湊達が東京から戻って来て、数日が経った。
第1艦隊の長門隊(長門・赤城・北上)が、今夜の哨戒担当で軍港に詰めている。
そんな夕飯が終わった、
「それじゃあ、私は飲んでくるから」
夕飯を食べ終えた加賀が立ち上がり、食堂を後にする。
残ったのは、電と雷、それに暁と響。
「とりあえず、部屋に戻るのです」
という電の言葉に立ち上がる面々。駆逐艦部屋は四人部屋で、
皆同じ部屋なのだ。
そんな中、がらがら、と食堂の扉が開かれる。
「あ、暁おねーちゃん、いたー」
にへらっと笑った五才児、大村恵奈があかつきちゃん人形を抱っこして、パジャマにおっきなリュック姿で現れた。
「恵奈ちゃん、どうしたの?パパとママは?」
真っ先に恵奈に駆け寄り、頭を撫でる暁に、
「あのねー、パパとママ今から『ふーふのいとなみ』するから、ママに湊お姉ちゃんに預かってもらいなさい、って言われてねー、そしたらね、お姉ちゃんお留守だったの」
その言葉に、ばっと全員が時計を見る。
「今からするのか?早過ぎるだろう」
ぼそっと響が呟くが、全員が同じ思いだっただろう。
「あの。司令官は、今夜夜間司令部当直なのです」
司令部の士官は、急な夜襲に備えて、一人は夜勤をしているのだが、今日は湊の日なのだ。
もちろん、セットで結有も自主的に夜勤である。
「奈緒参謀長ェ……」
雷がわなわなと肩を震わせる。
「とりあえず、湊司令官には、こっちで預かるってメール入れとくわ」
「わーい♪」
暁の言葉に、小躍りしてあかつきちゃん人形と喜ぶ恵奈の姿に、一同は微笑みを浮かべた。
宿舎の暁達の部屋。
駆逐艦部屋は、10畳の部屋に、二段ベッドが壁際に二つ付けられており、ベッドの両サイドには、各々の机が用意されている。
ベッドの間には、皆でお金を出し合って買った絨毯に、折りたたみの丸い卓袱台が置いてある。
いつもは、四人でトランプしたり、ボードゲームしたり、お茶会したりしている。
「お菓子はね~、いっぱい持ってきたよ―」
部屋につくなりリュックを開けると、中にはおやつ類がぎっしり詰まってる。
「ほらー、たくさん~♪」
どさどさーっとリュックを逆さまにすると、いっぱい出てくるおやつの数々。
「こんなにたくさん、どうしたのよ?」
腰に手を当てている雷に、恵奈はにへらっと笑ったまま、
「あのねー、ママからお小遣い貰ったのー」
そう言うと、リュックのポケットにある、おサイフを取り出す。
それをひょいっと手に取ると、雷は中身を確認する。
「五千円札と……千円札二枚と……小銭……ちょっと!五歳に持たせて良い金額じゃないわよ」
「あとねー、お部屋の机に、
「諭吉さんか……」
無邪気に語る恵奈に、響がぼそっと呟き、電が頭を押さえて、
「……明日、湊司令官に報告しておくのです……」
と、ちょっと疲れたように言う。
「恵奈ちゃん」
暁が、恵奈に視線を合わせて、呼びかける。
「お金は、パパとママが一生懸命働いて稼いだお金なのよ」(多分、
「うん」
「だから、ちゃんと食べる分だけ、買うのよ。いっぱい買ったら、食べ切れないでしょ?」
「うん」
「今日は特別ね。お姉ちゃん達と一緒に食べましょ」
頭を撫でながら諭すように言うと、恵奈は元気よく、
「はーい!」
と答える。
それを、ベッドに腰掛けながら眺めていた響は、
雷がお母さんで、暁はお姉さんだな、等と思っていた。
「あっがりー!」
「やられたのです!」
二枚持っている電から、カードを一枚引いてから、自分の持ってるカードと一緒にテーブルに置いた。
ハートのエースとスペードのエース。引かれた電は、持ってるカードを裏返す。ジョーカーだ。
恵奈は、ババ抜きはそんなに強くない。でも、何故か、最後の二人になると、鬼のような強さを発揮する。
お見通しなんだよね―、と言いたいくらいに。
「さて、お風呂に行きましょう」
「おっふろー!おっふろー!」
トランプやお菓子を片付けながら言う雷に、嬉しそうに喜ぶ恵奈。
「恵奈、お片付け手伝って」
「はーい!」
暁の言葉に、片付けの手伝いを始める。
艦娘宿舎大浴場。
ガラガラガラ……
勢い良く扉を開けると、加賀が髪を洗い終わったところだった。
