I made a few mistakes .   作:おんぐ

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(だからいいわ!)







Time is money.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリーは走った。僅かな音も立てないように、慎重に、しかし迅速に、そして杖を構えながら。

 暗いパイプ菅を通り抜け、扉を潜り抜けた先、神殿のように造られたその場所に、スリザリンのローブを纏った、見たことのない青年がいた。

 

 「インペリオ 服従せよーー! 」

 ‎「ーーは…?」

 

 ドラコの声だ。姿は見えない。服従の呪いが、反対呪文など必要ないと展開された障壁を破りーー青年の右肩を捉えた。

 ‎青年は余裕を保った顔のまま、目の色だけを驚愕へと変えた。

 だが、それも一瞬のことだった。

 呪いに蝕まれた青年は、‎だらりと身体を緩和させる。小さな笑い声を漏らした後、目は焦点を失った。そして、幸せの最中にいるような、そんな表情を晒した。

 ‎服従の呪いは、見た目では呪いが成っているかの判断が難しい。

 ‎術者であるドラコは呪いに手応えを感じていたが、不安はぬぐい切れなかった。

 呼吸を乱している‎ドラコの顎を伝って落ちる冷たい汗の玉が、透明マントに覆われた石床に染み込む。

 

 静寂の中、連続して物と物がぶつかるような音と、先ほど耳にしたキーキー声がハリーの耳に届く。

 

 「杖を捨てろ、リドル」

 ‎

 ‎一拍。

 リドルが持っていたジネブラ・ウィーズリーの杖は、その手を離れる。

 

 「バジリスクを無力化させろ」

 「ーーーーー」

 

 震えた声で出すドラコの命令に、リドルは蛇語をもってそれに応えた。

 ‎バジリスクはとぐろを巻き、その中心に自らの顔を埋めた。そんなバジリスクの様子を、リドルが感情のこもらない声で淡々と説明する。

 

 「オブスキュロ…」

 

 ハリーは、陰からバジリスクを対象に目隠しの呪文を唱えた。ここに来るまでに考えていたことだ。敵がバジリスク、そしてロンの妹がいること、トムリドルが操っていること、元凶がドラコの父親であることを、ドビーの口から聞かずとも、知り得ることができた。

 バジリスクに抵抗する様子はない。杖の先から吹き出た靄は宙を駆け、バジリスクの顔に吸い込まれていった。

 黒い靄は、うぞうぞと蠢きながらバジリスクの両眼貼り付いて、視界を覆い隠す。

 手応えを感じたハリーは念を押して、もう一度オブスキュロを唱える。ドラコに、こちらに気づいた様子はない。

 「…」

 ‎バジリスクは身じろぎもしない。

 しかし、それでも‎ハリーは緊張を解くつもりはなかった。

 沈黙が場を重く支配する。意識をすれば、互いの呼吸音がハッキリと聴き取れてしまうほどだ。

 ドラコが、震える口元を片手で押さえながら、ゆっくりと口を開く。

 

 「答えろ。お前は、どこから来た」

 ‎「日記から」

 

 リドルの返答を受けた‎ドラコは、それらしきものを探してみるも、見当たらない。

 ドラコは視線を外し、再び口を開く。

 

 「そこの、ウィーズリーはどうなるんだ」

 ‎「このまま死ぬ」

 ‎「っ…生き残る道はないのか」

 ‎「僕が消えれば、あるいは」

 ‎

 ごくり、とドラコの喉が鳴った。

 

 「…お前は、どうすれば消えるんだ」

 ‎「分霊箱本体に…強力な呪い、もしくはそれに相当するモノをーー」

 「は…?」‎

 

 思わずといった様子で、ドラコは視線を辺りに巡らせた。

 ハリーと目が合う。

 ドラコは目を見開いたが、すぐにリドルへと視線を戻した。

 

 「それは、何だ」

 ‎「分霊箱とはーー」

 ‎「違う。説明は聞いてない…あ、もしかして日記のことか…?…そうだ今日記は、どこにあるんだ」

 ‎「それは、ここにーー」

 

 リドルの言葉が途中で途切れた。呪いが途切れた感覚はない。ドラコは、一気に警戒度を上げた。ハリーも、反射的にバジリスクに杖を向ける。

 ‎しかし、警戒すべきはリドルでもバジリスクでもーーそのどちらでもなかったのだ。

 

 

 『クルーシオ

 

 

 この時までは全くと聞こえなかった、少女特有の甲高い声が二人の鼓膜を揺らした。

 

 ‎「えっあ、あっあ…ああああああああああああああああああああああ───!!!」

 

 磔の呪いが、ドラコの身体を、心を蝕む。純粋な苦痛が無抵抗のドラコを襲う。

 石の床に身を投げ出し、四肢をばたつかせる。纏っていた透明マントが剥がれ、ドラコの姿が暴かれた。

 地面に‎横たわったまま、ドラコに杖を向けているジニーがいた。

 

 「ドラコ!!」

 

