プルフォウ・ストーリー2 月に降り立つ少女たち   作:ガチャM

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「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ

※Pixivにも投稿しています。


第32回「コロニーに吹く風」

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「なんだっ、まだ抵抗するのか!」

 

 地球連邦軍のエージェントであり、パイロットでもあるクリスティ・マッキンタイア中尉は、システムダウンを起こして機能停止していた《ハイザック》が、今再び動き出したことに驚愕した。

 

 それは全く予想外のことだった。

 ハイザックの電気回路は、ヒートワイヤーの電流でズタズタにしてやったはずだ。そんな状態で機体を再起動させるためには、複雑な内部回路を手動でバイパスさせるしかない。だが、それは専門技術を有する人間にしか出来ないことである。

 

「ちっ、あのガキは素人じゃない。このあたしが騙されたのか。騙す側のはずなのに!」

 

 名状し難い怒りが沸き起こり、自分のアイデンティティが崩壊する屈辱を味わった。人を謀るスパイが騙されるなど決してあってはならないのだ。あの泣いて謝っていたガキの正体が、訓練を受けたテロリストだと看破できなかった!

 憤慨している間に、《ハイザック》はヒートホークでワイヤーを切断し、急上昇して拘束から逃れて脱出した。

 

【挿絵表示】

 

「ヒートホークだと! そんなもので何ができるものかっ」

 

 怒りに我を忘れているわけではない。思考に冷静な部分は残していて、敵機の状態を確認していた。なるほど、奴は式典用の機体だから、ろくな武器を装備していないのだ。そんな機体であたしに挑むなど、これは舐められたものだ。

 ヒートホークとは巨大な斧で、その名の通り刃を赤熱させて攻撃する兵器なのだが、プラズマを使用するビーム・サーベルと比較すれば決定的に威力が低い。しかも何回か使用すると刃がダメになり、ただ叩くだけの板切れになってしまうのだ。メリットと言えばエネルギー消費量が低いことだけで、《ハイザック》のようなジェネレーター出力の低い機体ならば重宝する、という程度の時代遅れのシロモノなのである。

 だが時代遅れの武器でも当たれば怪我をする。善良な市民の振りをして武器を隠し持ち、いきなり不意打ちを喰らわせるのはテロリストが良くやる手法だ。

 

「何が芸能人だっ。奴が言った事務所が実在しているから!」

 

 自分は身分を偽るためのカバーストーリーとして芸能界に身を置いているから、まんまと騙されてしまった。なんという間抜けな!

 もはや手加減は無用だ。冷徹にコクピットを狙い、ライフルのトリガーを引いた。この距離ならば間違いなく当たる!

 だが次の瞬間、《ハイザック》は一瞬で視界から消え失せた。

 

「消えた!? なんて加速っ。チューンアップされているからか!?」

 

 いや違う。これはモビルスーツの性能じゃない。敵パイロットは、もっとも効率的かつ効果的な軌道を選択しているのだ。

 自分の強化された動体視力で追えぬはずはない。つまり奴は全周囲スクリーンの死角、こちらからはリニアシートの影で視認できない位置を常に移動しているのだ!

 

「なんて奴だ。こちらの動きを読み切っているというわけか。……だが上手くやったとは思うなよ。強化人間が相手なら、戦い方は心得ているんだっ」

 

 なまじ目で追うから惑わされる。ならば、目で見なければ良い。

 ニュータイプや強化人間と呼ばれるパイロットの戦闘は、敵の感応波を捉え、相手の思考から移動位置を予測して攻撃手順を組み立てるのがセオリーだ。チェスやショーギのプレイヤーのように、瞬時に何手先を読むのである。

 それには、いかに敵の感応波を正確に捉えるかということも重要だ。だからニュータイプ専用機には、感応波デコーダーであるサイコミュが搭載されているのだ。しかし、この《ジム・クゥエル》のようにサイコミュを搭載していない機体では自らの脳だけで処理しなければならないから、どうしても精度は低くなってしまう。

 

 だが、それだけが理由と思えない奇妙な事象が発生していた。

 

「馬鹿な……。感応波がまるで捕らえられない!」

 

 敵の感応波をまったく感じ取れないというのは異常なことだ。なぜなら、普通の人間でもほんの僅か感応波を発しているからだ。

 

