プルフォウ・ストーリー2 月に降り立つ少女たち 作:ガチャM
舞台はUC0088年のアクシズ。ネオ・ジオン親衛隊のプルフォウを中心としたプルシリーズたちのストーリーです。
キャラクター、設定協力は、かにばさみさんです。
※Pixivにも投稿しています。
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小惑星アクシズの繁華街に、芸能事務所クローバー・プロのアクシズ支社はあった。支社といっても常駐している社員は営業担当の一人だけで、しかも彼女はいま外出している。だから看板娘であるはずのファンネリアが、赤いジャージ姿でひとり事務処理をこなしていた。大手ではない事務所の辛いところである。
「やっと書類が整理できたわ! いいかげん、誰か事務係を雇いなさいよ」
面倒な仕事をようやく終えると、ファンネリアは壁の大型モニターに映っているマネージャーに愚痴った。今はちょうどミノフスキー粒子が薄い時間帯で、アクシズとサイド3との間で長距離通信が行えるのだ。
「予算がないんだよね。それに、君の仕事は速くて正確だからさ」
「褒めてもだめよ。ま、AIプログラムを使えば簡単なのよね。上手くパターンを学習させればいいんだから」
「それが難しいんだよ!」
「そうかしらね……。今度あなたに手順を教えてあげるから、やってみなさい」
「う~ん……。それよりさ、あの件は進展あった?」
「話題を逸らすわね! 悪いけどまだよ。いくらセリフが少ないとは言っても、出演してくれる人間を見つけるなんて難しいの。本来はあなたの仕事でしょう?」
「僕の方も探してるけど、君があてがあるとか言うから」
「とにかく、もう少し待ってちょうだい! ミネバ・ザビ殿下にも会わなくてはならないんだから」
「映画のスポンサーの話だね」
「そう、大事なことよ。もしスポンサードする条件として、ミネバ殿下がシャア大佐の仮面を被って踊ってみせろと仰られたら、躊躇なくやってみせるわ」
女優ファンネリア・ファンネルとしての演技者の覚悟を宣言すると、コンビニエンスストアで買ってきたカップの紅茶をゴクゴクと飲んだ。
「シャア大佐ってジオン・ダイクンの息子だったっけ? 去年、連邦議会で演説したけど、そういや最近話を聞かないな」
「噂によれば行方不明らしいわね。本当に惜しいわ。シャア大佐ってなかなか素敵じゃない? 私の好みだし、俳優になった方がいいんじゃないかしら。あの顔と演説なら絶対人気でるわよ。この私が保証してあげる」
「そのときは、うちの事務所にぜひ勧誘したいね」
「頼むわ。私が働きすぎなんだから、少しは楽をさせなさいよ」
「悪いと思ってるよ」
マネージャーのティモはモニターの向こうで頭を下げた。
「シャア大佐、ネオ・ジオンには参加してないのかな? ザビ家はダイクン家の仇だから、ミネバ・ザビ殿下には従えないのかもしれないけど」
シャア・アズナブル大佐はもとジオンの軍人で、その正体はジオンの建国者ジオン・ダイクンの息子だった。彼が偽名を騙ったのは、父親を暗殺して国を乗っ取ったサビ家に復讐することが目的だったのだが、一年戦争が終結してザビ家による支配体制が瓦解しても、その名を捨てることなくスペースノイドのための活動を継続したのである。近年は地球連邦軍の派閥のひとつエゥーゴに所属していて、ダカールの連邦議会で『人類はゆりかごたる地球を離れて、すべてが宇宙で暮らすべきだ』という内容の演説を行ったのだ。
「いろいろ事情があるのでしょ。でも、あの演説は良い見世物ではあったけど内容は疑問なのよね。地球ってそんなに環境が悪化してるのかしら? 人払いするための方便にも聞こえるわ」
「ドキュメンタリー番組では、しょっちゅう自然が破壊されているって言われてるよね。興味があるなら、ファンネリアも一度出演してみたらどうだろう?」
「私が?」
「君は頭いいし、真面目な科学番組もあってるよ」
「なるほど……。考えてみれば知的な私にはぴったりじゃないの。番組の収録で地球にも行けるわね」
生まれてからずっと宇宙暮らしなので、自分はまだ地球というものを体験したことがない。だから、自然環境が失われつつあるという地球を体験してみるのは悪くないと思った。スペースコロニーは、所詮は地球を模倣した偽物。アイドルや俳優として演技めいたことをしている自分だからこそ、本物を知り体験する必要があるのかもしれない。
「芸能人も番組のナビゲーターをすることは多いからね」
「アイドルからニュースキャスター、ジャーナリストへの転身か……。考えてみてもいいわね。ま、とりあえず目の前の仕事、月面コンサートを成功させないとね」
「今回、練習時間がないのは辛いよな」
「天才には不要な心配よ、お馬鹿さん」
