プルフォウ・ストーリー2 月に降り立つ少女たち 作:ガチャM
舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。
キャラクター、設定協力は、かにばさみさんです。
※Pixivにも投稿しています。
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「プルフォウお姉さま。今日の訓練は、ひとつも良いところがありませんでした」
早朝の訓練を終えて基地に戻る道すがら、ずっと不機嫌で無言だったエイトがようやく口を開いた。
「そうね……。認める」
親衛隊に所属するパイロット、特殊能力を持った少女たち『プルシリーズ』の四女プルフォウは、率いたチームがシミュレーターによる模擬戦闘で敗北したことにがっくりと肩を落とした。
妹のシックスが率いるレッドチーム、姉スリー、ファイブ、トゥエルブたちは眼を見張るような連携を見せ、自分と妹エイト、ナイン、イレブンで構成されたブルーチームは、いいように翻弄されたあげく、〇対五でストレート負けを喫したのだ。自らの指揮能力の欠如を、まざまざと見せつけられてしまった。
「ほんとうに、文字通りボロ負けですわよ。自分の技量が落ちたのかと錯覚してしまいましたわ」
「エイトの戦闘技術は一流よ」
「褒めて頂いても、負けたらいい気持ちはしませんわね」
「ごめんなさい……」
「シミュレーターでの戦闘というのが余計に悔しい。こんなゲームごときで負けたなんて!」
訓練にシミュレーターを用いる主な理由は、コストを削減するためだ。巨大なロボット兵器であるモビルスーツを可動させるためには、燃料やメンテナンスに莫大な費用がかかるが、シミュレーターを使えば電気代くらいで済んでしまう。だからネオ・ジオン軍のエリート部隊である親衛隊も、戦術や練度を向上させ、チームとしての結束も高めることが出来る仮想戦闘を頻繁に行っている。
もちろんシミュレーションとはいっても、リニアシートに接続されたアームとシリンダーで加速と減速、振動などが再現されるので、肉体的には実戦と等しい負荷がかかる。だからエイトが悔し紛れに言ったコンピューター・ゲームのような気軽なものではない。『ネオ・ジオン軍シミュレーション及び訓練技術コマンド』が開発したモビルスーツ戦術シミュレーターは、あらゆる戦場やモビルスーツを、驚くほど精密に再現することが可能なのだ。
ただし、自分たちのようなニュータイプ能力を有するパイロットにとっては、現実と決定的に異なることがある。それは遠距離から敵を認識する能力が無意味になってしまうということだ。つまり、相手はシミュレーター内のとなりのブースに座っているので、相手の位置を認識したところで仕方がないのである。もちろん、純粋に操縦、戦闘テクニックを磨くことができるので、マイナス面だけではない。
「シックスの指揮は巧みだし、ああも連携されると、ちょっとかなわないわね……。わかってる。私の指揮が良くないってことは」
部隊を指揮するためには、操縦テクニックとは別の能力が必要だ。指揮官は敵味方の戦力と位置関係を把握して、状況に応じて素早く戦術を決定しなければならない。そのためには閃きやアイデアも重要で、敵を出し抜いて倒すためのあらゆる創造性を駆使する必要があった。しかも個々の勝利よりも全体的な勝利が優先されるので、時には非情な判断も求められる。
シックスはそれが出来るから親衛隊の副隊長に任命されているのだ。自分は細かいことに拘りすぎるし、大局的な判断が苦手だということは理解している。
「別に、わたしはプルフォウお姉さまの指揮能力を疑ってるわけではありません」
八女のプルエイトは、左で結んだ短い三つ編みを触りながら姉をなぐさめた。「いずれにせよ、最初から負けは決まっていたのです」