 ハリーは悲鳴を上げながら、杖を前につき出した。

 ‎そして、ジニーに向けて武装解除の呪文を口にするーーしかし、それはジニーに当たることなかった。線上に飛び込んできたバジリスクによって防がれてしまった。

 バジリスクの鱗は強靭だ。並の魔法ではその防御は突破できない。

 ‎しかし、弱点はある。

 幸いなことにオブスキュロも未だ健在だ。剥がそうとしてバジリスクが床に擦り付けているが、粘着質に蠢くそれは外れそうに見えない。

 ‎ハリーは、ドラコの現状に悲鳴を上げそうになりながらも、なんとか頭を切り替えて別の手段を取った。

 

 「エイビス! サーペンソーティア!」

 

 小鳥の群れ、加えて一体の蛇が出現した。これらは、ハリーが制御できる精一杯の数だ。

 ‎標的を意識する。

 先ずは、目だ。目隠しだけでは駄目だ。こうなってしまったら、バジリスクを傷つけることに躊躇いはない。

 バジリスクの顔を見ないようにして集中する。多少狙いがずれてもいい。数で勝負だ。

 ドラコの悲鳴が頭に響く中、ハリーは歯を食いしばりながら、魔法の操作に意識を置いた。

 

 「オパグノ 襲え!」

 

 バジリスクに、鳥の群れと蛇が殺到する。

 ‎魔法の後押しを受けた蛇が、バジリスクの顔面へと飛びつく。

 ‎バジリスクは、目隠しをされているとはいえ、音で何かが向かってきているのに気づく。

 ‎口蓋を開けて、蛇をその毒牙で噛みちぎった。

 ‎しかし、それは囮だった。

 直後に‎殺到する鳥の群れに、死を与える両眼を潰される。

 ‎バジリスクは声にならない悲鳴を上げ、その身を大きく仰け反らせ暴れ狂う。

 

 バジリスクが退いたことで、その向こうの景色が、ハリーの目に映る。

 ‎リドルが、ドラコに杖を向けていた。持っているのはドラコの杖だ。

 リドルの表情は、怒り一色に染まっていた。

 

 「クルーシオ

 

 磔の呪いが重ねがけされる。ドラコの身体が弓なりになって、固く冷たい地面を跳ねた。

 

 「やめろーー!エクスペリアームス!!!」

 

 ハリーは、気が狂ったように武装解除の呪文を連射する。ハリーの杖から幾つもの光線が飛び出す。その全てが、リドルを呪わんと一直線に向かう。

 ‎しかし、それらはリドルの杖のひと振りで消し飛ばされた。

 嘲るような笑い声が響く。

 

 「こんなものが、この僕に通用するとでも?動揺しているのかな、ハリー・ポッター」

 

 再度、リドルが磔の呪文を口にした。

 ‎ドラコが絶叫する。何度も何度も頭を地面に打ちつける音が、ハリーの心を締め上げた。

 

 「やめろ、やめろーーエクスペリアームス!ステューピファイ!ディフィンド!」

 「だから、そんなものじゃ無駄だって…それにしてもこの杖、最悪な使い心地だ」

 

 またしても、ハリーの呪いは防がれる。

 ‎そして、リドルが磔の呪いを再度ドラコにかけた。

 ‎ドラコの絶叫が、ハリーの脳を揺らす。

 

 沸き上がる怒りと相手に通じないという絶望感で、ハリーはおかしくなりそうだった。 ‎

 

 「もう…君はバジリスクに相手してもらいなよ。僕は、こいつを折檻するのに忙しいんだ。あとにしろ」

 

 もはや、リドルはハリーを見ていなかった。憎々しげに口角を吊り上げて、ドラコだけを見つめていた。

 

 リドルが命令し、バジリスクがハリーに襲いかかる。目を潰されたのだ。バジリスクは怒りの咆哮を上げながら、ハリーに牙を向く。

 

 ハリーは、動揺しながらも何とかバジリスクに意識を割く。まずこの蛇を何とかしなければ、ドラコを助けられない。

 不意に、ハリーは不思議な感覚に包まれた。まるで、ずっと前からこの蛇を知っていたかのような、奇妙な感覚だ。

 無意識のうちの行動だった。‎バジリスクの怒りの声に込められた感情を感じ取った瞬間、ハリーは1つの呪文を選択する。自分の使える魔法の中でも、しばらく避けていた今ですら、最も長けているといえる魔法。

 ‎額の傷から、痛みがパッと、初めから存在していなかったかのように消え去る。

 ‎人間、蛇。今のハリーに、境目は存在していない。

 ‎

 ‎本来ならば、心を通わせるために使われるべき手段だった。しかし、それが、確かな悪意をもって、ハリーの口は動いていた。リドルの耳には届かないほどの小さな呟きが、蛇の王へ向かわんとする。

 

 ( レジリメンス  心を)

 

 術者の力量によるが、相手の心をこじ開け、その感情、記憶までもを読み取り、暴く魔法だ。

 ‎ハリーの、最も得意と言える手段“だった”それに今、明確な意思が加わった。さらに、蛇の言語にてその魔法は形となった。

 

