プルフォウ・ストーリー2 月に降り立つ少女たち   作:ガチャM

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「プルフォウ・ストーリー2 ~月に降り立つ少女たち~」

舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。

文、挿絵:ガチャM
設定協力:かにばさみ

※Pixivにも投稿しています。


第35回「綱渡りして落ち葉を拾えるか」

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 円筒形のスペース・コロニーは、わん曲した内壁に沿って土地が造成される。つまり内側が全て大地となるのだが、地球から訪れた人間は皆、空から逆さまに生える建物を見て驚いてしまうのだ。

 でも圧倒されるのは最初だけで、三日もすればすっかり慣れて当たり前となり、雲の向こうに広大なパノラマが広がっていても気にしなくなる。人類を宇宙で発狂することなく生活させたのは、この優れた適応性なのだろう。

 

 もちろんあたしもコロニー生活を日常とする人間だから、逆さまの街並みなどいまや珍しくもないのだが、いまは地球からやってきた無垢な観光客のように空を凝視していた。

 

「ああっ、あんなに速く落下するなんて!」

 

 妹が操縦する《ハイザック》のコクピットから転落した少女の生命は、いまや風前の灯火だった。

 彼女はまるでカーテンを縦に切り裂くように、高空から恐ろしい速さで落下している。あの高さで吹き荒ぶ風は冷たく、容赦ないほど身体を痛めつける。すでに意識は失っていると思いたかった。

 

「君は、なぜ人が落ちたってことを知ったんだ!?」

 

 マネージャーのティモが、ほとんど叫ぶように訊いてくる。

 

「イヤホンから、ドアが開いた音と女の子の悲鳴が聞こえたのよ!」

「まさか、コクピットハッチが開いてしまったのか? なんてことだっ」

 

 あたしはマネージャーと顔を見合わせて、上空で起こってしまった悲劇に戦慄した。

 

『助けてっ……』

 

 少女の悲鳴が幻聴のように聞こえてくる。ニュータイプ能力によって、ミノフスキー粒子を介して彼女の思考が直接脳に伝わったのだ。その薄れゆく意識の中には、妹プルナインのイメージも見える。これは好意……? 二人は友人だったのか? 妹はサイド3に来たばかりだが、コンサート会場で知り合ったのかもしれない。

 

 概算だが《ハイザック》は高度1500mくらいの高さに位置している。コロニーの重力は中心ほど弱く、また上空には強い風が吹いているので、少女は落下中にかなり流されるはずだ。でも、少しばかり落下距離が長くなったところで、わずか二分足らずで地面に到達してしまう。

 モビルスーツによる戦闘が発生していたから、上空には飛行制限が通達されていたはずだ。実際ホモアビスや航空機は一切感知できなかったが、それはつまり、少女が助かる確率はゼロに近いということだ。

 

「マリーちゃんは、ザクで助けにいかないのか!?」

 

 ティモが、非難めいた言葉を口にした。自分が操縦している機体から人が落ちたなら、パイロットはすぐさま助けにいくべきだと言っているのだ。でも、出来るなら、すぐにそうしているのが妹プルナインだ。

 

「さっきから声が聞こえない。妹は気を失っているのよ……」

 

 妹が失神していると判断した理由は嘘だが、その事実は本当だった。ニュータイプ能力で鼓動を感じるから、彼女が生きていることは間違いないが、意識を感じとることができないのだ。激しい戦闘で消耗しきったのか、感応波で呼びかけても全く返事がない。

 

「じゃ、じゃあ。もう女の子を助けることは出来ないのか!?」

「……」

 

 彼の哀しい視線を受け止められなかった。だから、目を瞑ってもう一度ニュータイプ能力で周囲を綿密にスキャンしてみた。でも、やはり数キロメートル四方には、少女を救える手段は何もない。例えあったとしても、決定的に時間が足りないのだが。

 目を開き、視線を外して首を振った。あたしがいま、少女が助かるための可能性を高速スキャンしていたことを彼は知るよしもないが、状況が絶望的であるという認識は共有することはできただろう。

 

「残念だけど、マリーちゃんが無事なことが幸いか」

「……そうね。誰でも、いつああなるかわからないわ」

 

 ティモが、後ろからそっと肩を抱いてきた。いつもなら馴れ馴れしいと感じるところだが、気弱になっているからか、たまには身を任せても良いと思った。ニュータイプや強化人間などと言ったところで、人はあまりに無力なのだ。

 だが、そのとき。

 ニュータイプ能力が突然に発動して、意識が急速に拡張した。

 

「え、まだ可能性はある!?」

 

 まるで雷が落ちるみたいに、突然にインスピレーションが沸きあがる。これは、いったい何事!?

