プルフォウ・ストーリー2 月に降り立つ少女たち   作:ガチャM

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「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ

※Pixivにも投稿しています。


第33回「空に吹く風は地上では感じられない」

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『今日は予測できないことばかりがっ。まるで軍事演習みたいな慌ただしさだわ。このままアクシズと地球連邦軍との全面戦争が始まるんじゃない!?』

 

 ズム・シティ中心部で突如爆発が起こり、それを合図とするようにジオン独立デモが発生したとき、アイドル『ファンネリア・ファンネル』を演じていたプルエイトはコンサートの真っ最中だった。コンサートはアクシズを歓待するセレモニーの重要演目だったが、そのような状況では続けられるわけもなく、彼女は会場の旧公王庁前広場から急いで離れた。

 

 これは明らかに任務放棄だが、いまは即時撤退が最善の策なのだ。モビルスーツ戦闘でも戦場の流れを読むことが重要で、形勢不利な状況でもたついていればすぐに撃墜されてしまう。会場周辺では急速に混乱が広がっているから、判断が遅れていれば暴動の真っ只中に取り残されていただろう。そうなれば脱出することすら困難だ。

 

 ……正直に言わなければならない。逃げようと決断したのはマネージャーのティモなのだ。彼は女の子のお守りをしているから、危険や不測の事態を素早く察知することが得意だといつも言っている。

 自分の本来の姿、ネオ・ジオン軍親衛隊兵士『プルエイト』だったら『逃げる』という思考を後回しにする傾向があるから、会場に止まっていたかもしれない。

 とにかくいまは、彼に抱き抱えられながら人混みをかきわけつつ移動していた。

 

「どこに行くつもり? 事務所に戻ったほうがいいんじゃなくて!?」

 

 非難めいた口調になってしまったのは、抱き抱えられている格好が恥ずかしかったから。衣装はビシャビシャに濡れて端が千切れていて、破廉恥な姿に周囲の視線が痛い。

 

「大通りは人が多いよ。あの中を、目立つ君と歩くのは無謀だね。とにかく会場からなるべく離れないと」

「スタッフのみんな大丈夫なのかしら……」

「デモが収まるまで、下手に建物から出ない方が良さそうだね」

「デモですって? これはデモじゃないわ。統制がとれていないし、まるっきり暴動よ。収まるどころか、ますます激しくなってるじゃない」

 

 群れている人々の目的がよく分からないのが薄気味悪かった。もちろん目的はジオン独立なのだろうが、広場や大通りで独立のシュプレヒコールを叫んではいても、どこか空虚なのだ。手段が目的となっていて、無闇矢鱈に暴徒化しているように思える。

 この状況には違和感しか感じない。ついさっきまでコンサートで唄を聴いてた人たちが、突然に暴徒化してしまう。そんなことってあるのだろうか? まさか映画やドラマの撮影みたいに、会場にいる全員がエキストラだったなんてことはないだろうけど。

 

 アクシズ出身の人間としてはとても残念な結果だが、結局のところはアクシズに反対する人が多かったということなのかもしれない。

 

『共和国のジオニストたちを失望させてしまったか。まあ秘密結社の人間は、野望達成の道具くらいに思ってるんでしょうけど。……アクシズだって組織を利用してるんだから、お互い様よね」

 

 このセレモニーは、元々ジオン共和国内のアクシズシンパが計画したものなのだ。アクシズシンパの最終目的は、ジオン共和国とアクシズとが同盟を結び、地球連邦政府と対等に交渉できる軍事力、政治力を獲得することだ。

 それは簡単なことではない。ザビ家の遺児を擁するアクシズと同盟を結ぶことは、すなわち独裁政権が復活することだと懸念する人たちは多いからだ。

 つまりこのセレモニーには国民感情の地ならしの意味合いがあって、自分のような『アイドル』がコンサートで歌ったのも、ジオニズムを讃える自然な雰囲気を醸成する目的があったのだ。

 ジオン独立を叫ぶムーブメントが発生したなら、所期の目的は果たしたと思うかもしれない。だが極端な行動は長期的には逆効果となることが多く、目標はあくまで平和的な同盟なのである。

 その意味では作戦は失敗しているし、この状況はかなりまずかった。

 