 現実の時間にして一瞬。

 しかしハリーとバジリスクに絆が繋がれた。

 ‎ハリーは視た。長い間眠りにつき、磨耗されていく自我。孤独すら忘れ、ただ継承者を待つだけの生。

 ‎時を逆行する。

 ‎穴だらけの記憶を、ハリーは視た。

 ‎人がいた。

 ‎自分と目を合わせても、何ともない主人。生まれたその日から、祝福をくれた、ただ1人の、自分の主だーーなぜ、忘れていたのだろうかーーーー

 

 そんなもの、どうでもいい。

 邪魔をするな。

 ‎

 ‎ハリーは、意識を急速に浮上させた。視界が冷たい景色を取り戻す。

 ‎影を感じて見上げれば、バジリスクが直ぐ近くで悠然と佇んでいた。

 ハリーは、言い様のない何とも奇妙な感覚を覚えた。記憶を見たせいだろうか。意思に関わらず、心を侵した存在に親近感を感じてしまう。

 

 ‎バジリスクの姿を一瞥して、ハリーはリドルへと武装解除の呪いを飛ばす。

 ‎しかし、それはまたしても防がれた。

 ‎リドルはドラコに苦痛を与えながらも、ハリーへの警戒を怠っていなかった。

 ‎視線は外そうとも、リドルには、もはや始めのような油断は存在しない。

 ‎ハリーが放つ呪いの弾幕に、リドルは溜め息を吐いて、最硬の守りを展開した。

 

 「“バジリスク、ハリーを殺せ”……?なぜ反応がない…偉大なるスリザリンの怪物よ!その程度か!!……チッ、インペリオ!!」

 

 彫像のように固まって動かなくなっていたバジリスクが、ピクリと動いて反応を見せた。

 ‎そして、自我を失い操られたバジリスクは、リドルの命令に従いハリーに襲いかかる。

 

 「“ディフィン…」

 

 そこで、呪文は途切れる。

 ‎ハリーは、バジリスクを掌握したと思い込んでいた。バジリスクに襲われる可能性を頭から排除してしまっていたのだ。

 ‎これが本来の力なのだろうーー服従の呪いで操られたバジリスクは、これまでの倍近く素早かった。

 ‎

 ‎ハリーの身体は、バジリスクの体当たりを受け、ボールのように地面を何度も弾んで転がった。

 

 「あれ、どうしたんだいハリー。もう戦わないのかな?」

 

 滅びを前にしても、理性を持って戦え。

 ハリーの脳裏でムーディの言葉が繰り返される。しかし、その言葉を与えた当の本人は、まさか今のハリーとドラコの状況を予期していたわけではない。

 彼らの教官であるムーディは、学生ーーそれもまだ低学年である彼らに、当然まだ実戦を経験させていない。

 故に、彼らは知らなかった。闇と戦うことがどういうことなのかを。無論、彼らなりの心持ちで臨んではいたが、初陣の相手としてはあまりにも無謀だった。

 

 ハリーの身体は、反射的に受け身を取っていた。日頃の訓練の賜物だろう。あまりの衝撃で、四肢への衝撃は防げなかったが、頭への衝撃は何とか流していた。

 ‎口の中に広がる鉄の味。力の入らない腕。

 ハリーは、痛みに呻きながら瞼を上げる。

 目の先に、‎ドラコの姿があった。

 ドラコは、悲鳴を上げることを止めていた。

 ‎生気を感じられない顔、糸が切れたように動かない姿は、まるでーー

 

 「まあ、いいや。どうやって未来の僕を、とか色々聞きたかったけど…ここで死ぬんだし。じゃ、さよならだハリー」

 

 バジリスクが、こちらを向いていた。

 ‎今度は、大きく口を開けている。

 ‎何本もの牙が糸を引きながら、ハリーを狙っていた。

 ‎ハリーは、立ち上がった。

 ‎ポケットに手を入れてーーハリーは、ただのひと振りの果物ナイフを掴んだ。しかし、腕は上がらなかった。

 スルリとと、ハリーの皮膚を裂きながらナイフが手から滑り落ちる。

 ‎

 ‎

 ‎毒牙はもう、すぐ目の前に迫っている。

 

 

 「ハリー」

 

 どん、とハリーは押された。煽られた身体は、力に逆らうことなく尻餅をつく。その衝撃でもたらされた激痛がハリーを襲う。

 ‎しかし、そんなものはどうでもよかった。

 ‎

 ‎すぐ目の前に、ドラコがいたのだ。

 うつ伏せに倒れたドラコは、こちらに向かって両手を伸ばしている。ハリーはその手を掴もうとした。

 

 「ハリー…」

 

 朦朧とした意識の中、ハリーが感じたのは安堵の感情だった。

 よかった。無事だったんだ。なのに、ドラコはなんでそんな顔をしているんだろう?