 少女を助けるプランが、まるで複雑なパズルのピースがはまるように脳内で完成したのだ。いや、考えたというよりも、脳の問題解決アルゴリズムが自動的に最適解を導き出したというべきか。

 ……そうじゃない。これは、外部から膨大な計算結果が送信されてきた!?

 

『あたしにこれを実行しろというの、ナイン!?』

 

 妹が、星の光が溢れる空間に現れて、耳元でこっそりと囁いた。気を失っているはずの妹が無意識下で精緻な救出プランを考えて、感応波で伝えてきたのだ。

 

『お姉ちゃん、クラリッサを助けてあげて。ナインは、もう起きれないから』

『クラリッサって、あの女の子ね。でも起きれないって? どういうことなの?』

『時間がないから、お姉ちゃん走って。お願い』

 

 そう伝えるとナインのイメージは消えてしまった。

 妹が願いを託してきたなら、姉として彼女の願いに応える義務がある。でも間に合うかどうかは紙一重で、もはや一刻の猶予もない。

 だから痛む脚に構わずに、鞄を拾い上げてすぐに走り始めた。

 

「ど、どこへ行くんだ!?」

 

 ティモがびっくりして、追いかけようとする。でも、彼は絶対に追いつけない。

 

「待ってくれーっ 速い!?」

「あなたは、すぐに救急エレカを呼んで!」

 

 最大速度でダッシュすると、彼をあっという間に置き去りにする。いまあたしは、強化人間の優れた脚力を発揮していた。

 

「急がないと。ひとつでもミスをしたら終わりよ!」

 

 妹が伝えてきたプランによれば、まず救出に使うアイテムを入手する必要があって、そのためには墜落したモビルスーツを見つけなくてはならなかった。

 そう、彼女が《ハイザック》で撃墜した《ジム・クゥエル》だ。

 森に走っていくと、入り口が大きくぽっかりと空いていた。ジムの下半身が木々を薙ぎ倒した跡だが、あの先に上半身があるはずだ。

 大木がなぎ倒されている場所を通ることはできないから、その隣から森の中に入っていく。低木の枝や密集した植物に気をつけないと転んでしまうし、尖った枝に引っ掛けてニーソックスが破れてしまった。でも、それに構わず全速力で駆け抜けた。

 

 後ろから見ていたマネージャーからは、とんでもない速さに見えただろう。

 普段は強化人間だとバレないように、わざと力をセーブして走っているのだ。

 

『さっきは格闘技を披露して、今度は陸上選手なみに走ってる。鈍い彼だって、あたしが普通じゃないって思うでしょうね』

 

 真の能力を見せれば、普通の人間ではないと正体がバレてしまう。もし事務所のスタッフに強化人間だと知れたら、ここサイド3における芸能活動は即時中止しなくてはならない。それが作戦のブリーフィングで予め設定されたルールだ。

 つまるところ、強化人間そのものが軍事機密なのである。遺伝子操作で能力を高められた強化人間の存在はネオ・ジオン軍のトップシークレットであり、情報流出には細心の注意が払われなければならない。機密保持を怠れば、即処罰の対象だ。

 

 もちろん一般人は強化人間という存在を認知していないはずだが、オカルトメディア等で噂として言及されているのが厄介なのだ。

 そのほとんどは不正確な情報である。例えばネオ・ジオンや地球連邦軍では恐ろしい人体実験が行われていて、化け物じみた改造人間を作り出しているとか、ニュータイプや強化人間は人類をはるかに超越した知識とパワーを得ているとか、そんな類の創作話が既成事実として書かれていたりする。

 もちろん自分は物体を瞬間移動させたり、高速で動いたりすることは出来ないが、馬鹿げた話であっても、そんな記事を読んでいれば、正体を知られたとたんにマネージャーが自分を見る目は変わってしまうに違いないのだ。

 

『プルエイト、いまは余計なことは考えないで!』

 

 今はただ、救出プランを実行することに邁進するだけだ。

 集中して雑念を振り払い、一心不乱に走り続けていると、木が倒れて開けたところにモビルスーツの上半身が鎮座しているのを見つけた。

 

「よかった! そのままの形でいてくれた!」

 

 もしバラバラになっていれば探すのは困難だったが、幸いにも原型を留めていた。

 《ジム・クゥエル》は両腕を広げてうつ伏せの状態で倒れている。ハッチが開いているのでパイロットは脱出したはずで、コクピット内にランドムーバーが残されている可能性は低いだろう。

 もちろん、そんな幸運は元より期待しておらず、それよりも胴体の下に腕が巻き込まれていなかったことに安堵した。目的の物は、モビルスーツの指先に入っているからだ。

 いまから、それを手に入れる!