「私もそう思います。フォウお姉さまのブルーチームが勝利できる確率は、私の計算によれば十パーセントほどでした」
末っ子のトゥエルブがフォローして言った。「単純に、戦力差が大きかったと思います。戦闘単位にあれほどの差があっては勝負になりません」
「トゥエルブの言う通りですわ。そもそも、どうやってチームを分けたのですか?」
「プルツーお姉さまが決めたようだけど」
「本当ですか? どういうつもりなんでしょう」
「勝ち負けは重要ではなく、純粋なスキルアップが目的……ということかしら」
「天才の足が引っ張られるのは勘弁ですわ!」エイトは腕を腰にあてて、ぷりぷりと怒りながら言った。「でも、戦力差があったとしても、もっと連携攻撃を上手くこなさないといけません。有機的に連携出来ていないし、動きがバラバラなんです。特にナインの動きは、まるで素人。練習不足もいいところです。我慢なりませんわ」
「ナインはモビルスーツに乗ったばかりだから、仕方がない部分はあるのよ」
「仕方がない、なんて言い訳はプロには通用しません! まして戦場では撃墜されるだけです」
「確かに、その通りね」
「厳しさが必要なんです。とにかくナインにはもっと練習させてくださいね。次こそ勝利しましょう」
「わかったわ。私も、このままでは終わらないわよ」
「その意気ですわ!」
エイトはようやく落ち着いたようだった。仮想戦闘とはいえ、戦闘行為の直後は体中にアドレナリンが出過ぎて、文字通り興奮状態になってしまう。
「あ~あ、ヘルメットをかぶりすぎると髪が傷んでしまいますわね。お姉さま、どうしてます?」
「わたし?」
「だってフォウお姉さまの髪、ずいぶん綺麗ですよね。艶もあるし……」
エイトは、後ろで結んでいる髪をまじまじと見つめている。
「何か秘策が?」
「実はね……特別に姫さまが使っている王室のシャンプーをわけてもらってるのよ」
あまり言いふらされても困るから、エイトに耳打ちするように小声で打ち明けた。
「えぇっ?!」
「わけてあげよっか? あなたこそ必要でしょ?」
「ぜひ! お願いします」
妹が、まるで餌を目の前にした動物のようにうなずいたのが可愛らしかった。
「じゃあ、あとで部屋に持っていくわね」
「本当に助かります。……あ、すみません! 彼から連絡がはいったので、これで失礼します」
エイトはバッグからコミュニケーターを取り出しながら、小走りで駆けていった。急ぎの用があるのは、彼女にとってはいつものことだった。
「エイトも忙しいわね。寝ている暇があるのかしら?」
「たまに会議中に居眠りしているようですが……」
「でも、意外と話を聞いてるのよね。サイコミュで脳に送り込んでるんじゃない……って、あれはテン?」
目の前にはアクシズ中央公園があった。姫様が住む宮殿の近くにある、様々な植物が植えられている緑豊かな公園だ。その入り口あたりで非番のテンが膝を抱えて何かをじっと見つめているのだ。
十女のテンは前髪を長く伸ばしていて、左目がほとんど隠れている。その瞳で何を見つめているのか分からなかった。彼女は自分の世界に閉じこもっているときがあって、そんなときは決まって何かを見つめている。トゥエルブを見ると、わけが分からないといった感じで首を振っている。
「テン、なにしてるの?」
プルフォウはテンのそばに歩いていくと、彼女が見ている方向を見ながら、そっと尋ねた。
「……呼びかけているんです」
「えっ? 呼びかけるって、誰に?」
「鳥です」
「鳥……」
現実主義者のトゥエルブは、驚いて目をぱちくりさせている。
「私たち強化人間、ニュータイプは、感応波で互いに会話することができます。ミノフスキー粒子を通して」
「そうね」
「わたし思ったんです。鳥にも進化したニュータイプがいるはずだって。ミノフスキー粒子の影響をうけた鳥が」
「理論的には存在し得るでしょうけど……」
「それを確かめたいんです」
「……」