 いいや、そうだ。

 ドラコがいるんだ。ドラコがいれば…僕達二人ならば、何にだって負けない。だから…

 

 ーーあと少しでドラコの手に触れるか否か、ハリー眼前からドラコの姿が消えた。

 

 「…?」

 

 ハリーは目を丸くさせて、きょろきょろとドラコの姿を探した。

 ‎ドラコは?

 ‎リドルと、倒れたジニーとバジリスクの後ろ姿。いくら見渡そうとも、それだけ。

 

 「この僕が欺かれていたとは。認めよう、ドラコ…似ているな、マルフォイ家の者か?紛れもなく優秀な魔法族だ。失うのが惜しい」

 

 リドルの声が遠くに聞こえた。

 ‎ーー背を向けたままのバジリスクが、口があるだろう位置から何かを落とした。棚から物を落としてしまった、そんな音。

 灰色の世界で、目映いプラチナブロンドが輝いた。

 

 「ドラコーーーー!!!」

 

 ハリーは駆け出した。

 ‎ハリーの声にバジリスクが反応を見せる。

 

 「“退けえ!!消えろーー!”」

 「な、ーー」

 

 ハリーの発した“蛇語”は、意思と魔法力をもって、バジリスクに掛けられている服従の呪いを上書きした。

 ‎無理に身体を動かす力が無くなった途端、バジリスクは力尽きるように、ゆっくりと地面に倒れ伏した。

 

 「ドラコ…ドラコ」

 

 涙と洟を流し、足を絡れさせながらドラコに駆け寄るハリー。

 ついには転げ額を強く打つ。眼鏡のつるが折れて皮膚を浅く切るが、ハリーは構わず顔を上げた。

 ヒッと息を飲む。

 杖を取りだそうとするが、手は空を切るばかりだ。

 

 「ポケッ…ト」

 

 恐怖に顔を歪ませ、小さくしゃくりを上げるドラコが震えた声で呟いた。

 ‎ハリーはハッとなって、ドラコのローブのポケットから小物入れを探し当て、中から1つの瓶と石を取り出した。

 ‎血に染まった服を捲る。

 幾つもの穴が空いて、血がどくどくと流れていた。胴体を庇った両手は更に酷く、大きく肉が削がれている。

 ‎ハリーは、瓶を満たしている液体を躊躇うことなく振りかけた。

 ‎

  「…なんで!!」

  「そんなものが…バジリスクの呪いの毒に効くわけがないじゃないか」

 

 傷は塞がらない。

 ハリーは半ばパニックになりながら、1つの石をドラコに飲み込ませる。バジリスクの毒に対して解毒効果があるのかは分からない。しかし、無いよりはきっとましだ。

 ‎ゴボリと、ドラコが血の塊を吐き出した。ハリーは、体内に溜まった血を吐き出させようと介護するが、ドラコは苦しげに呻くだけだった。

 

 「ハリー…父上のことは…」

 

 言わないで。

 ‎血と涙が混ざりあったドラコの唇が、小さく震える。

 ‎ハリーには何の反応も、頷くことすらもできなかった。ただ、半人前以下の治癒呪文をかけ続けるしかない。

 謝罪も、励ましの言葉も、何一つ頭に浮かばなかった。

 治れ、治れ、治れ。

 追い詰められた少年の精神は、極限に達しようとしていた。

 

 「可哀想に、ドラコは楽に死ねないよ」

 

 リドルが楽しげな調子で言う。

 

 「バジリスクの毒は、そんなものでは中和できない。しかし、多少は作用するだろう。ああ、そのまま失血死でもさせてあげたら楽に逝けただろうに。ハリー、君は残酷だ」

 

 リドルがくすくすと笑う。

 ‎ハリーは、その声を何とか無視しようとした。

 ‎しかし、できない。

 ‎リドルの声は、弱ったハリーの心の中にずぶずぶと沈み込んでいく。

 

 「僕が死を与えてあげようにも、この杖じゃ多分無理だろう。余程、その死にかけに忠誠心を捧げているらしい。ご立派なことだ。どうやら、磔の呪いも効きが悪かったようだし」

 

 リドルは、倒れているジニーの側から杖を拾った。

 ‎そして、もう用はないとばかりに、ドラコの杖をゆっくりと力を込めてへし折り、投げ捨てた。

 

 「さあ、ハリー…ここにいるのは、もう僕と君だけだ…そうだな、せっかくだ。

 ーー決闘だ。杖を持て、ハリー。幕引きには適当だろう。決闘の仕方は知っているか?」

 

 このまま杖を一振りして、殺してしまってもよかった。

 しかし、リドルのプライドがそれを許さなかった。たかが2年生にここまでされたことが、屈辱だったのだ。

 

 

 「ーー」

 

 ハリーは、微動だにしなかった。ただ、ドラコの手を強く握り締めている。‎

 

 

 「チッ」

 

 リドルが舌打ちをして、杖をひと振りする。

 ‎ハリーは強制的に身体を動かされ、落ちている杖を拾い、リドルの正面に立たされた。

 ‎ハリーの目には、もはやリドルの姿は映っていない。色を失い、全てが灰色に変容した景色がそこにあった。

 

