プルフォウ・ストーリー2 月に降り立つ少女たち   作:ガチャM

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「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ

※Pixivにも投稿しています。


第31回「素人と玄人と」

    31

 

 

 

「後ろからジオンの、モ、モビールスーツが追いかけてきてるっ!」

 

 クラリッサ・ロールズは恐怖のあまり叫んだ。

 

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 いま彼女はモビルスーツのコクピットの中にいたが、仕事はパイロットではない。クラリッサは劇を演じたり唄を歌ったりするのが生業で、ここサイド3『ジオン共和国』には子供向けのイベントに参加するために滞在していた。

 

 地球から最も遠いスペースコロニーであるサイド3は、はっきり言って田舎コロニーだ。そんなところで子供向けの劇を演じてもキャリアに役に立ちはしないが、地方コロニーを巡業して地道に芸能活動をすれば心身ともに鍛えられるし、ハングリー精神が成功の糧となると思い参加したのだ。あの成り上がり者の田舎アイドル、ファンネリア・ファンネルだってジオン出身なのだ。

 それが、なんでこんな目に!

 運悪くズムシティで暴動が発生し、混乱のなか勝手に軍用モビルスーツに乗りこんだ子を止めようとして、そのまま一緒に空を飛ぶことになってしまった。最悪なのは自分が高所恐怖症だということだった。周囲が全てモニターになっているコクピットにいれば生きた心地がせず、あまり持ち合わせていない同情心をこんな状況で発揮してしまったことを、いまは心底後悔していた。

 

「やばいよ。あたしたちを撃つつもりなんじゃない!?」

 

 前から後ろまでが全部画面だから、後ろから一つ目のモビルスーツ《ザク》が近づいてくるのが嫌でもわかってしまう。映画鑑賞するなら一番の特等席だが、この状況で無駄な臨場感はまったく必要ない。迫力がありすぎて、漏らしそうなほどに恐怖を感じるとは。

《ザク》は一つ目が特徴のジオン共和国のロボットだ。ガンダムの劇を演じてるから少し種類が判別できる。色は違うが、いま自分が乗っているのと同じロボットだろう。ジオン共和国の軍隊が出てきたなら、兵器を盗んだ罪で自分たちを容赦なく殺すつもりかもしれない。そう考えたら、さらに恐怖と不安が心を満たし始めた。

 パニックになりそうなときは、とにかく喋るのが一番効果的だ。喋るという行為に集中することで、意識を恐怖から反らすのだ。

 

「ジオンのザクだよ! ねえ、あんた分かってんの!?」

「……」

 

 マリーに話しかけても返事はなかった。この勝手にモビルスーツに乗り込んだ子は操縦に必死で、自分のいうことが全く聞こえてないのだ。極度に緊張しているから、こんなんじゃ、すぐに墜落するに違いない。

 そもそも、こんな羽根もついていない人型ロボットが空を飛ぼうとするのが不自然だと思う。いちどバランスを崩せばあっという間に落ちてしまうのではないか。

 

「あんた、ちゃんと操縦してんだよね? 落ちないよね? ……ちょっと返事しなよ!」

「う、うん。だ、大丈夫」

 

 あ、やっぱり駄目だ。このいかにも不安そうな声。自分がしていることに、ぜんっぜん自信を持ててない。演劇やドラマでも、たいていこんな緊張度の針が振り切れてる感じの子が失敗して、全員の足をひっぱるのだ。これまで何度それで迷惑してきたことか!

 迷惑するくらいなら良いが、マリーが操縦をミスれば自分も一緒に墜落死する。自分はまだまだ人生でやりたいことはたくさんある。だから、なんとかして助かる方法を考えないといけなかった。

 

「こんなところで死ねるか!」

 

 そうだ。この程度の危機はなんてことはない。仕事の報酬が支払われなかったり、契約内容が違ったり、トラブルに巻き込まれたりしたときは、いつも自分の力で切り抜けてきた。だから! 考えるんだ!

 助かるためには、助かるためには。助ける、救助、救援、救難、救難信号、SOS……。

 SOS! そうか、これだ!

 中の奴が無能で使えないなら、外から誰かに助けてもらえばいい! そのためにはSOS信号を送る必要がある!

 

「ねえ、SOSを出そうよ! あんた震えてる。操縦できてないよ」

「できてる!」

「できてない」

「できてる!」

「ふざけんな! 言い合っても仕方ないだろ! 軍隊に追いかけられてんの!」

「あたし、そんなことしらない!」

「知らないって、じゃあSOSを出す方法は知ってんだよね!?」

「……」

 

 ちっ、駄目か。どうせ、ほとんど操作方法を知らないのだろう。なんだよ、こいつ。こんなスキルで乗ろうとしてんじゃないよ馬鹿!