『この作戦、初めから無理があったのよ。アクシズとの同盟をアピールするなんて早すぎた。もう少しお互いのことを知る時間が必要だった。国民同士の交流とか、もっと良い方策があったはずだわ。急いては事を仕損じる、ってことか』

 

 それにしても、二国間の関係は、まるで自分とマネージャーとの関係みたいだと思った。親しげにしてはいても、彼はあたしの正体を知らない。深いところまでは理解していない上辺だけの関係なのだ。

 別に仕事とプライベートとを厳密に切り分けるつもりはないのだが、芸能仕事は身分を偽るための秘密任務なので、クローバー・プロの人たちにアクシズの軍人であることを明かすことは出来なかった。事務所社長のロミーナ・ロベルタは、共和国上層部から芸能界志望の素人を押し付けられたと思っただろうし、他のみんなはグラナダ・シティをショッピングしていてスカウトされた女の子、というカバーストーリーを信じている。

 罪悪感は感じていたが、アイドルのふりをして平和な社会に混乱をもたらしたなら、自分は共和国を騙していた裏切り者だろう。まあどのみち、状況が悪化して地球連邦軍と本格的に戦闘が始まったらサイド3にはいられない。そうなったら事務所は辞めることになるので、別れの挨拶なしにスッと消えることになる。作戦が中途半端で終わってしまうなら残念だ。この仕事にも慣れてきていたし、けっこう気に入っていたことは否定出来ないから。

 急に名残惜しくなってマネージャーの顔を見ると、彼もこっちの顔をじっと覗き込んできた。

 心を読まれたと思って少し鼓動が早くなった。

 

「マリーちゃんは大丈夫なのかな」

 

 ティモが深刻な様子で言うと、心臓の鼓動がさらに速まった。

 そう、妹だ。プルナインのことは凄く心配だった。言葉にすると不安が増すから切り出せなかったほどに。

 自分のニュータイプ能力が低いことが情けないのだが、この十五分ほどナインの状況を把握できていない。

 

「さっきから連絡がとれないのよ」

「ジオン共和国軍が救助に向かったはずだけど、通信はできないの?」

「全然だめ。ミノなんとか粉の影響で、イヤホンが全然役に立たないわ」

 

 実際にはイヤホンで無線通信なんてしていないし、ミノフスキー粒子散布下で感応波は伝播するので脳波でやりとりをしていた。もちろん、そんなことを彼に言えるわけない。

 

「わかった。あの森林公園に入ろう。森はミノフスキー粒子が拡散して影響が受けにくいんだよ」

「え、そうなの? 知らなかった」

「避難場所にもちょうどいいからね。もう一度事務所に連絡してみるよ」

「お願い」

 

 彼はモビルスーツが好きだから、少しミノフスキー粒子の知識があるのだろう。間違ってるけれど。ミノフスキー粒子は静止質量がゼロに近いから、物理的な入力に対しての挙動は……。

 

「ちょっと、今お尻触ったでしょ!?」

「さ、触ってないよ! 手が疲れたから、位置をずらしただけだ!」

「ほんとに? 怪しいわね。コンサート前にも胸を触ったじゃない!」

「いや、あれは不可抗力で……」

「こんど触ったら殴るわよ」

 

【挿絵表示】

 

 まあ、手が疲れたという言い訳は信じてもいいだろう。もう三十分くらい移動し続けているから。群衆を避けながら逃げてきたが、すでにビルが立ち並ぶ首都中心部からは離れて、郊外に位置する森林公園の近くまでやってきていた。

 スペースコロニーには森がいくつも設けられている。その目的は酸素の供給で、密閉された環境で酸素不足になれば即座に死に繋がるから、隙間があればパラノイア的に植物がみっしりと植えられているのだ。

 森林公園に入ってみると避難してきた人もまばらで、一息つくことができそうだった。

 景色が綺麗だと感じることが出来たのは、まだ心に余裕がある証拠だ。

 背が高い木々の間を鳥が囀りながら飛び、澄んだ池には魚が泳いでいる。美しい自然環境が再現されているからデートスポットとしても人気があるのだ。こんなときじゃなければ楽しめたのに、と少し残念に思った。別にカップルというわけではないけれど。

 

「……そうですか。ありがとうございます。社長、無理を言って申し訳ありませんでした」

 