 「ハリー、正しい決闘の仕方を教えてやろう。まずは、お辞儀をーーいや、その前に自己紹介もまだだったか」

 

 ハリーの前に、文字が浮かび上がった。

 

 TOM MARVOLO RIDDLE ‎

 

 ぼんやりと光るそれが、ゆっくりと動く。リドルが杖を一振りすれば、それらの文字の並びが変わっていく。

 

 I AM LORD VOLDEMORT  

 

 ハリーの目が、ゆっくりと見開いていく。

 ‎信じられないものを見るかのように、ゆっくりと驚愕に染まっていく。

 ‎そしてーー

 

 「紹介が遅れたね。知っているだろう?僕がーーヴォルデモート卿だ」

 

 ハリーの視界が、闇に塗り潰されていく。

 

 

 

 

 ‎

 ‎「ヴォルデ…モート…?」

 「そうさ。僕はーー」

 

 肯定。

 ‎あとに続く言葉はどうでもよかった。

 ‎目の前にいるのが、ヴォルデモート。その事実だけで十分だった。

 ‎こいつが。こいつが?

 ‎父さんを、母さんを。

 ‎ドラコまでも。

 ‎僕から、奪うのか。

 

 止めどなく溢れる感情が行き場を失い、ハリーを決壊させる。

 ‎ハリーの瞳から、濁った涙が溢れ出す。

 

クルーシオーー苦しめ!!!

 

 闇雲に連射するハリーの呪いは、リドルを護る盾を突き抜けた。得意気に口を開いていたはずのリドルが、今度は絶叫を上げる。

 ‎リドルの身体は宙に浮かび上がり、磔にされるかのように、空中で十字に固定された。

 

 ドロドロとした感情が、ハリーの額から広がり、身体中から流れていく。視界を暗く落としたそれに、ハリーは何も感じなかった。

 ‎ハリーは、溢れ出す感情に身を任せていた。

 ‎感情の奔流に呑まれていく中、ふと、既視感を覚えた。

 ‎いつだっただろうか。前も、こんな気持ちになったことがある。

 ‎

 ‎ーーそうだ。‎夏休みだった。

 ‎閉じ込められて、暗闇で、寂しくて、何でこんなことになったのかって考えて。

 ‎全て、こいつのせいだった。

 ‎ヴォルデモートさえいなければと、そう思ったんだ。

 ‎だから、もし生きていたとしたら。

 

 「ゆるさない…」

 

 そう、誓った(呪った)

 

 

 

 

 

 どれほどの時間が過ぎただろうか。リドルの煩わしい囀りが止み、その身が半透明になったころ、ハリーは磔の呪いを終わらせた。

 ‎リドルは、べちゃりと地面に落ちて潰れた蛙のような声を上げた。

 ハリーは、引き寄せの魔法で、リドルの側に落ちている杖を奪う。くるくると回りながらやってくるそれを、ハリー難なく掴み取った。

 

 ‎余裕のあったリドルの顔は、ぐちゃぐちゃだ。

 ‎ざまあみろ。

 ‎もう一度苦しめてやろうか。そうだ、何度でも、何度でも、何度でも。ドラコが受けた苦痛はこんなものではない。

 ‎でも、とハリーは杖を上げたところで思い返した。

 ‎心が痛むわけではなかった。

 ‎もう1秒足りとも、こいつの、ヴォルデモートの声をこれ以上聞きたくなかったのだ。

 ‎

 

 ハリーは、涙に濡れて滲んだ視界を袖口で拭うーー眼鏡が無いことに気づいた。

 ‎何で見えるんだろう。

 割れた眼鏡を拾って、‎少し考えて、今はどうでもいいことだとその疑問を切り捨てる。

 

 ‎ハリーは、未だに屈辱に濡れるリドルに杖を向けた。その眼光だけで呪いの1つでもかけられそうだが、ハリーは気にも止めない。

 ‎呪いは決まっていた。

 ‎使ったことはない、知っているだけの呪文。

 ‎必要とされるのは、瞬間的な魔力の強さと量。そして、それらをコントロールするための、精密な魔力操作。全てが規格外のものだ。

 ‎どれも、自分にはないものだ。

 ‎しかし、ハリーには確信があった。記憶の海の底、最も古い記憶にあるよく分からない緑色の閃光がハリーに自信を与えていた。

 それが何であるのか、今ならば理解できる。

 ‎これこそが、今必要なイメージである、と。

 

 

 「アバダ・ケダ(◾️◾️)ーー」

 

 

 その呪詛が、整然たる殺意を必要とすることを、ハリーは知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「待て」

 

 呪いの言葉は、続かなかった。

 突然‎吹いた風、後ろから伸びてきた大きな手に、掴まれたからだ。すぐにその声が、その手が誰のものか分かった。

 ‎しかし、今となってはどうでもよかった。

 

 ‎ハリーの瞳には、顔を固く強ばらせたスネイプは映っていない。

 ‎掴まれた腕を払おうとしてーー

 

 「…?」

 

 ハリーは気づいたーー驚愕した。

 ‎暗闇の中にあった視界に色が生まれる。突然訪れた興奮で、心臓が破裂しそうだ。

 ‎信じられない。本当にそうなのか?似ているだけじゃないのか?目の前の出来事は本当に、本当なのか。違う、本当に存在していたのだ!