「感応波を阻害するシールドでもあるのか? ジオンはジャミング装置を発明したのかっ!?」

 

 意識を集中すると、その理由がわかった。感応波を捕らえられないのではない。生きた人間のシグネチャーを捕らえられないのだ。これは、なんだ? まるで薄気味悪いゾンビのような、フラットな波形。

 感応波は、個人が抱く思念や感情によって固有のパターンを有している。つまり一つとして同じ波形存在しないのだが、その特有の波をサイコミュでデコードすれば、人の意識を感じることができるのだ。

 しかし、いま感じるのはぞっとする虚無のみ。

 

「いったい何者だ? 薄気味悪い奴めっ。くっ……そこだ!」

 

 マニュアルで照準を定めてトリガーを引くと、ハイスピードの敵機に追随してジムの腕がぐるりと背後に回った。その、人としては不自然な体勢から、ライフル弾が高速で発射された。

 もちろん市街地の方向は回避した上での、あらゆる要素を計算した結果であり、射撃管制コンピューターよりはるかに精度が高い攻撃だ。

 しかし、敵は演算外の領域にいた

 

「これも外したっ!」

 

《ハイザック》は急加速し、予測値以上のスピードで背後を駆け抜けていった。

 

『遅いな。お前の攻撃パターンは既に見切った』

「なんだとっ!?」

 

 背後をぐるっと周り、正面で急停止した《ハイザック》から声が聞こえてきた。聞き覚えのある声色。だから、一瞬『彼女』が乗っているのかと勘違いしてしまった。

 操縦しているのはテロリストのガキじゃない!? 未熟なあの女の能力が覚醒したのか!? だが、ファンネリアはコンサート会場でずぶ濡れになり、無様な姿を晒していたはずだ。ということはつまり、奴の妹が感電死せずに生きていたのだ。

 ネオ・ジオンのエース、ニュータイプ能力を持つプルツーという奴は、先の戦闘で二十機以上のモビルスーツを一人で屠ったらしい。そんな怪物の妹ならば、能力も引き継がれているということなのか。だが、奴の感応波は理解できない。

 

【挿絵表示】

 

『貴様はやり過ぎた。ターンオーバーの時間だ』

「お前! 油断させるために演技をしていたのかっ。汚い真似を!」

『フン、言えたことではないだろう。裏工作をするような人間は、演技めいたことが好きなはずだな?』

「なんだと?」

『説明が必要か? いいだろう。お前はこのサイド3にリポーターとして潜入し、デモや暴動を誘発する秘密工作を仕掛けたのだ』

「何を世迷言を。知らない話だ」

『それは言えないだろうな。社会的な立場を利用して、密かに政治的、軍事的工作をしていたのだから。正体は、おそらく地球連邦政府の特殊機関のエージェント。AIやサイコミュで扇動するなど、サイド3駐留軍ができる仕事ではない』

「誘導質問のつもりか? 応えるつもりはない!」

『そう、アクシズで活動していたのもお前だ。民間シャトルを使い、戦闘に紛れて宇宙要塞に潜入する……。かなり腕の立つスパイのようだが目的は何だ? いや愚問か。偵察と情報収集。あるいは要人の暗殺、拉致。ダーティーな秘密作戦(ブラックオプス)で、アクシズに混乱を招こうとしたのだろう』

「何を言ってるのか分からないが、アクシズが混乱して自滅するなら結構じゃないか。これまでジオンが何をしてきたのか知ってるだろ? その罪は決して許されることはない。罪深い連中は滅びる運命にあるのさ」

『罪を償うのはお前の方だ。姉プルセブンの仇、とらせてもらう』

「仇撃ちね……。時代遅れのジオンには、法律に復讐法が書かれているのかい?」

 

 そう挑発した次の瞬間、《ハイザック》は凄まじい速度で加速をかけてきた。

 速い! 即座に反応し、ライフルで狙いをつける。だが、すでにライフルの間合いではなかった。腕を引いたが一瞬遅く、ヒートホークの一撃でジム・ライフルを真っ二つにされてしまった。

 

「ちっ、戦闘能力を削ぐ気か!」

 

 だが、この間合いは迂闊。復讐にはやるあまり飛び込みすぎたのだ。素人にありがちなミスで、戦いで感情は抑えなければならない。いずれにせよ、この私の懐に飛びこむなど自殺行為!