 立ち止まらず、勢いをつけてマニュピレーター・ユニットに向かって走っていくと、狙いを定めて勢いよくジャンプした。

 

「たぁーっ!」

 

 気合い一閃。巨大な指先目掛けて強烈なジャンプキックをくらわせた。

 ガンッ! と鈍い金属音がして、同時に足首に相当の痛みが走った。シャトルで痛めた脚の怪我が悪化しそうだったが、心配する時間はない。

 風圧でスカートがめくれたせいで、バランスを崩して危うく転びそうになったところを空中で姿勢制御し、くるっと前転しながら着地した。振り返ると、ジムの人差し指に設けられたハッチが歪んで開きかけている。それを確認するや否や、すぐさまマニュピレーターに近づいて両手で指先のハッチを掴んだ。

 

「あ、熱っ!? なんなのよ、これ!」

 

 マニュピレーターは、危うく火傷しそうなほどに熱かった。すっかり忘れていたが、可動したモビルスーツは熱いのだ!

 モビルスーツは高出力の核融合炉を搭載している上に、ロケットエンジンやジェットエンジンを盛大に噴射しているから、相当な熱を帯びるのである。

 それゆえモビルスーツ運用母艦には例外なく専用の冷却設備が備わっていて、機体を短時間で冷やすことができるようになっているのだ。

 前の演習で、半壊しながら着艦した機体のコクピットを開けようとしたプルフォウ姉さんが、ひどく熱がっているのを思い出してしまった。

 

「早く外れなさいよ! もう、熱い!」

 

 とんでもない熱さを我慢しながら、指先のハッチを引き剥がそうと両手に力を込めた。開閉機構の超電動アクチュエーターが軋む音がして、少しずつハッチが開いていく。

 だめだ、遅い! こんな段階で悠長に時間をかけてはいられないのだ。

 いったん下がり、両手を振って冷やしながら呼吸を整える。そして、今度は身体を捻りながら、縦方向に回し蹴りを喰らわせた。

 シューズの先がそっくり失われたが、勢いよくハッチが外れて、指の中に入っていた物が、まるでヤシの実みたいに二つ地面にこぼれ落ちた。

 この実が欲しかったのだ。

 地面に落下した物体は、月面フットボールで使われるボールのような楕円形カプセルだ。色は濃紺で、ゴムみたいに弾力がある。詳細に確認すると片方には小さいプラグのような装置が付いていて、精密機器だということが分かる。

 チェックもそこそこにカプセルをひとつ拾い上げると、左手に抱えて再び走り始めた。

 

 モビルスーツパイロットとして、このカプセルを見る機会はあまりないが、使用することは多いので馴染みのある物だ。まさか生身で使うことになるとは思わなかったけれど。

 

「もう時間がない! 到着予定時刻(ETA)が迫ってる!」

 

 視界を確保するために、森を出て原っぱに出た。ニュータイプ能力で位置を検知できても、距離感を掴むためにはやはり光学センサー、つまり自分の眼で直接確認することが必要なのだ。

 強化された視力で空を確認すると、雲の中にぼんやりと小さな点が見えた。概算だが、地面まであと十五秒くらいの高さだろう。残り時間は僅かもない。

 

【挿絵表示】

 

 

「予想より遠い!?」

 

 ターゲットは、予測位置より百メートルほど外れている。シミュレーションと現実にズレが生じたのだ。

 ズレの原因は風だ。地表近くに吹く風は、空気の粘性のためにコロニーの自転の影響を受けやすく、加えて複雑に方向を変えるのでシミュレーションすることは難しい。パラメーターに不確定要素が多すぎるのである。

 とは言え、これは想定内。手に持っている物をこれから空に向かって蹴り上げるのだが、蹴る弾道をズレた分だけ修正してやればいいのだ。

 

「これは一発勝負。失敗したら次はない。でも、落ち着いてやれば、あたしには出来る!」

 