 それが載っている魔法生物の本の、ページ数まで頭に浮かぶ。

 ‎スネイプの背後の、少し上。

 ‎そこに、不死鳥が舞うように翔んでいたのだ。

 

 「ぁ、うあああーー!ドラコ、ドラコに!!不死鳥の涙をーー!!」

 「ッ!あ、ああ。…我輩が言う必要はないようだ」

 

 不死鳥が、ドラコへと一直線に翔んでいった。

 ‎ハリーは、必死な表情でそれを追った。力が抜けた四肢を地面つけ、這いつくばりながら追った。

 まだ、まだ…ドラコは生きているはずだ。だから、まだ間に合うとハリーは心から祈った。

 ‎拭ったばかりの目から涙が溢れても、気にもしなかった。

 

 そして、ドラコに何滴もの雫が落とされた。

 

 「先生…ドラコは、ドラコは…」

 

 ハリーは、すがる思いでスネイプを見つめた。 

 ‎一瞬、びくりと身体を揺らしたスネイプだったが、杖をリドルへと向けたまま、ゆっくりとドラコへ近づいて状態を確認する。岩のように難しい表情で、スネイプが口を開いた。

 

 「マルフォイは、磔の呪いを受けたな…不死鳥の涙の効力を十全に受けきれず、‎毒が完全には消えていない。…これだけでは足りえない」

 ‎「先生!!ドラコをーー」

 ‎「落ち着け、我輩が用意しよう。必要なものは、そこにあるのだ」

 

 スネイプは、力なく地面に倒れているバジリスクを指した。

 ‎ハリーはそれを確認して、スネイプがうなづくのを見て、全身の力を抜いた。地面に衝突するような勢いで、パタリと倒れ込んだ。

 ‎涙が、止まらなかった。

 目尻から伝った涙が、冷え切った地面を温かく濡らす。

 ‎それは先程とは違う、キラキラと澄んだ涙だった。

 

 「ポッター…そこの男は誰だ。ホグワーツにあのような生徒はいない」

 ‎

 ‎ハリーは、リドルの存在をすっかり忘れてしまっていた。

 ‎ハッとなって目だけを向けると、立ち上がったリドルが憎々しげにこちらを睨み付けていた。

 

 「あなたは…スネイプ教授ですね?」

 ‎「さよう」

 

 スネイプの軽快な肯定に、リドルの口元が醜く歪む。

 

 「ーーよかった。僕は…ヴォルデモート。正確にはヴォルデモート卿の過去の記憶だ。さあ同士よ。あなたのことは、ジニーを使って調べさせてもらったよ」

 ‎「……」

 ‎「事実、あなたからには正しき者の気配がある。あの老いぼれとは違ってだーー悦べ。ヴォルデモート卿はここに復活するのだ」

 

 リドルは、高らかに宣言した。

 スネイプが、ハリーに前に背を向けて立ち塞がった。

 ‎ハリーからは、スネイプがどんな顔をしているか見えなかった。

 

 「…闇の帝王は、未だその命を完全には失ってはいない。…お前は、何なのだ」

 ‎「僕は記憶だ。本体のことは今はわからない。…でも、そうだな、此れから本体を探して合流してもいいな。ーーそして晴れて、ヴォルデモート卿の完全復活だ」

 

 不穏な会話だと思う。しかし‎ハリーには、こんな会話を聞いても、スネイプを疑う気持ちは少しも起きなかった。

 確固たる‎理由などない。スネイプの真っ黒な背中を見て、そう思ったのだ。

 

 「…では、闇の帝王と繋がりがないと?」

 ‎「繋がりはあるよ。ただ、本体は弱体化している上に、ここは遠すぎる。ある程度近づけば分かる」

 ‎「…そうか」

 ‎「そうだ。だから、まずそのガキをーー」

 

 「セクタムセンプラ(切り裂け)ーー!」 ‎

 

 その一つの呪いで、リドルは沈黙した。血が噴水のように辺りに飛び散った。

 

 「ガキを、何と?聞こえませんな」

 

 スネイプは、ねっとりと口元を歪ませながら言った。

 ハリーは、‎スネイプの大きな背中から怒りと憎しみを感じ取った。

 ‎ただの憎しみではない。

 ‎これは、そう、自分と同じだ。

 

 その時、ぱさりと何かがスネイプの前に落ちてきた。

 ‎ハリーが上を見上げると、不死鳥がくるくると回っていた。

 

 「ああ、なるほど。これが貴様の依り代か。なんと脆弱か…これならば」

 

 地を這い蹲るリドルが、血相を変えて喚いた。

 ‎スネイプは、それを一瞥して杖を眼下へと向ける。

 ‎炎が吹き出した。

 ‎唸り声を上げるように、ごうごうと地の底から響くような音を立てながら広がったそれは、瞬く間に収束する。

 ‎そして、一つの動物のかたちーー雌鹿の形をとったのだ。

 