「あら、恵奈。どうしたの?ママは?」
そう問いかけてから、後ろの四人の表情を見て、ある程度察するも、
「あ、かがお姉ちゃんこんばんはー。パパとママは『ふーふのいとなみ』してるのー!」
と元気よく答える。
予想していたが、あんまりな回答に、加賀も頭を押さえる。
「まったくあの夫婦は……」
そうしている間に、恵奈はちょこんと椅子に座って、シャンプーをつけて、ワシャワシャ洗い始める。
恵奈は、身体的にも精神的にも、小学一年生くらいと言っても不思議でないくらい、成熟している。
きちんと自分で、頭も身体も洗えるし、聞き分けがいい子である。
各々が体を洗って、ちゃんとシャワーで泡を洗い流すと、皆でお湯に浸かる。
湯船は深いから、恵奈は暁に抱っこしてもらってる。
「ふぃー……」
恵奈が、気持ち良さそうに声を漏らす。
ガラガラ……
扉が開くと、結有も入ってくる。
流石に、結有はタオルで身体を隠しながら。
「結有おねーちゃん、こんばんはー!」
お風呂場に響く声で挨拶をする恵奈に、結有も笑顔で返す。
「あれ、ママはどうしたの?」
その質問に、加賀を始め五名が横に首を振るが、もう遅い。
「パパとママは『ふーふのいとなみ』してるのー!」
その言葉に、思春期の結有は、顔が真っ赤になる。
「そ、それって……」
「えっとねえ、せっ…もがもが」
恵奈が無邪気に答える前に、抱っこしていた暁が口を押さえる。
「恵奈ちゃん、その言葉は人前では駄目。OK?」
そう言ってから、手を離すと、恵奈は「はーい」と答える。
結有は、顔を真赤にしながら体を洗って、頭を洗って、お湯で流して湯船に入る。
入ったところで、恵奈が、
「結有おねーちゃん、ママがお姉ちゃんのこと『むっちりぼでぃ』って言ってたよ」
「んなっ!?」
あまりのことに、お湯に入ろうとしたところで固まる結有。
大きな溜め息を吐く加賀。
やれやれと、肩を竦める響。
「あの馬鹿参謀長……」と、肩を震わせる雷。
「まあまあ」と、雷を宥める電。
「恵奈、お年頃のお姉さんは、気にするところだから、言っちゃ駄目よ」
と、恵奈を諭す暁に、ようやく硬直が解ける結有。湯船に沈むが、顔は赤いままだ。
「結有おねえちゃん、ごめんなさい」
駄目なことをしちゃったと、ちょっとしゅんとなった恵奈の前まで来ると、笑顔で頭を撫でる。
「うん、ちゃんとごめんなさい出来て、えらいね」
「えへへー」
恵奈に笑顔が戻ると、ちょっと離れた加賀の横に移動する結有。
「いい子よね、恵奈」
「そうですね」
恵奈と愉快な第六駆逐隊の子達が戯れてる姿を眺めている、加賀と結有。
「ところで、結有は彼氏とかいないの?」
「んー、僕は今のところいないですねー。 小中と女子校だったし、今の分校は中学生居ないし」
「…………」
箱入りすぎるだろう、どんだけ男から遠ざけたいんだ……と加賀は思いながら、
「それに、お父さん『彼氏なんか連れてきたら私がぶっ飛ばす』なんて言ってるんだ」
「………」
「彼氏にするなら、白兵戦でお父さんより強い奴を連れてきなさい、ってさ」
「………」
横須賀鎮守府有数の、白兵戦技の達人である、
それこそ、元海兵旅団くらいしか居ないんじゃあ………
という想像を、首を振って追い払う。
「きっと、いい人が現れるわよ……貴方も、湊提督も」
加賀は、遠い目をして、呟くように答えた。
「さあ、お風呂から出るわよ!」
「はーい!」
暁の号令で、恵奈が元気よく立ち上がり、暁は手を引いて、恵奈を連れて行く。
その後に三人が続く。
部屋に戻ると、恵奈はうつらうつらし始める。
「今日は誰と寝る?」
「暁お姉ちゃん~」
ぎゅーっと抱きつきながら答える恵奈に、一同はやっぱり、と笑う。
暁が添い寝をして、頭を撫でている恵奈が眠るのを電達が覗き込んで、恵奈が寝息を立て出した時に、
「さあ、私達も寝ましょう」
とそれぞれのベッドに潜って、電が明かりを消した。
「おやすみなさい」
数分後、五つの寝息が部屋に満ちた……
翌朝、奈緒は、多方面からお叱りを貰ったのは、言うまでもない。
正直恵奈ちゃんの将来が心配です。