 事務所に連絡をとっていたティモがコミュニケーターを閉じた。

 

「安心していいよ。ジオン共和国防衛軍がモビルスーツを出してくれたって」

「本当? 軍が妹を救助するためにモビルスーツを出してくれたの?」

「うん、確かにそう言ってたよ」

「良かった」

 

 アクシズでは、ジオン共和国軍は装備も練度も二流でレベルが低過ぎるといつも馬鹿にしているけれど、妹を無事に保護してくれるなら、毎週アクシズに提出している評価レポートに必ず高得点をつけますと誓った。

 幸い、まだ戦闘が発生した様子はないから、今のうちに妹には下に降りてきて欲しかった。両軍とも戦闘を引き起こせば国際問題となることを分かっているはずだ。

 

「でも、こんな急激にデモが広がるなんて驚いたなあ。さすがに疲れたね」

「ごめんなさい、あたし歩いてなくて。さっきは悪かったわ」

「問題ないよ。でも少し重くなったかな? 成長期なんだろうね」

「は? 失礼ねっ。こんなときに言うこと!?」

「あ、ごめん。そんなつもりじゃあ……」

「さっきお尻を触ったのは、確認するためだって言い訳するつもり? 最低ね。社長に言うわよ?」

「わ、やめてくれ!」

「じゃあ認めなさい。体形を維持してるってことを」

「わかりました」

 

 フン、安心したとたんにこれだ。コンサートで着た衣装が少しきつかったから、太ったかと気にしていたのは確かだけれど、ほんっとにデリカシーのないセクハラ男。わかんない奴だ。

 ニュータイプ能力を持つなら他人の心がわかるんじゃないかと考えるのは間違いで、身近な人間を理解するのは難しい。思うに、第六感というべきニュータイプ能力を発揮するときには、五感から入力される情報は邪魔なのだろう。

 

 でも、その能力で周囲を精密にサーチしてみると、暴動の中心地となった旧公王庁周辺に不穏な空気が漂っていることが分かった。おそらくこれは暴動を引き起こした人間の悪意そのもの。ゆえに暴動は人為的なものだと推測することもできるのだ。

 ビル街での爆発。同時にコンサート会場で発生したジオン独立デモ。あまりにタイミングが良すぎるだろう。この一連の騒ぎは入念に計画されたものであり、事件の背後には何らかの政治的、軍事的策謀が存在するのではないだろうか。

 

『この数週間の、メディアやネットコミュニティの動向を調べる必要があるわね。過激な発言で改革を扇動する人間がいなかったか、徹底的に分析するのよ。そうしたら連邦政府の工作員が炙り出せるかもしれない』

 

 妹のプルイレブンに依頼しなければ。彼女はコンピューターの専門家なのだ。解析プログラムを作ってもらって、膨大なデータを放り込んで分析すれば、単語、人名、センテンスなどの関係性から隠された事実が見えてくるはずだ。

 

『そういえば、軍事評論家がアクシズとの同盟をやたらに主張してたわね。あの評論家、確か秘密結社が雇ったんじゃなかったかしら』

 

 最近、報道番組に連日出演している軍事評論家がいて、その特徴的な風貌でちょっと話題になっていた。彼はジオン共和国の広告塔、自分と同じ穴のムジナなのだ。つまりやらせだから、分析に置いて彼の発言は除外する必要があるということだ。

 世論を誘導する手段として、マスコミやメディア、影響力のある人間はよく利用される。アイドルや映画の流行をつくりだせば莫大な富を生み出すことができるし、政治の流れを変えることもできる。事実、このジオン共和国では、アクシズと地球連邦政府の代弁者の宣伝合戦が繰り広げられていた。両陣営に関係する人間が、マスコミやメディアを通じて盛んに発言し、情報発信して、ときにはおおっぴらに喧嘩まがいの議論を重ねている。

 

 アクシズはジオン共和国と同盟を結び、いずれはサイド3を取り込みたいと考えている一方で、地球連邦政府は各コロニーの離反を阻止したいと考えているからだ。

 ネオ・ジオン親衛隊の兵士である私がアイドル『ファンネリア・ファンネル』を演じているのも、ジオン共和国に溶け込みアクシズに好意的な雰囲気を醸成しつつ、同時に斥候や偵察をする任務を帯びているからだ。