 くそうっ、救難信号が発信できないなら代替案を考えないと。

 落ち着け。考えろ、考えるんだ。

 深呼吸をしてマインドセットを変えなければ。危機に陥ったときこそ冷静になり、考え方を変化させる必要がある。そうすれば自然に良いアイデアが浮かんでくるのだ。自分の経験からも、クールダウンすれば良い考えが浮かぶことは多かった。

 出る、出て行く、逃げる、逃げ出す、逃亡、脱出……。

 脱出かっ。

 そうだ映画でみたことがあるっ! 戦闘機や戦闘ロボットは、やられたときに緊急脱出できる仕組みが備わっていて、レバーだかスイッチだかを作動させれば、コクピットごと飛び出すことが出来るのだ。この《ザク》にも必ずあるはずだから、急いで探さなければ。

 脱出レバーはパイロットが操作する。ということは、椅子の周りにレバーがあるということだ。でもシートの上にはそれらしい物はないから、おそらく下にある!

 

「ちょっと足どけて!」

「な、なにしてんの?」

「レバーを探してんの。ここから脱出するんだよ」

「え、脱出なんて駄目だよぉ」

「うるさい。あんたはもう何もしなくていいから!」

 

 呑気なバカを無視して椅子を調べると、はたして座席の裏側にそれはあった。黄色と黒で塗り分けられているから簡単に判別できる。

 邪魔なマリーの太腿をぐいっと押しあげる。彼女の下着が丸見えになって、幼稚な縞パンが眼前に晒された。

 

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「ちょ、ちょっとぉ。パンツ見えちゃうからやめてぇ」

「そんなもん誰がみるか! このレバーを引けば脱出できるんでしょ。あたし知ってるんだからね」

「だ、脱出するの、だめだめ、だめぇーっ!」

「なにが駄目なんだよ! 駄目なのはあんただろ! 軍用ロボットを操縦する資格なんて、ぜんっぜん無かったんだよ!」

「えっ……」

 

 非難する言葉が胸に刺さったのか、マリーの表情が、いまにも泣きそうな顔に変化した。

 

「あたしは、あんたに付き合って死ぬのはごめんだね。なにが悪い人を捕まえるだよ、偉そうに! そんな資格も技術もないくせにっ。だいたい誰が良いか悪いかなんて判断できんのか? 地球連邦やジオンは、子供には理解できない大人の事情で喧嘩してんだ! 世界は複雑なんだよ。まだ働いたこともない柄パン履いてるお子様は、大人しく家でアニメみながら笑ってな!」

 

 そう言い放ってやったら、マリーの眼に涙が大量に浮かんできて、溢れてだらだらと流れ始めた。

 

「うっ、うぐっ……」

 

 ちっ、やっぱりこのパターンか。出来ない子を叱ると、たいてい泣き始めるから始末に負えないのだ。舞台の稽古で良くある光景で、泣いて出て行ってそのまま帰ってこなくなる子も多い。

 劇ならそれでもいいだろう。代役をしたい奴はたくさんいるから。でも、いまは空の上にいて、すぐにでも墜落しそうな状況で遠慮はしていられない。

 

「うっ……だって、それがナインのお仕事だから……お姉ちゃんたちに、そうしなさいって言われたから……。うっうっ」

「あ、そ。泣くくらいならやめなよ。人に迷惑かけるから、さ」

「意地悪! さっきはサインくれたのに、なんでそんなこと言うの!」

「この状況で、なに甘ったれたこと言ってんだよ!」

「ぎゃんっ」

 

 思わず手が出てしまう。思い切り頬を叩いてしまったのだ。ピシャリと肌を打つ音と痛みに、マリーは驚き呆然としている。

 

「ぶ、ぶった。お姉ちゃん達にも、いつも叩かれてるのに!」

「あんたみたいなわがまま娘は、どんどん叩かれりゃいいんだよ!」

「う、うわぁ~んっ」

 

 マリーは、とうとう大声で泣き始めた。

 あ~っ面倒くさいっ。ふん、責任感が欠如したガキはほうっておいて、ともかく脱出だ。

 

「よし、このレバーを思い切り引けば……。えっ!?」

 

 突然機体が大きく揺れたので、レバーから手を離して思わず身を引いてしまった。

 

「な、なに? わわっ!?」

 

 慌てて周囲を確認すると、画面全体に光る巨大な一つ目がアップになっていて心臓が飛び出しそうなほどに驚いてしまった。

 やばい、追いつかれた! 殺される!

 

『やっと捕まえたぞ。子供パイロット、無事なのか? 操縦は出来ているのか? あるいは自動操縦なのか?』

 

 えっ。心配してくれる? て、敵じゃない?

 マリーはまだ泣き喚いていて、とても返事ができる状態じゃないから、自分が返事をするべきなのだろう。

 

『おい、泣いてるのか? 怪我はないんだろうな?』

 

 呼びかけてきたパイロットの声は優しそうだった。劇や映画の端役をしているから、人の感情はけっこう読み取れる自信がある。このパイロットは信用できそうな感じだ。彼らは自分たちを撃ち殺しにきたのではない。それどころか助けにきてくれたのだ!

