湊の心に残ってたわだかまり……それを抱えながら。
閑静な住宅街。その一角にある屋敷の門の前に、高梨湊准将は立っていた。
表札は高梨。
「………」
意を決して呼び鈴を押そうとすると、後ろから声が掛けられた。
「お嬢様、おかえりなさいませ」
振り向くと、和服を着た女性――元正規空母天城が立っていた。
彼女は、高梨連合艦隊――幕僚監部直属独立艦隊――の艦娘で、
名古屋絨毯爆撃作戦の発案者。その後は、呉鎮守府で三笠に仕え、総秘書官、ハワイ遠征連合艦隊では総旗艦を歴任し、
三笠の退役とともに解体・退役を選び、今は高梨家で使用人兼秘書として働いている。
退役時に、天城由衣(あまぎゆい)という名前を三笠からもらっている。
「元帥なら、今日の式典に来賓としてご出席されるので、お支度をされています」
退役しても、元帥と呼ぶ彼女について、屋敷の門をくぐる。
「変わりませんねぇ、お互い」
ぽつりと漏らすように呟くと、天城も口元に手を当てて笑う。
「天城は、元帥のお側に居られるだけで幸せです。……道一提督も眠ってらっしゃいますし」
「私も相変わらず、独り身です」
自嘲するようにつぶやく湊に「いい人がきっと現れますよ」と言いながら、屋敷の敷居をまたぐと、
玄関先に、戦艦三笠こと
「母さん、久しぶりですね」
少し目をそらして挨拶をした湊に、
「まあ、出発まで時間もあるし、上がりなさい」
「外郭独立艦隊の司令官の椅子の座り心地はどう?」
リビングで、コーヒーを片手に、足を組んで湊に声をかけると、湊は笑みを浮かべる。
「あの爺様と貴方の推薦状のお陰で、退役する機会を失いました。本当に有難うございます」
笑顔の毒物満載の皮肉攻撃にも、涼しげな顔を浮かべると、
「湊、戦争も一つの峠を超えたことだし、聞いてちょうだい。
私は、貴方達姉妹を好き好んで艦娘にしようとしたわけじゃないわ」
「……そんなこと、わかってますよ。あの偏屈者の姉さんが、憎んでないって言ってるくらいですから……」
湊は少し拗ねるような顔をしながら、三笠の話に耳を傾けた……
――――――――
あれはもう、30年ちょっと前になるかしら。
私は、横須賀に係留してあった三笠から生まれた艦娘だった。
深海棲艦が、各地の航路を寸断してから半年だったという話よ。
当時の高梨道一三佐と出会って、二人でちょっとずつだけど、日本の周辺の航路を取り戻したわ。
……私は彼を愛していたし、あの人もそうだった。
30年前、私は貴方達双子を出産したわ。……人間と同じ、私は人になれたと嬉しかったわ。
でも……
25年前……
「なんだって!娘達に艤装をつける!?まだ5つなんだぞ!」
未来と湊に艤装を付けて、戦線に投入する実験を行うと通達された。
あの人は、国防軍に改組された海軍本部の決定に反発したわ。
つまりはこうよ。現代のイージス艦の技術を盛り込んだ艦娘―私が第一世代、ドロップ建造艦が第二世代だから、
第三世代の艦娘の研究よ。
「高梨少将。貴官の気持ちはわかる。だが、これは内閣総理大臣の命令なのだ」
「………」
私たちは、従うしか無かったわ。
そこで、艦娘の血を引く貴方達に艤装を装着させた。
未来には、あたご型をベースとしたDDGタイプ。貴方には、米国オハイオ級原潜をベースにしたSSBN。
その結果は――――
――――――――
「姉さん……「DDG海来」は、瀕死の重傷を負った。と言うより、現代艦の弱点まで再現してしまったわけで……オーバースペックの分保護機能が働かなかった」
皮肉たっぷりに、湊が三笠を見据えるが、三笠は目を伏せるだけだった。
「私に関しては、霊子が足りずに艤装を展開できなかった。―――オーバースペック過ぎたわけです」
「………そうね、本当にごめんなさい。貴方達には憎まれても……」
頭を下げる三笠に、湊は笑って声をかける。
「母さん。私は貴方を許してますよ。許せないなんてことは、ないんです。ただ……」
そういうと、外を眺めた……青い空。
「私が、強情だったんです。これ以上強情だと、父さんに笑われます」
顔を上げると、ふふっと笑う三笠は、ふと思い出したように、手近に積んであった書類ケースを取り出す。
少し崩れて雪崩になるのを、控えていた天城がせっせと直す。
その様子を見ながら、苦笑いを浮かべる湊。
「もうちょっと、片付けをなさったらどうなんです?」
「そのうちね……そうそう。解体艦娘の生活保障のための基金の報告書よ。高梨湊理事」
書類ケースを開けて目を通す湊は、ふふっと笑みを浮かべる。
「ありがとうございます、三笠理事長。思ったより集まりましたね。……まあ、
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、書類を鞄にしまう娘の姿を見ながら、コーヒーを口にする。