 そうだ。自分は失敗が許されない任務を、軍事作戦や芸能仕事で何度もこなしてきたのだ。不可能だと思えることをいくつも達成してきた。

 だから今回も成功してみせる。

 心を平穏にして意識を集中し、無意識に身体が動くようにすれば、いわゆる『ゾーンに入る』と呼ばれる、周囲の状況を全て把握して対処可能な状態に遷移する。

 改めて、現時点の少女の落下速度とベクトルを正確に計測するために、ニュータイプ能力で詳細なミノフスキー・スキャンを行った。そして、その計測結果を元に弾道を素早く頭で計算した。

 あとはその結果に従って、腕の中の物を狙った正確な位置に持って行けば!

 

「届きなさい!」

 

 抱えていたカプセルを、走りながら右足で思い切り蹴り上げた。

 痛めている右足に鈍痛が走ったが、楕円形のダークブルーの硬いゴムボールは、くるくると回転しながら放物線を空に描いて勢いよく飛んでいった。

 物体の大きさと重さ、自転によるコリオリ力などを考慮した弾道を、正確にトレースしながら飛翔していることに満足する。

 

「次は射撃っ!」

 

 ボールを蹴ると同時に、肩にかけていたバッグから護身用ピストルを滑らかな動作ですばやく取り出していた。

 9ミリ口径の小型オートマティック。市販品を元に、グリップやトリガーを自分好みにカスタマイズした物で、バランス調整と着弾位置の確認は済ませている。

 日々の芸能生活で忘れそうになるが、自分の本職は狙撃手(スナイパー)なのだ。腕はアクシズで一番だと自負しているし、モビルスーツパイロットとしても長距離狙撃を得意としている。専用ビームスナイパーライフルを使用して、30kmの狙撃を成功させたこともある。射撃に関しては誰にも負けない自信がある。

 いまは、このスキルで人を倒すのではなく救うのだ。

 ピストルのスライドを引き、初弾を装填して、右手でグリップをしっかりホールドすると正面に構えた。

 

「ターゲットまでの距離は約500m。ハンドガンの射程じゃないけど!」

 

 銃身の短いピストルを用いた精密狙撃は難しく、そのようにも設計されていないが、卓越したスキルがあれば決して不可能なことではない。

 さらに言えば、この銃はシングルアクション。つまりトリガーを引く機構が、弾丸を撃発する機能に特化しているタイプなのだ。 

 最初にハンマーが後退してから弾丸を撃発するダブルアクションよりも、機能が単純なだけ正確な動作が可能で、精密射撃に向いている。

 精度を追求してない銃なんてガラクタだと思っているから、支給されるハンドガンは使わず、高価なモデルを私費で買っているほどだ。いまが、その行為の正しさを証明するときだろう。

 

 軽くジャンプすると、勢いをつけてスライディングして地面を滑る。地面は草の絨毯だから滑りは良好だが、短いスカートのせいで下着が汚れてしまうのは最悪だった。

 どうせ、誰もみてないからかまわない。

 

「三点バーストで決める!」

 

 三点バーストとは自動三連射のこと。アサルトライフルには、精度の高い連射を行う機構が備わっているが、それを手動でしてみせる。素早くトリガーを三回連続で引けば、銃身が跳ね上がる前に同じ弾道の弾を連射できる。

 息を止めて、落ちてくる少女の予測進路と、投げた物体の弾道がクロスする仮想点に照準を定めた。

 ……いまだ!

 連続してトリガーを三回引いた。あくまでスムーズに真っ直ぐに、銃本体にブレが伝わらないように。

 弾丸が発射されるタイミングに合わせて、スライドが火薬の力で後退(ブローバック)し、薬莢がエジェクターで外に排出される。

 上手く発射したという感覚はあったが、命中したかどうか確認する暇はない。

 すぐさまピストルを放り投げると、飛び起きて再び全速力で走った。

 走り過ぎて脚の筋肉が痛くなってきているが、全速を出さないと間に合わない。このくらいで壊れるほど、強化人間の自分の筋肉はヤワではないとは思いたい。

 そのとき空に青い花が咲いた。

 

「当たった! けど、開くのが遅い!?」

 