 

「踏み込みすぎたな。死ねっ!」

 

 フリーになった右マニュピレーターで素早くビーム・サーベルを引き抜き、容赦なくコクピットを狙った。この近距離で避けることはできない!

 だが、またしても。

 

「な、なにっ!?」

 

 コクピットがプラズマで焼かれる直前、《ハイザック》は急激なバレルロールで軌道を変化させると、ひるがえりながら突きを寸前でかわしてしまった。

 いくら低重力とはいえ、旧式機にこの動きをさせるには卓越した操縦センスが必要だ。

 ちっ、敵のスキルに感嘆している場合ではない!

 すぐさま次の攻撃に移るべく、シールドで正面を防御しつつ180度ターンを開始した。

 攻撃を避けた直後は無防備な背面を晒すことになるから、そこを狙う。白兵戦闘では攻守が瞬時に入れ替わり、先の展開を読みきれなかった者が敗北するのだ。

 しかし、次の《ハイザック》の動きこそ驚愕せざるを得なかった。

 

「あ、あたしの防御を利用した!?」

 

 ヒートホークが深々と食い込み、金属を引っかく不快な音が響いて、シールドの上部三分の一が切り取られて失われた。

《ハイザック》は飛び去るふりをしつつ、ヒートホークでこちらのシールドに斬りかかり、引っ掛けるようにしてブレーキをかけたのだ。普通の人間は、一度にひとつの動きしかできない。ムーブとアタックを同時にやってのけるのは、常人には出来ない芸当だ。

 

『コクピットを狙うとは、この私を逮捕するのではなかったのか?』

 

 パイロットの憎たらしいほどに冷静な声が聞こえてくる。聞くほどにあの女と声質が似ている。もっとも彼女なら慌てて取り乱しているだろうが、連中がクローニングされた兵士だという噂は本当なのか?

 

「それはお前の正体を知る前の話だ。テロリストに人権はない!」

『根拠もなく決め付けるところが、いかにも傲慢な地球連邦軍だな。だから地球圏から争いが失われないのだ』

「笑わせるな。加害者が被害者面するなよ。火種を巻いているのは貴様らだ。しかし火種は燃える物がなければ消滅する。それがジオンの運命だ!」

 

 腕を引いていたから、ビーム・サーベルで攻撃するには遅すぎる。だから操縦桿のトリガーを引き絞り、強引に頭部バルカン砲を発射した。

 ガトリング砲のバレルが高速回転して、60mm炸裂弾が放たれる。近距離で発砲すれば弾が跳ねて撃つ側にも危険が及ぶが、相手は回避しようと距離をとるはずだ。

 弾頭が直撃し、《ハイザック》の肩アーマーが穴だらけになって吹き飛んだ。上手く防御したものだが、甘い。一瞬トリガーを放して照準を微調整すると、再びコクピットを狙った。徹底的に致命的なコクピットを攻撃することで、敵パイロットを動揺させるのだ。

 しかし、予想に反して《ハイザック》は距離をとるのではなく、接近してくると下方から捻り込むような機動をとった。まるで恐れを知らないように。

 この動き、間違いない。刷り込み操作で恐怖を排除された、洗脳、調整された強化人間だ!

 

「ちっ、股下をくぐるつもりか! 後ろ! 回り込まれたっ」

 

 予想外の動きに防御姿勢をとる間もなく、機体に激しい衝撃が走った。背後からヒートホークの鋭い一閃が襲い掛かったのだ。

 マルチファンクションモニターが激しく明滅し、バックパックのダメージを示すアラートが煩いほどに表示された。

 ざっくりと内部構造が引き裂かれた。燃焼ガスが漏れたのか、小さな爆発音も聞こえる。このままではバックパックを失い、すぐに墜落する危険がある。

 押されている、このあたしが。奴は私以上の能力を持っているということか!

