部屋に入り、まず目に写ったものは、ぬいぐるみを抱えた少女だった。
おそらく部屋の主だろう。
顔の大きさくらいの熊のぬいぐるみを持ってこちらを見ている。
その眼には、恐怖しか写っていなかった。
(知らない奴が部屋に入ってきたら、入れたのが自分でも怖いよなぁ……どうするか……)
「…………」
対処法を一人で考えていると、少女は怯えながらも俺に話しかけてきた。
「あの……どうしたんですか?」
流石に相手は子供。
俺が何を考えているかは分からなそうだ。
「……いや…怯えてるみたいだからどうすりゃいいか考えてた。」
嘘ではない。
少女は少し驚いた顔をした。
「……皆私のことなんて考えてないのに、何でそんなこと考える必要があるの?」
と少女は言った。
「宥めることくらい誰でも考えるだろ?怯えてるのにも気付かないわけがない。そんなことを聞く意味があるか?」
その言葉に、またも少女は驚いた。
「……変な人。」
「は?」
「私のことなんて、考えてくれなくていい。」
「………」
おそらく少女は両親以外の人から、ただの一人にも見てもらえなかったのだろう。
だから、自分のことなんてどうでもいいと思っている。
だからその言葉を聞いた俺は……
「……?痛っ!」
少女の頭を軽く叩いた。
「誰にも考えてもらえないなら、考えてもらえるよう話せ。見てもらえないなら、見てもらえるように努力しろ。一人になっていいと思うなら、一人になりたくない理由を探せ。お前のそれは、ただの逃げでしかない。」
「!」
「会ったばかりの俺でも分かる。家族さえ自分を見てればいい。そうお前は考えてる。だから誰にも心を開かない。自分なんてどうでもいいと思ってる。本当は寂しいはずなのに。孤独は辛いと分かっているのに。」
「…………」
俺もそうだったように、この少女は苦しんでいる。
孤独という暗闇に、捕らわれ続けている。
だから俺は言葉を繋ぐ。
少女を孤独から放すために。
「孤独でいることは楽じゃない。家族がいても、心は閉ざされ続ける。幼い心は、それだけで壊れるほどに脆い。だからお前は逃げ続ける。孤独を忘れて、違う夢に浸りたいから。」
「独りじゃない自分を知りたいから。」
「独りじゃない自分になりたいから。」
「逃げれば逃げ切れると信じているから。」
「……はあ……はあ……」
苦しそうに胸を掴んで息を吐く。
だが俺は続ける。
「でもそれじゃ駄目なんだ。孤独は逃げちゃ駄目なんだよ。」
「……なん……で……?」
涙を流して理由を聞く。
「孤独は残る。誰の心にも。どれだけの人が周りにいようが、たった一人でも親友と呼べる人がいようが、独りは独りなんだ。心っていうのは、何も忘れられない。」
これは俺の見解の一つだ。
心はどんな感情も忘れない。
脳が忘れる記憶でさえ、心には残り続ける。
それがたとえ、喜びでも。
それがたとえ、悲しみでも。
だから……
「逃げるな。孤独を少しでも苦と思うなら、それを認めて受け入れろ。逃げた自分に残るのは、ただの悲壮な現実だ。」
過去の俺のように。
孤独は自分を支配する。
自分の制御が利かないほどに。
そんな惨めな思いを、こんな少女にさせたくなかった。
だからこそ、自分も出来ないことを偉そうに語った。
(……何言ってんだろうな。俺…)
「私は……」
少女は俯きながらも口を開いた。
「私はどうすればいいの……?」
手には力が込められ、ぬいぐるみは潰れていた。
そこまで真剣に聞いていたのだろう。
しかしその問いの答えは、至極簡単なものだった。
それは既に言っている。
「逃げなければいいんだよ。最初に言ったろ?誰にも考えてもらえないなら、考えてもらえるよう話せ。見てもらえないなら、見てもらえるように努力しろ。一人になっていいと思うなら、一人になりたくない理由を探せ。そして、孤独が怖いなら、認めて抜ければそれでいい。孤独が心を塞ぐなら、開く感情を知ればいい。自分の感情と逆のことを知れば、それだけでいいんだよ。」
単純だろ?と俺が言うと、少女はすすり泣き始めた。
「………」
俺は少しどうするか考え、その部屋を出ることにした。
しかし少女に腕を捕まれ、それは許されなかった。
(ここにいろってことか……分かったよ。)
無理矢理ほどくわけにもいかないので、少女の座っていたベッドに腰かける。
(早く来いよ。天宮……)
少女の父親が早々に来ることを祈りながら、泣き止むのを待った。
「お~い琴羽~女房にお前のこと話したら飯作るって……は?」
天宮の言葉は途中で止まった。
当然だろう。
引っ込み思案の自分の娘が、初めて会った俺の膝に、頭を乗せて眠っていたのだから。
この状態になったのは数分前だ。
泣き止む頃には俺の肩に体重を預け、眠たそうに瞬きをしていた。
泣きつかれたのだろう。
俺はあまりに眠そうにしているので、「寝てもいいぞ。」と言った。
そしたら少女は少し頷き、俺の膝に頭を移動させて、すぐに寝た。
どかしたら起こしてしまうことも考えて放置していた。
「悪い……少し話してたら眠っちまった。」
「……お前よくその子にそこまで出来たな。どんな手使ったんだ?」
「後で本人から聞け。それで?何言いかけたんだ?」
「………まあ明友(あゆ)が心を開いてるなら、別にいいか。女房が飯作ってるけど、食うか?」
「いいのか?」
「娘の相手してくれたしな。昼飯くらい食ってけよ。」
「……じゃあそうする。ありがと。」
「礼なら女房に言いな。ほら、案内するから付いてきな。その子は布団に寝かせてやって。」
「ああ。」
そっと明友の頭を膝からそっと下ろし、布団に置いた。
そして部屋から天宮と一緒に出て、二人で廊下を歩いていった。
今回琴羽の説教回でしたね。当初予定していなかったことですがまあ思いついたんで書きました。琴羽の今までを伏線として利用出来そうだったので。ただこうゆう回って次話に繋げるの難しいからあまりやりません。ほのぼのより戦闘とかえぐいものとかの方が好きですしね!
では。