 

「な、泣いてるのは操縦してる女の子です! あたしはクラリッサ・ロールズといいます。巻き込まれて、この子と一緒に乗り込んでしまった一般市民です! こ、このコロニーには仕事で来ました」

『仕事?』

「はい、あたしは俳優っていうか、劇をしてるっていうか……」

『そうか、子役なんだな。説明ありがとう。操縦してる子は大丈夫なのか? 操縦が難しいようなら、こちらで助けてやるぞ』

「今すぐ、そうしてください! このままじゃ墜落します! この子、下手くそで全然操縦できてないんです!」

『了解だ。ワイヤーで固定するからな、少し揺れるぞ。ロマン少尉! 右から胴体にワイヤーを放って固定しろ。私は左だ』

 

 た、助かった……。

 安堵で全身の力が抜けていき、その場にへたり込んでしまう。改めて足元をみると、足がすくむほどの高空を飛んでいることがわかった。こんなパノラマはこれまで見たことがないが、墜落していたら間違いなく死んでいたはずだ。

 これほどの危機は人生で初めてだったが、でも、なんとか乗り切ることができた。ほんと、あたしはラッキーガールだよ。

 

『ワイヤー射出』

 

 左右のモビルスーツが腕をひょいとあげると、その指先からワイヤーが飛び出した。すぐにガチンッと固いものが当たる音がして、乗っている《ザク》が僅かに揺れた。あれで牽引してくれるのだろう。

 

「ほら、マリー。もう泣くんじゃないよ。親切なパイロットさんが助けに来てくれたからさ。もう安心だろ?」

「うっうっ……」

 

 あーあ。いつまで泣いてんだこいつ。しばらくは駄目だろうな。ま、好きなだけ泣いてればいいよ。

 それにしても、安心したら急に喉の渇きを覚えてしまった。どこかに飲むものが……。そうだ、脱出装置を探していたときに椅子の下に引き出しがあった。あの中にあるかもしれない。戦闘機や戦闘ロボットには、撃墜されて遭難したときのために、サバイバルキットが用意されてるって映画で見た。

 再びマリーの脚を持ち上げて引き出しの中を確認してみると、予想通り緊急医療パックや水、保存食品が詰め込まれていた。それに小型AEDまで。

 AEDとは、電気ショックを利用して、止まってしまった心臓を動かす装置だ。

 ラベルに水と書かれたチューブを取り出し、蓋をちぎった。温い水を口に含むと、ようやく落ち着くことが出来た。

 生きている、という実感を噛み締める。あとは下に降りたときにどう説明するかが問題だが、こいつが勝手に乗り込んだのだから止めようとしたあたしは何も悪くない。すぐに帰れるはずだし、さっさとこんなコロニーはおさらばしなければ。

 あ、そうだ、頭を打って怪我したマネージャーは大丈夫だろうか。いつもうるさい女だけど、あのまま死なれても困る。救急隊が来てくれたことを願った。

 

『なにっ? 連邦駐留部隊が攻撃を仕掛けてきただと!? そんな馬鹿なことがあるものか! 少尉、状況を確認しろ!』

『司令部との交信によれば、グリューン小隊は連邦軍のモビルスーツからの攻撃を受け、全機が大破した模様。自分の光学カメラでも爆発を捉えています』

『合同演習ではないのか? 演習中の事故の可能性は? 今日はアクシズの連中がセレモニーをやってただろうっ』

『演習の予定は、自分はきいていません』

『なら連邦の奴らは狂ったってことになる。いや、あるいは戦争が始まったとでもいうのか?』

『前方のミノフスキー粒子の濃度が高まっています。連邦軍が散布しているなら、明らかに敵対行動です』

『待機だ。下手にぶっ放したら国際問題になるぞ!』

 

 え、えっ、いったい何が? 自分たちのことじゃないの?

 急に緊迫した会話が聞こえてきて不安になる。明らかに、何か悪い事態が起こっていた。

 

『た、大尉。連邦軍機が高速で接近! 十秒で会敵します!』

『畜生っ、容赦なしか。ワイヤーを切り離して散開だ!』

『了解!』

『ロマン少尉、高度をとれよ! ウエポンズフリー、攻撃を許可する。どうせミノフスキー粒子で、司令部とは連絡がつかないだろうから現場判断だ!』

『ですが、市街地で戦闘行為は』

『絶対に上下方向には撃つなよ。水平方向に撃つんだ。外れてもスペースポートなら被害は最小限に抑えられる。弾が市街地に飛び込んだらまずい』

『わかりました』

『おい子供パイロット! すぐに降下するんだ。巻き込まれるぞ!』

 

 物騒な会話のあと、左右の《ザク》は上昇してあっという間に離れていった。取り残された後の静けさが不安を煽る。

 どういうこと? 敵って連邦軍が? まさか本当に戦争が始まったのなら、自分は連邦軍に殺されることになる。あたしは連邦市民なのに、そんな馬鹿な話はない! 

 撃たれないためには連邦市民だってことをアピールしなければっ。自分は芸能事務所に所属していて、サイド6にアパートだって借りている。不法就労者じゃないから身分証明はできる。正規の市民番号を持っているのだ。でも、どうやって伝えればいいのか分からない。

 あっ、光が!?

 急上昇していった《ザク》が銃を撃ち始めたのが見えた。光る弾がレーザー光線のように雲に軌跡を描いて、その先にいるだろう敵目掛けて飛んでいった。

《ザク》の背中や手足からも頻繁に光が見える。ジェット噴射しながら銃を撃ちまくっている! あんなに弾を撃ったら、地上の人に弾が当たってしまうんじゃないだろうか。

 そのとき、上手く表現はできないが、空というか外部から圧力のようなものを感じた。悪い予感みたいな、形容し難い感覚を。

 すると突然雲を割りながら、黒いモビルスーツがとんでもない速さで飛んできた。

 巨大なロボットが、あんな速度で飛ぶなんて! 