 芸能業界は、社会的地位が高い人間と交友する機会が多いから、スパイ活動には有利なのである。自分もこの半年間、その機会を最大限利用して、サイド3の政治家、マスコミ上層部、企業の重役に知り合いを作ってきた。俳優という立場を最大限利用し、人脈をつくり、情報収集をしながら政治工作を続けてきたのだ。

 もちろん、このジオン共和国で密かに諜報活動をしているのは自分だけではない。共和国のアクシズシンパは、タレントやジャーナリスト、コラムニスト、軍事評論家、はてはネットコミュニティで有名な素人まで、ありとあらゆる著名人に金を渡してメディア戦略を展開している。

 

『政治工作がやっと身を結んできたのに。こんな暴動が起こったら台無しになるわ。グワンバンが派遣されるタイミング、最悪じゃない。あとで、あの艦長に抗議してやる!』

 

 物事を成し遂げるには綿密な計画と実行が必要であり、早急に事を進めれば必ず失敗する。戦艦を派遣するという軍事プレゼンスを、逆に政治工作に利用されてしまったのだ。ネオ・ジオンは、地球連邦軍の内戦が終息した直後に各サイドに軍事使節を派遣したが、すでに引き上げてしまっているから、サイド3の併合が失敗すれば戦局はますます不利になってしまうだろう。アクシズは是が非でも基盤となるスペースコロニーを欲している。小惑星の資源には限りがあるし、軍事的にも一拠点だけでは柔軟な戦略が立案できないから、サイド3を戦略拠点にするメリットは大きいのである。

 

『この暴動で得をするのは地球連邦政府よ。混乱が続けば振り戻しで反発が起こる。つまり地球連邦はサイド3の独立機運を鎮静化させるために、何らかの手段で意図的に暴動を発生させたんだわ。連邦駐留軍のモビルスーツの対応が早すぎたのも……って、ナインが!?』

 

 妹の感応波を突然にキャッチして思考が中断した。妹は地球連邦軍のモビルスーツの方へ突進していた。

 

『ナイン、あなたまだ空にいるの!?』

 

 連邦駐留軍のモビルスーツに向かって突き進むプルナインは、人の悪意を感知し、自らの意思でモビルスーツに乗りこんだのだ。

 彼女が感じた悪意の源はわからないが、なにがそこまで彼女を駆り立てているのか分からなかった。

 

『まずいわ。ジオン共和国軍のモビルスーツが戦闘態勢に入ってるっ』

 

 緊張でニュータイプ能力が鋭敏になる。ミノフスキー粒子の流れを一粒一粒まで認識すれば、戦場を俯瞰して状況を把握することが出来るのだ。普段は感じられない人間の意思や感情さえも。

 首都上空はパイロットの意思、感情で溢れていた。

 ジオン共和国のハイザック部隊が妹の操縦するカスタムハイザックに追いついたが、先行した別部隊が連邦駐留軍と接触寸前だった。

 両者の敵意が伝わってくる。連邦軍のパイロットは発砲するつもりだ。

 

 果たして連邦駐留軍の《ジム・クゥエル》が、武器のセーフティロックを解除した。機体からは強い感応波が発信されている。強烈なプレッシャーを感じるが、それはつまり、パイロットはニュータイプか強化人間だということだ。おそらくはビル街でモビルワーカーを一瞬で制圧した、あのエース。

 冷静でなければならないベテランが、まるで迂闊な新兵のように発砲するのか!?

 

 直後、一発の銃弾が唸りをあげて空を駆けると、その音を合図に戦闘が開始された。首都上空は一瞬で沸騰し、戦場となったのだ。

 

『戦うのはやめて! ここは平和なコロニーなのよ、宇宙じゃない!』

 

 状況を把握していても、自分にできることは何もない。傍観者として、ただ嘆きながら空を見つめるしかないのだ。

 

《ジム・クゥエル》は正確な射撃で共和国軍の《ハイザック》をすぐさま撃破し、続けざまにビーム・サーベルを抜刀して、もう一機もあっという間に撃破してしまった。

 まだ一分と経っていない。パイロットのプレッシャーが伝わってきて、ぞくりと寒気がした。仮に自分が同じ性能のモビルスーツで戦ったとして、正直なところ勝てるか分からない。それほどの腕なのだ。世界は広いということか。

 

 仲間がやられたのを見て、妹を救助していた《ハイザック》も《ジム・クゥエル》に立ち向かっていった。だが技量の差は歴然。あの二機はすぐにやられる! 

