ある秋の日の、夜のこと。
星天清く、波は穏やか。
大海原のど真ん中、暗くて深い海の上。
船が1隻、浮いていた。
名前も知れぬ、その船は。
いつかの時代に、棄てられて。
いつの間にやら、忘れられ。
船員、乗客、人っ子ひとり。
或いは彼らの、亡骸すらも。
命の証は、見当たらない。
名前も知れぬ、幽霊船。
その船室の、片すみにて。
白露型の五番艦。
輸送が得意な駆逐艦。
春雨は空を、見上げていた。
壁の穴から、見上げていた。
さみしいことに、この海の。
元気な風が、凪いでいる。
彼女がどんなに、かなしいときも。
彼女がどんなに、さみしいときも。
この風だけは、吹いていて。
元気な声を、聴かせてくれる。
言葉に出せない、わだかまり。
心を引っ掻く、小さなトゲを。
元気いっぱい、その身に乗せて。
しらない海へ、解かしてくれる。
どこかの空へ、飛ばしてくれる。
そういう風に、思っていたが。
どうやらそうも、いかないみたい。
残念だけど、仕方ない。
かなしいことに、今日だけは。
元気な風が、凪いでいた。
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彼女の横に座るのは、軍帽被った提督さん。
「なぁ」
ーーー何でしょう
「吹雪って駆逐艦、いるじゃん」
ーーーはい、いますね
「今こっちに、向かってる奴だけど」
ーーーそうですね
「あいつ、めっちゃ良い娘なんだよ」
ーーーへぇ
「パンツ見せてくれるもん」
ーーーえぇ
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星空に向け、ため息一つ。
「白雪も、いるんだな」
ーーーええ、そうですよ
「世間知らずなんだよな、あいつ」
ーーー艦娘が世間に詳しいのも、変ですけど
「箱入り娘だな」
ーーー箱から出る娘の方が、珍しいんですよ
「でも、主計学校いってたらしいんだよ」
ーーーえっ、嘘
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春雨の気も知らないで、憎らしいほどの晴天だ。
「初雪も来る、と」
ーーー特型勢ぞろいですね
「あいつとは、よくゲームするんだ」
ーーーそうなんですか
「俺、ホラー駄目なんだけど。付き合わされてさ」
ーーーあら
「嫌われるようなこと、したかなぁ」
ーーーあの娘も、怖いだけじゃないかな
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秋の夜空は晴れ渡り、彼女の心は曇り気味。
「勿論、深雪もいるわけだ」
ーーーあの娘、今度はきちんと参加できたんですね
「そらもう、うちの切り込み隊長ですよ」
ーーー似合います
「あの屈託のなさが、武器なわけ」
ーーー知らないことは、大事なんですね
「そういう奴が居なきゃ、みんな駄目になっちゃうさ」
ーーーはい、本当に
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南南東に感アリと、水上電探が色めき立つ。
「俺が連れてかれる時さ、叢雲めっちゃ怖かったよな」
ーーーしかたないです。大好きな提督さんですから
「普段ツンツンしてるけど、結構可愛いぜアイツ」
ーーーあらま
「“その辺で拾った”バレンタインチョコを、毎年くれるんだ」
ーーーもう少し上手い言い訳、ないんでしょうか?
「その不器用さが、また良いわけ」
ーーーグッとくると
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敵の姿は見えないけれど、きっといまにも現れる。
「磯波のあんなデカい声、初めて聞いたなー」
ーーー大人しい娘でしたっけ?
「大人しいってもんじゃないさ。借りてきた猫が、デフォルト」
ーーーそれは、なかなか
「でも、カメラが趣味」
ーーーえぇ?
「70万位のカメラ持ってんの」
ーーーななじゅっ………嘘でしょう
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この船諸とも、沈んでしまう。私は絶対、助からない。
「綾波は……来ないかな。遠征出てた気がするし」
ーーーつい先ほど無線拾いましたけど、合流したみたいです
「おお、やったぜ。あの娘、癒し」
ーーーマイナスイオン?
「ふっくらと、こう、ある訳さ。ほっぺが」
ーーーあぁ、小動物的な
「また揉みたいよ」
ーーー無事に帰れても、あんまり揉まないように
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風はないけど、ざわめく心。悲しい予感が、締めつける。
「癒しと言えば、敷波ん」
ーーーシキナミン?
「もちほっぺⅡ。ツン成分も添えて、バランスも良い」
ーーー大したものですね
「あの二人にサンドイッチされたら、昇天できるぜ」
ーーー死ぬわこいつ
「ノリいいね、きみ」
ーーー恐縮です
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せめて司令官だけは、怪我のないよう、返さなきゃ。
「俺が死んだら、大井っちは泣いてくれるかな」
ーーー死なせませんから
「もし泣いてくれるなら、キュン死する」
ーーーもう死んでますから、安心ですね
「北上ラブを隠せれば、何処に出しても恥ずかしくないよ。やらんけど」
ーーーお父さんですかっ
「どっかの馬の骨が、大井っち泣かせたらぶっ飛ばす」
ーーーキュン死したら、ぶっ飛ばしておきます、はい
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ここでさよなら、しなければ。残念だけど仕方ない。
「スーパー北上さまも来てくれたら、百人力なんだがな」
ーーーどちらか片方で、十分かと
「いや、ハイパーズは二人で一つだ」
ーーーは、ハイパー?
「息ぴったりで、実力十分。いつも一緒のハイパーズ」
ーーー連携は大事です
「先制雷撃の、標的も一緒」
ーーー戦術的にそれは……うーん
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「お」
ーーー迎えが来ましたね
「帰っていいの?」
ーーーはい
「そうか」
ーーー怖かったですか?
「うんにゃ。死んでも良かったし」
ーーー死なせませんって
「もう、会わないかもな」
ーーー……ええ
「ごめんな、春雨」
提督さんはそう言って、皆と一緒に帰っていった。
ーーーさよなら、司令官
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「………キヅイテ、クレタンダ。シレイカン」
白露型の五番艦。
輸送が得意な駆逐艦。
ポツリと溢した呟きは、夜凪の海に解けていく。
彼女の気持ちを、知ってか知らずか。
元気な風がふと吹いて、頬の涙を飛ばしてくれた。
星天清い、夜のこと。
読んで頂き、有難う御座いました。