 ロボットのデザインは明らかに《ザク》とは違う。左手に持っている盾の、星みたいな黄色いマーク。あれは地球連邦軍だ!

 小動物を狙う捕食動物みたいな連邦軍モビルスーツに対して、ジオン共和国軍の《ザク》は明らかに動きが鈍い。

 見ているうちに黒いロボットはあっという間に下に回り込み、光る剣、ビーム・サーベルを使って容赦なく《ザク》を上下半分にしてしまった。

 

「ああっ!?」

 

 二つに分割された《ザク》は、無残な姿で真下に落下していく。

 あの、さっき助けてくれたパイロットの人がっ。

 さらに遠くでは、もう一機の《ザク》と別の黒いモビルスーツ同士が、上昇したり下降したり、くるっと回ったりしながら戦っていた。でも素人の自分が見ても、二機の動きは緩慢な印象を受けた。ロボット同士の戦いなんて初めてみたが、踊りや劇で言えば練習が足りないというか、ようするにあまり上手くないのだ。

 それがもどかしいと思ったのか、我慢が出来なくなったのか、さっきの恐ろしい速さの黒いモビルスーツは腰から銃を取り出すと、《ザク》目掛けて発砲した。すると哀れなロボットは、たちまち頭、両手を撃ち抜かれて墜落していった。

 

「あ、あんなに遠くの敵を……!」

 

 圧倒的なスキルの差を目にして震えが止まらない。あの黒い奴のパイロットは、恐ろしいまでの冷徹なプロなのだ。

 そして、そう理解したことが自分の恐怖を倍増させた。間違いなく、次はこっちを狙ってくるからだ。じんわりと下着が濡れたのを感じた。

 

「ねえっ、マリー! 泣いてないで降伏するんだよ! 殺される前に!」

 

 コクピットで泣くマリーを怒鳴りつけながら、彼女の手を掴んで無理やり操縦桿を握らせた。

 

「うっうっ……あ、あれが敵……?」

「なに寝ぼけてんだ! 降伏しろっての!」

「て、敵だ! 敵は倒さなきゃ駄目ーっ!」

「うるさいっ! ロボットの両手をあげろ! あっ!? きゃあーっ!」

 

 黒いモビルスーツが威嚇射撃をしてきて、弾丸がすぐそばを掠めていった。雷が鳴るような凄まじい音と振動に、頭を抱えて叫び声をあげてしまう。

 目が慣れてきたのか、大量のアドレナリンが脳に流し込まれているのか、銃口から火花が出るのがはっきりと見えた。一瞬のちには死んでいるかもしれない。そう思うと身体が震えて、頭が真っ白になる。アドレナリンでも恐怖は消せない。機体がバラバラになったら空中に放り出される!

 黒いモビルスーツは、もの凄いスピードで一気に距離を詰めてくる。まるで獲物を狙う鷹のような動きで。あんな奴を相手に出来るわけがない! 

 やばい、また銃撃が!

 今度こそ当たるかと思ったが、突然に重力が上向きにかかり、フワッと体が浮いたと思うと、そのまま吐き気を催す猛烈な加速が襲い掛かった。

 機体が急降下している!?

 

「よ、避けたの!?」

 

 マリーは、顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながらも、操縦桿を傾け、ペダルを思い切り踏んでいる。敵の攻撃をギリギリで回避したのだ。

 そして、彼女の髪飾りと身体がぼんやりと光っているのがわかった。強いストレスを感じているゆえの、幻覚かなにかなのか? あるいは何らかの装置の結果なのか? オーラみたいにマリーに光の粒子がまとわりついている?

 

「マ、マリー。あんた、何をしてるの?」

「この子を動かしてるの!」

 

 マリーがモビルスーツを操縦できるのはわかった。だが、ちょっとばかり攻撃を避けたからといって危機であることは変わらない。

 連続的に射撃をしながら、轟音を立てて、黒いモビルスーツが凄まじい勢いですぐそばを掠めていった。

 あれは!? その姿は自分が劇で演じていた主役に似ていた。

 

「く、黒いガンダム!?」

 

 やばい、相手は《ガンダム》なのか!? 

《ガンダム》とは昔の戦争で活躍した英雄みたいなロボットで、一機でジオンの《ザク》の半分を倒したと言われてる。地球連邦市民にとっては正義の味方だ。そんなロボットを黒く塗っているのは趣味が悪いが、いずれにせよ《ガンダム》を相手にして生き残れるはずはない。

 黒い《ガンダム》は、高速でターンして、再びこちらに向かってくる。

 

「早く下に逃げなさいよ! 着陸して脱出するんだよ!」

「ガ、ガンダムは敵だから、やっつけないと……。ガンダムは敵、ガンダムは敵。ザクは味方」

「ガンダムを倒せるわけないだろ! わっ、くるっ」

 

 黒い《ガンダム》は、あっという間に近づいてくると、体当たりを仕掛けてきた。

 