 はたしてその通りになり、撃破されて半壊した《ハイザック》が煙を吐いてふらふらと落ちていった。

 残ったのは妹が乗る機体だけ。絶望的な状況だった。

 

『ナイン、逃げて! 殺されるわ!』

 

 敵エースパイロットの危険性を感じていた。あの歪んだ心は、相手を残虐に痛めつけることで満足感を得る人間だ。そんなサディステックな人間がエースと呼ばれる。戦いの暴力性は人の獣性を刺激して狂わすのだ。

 残酷なリンチが始まった。パイロットは素人同然の妹にも容赦がなく、文字通り一方的に攻撃を加え、ナインが乗る機体をさんざんに殴り蹴ったあと、高圧電流まで流したのだ。

 頭の中に、妹の凄まじい悲鳴と激痛の感覚が流れ込んでくる。

「いやああっ、やめてっ!」

 

 隣で避難していた女性がギョッとしてこちらを見た。破れた衣装を着た女の子が悲鳴をあげているのを見て、男に襲われてると勘違いしたのかもしれなかった。

 

「落ち着いてくれ! 変なことをしてるみたいに誤解される!」

「妹が、妹が連邦軍のモビルスーツに襲われてる。すぐに助けを呼んで!」

「またコミュニケーターが繋がらないんだよ。通信状態が悪くて。モビルスーツがミノフスキー粒子を撒いたんだ!」

「そんなの知らないわよ! 妹が危険なの! 感じられないのよ、彼女の意識が!」

「そ、そんなことわかるの?」

「コミュニケーターを貸して! 社長に言ってジオン共和国の首相に頼んでもらうんだから!」

 

 事務所社長ロミーナ・ロベルタに連絡を取るべく、マネージャーからコミュニケーターを奪いとった。画面の壁紙が自分とのツーショット写真なのが気まずかったが、すばやく事務所の番号を打ち込んで通話ボタンを押した。だが『通信障害』と表示されるだけで、通信は確立できない。やはりミノフスキー粒子が濃すぎるのだ。

 

「なんで繋がらないの! こんな役立たず、捨てちゃいなさいよ!」

 

 理屈ではわかっていても、感情に負けてコミュニケーターを放り投げてしまいそうになった。

 

「もっと強く止めていれば良かった。あの子は頑固で言うことをきかないからっ」

 

 取り乱しているせいで、ニュータイプ能力も低下している。妹の側に誰かがいるようにも感じるのだが、よく分からない。

 その人物がジオン共和国の正規パイロットなら妹を助けて欲しかった。でも、存在を感じられても、普通の人間とリモートで会話する能力は自分にはない。妹が危険な目にあっているのに何もできない自分の無力さが情けない。

 慰めようとしてティモが肩を強く抱いてくる。こんな状況でなければ外でベタベタするのはやめてくれと言うが、そんな気力もなく、黙って身を預けた。

 と、そのとき。

 

「あっ!? ナイン、いえマリーが!?」

 

 妹の意識が回復したことを感知した。正直に言うと、妹だとはっきりとは分からなかったのだが、コクピットに二人分の意識を感じたのだ。

 

「マリーちゃん無事なのか!?」

「妹の声が聴こえたのよ! マリーは生きてる!」

 

 彼に説明したことは嘘ではない。頭に直接妹の声が伝わり、機能停止していた《ハイザック》が動き始めたことを感知した。

 ナインにモビルスーツを再起動するスキルはない。もしかして、同乗者が手伝ってくれた!?

 ともかく彼女の《ハイザック》はヒートホークを手に攻撃に転じたのだ。

 

『攻撃しなくていいから早く逃げて!』

 

 だが心配は無用だった。《ハイザック》は凄まじい機動を開始したのだ。

 高速で相手を翻弄しつつ、驚異的な精密さで攻撃する。それはまるで、シャア大佐や姉プルツーのような、エースパイロットだけが可能な戦闘だった。

 あ、あれをナインがやっているの!?