「まだ成果はありませんが、必ず探してみせます」
「そ、そう、頑張ってね」
子供の空想めいた話に聞こえたが、あるいは本当に進化した鳥が存在するのかもしれない。動物や植物はお互いに交信してコミュニケーションをとっているという話もある。動物より進化している種だと傲慢にも考えていた人間は、実は劣っていた能力を獲得しただけなのだ。その失った能力を、人間はニュータイプへの進化によって再び獲得したのだ。
「トゥエルブはどう思う?」
「え?」
「テンの言う、進化したニュータイプの鳥のこと」
「あ、はい。ミノフスキー粒子の発見がニュータイプの発現と関連性があるなら、粒子が遺伝子に影響を与えるのかもしれません。事実、高エネルギーの宇宙線は遺伝子に影響を与えます」
「宇宙線を防ぐ技術は進化しているけど、ミノフスキー粒子については、まだまだ分からない部分が多いみたいね」
ミノフスキー粒子とは近年発見された素粒子で、空間に立方格子を形成し、可視光線の帯域以外の電磁波を阻害する性質を持っている。その特性によって小型核融合炉を実現し、さらに疑似的な反重力システムすら可能にした、宇宙世紀における科学技術の発展に大きく貢献した物質なのだ。
「そうです。ですが、ニュータイプ能力を持つ人間が発信する感応波がミノフスキー粒子を媒介することを考えると、人体が似たような性質を有するのかもしれません。例えば細胞にもミノフスキー粒子と似たような物質が生成されるとか……」
「そうなると、遺伝子工学とか医学の分野ね」
「はい。わたしたち強化人間には、ニュータイプ能力を先天的に有した人間の遺伝子配列が組み込まれているわけですから」
「理屈が分からなくても、模倣はできると」
「百パーセントの確率ではなくとも、同じ能力が発現したのです」
「遺伝子工学が確かなら、もっとニュータイプが増えていてもおかしくないと思うけど……。私たちは、突然変異したガラパゴス諸島の動物みたいなものかもね」
少し自虐的にいうと、トゥエルブが悲しそうに笑った。
「あ、暗くなってごめんなさい……。あなた、これからどうするの?」
「はい、午後は非番なので、街に行こうと思います」
「わかった。デートでしょ? いい人がいるんじゃない?」
「ま、まさか! フォウお姉さんこそ」
トゥエルブは普段の冷静さを忘れて赤くなった。
「あやしいわね……って冗談よ。アイスクリーム?」
「……恥ずかしながら」
アイスクリームは、前に自分が食べるように進めたのだが、それから妹は虜になってしまったようなのだ。
「いいじゃない、楽しんできなさいよ」
「はい」
妹は控えながら嬉しそうに頷くと、親衛隊の寄宿舎へと歩いて行った。堅物のトゥエルブが、楽しみを見つけてくれたなら安心だ。彼女は少し真面目すぎるから、たまには息抜きも必要なのである。
そう、わたし自身も。
このところ《量産型キュベレイ》の製造で忙しくて、気が休まる暇がない。モビルスーツの開発や組み立てに関われることは嬉しいが、予期せぬトラブルが多く、その不具合対応ばかりではちょっとうんざりしてしまうのも確かなのだ。だから、たまには仕事をさぼって公園をぶらつくのも悪くはないと考えてしまった。
アクシズ中央公園には、ちょっとした広さの森や草原、池があって、四季の花が咲いて自然が楽しめるようになっている。鳥や動物もいるので市民の憩いの場となっているのだ。草原で寝転んで、思うままに寝て過ごせたらどんなに気持ちがいいか。それを実行する衝動をなんとか抑えつけた。
せめて池をぐるっとまわって散策してから基地に戻ろうと考えたとき、遠くで騒いでいる人々が見えた。その服装には見覚えがある。
「あれは、姫様の?」
そうだ。取り乱した様子で走っているのは、いつも姫様のおそばにいる侍女だ。まさか、姫様の身に何かが?!
プルフォウは弾かれたバネのように奪取すると、全速力で走り始めた。