 花は、あたしが蹴り上げたゴム風船が開いたものだ。その正体は、モビルスーツが撹乱用に使用する、機体を模したダミー・バルーンと呼ばれるデコイである。

 普通は真空の宇宙空間で用いるもので、風船の中に少量の気体を吹き込み、気圧差で一気に膨らませる仕組みだ。もちろん大気があるところでは気圧差は使えないので、大気内用のダミー・バルーンは、替わりに固形水素を加熱して一気に膨張させ、大量の気体を送り込んで膨らませるという、少々乱暴な構造になっている。

 それでも膨らむスピードは宇宙用と比較して緩やかなのだが、寧ろ今はその緩やかさが役に立った。

 

 バルーンが開き始めるのと同時に、少女がものすごい勢いで落下してきた。このままの速度であれば、地面に叩きつけられてバラバラになってしまうだろう。だが、少女の身体はダミー・バルーンの中に包み込まれた、

 

「やった!」

 

 空気がいっぱいに入っておらず、バルーンは穴が空いた風船みたいに適度にしぼんでいた。だから、まるでクッションのような働きをしてくれたのだ。もしパンパンに膨らんだ風船だったら、少女は激突して即死していたかもしれない。巨大な人型の風船は、文字通り彼女を優しく受け止めたのである。

 だが、少女はそのまま止まってはいられない。数秒間バルーンに包まれて保持されたものの、すぐに弾かれて、再び空中に放り出されてしまった。

 

 これが狙っていた瞬間だった。

 

 少女を助けられるとすれば、速度が落ちた瞬間に受け止めるしかない。それが妹が感応波で送ってきた計画の要だった。

 自分の強化された脚の筋肉なら、3メートルくらい跳び上がることが出来るだろう。落ちてくる少女のスピードと方向を見定めて、思い切り地面を蹴った。

 

 少女は思ったよりも離れている。たった数メートルが絶望的な距離に思えた。両手を在らん限り伸ばすが、あと少し届かない!? ここまで必死にやったのに、あと少しの差で失敗するなんて受け入れられない!

 筋肉がつりそうなくらい、さらに腕を伸ばした。すると指先がかろうじて身体に引っかかった。

 

【挿絵表示】

 

「くっ! や、やった! ……けど!」

 

 腕が関節の動作範囲を超えて曲がり激痛が走ったが、腰と太ももを掴んで少女の身体をぐいっと身体に引き寄せた。だが、あと一、二秒時間が足りない。このままでは勢いがつきすぎて地面に激突する。自分のミスで数秒が稼げなかったのだ。

 無惨に地面に叩きつけられる自分と少女の姿が、ニュータイプの予測能力によって脳内に映像化された。

 死が近づいて、時間の流れが急に遅くなった。脳の処理速度が速くなり、相対的に時間をゆっくりと感じるようになったのだ。

 そして、妹プルナインが脳内に現れた。これは、彼女が干渉してきたことが理由なのか?

 ナインは目を閉じて空間に浮かんでいる。

 

『お姉ちゃん、ありがとう。頑張ってくれて』

『ナイン、なんとかしなさい! 頼んできたのは、あなたなのよ! 頑張ったって、これじゃ何にもならないわよ!』

『なるよ』

 

 妹に怒りをぶつけた直後、何かが人工太陽光を遮って大きな影を作った。

 

「あ、危ない!」

 

 反射的に少女を抱き寄せて、落下物から身を守るために身体を丸くする。

 はたして落ちてきたのは、白いネバネバしたガムみたいな物体だった。

 

 

「きゃあああーっ!」

 

 あたしたちは、クッションに取り込まれるようにネバネバに覆い尽くされた。

 

【挿絵表示】

 

 それはちょうど人間二人分の大きさで、絶妙な位置に撃ち込まれていた。少しでもズレていたら死んでいただろう。

 

『こ、これはトリモチ!? ナイン、トリモチランチャーを発射したのね。この落下位置を予測して!』

『えへへ。すごいでしょ』

『最初から言ってちょうだい。焦ったじゃないの!』

『だって、言ったらお姉ちゃん安心しちゃって、思いきり走ってくれないと思ったんだもん』

『……意地悪。もうお風呂で遊んであげないわよ!』

 

 と、脳内で会話している余裕はなかった。トリモチのネバネバが全身にくっついて、もう大変な状態になってしまったのだ。

 

「いや~ん」

 

 まるで罰ゲームみたいに、全身がネバネバで覆われてしまった。この粘着力では、身体から剥がすのが大変だし、いまにも服が脱げてしまいそうだった。

 

「う……」

 