 

「ふざけるな! これが、あたしが劣っている証拠だというのかっ」

 

 どす黒い、怨みと怒りが混ざった感情が身体の中心から湧き起こるのを感じた。

 不快な記憶がフラッシュバックする。

 研究所の連中は、自分の身体をさんざんにいじくり回した挙句、テストの結果露骨に失敗作扱いをした。人間をサンプルだと考え、無用と判断すれば、敵の強化人間すら欲する破廉恥な奴ら。

 

「奴を倒してみせればいいんだろうが!」

 

 いまさらテストで良い点をとってみせても評価は変わりはしない。だが、それでも見返してやりたかった。連中が研究したがっているネオ・ジオンの強化人間を倒せば、自分も再評価されるのではないか。

 

「こんなサイコミュがない機体では駄目だ! あたしのマークⅢがあれば、あんな奴」

 

 このくたびれたモビルスーツは、モビルワーカーではないかと思うくらいにレスポンスが悪い。愛機なら自分自身のように動けるのに。

 だが、敵の機体も手負いなのだ。半壊したモビルスーツ相手に圧倒されている事実がプライドを激しく傷つけた。

 

「あたしは一流のパイロットだ!」

 

 精神を蝕み始めた屈辱感を振り払うように、叫び、意識を集中して、周囲の感応波とミノフスキー粒子の流れを読みとることに専念した。

 バックパックのダメージが心配だったが、構わずに思い切りフットペダルを踏み込んだ。加速しつつ機体を敵機の予測機動位置まで移動させると、ビーム・サーベルを最大パワーにして刀身を伸ばし、横ナギに払った。

 ビーム・サーベルは実体剣と異なり自由に刀身を伸ばせるので、間合いを取りにくいことが白兵戦において致命的な驚異となるのだ。

 さあ、飛び込んでこい。勝利に酔っている心理を利用してやる。調子にのって猛然と加速してきた奴は、ビームの刃に突っ込んで真っ二つになるのだ。

 

「こんどこそ終わりだ、アクシズの強化人間!」

 

 敵は効率的で精密な機動をするゆえに、未来位置を予測し易い。地球連邦軍製の自己学習型システムは、分析、予測能力に優れている。

 

「きたっ! 能がないんだよ、機械人形めが!」

 

 高速で飛び込んできた《ハイザック》を、必殺のビーム・サーベルが捕らえて分断し始めた。プラズマの温度は数千度にもなるから、例え耐熱性に優れたガンダリウム合金といえども瞬時に溶解する。

 プラズマの流れがコクピットに流れ込み、奴が恐怖する様を想像して興奮してしまった。

 が、コンマ数秒オーダーの、メガ粒子が機体を突き抜ける寸前。加虐的趣味を満たす興奮が脳から失われた。

《ハイザック》は右腕を犠牲にしてコクピットを防御しながら急制動をかけ、またしてもギリギリで攻撃を避けたのだ。

 こいつのディフェンス能力は異常だ。人間技ではない!

 さらに奴はモビルスーツの四肢を使用するAMBAC(能動的質量制御)を利用して、前回転しながら勢いよく懐に飛び込んできた。スペース・コロニーの中心部は人工重力が働かず低重力なので、AMBACによる姿勢制御が有効なのだ。

 

「なにをするつもりだ!?」

 

 驚く間もなく、《ハイザック》は回転するエネルギーを利用し、コクピット目掛けて強烈な蹴りを繰り出してきた。

 この距離では避けようがない!

 

「ぐあぁぁっ!」

 

 モビルスーツの重量がある脚部が、凄まじい勢いを持って激突した。質量とスピードを伴った衝撃が襲いかかり、まるで機体が崩壊するかのような激しい振動が襲い掛かった。

 ヘルメットのフェイスシールドが真っ赤に染まる。

 コクピットを防御する前面装甲は、パイロットを守るために分厚く作られている。その強靭なガンダリウム製の装甲板が、ぐにゃりと折れ曲がるほどのインパクトがあった。当然ながらコクピット内部もタダでは済まない。

 リニアシートで吸収し切れない衝撃を受け、身体がシートにめり込んだ。まるで内臓が口から飛び出たかと思うほどで、大量の血をヘルメット内に吐いてしまった。

 

「がはっ。……ぐっ、内臓にダメージが」

 

 自分の身体だけでなく、機体にもかなりのダメージを負った。マルチファンクションモニターには、数えきれないほどのアラートが大量に表示されている。機体内部からはアクチュエーターや油圧ポンプが発する異音が聞こえてきていて、駆動系に深刻なダメージが発生したことは明らかだった。

