。極限状態の命のやり取りはスキルを否応なしに向上させるが、真剣勝負がない怠惰な環境では落ちてゆくだけなのだ。

 前方回転させた勢いのまま、機体を上昇させて残った最後の《ハイザック》を見下ろすと、すでに臆病になり降伏の意思を示していた。

 甘い。

 再びサーベルを格納し、右手にライフルを持たせたが、ふと思いついて僚機にやらせることにした。これは彼の精神を鍛えるための試練だ。

 

「ダレダ中尉。攻撃なさい」

『降伏している相手を攻撃しろっていうのか。国際条約違反だ!』

「いちいち条約やら法律を気にする男だね。裁量があるんだよ」

『全部光学カメラで記録されてる。下からも見ているはずだ!」

「あら、そう。撃つのか、撃たないのか?」

『本部に確認する』

 

 不合格。

 おもむろにトリガーを引いてライフルを発射し、《ハイザック》の頭を吹き飛ばした。やる気の失せた機体はフラフラとコロニー外縁へと落下していった。

 

「遅いんだよ。こういうときは素早く行動しなさいよ。交戦規定は説明しているはずだ」

『勝手な女が。これは軍法会議物だぞ!』

「いまは、このあたしが軍法だということ。いいかげん理解なさい』

 

 この男をからかうのは面白いが、さて、これで終わりか? 共和国守備隊がこれ以上モビルスーツを上げてこないなら、放水している間抜けな機体を……いや、増援がくる!

 後方センサーから警告音がして、さらに敵機が接近してくることが分かった。椅子から乗り出して背後の全天周モニターを確認すると、三機のモビルスーツが飛行していることがわかった。訂正、さらにもう一機。

 コンソールを素早く操作し、新たなレイヤーを被せて詳細情報を表示させた。データにないカスタムタイプだ。ジオンめ、勝手にお下がりの機体を改造しているのか。

 

『新たな機体が接近しているぞ! なんだ、ありゃ。ピンク色の機体だ』

 

 臆病でも報告だけは一人前だった。

 

「ふん、慌ててデモンストレーション用の機体でも出してきたようね。あのアンテナ、隊長機のつもりか?」

 

 こんどは少しは歯応えのある奴なら面白いのだが。

 高揚感と共に機体を反転させると、新たな獲物に向けて機体を加速させた。

 

「くくくっ、バラバラに解体してやるよ!」

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