「わーっ!」

 

 だがその攻撃すらも、マリーはまたしてもギリギリで避けた。

 こいつ意外と出来るのか!? とにかくこのまま避け続ければ、あるいは助かるかもしれない。

 しかし、その考えはかなり甘かった。攻撃を避けたと思っても、相手は遥かに上手だったのだ。

 《ガンダム》は急停止すると、体を反転させながら腕をぐっと伸ばして掴みかかってきた。

 

「ひっ!?」

 

 ガンッという金属音がして、コクピットのスクリーンが手に覆われた。敵に頭を掴まれたのだ。

 マリーを見ると、慌てながら操縦桿を動かしていた。連動して《ザク》の手が動くのだ。しかし、大人に叱られて折檻を受ける子供みたいにまったくの無力で、視界は巨大な手に覆われたまま。

 スポーツや格闘技でもそうだが、素人は固く直線的な動きしか出来ない。やはり彼女は素人だ。プロに対抗できるわけもない!

 

「は、離れて、離れてよぉ~」

 

 喚くマリーを嘲笑うように、《ガンダム》の手がザクの頭を握り潰し始めた。

 ギシギシという凄まじい破壊音と振動がコクピットに襲いかかり、内部は恐怖の感情で満たされた。

 

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「つ、潰される! いやああっ」

 

 思わず叫んでしまったが、よく考えたらコクピットは胴体にあるから、頭を潰されても死ぬことはない。でも、そんな冷静な分析はどうでも良かった。大ピンチに違いはないからだ。

 黒い《ガンダム》はしばらく頭を握りつぶしていたが、突然左手で胴体をドンっと押してくると、激しい衝撃とともに《ザク》の口とパイプが文字通り引きちぎられた。

 

「わ、わああーっ!」

 

 機体が大きく揺れたせいで体が後方に吹っ飛び、後ろの壁に思い切り背中をぶつけた。

 い、痛いっ!

 もの凄い痛みに、気を失いそうになる。こんな狭いところで死ぬのは嫌だ!

《ザク》は《ガンダム》に突き飛ばされた反動で、地表に向かって勢いよく降下し始めた。このままでは墜落する! が、マリーがパニックになりながらもペダルを必死に踏んだおかげで、ロケット噴射によって何とか空中に停止した。

 だが、容赦のない攻撃はさらに続いた。《ガンダム》は間髪入れずに、まるで格闘家のような動きで、回し蹴りを放ってきたのだ。

 あんな攻撃を受けたらやばい!

 すぐさま椅子の側にしゃがみこみ、頭を両手で抱えた。直後、《ザク》がバラバラになるかと思うような衝撃が襲い掛かって、体が真横にふっ飛んで壁に激しくぶつかった。

 

「う、うああっ。あああっー!」

 

 う、腕の骨が。腕の骨が折れた! 

 腕をもぎ取られたような凄まじい痛みが襲い掛かり、どっと涙が溢れる。

 

「ううっ、ちくしょう。痛いっ!」

「う、うわわ……」

 

 ぼやけた視界でマリーを見ると、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしてガタガタ震えていた。駄目だ、彼女は完全に心が折れている。もはや戦うとか操縦とか言えるレベルではない。こ、このままじゃ殺される!

 黒い《ガンダム》は空中で静止している。その姿は、まるで冷静に獲物にとどめを刺そうとする捕食動物だ。

 捕食者は勝利を確信したように左手をあげ、指からワイヤーをヒュッと飛び出させた。ワイヤーは機体にぶつかると、ガチッと固定された。

 た、逮捕して捕まえるつもり? でも、こんな残虐な攻撃を受けるなら、早く逮捕された方がましかもしれない。

 

『ジオンのパイロット、聞こえるか? 全くなっちゃいないパイロットだね。デモンストレーションで乗っていただけの民間パイロットなのか? だったら降伏するチャンスをやるよ』

 

 パ、パイロットは女? 女同士だから少しは情けがあると思いたいが、戦争に男も女もない。この冷たい声からは残忍さが感じられた。

 

『どうなんだ? 十秒以内に返事をしなさい』

「マリー、返事をすんだよ! ちっ駄目か。こ、降伏します!」

『そうか、賢明だ。このまま基地に連行して尋問させてもらうよ』

「えっ。じ、尋問って。子供を尋問するんですか!?」

『子供だろうと関係ない。今のご時世、子供のテロリストは珍しくないだろ?』

「あ、あたしはテロリストなんかじゃありません!」

『なら、そう言い訳すればいいさ』

「そ、そんな……」

 

 連邦軍に連行されて尋問を受けるなんて。突然に襲い掛かった絶望感に気を失いそうになり、冷や汗がどっと吹き出した。

 酷い話はたくさん聞いたことがある。尋問とは名ばかりで、実際には無理矢理に眠らせないようにしたり、殴ったり、裸にして鞭打ったりする拷問が行われるのだ。

 自分が酷い仕打ちを受けている姿を想像した。

 このマリーだって、彼女こそモビルスーツを盗んだのだから、厳しい尋問を受けるに違いない。いまの話をきいて、ますます泣き喚くのではないか。だがマリーを見ると怒っていたのにはびっくりしてしまった。

 なんだこいつ。意外。まさか、負けたから悔しがっているのか!? 下手くそなくせに!