 トリモチの中でもがいていると、目の前で少女が目を覚ましたのがわかった。抱いていたので、息遣いが感じられる近さだ。

 彼女の息は荒く、腕を怪我しているようだったが、ともかく生きていてくれたことに安堵した。バルーンに包まれた衝撃で大怪我をする可能性もあったのだから。

 

「大丈夫? 怪我はない?」

「あ、あたし、ロボットから落ちて……」

「安心なさい。無事に地上に降りられたわ」

「あなたが助けてくれた……?」

「そうよ。……まあ、二人で協力して、かな」

「もうだめかなって覚悟しました。でも、いったいどうやって助けてくれたんですか?」

 

 少女は、まるで奇跡を体験した熱心な信者のように問いかけてきた。でもあたしは強化人間で、超能力者ではない。

 

「大きな風船を膨らませたのよ。それで、あなたを空中で受け止めたってわけ」

「……すごい。本当に、本当に命の恩人です」 

「そんなこと。あなたがロボットの中で妹を助けてくれたのを知ってる。あたしこそ、あなたに感謝させてもらうわよ」

「妹……? マリーのお姉さん? あなたは?」

 

 マリーというのは妹プルナインの偽名だ。そして、自分はいまアクシズの軍人プルエイトではなく、芸名を名乗っている。

 

「わたしはファンネリア。ファンネリア・ファンネルよ」

「やっぱり! あなたの顔と声でそうかなって。さっき会場で歌ってたのに」

「コンサート、暴動で中止になったのよね。で、騒ぎから逃げてたら、ちょうどあなたが落ちてきたってわけ。でも、あなたを助けることが出来て良かった。これが運命だったんだわ」

「……うぅっ」

 

 少女は感極まったように震え始めた。

 

「大丈夫? 体が痛むの? すぐに救急エレカがくるわ。マネージャーに連絡してもらったから」

「あたしはっ。あなたのこと知らないで、歌が下手だなんて悪口言ってごめんなさい! こんな良い人をあたしはっ。馬鹿だっ!」

 

 褒められているのか貶されているのか。泣き出した少女になんて声をかけてよいかわからなかった。

 いつもテレビ番組では口パクしているし、歌が上手くない自覚はあるが、さすがに初対面の人間に面と向かって言われるとショックだった。だって、自分は唄を歌うのが仕事なのだ。

 

「あたしも唄を作って歌っていてっ。だから人気があるあなたを嫉妬したんだわ。最低です!」

「気にしないでいいわよ。感情が昂ってるのね。おなじ業界なら、仲良くしましょう」

「こんなあたしを。あなたはっ」

「よろしくね。……それにしても、これじゃ身動きとれないわね。洗ってとれるのかしら」

 

 全身がネバネバに覆われて、気持ち悪くて仕方ない。ともかくこの状態から脱しようと、苦労して上半身を起こした。

 

「あ、あの!」

「えっ?」

「胸、見えちゃってます……」

「や、やだ」

 

 すでに脱げかけていた上着が、起きあがろうとしたせいでトリモチにくっついて破れてしまったのだ。お気に入りだったのに、わずか半日しか持たなかったとは。

 まるでアクシズの教習で、モビルスーツを一日でスクラップにしたみたいだ。

 

「この上着もうだめね。新調したばかりなのに。でも、さすがに裸じゃ歩けないか。子どもでも、サイド3では逮捕されるわ」

「ごめんなさい。あたしに弁償させてくださいっ」

「いいのよ。そんなこと考えないで」

「でもっ」

「その性格。普段から苦労してるようね? 今日は貸しをつくったって考えても良いんじゃなくって? あなた、それだけのことをしたのよ」

 

 そう言ってあげると、クラリッサは無言で頷いた。真面目で律儀すぎる性格は、この業界では損をすることも多い。けっこう軍人に向いているのかも。

 

「仕方ないから、このまま一緒に寝ちゃいましょうか?」

「ええっ。それ、どういう意味ですか」

 

 実際、眠くて仕方がなかった。

 今日は、ありとあらゆる危機が襲い掛かってきたが、ついにアドレナリンが枯渇してしまったのだろう。身体は強化されていても疲れ知らずというわけではない。

 だが意識を失いかけたとき、背後に良く知った気配を感じた。

 マネージャーが、ようやく追いついたのだ。

 

「フン、あの役立たず。ようやくお出まし?」

 

 アドレナリンが脳で再び生成されて、意識を蝕み始めた眠気が吹き飛んでいった。

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