目の前の相手は、きちんと紅茶だ。
「あの雪風の幸運は、
すべての艦娘の母、三笠は感慨深げにコーヒーカップを置いた
「元帥、お嬢様。そろそろ防衛省のお迎えが到着する時刻です」
「そろそろね。せっかくだから貴方も同乗しなさい」
「そう仰ることを期待してましたよ、母さん」
立ち上がり、ペロッと舌を出しておどける娘の頭を撫でると、三笠も立ち上がった。
「しかし、ハワイの決戦。母さん、無茶苦茶やりましたね」
横須賀へ向かう防衛省の公用車。
後部座席に湊と三笠。 助手席には天城。運転は三笠の元部下で、今は防衛省職員の人間がしている。
「あら、使えるものは使わないと」
「……私の『みなと型SSBN』艤装を暴走させて核爆弾として放り込むなんて、普通は考えませんよ。どうするんですか。普通の艤装暴走(※)だって、TNT1kt級の爆発と言われてるのに、武装や核燃料も加わって、島の表面吹っ飛んだらしいじゃないですか。まあ、無用の長物だし、維持に核燃料棒をパッケージングした素材がいるから、捨ててもいい代物ですけど、非核三原則はどうしたんです?」
呆れた顔をしながら隣を見やる湊に、三笠は涼しい顔だ。
「米大統領の了解は得てたし、表向きは、日米両国の同意の元供与された核砲弾を用いた、で済んでる話よ」
「ま、やらかした責任は、しっかり取っていただきましたし。軍退役、艤装解体、退職金の全額返納。参加幕僚の一~二階級降格の上に給与カット、制服組トップの総辞職、防衛大臣の賞与全額返上、総理大臣の報酬返上、退役艦娘の退役年金が中尉から少尉に引き下げ」
わざとらしく大きなため息をついた湊に、三笠は真面目な顔になった。
「……結局は、深海棲艦が真珠湾攻撃から始まった憎しみが産んだ存在で、私は広島長崎や東京大空襲の無念が形になった存在。終わらせるには、これしか無かった。そう、私は考えているわ」
「これしか無かった……か。深海棲艦も、私達も、変わることが出来るんでしょうか」
「さあね。生物の闘争本能には、逆らえないのかもしれない。でも願わくば―――」
隣の娘の頭を撫でる。
「この、ようやく訪れた平穏期を、一年でも長く維持したいわね。任せたわよ」
「はい……」
漸く、この親子関係が、一つの雪解けを迎えた。
――――――――
「えええっ!?湊提督って、あの高梨元帥と三笠元帥の娘さんだったんですか!?」
未来の運転するスポーツカーに乗っている各務原結有は、驚きの声を上げた。
助手席には金剛、後部座席には電と雷、それに結有が乗っていた。
「
「テートクは、その割にはビンボ臭いデース!」
「うるさい。良いじゃない、どーせ独身なんだし、給料全部お小遣いよ」
「じゃあ、大湊についたらデートしましょ!」
ウキウキしている金剛に、ジト目で視線をちょっと向ける。
「嫌よ。貴方と行くと朝出発の翌朝までどころか、お昼までコースだもの。か弱い私の体力、考慮しなさい」
「オー、自重するネ! だから」
「はいはい、次の休暇は東北の食べ歩きね。ただし、来週の秘書艦検定準一級、パスしたらね」
「オゥフ……」
その秘書艦検定という単語に、結有が首を傾げる
「その、秘書艦検定ってなんですか?」
「端的にいうと、艦娘の、泊地・鎮守府を運営する能力評価なのです。三級・二級・準一級・一級まであって、
建造や開発、入渠や改装等の運営技能なのです。大きな鎮守府の総秘書艦は、準一級以上を要求されるのです」
運転中の未来の代わりに、電が答える。
「大湊は、所謂
それに、未来も付け加える。
「電はなんと、一級持ってるのよ!」
「ま、まあ。元司令官がアレでしたし。ちなみに、普通の秘書技能検定も準一級持ってるのです」
片桐の
その為に、現在も副官業務と秘書艦業務を兼任できている。
片桐から、ある意味遠征の連続で守られていた第2艦隊の面々は、比較的精神的な傷が少ない。
自分のことのように胸を張る雷と対象的に、その苦い思いを噛み締めながら、電は苦笑いを浮かべる。
「時雨は両方一級持ってたわ。……まあ、これからは勉強する時間も取れるんだし、頑張りなさい」
「ダーリンの為に頑張るのデース!」
恋人みたいな会話を、後ろの三人は、微笑ましげに眺めているのだった。
――――――
※艤装暴走:艤装の限界を超えた駆動を起こした場合、機関が暴走して爆発を起こす。艦娘は当然助からない。
なお、第二世代艦娘の艤装及び、海来改二にはリミッタが掛けられており、練度に応じて開放されていく為、暴走
リミッタそのものは強力な霊子がなければ解除することはできない。(解除された事例は存在する)
天城は逆改装して現在は普通の天城に戻ってます。
次回はとうとう変態提督安藤龍が登場します。
悪役じゃないよ、変態だよ。
霊子:艦娘が持つ意志の強さ とでも解釈していただければ。