心配性な子供をなだめるように笑うと、ジャージを脱いでレオタード姿になった。それから、ぐっと背伸びをして柔軟体操を始めた。コンサートでは、かなり激しく動くので、いつも体は柔らかくしておかなければならないのだ。
前屈みになったり開脚したり、入念に身体をほぐしていると、モニター越しに自分をじっと見つめているティモの視線に気付いた。
「なによ。私に見惚れてないで、さっさと仕事をしなさい」
「違うよ」
「違う? じゃあ、なんで見てるの!」
自分に魅力が足りないと言わんばかりの彼の言い方にはイラっときた。
「いや、事務所の看板娘の成長具合をね。水着グラビアの仕事をとってくるには、スタイルを正確に把握しておかないといけないから……」
ついにこらえきれずに、無言でモニターに近づくと、画面に紅茶を思い切りかけた。
「うわっ」
「最低よあなた。ひとを商品みたいに言わないで!」
激怒しながら通信モニターをオフにする。ティモは芸能界に入ったときからマネージャーをしてくれているが、いつも子供扱いするから腹が立つのだ。
「まったく無神経なのよ、あいつは!」
怒りにまかせてジャージとレオタードをぱっと脱いでしまうと、すぐに冷たいシャワーを浴びた。熱くなった体が冷やされて、普段の冷静な自分が戻ってくる。だが、それでもまだ気がおさまらなかった。何ということもなく、落ち着かないのだ。そう、こういうときはあれを眺めるのが一番だ。
シャワー室から出て体を乾かしてタオルをぐるぐると巻くと、部屋に飾られた絵画の前まで歩いていった。そして額縁の裏に手をまわすと、隠しスイッチを探し出してそれを押した。すると絵画がまるごとスライドして壁に埋め込まれた金庫があらわになった。金庫にはロック用のキーパッドがついていて、記憶している三十二桁の暗証番号を手早く入力すると、重厚な音がしてロックが解除された。
モビルスーツの装甲にも使用されているガンダリウム合金製の丈夫な金庫の中には、金塊や宝石がたっぷりと入っていた。全て自身のアイドルとしての稼ぎで買ったものだ。
「ふふふ、これこれ。たまらないわ!」
中から両手いっぱいの宝飾品を取り出すと、それを胸に抱えて抱きしめる。キラキラと輝くゴールドやダイヤモンドは愛おしく、このまま一緒にお風呂に入りたいくらいだった。いかにも成金みたいに思われるかもしれないが、世間の人気とか好感度などといった、危うく変化しやすいものでは成功を実感できない。こうして貯めた宝石や金塊を肌で感じることで、達成感をリアルに味わうことができるのだ。
そして、これは自らの野望のための資金でもあった。アイドルなどは、所詮は若さでちやほやされるだけの儚い仕事。自分にとってはキャリアアップのための通過点に過ぎない。最終的には地球連邦首相になってみせるというのが、ファンネリア・ファンネルの野心なのである。
アイドルを卒業したあとは大学に入学して博士号をとり、評論家や学者になるのも良いかもしれない。テレビ番組にゲスト出演をして、世間に新たな知見を与えつつ流行語を生み、コメンテーターなどをこなして有名人になる。もちろん合間には口述筆記で本を量産し、たくさんの講演会をこなすことも忘れてはいけない。
そうやって社会のオピニオンリーダーとしての地位を確立してから、満を辞して大きな都市、月のグラナダやフォン・ブラウン・シティの市長に立候補するのだ。若い女性市長が生まれたら、宇宙世紀が始まって以来の快挙ではないか。あとは有力な政党に入党し、いくつか連邦政府の要職をこなしたあと、初の女性地球連邦政府首相へとのぼりつめるのだ。
「地球連邦首相ファンネリア・ファンネルか……。素晴らしい響きだわ! 必ずなってみせる!」
固く決心すると、ソファーの上に立って、首相として就任式で演説する自分の姿を思い描いた。地球圏の最高権力者として世界に晴れ姿を披露する場面を。優れたリーダーの指導によって、地球圏は平和と繁栄を享受するのだ。
だが、両手を振り回したせいで体に巻きつけていたバスタオルが緩んで、はらりと床に落ちてしまった。裸をさらす間抜けな姿に、良い気分が台無しになる。悪態をついてそれを拾おうとしたとき、壁の通信モニターがいきなり起動して、マネージャーのティモの顔がいっぱいに広がった。
「ファンネリア、急で悪いんだけど、来週のスケジュールに一件いれてもいいかな……」
「……」
通信モニターの電源を切っておかなかったのは迂闊だった。停止した時間の中で、お互いに無言で顔を見合わせる。自分の身体を凝視するティモの視線が、上から下まで移動したのがわかった。
「きゃあああっ! いきなり通信しないでって、いつも言ってるでしょ! 切ってよ! 切りなさい!」
それでも通信モニターは消えることはない。
「ティモ! あとでおぼえてなさいよ!」
ファンネリアは、しゃがんで両手で身体を隠しながら、画面に向かって大声で怒鳴り続けた。