《ジム・クゥエル》の攻撃はまったく当たらない。まるで風を掴むことができないように。そして一方的にやられていた鬱憤を晴らすかのように、ナインは《ジム・クゥエル》に強烈なキックを叩きこんだ。その一撃によってジムは戦闘不能になってしまった。

 

【挿絵表示】

 

 妹が敵機を撃破したのだ。あの連邦軍のエースパイロットを!

 連邦軍のモビルスーツは煙を吹きながら落下していき、《ハイザック》は勝利の雄叫びをあげるように右手をあげた。

「し、信じられない」

「ど、どういうこと? マリーちゃんは無事なのか?」

「ええ。それどころか、連邦軍のモビルスーツを倒しちゃった」

「そ、それって撃墜したってこと? 連邦軍のパイロットは……」

「爆発はしてないみたい。たぶん、そうならないように手加減したのだと思うけど」

「そうか。だったら良かった。殺してしまったら犯罪になるかもしれない」

「正当防衛でしょう? だって相手が先に手を出してきたのよ!」

「協定で、地球連邦軍には治外法権があるんだよ」

「そんなの不公平だわ!」

「大丈夫。あとで社長に相談してみるよ」

 

 妹を犯罪者にするわけにはいかない。最悪の場合はアクシズに連れ帰ればいいのだけれど、ここサイド3にいる間に問題となればやっかいだ。

 

「でも、マリーちゃんにモビルスーツを操縦する才能があったなんて。簡単には操縦できないよ」

 

 ティモはまるで信じられない、といった感じで眼を丸くしている。それは、そうだろう。姉の私も信じられないのだから。ナインのニュータイプ能力が覚醒して、異常発達したということなのか? この短時間に?

 

「たぶん、あたしの知らないところで練習してたのね」

「とにかく良かったよ。心配でたまらなかった」

「本当に……。いまさら責めるわけじゃないけど、元々は、あなたが目を離したからいけないのよ?」

「ごめん、今後気をつけるよ。僕は一人っ子だったから、妹や弟がわからないんだろうな」

「だったらナインをしっかり面倒みなさい。義理の妹だと思って」

「えっ?」

「あ、いえ変な意味じゃないから。兄弟がいないなら、そう思ってくれていいってこと」

「ありがとう。妹がひとり増えて嬉しいよ」

「……」

 

 フン、またか。彼は親しみを込めて言ったのだろうけど、あまり嬉しくはない。何回繰り返せばわかるのか? まるで閉じた時間をループしてるみたいだ。

 

「人をお子様扱いするのはやめて。なに保護者ぶってるの」

「あ、怒ってる?」

「もどかしいの。いい加減に、あなたの鈍感さが」

「ごめん、なにか忘れてるのかな……? いろいろあったから思い出せない」

「あなた、あの飛んでる鳥みたいに何でもかんでもすぐに忘れちゃうの? いちいち気持ちをリセットされちゃたまらないわ!」

「え……?」

 

 感情が昂った勢いで、衝動的に彼の唇にキスをしてしまった。例え難い怒りが感情に火をつけてしまったのだ。

 ティモの背が高いから背伸びした感じになってしまったが、彼はびっくりして固まっている。

 

 ドラマや映画で演じる恋愛シーンはもっと雰囲気があるけれど、現実はパッとしない。冷静に考えると、なんとも気恥ずかしい馬鹿げた行為に思えてしまって、たちまち脳内で反省会が開かれた。

 思考が分裂して、冷めたもう一人の自分がうるさく批判を始めた。

 

『あ~あ、前から彼が好きだったのに無理しちゃってたのね。でも忠告しておくわ。これは、あくまで一時的な感情による行動なの。危機的状況で盛り上がった感情は長続きしないわけ。行き着く先は破局。だいたい、あなたはアクシズ親衛隊のパイロットなのよ。忘れてないわよね? 自分を犠牲にして姫さまに使えなければならないの。そんなことも分からなければ、ニュータイプでも強化人間でもない、ただの間抜けな女の子よね』

 

 もう一人の自分に責められて、かなりへこんだ。

「ご、ごめんなさい」

「い、いや。謝る必要なんて」

「混乱して妹とあなたを間違えちゃったみたい。お願いだから、忘れて」

「……」

 気まずい雰囲気。場を取り繕うための気の利いたセリフがないか記憶を探ったが、都合の良い言葉があるわけはなかった。最悪だ。冷静なあたしが、こんなに感情が暴走するなんて……。って感情が暴走? あ、まって、まさか!?