 

「あ、あなた、お姉ちゃんを酷い目にあわせた人だ!」

『な、なに? 今のは誰だ?』

「許せない。プルセブンお姉ちゃんを!」

『なっ、プル、セブンだと……。お前、まさかアクシズの強化人間か!』

 

 な、何の話をしてるのか分からない。きょ、強化人間って?

 

「連邦軍には降伏しないんだから!」

 

 マリーは恐怖でおかしくなったのか。訳の分からないことを言い始めたが、その挑発的な物言いはまずい!

 

「マリー、な、なに言ってんだよ! 謝れ! す、すみません、私からも謝ります! この子、恐怖で頭がおかしくなって」

『そうか……。彼女がこのコロニーにいるのだから、妹がきていても不思議ではないというわけだな。いいだろう、お前は連行する。研究所の奴らも喜ぶだろうさ』

「ふんだ。あたしは、いかないからね。お前なんかやっつけるんだから! エイトお姉ちゃんだって、そう言うはずだよ」

『こ、この生意気な! どうやら痛い目を見ないと分からないようね! これをくらいな!』

 

 外のモビルスーツが光ったかと思ったとたん、周囲が凄まじい光と衝撃に包まれた。

 コクピットに大電流が流れ込んできたのだ。

 

「うわっ。ぎゃあ~っ!!」

 

 視界が白くスパークして、全身が痙攣した。そして、電気が流れた椅子から、まるで弾かれるように大きく跳ね飛ばされてしまった。

 だが、それが自分の命を救った。空中に飛んだので、電気が身体に流れたのは一瞬ですんだのだ。天井に頭をぶつけて壊れて割れたパネルに落下したが、幸運なことに、そこには電気が流れてこなかったのだ。

 でも、椅子に座っているマリーには電気が流れ続けた。

 凄まじい悲鳴がコクピットに響き渡った。椅子にシートベルトで固定されているマリーは、電気から逃れようがない。彼女は身体を激しく上下させ、頭を振り乱しながら泣き叫んだ。

 

「いやああ~っ! 助けてっ、お姉ちゃ~ん! うわあああ~っ!」

 

【挿絵表示】

 

 バチバチと電気が弾ける音がして、焦げ臭い匂いがコクピット内に漂った。マリーの服とニーソックスがビリビリと裂けている。全身に電気が流れているのだ。

 その姿は、まるでおぞましい拷問を受けているようだった。

 

「あ、あ……」

 

 助けたくても、下手に触れば自分も感電してしまう。見殺しにするみたいだが、命をかけてまで助ける勇気はない。

 

「ぎゃ、ぎゃああああ~っ」

「ひ、酷いっ……」

 

 目の前で電気に焼かれるマリーを、ただ震えて凝視することしか出来なかった。恐ろしく長い時間に感じたが、実際は十秒くらいだったのだろう。

 ぞっとする仕打ちが終わり、ようやく電流が止まった。電流で壊れたベルトが外れ落ち、跳ね回っていたマリーの身体がシートにどさりと転がった。

 か、彼女は生きているのか?

 折れた腕と火傷でひりひりと痛む身体をかばいながら、マリーの様子を確認するために苦労して椅子を這い上がった。

 マリーは椅子にぐったりと身を沈めていた。汗まみれで、顔は涙と鼻水、よだれが垂れ放題だった。失禁もしてしまったようで、椅子をしずくが垂れていくのがわかった。その身体はピクリとも動いていない。

 負傷具合を確かめるために、折れてない方の手を使って裂けたシャツを慎重にまくり上げた。酷い火傷を負っていたらまず助からないが、幸い火傷はたいしたことはないようだ。しかし、問題は内臓だ。

 続けてまっ平の胸に手を当ててみる。

 ……だ、だめか。音が、しない!

 慌てて耳を心臓にあてた。やはりなんの音も聞こえない。マリーの顔をみると両眼は半開きで焦点が定まっておらず、顔色は蒼白だった。

 

「し、しんでる!」

 

 やはり、あれだけの電流を流されたのは致命傷だったのだ。こんな小柄な子があんなに電気を流されたら死んで当然だ。

 ば、馬鹿な奴。正義ぶって軍人に逆らうからっ。

 

「なんで、あんなに頑固だったんだよ! あんたみたいな普通の女の子が、なに考えてたんだよ!」

 

 会ったときから変な奴だった。でも、愚か者だからといって殺されていいわけはない。ジオンの人間にだって、不法移民者にだって基本的人権はあるし、最低限度の生活を営む権利がある。だからこそスペースコロニー社会は成り立っているのだ。

 そう考えると横暴な連邦軍に腹が立ち、マリーをこのまま見殺しにはできないと思った。

 まだマリーは助かる可能性がある。

 そう、電気ショックで心臓が止まってしまっても、人工呼吸をすれば蘇生できるかもしれないのだ。もちろん素人なので確信はないが、ちょうど事務所の講習で蘇生法を習ったばかりなのは幸いだった。

 

「あ、あたしにできんのか」

 

 黒い《ガンダム》がさらに電気を流してこないか怖かったがやるしかない。ちくしょう、なんで、こんな目にあわなきゃならないんだ!

