ある冬の日の、朝のこと。
曇天低く、町はしめやか。
深海からきた、鬼たちに。
追い立てられて、人が逃げ。
もぬけの殻に、なった土地。
上からそれを、見渡せる。
小高い丘の、頂上にて。
改装された、最上型。
重巡洋艦、四番艦。
熊野は少し、沈んでいた。
なんとはなしに、溜息一つ。
白く拡がり、消えていく。
***
雪を踏み分けずかずかと。白い息吐く提督さん。
「お早いご起床で」
ーーあら、提督。熊野に、なにかご用?
「俺って云うか、金剛が」
ーーブレイクファスト・ティーかしら?
「うん、当番アイツだから」
ーーわたくし、もう少し、ここに
「朝食は、お握りと塩鮭だと」
ーーもう、唯の日本人ですわね彼女
***
遠目にみえた白い息。咥え煙草に紫煙が燻る。
「比叡も手伝ってたな」
ーー料理出来るのでしたっけ
「うーん…」
ーーあら、微妙?
「隠し味が、隠せないんだアイツ」
ーー初心者が隠し味、ねぇ
「しょっぱいミルクティーは、初めて」
ーーそれ、ただの取り間違いですわ
***
記憶の奥の更に奥。誰かの姿を思い出す。
「榛名は優しい」
ーー唐突になんですの
「しょっぱくても大丈夫です、って」
ーー駄目なものはダメかと
「でも作る側、真剣だし」
ーー優し過ぎるのも考えものね
「盛大に吹き出してたけどな」
ーー言わんこっちゃない、ですわ
***
その誰かとは自分に見える。自分自身を思い出す。
「静かなもんだ」
ーー人が住めるのもそろそろね
「流石、霧島な」
ーーどういう意味かしら
「作戦草案、六、七割あいつ」
ーーあら提督、ご隠居も近いじゃない
「まだまだ。あの娘、優しすぎ」
ーー姉妹ですし
***
自分なのだが自分じゃない。貴女は一体、誰なのか。
「おかんの飯が食いたい」
ーー実家には帰らないの?
「あ、いや。鳳翔の」
ーーお艦呼ばわりですか
「敬称だよ」
ーー無理があります
「じゃあ、マイワイフ」
ーーぶち抜きますわよ?
***
提督さんの瞳に映る、私と貴女は違うのか。
「空はあんなに青いのに」
ーーお手本みたいな曇りですけれど
「雲の上ならいつでも晴れさ」
ーーあら。前向きだこと
「扶桑が言ってた」
ーーうそでしょう?
「うちの扶桑は前向きなのだよ」
ーー例外なくネガティブと思ってましたわ
***
何だかとっても寂しそう。何がそんなに寂しいの。
「不運と不幸は違うと思う」
ーー山城さんかしら
「今日は不運だなー、の方がまだ前向きだ」
ーー言霊、ですわね
「それでも彼女が不幸不幸と繰り返すなら」
ーーなら?
「俺が幸せにしてやらねば」
ーー願い下げ、かと
***
何だかとっても悲しそう。何がそんなに悲しいの。
「天龍は、今日も幼稚園」
ーー遠征中なのね
「こどもに好かれるから」
ーー戦が終われば保育士かしらね
「母性もあるし」
ーーそうでしょうか
「乳デカイだろ」
ーーサイテーですわ
***
泣いた所で変わらない。前を向かなきゃ生きられない。
「龍田怖い」
ーー普通にしてれば普通の人よ
「すぐ薙刀取り出す」
ーー心当たりは無いの?
「天龍イジりかな」
ーーそれですわね
「自分だってイジるのに」
ーー彼女が構って欲しいのかも
***
記憶の彼女は泣いている。どんなに経っても同じ顔。
「龍驤のたこ焼きは絶品」
ーーそうですわね
「乳無いのに母親感ある」
ーー二度目のサイテー
「おかんにたこ焼き作ってもらったなー」
ーーですから実家に帰りなさい?
「久々、墓参り行かにゃあ」
ーーあら……御免なさい
***
ああ、そうか、あたし
「どうした?」
ーー提督と、提督のお母上に、感謝ですわ
「ん…?」
ーーお母さんも、お父さんも。とも子ちゃんも。みんなもういないのね
「何…」
ーーあっちに、小学校。そっちは、商店街
「君は…」
ーーあそこが、あたしの家
「まさか…」
ーーみんな、みんな、あの日あの夜
「あの時の…」
ーーあたし以外、黒焦げ、に
「……泣くなよ」
ーー大丈夫です。儀式、ですから
「飯、行こう。ちゃんと食べよう」
ーーええ。征きましょう
深海からきた、鬼たちに。
追い立てられて、人が逃げ。
逃げ切れぬ間に、全て焼け。
もぬけの殻に、なったのは。
30年も、昔の話。
涙は故郷に、置いていく。
思い出諸とも、埋めておく。
彼女は昔、熊野になって。
今もう一度、熊野になった。
人と艦とが、歩く音。
だんだんそれが、小さくなって。
廃墟の町は、静かになった。
曇天低い、朝のこと。
読んで頂いて、ありがとうございました。