 「ーーー、」

 

 スネイプが何かを呟いたが、ハリーの耳には届かなかった。

 ‎ただ、聞こえなくとも、ハリーの胸は締めつけられるように痛くなった。

 

 雌鹿は、主の言葉に頷くかように首をひと振りして、日記帳へとその脚を静かに下ろした。

 

 

 

 

 『リリー…私は……僕は…』

 

 リドルの消滅を見届けた後、ハリーの頭に割れるような痛みが襲いかかる。

 ‎気を失う寸前。くぐもったその言葉が今度ははっきりと、きこえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雄鶏が鳴いた。

 ‎就寝時間を除いて、定期的にーードラコによってーー鳴るその音は、今では生活サイクルの一つになっている。実際に、時間の区切りとして重宝していた生徒もいたようだった。

 ‎今は、朝ではない。

 ‎日の光がレースのカーテンを通って室内をミカン色に染め上げている。窓ガラスの枠の影と、その中にある自分の影。ハリーは、ベッドの上で上半身を起こしながら、ぼやけた視界でそれを見つめていた。

 

 「めがね、めがね…」

 「…ハリー、起きたのか」

 「…ドラコ?」

 ‎「うん」

 

 酷い脱力感のせいで、ハッキリしていなかったハリーの意識は、急激に覚醒した。

 

 「ドラコ…無事、どこにいるの」

 「落ちつけ、隣だよ。無事さ」

 ‎「……はぁ…よかっ…」

 

 身体から一気に力が抜けていく。ハリーは、ドラコの声の調子でわかった。

 ‎声は、かすれて小さかったが、ドラコは無事だ。決して元気とは言えなさそうだが、仕切りのカーテンの向こう側に、確かにそこにいる。

 

 「ハリー、ごめん」

 ‎「…なんで。なんでドラコが…だって、僕のせいでドラコは…」

 

 上手く話せない。

 ‎あの時の光景を思い出した。

 ‎蛇に貪られ、血だらけになった、ドラコの姿。

 ‎全て自分の責任だ。

 

 「最初は僕だ…僕が油断したからだ。本当に君が無事でよかった…それに、あの時ああしたから、君を守れたんだ。だから僕は、何も間違っていない。絶対だ。もちろん、君もだ。ハリー、僕と一緒にいてくれて、生きてくれて……ありがとう」

 

 ドラコの優しい声に、ハリーは泣きそうになる。

 

 「……僕も、君が生きててよかった…こうして話せてよかった…。うぅ…」

 

 胸が痛い。苦しい。

 ‎ハリーは、涙を震えをこらえきれなかった。言いたいことはあるのに、言葉にできない。

 本当に‎怖かった。

 ‎ドラコが死んでしまう。もう会えない可能性もあったのだ。

 ‎怖い。今でも、怖い。

 ‎もう、あんなーーこんな思いは2度とごめんだ。

 

 「…ハリー、ごめん少し寝るよ」

 

 今まで寝ていなかったのだろう、ドラコの声は掠れていた。

 

 「…うん、おやすみドラコ」

 ‎「うん…」

 

 

 

 

 

 カチコチと、時計が進む音が大きく聞こえる。先ほどマダム・ポンフリーにも診てもらって、薬も飲んでいる。

 ‎しかし、やけに目が冴えていた。ベッドの上で、じっとしているしかないのだが。

 ‎でも決して、退屈ではなかった。隣から聞こえてくる規則正しい寝息が、心の内を満たしてくれた。

 ‎

 ‎ついに日は完全に沈んだ頃、扉の向こうから慌ただしい足音が聞こえてきた。

 ‎大扉がゆっくりと開いて、男がひとり入ってきた。

 

 カーテンの隙間からその人物の顔が見えた。見たことのない男だ。でも、ハリーにはそれが誰であるのかわかった。

 ‎見慣れた面影がそこにあったからだ。

 サッと、隣のカーテンが開かれる。足音が止み、医務室を静寂が満たす。

 ベッドサイドへと降りたハリーが、隣のカーテンを覗こうとしたところで、静寂が破られた。

 

 「愚かな…」

 

 ハリーは手を引っ込めた。急な動作をしたせいで、まず腕が痛み、思い出したように全身へと広がった。ハリーはその場でうずくまった。

 

 「私の言うことを聞いていればよかったものを。ハッフルパフなどに選ばれ、ダームストラング行きも断り、この後に及んでは…」

 

 冷血な、突き放すような声だった。こんな冷たい声を、人が、あまつさえ実の父が出せるものなのだろうか。

 その冷たさを飲み込まんが如く、ハリーの熱は滾った。

 

 「ふざけるな」

 

 上手く動かない体を持ち上げながら、ハリーは声を上げた。しかし、今のハリーの状態ではまともに立ち上がることさえできない。

 数拍おいて、カーテンが開かれた。

 