 椅子の端に脚をかけて、折れて痛む左手をマリーの胸に添えた。そして、そのまま右手で胸をリズム良くグッグッと押し込んだ。

 

「いっ、痛っ……」

 

 折れた左手が凄まじく痛んだが、胸を圧迫する動作を連続して三十回繰り返した。かなり力が必要で、怪我をしてる身には辛い作業だ。

 次は息を吹き込まないといけない。マウスピースがないから、直接口をつけなければならないだろう。唇を重ねるのに一瞬躊躇したが、鼻を手でつまんで、胸が膨らむまで口から息を吹き込んだ。これは二回。あってるのか自信はないが、このサイクルを何度も繰り返す必要がある。

 痛みで息をするのも大変だったが、必死に続けても、まるで息を吹き返す様子はない。

 体力を消耗して気を失いそうになり、頭が眩んでマリーの唇に思い切りキスしてしまう。

 

「ファーストキスが女の子かよ。ちくしょう、息をしなさいよ!」

 

 駄目だっ! あんな電気ショックを受けたら、こんな子供はひとたまりもないのだ。あんな電気ショックを……。って、電気? あ、AEDか!

 電気ショックで蘇生させるのがAEDだ。気が動転していて思いつかなかったが、電気でダメージを受けたのなら……!

 急いで椅子の引き出しを開いてサバイバルキットを取り出した。AEDは前に使い方を習ったことがある。充電して電気パッドを胸に押し当てればいいだけだ。

 装置の蓋を開き、二つの電気パッドを取り出す。電源を入れて、パッドに電気が充電されるのを待った。

 

「だ、大丈夫なんだろうか。電気にやられたのに電気を使っても……」

 

 素人に判断できるはずもないが、でも、このままにしていたら、マリーは死んでしまう。

 

「どうなってもあたしのせいじゃないし!」

 

 思い切ってマリーの平らな胸にパッドをあてると、彼女の身体がビクンッと激しく跳ねた。こ、効果があった!?

 もう一度充電して押し当てる。今度はマリーの手足が跳ねた魚のようにビクビクと動いた。

 効果があるか分からないが、何度でも繰り返しやってやる。

 希望が見えてきたとき、急にコクピットが暗くなるのを感じて、おもわず身を引いた。黒い《ガンダム》が接近してきたのだ。

 

『パイロット、返事をしなさい』

「えっ? あ、あっ!」

 

 いまや画面いっぱいに《ガンダム》の頭があった。その顔は、ロボットなのにまるで勝ち誇ったような表情をしているように見えた。

 

『戦闘継続の意思はないようだな。こんどこそ降伏するか?』

「ま、待ってください! 酷いことしないで! パ、パイロットは。パイロットはもう死んでしまったのに!」

『なんだと?』

「あなたが殺したのよ! 相手はまだ子供なのに……人殺し!」

『ちっ……ほんとうに強化人間なのか? あのくらいで死ぬなんて』

「強化人間って、なんなんですか。この子は強い人間じゃなくて、ひ弱な人間です!」

 

 強化、強化って! 

 わけの分からないことを理由にして、平然と残虐なことをする女に怒りが湧いてくる。でも、身に合わない正義感をだせば、このマリーのように無惨に殺されてしまうだろう。

 

『ひ弱な人間だと? 何がひ弱なものか!』

 

 怒鳴り声と共に、モビルスーツの拳が襲い掛かった。

 

「ぎゃっ」

 

 凄まじい衝撃が襲いかかり、思い切り壁に叩きつけられた。全身の内臓が揺れたかと思うほどの、えぐられるような痛みが全身を蝕んだ。

 

「ぐぐっ……」

 

 怒り狂っている地球連邦軍の女パイロットは、ヒステリックで自意識過剰、冷酷な人間だと判断した。こういうタイプの人間は、我も忘れて散々暴れまわった挙句、終わったあとで少し反省して全てを無かったことにしようとするクズ。理屈が通じる相手ではない。

 それでも、ただ殺されるのを待つなら謝り倒そうと思った。

 

「ゆ、許して、お願い。私はただ巻き込まれたたけなんです!」

 

 まるで神の前で祈るように必死に叫んだ。今が、これまで磨いてきた演技力を最大限に発揮するときなのだ。

 

『何をいまさら。厚かましい!』

「この子が勝手にロボットを操縦したんです! あたしは止めようと思っただけ。テロリストなんかじゃありません! ただ巻き込まれただけなんです!」

『見えすいた嘘を言うなっ! ネオジオンの工作員めが!』

 

 黒いモビルスーツが腕を引くと、機体がギシギシとしなった。巻きついたケーブルが締め付けてる!?

 バキッと壁の画面パネルが割れて外れた。

 やばい。押しつぶされる!