 脳の回路がフル回転して、ズムシティで発生した暴動を説明する仮説が導きだされた。

 

 仮説を検証するため、改めてニュータイプ能力で周囲をサーチし直してみた。すると旧公王庁の建物から、尋常ではない感応波が放射されていた形跡を見つけたのだ。

 やっぱり、異常な量の感応波が!

 感応波はミノフスキー粒子を介して伝播するが、周辺の粒子濃度は戦場なみに高くなっている。だから、まるで磁石と砂鉄を使った磁力線の視覚化実験のように、旧公王庁を発信源として感応波が流れた跡をはっきりと知覚することができたのだ。

 おそらく、何者かが旧公王庁の建物にミノフスキー粒子散布装置を設置したに違いない。そう、つまり人々の感情をブーストさせる目的で、旧公王庁の塔を模した構造物から大量の感応波(サイコ・ウェーブ)を放射したのだ。

 

『そういうことだったのね! ニュータイプか強化人間が、あの悪の根城みたいな趣味の悪い建物から感応波で悪意を誘発してたんだわ!』

 

 感応波はサイコミュで増幅することはできても、人為的に発生させることはできない。警備が手薄だったのか、手慣れた工作員だったのか。いずれにせよ発信源たる強力なニュータイプ能力を持った人間が、旧公王庁の建物にいたことは間違いない。

 

『まさか、感応波を一般人に放射するなんて。大量破壊兵器は南極条約違反よ。でも、これはむかし宇宙要塞ソロモンで発生した事象と同じだわ』

 

 アクシズ士官学校で受講したサイコミュ理論の講義を思い出していた。第一次ジオン独立戦争時の宇宙要塞ソロモン防衛戦直後に、大勢の地球連邦軍兵士が感応波の影響を受けた事例があったのだ。

 

 ジオンの英雄シャア・アズナブル大佐の部下に、ララァ・スンという兵士がいた。彼女はフラナガン機関で訓練を受けた、最も初期のニュータイプであり、初陣でサイコミュ搭載モビルアーマー《エルメス》に搭乗して、宇宙要塞ソロモンに駐留していた地球連邦軍を攻撃したのだ。

 

【挿絵表示】

 

 元々ジオン公国の宇宙要塞であったソロモンは、その数日前に地球連邦軍艦隊に攻略されていたのだが、シャア大佐は勝利に酔う敵の間隙を突いたのである。

 ララァ・スン少尉が使用した攻撃手段は、超ロングレンジのファンネル攻撃。正確にはMSN-08《エルメス》が装備していたのは、核融合炉とモノアイを備えた《ビット》と呼ばれる大型サイコミュ攻撃端末で、長大な航続距離を備えていたゆえの史上初のファンネルの実戦投入だった。

 戦果は、停泊していた巡洋艦を数隻撃沈するなど目を見張るものだった。しかしながら、パイロットへの負荷は甚大で作戦は中止された。長い距離まで感応波を飛ばせば、それだけフィードバックが強くなり、脳への負荷が高まってしまうことが判明したのだ。

 そして、これは戦後に分かった事実なのだが、当時の地球連邦軍の記録を密かに入手したところ、大勢の連邦軍兵士が頭痛や幻聴を聴くなど、感応波によるに影響を受けていた記録があったのだ。

 感応波は、ミノフスキー粒子に満たされた空間をまるで水の波紋のように伝播し、洪水のように広範囲に広がったのである。

 

『地球連邦軍は、この事例を研究、応用して、感応波を広範囲に放射することで、人の精神、行動にまで影響を与えるシステムを作り上げたに違いないわ』

 

 おそらく、自分も利用されてしまったのだろう。大勢の人が集まるアイドルのコンサートは、人々を操る試みには最適な実験場だったのだ。

 敵の掌で踊っていただなんて!

 

 他人の上を超えていくのは好きだが、その逆は耐えられない。これ以上ない屈辱に怒りを覚えたとき、いつのまにか二人の男が側に立っていることに気が付いた。

 能力を使うまでもなく、なにか嫌な予感がした。

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