 一年戦争初期、モビルスーツ史上初めての白兵戦で、地球連邦軍初の実戦型モビルスーツRX-78《ガンダム》はジオン軍の《ザク》の猛攻撃を耐え切ったと言われている。だが、いくら《ガンダム》の系譜を受け継いではいても、所詮量産モデルの《ジム》ではこの程度だ。

 いずれにせよ、撤退する潮時だった。

 

「フッ、ガキなのにやるじゃないか。今日は見逃してやるよ。その民間人も降ろしてやるんだね」

 

 痛む内臓を庇いながらモニターを確認すると、プロペラントや核融合炉の冷却剤が機体から漏れていることがわかった。まずい。すぐに爆発してもおかしくはない。

 

『貴様が強がっているのは分かる。機体に致命的なダメージを受けたようだな』

「調子に乗るんじゃない! お前は犯罪者だ。せいぜい連邦警察に弁解する言い訳を考えておきな!」

『コロニーで核融合炉を爆発させるわけにはいかない。助けが必要なら言うのだな』

「甘いねえ。そう考えるならコクピットを完全に潰すべきだったよ。貴様、テクニックはあるが甘さがある。実戦に慣れてないな?」

『……』

 

 すぐに脱出しなくてはならないが、さすがに猛毒の燃料や放射線まみれの冷却材を市街地にぶちまけるわけにはいかない。

 

「お互いに、ここは引こうじゃないか。貴様とは、また戦場で会うことになる。近いうちにな」

『それは、何だ? 要求か?』

「予感、運命のことを言っている。貴様には感じられないのか?」

『理解不能だ』

「フン、強化人間のくせに感が鈍いようだな。名前を訊いておこう。私はクリスティ中尉。お前は? どうせ数字なんだろ?」

『“桃色ほうき星のマリー”、とでも名乗っておこうか』

「なんだ、それは!? 二つ名は自分で付けるものじゃない! ちっ、馬鹿に付き合っていられるか!」

 

 機体を反転させると、《ハイザック》は追っては来ず、そのまま降下していった。奴の機体も限界だったのだろう。

 あいつめ、次にあったときは《マークⅢ》で目に物を見せてくれる。

 

「ダレダ中尉、聞こえるか? 撤退だ!」

 

 僚機を忘れていたが、なにもせずにぼんやりと滞空していたようだった。まあ英雄になろうと勘違いして、余計なことをしなかったことは褒めてやっても良い。

 

『凄まじい戦闘だったな! 機体は大丈夫なのか? ダメージは!?』

「馬鹿だね、大丈夫に見える? 機体は放棄する。ジャンク屋が喜んで回収するだろうさ」

『そんなポンコツでも、部隊にとっては貴重なんだ。俺はあんたの脱出ポッドを回収すればいいんだな?』

「定期点検をサボっていたんだろう。……脱出ポッドが故障してるわよ」

『なにっ、それじゃあ?』

「まさか空中で飛び移るわけにはいかないから、安全な場所に着陸させる。基地に戻って回収部隊を回すように言ってくれない?」

『そんな状態で着陸できるのか?』

「あたしのスキルなら問題ない。心配ご無用」

『そうか、そうだろうな。しかし、今の戦闘こそ、本物のモビルスーツ戦だ。目が覚めたよ』

「あなたも訓練なさい。私みたいにはいかなくても、もう少しましな戦闘をできるようにね」

『わかったよ』

 

 どうせ作戦が終わったら密かに消える予定だったから、機体は墜落させて破壊するつもりだった。そう、事故死を偽装するのだ。だが、大爆発させてコロニーの隔壁に穴を空けるわけにはいかない。あらかじめ核融合炉を停止させ、全ての動力を切った上で、地表への激突寸前にコクピットから脱出する。核融合炉の緊急自動シャットダウンシステムは故障してしまったのだ。

 パーソナルジェットの《ランドムーバー》や小型パーソナル航空機《ホモアビス》などがあれば飛行して余裕を持って脱出できるのだが、定期点検もされていない機体に気の利いた装備が用意されているはずもない。あるのは自分のノーマルスーツに適合しない、古びたパラシュートのみ。今更ながらろくでもない部隊だ。

 地表ギリギリで飛びださないと落下死する。と言って近すぎれば機体のクラッシュに巻き込まれる。生きて脱出するためには映画のスタンドダブルのようなアクロバットをしてのける必要があるわけだ。