 「おや、無事かな。手を貸してやろう」

 

 眼前に差し出された手を、ハリーは弱々しく払いのけた。

 

 「なんで、ドラコにそんなことを…」

 

 父親なのに。

 男は、ハリーの理想の父親像からかけ離れていた。

 

 「君には、関係ないなーー」

 

 「ドラコは僕の友達だ!なんであなたは、そんな風に言えるんだ。ドラコは…」

 

 ハリーは力を振り絞って、男の胸ぐらを両手で掴んだ。

 ハリーはそこで、男と目を合わせた。カーテンから漏れた陽の光に照らされた男は、感情の抜け落ちた、人形のような顔をしていた。

 その異質な光景に、ハリーの熱は冷めていく。それでも、1度吐いた感情は止められない。

 

 

 「死んで…っ…死んでしまいそうな時に、何て言ったと思う…ッあなたには、分からないだろう…ドラコは、ドラコは、あなたのことを言ったんだ。お前がしたことを誰にも言わないでって…秘密にしてくれって…!」

 

 ハリーの心に反芻されるのは、ドラコの倒れ伏した姿だ。

 ドラコがあんなことになってしまったのは、自分のせいだ。ドラコの心を覗こうとしなければ、もっと鍛錬していれば、もっと勉強していれば、ずっとドラコと一緒にいたらーー

 

 「……誰のせいで、こうなったんだ。ふざっ…ふざけるな…なのに、なのに…こんなーー」

 

 行き場無くして暴れ狂う感情は、そこで止まった。

 ‎胸ぐらを掴んだ両手に、何かが触れた感触があった。

 ハリーはゆっくりと顔を上げて、男の顔を見上げた。‎男は、人形のような表情のまま、涙を流していた。

 

 「こん…な…」

 

 ハリーは、力を失ったように、襟からだらりと手を離した。

 

 「嘘だ…」

 ‎

 ‎男はハリーの手が離れると、ハリーの横を通ってドラコへと近づいた。

 

 

 「………このような…なぜだ……なぜ、こんなことに…ドラコ…ぁ…ぁぁ…死ぬな!……死ぬな…やめ…ろ、いやだ…やめて、くれ…」

 

 

 ばさりと布が落ちる音がする。男は膝を床に落とした。そして、頭を床に付けてうずくまった。

 ‎もうこれ以上、息子の顔を見ることができなかったのだ。

 

 

 「おまえさえ…おまえと、ナルシッサさえ…いてくれたら…それだけで…そうだ、それしかなかったのだ…、私はそれだけでよかったのだ…」

 

 男は、焦点の合わない瞳をベッドの上へと向けた。

 

 「あああ、私はなんてことを……ドラコ、ドラコ、ドラコ…やめてくれ…いなくならないでくれ…し、死なないでくれぇぇ……やめろ…やめろ…やめろ、やめ…ああぁぁ…!」

 

 男は、息子の手を自らの両の手で握り、胸に掻き抱いた。

 

 「誰でも!誰でもいい!ドラコを!…息子を、お救いください……私は、何もいらない…全ていらない!だから、ドラコを、ドラコをーー!!」

 

 

 男は慟哭した。

 何も憚るものはなく、幼子のように泣き叫ぶ。

 気圧されたハリーは、身を強張らせている。

 

 

 「ぁぁぁ……」

 

 男の声が枯れ始めたころ、新たに、ハッキリとした声が医務室に響いた。

 

 「ドラコは、死んでおらんよ。ルシウス。眠っているだけじゃ。話は最後まで聞いてくれると助かるのじゃが。愛する息子のことじゃ、気持ちはわかるがの」

 

 扉の前に、ダンブルドアが息を切らした様子でーー微笑みながら立っていた。

 

 「……ぁ…?…ぁ?……え、じゃあ、ド…ドラコは…」

 

 ルシウスは、もう1度ドラコの手に触れたーー夢ではない、確かな温度があった。とても、死にゆくような人の体温とは思えなかった。

 

 「ーーぁぁ…」

 

 ルシウスの嗚咽は、しばらく止まなかった。

 

 

 

 

 ルシウスとダンブルドアが医務室出ていった後、ハリーはフラフラとベッドへと戻った。

 ‎酷く疲れた気分だ。それと、少しだけスッキリした気分。しかし、ダンブルドアはいつ来ていたのだろうか。

 ‎ハリーは、もう一度寝ようと静かに目を閉じた。

 

 ‎隣のベッドの啜り泣きは、聞こえなかったことにして。

 

 

 

 

 

 

 

 ‎

 

 

 

 

 




 


 補足します
 ハリーの死の呪文は、どちらにせよ成功しません。分霊箱だからとかではなく、前提として、心からの殺意までは持ち合わせていませんので。
 ドビーは結局、自らの意思でドラコの呪文のサポートして、自分でお仕置きして気絶。起きて一人で帰りました。


最後もう一話で二巻をまとめます。
ネタから始まった本作ですが、三巻も…。

誤字報告、コメント感想ありがとうございます。

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