 

「違います! あたしの名前はクラリッサ・ロールズ。職業は役者です。所属事務所はバーナムプロダクション。善良な地球連邦市民で、サイド6、リボーコロニーに住んでます。ここには仕事で来ただけなんです。さっきまで連邦政府の仕事、ガンダムの劇をしてました! わたしには保護される権利があります!」

 

 恐怖に震えながら、吐き出すように一気に喋った。

 

『信用できないねえ。このジオンでガンダムの劇って何よ? おおかたネオジオンの秘密集会か何かだろう』

「え、えっ?」

『政府転覆を企む集会やデモは法律で禁止されている。反すれば共謀罪だ』

「違います! ただの子供向けの劇です!」

『なるほど隠れ身にはちょうど良いだろうさ。お前みたいな少女をアイドルだと崇める愚かな男もいる。可愛いアイドルが、裏では活動家というわけだ』

「ま、まさかっ」

『フン、いいでしょう。裸にして徹底的に尋問してあげる。その身体に訊いてやるよ。寝かせないから覚悟しなさい』

「そ、そんなっ」

 

 全裸で拷問を受ける自分の姿を想像すると、血の気がひいて気分が悪くなった。鞭打たれたり、爪を剥がされたり、暴力で肉体的、精神的に蹂躙されるのだ。

 女パイロットの、ナイフで刺すような言葉は心と身体を凍りつかせた。この寒気と恐怖、どこかで味わった気がする。

 ……そうだ。去年に観た残虐なB級ホラー映画。映画に出てきた犯罪者の女に感じが似てるのだ。その女は誘拐した少女を裸にして鞭打ち、ナイフで切り刻むことを至上の喜びとする異常者なのだ。

 今の状況が映画とオーバーラップして、危うく下着に漏らしそうになった。

 

「うぅっ、なんであたしがこんな目にあうんだよ! ただ仕事をしにきただけなのにっ。あたしは犯罪者じゃない! 拷問なんて嫌だ!」

 

 感情の波が一気に流れ出し、身体が勝手に泣き叫ぶことを始めた。どうしようもない状況では、もう涙しかでてこないのだ。

 

「誰か助けて! ここから出して! あたしを犯人にしようったって、裸にしても何にも出てこないんだよ!」

 

 泣き声がコクピットに反響して、虚しい一人芝居が聞こえてきた。最期まで観客がいない芝居を演じる運命なのか。

 

「泣いても状況は好転しないぞ、クラリッサ・ロールズ」

「えっ!?」

 

 いきなり聞こえてきた落ち着いた声に、誰か知らない人がコクピットに入ってきたかと驚いてしまった。あり得ないことにびっくりして振り向くと、マリーが起き上がっていた。すっかり泣きやみ、身だしなみを整え、その表情は……明らかに雰囲気が違っている。キリッとしているのだ。

 その自信に満ちた顔を思わず見つめてしまった。

 

「だが、お前は本当に良くやってくれた。マリーを、私を蘇生してくれたこと、心から礼を言わせてもらうよ」

「マ、マリー。あ、あんた大丈夫なの? てっきり死んじゃったんじゃないかって」

「ああ、大丈夫だ。お前の的確な判断と行動力は素晴らしかった。子供とは思えぬほどにな」

 

 そういうと、マリーは手を握ってきた。

 

「え、そ、そんなこと……。ただ助けようと思って、必死なだけだったし」

「危機の時こそ、本来の能力、性格が露わになる。クラリッサは勇気があるのだな」

「あ、いや……」

 

 なに赤くなってんだ、あたしは。

 

「今度はわたしの番だ。あの女パイロットを撃退してみせる」

「撃退!? それってやっつけるってこと? そ、そんなの無理だよ! 見たでしょ。あのパイロット、とんでもない奴なんだよ」

「安心しろクラリッサ・ロールズ。このハイザック、基本性能は悪くない。ジム・クゥエルより性能は優っているのだ。だから、あとはパイロットの腕次第ということになるが、戦闘データはすでに解析済みだ。初陣ではあるが十分に対抗できるだろう。シミュレーションは何万回としているのだからな」

 

 マリーはシートやモニターについてるレバーやボタンを操作しながら、自信ありげに言った。この冷静さと自信、まるで別人みたいだ。

 

「これから機体を再起動する。揺れるから、お前はリニアシートの後ろでしゃがんでいろ。両足を踏ん張り、身体を固定するのだ。腕は痛むか? できるか?」

「う、腕は痛むけど、なんとか大丈夫」

「了解だ。早く終わらせて処置しなくてはな」

「あっ。変なこと訊くみたいだけどさ。あんた、本当にマリーなの? なんか性格違ってる」

「そう感じるか? わたしは間違いなくマリー・ファンネルだ。肉体と精神は切り離せないのだから」

「で、でも」

「しかし精神に変化があった、とは言えるだろうな。二つの精神が融合して、新しい人格が産まれたのだ」

「新しい人格……。それって別人じゃないの」

 

 マリーが言ってることが本当なのかわからなかったが、今はただ見ていることしかできないし、彼女の自信に満ちた言葉には勇気付けられた。

 

「メインエンジン始動。基本システムに異常なし。モノアイ、各センサーとも正常。機体制御に関してはAMBACに異常が見られるが、宇宙空間ではないから問題はない」

 

 動かなくなっていた《ザク》が唸り声をあげた。その音は、まるで怒った動物みたいだ。

 

「さあ、いくぞ。反撃の時間だ、クラリッサ」

「う、うんっ」

「あの傲慢な女に鉄槌をくらわせようではないか」

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