 

「フッ、あたしは撮影でもスタントダブルを使わない主義なのよ」

 

 身体能力には自信があった。去年に俳優として出演したホラー映画『クラックタワー』、まあチープなB級作品なのだが、撮影ではスタントを全て自分でこなしたのだ。あの才能が皆無のセクハラ監督も、身体をベタベタ触りながら、自分の身体能力に驚いていた。

 ただ撮影のスタントは安全性に充分配慮されているが、今は違う。タイミングを間違えば即死する。

 

「ミノフスキー粒子生成システム停止。核融合炉停止」

 

 地上まで、あと八百メートル。機体を滑空させるために、両手両脚を気流に対して最大の抵抗になるように調整して固定した。

 

「操縦系統はオンライン、燃料ポンプ停止……ちっ、停止できない!」

 

 まずい。燃料が流れたまま機体に衝撃を与えれば、切れたケーブルや、金属が擦れて発生する火花で発火、爆発しかねない。だが、もうアプローチをやり直すことはできないのだ。

 コクピットハッチを開くと、地表付近に流れる気流がコクピットに容赦なく入り込んできた。この渦のような流れに迂闊に身を任せれば、風に吹かれた木の葉のようにくるくると舞ったあげく、地表に叩きつけられてグシャグシャになるのは明らかだった。

 

【挿絵表示】

 

 だが自分には方策がある。前方に見える広大な森、あれを利用するのだ。

 スペースコロニーでは酸素供給用に積極的に植林が行われている。根で地盤も強化されるので一石二鳥の効果があるのだが、加えて風を緩和する効果もあるのだ。

 つまり巨大な木々は風を受け止めるので、森に近づけば気流は穏やかなのである。

 だからギリギリまで森に接近し、機体が安定したところで森に突っ込みブレーキをかけるつもりだ。コントロールされたクラッシュとも言うべき機動だが、おそらく最も安全に降りることがやり方だ。

 もちろん森に民間人が避難している可能性もあるが、この状況でそこまで気を使ってはいられない。

 脱出手順を思案しているうちにも、すでに森に差し掛かっていた。懸念した通り、眼下には避難民が数人森に向けて歩いている。暴動から逃れてきた、というところか。

 

「巻き込まれても知ったことか! 9、8、7、6……」

 

 あと5秒ジャストで、機体を横に回転させるようにプログラミングする。そうしないと、機体から飛び出した瞬間に機体に激突して即死してしまう。

 

「3、2、1、いまだ!」

 

《ジム》が機体を横に回転させた直後に外に思い切り飛び出した。飛び出したときに左手をハッチに思い切りぶつけたが、痛みにかまってはいられなかった。

 身体を丸める横で、まるで大型の伐採用マシーンのように、《ジム・クゥエル》がバキバキと木の枝を折りながら森の中を突き進んでいった。そして機体が地面に激突する大きな音が聞こえて、凄まじい金属音が響きると、機体がバラバラに崩壊していった。

 自分の身体もバラバラにならないことを願った。わずかでも減速して衝撃を緩和するために、ノーマルスーツのバックパックに無理矢理縛りつけたパラシュートを開く。だが紐が絡まりまともに開かない。

 

「ちっ、だめか!」

 

 結果、かなりの速度で森に突っ込み、枝がノーマルスーツを引っ掻き傷つけていった。手足で頭を防御するが、まるでなます切りにされているようだった。もはや出来ることはないので、あとは身体に尖った枝が突き刺さって悲惨な死に方をしないことを祈るだけだった。

 

 

 ***

 

 

「フン、奴は撤退したようだな。これで任務完了だ」

 

 マリーは満足げに笑うと、画面やボタンをいろいろ操作して操縦桿から手を離した。

 

「す、凄いっ。マリー、あんた凄いよ! なんでそんなに操縦上手いの!?」

「優れた操縦だったか、といえば評価するのは難しい。改善するべき点は多いだろう。だが実戦に勝る学習はないな。ジオンの戦闘データを基にシミュレーションしていたが、スキルを活かす機会を与えてくれたのはお前だ。改めて礼を言わせてもらうよ」

「あ、あたしもね。あんたが勝手にこのザクに乗ったときはびっくりしたけどさ。ほんとに自信があったんだね」

「いや、乗り込んだときのマリーは自信はなかった」

「え、そ、そうなの?」

「だが彼女は勇気があるよ。立派なパイロットだ。そうは見えなくともな」

「自画自賛じゃん。こっちは怖くてたまらなかったよ……。お、おかしいな。な、なんか震えが止まらない」

「大丈夫か? 身体が痛むのか?」

「痛いのは平気だけど、安心したら震えが止まらなくなっちゃって。はは……なんでだろ」

 

 手足がガタガタと勝手に震えている。まるで自分で制御できず、震えは大きくなる一方だ。

 

「脳内でアドレナリンの分泌が止まったからだろう。興奮状態の場合には……んっ?」

「怖かったんだよ、本当に!」

 

 自分でも驚くほどに感情が溢れ出して、思わずマリーに抱きついた。自分より小さい、柔らかい身体に身を預けてしまった。

 弱い姿を見せるのは、普段は絶対に避けていること。大人に混じって仕事をしていれば、常に気を張っていなければならないから。弱さを見せれば舐められて利用されるのだ。でもマリーは違う。彼女は一見冷たい印象を受けるが、言葉が紡ぐイメージの向こう側に母性を感じるのだ。

 

「落ち着いたか? 人間は、接触すると安心するようだな」

「あんたのせいで酷い目にあったんだから! おわびに慰めなさいよ」

「要求が理解できないな。つまり何をすればいいのだ?」

 

 マリーが不思議そうに言った。

 

「そ、それは……。わかるでしょ! 抱いてくれればいいんだよ。あたしは泣きたいんだから!」

「なら、そう言えばいい。適切に言語化できなかったのか?」

「難しいことばかり言うね。あんたって」

 

 マリーの身体に両手をまわし、彼女の真っ平らな胸に身を預ける。

 

「あ、あのさ。降りたら祝勝パーティーしない? あ、あなたともっと話したいしさ。今のあなたと」

「わかった。この姿になったのだから、食事には大いに興味がある。パーティーは大歓迎だ」

「良かった」

「楽しみだな。……ん、これはまずい」

「ど、どうしたの?」

 

 マリーは顔をしかめてこめかみを抑えている。

 

「すまないクラリッサ。いま降下中だが、これからハイザックを自動操縦に切り替える」

「えっ? どういうこと?」

「疲労からなのだろうな。突然に眠くなってきた……」

「つ、墜落するのはやだよ?」

「大丈夫だ。オートパイロットが機体が安全な場所に着陸させてくれる……」

 

 そう言うと、マリーはガクッと意識を失い寝てしまった。

 

「なんなのよ。もう、困った奴だな」

 

 でも、その寝顔は可愛いかった。愛おしくなって、思わずキスしたくなってしまった。

 

「寝てるから、わかんないよね。それに、さっきしちゃってるし」

 

 言い訳して、マリーに顔を近づけたそのとき。

 突然に小さな爆発音がして、機体が大きく揺れた。

 

「わ、わっ!?」

 

 背後のドアが急に開いて、凄まじい突風が入ってきた。慌てて身体を固定しようと思ったが、手が滑って椅子を掴み損ねてしまい、ふわっと身体が浮いた。

 

「えっ?」

 

 目の前にあったマリーの姿が失われて、いまや視界いっぱいにザクの姿があった。開いたドアから、あっという間に外に放り出されてしまったのだ。

 

「わ、わあああ~っ!」

 

 巨大なザクが、みるみるうちに小さくなっていく。周囲にはミニチュアみたいな街並みが広がっている。

 でも感嘆するべきパノラマも、この状況では楽しめない。そう、自分はもう絶対に助からないことを悟ったのだ。

 マリーに助けを求めても、彼女は意識を失ってしまったので助けにはこない。

 やだやだやだ。

 空気が薄くて息苦しい。もの凄いスピードで落下している。あまりに寒くて身体が凍りつくようで、頭がぼうっとして思考力が失われていく。混濁した意識の中、これまでの短い人生が脳裏にダイジェストで浮かびあがった。

 小さい頃の思い出、誕生日を祝ってもらったことや、観光コロニーに連れて行ってもらったこと。

 お父さん、お母さん。喧嘩して家を出てきてしまってごめんなさい。

 そのうちに意識が遠のいていき、ついには何も考えられなくなった。

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